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2016年12月26日 (月)

もうひとつの美濃街道

東海道宮宿と美濃の垂井宿を結ぶ美濃路(美濃街道)、
桑名からも美濃へといたる街道が開けていました。

岐阜県側では伊勢への道として伊勢街道とも呼ばれる道。
すでに三重県側は桑名の七里の渡し跡から県境の
多度町柚井までを歩いていましたが、
この日は今年の歩き納めにと、
あらためて多度から岐阜県海津市の駒野までです。

養老鉄道の多度駅から県境までは2kmほど。

Minokaido01

その県境、
ここから岐阜県海津市に入ります。

Minokaido02

次の街道分岐の目印は「八幡神社」でしたが、
ここ辺りから山麓を行く道筋が入り組み少々迷います ><;

道は神社の横を山に向かって回り込むのが正解。

Minokaido03

山麓を行く街道から美濃松山の町並み

Minokaido04

すぐに「御鍬神社」。
聖武天皇ゆかりの由緒ある神社だそうですが・・・
詳細は省きます ^^;

Minokaido05

道は神社の前を曲がって下りますが・・・
直進してしまいました ><;

Minokaido06

間違いに気が付いたのは数百メートルほど行った先の「諏訪神社」。

ただ、ここには岐阜県天然記念物の”大クス”と、
海津市天然記念物の”大まき”があり、これをみれたのはラッキー ^^
さらに直進すれば吉田出来山公園への散策コース。

Minokaido07

道を修正して本来の美濃街道に戻ります ^^;
山除川沿いを行く街道と、右には三切池。

町並みは吉田に入り

Minokaido08

すぐに国道258号線を太田の交差点で渡ります。
その先には

Minokaido09

「杉生神社」
そして

Minokaido10

養老鉄道石津駅を通過。

とにかく街道筋には特別なものを除いて神社仏閣が多いのは常 ^^;
ただ、この町筋にはちょっとした?曰くのありそうな石柱がみられます。

Minokaido11

抜けると般若谷から来る県道1号線、
海津橋の手前を横断していきますが・・・山から川に?

Minokaido12

それもつかの間で、
今度は味気ない国道258号線を少し歩いて

Minokaido13

安江台団地入口から美濃山崎へ。

Minokaido14

外れに?ある「八幡神社」
ここには国道を走るときによく見る大イチョウの木があります。

Minokaido15

これも海津市天然記念物でした。
ふたたび国道を横断すると上野河戸(うえのこうず)、
ここからは津屋川(揖斐川)沿いの道を行くことになります。

Minokaido16

ここでもやはりお寺 ^^;「寒窓寺」です。
高須藩主小笠原貞信の菩提寺(後の禅海寺)ゆかりの
仏頭、仏像が安置・保管されているそうです。

Minokaido17

街道筋は津屋川沿いの田園地帯に変わり

Minokaido18

左には「月見の森」が見え始め、
この先は南濃町羽沢の集落。

Minokaido19

大専寺

Minokaido20

すでに正月飾りの置かれた春日神社を見て、
県道8号線を高架で渡ると駒野です。

あとは国道258号線の藤沢交差点へと続く街道でしたが

Minokaido21

途中で駒野駅へと出ました。

三重県側多度駅から駒野駅まで、
少し余分な歩きもありましたがほぼ13kmほどでしょうか。
今年の歩き納め、もうひとつの「美濃街道」でした。 camera 25日

2016年12月22日 (木)

中山道 小紅の渡し

岐阜市の中山道、加納宿と河渡宿の途中にある長良川で、
一日市場(ひといちば)と鏡島を結ぶ「小紅の渡し」。
もともとは中山道河渡の渡し(現在の河渡橋付近)の裏街道として、
鏡島弘法・乙津寺(おっしんじ)の参拝者が多く利用したという。

以前にここを歩いたときは先を急いで河渡橋を渡りましたが、
最近、テレビの放映を見たこともあり、あらためて渡しで中山道をと、
21日の乙津寺の弘法さんの日を待っていました。

この日はもちろん、中山道を歩きます ^^;

Obeni01

岐阜駅南口から南へ少し歩き、
加納宿口から旧中山道に入ります。
なにも見どころのない旧道をただ歩き続けるだけですが、
駅から1時間ほどで乙津寺参道口に着きます。

Obeni02

この日は21日で、鏡島弘法・乙津寺は弘法さんの縁日、
ここから中山道を離れて参道を行きます。

Obeni03

賑わう「乙津寺」はあらためて載せたいところですが、
まずは「大師堂」にお参りして
すぐ近くにある「小紅の渡し」へと向かいます。

Obeni04

乙津寺の縁日には小紅の渡しも賑わうという・・・

Obeni05

長良川左岸堤防から見える「小紅の渡し」。

堤防を下りて渡し場へ。

Obeni06

渡しは県道173号線文殊茶屋新田線の一部で、
月曜日(祝日の日は火曜日)と年末年始は休航日。(荒天時も)
渡りたいときには白い旗を振って
対岸で待機している船頭さんに合図します。

Obeni07

ちょうど到着した船に乗ります。
下流に見えるのが「河渡橋」、
かってはそのすぐそばに「河渡の渡し」があったという。

Obeni08

対岸の船着き場
乗船時は必ずライフジャケットを着用です。

Obeni09

鏡島側船着き場を離れると

Obeni10

上流には「岐阜城」が見えます。

Obeni11

一日市場側船着き場に到着

Obeni12

ほんの数分の乗船でしたが、
観光渡船ではなく、れっきとした県道で長良川を渡りました ^^;

Obeni13

堤防上にある船頭さんたちの待機小屋。
この日は縁日で多くの人の利用があるそうです。

Obeni14

ここからは「河渡橋」へと堤防を歩いて行きます ^^;

長い堤防歩きから「河渡橋」をくぐって

Obeni15

少し行くと小さな祠がありますが、
ここでいったん堤防から下ります。

Obeni16

下りたところにある「馬頭観音菩薩堂」。
天保年間に道中家内安全五穀豊穣を祈願し、
地元の人々の寄進によって建てられたもので、
「河渡宿」の案内板があります。

もう少し堤防下を行って道なりに曲がると

Obeni17

河渡宿の入口

Obeni18

すぐに「河渡の一里塚跡」がありますが、
短い宿場には他に見どころはありません ^^;

「小紅の渡し」であらためて歩いた中山道は、
岐阜市の加納宿から河渡宿まででしたが、
この日はここから穂積駅に出て戻りました。   camera 21日

2015年7月 7日 (火)

伊勢別街道

桑名の「七里に渡し」の”伊勢国一の鳥居”とともに、
東海道関宿の東の追分の”一の鳥居”が、
時を同じくして建替えられました。
その新しい鳥居をまだ見ていませんでした。

花も気になるところですが、体力と脚力も気になります ^^;
これを機に鳥居のくぐり初めを兼ねて、
この日は9年ぶりの「伊勢別街道」歩きました。

Isebetsu01

竣工式が行われてからひと月の真新しい鳥居。
ここから津市江戸橋の”伊勢街道”追分まで、
約18キロほどの伊勢別街道。
鳥居をくぐって坂を下りるとあとは南に直進して行きます。

四日市日永追分から伊勢にいたる伊勢街道の支道で、
江戸時代には京都方面からの参宮客で賑わった道ですが、
そのころは「いせみち」、「参宮道」、「山田道」などと記され、
伊勢別街道の名が使われるのは明治以降という。

Isebetsu02

鈴鹿川を「勧進橋」で渡りますが、
早くも雨が降り始めました。
この日の予報は降雪量0%だったんですが、
梅雨ですものね ><;
Isebetsu03

橋を渡るとすぐ左手にあるのが
「鈴鹿駅家跡(すずかのうまやあと)」で、
馬や人夫を備え宿舎を設けた場所。

Isebetsu04

その一画には目印に植えられていたという
”御厩の松”と呼ばれる松の根株が保存されています。

ここを左折し、連子格子のある家並みを見て行き、
県道10号線に合流すると名阪国道をくぐります。
右に石山観音道を分けるとすぐに県道と分かれ楠原宿へ。

Isebetsu05

ここは東海道関宿追分からわずか30分ほどの
短い距離にある最初の宿場だけに、
次の椋本宿の補助的な宿場町であったのでしょう。

再び県道に出てすぐに左折し山道を行くと芸濃町林。
雨は止みそうもなくさらに強くなり傘を差します ><;

Isebetsu06

蛭谷街道との分岐に建つ旧明村役場、現芸濃町資料館。
洋風建築の古い建物ですが一見の価値あり、
ただし外観だけで ^^;街道はここで右に折れます。

   Isebetsu07

再び県道に合流しますが、
その合流地点に建つ道標県常夜灯。
”右 さんぐう道 左 京道”とあります。

雨がこれ以上ひどくなればエスケープもと思いながら、
この街道は椋本(むくもと)からしか路線バスはなし ><;
そこまではただ歩くだけです ^^;

Isebetsu08

その椋本に入る手前を行く「横山池」沿いの道、
雨は降り続きます。

Isebetsu09

椋本宿入口に建つ道路里程標の標柱と、
きれいに色ぬきされた道標。

この前がバス停でエスケープするならここでしたが、
ちょうど津行のバスが出るところ・・・逃せばあと1時間後。
しかしここは外せないところで宿場に入ります。

Isebetsu10

宿場(街道)に残る唯一の宿、旅館「角屋」。
名前の通りちょうど宿場の真ん中あたりの角にあり、
木造切妻造桟瓦葺で江戸時代の古い建物です。

Isebetsu11

入口に掲げられた多くの”参宮講札”に
往時の賑わいが偲ばれます。
(旅館は平成25年12月に廃業されているそうです。)

ちょうどバスが通過していきました ^^;
ここから県道10号線に合流するとあとはもう歩くだけです。
芸濃インターを通過し、その先で旧道に入ると高野尾町。

長~~い集落を歩いて
再び新道に合流する手前にあるお堂。

Isebetsu12

”ぜに可け松”と刻まれた石柱が建ちますが、
ある民話に残る伝説の松があったという。

再び何もない道を行きます。
大里睦合町で10号バイパスから分かれ再び旧道へ入ると、
しばらくで大里窪田町、ここから窪田宿です。

Isebetsu13

「明治天皇窪田御小休所」の碑が建つ建物。
ここが本陣のあったところか?
この先で国道23号線中勢バイパスを横断します。

街道も残るはもう少し ^^;

Isebetsu14

直進してしまいそうですが、
紀勢本線の跨線橋手前で右折、細い道に入ります。

   Isebetsu15

すぐにある「窪田常夜灯」、江州の文字がみえますが、
文化14年(1817)、近江国の金物商たちが
神宮へ寄進したもので津市内で最大のものです。

すぐに一身田駅の踏切を越えます。
左に高田本山専修寺、寺内町を見て先を急ぎます。

Isebetsu16

近鉄名古屋線江戸橋踏切を越えると
伊勢街道との追分はすぐ。

Isebetsu17

その伊勢街道との追分に建つ常夜灯。
東海道関宿東の追分からちょうど5時間でした。

Isebetsu18

この先、伊勢街道は南下していきますが、
この日はここまで、近鉄江戸橋駅へと向かいました。

結局エスケープすることもなく歩き終えました。
見どころの少ない伊勢別街道ですが、
それなりに楽しく歩ける道のひとつです。  camera 4日

2014年9月 4日 (木)

中山道 鵜沼宿から大田宿

この日は各務原市鵜沼の中山道鵜沼宿の
脇本陣で行われていた催しを見に出かけました。

鵜沼宿には何度も出かけていますが、
催事を見たあとは久しぶりに「うとう峠」まで歩こうと
この日も電車でGO!でした ^^;

Unuma02

この日,、脇本陣で行われていた催しはこちら。
やはり撮影は禁止で見るだけででした ><;

あとは脇本陣横にある芭蕉句碑群を見るだけ ^^;

Unuma03

芭蕉はこの鵜沼宿には3度訪れていますが、
最後に訪れたあと
美濃から木曽路をたどり「更科紀行」の旅に出ています。

もうここに用はありません。
このあとは中山道を「うとう峠」へと行きます。

Unuma04

国道21号バイパス交差点にあるのは
復元された「高札場」。

Unuma05

鵜沼駅への分岐にある「うとう峠」への道標
中山道は左へと行きます。

Unuma06

ここが「東の見付跡」で祠は「赤坂の地蔵堂」。
鵜沼宿の東の出入り口で
道は枡形に大きく左へと曲がります。

このあとは団地の傍の長い坂道が続きます。
坂道上り切って池をを回り込むと
目の前が「日本ライン うぬまの森」です。

Unuma07

森に沿って最後の坂を上ると

Unuma08

「うぬまの森」正面ゲートに出ます。
センターハウスの前を通りすぎると
すぐに「うとう峠一里塚」です。

Unuma10

南北両側に一里塚が残っています。
比較的原型を保つこの北塚ですが、
南塚は半分が壊われかなり荒れています。

幾く筋もの遊歩道が延びる「うぬまの森」の中を行く中山道は、
石畳と案内板で迷うことはありません。

Unuma11

一里塚からすぐに「うとう峠」に到着。

この日はここから引き返す予定でしたが、
歩きだすともうやめられない、止まらない・・・ ><;
一度歩いた道だけに記憶を頼りに先に行きます。

ここからはただ下るだけの「うとう坂」

Unuma12

かなりの石畳の急坂ですが、
道が地道になって緩やかになると出口はすぐ。

Nakasendo01

ひんやりとした国道下のトンネルをくぐって
石段を上ると美濃加茂市坂祝(さかほぎ)町です。

このあとはひたすら国道を歩きますが、
途中で中山道の案内板は「岩屋観音」へとなっていました。

Nakasendo02

以前に歩いた時は右の国道を行って
この道は通らなかったんですが?この日は案内通りに ^^;

   Nakasendo03

「岩屋観音」を拝観して

Nakasendo04

通り抜ける断崖横の細い道から
金網越しに見る木曽川の流れ。

この先で再び中山道は国道に合流していきますが、
途中から木曽川の堤防に整備された
”日本ラインロマンチック街道”に入りました。

Nakasendo05

ほゞ3kmほどの道ですが、
国道の中山道を歩くよりは快適な道 ^^;
終点まで行けば中山道大田宿に出られますが、
ここは橋を左に折れていったん国道に出ます。

Nakasendo06

しばらく国道を行くと中山道は国道を離れ、
「大田宿」へと入って行きます。

ここも何度か紹介しているため
今回は要所だけを ^^;

Nakasendo07

中濃大橋の下にある「虚空蔵堂と承久の乱 古戦場跡」、
ここが大田宿の西の出入り口。
ここから枡形になり道は大田宿の中心部へと入ります。

Nakasendo08

「高札場跡」説明板を見て右折すると
すぐに「旧大田宿本陣門」があります。
この前が「中山道会館」で、
大田宿散策のビジターセンターでもあります。

Nakasendo09

その横にあるのが「旧大田脇本陣林家住宅」。
現在も居住されていますが(原則火・水のみ公開)、
江戸時代そのままの姿で残っています。

そしてその先にある「祐泉寺」

Nakasendo10

本堂の右手前にある鐘楼の横に
芭蕉句碑があります。

私的な趣味の芭蕉句碑で恐縮ですが ><;

Nakasendo11

句は「春なれや なもなき山の 朝がすみ」
貞享二年(1685)「野ざらし紀行」の吟で
ここには関係ありません。

中山道鵜沼宿から「うとう峠」までを歩く予定でしたが、
この日もまた思うに任せ大田宿まで・・・
一気に歩いてしまった中山道でした。

2014年2月28日 (金)

下街道から中山道へ

今年の歩き始めに選んだ「下街道」。

あと少しを残して3回に分けてしまいましたが、
その最終回はJR武並駅から下街道槇ヶ根追分に出て、
そのまま中山道を大井宿(恵那)までの歩きでした。

Shita301

武並駅から歩き始めてすぐに竹折美濃の集落です。
雪の残る道や周辺の畑を見ながらいやな予感がします。

Shita302

集落のはずれにある「明治天皇竹折御小休所」跡。
ここからすぐに国道19号線を渡り中央自動車道をくぐります。

しばらく道は上りになり畑の傍を行きます。

Shita303

農道から離れると目的の槇ヶ根追分はもうすぐですが、
山中に入り予感が的中!雪道になりました ><;
途中から雪の重みで折れた竹が道をふさいでいて、
道なき傍を迂回して行きます。

Shita304

もうすぐ目の前が目的地ですが、
竹をかいくぐりわずかな階段を探して行きます。

Shita305

ようやく見つけた街道に戻り、
目の前が開けると目的の「槇ヶ根追分」です。

Shita306

道を上り切ると中山道に飛び出します。
雪の残るところが「槇ヶ根立場跡」で、
かってはここに九戸の茶屋があつたところ。

Shita307

江戸(大井宿)に向かって建つ道標、
上に鳥居と大神宮の文字があり
「右 西京大阪  左 伊勢名古屋 道」と刻まれています。

Shita308

その先には「伊勢神宮遥拝所跡」があります。
中山道を西に行く人はここで伊勢神宮を遥拝したという。

さて、これで下街道を歩く目的は終りましたが、
ここからは懐かしい中山道の歩きです。
中山道はこの先で一旦県道に出ますが、
途中からふたたび山道へと入って行きます。

Shita309

ただ、今回は快適な街道歩きとはいきませんでした ><;
下りが続く道ですが・・・
ご覧のようにまだ凍った雪が残りかなり疲れる歩きです。

Shita310

ようやく雪道から解放されて出たところが「西行の森」。
この辺りは綺麗に整備された”桜百選の園”となっています。
ここまでは恵那市街から車で来ることができます。

Shita311

ここも峠のひとつで「槇ヶ根一里塚」が残っています。
左右にある一里塚の片方です。

そして再び雪道を下って行くと「西行苑」です。
西行終焉の地としては河内の弘川寺が知られていますが、
大井で没したという説もあり、ここに塚が建てられています。

Saigyoen

その西行塚への道を行きます。

Shita312

道の傍に建てられている芭蕉句碑。
”西行の わらじもかかれ 松の露” (元禄2年(1689)の吟)

そしてその上には

Shita313

西行歌碑があります。
”待たれつる 入相のかねの音す也
         あすもやあらば きかむとす覧”
さらに行くと

Shita314

小高い丘に築かれた「伝西行塚」に建つ「五輪塔」です。
ここから下った新田地区には
西行ゆかり水(硯水)跡も残っています。

最後の坂を下って来た道です。

Shita315

ここから西の大湫宿までまでの約3里半(14km)の道は、
山中の峠道になり、”十三峠におまけが七つ”とまでいわれた、
激しいアップダウンの坂道が続きます。

ここから先は恵那の市街地(大井宿)はもうすぐです。

2014年1月30日 (木)

下街道 そのⅡ

新春初歩きで歩き始めた「下街道(したかいどう)」。
前回は多治見まででしたが今回はその続きです。

この街道筋はこれと行って見どころがなく、
多くの神社仏閣と秋葉大権現の常夜灯を眺めて行くだけです。
これがほんとの歩くだけという ^^;
久しぶりのロングウオークです。

Shitak01

前回に終えた多治見市の栄町からスタート、
豊岡町から土岐川を多治見橋で渡ります。

道はすぐに本町エリアの「オリベストリート」へと入ります。

Shitak02

Shitak03

明治から昭和初期まで、美濃焼の陶磁器問屋が軒を並べ、
多治見の中心部として栄えたところに、
茶人でもあった古田織部の自由で斬新な発想を、
現代の町づくりに取り入れようと造られたという・・・。
実に綺麗な道筋です。

ここから道は次第に上りになり、
小さな峠を越えると国道19号線に合流。
すぐに国道を離れると鉱山の専用道を抜けて行きます。

Shitak04

道は下りにかかりますがその手前で東海環状道の
跨橋を渡りますが目の前が開けます。
右に恵那山と左に中央アルプス。
その左には御嶽山が見えますがカットしました ^^;

道はすでに土岐市に入っていますが、
ここの楽しみは高山宿です。
といってもこの街道は正式な公道として認められていない
裏街道のため宿場はありません。

Shitak05

土岐市文化プラザ横からその高山宿に入りました。
宿としての雰囲気を残す工夫がみられるところです。

ただ、ここがちょうど街道の中間あたりになり、
旅人たちの宿場として賑い多くの旅籠があったようで、
宿としての機能ができたと思われます。

綺麗に整備された高山公園を見て先へ。

Shitak06

町から眺める「高山城跡」は
高山公園横から車道が続いています。

Shitak07

道筋には「明治天皇高山御小休所」
この先で細い道に入ると

Shitak08

南宮神社の横にある「明治天皇観陶聖蹟碑」。
このすぐ先が紅葉で有名な「穴弘法」への道、
高山城跡へはここから散策路が続いています。

また何もない(自分には ^^;)街道を行きます。

Shitak09

和合町で瑞浪市に入りますが、
和合橋を渡ると国道沿いにあった陶器のモニュメント。

瑞浪駅を過ぎて土岐町に入ります。

Shitak10

ここにもありました「明治天皇土岐御小休所」の碑。

何もないと書いて省いていますが ^^;
道筋に現れる神社仏閣には途中寄りするだけの価値がある、
そんなお寺や神社もあります。

Shitak11

土岐町の名滝地区に入って初めて道標をみました。
これは歩いてきた道(右)を振り返っていますが、
「右 多治見名古屋 左  ・・・岩村 道」

この先には小さいですが
「名滝稲荷神社」という舞台付きの立派な神社があります。
神社を見てすぐ先にあったのがこの句碑。

Shitak12

芭蕉句碑です ^^;

碑面には
”いさらは 雪見にころふ 處まて  ばせを” 花月坊書
 貞享4年(1687)の吟ですが、 
ここで芭蕉句碑に出会うとは思いませんでした。

この先でふたたび土岐川を渡るとあった道標。

     Shitak13

大小ふたつの道標ですが
小さい道標は 「左 伊勢道」
大きい方は 「右 中街道 中山道 御嶽之道」
初めて見る”伊勢”の文字でした。

土岐川と付かず離れづに行く街道ですが、
中央線の高架をくぐると釜戸の集落。

Shitak14

釜戸駅を見て集落を抜けて行きます。

下切、上切と行ってふたたび土岐川を境橋で渡ると

Shitak15

ここから恵那市に入って武並町竹折です。

Shitak16

集落を抜けたところで特急”しなの”が通過!
何度も見ながらようやく撮影に成功しました ^^;

Shitak17

正面には恵那山が迫ります。

Shitak18

武並の竹折を行く下街道。

目的の「槇ヶ根追分」はもうすぐですが、
行って戻って来るだけではなんとも味気なく、
楽しみは先に残してと、
今回はこの先の武並駅でゴールにしました。

2014年1月15日 (水)

新春初歩き・下街道Ⅰ

ずいぶんと前に”名古屋の善光寺街道”と題して、
名古屋市伝馬町の”札の辻”からその善光寺街道ともいう
下街道(したかいどう)を歩いて載せたことがります。
いつかその続きをと思っていましたが、
今年の初歩きはその下街道を選びました。

スタートは以前に歩き終えた名古屋市から春日井市へ入った、
ここ庄内川に架かる「勝川橋」からです。

Shita01

ここから下街道は春日井市を抜けて行きます。

歩き始めた勝川は宿場町や街道の面影はなく、
賑やかな大通りを行くだけですが、
柏井町から静かな道へ入ると鳥居松町。

Shita02

鳥居松商店街の「鳥居松観音」。

この辺りは風格のある店構えの家屋や、
「明治天皇下原新田御小休所」の建つ
「春日井市立資料館」などもあり少し街道の面影を残します。

毎度のことながら街道歩きは常夜灯や、
神社仏閣ばかりですが、
そんななかからこんな地蔵尊もあります ^^;

Shita03_2

Shita032

東名高速をくぐり中部大学キャンパス沿いに入ると、
「尻冷やし地蔵」があります。
お堂の中には「浮彫石地蔵」があり、
台石の下から湧く清水で尻を濡らしていたことから、
尻冷やし地蔵と呼ばれるようになった・・・と。

こういうのは楽しいですね ^^;

この先で国道19号線に合流、
国道に沿った歩道を下って行くと坂下の町へ入ります。

     Shita04

ここも宿場のひとつですが、
昔は養蚕が盛んなところだったそうで、
道筋の家屋には「・・・製糸工場跡」などの木札があり、
宿場町らしい雰囲気があるところです。

このあとは神屋、明知、西尾(さいおちょう)と、
日本武尊の伝承が残る地を歩いて行きます。

このあとは内津峠ですが、
周囲にはそんな山を思わすものは何もありません。
国道19号線と付かず離れずして行き山側へ。


Shita05

先で秋葉山常夜灯を見ると内津町です。

ここも宿場町のひとつですが、
内津峠西の拠点として賑ったところで、
人馬が行き交う地を表わす「津」の文字が用いられ
「内津」と書き表させるようになった・・・と。

ここは見どころが続きます ^^;
峠にかかる手前に集中する神社仏閣。

Shita06

まずは「見性寺」
尾張の俳人「横井也有(やゆう)」がここを訪れて、
「鶉衣(うずらごろも)」”内津草”を記したところ。
境内には数多くの詩歌碑や句碑があります。

そしてその先には

Shita07

内々神社(うつつじんじゃ)

Shita08

拝殿

創建については日本武尊の東征と深い関係をもちますが、
長くなるため境内に書かれた由緒を ^^;

Shita09

興味のある方は拡大してお読みください。

そして本殿裏にある庭園(県指定・名勝)。

Shita10

夢窓国師の作庭によるものと伝えられる庭園で、
京都西芳寺庭園と同じ回遊式林泉型だそうです。

下街道歩きの目的はもうひとつ芭蕉句碑でした ^^;
この庭園の右の道を登ったところにある「すみれ塚」。

  Shita11 Shita12_2

多くの句碑が建ち並ぶ山腹の広場中央にある”すみれ塚”、
その後ろに隠れていますが芭蕉句碑があります。

 碑面は
”山路来て なにやらゆかし すみれ草” 芭蕉翁 也有書
     ( 貞享年(1685) 大津にて 野ざらし紀行 吟) 

Shita13

そして神社横にある「内津妙見寺」です。

あとは内津峠を越えて多治見まで・・・。

Shita14

国道19号線を高架橋で渡り少し行くと峠ですが、
その手前の国道上り線上にある峠の説明版。

Shita15

そして峠の最頂部でここからあとは下るのみ。

Shita16

愛知県春日井市から岐阜県多治見市の市境です。

遠くに雪の恵那山を見ながら峠道を下りて
多治見の市街地へと入ります。

Shita17

池田町家郷土資料館

富士見町から美濃西端の宿場町池田を抜けて行き、
市の中心部へと県道で大原川を渡ります。
そのまま進むと「栄町2丁目」交差点、
下街道は真っ直ぐ行きますがこの日はここまででした。

この続きは次の機会に・・・
多治見、土岐、瑞浪と行き槇ヶ根追分までです。

2013年11月 6日 (水)

歩いて参拝 伊勢神宮

すでに第62回式年遷宮が行われましたが、
これを機に両宮を歩いて参拝しようと、
春先に東海道から伊勢街道を桑名から松阪まで歩きました。

遷宮も終わりその続きをいつ歩くかと思いながら、
ようやくひと月が経ち、やはり今でしょう!と ^^
いうことで雨模様の中様子を見ながら松阪へ。

「氏郷まつり」の終わった翌日でした。

Ise01

静かな松阪市日野町の交差点、
ここ和歌山街道の分岐から参宮街道を行きます。

東海道日永の追分で分岐した伊勢街道は、
松阪辺りからは主に参宮街道と呼ばれています。

スタートから1時間ほど、
JR徳和駅の踏切を渡り上川町に入ると

     Ise02

この「従是外宮 四里」と刻まれた、
弘化3年(1846)建立の道標があります。

この街道筋の見どころは以前に紹介しているため、
今回はこの道標が中心です ^^;

ここから櫛田川を渡り漕代(こいしろ)へ。
近鉄漕代駅を過ぎて祓川橋で祓川を渡ると斎宮です。

Ise03

すぐにあるのが弘化4年(1847)の建立の
「従是外宮 三里」の道標です。

ここからあらためて斎宮の見どころを見ながら、
ただひたすら歩くだけです ><;

明和町新茶屋から伊勢市に入る手前にあるのが

     Ise04

「従是外宮 二里」の道標。
こちらは嘉永6年(1853)の建立です。

あと8キロ、すぐに伊勢市に入りますが、
20分ほどで老舗「へんばや」に着きます。

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三宝荒神などで馬に乗った参宮客が宮川を前に、
ここで馬を返してひと休みしたことから名付けられた、
”へんば餅”で知られています ^^;

かっては紀州藩の本陣があった伊勢市小俣町、
その町並みを抜けて行くと宮川に出ます。

Ise06

今は親水公園として整備されていますが、
ここが宮川を渡る下の渡し(桜の渡し跡)です。

道は少し上流にある宮川橋で迂回します。

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傍を走るJR参宮線のワンマン列車 ^^
橋を渡って伊勢市の中心部に入って行きます。

少し入り組んだ道から三叉路に飛び出すと

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嘉永2年(1849)の欄干のみが残る
「筋向橋(すじかいばし)です。
ここが伊勢本街道と熊野街道、
そして参宮街道(伊勢街道)と3街道の合流地点。

ここから外宮はすぐ ^^;

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NTTの建物の先を回り込むと外宮の北御門です。
まずは新しい正宮に参拝です。

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旧い社殿と並んで真新しい正宮。
とにかくすごい参拝客でしたが、
新旧の社殿をカメラに収める人たちが多いです ^^

表参道を通って内宮へと向かいます。

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伊勢市駅からの外宮参道も新しくなり、
こちらも多くの人で賑っています。

ここから内宮までは4キロほど

Ise12

勢田川に架かる小田橋を渡って古市に入ります。

間の山を上り古市参宮道を行き、

Ise13

牛谷坂を下ると猿田彦神社、
そして大混雑のおはらい町を抜けて宇治橋へ。

Ise14

参拝終了時間を気にしての歩きでしたが、
どうにか予定どおりに到着 ^^;

さて、気持もあらたに正宮に参拝です。

Ise15

新らしい正宮、
人が少ないように見えますが参道は凄い人で、
皆さんこの石段の下からの撮影に夢中でした。

正宮参拝のあとは新しい「荒祭宮」へと行きます。

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こちらもたくさんの人が並んでいますが、
御願い事はこちらでします ^^;

伊勢への道
春先からの目的でした”歩いて参拝伊勢神宮”は、
これにて無事に終リました。

2013年7月 5日 (金)

伊勢街道でいくお伊勢さん

今年は伊勢神宮の第62回式年遷宮ですが、
これを機にあらためてお伊勢参りをしようと思い立ち、
7年ぶりに伊勢街道(参宮街道)を歩いています。

すでに気候の良い春先から、
第1回~3回(桑名から松阪)を済ませました。

Tokaido01

その第1回はここ桑名宿の「七里の渡し跡」から、
東海道を四日市宿まででした。

今回は2度目ということもあり楽しみは歩くことだけ ^^;
で、街道には付きものの道標と常夜灯を中心に・・・
長くなりますが約75キロほどの道中を綴ります。

Tokaido02

最初は桑名宿の南の外れになる安永です。
町屋川(員弁川)の手前にある「伊勢両宮常夜灯」で、
文政元年(1818)年の古いものです。

ここで町屋川を渡ると朝日町の縄生(なお)に入ります。

Tokaido03

真新しい「一里塚跡」の石柱を見て行くと、
近鉄伊勢朝日駅前にも新しいポケットパークがあります。

朝日町小向を抜けて朝明川を渡ると四日市市蒔田。

     Tokaido04

近鉄富田駅の手前でガードをくぐると
「史蹟 富田の一里塚址」が建ちます。

間の宿になる富田を過ぎて南富田から羽津へ、
「三ツ谷一里塚跡」碑を見てすぐに海蔵川を渡ります。

すでに四日市市の中心部に入っていますが、
この先で三滝川を渡ると中部にあるのがこの道標。

     Tokaido05

この先で国道1号線を横断すると「諏訪神社」。
神社への表参道になる諏訪商店街を抜けて行き、
第1回はここまで ^^;近鉄四日市駅から帰宅でした。


第2回は四日市宿から津市河芸町の豊津上野までです。

いよいよ東海道と分かれて日永の追分から伊勢街道へ。

Ise01

日永の追分に建つ道標、
ここで東海道と分かれて伊勢街道(参宮街道)に入ります。

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追分に建つ「神宮遥拝御鳥居」をくぐって、
ここから伊勢街道は南下して行きます。

河原田で内部川を渡ると采女道との分岐にある距離標。

     Ise03

津市まで6里32町(約24.5キロ)、
宇治山田市(伊勢市)まで17里4町(68.5キロ)とあります。

今度は鈴鹿川を高岡橋で渡ると鈴鹿市十宮町に入ります。
しばらく何もない田園地帯を行くと神戸の集落です。

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道の両端に土塁と溝が残る神戸の見附跡。
神戸宿への出入りを監視した番所のあったところ。

宿場の面影が残る神戸宿から北玉垣町、
東玉垣町と南下して江島町の海岸線に出ると白子宿。

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白子港を見て和田橋を渡ると旧家の角にある道標。
指差道標に刻まれている”さんぐう道”で左に折れます。

堀切川を渡り、磯山駅を通過して中ノ川を渡ると
津市の河芸町です。

Ise06

すぐに近鉄名古屋線を横断すると右手にある
「甕釜冠(かめかまかむり)地蔵堂」。
屋根の上に釜がかぶせてある変わった地蔵堂です。

このあと旧道はかって浅井三姉妹が過ごした
伊勢上野城の城下町でもある上野宿を少し行きます。
第2回目はここまで ^^; 豊津上野駅から帰宅しました。


第3回は河芸町豊津上野から松阪宿まで。

上野宿から白塚、栗真町屋町と抜けて行くと、
大きな常夜灯と道標、そして名残りの松があります。

Ise201

ここが白塚から来る巡礼道との追分。
もう江戸橋がすぐです。

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志茂登川を江戸橋で渡るとある常夜灯。
東海道関宿の東の追分から来る伊勢別街道との追分です。

津駅前から津市の中心部へと歩いて行くと津宿。

     Ise203

街道は宿の中心部大門商店街のアーケードに入ります。

そのあとは国道23号を少し行き。
岩田で国道から離れ八幡町へ。

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下弁財町津興にある閻魔堂、延命子安地蔵尊、
市杵島姫神社を見ると右折し再び南下して行きます。

左に結城神社への道を見ると藤枝町

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ここが香良洲道との分岐で架かる橋が「思案橋」、
藤枝と垂水の境界です。(橋に曰くありですが省きます ^^;)

ここから垂水、高茶屋と行き
以前に載せたレンゲ畑の先にある雲出島貫町は
かっての雲出宿ですが今はその面影はありません。

その先で雲出川に出ます。

Ise206

橋の南北に常夜灯が立ちますがこちらは雲出橋の北詰め。
橋を渡ると松阪市小野江町。

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すぐに「松浦武四郎生家」があります。

肥留町を過ぎると中林町

Ise208

ここが奈良街道との分岐「月本の追分」。
中央を横切るのが伊勢街道です ^^;

六軒で三渡川を渡ると橋の右に道標が建っています。

Ise209

大阪から奈良、阿保を越えて来る初瀬街道との追分で、
「六軒茶屋」のあったところです。
その先が市場庄町でここから先は何度も歩いた伊勢街道。

大橋を渡り本町通りに入ると松阪宿の中心部。
和歌山街道の追分道標を見て第3回は終りました ^^;
あとは最後の松阪から内宮を残すのみ。
遷宮「お白石持行事」はこの26日から始まります。

2013年3月23日 (土)

最古の官道 横大路

以前に歩いた大阪の堺から奈良葛城までの
日本最古の官道「竹内(たけのうち)街道)」。
今回はその続きでこれも最古の官道「横大路」です。

歩いてからかなり日が経っていますが、
道筋は変わる訳でもなく観梅の休憩にでもと ^^;

Yokooji01

奈良県葛城市磐城の「長尾神社」
ここが竹内街道の終点であり、「横大路」の起点になります。

道はここで左に折れてすぐ先で
近鉄南大阪線の「磐城駅」横にある踏切を渡ります。

午前8時20分スタート!

Yokooji02

右に見える「木戸池公園」の古池を見ながら
道は国道166号線を東へ一直線に歩きます。
曲がるところはほんの僅か ^^;
地図がなくても迷うことはありません。

Yokooji03

すぐに大和高田市に入ります。

ただ歩くだけで見るところも何もなし ><;
そんな道歩きですが好きな身としては楽しんでいます。

Yokooji04

出発してから30分で高田川、
両側の堤防は千本桜の桜並木で知られるところ。

南北2.5キロにわたって咲く様は見事ですが、
それはもう少し先、と書いていましたが・・・
どうやらまもなくでしょうか?

この先で道は急に細くなります。

Yokooji05

国道はどこへ消えたかと思うほどですが、
これでも国道、でバイパスと分かれます。

古道を感じる道が続きますが。
なんと車の多いことか?歩いて知る・・・現実です。

Yokooji06

先で国道のバイパスを渡ると
この辺りから多く見られる「大神宮」の常夜灯。

Yokooji07

横大路はまた初瀬街道、伊勢街道とも呼ばれ、
”伊勢詣で”への道でもありました。

道は葛城川を渡り橿原市へと入ります。

Yokooji08

「曽我町」の交差点で国道24号線に阻まれる道、
正面に見える細い道へと地下道を行きます。

すぐに曽我川を豊津橋で渡ります。

Yokooji09

渡った先の橋の袂にあった道標です。

縦に割れていますが「右 たつ田法隆・・」でしょうか?
左 ・・・読めません、調べましたが資料なし ><;

この先でお寺の境内に咲いていた枝垂れ梅

Yokooji10

思わず撮ってしまいましたが ^^;
綺麗でした。(camera 8日)

先へ

  Yokooji111 Yokooji112

その先で渡った「五井川の橋の親柱です。
これは趣味の世界です ^^;
川に水はなくコンクリート川でした ><;

国道24号線をくぐってから1.5キロ

     Yokooji12

小綱町にあったこの石柱に思わず立ち寄ります。

道を離れて100mほど

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「入鹿神社(蘇我入鹿ゆかりの社)」と「大日堂」。

大日堂には鎌倉時代の作といわれる
「大日如来像」が祀られていますが、
堂とともに市の重要文化財だそうです。

10時10分

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近鉄橿原線大和八木南口角にある「大神宮灯籠」。
横大路(伊勢街道)の詳しい説明があります。

そしてすぐに「八木札の辻」

Yokooji15

以前にも載せた新しい施設で
少し休憩タイムでした。

あらためて街道歩きのスタートです。

Yokooji16

左に「耳成山」が見えるころ、
道はここから少しくねくねと曲がります。

しばらくで桜井市へ

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右に香久山への道を分けてしばらく行くと「三輪神社」。

藤原京域の北東角にあり、
三輪郷の西南の隅で横大路と中ツ道の
分岐点に位置するところ・・・とあります。

11時7分
JR桜井線「香久山駅」通過。

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やがて桜井市の中心部へと入って行きます。

西本町を抜け本町商店街手前で早めの昼食タイム ^^;
暫時休憩のあと再会です。

アーケードのある本町商店街を抜けると、
すぐに「宇陀の辻」。

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直進すると宇陀への古道「忍坂(おっさか)街道」で、
正面に「舒明天皇陵」への石柱があります。

横大路は左に折れて近鉄大阪線のガードをくぐり

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すぐを右に曲がるると
右手に近鉄「大和朝倉駅」が見えます。

そのまま道なりに数分 ^^;

Yokooji21

12時26分

歩いて来ました「横大路」、
ここが初瀬街道との合流地「追分の辻」です。

Yokooji22

分岐の角にある道標と案内板。

ここから初瀬街道は西峠を越えて榛原へ。
榛原からは阿保越え初瀬街道と
多くの峠を越える伊勢本街道に分岐して
道はいずれも伊勢へと続きます。

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