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2022年9月11日 (日)

十三街道十三峠越え・業平道

在原業平が河内高安の女性に会うために天理の櫟本(いちのもと)から
通ったという業平道。大和側は太子道や奈良街道が重なるところもあります。
大和側は少し歩いたこともあり、この日は河内へと向かう初めての道、
平群(へぐり)から十三街道で生駒山系の十三峠越えを歩いてみました。
業平が大和から八尾市神立(こうだち)にある玉祖神社(たまおやじんじゃ)
を参拝した際、茶屋筋に住む娘を見染めしばしばこの道を通ったという道。

初めて生駒山系を越える歩きですが、
まずはスタートの近鉄生駒線平群駅から

Jyusank01
駅の中心部?に出て、
正面に見える生駒山系の十三峠(じゅうさんとうげ)を目指します。

Jyusank02
役場を過ぎて龍田川を渡るとすぐに峠へと向かう道へ

Jyusank03
緩やかな坂道を行くと国の重文指定の「藤田家住宅」があり、
その傍の道を通り過ぎると道は次第に山道へ入り高度を上げていきます。

Jyusank04
福貴畑の集落を過ぎるあたりから眺める景色

Jyusank05
横断する道路は”信貴フラワーロード”
この辺りは小菊の畑が多くあり その中を縫うように峠を目指します。

Jyusank06
左手に「杵築神社(きづきじんじゃ)」を見ると平群の集落も終わり、
あとは峠へと最後の登り、といっても緩やかな坂道 ^^;

Jyusank07
登りきると信貴生駒スカイラインの下に出ます。
道はスカイラインをくぐって側道のハイキングコースに入りますが、
いったんトンネルの先でスカイラインの上に出ます。

Jyusank08
スカイラインに沿って続くハイキングコースに出ますが、
ここが「十三峠」で十三基の塚が並ぶ「十三塚」。

Jyusank09
思っていたよりちょっと視界がない峠でしたが・・・
まずは第一目的を達成 ^^ここから戻って河内へと下ります。

Jyusank10
八尾側の十三街道、猛烈な下り斜面の道に
歩き始めはただのハイキングコースかと思いましたが ><;

雨上がりで滑る道に一苦労しながらまずは最初の「水吞地蔵尊」に到着
Jyusank11
山の中腹にあるお堂ですが・・・

Jyusank12
本堂の前から眺める景色に驚きました!
はるかに大阪の市街地まで 見渡せる見事な景色です。
一息入れさせてもらって・・・急斜面の道を下ります。

Jyusank13
建ち並び二体の仏像は神立の地蔵堂から水呑地蔵まで続く、
33か所に立てられた66体の石仏とか。

さてここを通った業平の恋物語ですが ^^
在原業平が大和から十三峠を越えて河内高安にある玉祖神社(たまおやじんじゃ・
八尾市神立5丁目)に参拝するとき、神立(こうだち)の辻にある
茶屋の娘・梅野を見初め、その後しばしばそこに通うようになります。
業平は、来るときはいつも決まって、近くの松の木から笛を吹いて
梅野に合図をし会っていました。

Jyusank14
急坂を下ったところにあるその「神立茶屋辻」跡

あるとき、笛を吹かずに梅野の様子をなにげなくのぞくと、
梅野が自分でご飯をよそっていたことから、業平は急に興ざめし、
笛を玉祖神社(たまおやじんじゃ)に置いて帰りました。
梅野はそれに気づき、業平の後を追いましたが見当たらず、
悲しんで近くの渕に身を投げたという・・・。 
その説明の要約が石柱横の石碑に書かれています ^^

在原業平が残したと伝えられる笛は一節切(ひとよぎり)の笛として、
この先の「玉祖神社」に保管されているという。

Jyusank15
茶屋辻から南へすぐのところにあるその「玉祖神社」。
ここが第二鳥居で、第一鳥居はここから西に1.5kmほどの
国道170号線(東高野街道)沿いにあるそうです ^^;

Jyusank16
本堂拝殿
在原業平が天理の櫟本から参拝に来たという「玉祖神社」。
大和と河内を結ぶ「十三街道・業平道」の歩きはここまででした。

ここから近鉄「服部川」駅へと向かいましたが、
こちらにも「歴史の道」がありあります。 またいつか ^^  📷  10日

2022年6月20日 (月)

旧東海道 小田原から大磯

芭蕉の「野ざらし紀行」を追っかけて歩いた東海道ですが、
すでに京都から小田原までを歩き日本橋まではあと80kmほどを残すだけでした。

小田原から先、東京まではもう歩かないと決めていましたが、
このところ無性に歩きたくなり、それなら旧東海道で再開しょうと ^^;
急遽、小田原から大磯までの歩きに出かけました。

街道歩きの感を取り戻すにはちょうどいい距離でもあり、
小田原駅10:38着と、新幹線のおかげでできる日帰りの旅です ^^

Tokaidooo01
駅前からお堀端通りを南へと歩き国道1号線(旧東海道)へと出ます。
「御幸の浜」交差点で今回は東へと向かいますが、
すぐ先で国道と離れ旧道(かまぼこ通り)へと入ります。

Tokaidooo02
すぐにある「明治天皇天皇宮ノ前行在所跡」は清水金左ヱ門本陣跡で、
この辺りは脇本陣跡もあり小田原宿の中心部だったところ。

浜町で道はカギ型に折れ、新宿(しんしゅく)交差点で再び国道に合流

Tokaidooo03
山王口手前にあるのが「江戸口見付・一里塚跡」ですが、
この先は何も見どころのない国道歩きが続きます。

Tokaidooo04
山王口にある”小田原まちしるべ”は小田原宿の出入り口
ここから江戸日本橋までは83km。

この街道歩きは先何もない単調な国道歩きが続きますが、
越えるえる川は酒匂川(さかわがわ)。

Tokaidooo05
江戸時代、この酒匂川には橋がなく、
川越し人足によって川を渡らなければならなかったという難所だったと。

この先、小八幡には「小八幡の一里塚」の案内板があります。
小田原から江戸への二つ目の一里塚でしたが、載せていません ><;

Tokaidooo06
次の森戸川を渡って国府津(こうづ)に入ります。
右に付かず離れづで続く西湘バイパスと相模湾ですが、
国府津の駅前から海岸に出ることができます。

Tokaidooo07
少しの休憩を兼ねて立ち寄りました国府津海岸 ^^
目の前に広がる相模湾ですが・・・ここはサーフフィッシングの聖地とか。
右に見えるのは真鶴半島と岬でしょうか ^^

しばしの休憩で戻る街道
国道歩きとはいえ、少しは街道らしい雰囲気のある道もあり

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「大山道」への案内道標を見ると「車坂」の入り口、
緩やかな坂を上り下って次の中村川を渡ると押切の坂下。

Tokaidooo09
押切坂から集落を抜けたところにある「史跡東海道一里塚の跡」碑。
ここは
江戸・日本橋から18里(78km)とあります。

すでに二宮町へと入っていましたが ><;二宮駅前を過ぎ

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「六所神社」の大鳥居を見て次の国府新宿の交差点でふたたび旧道へ入ります。
ここからは長い旧道歩きが続きます。

Tokaidooo11
静かな旧道をしばらく行くとある「国府本郷の一里塚」、
ここで江戸・日本橋までは17里(68km)。
小田原からは4つ目の一里塚で、塚間では12km来たことになります。

静かな街道歩きを楽しんで「大磯城山公園」・「旧吉田茂邸」を見ると
再び国道1号線に合流。

Tokaidooo12
その国道に架る「切通し橋」。
歩いて来た国道1号線は城山のすそ野を切通して付けられています。
また、川は”血洗川”で、 源頼朝に仕えた梶原景時の子にまつわる伝説もあるという
ちょっと曰くのある川にかかる橋でした。(来た道を振り返って  ^^;)
ここまでくると大磯の宿まではあと少し。

Tokaidooo13
国道が二手に分かれる一方通行のところまでくると、
右側に続く大磯の松並木が見えてきます。

Tokaidooo14
右手に「明治記念大磯庭園」を見ながら、
見事な松並木が残る旧道で今回初めて味わう街道歩きの醍醐味でした ^^

Tokaidooo15
そして松並木の中にあった「上方見付」の案内板。
宿の出入り口に置かれた見張り番所で、こちらは京口になる上方見付跡。
界隈には多くの見どころがありますが、それはまたの機会にして・・・

Tokaidooo16
鴫立沢交差点に到着! 
鴫立庵(しぎたつあん)を右に見ながら今回はここまで、
旧道を離れて左手、JR大磯駅へと向かいました。

宿間の距離は約16kmですが、駅間の歩きを入れて約18kmほど。
久しぶりの街道歩きを楽しみました ^^
次回はいつか?ここから江戸・日本橋を目指します。 📷 19日

2021年4月23日 (金)

伊勢 古市参宮街道

この日はちょっと思いもあって神宮参拝に出かけましたが、
久しぶりに外宮に参拝したあと内宮までを歩いての正式参拝でした。
これまで何度も歩いた伊勢街道ですが、そのなかで
外宮と内宮を結ぶ最古の道といわれるのが「古市参宮街道」。
今回は10年ぶりに載せるその古市参宮街道です ^^

Furuichik01
昔は歩いてお伊勢参りをする人はこの北御門から参詣すしたという。
この日は歩いてきたつもりでその北御門から参拝 ^^;
正宮に参拝したあとは表参道から御木本道路に出て内宮へ。
途中”祖霊社”を見て左折し、すぐに東へと右折、岡本の町筋へと入ります。

Furuichik02
町筋を抜けると瀬田川に架かるのが小田橋。その手前に案内板がありますが、
見て橋を渡ると小さな公園があり、そこには古い道標が建っています。

Furuichik03
案内板には「簀子(すのこ)橋の道標」とありますが、
小田橋とともに瀬田川の上流に架かる代表的な橋のひとつで、
かっての「二見街道」との分岐を表す道標です。
南面には「すぐ二見 川崎神やしろ 左り みや川 道 」とあります。

Furuichik04 Furuichik05
道標を見て古市参宮街道に戻ると道は緩やかに上っていきます。
ここからが”間の山(尾部坂)”で、途中に建つ「お杉お玉」の石標は
街道筋で芸をする人気の女芸人だったという。

Furuichik06
古市参宮街道は外宮と内宮を結ぶ短い街道ですが伊勢参りにより栄えた道。
特に古市周辺には

Furuichik07 Furuichik08
全盛期の天明期には70軒、遊女約千人を数えたと言われるほどで、
中でも油屋、備前屋、杉本屋は古市の三大妓楼と呼ばれたという。

Furuichik09
特に古市を有名にしたのが、寛政8年(1796)妓楼・油屋で起こった
お紺と孫福斎による殺傷事件「油屋騒動」で、後に近松徳三により
「伊勢音頭恋寝刀」という歌舞伎になり、現代でも演じられています。

Furuichik10
左手に「長峯神社」を見ると、その先にあるのが旅館「麻吉」。
1851年の創業ともいわれる老舗旅館で国登録有形文化財に指定されています。
現在も営業しているかどうかは未確認 ><;

ここからすぐ先にあるのが「古市参宮街道資料館」
Furuichik11
参宮街道や江戸と上方の役者の登竜門でもあった伊勢歌舞伎。
日本の三大妓楼のひとつ、古市妓楼などの関係資料が展示されています。

残すところはあとわずか ^^

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桜木町に入って”両宮常夜灯”を見ると「牛谷坂」

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これまで歩いてきた”間の山”をいっきに下って御木本道路に出ます。
左折して左手に「猿田彦神社」を見ればおはらい町はすぐ ^^

Furuichik14
コロナ禍の中だけに人はやはり少ないだろうと思いましたが、
それでも予想以上に多い参詣者はさすが神宮 ^^

Furuichik15
宇治橋前の参拝客を避けながら、
いつものように内宮参拝でした ^^

昔のお伊勢参りでは外宮から内宮へと必ず歩いた旧街道。
今は歩くたびに少しづつ道筋の様子も変わりつつありますが、
懐かしく思い出しながらの「古市参宮街道」でした。   📷 20日

2021年1月18日 (月)

八風道

年が明けてそろそろ初歩きでも出かけようと思っていたら、
近隣県に続いて三重県でも独自の緊急警戒宣言でが出てしまいました。
県をまたぐ外出は自粛をということで、この日は近場で街道歩きをと 、
伊勢と近江を結ぶ交易の道として古くから利用されていた「八風道」です。
いつもながら神社仏閣や道標に常夜灯ばかりの道歩きですが、
今回は通り過ぎて来た集落を中心にその道筋を紹介してみます。

スタートは四日市市富田一色

Happur01
ここは江戸後期から運河として多くの蔵が建ち並び、
船の出入りも多く「塩役運河」とも呼ばれていたところです。

Happur02
道の起点はこの「開運橋」

現在はその開運橋によって閉切られ、
運河は「水と緑のせせらぎ広場」として整備されています。
八風道はここから北西に向かって歩いて行きますが

Happur03
最初の集落は西富田

この道は三重県側を八風道、滋賀県側を八風街道ともいわれていて、
四日市市の富田一色を起点とし、西富田(東海道)から大矢知、平津を経て、
菰野町の田光で巡見道に合流、その先は八風峠を越えて滋賀県に入り、
八日市から武佐(中山道)へと続く道。伊勢と近江を結ぶ重要街道でした。

ここでは旧東海道と交差すると旧道らしき道から下さざらい町の賑やかな道へ。
その先で北勢バイパスをくぐってふたたび静かな道になると

Happur04
大矢知の集落へと入って行きます。

Happur05
すぐにあるのがこの道標、
文政3年(1856)の建立で南面には「左 たどみち」と刻まれています。
ここで旧道は右折しますが、ちょっと立ち寄りで直進 ^^

Happur06
三岐鉄道の線路を越えたところにある「大矢知興譲小学校」。
ここは文政6年(1823)、松平忠義の武蔵国忍(おし)藩への転封により、
代官所(陣屋)が置かれたところです。


Happur07
旧道に戻って、次の平津町は旧道の面影を見ることができます。
この先は朝明川に沿って行く道にまりますが、この日はここから天気が急変、
強風と雨のなか、急遽この先の三岐鉄道「暁学園前」駅で中止しました ><;

Happur08
ここからは翌日の歩きになり暁学園前駅からの再開です。
道は朝明川沿いを西へと進み、正面には鈴鹿の山脈が見えて、
川の先には菰野町田光の先で越える八風峠もうっすらと ^^

Happur09
川沿いを進むこと15分ほどで山城町に。
この辺りも旧道らしい道筋ですが、すぐに県道622号線に出ます。

道はいったん南へと下り、すぐ先で「あさけが丘団地」へと入りますが

Happur10
広い団地の中心部を通りすぎるとある「神崎の常夜灯」。
ここで初めて「八風道」の案内板がありました ^^

このあと国道365号線を渡ると保々の工業団地脇を行きますが、
これが少し分かり難い道で初めて道を外しました ><;
戻って道は工場の塀沿いにある野道へと入ります。

Happur11
先に見えるのは新しくできた新名神高速道、その下をくぐります。
間違えた道を行っても先で合流しますが、ここはしっかりと旧道を ^^;

Happur12
高速道をくぐった先は中野町

Happur13
右手に専照寺を見て集落を抜けるとのどかな農村の風景が広がりますが、
ここからしばらくは田園地帯のなかを抜けて行きます。

Happur14
田園地帯を抜けた先で県道621号線に合流、
少し歩いてすぐに県道を離れると菰野町永井の集落です。

Happur15
集落のなかほどにある西信寺の先には大きな碑がありますが、
これは「倚水の記念碑」で、永井が生んだ「池坊」の先駆者
田中倚水の碑とありましたが・・・ 詳細は省きます ^^;

Happur16
すぐにミルクロード(県道140)に出ると、その先で県道616号に合流、
朝明川を八風橋で渡り、すぐに右左折すると道はふたたび北西へ向かいます。
もう鈴鹿の山脈が目の前に迫ってきました ^^

Happur17
菰野町小島(おじま)の田園地帯から見る左に釈迦ケ岳、
右の竜ケ岳と間にある丸い福王山の奥が八風峠。
ここから道は田光川に沿って行きますが・・・まもなく田光です。

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小島の北、国道306号線手前の角にある道標

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すぐに国道306号線田光の交差点ですが、渡って少し先

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ここが八風道と巡見道(左右に延びる道)の合流する「田光札の辻」。

八風道はここからさらに進んで八風キャンプ場からの峠越えになりますが、
それはまたの機会に(越えれるかどうか?ですが) ^^;
今回はここまででした。   📷16・17日

2020年9月28日 (月)

熊野古道 始神峠

峠道を中心に、気がむくままに歩いている「熊野古道」ですが、
今回は人気の峠のなかで残していたひとつ「始神峠(はじかみとうげ)」。
この峠道は車でアプローチができ、距離的にも比較的短く、
江戸道と明治道を周回して駐車場に戻れることもできるため、
交通機関の時間を気にすることなく楽しめる道です ^^
とはいえ、次のことを考えるとできれば少しでも先へと歩きたい・・・と、
この日はまず峠を越えて船津駅まで行き、
三野瀬駅まで戻ってふたたび駐車場まで歩くコースでした。
ただ、昼間の列車は2時間に1本しかなく、時間に余裕が必要です^^;

スタートは宮川第二発電所の裏手にある”始神さくら広場”から。

Hajikami01
案内板と綺麗なトイレがある広い駐車場から、
発電用給水管が見える山を見ながら発電所の横を抜けて行くと峠への登り口。
 
Hajikami02
熊野古道ではお馴染みの峠の案内板を見て、小さな沢にかかる
いくつかの小橋を渡りながらながら道を登っていきます。

Hajikami03
初めは石だらけの道が続きますが、
このところの豪雨の影響もあるのでしょうか?流された石も多く、
さらに歩き難い道になっていました ><;

Hajikami04
石ごろ道から、歩きやすい木の根道に変わると、
すぐに広くなった場所に飛び出しますが・・・その先、
いくつかのベンチが置かれたところが始神峠(標高147m)。
伊勢路にある多くの峠のなかでも、
熊野市の松本峠と並ぶ景勝の峠として知られ 


Hajikami05
Hajikami06
眼下には三浦の海と、熊野灘に浮かぶ島々が望め、
その眺めは紀伊の松島とも。

Hajikami07
峠から少し下ると明治道との分岐があり、
切通し?らしき先に延びるのは三浦へと戻る明治道。

Hajikami08
その明治道を右に見て少し行くと、
道の崩落を防ぐために組まれた”野面乱層積”の石垣が残っています。

Hajikami09
さらに行くと明治道と江戸道の分岐。
道を左にとると760mのやや急な坂を国道に下る江戸道ですが、
今回は右に明治道を進んで馬瀬の集落へと下ります。

こちらにはいくつかの山腹を流れる沢があり、
ところによっては水を踏みながらの道、概ね歩きやすい広い道。

Hajikami10
最後の沢にあるのは「大曲の又谷手洗場」。
あとはもうヒノキ林のなかの広い道を気分よく歩いて行くだけ ^^

Hajikami11
辺りが明るくなると馬瀬の集落に入りますが、その手前にある「宮谷池」、
ここで
ひと休みもよろしいかと ^^;

Hajikami12
集落に入ってすぐにある東屋、兼トイレは、
民家の方による手造りとか、こちらで休憩もまた良しでしょうか。
ここからはもう静かな山里の中を行く旧道

Hajikami13
咲いているヒガンバナを旅の友に上里の集落へと入ります。

Hajikami14
幟が見えるところは古道客をもてなしてくれるという「庄司屋」、
だそうですが・・・この日は開いていませんでした ^^;

Hajikami15
到着した「船津駅」
少し時間に余裕があり、周辺に咲くヒガンバナを楽しみます ^^

Hajikami16
一駅戻った「三野瀬駅」から駐車場へと向かう途中の三浦海岸。

始神峠から眺める景色もいいですが、この日は天気も最高!
下からも素晴らしい眺めが楽しめました ^^  📷 27日

2020年9月25日 (金)

和歌山街道 宮前から日野町

依然に和歌山街道の珍布峠(めずらしとうげ)を歩いたとき、
全行程は無理でも、せめて続きの宮前から、松阪日野町の
伊勢街道(参宮街道)分岐までをいつか歩こうと思っていました。
途中、粥見から分岐する和歌山別街道(田丸まで)はすでに歩いているため、
特に気にしていたこともあり、早いうちにとこの4連休の最終日、
歩きに3密は関係ないかと・・・久しぶりのロングウオークでした。

松阪駅からバスで約1時間、
着いた飯高町”道の駅大高駅”から前回歩いた珍布峠口へ出ます。

Wakayamaw01
峠への道を背にしての歩き再開
ここから道はすぐ先で左に折れると宮前宿へと入って行きます。

Wakayamaw02
すぐにある「花岡神社」、今はあまり宿場の面影がない集落ですが、
宮前宿を抜けると、国道166号線に沿って付かず離れずの道になります。
いつもながら、歩きを楽しむのががメインに ^^;

Wakayamaw03
しばらくで下滝野の集落に。
ここからは静かな旧街道筋をたどりながら進み、やがて飯高町から飯南町へ。

和歌山街道は江戸時代、紀州藩の本城と東の領地松阪城を結ぶ街道として、
伊勢参宮や熊野詣、吉野詣の巡礼道としても栄えた道。

Wakayamaw04
飯南町粥見の教誓寺前を行く旧街道

置かれた宿場は波瀬(はぜ)、七日市(なのかいち)、宮前ですが、
この道は途中、飯南町横野から松阪市六呂木町までの間を
伊勢本街道と重複するルートを辿るため、大石にも宿場があります。

Wakayamaw05
しばらくで「粥見神社」到着、
右に分岐するのが和歌山別街道ですが

Wakayamaw06
 その道の角にある自然石の道標には
「右さんくう道 左まつさか道」と刻まれています。

この先で国道に出たあと、すぐに離れて峠道を越えますが・・・
この入口が分からず外してしまい 、道の駅茶倉駅を見て国道歩きに ><;
櫛田川の景観を楽しみながら進むと国道368号線との交差点。
すぐ先で伊勢本街道と合流します。

Wakayamaw07
少し伊勢本街道へ戻るとある「柿野神社」、
あとはこちらも国道と付かず離れずの伊勢本街道と重なる街道です。

Wakayamaw08
ここは大石町(おいしちょう)上出の道標
庚申堂の正面石垣に組み込まれていて「大石宿 これより宮川へ七里 
はせよりここまで十五里半」と刻まれている珍しい道標です ^^

Wakayamaw09
大石宿を過ぎて国道に出ると、しばらくは櫛田川を見ながらの歩き ^^

Wakayamaw10
途中には弘法大師の創建と伝えられる「大石不動院」があり

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高さ10mの不動滝と、境内の右手には国指定天然記念物という
ムカデランが着生する観音岩もある観光スポット ^^

Wakayamaw12
すぐに「大石バスターミナル」ですが、
ここはかって松阪大石間で開業していた「松電大石駅」跡。
しばらく休憩していたら雨になりました ><;

続行か、中止か?・・・迷いながらも出発。
小片野町上出、大下出と過ぎて行くと伊勢本街道と和歌山街道の分岐です。

Wakayamaw13
傍らのフェンスのなかには”道標地蔵”がありますが、
雨も本降りのなか、敷地内に入るのはあきらめて撮っていません ><;
右に行くと伊勢本街道ですが、ここは左へ折れます。

Wakayamaw14
国道に出るとすぐ先、右手に鳥羽見峠への入口があります。
手元の地図には道は無く迂回とありましたが 道はありそう ^^; 
ただ、雨の中で山中を行く峠越えはしたくないのが本音><;
で、今回は国道で迂回して瀬戸峠を越えました 。

Wakayamaw15
峠を下ると辻原
阪内川に架かる小橋の袂に地蔵の彫られた道標があります。
大日如来が彫られた下には「右あらゝき多気 左紀州道 
右まつ坂 左たきあらゝき道」と刻まれていて、ここは多気道との分岐 。

Wakayamaw16
道は橋を渡らず右に折れて、ここからは長い阪内川沿いの道。
咲き始めたヒガンバナを見ながらも、撮ることもなく ><;
雨が降り続く桂瀬から大河内(おかわち)の集落と抜けて行きます。

Wakayamaw17
雨に霞む?「大河内城跡」
このあともひたすら川沿いを歩き続けて1時間半ほど、
ようやく阪内川と分かれると、また国道を何度か交差する旧街道。

Wakayamaw18
ようやく大黒田町で国道166号線と分かれると、
あとは静かな集落を抜け、駅まで直進して行く新町筋に入ります。

Wakayamaw19
新町5丁目のT字路に建つ道標
「左 くまの道 右 和かやまみち」と刻まれています。
ここまで来れば伊勢街道との分岐はもうすぐ 

Wakayamaw20
その松阪日野町の交差点に無事到着!^^
ここが和歌山街道と伊勢街道の分岐で、その南西角に建つ道標には
「右わかやま道」「左さんぐう道 八雲神社」と刻まれています。

この日は行程の半分ほどが雨に降られ、山道や峠道も外しましたが、
宮前から松阪日野町まで、27kmほどの歩き旅でした。 📷 22日

2020年6月24日 (水)

和歌山街道 珍布峠

この日は朝から梅雨とは思えぬ快晴の天気で、久しぶりの街道歩きに。
以前から歩きたいと思っていた和歌山街道をほんの少しだけと、
場所は松阪市飯高町宮前にある”珍布峠(めずらしとうげ)”でした。
その宮前の宿は以前に散策したことがあり、
そのときは峠口までだけでしたが、いつか峠を歩こうと思っていました。
今回も街道歩きというほどの距離ではありませんが ><;
目的は大岩を切り開いたというその珍布峠の切り通しです。

ここは「道の駅・飯高駅」からウオーキングコースが設定されていて、
道の駅でコース図が置かれていますが、
道筋には詳細な案内図と道しるべも設置されています。

Mezurashit01
その案内に従って、道の駅から旧街道へと入りますが、
この日は一組のご夫婦が先行されていました ^^

Mezurashit02
すぐにある「霊符山への道標」
”紀州みちよし乃かうやならはせ 左 くりたに是よりれいふみち・・・”と。
集落を抜けると”木戸の一軒家”跡(案内板だけ)

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その先からは舗装された山道になります。

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途中には”馬の水飲み場”や

Mezurashit05
”道行谷・道行橋”、”石灰爺さん”などの案内板が立てられていて、
往時の街道の面影を少しだけでも楽しめます。

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峠に向かう道とは思えぬほどの明るくなだらかな道が続きますが

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峠への別れ口からすぐにこの日の目的「珍布峠」に到着。

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そこには素掘りで切り開いたという大岩の切り道しとなっていました。
ここで天照大神と天児屋根命(あまのこやねのみこと)が
出会ったとされる場所で、伊勢と大和の国境(高見山)を決めたという 。


Mezurashit09
旧街道ではよく見る切り通しですが、ここも見事な切り通し道でした。

この先で道は赤桶(あかお)へと下り「礫石(つぶていし)」を見る道
へと分岐しますが、この日はそのまま本道を行きます。

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目の前が開け、街道から眺める櫛田川

Mezurashit11
そしてうえから眺める「礫石」。
この岩が伊勢と大和の国境を決めたという(国分け伝説)の 巨岩で、
言い伝えでは、この岩を目がけて石を投げ、当たれば男子が授かり、
当たらなければ女子が授かると言われているそうです ^^;
 
跡は櫛田川の清流を見ながら道を下るだけ

Mezurashit12
さらに下って赤桶橋を見ると、ウオーキングコースは街道から離れますが、
今回は少しでも旧街道を歩こうと道を直進 ^^

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赤桶の集落を抜けて少し先まで行き、
国道を戻ってウオーキングコースへと戻りました。

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戻るコース上にある「倭姫姿見の池」から、
眺める櫛田川の絶景!ですが、この道筋もなかなか楽しい道でした。

オマケ!

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この日のひと花は ”ハナイカダ”です ^^

和歌山街道「珍布峠」。
この日は梅雨とは思えぬ快晴のなかの道歩き、少々暑かったものの、
念願の峠の切り通しを見ることができました。   📷 23日

2019年11月17日 (日)

熊野古道ニ木島から三木里へ

最近気がむくままに歩いている熊野古道伊勢路。
とはいえ、その全行程を踏破する気はなく ><;目的はその峠道ですが、
歩き残しているところもまだ多く、「始神峠」と「三木峠」に「羽後峠」、
そして「曽根次郎坂太郎坂」は熊野市までにある主要な峠道。
以前に「おわせ海・山ツーデーウオーク」で「八鬼山越え」を歩きましたが、
今回もそのイベントで、ちょうど三木里からニ木島を結ぶ峠道、
曽根次郎坂太郎坂から、羽後(はご)峠、三木峠のコースがありました。
これはいっきの三つの峠を歩けると、久しぶりに参加しての歩きです ^^

スタートは「熊野古道センター」ですが、JRで仁木島駅に移動。
国道311号線に出て逢川を渡るとすぐに「曽根次郎坂太郎坂」の登り口 。

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歩き始めの高台から眺めるニ木島聚楽と仁木島漁港

この先長くなりますが 、メインどころを中心にいっきに載せます ^^;
約12km(手引書では4時間半)の行程です。

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いきなり現れる猪垣(いのがき・ししがき)。
猪や鹿が田畑へ侵入するのを防ぐために作られた石垣で、
この道筋には多くの猪垣が残っています。

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あとは木の根道に

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石畳(石段)の多い熊野古道・・・でしょうか ^^

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道は標高320mほどと、それほど高くはないですが、
ここがピークの”楯見の丘”。
正面に見える半島の先が熊野市の名勝「楯が崎」でしょうか?

ここから少し下ったところが

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甫母集落への分岐になる「甫母峠(ほぼとうげ)・(ほうじ茶屋跡)」で、
「ほうじ」とは「榜示」という領地の境界を示すものに由来するそうです。
ここは中世の頃、志摩国と紀伊国の境だったといわれ、
”自領”・”他領”がなまって次郎・太郎といわれるようになったとも。

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下る途中にはこの”鯨石”や、
江戸城築城に使われたという「石切り場跡」のあともあります。

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興味があったのはこの「曽根の一里塚」、
街道筋ではよく見られる塚跡ですが、峠道では初めて見る?一里塚でした。

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下る曽根登り口へと続く猪垣もまた見事 ^^

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途中から見えるのは賀田湾と賀田漁港。
この先はしばらく集落の中の国道を行きます。

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次の峠道は「羽後峠」
こちらもまた素晴らしい猪垣が残る道を行きます。

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道標”是より左くまの道”

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右に続く猪垣を見ながらの峠道、
この辺りは平たんな道が少し続き峠歩きが楽しめます ^^;

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「羽後峠」到着
あとはいっきに下って次の「三木峠」へ。

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こちらも苔むす石段の続く道

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登り下りを繰り返しながら着いた「三木峠」。
ここには「絶景の丘展望所」への案内がありましたが・・・
予定の14:23発列車に乗る時間まで余裕がなくなりカット ><;
(大会のタイムテーブルでは1本あとの16:38発列車でした)

先を急ぎながら

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三木峠下り口から眺める賀田湾の眺望!

すぐに国道311号線に合流すると10km地点。

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残り約2kmほどのところで、近年地元の方により発見整備されたという
「ヨコネ道」へと入ります。

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綺麗な林間の道を行きます。
ここはゆっくり歩きたいところでしたが、もう急ぎ足 ><;

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下ったあとはふたたび国道を歩く残り1km弱でしょうか?
見える八十川橋を渡って、三木里集落へと続く古道から離れ、
道を左折するとJR三木里駅はすぐです。

今回は久しぶりに「おわせ海・山ツーデーウオーク」大会に参加。
以前の「八鬼山越え」に続く「三木峠」、「羽後峠」と「曽根次郎坂太郎坂」、
逆順でしたが尾鷲市から熊野市へと歩いた熊野古道でした。   📷 16日

2019年9月18日 (水)

続・山陰道 丹波口から亀岡

旧山陰道歩き前半は京都の丹波口から亀岡との国境老ノ坂峠まででしたが、
続きは老ノ坂峠を下ったところにある旧山陰街道入口からです。

旧道からふたたび国道に出て峠を下って行くと、
左に大きくカーブしたすぐ右に「旧山陰街道入口」の案内があります。
ここは信号がなく、車も多い国道だけに注意して渡り旧道へ。

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こちらは田園地帯と山裾を行く細い道が続き旧道の雰囲気十分で、
古道の歩きが楽しめます ^^;

しばらく田んぼの中を行きますが、すぐに山裾の道になると、
”中の谷林道入口・からと越え(本能寺の道)”の案内があります。
本能寺で信長を討つために明智光秀は老ノ坂を越えましたが、
”からと越え”は大軍であった光秀軍の別隊が越えたともいわれる道のようです。

その少し先にある「占い石」

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山陰街道を行き交う旅人たちは、
この石に座った占い師に旅の吉凶を問うたという。

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山裾を行く道は”三軒屋跡”からふたたび田畑の広がる道になり、
”船着場跡”を見ると県道402号線(王子並河線)に出ます。

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ここからは篠の町並みを行く県道歩きですが、
この道筋にもたくさんの愛宕山常夜灯があり、これが道案内にも ^^
あとはひたすら亀岡市街地にある「亀山城跡」に向けて歩くのみ。

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亀岡市街地の旧道にある愛宕山常夜灯を見ながら、
年谷川を渡るとその北側に続く堤防は千本松(野橋立)跡だそうで

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かっては見事な松並木があったという。
一説には亀山城の防御線として明智光秀が植えたといわれるとも。

そして、道は亀山城下町へと入ります。

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亀山城の外堀跡に整備されたという「古世親水公園」。
その先には「桜の馬場跡」、「古世門跡」に

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「本陣跡」と、今では駒札だけがその場所を示しています。
城跡の南西にある桝形を回ると

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「形原神社」がありますが、ここが「丹波亀山城の大手門跡」で、

神社は寛永元年(1748)、丹波篠山から亀山藩へ入府した
形原信岑(のぶみね)を主祭神とし、歴代藩侯を祀るという。

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山陰道は城跡の西側を行き、この先は次の宿町園部と続きますが、
歩き旅はここまで ^^;
ここからは亀山城の西門から東門へと城跡を抜けて行きました。

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亀山城跡西門

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旧天守への道ですが・・・関係者以外立ち入り禁止で通過 ^^

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城跡の石垣が残る万祥橋周辺、この右手が天守跡になるようです。

天正10年6月1日、「敵は本能寺にあり」と光秀が軍勢を発した亀山城ですが、
現在は宗教法人「大本」が神苑として整備した「天恩郷」となっています。

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城跡の中を通り抜けた東門から北側に回ったところにある”南郷池”、
ここも内堀だったところでしょうか?

天正5 年(1577)ごろ、丹波攻略のため亀山城を築城した明智光秀ですが、
5年後の天正10年に「本能寺の変」が起こります。
その後、城は羽柴英俊(小早川秀秋)によって修築されます。

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JR亀岡駅到着
多くの幟が立てられていますが・・・来年の大河ドラマは
明智光秀が主人公の「麒麟がくる」ですね ^^

今回は山城国と丹波国の2回に分けて載せましたが、
それぞれに見どころの多い街道歩きでした。  📷 15日

2019年9月17日 (火)

山陰道・丹波口から亀岡

今年は何十年?ぶりか、青春18きっぷの旅をしてみようと、
中国地方一周を計画 ^^; 京都から山陰本線での旅立ちでした。
旅を終えて次は各地に立ち寄りながらの国道9号線の旅を企画していますが、
その前にちょっと旧山陰道を歩いてみようかと・・・
この日は京都の丹波口から亀岡までを歩いてみました。
旅の詳細ルートは省きますが、スタートは島原の島原大門からです。

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見返り柳が残る大門をくぐって花屋町通りを行き、
揚屋「角屋(すみや)」を見てさらに西へ。

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JR嵯峨野線のガードに沿った千本通りの角にある「島原住吉神社」。
ここから道を南下して七条通りに出ると、あとは真っ直ぐ西へと行きます。

葛野七条交差点の先で七条通から旧道に入り、
西京極で天神川を渡ると旧道の面影が残る町並みが続きます。

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西京極の町並み
この辺りからは道も狭くなり蛇行が続く旧道歩きです ^^

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桂大橋

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桂川を渡った桂大橋の袂に建つのは弘化3年(1846)建立の常夜燈。
この先、地図を見ながらもチョッと分かり難い道になりますが、
西山別院への道を曲がると小さな道標があります。

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「左 むかふ町、あわふ、ながをか、やなぎ谷」、
「右 西山御坊、よし峰、大原の、岩くら」と刻まれていますが、
案内どおりにいくとその「西山別院」があり

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道を回り込んで阪急京都線の踏切を渡ると川島粟田町。
しばらくすると県道67号線樫原(かたぎはら)交差点 に出ます。
交差点を渡るとに続くのが山陰道最初の宿場となる樫原です。

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樫原の”辻のお地蔵さん”

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宿場町の面影を色濃く残す町並みを抜けて行きますが、
大枝中山町、大枝沓掛町と次第に山間の集落に変わってきます。

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左から京都縦貫道、国道9号線、そして川沿いを行く旧道。
道は徐々に上って行きますがこの辺りもまた旧道らしさが残るところ。

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山間の道を抜けると国道9号線に合流、
すぐ先で京都霊園があり旧道はその中に続くようですが、
今回はその道の詳細が分からず、あえて遠回りの国道を行きました。

峠のトンネル手前から国道を離れて旧道への道と入ります。

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その旧道に出たところには愛宕山常夜灯と”老ノ坂峠(山陰道)”の案内板があり、
ここから少し旧道を戻ります。

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しばらくで、「従是東山城國」と刻まれた国境碑がありますが、
ここが山城国と丹波国の国境。

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その傍にある「首塚大明神」
源頼光が討ち果たした酒呑童子の首が埋められた塚にまつわる神社だそうですが、
京都霊園からの旧道はここに来ますが、その道はチエンが掛かっていました ^^;

道を戻って

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旧道の老ノ坂峠を下り、ふたたび国道9号線に出ると亀岡を行く
山陰街道へと入ります。

このあとは亀岡を行く山陰道です ^^   📷 15日

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