芭蕉更科紀行・善光寺
芭蕉の更科紀行を追っかけてきました善光寺街道、
最後は善光寺詣でと「刈萱山往生寺」の句碑です。
長野駅前の善光寺参道アーケードの先で右折して、
左からくる北国街道(善光寺街道)に入ります。
善光寺まではここから真直ぐに1.8km、
近代的なビルが建ち並ぶ中央通りを抜けていきます。
大門交差点の先で善光寺境内に突き当たると善光寺街道は
終りですが、北国街道は右に折れて越後へと続きます。
仁王門から仲見世通りを進むと山門(三門)です。
只今山門特別拝観中でした。
そしてお馴染の本堂です。
参拝して善光寺詣では終りなんですが、
芭蕉の句碑はここ善光寺境内にはありません。
ここから西方の高台にある「刈萱山往生寺」が芭蕉追っかけの
最終地でした。
境内を回って細い道を西に向かいます。
途中にある道標を見て道は上り始めます。
道端に咲く黄色い「ツルマンネングサ」を見て気を紛らわせながら
長い坂道を行きます。
坂道のどん詰まりにあります「往生寺」。
境内の本堂左手前にその句碑がありました。
奥が本堂、そして左端の石柱がその句碑です。
句は「月影や四門四宗も只一ツ」
貞享5年(1688)更科紀行・善光寺での吟です。
姨捨駅に降りたときから思い出したようにその気になって、
慌ただしく駆けめぐった中山道・木曽路から更科の地へ、
そして善光寺でした。
振り返れば、
今回は山の中ばかり歩いて来たような芭蕉の追っかけでした。
最後もこんな高台まで歩かされるとは・・・。
芭蕉は善光寺に詣でた後、北国街道から信濃追分(軽井沢)で
中山道に入り、浅間山麓を碓氷峠越えで江戸に向かっています。
「更科紀行」にある最後の句が、
「吹きとばす石はあさまの野分哉」でした。
| 固定リンク | コメント (3) | トラックバック (0)


”昼顔に昼寝せふもの床の山”




「馬に寝て残夢月遠し茶のけぶり」。
しばらく行くと名勝「左富士」、
垣公園に折れる。
センターの改築でこちらに移したそうである。
近鉄南大阪線「上ノ太子駅」駅前に
道はカラー舗装された集落の街道を行く。六枚橋バス停を過ぎると道はゆるやかに登っていく。
閉鎖された道を行くと峠の国境に
すぐに、竹内集落に入る。
街道に戻りバイパスをわたると
しばらくで芭蕉句碑が建つ

最近のコメント