2009年12月 3日 (木)

初瀬街道・六軒追分へ

「初瀬(はせ)街道」も今回にて最終章です。

3週間前にようやく越えた青山峠でしたが、
残すは伊勢街道との分岐になる六軒追分までの約6里ほど、
感触が冷めないうちにと歩いてきました。

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スタートは前回終わった「白山郷土資料館」前。

歩き始めてから「二本木宿」までは見どころは何もありません。
というより、この初瀬街道はお地蔵さんと常夜灯をたどって
歩くようなそんな街道です。

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この最終区間もほとんどが常夜灯をたどることになり、
あまり見るべきものがありません。

歩き始めて30分ほどで二本木宿に入ります。

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街道の雰囲気を残す狭い道と、
道沿いの建物がわずかに昔のたたずまいを残し
かっての宿場町の面影を偲ばせます。

「二本木宿」を出ると街道は雲出川沿いの道を行きます。

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通る堤防は「亀ケ広桜並木」。

当時大村の人が旅人の心を癒すために、
雲出川の眺めのよい場所にと吉野桜を植えたそうです。

並行するようにもみじの木が植えられた「亀ケ広里山」、
いずれは大きな木となって紅葉の名所になるのでしょう。

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川に沿って道はさらに続きます。

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10分ほど歩くと見えた、色づくもみじの木の下です。

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巨岩に刻まれた磨崖仏、
道中安全を祈る「笠着地蔵(かさつきじぞう)」だそうです。

「笠着き」または「逆着き」とも呼ばれるそうですが、
道を挟んだ川の中

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こちらも巨岩に掘られた地蔵、
そして左に回り込むと見える石の下にある「逆さ地蔵」です。

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安政の大地震で道路脇の巨岩が二つに割れて転げ落ち、
刻まれていた地蔵が逆さまになったという・・・。

かって何度も行ったゴルフ場の入り口の傍でしたが^^;
全然気が付きませんでした。><

ここからまた見どころのない道歩きが続きます。
一志町伊関に入って「大仰宿」、「田尻宿」そして「八太宿」と
通り過ぎて行きますが、
あるのは常夜灯と道標、地蔵堂ばかりです。^^

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途中で目にするこうした案内板は旅する者にはうれしいもの、
土地の方たちに感謝しい現代のよき道しるべです。

道はいつしか嬉野町小川に入って行きます。

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街道沿いにある道標、
「斎宮御道蹟 忘井 従是 右凡二丁 左参宮道」。
街道歩きであまり寄り道をしたことはないんですが、寄りました^^

道しるべに導かれ・・・迷いながら着いた「忘井」です。

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” わかれゆく 都のかたの恋しきに 
                いざ結び見む 忘れ井の水 ”

天永元年(1110)に、斎王・恂子内親王(恂は女へんですが
なぜか辞書にない?)が伊勢へ群行の途中、
この地で井水を求められ、自分の気持ちを鎮めながら
二度と都の方を振り返ることなく一首詠まれ、
「忘れ井」と名付けられたと伝えられる。 (解説版から要約)
とまぁ、見どころもない街道でチョット立ち寄りました。

ここからすぐに集落を抜けて出たところ。

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なんと、近鉄大阪線と名古屋線が分岐する場所です!
現在工事中ですが、いつもは電車の中から見ています。
街道がこんなところを通っていたとは?驚きでした。

旧道は鉄橋の傍を直進しますが道がなく迂回しています。
しばし位置を確かめながら電車を何本か見送ります。

このあとはひたすら六軒めざして歩くのみ。
中川を過ぎて権現前、近鉄中原駅を過ぎて最後の迂回路で
三渡川を渡ります。

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左に折れて川沿いを行けば、
初瀬街道の終点、いや起点です。(伊勢からは初瀬街道、
大和からは青越え伊勢街道とも呼ばれます)

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「三渡橋」の袂に立つ追分の道標、
こちらからは「いがごへ追分 右 いせみち」。

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反対側は「やまとめぐりかうや道」。
そして伊勢街道を挟んである常夜灯です。

道を南にとれば「市場庄」の宿。

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” 明日はおたちか お名残り惜しゆや 六軒茶屋まで送りませう
 六軒茶屋のまがりとで 紅葉のやうな手をついて・・・♪ ”と、
「道中伊勢音頭別れの歌」に唄われた六軒茶屋。
「市場庄」にはその宿場の様子が今も残され、保存されています。

大阪の玉造から暗越奈良街道、上ツ道、初瀬街道と
歩きつないできました伊勢参宮道、
少し時間はかかりましたがこれにて全行程の終了です。

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2009年11月13日 (金)

初瀬街道・青山峠越え

伊勢路まで歩いた初瀬街道ですが、
この先の青山峠越えがが難関でどうするか悩んでいました。

事前の調べでは道はあっても草と倒木に埋もれた道だと?
マムシに注意!で歩くなら草が枯れた冬場にとも。

悩みに悩んで決めかねていたら・・・なんと助け舟!
近鉄万歩ハイキングで初瀬街道を歩くシリーズ⑤、
「西青山駅から榊原温泉口へ」が開催されるという。

これはいただきます^^勇んで出かけたその日。

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初めての近鉄ハイキング、西青山駅から旧線路跡を歩きます。
総勢150名近い団体行動でした。

もらった地図の説明では国道歩きが危険なため迂回すると、
この時点で本道歩きではないと判明。
これはやむなし!まずは峠越えが先決です。

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歩き始めてすぐの青山乗馬クラブ、
右の建物の下が旧西青山駅のホームだったところとか。
そう言われれば・・・ホームですね。

ここから国道の歩道を歩き、
途中で青山高原ハイキングコースへ迂回します。

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これは本来の旧道ではなく、三角点に向かう道を
ぐる~と迂回して戻りようやく旧道へ入ります。

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こちらがその初瀬街道。

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旧道に入ってすぐにある青山峠(大峠)の「道しるべ地蔵」です。
右に”みや川迄十二り半”、左に”はせ迄十一り半・・・”とあります。

ここから少し山道を下って国道へ、
国道を歩いて再び山道に入りますが・・・

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この先で国道には出ず大きく山道を北に迂回して行きます。
この迂回路もまた凄い山道が続きます。

こんな山の中をよく探したと思うような道ですが、
さすがに大勢の方の安全を考えてのハイキングと感心。

ようやく道が開けました。

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着いたところは旧東青山駅跡、ホームが残っています。
それなりに見所が設けられているのにまた感心!

駅跡の先にある旧青山トンネルです。

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この日参加されていた方の多くがご存知だと思いましたが、
1971年(昭和46年)に起きた近鉄大阪線列車衝突事故、
事故を機に近鉄大阪線は複線化され大きく変わりました。
その青山トンネルです。

見せてくれます近鉄ハイキング!
本道の八重坂(小峠)歩きは叶いませんでしたがそれはそれ、
ここにはまた違った楽しさがありました。

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駅跡から少し下ったところにある「岩粉の滝」、
この道は知らないとこれませんね><嬉しい誤算でした。

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下りきると「リベラルパーク青山」の側道に出ました。

ここはもう何度も来ているところ

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1キロほどで本来の初瀬街道「花山橋」、
この先が初瀬街道の本道八重坂に続いています。

ここから「垣内宿(かいとしゅく)」へと入ります。

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西の伊勢路宿とともに、
青山越えを控えた東の宿場として繁栄したところ。

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各戸に架かる旧屋号の木札と暖簾。

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宿場の中ほどにある道路標柱。

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宿口にある案内と常夜灯。

街道はここから次の二本木宿へと続き、伊勢街道(参宮街道)の
六軒追分まで約6里半(26キロ)の道のりです。

旧道を大きく迂回して越えた青山峠でしたが、
一度はあきらめかけた峠越え、
思わぬ道で、思わぬものも見せてもらったハイキングでした。

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2009年11月12日 (木)

初瀬街道・名張から伊勢路

少しはのんびりと歩きたいと出かけた初瀬街道でした。

以前、名張まで歩いた続きを青山峠西麓までの、
新田、阿保、伊勢路宿を歩くつもりでした。
途中迷いに迷ったこの街道!こんなに道が分断され、
分かりにくい街道も初めてでした。><

予定より1時間遅れで着いた新田宿。

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江戸時代中期に、新田水路の工事のために旅籠が建ち、
宿場ができたとか。
町筋には昔の家並みが残ります。

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戸袋の細かい細工や、
かっての店名が掲げられた暖簾などに
往時の宿場の雰囲気が感じられます。

こうした町筋を見るのが街道歩きの醍醐味です。^^

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宿場の出口にある常夜灯。
「初瀬街道」の案内標識を見て行くと途中から道がありません!
そのまま行くととんでもないところへ出てしまいます。

そんな予備知識をしていても何故か確かめるために回り道。
無駄な時間?いえ、これも承知で・・・戻って歩く初瀬街道でした。

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街道筋で見るものは常夜灯に道標、水神さんや野仏に地蔵さん、
そんな味気ないものばかりですが、これも楽しみのひとつ。

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阿保宿の手前にある羽根集落で・・・
秋の景色?が彩を添えてくれます。

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すぐに阿保西部にある大常夜灯です。

ここから阿保宿へと入ります。

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宿場の面影を色濃く残す建物が並びます。

見所はたくさんありますがサラッと・・・。

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こちらは初瀬街道交流館「たわらや」、
街道の遺産である「参宮講看板」などが保存されています。

宿場を抜けると阿保橋。

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橋の傍にある「本居宣長菅笠日記」の文学碑。
本居宣長の吉野旅行記が刻まれています。

阿保橋を渡ります。

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飾られているのは造花のもみじと本物のススキですが、
これも精一杯のもてなしでしょうか。

渡れば国道165号線、

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ここから伊勢路までは二里(8キロ)の距離、
朝の手間取りがこたえて時間不足となりました。

ここはかって歩いたところ、道筋にはなにもありません。
そのまま伊勢路宿で繋ぎます。><

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伊勢路宿の手前にある街道案内板です。

国道を渡ります。

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かっては伊勢地と呼ばれたところ。
青山峠の西麓にあり、峠越えの旅人で賑わったという。

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ここにも大常夜灯があります。

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玄関口に飾られた行灯を見ながら宿場を抜けていきます。

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青山の西麓に、今はひっそりとある伊勢路宿。

最大の難所青山越えをひかえた旅人たちは、
阿保・伊勢路宿で疲れを癒し伊勢に旅立ちました。

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伊勢路から青山峠へと続く分岐。

思い立ったように載せました初瀬街道、
この後はその難所と言われた青山峠を越えます。

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2009年9月16日 (水)

東海道・街道筋

このところ多用で出かけることが少なくネタ切れです。^^;

少し古くなりますが先月末に歩いた東海道、
丸子から島田宿までの街道筋にあるスポット?をご紹介。

宇津ノ谷峠(先に載せました^^)を越えると岡谷宿に入ります。
その手前にあるここ、

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「大旅籠柏屋歴史博物館」、

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旧東海道の町筋にはほとんどその面影を残すものはありません。
こうした旧屋敷も歴史博物館や資料館として残るのみ。

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こうした旅籠の旧家が残されているのも少なく貴重です。

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きれいに手入れされた庭園に思わず暑さも忘れ、
暫しの休憩で疲れを取りました。

ここから岡部宿の中心に入っていきます。

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その旧道です。
中央に見える短い橋。

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石の欄干?に彫られた文字、「姿見の橋」とありました。

正式には「小野小町姿見の橋」だそうです。
東国に下る途中、
この橋の上で水面に映る長旅に疲れた自分の姿を見て、
過ぎし昔の面影を失った老いの悲しみを嘆き悲しんだという。

小さな話はいくらでもありますが・・・
こうした場所を見ていくのも街道歩きの楽しさです。

ここから西へ7キロほどで藤沢宿です。

ここには松に因んだお寺が2つ、
その1つがこちらの「大慶寺」。

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今を去る700年前、
比叡山に遊学の往復に立寄った日蓮が、
記念に植えたという「久遠の松」。

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県指定天然記念物、
高さ25m、幹根周り益7mといわれます。

ここから少し西に行った道筋にある「正定寺」。

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本堂右手前に見事な松があります。

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松の中に潜り込みました^^これも老木の松です。

こちらも藤枝市指定天然記念記念物「本願の松」。
根回り益3m、樹高6.3m、
枝張東西11.5m、南北14mだそうです。

藤枝宿の街道筋にある2つのお寺に何とも凄い松がありました。

こちらは境内入口にあった地蔵尊。

Fujieda006 
名前を「わらべ地蔵尊」というそうです。

旧東海道を歩きながら巡りあうものもまた多様、
歩いて知る・・・
そんな街道歩きで見た岡部・藤枝宿のひとコマでした。

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2009年8月28日 (金)

東海道・宇津ノ谷峠

3ケ月ぶりの東海道歩きでした。

前回は江尻から丸子まででしたが、
今回はその先の岡部、藤枝そして島田までです。

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前回終わった丸子の丁子屋の前、丸子橋。

ここから島田宿までおよそ25キロほどの行程ですが、
あまり見るところがないこの街道でいきなり待ち構えるのが
「宇津ノ谷峠(うつのやとうげ)」。
ここが今回の街道歩きのハイライト!です。

取っ付きは道の駅「宇津ノ谷峠」。

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その傍にあるハイキングコース「つたの細道」の入口。

こちらは在原業平ゆかりの古道で古代の東海道。
岡部の手前で峠越えの旧東海道に合流しますが・・・、
この様子では少々荒れ気味かも?
旧道はこの横の歩道橋で国道を渡り宇津谷集落に入ります。

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峠の手前にある小さい集落ですが家々には屋号の木札が掛かり、
趣のある家並みが続いていて往時の様子が偲ばれます。

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その中にある「お羽織屋」。

秀吉が小田原攻めの帰りにこの家の主に賜ったという
陣羽織が展示されています。

道は集落の先で「明治のトンネル」の案内表示に従い
正面の道を登ります。

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この突き当りを右に、そして左へと折れます。

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県道からも車で入れるのか駐車場のあるトンネル広場。

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広場の東屋の奥にある「明治のトンネル」です。

この宇津ノ谷峠には4本のトンネルがあります。
国道1号線の上下線に昭和のトンネルと平成のトンネルが、
迂回する県道には大正のトンネル、そしてこの明治のトンネルです。

旧道の峠道はこの明治のトンネルの上を通ります。
トンネルを確かめておいて旧道の峠道に戻ります。

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こちらが旧東海道の登り口。

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峠への入口から見下ろす宇津谷集落です。

この先で「明治のトンネル広場」を下に見て峠に入ります。

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思っていたより明るく広い道です。

俳人「雁山の墓」を見て更に登ると右に石垣がありました。

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ここは峠の地蔵堂跡の石垣だそうですが、
石垣を見て道を回り込んで行きます。

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ここが峠直下の「峠の地蔵堂跡」、この右側に石垣があります。

東海道を往来する人々が道中の安全を祈り、
「道しるべ」の役割も果たしていた・・・と。

また、ここは江戸時台末期の歌舞伎脚本作家
河竹黙阿弥の作になる「蔦紅葉宇都谷峠」の舞台でもある・・・と。

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すぐに峠の頂上です。
あとはここから岡部まで一気に下ります。

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下る途中にあった「髭題目碑」。

碑には「南無妙法蓮華経」の題目が筆端を髭のように
はねて書く書体で刻まれています・・・と説明版にあります。

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下ること10分ほどで峠の出口に出ました。

左から来る道は最初に分かれた「つたの細道」です。
「明治のトンネル」から来る道とこの先で合流し、
3本の道は1本の東海道となって岡部に向かいます。

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2009年8月18日 (火)

下ツ道・八木札の辻

下ツ道(中街道)の続き、稗田町から橿原市八木町までです。

道は稗田環濠集落から南に真直ぐ向かいますが、
しばらくは何もない田園地帯の中を行きます。

国道25号線に突き当たるとわずかに左、右と折れ、
佐保川に注ぐ高瀬川を渡って西名阪道の下をくぐり、
京奈和道バイパスを横断、近鉄天理線の二階堂駅横で線路を
渡ると二階堂菅田町、上ノ庄の集落に入ります。

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道筋には格子造りにむしこ窓の古い家並みが続いて、
昔の雰囲気を残している。

二階堂の集落を抜けると田原本町、
道がカラー舗装に変わり以前歩いた大和・山の辺の道になる。

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南の端にある多神社の鳥居を見ると橿原市に。

ようやく本題の八木町が近い!
新口(にのくち)辺りから左手に耳成山が見え隠れし始める。

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真横に耳成山が見えるとその先で国道24号線を横断する。

右に橿原文化会館を見ながら近鉄大阪線の踏切を渡ると
八木の札の辻はもうそこ・・・。

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西の今井町は古い町並みで有名ですが、
こちらの街道筋も劣らぬ町筋が残ります。

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北八木町の町並み。

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付け足し^^ですが街道沿いにあった芭蕉句碑です。
句は 
”草臥(くたびれ)て宿かる比や藤の花”
貞享5年(1688)、笈の小文。

書簡では”丹波市、やぎと云處、耳なし山の東に泊る”
とあります。

そして八木の札の市に到着です!

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交差する道は横大路。

大阪の難波津から竹内街道を越えて奈良盆地を東西に貫く古道、
藤原京付近を通り桜井で初瀬街道(伊勢街道)に繋がる道です。

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横大路から振り返っています。

この日の目的はここまででしたが時間がありました。
JR桜井線を渡り南八木町から小房に向かいます。

こちらもまた古い町並みが続きます。

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格子と白漆喰のむしこ窓、そして煙出し窓。

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黒壁、板塀に似合う祠、そしてバッタリ椅子(床机?)。

こうした建物を見て歩くのもいいもんです^^
しかし少々疲れてきました。

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南八木町から小房にかけての下ツ道、
ここも雰囲気のある街道筋が続きます。

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そしてここが藤原京への分岐です。
下ツ道は直進しますが、左に折れると「おふさ観音」の前から
藤原京跡の北端への道へと続きます。

昼から天気が良くなり日が射しました。

さすがに真夏です、暑いんです!
もう少し行けば見瀬の丸山古墳、下ツ道の起点ですが、
今回はここまでで近鉄大和八木駅に戻りました。

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2009年8月17日 (月)

下ツ道(中街道)

お盆最後の日は大和の古道、下ツ道(中街道)歩きでした。

奈良盆地を南北に縦貫する三本の道(上ツ道、中ツ道、下ツ道)、
そのひとつ下ツ道は見瀬丸山古墳(橿原市)を基点として、
藤原京の西端から真直ぐ北に進み平城宮の朱雀大路に至る道で
近世ではまた中街道ともいわれます。

今回は北の平城宮から南に歩きました・・・。

近鉄西大寺駅の北口から東へ歩くと平城宮跡の北端の道に
繋がっていますが、途中に復元中の第一次大極殿があります。

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覆われていた防護幕が外されて一部ですが建物が見えます。
これはびっくり!その全容が見れるのも間もなくでしょうか?

この先で「宮跡(みやと)通り」に入りますがこの道は狭い2車線、
その横に並行する平城京の中の散策路を南下します。

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ちょうど平城宮を左右に見る中央の道、
遥かに朱雀門が見えています。

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宮跡を斜めに横断する近鉄奈良線。

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朱雀門の東側を通過。
下ツ道は少し先のシルクロード記念館東端で直進していきますが、
ここでチョッと寄り道して朱雀門の正面に回りこみます。

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広い朱雀門前広場と朱雀門です。
9:30でしたがまだ人は少なく静かでした。

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門前から南に見る朱雀大路跡、天気は曇りです。

前方の建物に遮られて今はその先に道はありませんが、
かってはここから真直ぐ平城宮の南端にあった羅城門まで、
朱雀大路は続いていました。

その距離は直線で3キロほど、下ツ道に戻って一気に南下します。

その羅城門跡です!

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草に覆われた平城京羅城門跡公園、
そして草むらの中にある「平城京羅城門跡」の碑。

ここが平城宮の南端になりますが、
入るのに躊躇するような草に覆われた公園でした。

横を通る県道に出て佐保川の堤防に出ます。

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左の森が公園、
水門の先に延びる堤防が下ツ道で大和郡山市に入ります。

堤防から団地の中を過ぎて先を行くと稗田町。

Simotu011 
周囲を環濠で囲まれた集落(市指定史跡)の中を通り抜けます。

Metajinjya
その中心部にある「賣太(めた)神社」、
この日は神社祭礼の「阿礼祭」でした。^^

集落の西端にある道標、

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「すぐ 大峯山上 こうや ・・・」、裏には「すぐ 京 道」。

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道標を見て、稗田環濠の西端から正面の細い道へ入ります。

ここから橿原市八木町の札の辻までは約13キロ、
ほぼ一直線の道を南下して行きます。

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2009年6月22日 (月)

初瀬街道・榛原から名張

雨模様のなか久しぶりに街道歩きでした。 

初瀬街道(はせかいどう)、
大阪玉造を起点に、奈良街道 暗がり峠越えから
奈良を南下する上街道を桜井へ、
道は初瀬街道となって榛原で伊勢本街道と分かれます。

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榛原にある伊勢本街道との分岐の道標です。
「右 いせ本かい道 左 あをこ江みち 」、
ここから初瀬街道は左の道を直進して行きます。

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この日はここから名張までほとんど見るべきところがない道ですが、
その榛原集落を抜ける旧道。

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古い旧家の残る街道筋に昔の面影が偲ばれます。

ここを過ぎると後は国道156号線と付かず離れず、
ほとんどがつまらない国道歩きになります。

名阪国道針インターからの交差点で北に、
ここからしばらくは三本松宿への静かな旧道歩きが楽しめます。

 Hase0041 Hase0042 
といってもほとんどが山間部、
森林浴に近い街道歩きが続きます。

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三本松集落の入口ですが、すぐに集落を抜けます。

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抜けると真下に近鉄大阪線の線路が。

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いつもは車窓で見る景色が広がります。

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今回は逆に近鉄電車を見ることになりました。

残念ながら電車が通り過ぎるのを眺めるだけで・・・
一枚も写真が撮れていません。><

ここからすぐに室生区滝谷の道の駅、
先日に来たばかりのところにこの日は歩いて来てしまいました。

Hase009
三本松からは再び国道歩き、そしてここが県境、
奈良県大宇陀市から、三重県名張市に入ります。

あまり歓迎したくない国道歩きでした。

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国道から離れて道は宇陀川を沿うようにつづきますが、
途中にあった本居宣長の「菅笠日記」の碑。
一文が刻まれていますがこの街道筋では以前にも見ました。
それはまた行く先で・・・。

道は再び国道へ、そして名張の集落に入って行きます。

 Hase0111_2 Hase0112
この先の黒田橋を渡って左へ新町橋を渡ります。
さらに右へ折れると名張宿の新町、

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ここからはもう何度も紹介してきました初瀬街道・名張宿。

 Hase0131 Hase0132
旧街道の名残を残す町並みが続きます。

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この日は榛原から名張へと短い街道歩きでしたが、
歩きたいと思いながら歩き残していた初瀬街道。

ようやくそのほんの一部を歩いてみました。

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2009年5月21日 (木)

東海道中膝栗毛・丸子宿

名古屋の中日劇場で公演されている「東海道中膝栗毛」。

早くも中日が過ぎましたが観劇してこれまた感激!
汗涙の世界、笑いの涙なくして見れません!!
これはもう歌舞伎?というより現代コミックの世界です(失礼!)。

歌舞伎素人の身が御託を並べるつもりはないですが、
そのテンポの速さ!
小田原、箱根、鞠子、宮、桑名、関、鈴鹿での物語の展開、
そして強風で名古屋に吹き戻される二人宙乗りと見所満載!
原作の面白さを見事に歌舞伎化した笑いとスリルの舞台です。
久しぶりに芝居を楽しみました。

ということで、長くなりましたが歌舞伎その舞台を訪ねて・・・。
「東海道中膝栗毛」、そのなかから鞠子(まりこ)宿です。
ちょうどここは東海道でもまだ歩いていないところ、
江尻宿の続き、草薙駅から府中、丸子(まりこ)へと膝栗毛でした。

道中見るべきものもなく、府中も素通りしてやって来たのが安部川、
橋の手前にあります安部川餅老舗、石部屋(せきべや)です。

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ここを見過ごす訳にはいけません!

  Hizakuri0021 Hizakuri0022
当然ですが一皿いただきます。
すぐに昼時、丸子の”とろろ汁”が控えていましたが、
ままよ、それは別腹と・・・>< でも、チョッと多かった。

ここから弥次さん、喜多さんも川越人夫の肩車で渡った安部川を
安部川大橋で渡ります。

渡り終えたところが手越の集落、丸子の宿までは1キロほど・・・。

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丸子宿に入ります。

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静かな宿はずれに”とろろ汁の丁子屋”があります。
歌舞伎の舞台、鞠子宿・丁子屋です。

街道筋の敷地内にある芭蕉の句碑、

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”梅若菜丸子の宿のとろゝ汁” 元禄4年(1691)春の吟、
弟子の乙州(おとくに)が江戸に下るときの餞別句です。

敷地内には他にも十返舎一九の丸子の碑や、
広重の五十三次絵が立ち並びます。

  Hizakuri0061 Hizakuri0062
「丸子の碑」には、
店の夫婦が口喧嘩の挙句にこぼしたとろろ汁で
滑って転んだ様子をみて、
北八「・・・アノとろろ汁でいっしゅよみやした、
けんくはする夫婦は口をとがらして鳶とろろにすべりこそすれ
(原作から)、が刻まれています。

丁子屋の前で丸子橋を渡ると丸子宿の高札場。

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その先は東海道のここも難所!のひとつ 
宇津ノ谷峠へと向かいますが・・・、我が膝栗毛、今回はここまで。

さて、丁子屋に戻りまして・・・、

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その”とろろ汁”。

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これがいちばんシンプルな丸子定食。
白味噌仕立てで少々甘味があり粘りも強く、弥次さん、喜多さんが
舞台で滑って転んだ”とろろ汁”にはピッタシかも。

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歌舞伎、その舞台を訪ねて、
この日は「東海道中膝栗毛・鞠子(丸子)宿の丁子屋」、
街道名物”とろろ汁”でした。

中日劇場、舞台は28日までです。

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2009年4月 1日 (水)

東海道・見附から浜松

芭蕉を追って歩いた東海道ですが、
そのために好きなところだけを歩いて静岡県はまるで刃こぼれに。
少しづつ繋いできましたがまだ残っているところも多く、
暖かくなってまた街道歩きです。

今日は見付宿から先日歩いた浜松宿まで、
スタートはここ磐田駅です。

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もちろんジュピロ磐田の本拠地ですが、
こちらは目もくれず旧東海道に入ります。

何故また東海道・・・、これには理由がありまして^^
5月の中日劇場・「東海道中膝栗毛」の観劇を前に、
せめて静岡県の東海道を歩き終えたいなぁと・・・、

静岡県を歩けば京都三条大橋まで走破できる、
ただそれだけの思いでこの日も一人の道中栗毛?です。^^

正直この間の東海道はあまり見るべきものがありません。
ひたすら西へと歩きます。
大乗院坂界隈という場所をを過ぎたら宮之一色一里塚跡、

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その先には、

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秋葉山常夜灯がありました。
欄間にある見事な龍の彫り物です。

ここから道は天竜川へと向います。

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途中に残る松並木、街道の面影を残す印です。

天竜川が近づきます、
かって架かっていた木橋の跡がありました。

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長年渡船で越えた天竜川が、明治9年に架け替えられた木橋の
源平新田側の天竜橋跡の碑です。

過去には洪水で恐れられた暴れ天竜!その天竜川。

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この橋が今の旅人を迎える天竜川橋、
歩道橋がないから危険で注意と多くの手引書にあります。

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「奥の細道」で強烈な橋歩きを経験している身としては、
楽しいとは言いませんがそこは注意して渡りました。

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橋の中央部分から見る下流です。

渡りきって左折すると、

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対岸の源平新田側の碑には比較すべきではありませんが、
「天竜川木橋跡」の木柱が立っていました。

ここから中野町(中ノ)町、

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街道の宿間にある間の宿で、
江戸と京都のちょうど中間の宿、だそうで中野町とか。

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街道筋の町並みを楽しんだのはここまで、
あとは国道をただひたすらあるくのみでした・・・。

そしてここに戻ってきました。

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先日歩いた浜松から新居宿の出発地、板屋町交差点です。

東海道は歩き通さないと思いながら・・・、
やはり芭蕉を追った東海道です。
静岡県の旧東海道歩き、残すはあとわずかになりました。

5月の中日劇場・「東海道膝栗毛」までに間に合うか? 

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