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2016年12月25日 (日)

旧東海道 有松

名古屋市緑区有松町。
旧東海道筋に残る古い町並みと、有松絞りで知られていますが、
平成28年に「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されています。

何度目かの有松でしたが、
この日はあらためてその建物群を見ながらの散策でした。

Arimatsu01

名鉄有松駅から「有松めぐり」の案内はこの遊歩道へと入りますが、
この日もまた線路沿いに歩き、東の宿口へ出ます。

Arimatsu02

町への宿口に架かる”松の根橋”を渡ると、
古い建物群が続く町並みの旧東海道です。

Arimatsu03

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有松は旧東海道の池鯉鮒宿(ちりゅうしゅく)と、
鳴海宿との間につくられた茶屋で間の宿。

Arimatsu05

池鯉鮒と鳴海の宿場間は
わずか12kmほどの距離でしたが

Arimatsu06 
有松鳴海絞会館

もともとこの地は人家のないところで、
東海道を整備していた尾張藩が新たな村を開くことを計画。

Arimatsu07

当時の知多郡全域に高札を掲げて移住を呼びかけます。

Arimatsu08

それに、有松しぼりの開祖、竹田庄九郎ら8名が移住、
慶長13年(1608)尾張藩の奨励により開村されます。

Arimatsu09

農作地が少なかった村に、新たな産業として興されたのが
有松鳴海絞りでした。
以来、江戸時代を通じてしぼり業者の町として形成されます。

Arimatsu10

街並みの西筋
こちらにも見事な建物群が残っています。

Arimatsu11

現在の町並みは、
天明4年(1784)の天明の大火後の復興。

Arimatsu112

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街道沿いの家は瓦葺き・塗籠造り、防火構造に改められ
2階には虫籠窓(むしこまど)を設け、腰壁をなまこ壁にするなど、
今もその景観を残しています。

Arimatsu13

「有松天満社」への参道横にある
「東海道五十三次二代目松」の碑と松の木。

Arimatsu14

その横にある「祇園寺」、
ここが有松の西の宿口で道はSの字に曲がります。

すぐ先にある名二環の高架下には

Arimatsu15

「有松一里塚」がありますが、
これは平成24年に新しく復元されたものでした。

旧東海道は踏切を渡り西へ、
この先左京山から次の「鳴海宿」へと続いていきます。
久しぶりに歩いた旧東海道の「有松」でした。  camera 23日

2016年12月21日 (水)

三重の美濃街道 多度

美濃街道(美濃路)は東海道宮宿と美濃の垂井宿を結ぶ、
東海道脇往還のひとつですが、
以前に三重の美濃街道(多度道)と呼ばれる道を、
桑名市”七里の渡し跡”から、
多度町柚井の岐阜県境までを歩いたことがあります。

今回その続きになる岐阜県側を歩いてみようかと、
まずは多度町の道筋をおさらいしながらたどってみました。

Tado01

いきなりなんだ、といわれそうですが・・・
スタートの多度町下野代にある「野志里神社」のクスノキの神木です。

Tado02

ちょうど旧道が神社を分断していますがその東側 ^^;
「伊勢神宮御旧跡野代の宮」の石柱が建っていますが

Tado03

その西側に鳥居と本殿

Tado04

神代の昔、倭姫命が伊勢への旅をしていたとき、
一時、天照大神を祀ったと伝わる桑名野代宮とも伝わる
元伊勢のひとつともいわれています。

街道は現在、分断された神社を直進していくことになり、
すぐ先でら肱江川を渡り多度の中心部へと入って行きます。

Tado05

街道筋にある戸津(とうづ)地区
この辺りは旧道の雰囲気が残っていますが

Tado06

特にこの老木に囲まれた屋敷は目を引きます。

街道から少し外れますが
戸津地区にある近くの「尾津神社」へ。(近くの小山地区にもあります)

Tado07

祭神は倭建命(ヤマトタケエルノミコト)他8神。
ヤマトタケルが東国平定に向かう途中、
剣を忘れた尾津浜がこの辺りという説があります。

街道に戻ると

Tado08

道は歩道橋で多度川を渡り柚井地区へと入ります。

Tado09

多度山麓に近づく旧道
養老鉄道の線路にそって集落の中を行きます。

Tado10

こちらにも見事な長屋門のある屋敷が ^^;
塀沿いに進んで行くと

Tado11

「空念寺」
この先で2つの集落を抜けてきた狭い道から
ようやく解放されます ^^;

Tado12

目の前には「宇賀神社」の鳥居が建ち、
ここは多度山上公園へのハイキングコース入口。

この神社には思い出がありちょっと立ち寄ります。

Tado13

以前に”吉祥木”のアリドウシ(一両)を撮影にきて、
当時は多かったサルの軍団と対峙した思い出の場所でした ^^;

ご存じのように吉祥木といわれるのは万両(ヤブタチバナ)、
千両(クササンゴ)、百両(カラタチバナ)、十両(ヤブコウジ)、
そして一両のアリドウシ。

Tado14

(大ボケですが ><;)
この木だけがどうしても見つからず・・・
東山植物園の方に聞いてようやくゲットしたところです。

遠い昔の話でした m(__)m 街道に戻ります。

Tado15

国道258号線が見えるとすぐに岐阜県との県境です。

岐阜県では伊勢への街道として伊勢街道とも呼ばれ、
この先は海津市南濃町へと入り、
松山、駒野、養老から関ケ原で中山道に合流します。
この日は三重県側の美濃街道・多度道でした。  camera  20日

2016年10月14日 (金)

北国街道上田・柳町

信州上田の旅、その見どころをめぐったつもりの旅でしたが、
気が付けばほとんどが神社仏閣めぐりになっていました。
上田城跡に真田氏本城跡も「真田神社」に真田氏ゆかりの
神社仏閣が多く・・・まぁ、止む無しともいえますか ><;

そんななかでここだけは別でした^^;市街地を通る「北国街道」、
その道筋に残る”柳町”の景観です。

Hokkoku01

「上田城跡(公園)」をひとめぐりして北虎口に出ます。
観光駐車場をから二の丸通りを北に歩き北国街道には入ります。

Hokkoku02

東に向かって歩きますが後ろが善光寺側「坂木宿」
ここから東にある「海野宿」へと向かうことになります。

道筋は職人町の紺屋町を抜けていきます。

Hokkoku03

蛭沢川に架かる緑橋を渡るとそこからが柳町。

Hokkoku04

Hokkoku05

白壁の土蔵と格子の建物が見事な雰囲気で、
これが往時の町筋か?とも思うほど。

Hokkoku06

お味噌の醸造元の建物ですが、
この界隈にまずビックリさせられて・・・

Hokkoku07

先の交差路を曲がると
その先に北にまっすぐ延びる町筋になります。

柳町、その名の由来か?また印象的な柳の木。

Hokkoku08

Hokkoku09

道の角にある「保命水」
明治14年に海禅寺境内の湧き水を引いて以来、
町の人々や北国街道を往来する人々に利用されていたという。
水道が引かれた現在も一部がこうして保存されています。

Hokkoku10

隣りにあるお蕎麦屋さん ^^;

Hokkoku11

建ち並ぶ建物も商家の町らしく、袖うだつがあがり、

Hokkoku12

見慣れた宿場町とはまた違った、
江戸時代のものとは思えない綺麗な町筋です。

Hokkoku13

酒屋の蔵元
表の看板に、思わずお邪魔しました。

Hokkoku14

店内に飾られていたお雛さんです ^^;
享保雛に古今雛、五人囃子も素晴らしい飾りでした。

Hokkoku15

柳町の南口
ポケットパークの傍にある柳町の案内板です。

北国街道はここで東に折れ、すぐに南の原町へと入りますが、
かっての上田宿にはその面影はありません。  camera 10日

2016年9月 4日 (日)

ぶらり高島・大溝まち歩き

近江高島「大溝城跡」を楽しんだあとは、
大溝城・大溝藩(大溝陣屋)の城下町として発展した
大溝(高島市勝野)のまち並み散策でした。

元和5年(1619)、伊勢国上野(三重県河芸町)から
分部光信が2万石で入部し大溝藩が立藩。
町の構造は南から北へと四筋の通りから成っています。

Oomizom01

城跡から戻ったJR近江高島駅前から、
そのまま真っ直ぐに北へと歩きます。

Oomizom02

「流泉寺」
もと、伊勢国上野にあったお寺ですが、
分部光信が移封の時、
信徒とともにこの地に移ったとあります。

Oomizom03

ここから水路で町割りされた北へと延びる
道筋を見ながら東に行くと「総門」があります。
Oomizom04

大溝藩時代の陣屋跡として唯一現存する建物。

ここから町なかをひと回り ^^;

Oomizom05

そのまま東に歩くと本町通りの南端へ出ますが、
角に「蝋燭町」の石標と案内板があります。
江戸時代、この辺りには蝋燭の製造や
販売をする店舗が集まっていたという。

ここで北へと折れます。

Oomizom06

Oomizom07

町筋には曳山が保管されている山蔵や

Oomizom08

うだつの上がる旧商家を改修した店舗が並ぶ
「高島びれっじ」と呼ばれる施設も。

Oomizom09

すぐ隣には酒造蔵の建物もあり、
一帯は懐かしい昔日の面影が感じられます。

Oomizom10

城下町の町割り整備で作られたという水路は、
都と日本海を結ぶ交通の拠点として発展した
この町の防火と生活用水でもあったようです。

道を再び西へ折れますが

Oomizom11

すぐにいくつかの小路を折れて南へ。

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きれいに整備された町割り水路のある通り

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大溝祭りの曳山が保管されている山蔵、
全部で五基の曳山があるという。

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水路の町筋を突き当っると「勝案寺」で、
城下町の中心部をちょうどひと回りしてきました。

今回は「大溝城跡」から城下町散策でしたが、
できれば”大溝水辺さんぽ”マップを使って
本格的な散策をしてみたかったところでした。  

2016年8月22日 (月)

美濃 町屋回廊 ~涼の音~

今年もまた美濃市”うだつのあがる町並み”で行われている、
「美濃 町屋回廊~涼の音散策~」に出かけました。

”美濃風鈴が奏でる涼やかな音色に癒される・・・”
毎年のことで変わりばえのしない夏のイベントですが、
これだけ猛暑が続くと気持ちだけでも涼をと思いながら・・・

Mino01

着いた”うだつのあがる町並み”は、
途中から雨になりました ><;

Mino02

まだ時間も早く町も動き始めたばかりで、
人の姿は少なく静かです。

Mino03

暑い町並みをクールにと始まっている”打ち水作戦”も
雨のおかげで出番なし ^^;

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生温かい雨にうたれてめぐる町並み

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なんでわざわざ雨に中を歩くの?と

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たぶん、思われるでしょうが・・・

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さらにひどくなる雨にたまらず

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観光案内所の番屋で雨宿り ><;

Mino09

小止みになっての散策再開

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まぁ、好きこそものの・・・でしょうか

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好きな町ならば、でもあります ^^;

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雨に霞むうだつのあがる町並み

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”打ち水作戦 in 美濃”

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夏ならばのイベントですが

Mino15

金比羅山「宝勝院」
町なかをひとめぐりしたら雨が上がりました ><;

町家の軒先に飾られた風鈴の音を聞きながら
「うだつのあがる町並み」散策は、
打ち水ならぬ雨にうたれてのひとときでした。 camera 18日

2016年3月20日 (日)

日本大正村

岐阜県恵那市にある「日本大正村」。
旧明智町の町おこしとして立村されたテーマパークですが、
大正時代の雰囲気を保存・再現した店舗、資料館、
博物館などが軒を連ねています。

ここもお雛さんを見ながらの町なか散策でしたが、
今回はその主要施設をご紹介。

Akechi01

駐車場から明智川に沿って南へと歩き

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町はずれに出ると
江戸時代に三河と飛騨を結んだ南北街道に出ます。

Akechi03

ここにあるのが旧大塩病院の病舎を改造した
「回想法センター」。

Akechi04

一瞬、廃校になった校舎かと思いました。

回生法とは、”昔懐かしい生活用具などを用いて、
かつて自分達が体験したことを語り合ったり、過去のことに
思いをめぐらしたりすることにより脳を活性化させ、
生き生きとした自分を取り戻そうとする療法” だそうです。

Akechi05

各部屋に置かれた懐かしい時代の生活用具に、
なるほどと納得しながら初めて知った施設でした。

ここから町なかの主要施設(有料)を見学していきますが、
こちらもすべて初めての施設です。

Akechi06

まずは「おもちゃ資料館」

Akechi07

館内には明治、大正から昭和期にかけての
懐かしいおもちゃが展示されています。

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南北街道から中馬街道に入ったところが「大正時代館」、
レトロな元カフェーの喫茶「天久」が入口 ^^;

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喫茶店の二階展示室には
ちょうど帝国ホテルや東京駅の模型が展示されていました。

この喫茶店に隣接する「大正時代館」

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こちらには大正天皇に関する展示品や、
当時の家庭生活道具などが展示されています。

このあとはメイン通りから中心部へと行きますが

Akechi11

まずは「日本大正村資料館」

Akechi12

一階の部屋では”郷土の玩具展」

一部4階建ての建物で、
当時は手動のエレベーターが付いていたという。
資料館はかっての繭蔵を改造したもので

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明治・大正の蓄音機や教科書

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教育や文化、生活用品などが展示され、
順路に従って回ればその広さが実感できます。

傍に隣接するのが「大正の館」

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明治の末期に建てられた当地の名門、橋本家の住居跡で、
大正時代の生活様式を見ることができます。

そして

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大正村の中心部、
町の東西をつなぐ大正路地には入ります。

路地を上っていくと

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「日本大正村役場」
明治39年に建てられた町役場庁舎で、
2階建ての木造洋館で有形文化財。

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2階には「村長公室」があります。
村長は初代が高峰三枝子、2代司葉子、
そして現在が竹下景子さんです。

道は高台へと上っていいますが

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「大正ロマン館」(肝心のところは撮影禁止><;)を見て

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「旧三宅家」

Akechi21

築300年以上という合掌造り、茅葺き屋根の農家建築で、
囲炉裏の火が暖かい旧家。

ここから先は「明智城跡」へと続く道ですが

Akechi22

この日の散策はここまででした。

高台にある「旧三宅家」前から見下ろす
「日本大正村」(旧明智町)。
お雛さんとともに楽しんだ大正村の各施設でした。

2016年3月19日 (土)

石積みのまち坂本

滋賀県大津市坂本。
延暦寺と、日吉大社の門前町であり、里坊のまち、
また、穴太衆積みの石垣が美しいまちとして知られ
国の伝統的建造物群保存地区に指定されています。

お雛さんを見に訪れたときの町歩き、
日が経ちましたがちょっとだけのぶらり坂本です ^^;
Kunin

下坂本にある「公人屋敷」から日吉大社へと、
左右に建ち並ぶ里坊を見ながら西に向かって歩きます。

Sakamoto01

見事な石垣の続く道

Sakamoto02

途中から南へ折れると「滋賀院門跡」

Sakamoto03

拝観するも良し、
境内を通って「慈眼堂」を経由していくも良し、
南の通りへと抜けます。

Sakamoto04

さらに西へと歩くと「日吉東照宮」参道、
幾重にも重なる石段を上ります。

Sakamoto05

これがかなりの急登 ><;

右に「ケーブル坂本駅」から来る道を見て、
最後の石段を上ると・・・

Sakamoto06

正面に建つ「日吉東照宮」

徳川家康没後、
天海上人によって元和9年(1623)に創建される。

Sakamoto07

寛永11年(1634)に
本殿と拝殿を石の間で連結する権現造の様式で改築。

Sakamoto08

少し高台にある「日吉東照宮」
前面には光り輝く琵琶湖が広がります。

ここから一段下の道を北へ歩くと

Sakamoto09

すぐに「ケーブル坂本駅」(登録有形文化財)

Sakamoto10

比叡山延暦寺の表参道として昭和2年(1927)に敷設、
山麓と延暦寺駅間、日本最長の2025mを11分で結ぶ。

坂本ケーブルが軌道の比叡山表参道なら

Sakamoto11

日吉大社の横にある石段の道、
こちらが歩いて登る表参道(本坂)の入口。

石段を登って行くと
ケーブル坂本駅を回り込んで来た道と合流し、
約3km、1時間ほどで根本中堂に出ます。

Sakamoto12

横にある「早尾神社」先から見る
八王子山と中腹にある日吉大社「奥宮」。

Sakamoto13

そして「日吉大社」

細かい名所旧跡は省きましたが、
穴太衆積みの石垣が美しい坂本のまち。
その南エリアをぶらり歩いてみました。

2016年2月 7日 (日)

荒木又右衛門と伊賀上野

伊賀市上野から大山田へと走る国道163号線。
その途中にある荒木の交差点に、
「荒木又右衛門誕生の地」の大きな石碑があります。

Arakim01

ちょうど交差点の奥まったところにありますが、

Arakim02

その前にあるのが太神宮常夜灯。

ここは旧伊賀街道が二手に分かれるところで、
ひとつはそのまま国道を東に行きますが、
もうひとつは少し南に下ってすぐに東へ進み
荒木集落を通っています。
もちろん集落は荒木又右衛門誕生の地、
旧伊賀服部郷荒木村(現伊賀市荒木)です。

Arakim03

その街道筋にある郷社「須知荒木神社」。
荒木又右衛門とは関係ありませんが、
ちょっと立ち寄り。

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伊賀街道は芭蕉が何度も通った道、
そのためかここにも芭蕉句碑があります。
旧上野市には我が知る限り47の芭蕉句碑がありますが、
これもそのひとつです。

Arakim05

本殿へは長い石段を上ります。

それはさておき、
鳥居の横にある石灯籠。

Arakim06

安政2年(1855)に造られたもので
ちょっとビックリの大きなものですが、
これは圧巻です。

荒木又右衛門と伊賀といえば、
やはり「伊賀越え仇討ち」でしょうか。
国道に戻って上野の市街地へと真っ直ぐ走り、
その中心部を抜けると「鍵屋の辻」。

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道の角に建つ道標

Arakim08

正面の道が大和街道、
歩けば本町通りから農人町で伊賀街道に入り
伊勢へと向かいます。

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Arakim10

そしてすぐ前が、
有名な日本三大仇討ちといわれる
「鍵屋の辻の決闘」があった場所です。

あまりにも有名な仇討ちだけにその詳細は省きますが・・・

Arakim11

その一画にある数馬茶屋(この日は休みでした ^^;)

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そして「伊賀越資料館」(屋根の庇を工事中でした)
ここに仇討ちに関する資料や遺品などが展示されています。

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館内と

Arakim15

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資料館の裏にある「河合又五郎首洗い池」です。
傍には供養地蔵が建てられています。

伊賀の盆梅展からちょっと寄り道をして
荒木又右衛門ゆかりの地と「鍵屋の辻」へ、
伊賀市上野をぶらり散策でした。  camera 3日

2015年11月 6日 (金)

ぶらり たけふまちあるき

「たけふ菊人形」を楽しんだあとは
周辺の紅葉でも見に行こうかと思っていました。

会場を出るとき、ふと手にした越前市のパンフレットをみて、
これは!!急遽予定を変更。
駅前駐車場まで車を走らせて武生のまち歩きです ^^;

駅前から西に歩くと旧武生の商店街 ^^

Echizen01

まずはその手前にある「武生公会堂記念館」
今は郷土史などの博物館)(入館無料)ですが、
建物は国登録文化財です。

ここから風情のある露地を歩いて、
表通りに戻ると「札の辻」。

Echizen02

枡形に交差するのは旧北陸道

Echizen03

Echizen04

北側に続く道路沿いの商店街と、
道路角に建つ「府中札の辻」の案内板と道路元標。

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Echizen06

道を挟んで建つのは安政元年(1854)創業の
老舗「菓子本陣月尾」と、
重厚な町家構えの商家「大塚呉服店」。

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その横にあるのが
武生まちあるきの定番スポットという「蔵の辻」です。

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大正から昭和初期の木造店舗や蔵が活かされた、
ちょっとしたレトロ空間が広がります。

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かってこの辺りは関西と北陸を結ぶ
物資の中継基地として栄え、
商人の蔵がたくさん建ち並んでいたという・・・。

Echizen12

今はカフェや食事処もあり、

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短い水路には鯉が泳ぎます ^^

いったん表通りに出ます。

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旧い建物が続きますが、
ことらはレトロな洋館の旧武生郵便局」。

観光案内所の”まちなかプラザ”でひと休みして、
西に向かうと

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突き当りに見えるのが「総社大神宮」

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国府がおかれた当時に
越前国内の神々を一か所に集めて祀られた総社。

参拝して北側の道に出ると

Echizen17

寺町通り筋(京町)に出ます。

Echizen18

その手前にあるのが
聖武天皇の詔勅によって建てられた越前国の「国分寺」。

寺町通りをまっすぐ行くと「引接寺(いんじょうじ)」。
県下最大の石造大仏さんが有名だそうです ^^;

総欅造りの山門も必見!ですが・・・

Echizen19

あえてその傍にある「丈生幼稚園」です。

明治32年ごろに建てられた旧福井県警察部庁舎。
擬洋風の残照を色濃く伝える遺構であるとともに
望楼付き園舎として広く親しまれている。とあります ^^;

Echizen20

寺町通りは
ここからさらに多くの社寺をめぐっていきますが、
掲載はここまでです。

2005年に今立町と合併して越前市になり、
かっての武生の名前は今はどこにもありません。
その面影を少しだけ懐かしんだ、
旧武生市の”むかしまちあるき”でした。  camera 3日

2015年9月 2日 (水)

赤須賀神明社・雷井戸

この日も雨と野暮用で動けず ><;
用事を済ませて久しぶりに町ぶらで桑名市赤須賀です。

以前にも一度散策したことがありますが、
ハマグリなど採貝漁業が中心の漁業町。
そんな町にできたのが「はまぐりプラザ」です。

Akasuka01

漁港の入口に平成22年桑名市が開設し、
桑名ブランドであるはまぐりを始めとした
漁業の今を"知り""味わえる"スポットです。

地元産の新鮮な魚介類を楽しむことが出来る
”はまかぜ食堂”は、
このプラザ内にありますがこの日(火)はお休み ^^;

ここから町の通りを北へ行くとある「赤須賀神明社」。

Akasuka02

ここもこの6月に鳥居が建替えられました。
内宮(皇大神宮)の別宮でもある
「瀧原宮」の第一鳥居が御下賜されています。

Akasuka03

鳥居をくぐると左には神馬の像。
境内には神馬舎もあり、
2体の神馬像が奉納されています。

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拝殿

永禄6年(1563)に三河国額田郡市場村の神明社から、
そのご霊代を移遷奉祭したそうです。

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左には「恵比寿社」と手前に「神馬舎」

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そして右には「赤須賀稲荷神社」

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稲荷神社手前には
樹齢120年という”楠の御神木”です。

とまぁ、参拝をすませた境内の様子ですが、
この日の目的はこちら。

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参道の右、拝殿前にある桑名志ぐれ蛤の発祥伝説、
民話”生けどられた雷さんの雷井戸”でした。

詳しい話は省きますが、
この地で大暴れをしていた雷が井戸に落ちてさあ大変!
二度とここでは暴れないと雷さんがお婆さんに助けを求め、
自分の臍でつくった佃煮とその作り方を教えます。
雷さんの臍の代わりに蛤の身を佃煮にしたという・・・。
そんな伝説から生まれたのが桑名の志ぐれ煮と ^^;

こちらも久しぶりの赤須賀漁港

Akasuka09

木曽三川の河口にあり、
伊勢湾の恵みを受けた豊かな漁場で、
ハマグリ、シジミ漁とともに、冬にはシラウオ漁や
黒ノリ養殖がおこなわれています。

Akasuka10

揖斐長良川と
国道23号線に架かる揖斐長良川大橋。

各地に有名な雷伝説はたくさんありますが、
この日は漁業のまち桑名市赤須賀の「神明社」に、
志ぐれ蛤発祥伝説の”雷井戸”を訪ねました。

より以前の記事一覧