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2018年7月 3日 (火)

拳母街道

春先に痛めた坐骨神経痛?も少しづつ回復している感じで、
今回は思いきって街道歩きに出かけてみました。
とはいえ、長い距離は無理とどこを歩くか悩みましたが、
途中で何かあった時にはエスケープができる・・・
そんな街道をと選んだのが「拳母(ころも)街道」です。

以前に歩いた「飯田街道」赤池の追分から、
豊田市(旧拳母市)市街地まで、約16kmほどの歩きですが、
旧街道として見るべきものは何もなく、ただ歩くだけ ^^;

Koromo01

愛知県日進市の赤池交差点
ここが「飯田街道」と「拳母街道」とが分岐する追分。
ここから国道153号線に出て側道を東へと歩きます。

Koromo02

何の面白みもない国道の側道を歩くこと約50分ほどで、
東郷町和合牛廻間(うしばさま)の交差点、ここを右折。

Koromo03

すぐに「念仏塚」なるものがありますが・・・これが何か?
説明板もなく分かりませんが、これが唯一の街道筋らしきものでした。

あとはひたすら県道36号、520号線を歩いて行くだけ。

Koromo04

東郷町諸輪で県道54号バイパス、境川を越えるとみよし市ですが、
その手前で豊田まで8km、ここでちょうど半分です。

東名高速を越えるとすぐに豊田市。

Koromo05

宮口町に入ると「宮口神社」がありますが、
ここは鳥居前だけで失礼しました。

Koromo06

その先で逢妻女川を渡りますが、
ここは秋のヒガンバナで知られるところ 、もう豊田市街地はすぐです。

Koromo07

小坂本町、から西町、桜町と市街地を小刻みに右左折し

Koromo08

桜町本通商店街を東進していくと

Koromo09

「拳母神社」西口、ここで右折して次の信号を左折。

Koromo10

道は拳母神社の前を通りすぎて行きます。
この辺りは少しだけ旧道の雰囲気があるところでしょうか?

Koromo11

すぐに矢作川の堤防に突き当って、この日はここまででした。
右に行けば国道301号線で松平、作手から新城への拳母街道、
左に行けば途中から足助への飯田街道に合流します。

ということで何とか歩いてきましたが、
見どころはないとはいえ、最後はやはり「拳母神社」 ^^

Koromo12

神社を参拝しながら豊田市駅まで戻ります。

Koromo13

境内には名木、古木が多いですが、
こちらは樹齢650年ともいわれる”くすのき”。

Koromo14

秋の例祭”拳母祭り”で知られる拳母神社ですが、
江戸時代には「子守大明神」と呼ばれ、子供の成長を願う神様とも。

  Koromo16 Koromo15  

拝殿前の狛犬はちょっと珍しい”子守(子だき)狛犬”です ^^

Koromo17

本殿
創建については諸説ありますが一般的には文治5年(1189年)と。
明治4年(1871)に「拳母神社」と改称されます。

オマケ!

Koromo18

私事で恐縮ですがここにも芭蕉句碑がありました ^^;
句は“ 木のもとに 汁も鱠も 櫻かな” 元禄3年(1690)吟
                       寛政11年(1799)建立

豊田市を通る旧街道では飯田街道が知られていますが、
今回歩いた拳母街道は豊田市の中心部(拳母)へと向かう道。
他とはちょっと違った旧街道?でした。    camera 6月30日

2018年1月30日 (火)

熊野古道 三瀬坂峠

今年は熊野古道でも歩こうかと、(もちろんその一部ですが ^^;)
まずは伊勢街道で田丸から分岐する古道最初の「女鬼峠(めきとうげ)」。
その行程を調べていたところ、
たまたま”三瀬坂峠を越えて滝原宮”のバスツアーを見つけました。
三瀬坂(みせざか)峠は女鬼峠の次の峠道です。

この熊野街道は交通の便が悪いのが難で、
個人的に歩くにはなかなかその交通手段に苦労するため、
これはちょうどいい機会と参加することに。
スタートの道の駅「奥伊勢おおだい」から佐原交差点で古道へ入ります。
Misesaka01

すぐに宮川を渡りますが橋は「舟木橋」。
レンガ造りの橋脚を持つ登録有形文化財ですが、先へ ^^;
このあとは長い県道歩きになります。

Misesaka02

紀勢自動車道をくぐると三瀬川の集落に入りますが、
すぐに「多岐原神社」への案内があります。立ち寄ります ^^

Misesaka03

多岐原神社(皇大神宮摂社)
倭姫命(やまとひめのみこと)が宮川を渡るときに案内をした
真奈胡神(まなこのかみ)が祀られています。

そのまま先に行くと宮川に出ますが

Misesaka04

ここはかって、巡礼者が舟で渡ったという”三瀬の渡し跡”。
古道に戻ると

Misesaka05

すぐに民家の脇に峠への三瀬川登り口があり、
しばらくは舗装された緩やかな道を行きます。

Misesaka06

途中から地道に変わると急な上り坂が続く道になり、
残りの距離を示す案内板につい目がいくところ ><;
とはいえ、短い峠道。

Misesaka07

この日はツアーでもあり寂しくはない歩きです ^^;

Misesaka08

すぐに峠の頂きに到着!

Misesaka09

石室のなかに祀られた地蔵は「宝暦地蔵」とか。

Misesaka10

視界は開けていませんがここには茶屋もあったそうで、
狭いながらも休憩がでるスペースがあります。

Misesaka11

あとは石ゴロゴロの急坂を下るだけですが、
ところどころには苔むす石も。

Misesaka12

約1kmほどの道を下ると里の登り口に出ますが、
見える道は国道42号線。

Misesaka13

登り口にある祠と常夜灯。
道は国道を渡り集落の中へと入ります。
集落には古道らしきものは何もなく、
すぐ先にある里の交差点で国道を渡り返します。

Misesaka14

あとは真っ直ぐに「滝原宮」へと歩くだけ ^^;

Misesaka15

滝原宮の森の中を歩いて行きますが、
この辺りは静かな宮内庁管轄地です。

Misesaka16

そして「滝原宮」に到着。
まだ1月だからでしょうか?たくさんの参詣者でした。

熊野古道三瀬坂峠。
峠の標高は256m、道も全長が約2、1Kkmと短いですが、
古道の雰囲気が十分に楽しめる峠でした ^^;  camera 29日

2018年1月29日 (月)

百曲街道と番割観音

今年は新年から続く街道歩きですが、
今回は少しまち歩きに近い街道歩きです ^^;

江戸の初期、尾張藩主・徳川義直の命により開かれた熱田新田。
その新田の北側に沿ってできた街道で、
道が幾重にも曲がっていたことから百曲街道と呼ばれた道があります。
尾張城下の大須から堀川、江川沿いに六番町へ南下して西へ、
中川、荒子川を渡り庄内川の明徳橋までですが・・・。

Hyakumagari01

この日は熱田の白鳥庭園南、国道1号線からです。

Hyakumagari02

まずは国道沿いにある観音堂の第一番観音堂。
熱田新田干拓のときに、その安全を願って333の番割ごとに、
西国三十三所に因んだ33観音像が祀られました。

Hyakumagari03

少し西に歩くとある慈教寺には第2番・3番観音がありますが、
寺内にあるため見ることができず石柱だけ ^^;
ここで1本北の道に出てその百曲街道に出ます。

Hyakumagari04

街道といっても道沿いには何もなく、
この日は立ち寄りの多い観音堂めぐりになります。

Hyakumagari05

4番町には第4番・5番札所。

熱田新田は、熱田神宮近くの1番割から西へ順に33番割まで区画され、
現在の熱田・港・中川区の一番町から十一番町の地名は
今に残るその名残とも。 

Hyakumagari06

6番町の新幹線高架下には第6番・7番観音ですが、
この辺りから番割の番号がなくお堂だけになってきます ^^;

Hyakumagari07 Hyakumagari08

第8番・9番
お堂の前にあった石柱に数字がありましたが・・・?

Hyakumagari09

十番町に入ると第10番・11番観音ですが、
それを表すものは何もなく、
観音像もここまでお堂は閉められていて見ることができません ><;

Hyakumagari10

十一番町で国道1号線に出て、
中川運河を昭和橋で渡りますが・・・遊覧船でしょうか?

さて、この先は道が分断されていて、、
観音めぐりも道を大きく外れて中川区の新船町から昭明町、
明徳町辺りをぐるぐると回ります ><;

Hyakumagari11

いちばん南端にあった須成町の12番・13番、
民家のような中にあるお堂でしたが、
ここで初めて観音像を見ることができました ^^;
ここからはもう観音堂だけをめぐる歩きになり、
ただ自己満足だけの世界で・・・観音堂は省略します。

荒子川を渡り中島新町に入ると


Hyakumagari12

熱田新田の干拓工事にあたった鬼頭景義の墓がある「空雲寺」。

Hyakumagari13

墓もさることながら見事な黒松にしばし見とれました。
少し南に下った先で第25番から28番までを見て、
小碓(おうす)、明正一丁目で西井筋(稲葉地用水)を渡ります。

Hyakumagari14

その先からは百曲街道の面影が残るくねくねの道筋 ^^;

Hyakumagari15

すぐに街道沿いの観音堂がありますが、
ここに第29番から33番が祀られています。

Hyakumagari16

その傍にあった説明板。

この先も道はくねくねと曲がりながら庄内川に突き当たります。

Hyakumagari17

渡る橋は人道橋の「正徳橋」、その先は下之一色。

Hyakumagari18

新川沿いの堤防を行くと最後の観音堂が見えます。

Hyakumagari19

熱田新田33番割の工事にあたった鬼頭景義は、
最後に33番割観音堂を港区当知町に造りましたが、
庄内川の道筋を変えたときにこの新川堤防に移したといわれます。
また、干拓の最後になる堤防の締切りであったことから、
この観音は「みよどめ(澪止め)観音」とも。

百曲街道、今回は街道歩きとはいきませんでしたが、
熱田新田干拓で祀られた観音堂をめぐり、
現在も残るその番割に往時を偲びました。    camera 28日

2018年1月23日 (火)

少しだけ稲置街道

2回にわたって歩いた岩倉街道ですが、
犬山まで歩き終えて、この日は時間に余裕がありました ^^;
この道は来る途中で稲置街道(犬山街道)に合流しています。
以前に歩いた上街道(木曽街道)も稲置街道と重複部分があり、
その追分が犬山市の楽田(がくでん)追分でした。

犬山城下からは7kmほどで、時間的にもちょうどいい距離と、
この日はそのまま来た道を戻ります。

Inagi01

ふたたび岩倉街道との合流点まで来て、
ここからは初めて歩く稲置街道です。

Inagi02

すぐに名鉄犬山線の犬山口駅

稲置街道は江戸時代に名古屋城下と犬山城下を結んだ街道で、
当時街道沿いに稲置(いなぎ)村(現犬山市)があったことから、
そう呼ばれています。

Inagi03

犬山城下から来た道はこの社を見て県道27号線に合流。
しばらくは車のの多い県道を歩きます ^^;

Inagi04

太郎丸で国道41号線をくぐると、
名鉄小牧線に沿ってそのまま南下して行きます。

Inagi05

合瀬川手前にあった「史跡 五郎丸初生地」碑。
説明がないためよく分かりませんが ><;
五郎丸とは・・・人の名前だったのか?それとも地名なのか?

Inagi06

羽黒に入ると「大宮浅間神社」への案内石柱があり

Inagi07

すぐに五条川を渡ります。
お馴染みの桜並木も以前に歩いた懐かしいところ ^^;

Inagi08

その先で道はようやく県道から離れ旧道へ。

Inagi09

道沿いには祠もあり、
喧噪の中の県道とは違い静かな道にホッとする歩きです。

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民家の切れ間から眺める山並み、チラッと尾張富士も見えますが、
この辺りは上街道と並行するところ ^^;

Inagi11

Inagi12

三十三観音像と、
御嶽山を中興させた先駆者「覚明行者石像」

Inagi13

そして、慶長3年(1598)の創建という御日塚神社を見ると、
楽田追分はすぐ。

Inagi14

赤い屋根の懐かしい教会

Inagi15

そして上街道と稲置街道(左)の追分です。

Inagi16

民家の庭に咲いていたソシンロウバイ。

昨年4月に歩いてから9カ月ぶり。
今回は岩倉街道とともに、その合流点から楽田追分まで、
ちょうど抜けていた部分の稲置街道でした ^^;  camera 21日

2018年1月22日 (月)

岩倉街道 続編

ちょうど1週間前に歩いた「岩倉街道」。
残念ながら途中の柏森で時間切れで戻りましたが、
できれば早いうちに再開しようと思っていました。
天気のいいのもこの週末(21日)まで・・・との予報に、
この日も日曜日、ちょうどいいかと続編です。

この日は柏森から犬山までと距離も短く、
ちょっと気持ちも余裕でした ^^;

Iwakura201

名鉄犬山線の柏森駅を9時半のスタートです。
今回は街道らしき道は少なく、
それらしきものもないだろうと思って歩き始めましたが・・・

Iwakura202

すぐに珍しい石造の蕃塀がある「柏森神社」。

Iwakura203

その先にあった「札の辻」の道標。
まだ新しい解説版が立てられていますが、
ここは道しるべとともに、一里塚の跡でもあったようです。

駅前から続く柏森商店街は、
柳街道(岩倉街道)の中心部になるのでしょうか?

Iwakura204

各所にこうした手作りの標があり、
味気ない県道にも街道の雰囲気を感じます。

商店街を抜けるとあとはただ歩くだけ ^^;

Iwakura205

扶桑駅前を通過

Iwakura206

こちらは「郷社 楉埜(しもとの)神社」。
ちょっと曰くのありそうな神社で参拝をしましたが、
境内にはたくさんの社が祀られていています。

Iwakura207

道が県道64号線に合流するとすぐに犬山市。
木津用水を渡るとすぐに県道からふたたび旧道に入り、
新興住宅街と思われる中を抜けて行きます。

Iwakura208

住宅が途切れるとちょっと雰囲気のある道になりますが

Iwakura209

その先の突き当りが稲置街道(犬山街道)との合流点。

Iwakura210

ここから道は真っ直ぐに北にむかって、
犬山の中心部本町通りへと延びています。
いっとき離れていた県道64号線の出来町交差点を渡ると、
犬山の中心部へと入っていきます。

Iwakura211

右に「徳授寺」

Iwakura212

左に「外町天満宮」、「先聖寺」を見て行くと

Iwakura213

「犬山おどき」。
この辺りは”犬山ひな祭り”でめぐったところですが ^^
すぐに本町通りです。

Iwakura214

説明することもない犬山のメインストリート ^^
日曜日で混雑するなかを行くと

Iwakura215

針鋼神社と犬山城が見えてきます。

Iwakura216

突き当たって三光稲荷神社を回り込むと犬山城への道。
名古屋市の枇杷島橋から続く「岩倉街道」はここまででした。

この日はまだ11時と余裕がありました。
せっかくの街道歩き、ならばこのまま来た道を戻り、
稲置街道(犬山街道)で以前に歩いた上街道(うわかいどう)の
楽田(がくでん)追分までと・・・続きます ^^;   camera 21日

2018年1月17日 (水)

岩倉街道沿いの神社仏閣

愛知県清須市から犬山市を結ぶ「岩倉街道」。
歩いた西枇杷島から柏森までの街道筋を紹介しましたが、
この街道沿いにもたくさんの神社仏閣があります。
今回はそんななかから有名、無名も含めた社寺編です ^^;

まずは最初の町並み中小田井から。

Kaido01

集落に入って最初に見るのが中小田井の氏神さん「五所社」、
境内にはたくさんの摂社・末社があります。

Kaido02

その北側を回り込んでいる細い道を行くと「東雲寺」
寺伝では明応元年(1492)の創建という、
なんとも趣のあるふたつの山門をくぐりますが・・・

Kaido03

最初の門をくぐった左手にある「観音堂」
収められた33体像は街道をゆく多くの旅人や、
村民たちの信仰があつかったという。

Kaido04

街道に戻ると、東雲寺に隣接するのが「善光寺別院 願王寺」
異色の像がいくつか建ち並ぶ参道を行くと

Kaido05

比較的新しい仁王門

Kaido06

境内の右には「へちま薬師堂」、そして左に本堂。
小田井城の鬼門除けの祈願寺で、
善光寺如来を本尊としているところから善光寺別院といわれます。

中小田井から新川を過ぎると秋葉神社がありますが、
その先にあったのが「高畑神明社」。

Kaido07

あえてこちらを載せますが、創建は元和3年(1617)という古社。
祭神は天照大神と豊受大神とありました ^^;

Kaido08

岩倉市に入って稲荷にあった「廣福寺」

Kaido09

そのすぐ北には「誓願寺」の鐘楼門が見えます。
岩倉城主織田伊勢守信安夫妻の墓があり、
ここは少し立ち寄りかったところですが、遠望です ><;

岩倉城跡を見て下市場の交差点を過ぎた左手には、

Kaido10

明治から続いている”火渡り”で知られる「吉祥寺」。

Kaido11

境内には根尾川産という”ねむり亀”石がありました ^^;
この辺りは社寺が続きます。

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そして岩倉中心部にあるひとつ「神明生田神社」。

Kaido13

境内には山内一豊誕生地の碑があります。

さらに中心部を行くと中本町には「神明太一社」

Kaido14

鳥羽天皇が奉献した神領の地で、平安時代以前より
伊勢神宮と関係が深い神明社と伝えられているそうです。

岩倉の中心部から広い県道に出ると

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正一位の鳥居が建つ「福寿稲荷大明神」。

Kaido16

江南市に入り小折交差点の手前には「南山神明社」。
ともに詳細は分かりませんが、
こうした神社は数多く街道筋に見られます。

そして力長町にある「若山八幡宮」です。

Kaido17

鳥居の先に珍しい百度石と蕃塀があり、
初めて見たときはちょっとびっくりでした記憶があります。

Kaido18

そして本殿
古来より安産守護、子供の神様として崇拝されています。

岩倉街道
街道筋には他にもいろんな社寺や祠などがありますが、
今回はその一部を載せてみました。   camera 14日

2018年1月16日 (火)

岩倉街道

名古屋市西区にある庄内緑地に出かけるときに、
何度か歩いている上小田井の「岩倉街道」。
いつかその全行程を歩いてみようと思っていましたが、
この日は青空の広がり、これ以上はない歩き日和に・・・^^;
新年から歩き旅が続きますが、今回はその岩倉街道です。

街道の始点は清須市の下小田井ですが、
降り立ったのは名鉄東枇杷島駅。
駅から北に少し歩いて旧美濃路に出ます。

Iwakurar01

すぐに庄内川に突き当たりますが・・・
整備されてすっかり綺麗になった土手下にある美濃路の道標。

10年前に歩いたときとは大きく変わった道を行き

Iwakurar02

庄内川を枇杷島橋で渡ります。
橋を渡った先にある橋詰神社を見て少し東に行くと、
旧枇杷島橋小橋があった場所に美濃路の道標があります。

Iwakurar03

ちょっと南面しか載せていませんが、ここがかって岩倉街道との追分。
この地は江戸時代、青果物を扱う江戸の神田、大坂の天満と並ぶ
日本三大市場といわれたところ。

ここが岩倉街道の始点になり、美濃路と分かれて庄内川沿いを行きますが、
この街道、終点には諸説ありよく分からないとのこと ><;
ただ、道は犬山市の城下まで続いています。

Iwakurar04

下小田井の集落から堤防に戻り、
庄内緑地を見ると堤防から中小田井の集落へと入ります。
この町筋は何度か載せているので省きますが、
名古屋市の町並み保存地区に指定され、街道の面影が残るところ。

Iwakurar05

集落を抜けるとある岩倉街道案内板と右に旧道標。
ここから旧道は北にほゞ真っ直ぐに延びています。

Iwakurar06

すぐに新川を平田橋で渡りますが、
その欄干にも岩倉街道の説明板があります ^^

この辺りはまだ旧街道の面影がありますが、
ここから先は神社仏閣があるだけで街道らしき面影はありません。

Iwakurar07

そんな寺社を見ながら西春駅前を通過、
このあとも単調な道歩きです ^^;

Iwakurar08

西春駅前から1.5kmほどで五条川を渡り岩倉市へ入りますが、
大山寺本町で犬山線の踏切を渡ると下本町。
下市場の交差点で少し街道を離れ「岩倉城跡」に立ち寄ります。

Iwakurar09

文明11年(1479)頃に織田伊勢守家の織田敏広が築城されます。
当時の尾張では清洲城とともに重要な城であった城ですが、
その後、永禄2年(1559)3月、織田信長に攻められ落城。

街道に戻ります。

Iwakurar10

交差点角にあった「岩倉街道(旧柳街道)」の標柱。
岩倉から先、この街道の終点は小折ともいわれますが諸説あるものの、
道は犬山城下まで続いています。
柳街道とは、織田信長が柳を植えたことからとも・・・。

Iwakurar11

道筋にある「神明生田神社」
”岩倉桜まつり”では主会場になるところで知られていますが

Iwakurar12

境内にはたくさんの四季桜や十月桜が咲いていました ^^

街道に戻って

Iwakurar13

岩倉駅前を過ぎ、桝形の道を行くと中本町、
この辺りも街道筋の面影が残りところ。
その先は広い県道をしばらく歩くことになりますが、
名神高速をくぐると少しだけ一宮市です。

Iwakurar14

道はまた細くなり街道らしくなります ^^;

Iwakurar15

岩倉市の下本町下市場から4kmほどで江南市の小折交差点。

ここ小折町が街道の終点ともいわれているところで、
左の道を行くと布袋駅ですが、
この一帯は江南市の歴史散策道”信長・生駒(吉乃)コース”。
以前に歩いたところでもあり、そのまま街道を行きます ^^;

Iwakurar16

小折の交差点から3kmほどで力長町の「若宮八幡宮」

Iwakurar17

古くから「安産守護」の神様として信仰されていますが、
この日はちょうど「左義長」が行われていました。

少し暖をもらって最後のひと踏ん張りと歩きだしましたが・・・

Iwakurar18

すぐ先にある柏森駅
ここまで約20km、犬山城下まではあと7kmほどでしたが、
残念ながら時間切れでした。

この先は扶桑から犬山口で稲置街道に合流して犬山まで。
その間はあらためて歩くことに・・・ ^^;    camera 14日

2017年12月21日 (木)

東海道有松から熱田の宮

豊明市栄町の「桶狭間古戦場伝説地」から、最寄り駅になる
名鉄「中京競馬場前」まではほんの100mほどですが、
すぐ前を通る国道1号線(東海道)を横断することになります。
この日は最初から旧東海道を名古屋(熱田の宮)まで
歩いて戻るつもりでした。
少し古戦場めぐりに時間を費やし、時間的には遅くなりましたが、
予定どおり旧街道を歩いて戻ります。

Tokaidoam01

まずは国道1号線から分岐する旧街道に入ります。
この旧道は少しだけで、すぐに国道に合流、
その先で間の宿になる有松への旧道へ。

Tokaidoam02

ここはもう何度も訪れているところだけに、
ただ歩いて過ぎるだけです ^^;

Tokaidoam03

有松を通りすぎると「有松一里塚」。
この先、左京山から鳴海に入りますが途中は何もありません ^^;
大高緑地への道を左に見ると鳴海宿はすぐ。

Tokaidoam04

その鳴海宿東の入口に建つ「平部町常夜灯」。
今は宿場の面影もない鳴海の宿を行くと、
途中の名鉄鳴海駅近くにあるのが「誓願寺」。

Tokaidoam05

道沿いに「芭蕉最古の供養塔」と書かれた立札があり、
境内に入ると

Tokaidoam06

「芭蕉堂」の傍に、”芭蕉翁”と書かれた
自然石の碑(元禄7年・1694の芭蕉最古の供養塔)があります。

この先で道は大きく北へと曲がります。

Tokaidoam07

すぐに「丹下町常夜灯」がありますが、
ここが鳴海宿の西の入口です。
そのまま直進して行くと第二環状線の三王山交差点に出ますが、
ここですこし寄り道です ^^;
すぐ傍にある小高い丘の上にある「千句塚公園」。

Tokaidoam08

ここに、芭蕉の存命中に建てられた唯一の塚という
貴重な「翁塚」があります。
鳴海もまた名古屋と同じように芭蕉ゆかりの場所でもあります。

戻って、三王山交差点を西に折れ、天白川を渡り笠寺に。

Tokaidoam09

「笠寺一里塚」を見ると

Tokaidoam10

すぐに「笠寺観音(笠覆寺)」の正門に。
境内には芭蕉ゆかりの春雨塚・笠寺千鳥塚、
宮本武蔵の碑などがありますが

Tokaidoam11

その中から「千鳥塚」と「宮本武蔵碑」。
詳細は省きますがここも宮本武蔵が滞在したところで、
じっくりと載せたいところですが先を急ぎます ><;

この先は本笠寺駅の踏切を渡って右折し、
綺麗に舗装整備された呼続の道をただ歩くだけ。

Tokaidoam12

山崎川を山崎橋で渡って左折

Tokaidoam13

しばらくで旧道とはまるで違った、
環状線と国道1号線の交差する松田橋交叉点に出ますが

Tokaidoam14

その高架橋下にあるのがかっての松田橋。
この辺りは当時八丁畷と呼ばれたところで、
そのころあった用水に架けられていた橋の一部という。

道を渡って国道1号線を行き、途中で側道に入りますが、
JRの踏切と、名鉄常滑線の高架をくぐると

Tokaidoam15

その先に「姥堂」と「裁断橋」があります。
ここはまた「都々逸発祥の地」でもありますが詳細は省きます。

この先はもう熱田の宮の宿

Tokaidoam16

当時の宿の中心部といわれた伝馬町筋を行き、
分断された道を信号交差点で迂回して行くと

Tokaidoam17

突き当りにあるのが「ほうろく地蔵尊」。

その手前に道の反対側から移設された道標があり、

Tokaidoam18

ここが美濃路から佐屋街道への分岐。
道を左にとり、国道247号線を渡れば”宮の渡し”はすぐですが、
この日はここまででした。

ブログ開設当時以来12年ぶりに歩いた名古屋の東海道。
思えばここから我が街道歩きが始まったともいえますが、
それだけに懐かしい思い出の東海道歩きでした。   camera 19日

2017年6月 3日 (土)

旧東海道箱根越え 箱根西坂

旧東海道箱根越え2日目は箱根宿から三島宿までの約16km。
箱根峠からは西坂と呼ばれる三島側の急坂を下りますが、
こちらもまた山の中、石畳の続く坂道です。

この日は朝から晴れ、のち曇りの予報でしたが、
とにかく雨が降らないようにと、祈る気持ちでのスタートでした。

Hakonew01

朝の芦ノ湖、
すでに厚い雲に覆われて、この日もまた富士山は望めません ><;
足早に関所を抜けて、
国道1号線で箱根宿を抜けて行きます。

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芦川の集落から駒形神社の傍を曲がると旧道の入口。
建ち並ぶ石仏群を見て行くと

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すぐに向坂で、箱根峠まではふたたび上り坂。

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向坂、赤石坂、釜石坂、挾石坂と続く石畳の坂道を登っていくと、
国道1号線に出ます。
出たところをそのまま進むと道の駅箱根峠ですが、
ここは反対に左へと国道を行きます。

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すぐに箱根峠
箱根新道の終点箱根峠インターと、
芦ノ湖スカイラインなどの道が交わる交通の要所だけに歩行注意!
すでにモヤがかかり始めていていやな予感 ><;

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国道を横断すると冠木門があり、
ここが三島側の旧道入口。
しばらく下って、ゴルフ場に沿った車道を道なりに行くと

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綺麗に整備された旧道入口があり、
ここから三島宿まで長~い箱根西坂が始まります。

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まずは笹のトンネルを行く甲石坂、
笹の葉が積もった道を慎重に行きます。(笹の葉で滑ります^^;)

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石原坂石畳から、
少し開けて明るい大枯木坂、小枯木坂を過ぎると

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山中新田
とまぁ、淡々と書いてきましたが、この間の道筋には
接待茶屋跡、かぶと石、明治天皇小休址、念仏石など、
たくさんの見どころがあります。

しばらく山道を行き「雲助徳利の墓」なるものを見ると、
すぐに県道に出ますが

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ここが駒形諏訪神社の入口で、「山中城跡」への案内があります。

「山中城跡」は今回の箱根峠越えの目的のひとつだったため、
ここで約1時間ほど城跡を散策しましたが・・・それはあらためて ^^;

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散策から戻って旧道を行くと、城跡への三の丸入口駐車場があります。
正式?にはこちらからが見学入口でしょうか。
そのまま国道を横切ると旧道の左には、
「山中城岱崎(だいざき)出丸跡」への入口がありますが・・・
残念ながらこちらはパス ^^;真っ直ぐ旧道を行きます。

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三島側の箱根西坂は一部を除いて整備された石畳で、
東坂に比べて凸凹の少ない石畳ですが、
とにかくほとんど三島宿まで続く長~い下り坂 ><;
これだけ長いと少々飽きてきますが・・・
この先で旧道は工事中のため国道を迂回させられます。

これは誤算でした ><;

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ヘアピンカーブの続く国道を行くと富士見平。
ちょうど通行止めの旧道(右から斜め左奥)出口に、
この芭蕉句碑がありました。

” 霧しぐれ 富士を見ぬ日ぞ 面白き ”
芭蕉「野ざらし紀行」の前文には、
”関こゆる日は、雨降て、山皆雲にかくれたり”とありますが、
霧で富士山を見ることができなかった芭蕉の、
やせ我慢ともいえる一句でしょうか。
旧道の通行止めで見れないかと思っていましたが、
この日はまさに芭蕉の心境で見ることができました ^^;

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すぐに「三島スカイウオーク」の大吊橋。
ここで旧道と合流します。

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三島スカイウオーク前から笹原新田へと向かう旧道入口、
この辺りからは開けた明るい旧道が続きます。

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「笹原一里塚」
この先で現在の東海道を横切ると、
その先が西坂では第一といわれる急坂の”こわめし坂”。

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写真では分かり難いですが、
かなりの急こう配が続くアスファルト道です。

下りきると三ツ谷新田
題目坂(法華坂)、出征馬記念碑、六地蔵などを見ながら、
坂を下って行きます。

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そして一瞬草むらの地道か?と思われた旧道ですが、
すぐに石畳に変わります ^^;
抜けると塚原新田、ここで国道に合流しますが、
国道は伊豆縦貫自動車道を横断します。

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その先は国道沿いに整備された石畳の道「初音ヶ原石畳遊歩道」。
途中、「錦田の一里塚」を見ると三島宿まではあと2km ^^;

五本松交差点で旧道に入り愛宕坂を下ってJRの踏切を越えると、
箱根西坂最後の今井坂です。

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大場川に架かる新町橋は三島市の富士山眺望地点とか。
この日を象徴する眺めでしたが・・・悔しいので1枚!><;

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すぐに「三嶋大社」に到着。
山中城跡散策約1時間を入れて6時間の行程でした。

今回は目的もたくさんあり出かけた箱根越えでしたが、
芭蕉句碑も見ることができて目的も達成。
旧東海道のすべての峠を越えた歩き旅でした。 camera 31日

2017年6月 2日 (金)

旧東海道箱根越え 箱根東坂

旧東海道の箱根越えは小田原宿から三枚橋までの1里半、
三枚橋から箱根宿(芦ノ湖畔)まで約2里半の合わせて4里(16km)。
箱根宿から箱根峠を越えて三島宿までの4里、
合わせて8里(32km)が箱根八里といわれる箱根路。
三枚橋から箱根峠までを東坂、三島までを西坂と呼ばれ、
石畳の急坂が続く東海道最大の難所といわれます。

今回は途中にある見どころも楽しみながら、2日かけての箱根越え、
まずは1日目に箱根東坂の石畳です。

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三枚橋から箱根湯元駅を見て、
県道723号(旧東海道)で湯元温泉街を抜けて行きます。

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すぐにある「早雲寺」
小田原城主・北条氏の菩提寺で、境内には北条氏5代の墓があります。

”湯本一里塚”を見た先で箱根路最初の石畳みへ。

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猿沢沿いを行く猿沢石畳ですが、歴史のある道です。

すぐに県道に戻ると、道は次第に高度を上げ、
奥湯本で山間部の旧道に入ります。

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ここからしばらくは須雲川(すくもがわ)自然探勝歩道で、
丸太橋などのある須雲川渓谷を行きます。

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県道に出て道を横断すると「割石坂」の石畳

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この辺りから石畳の坂道が続きます ^^;

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大澤坂
苔むす素晴らしい石畳ですが・・・この石畳、
足元要注意の歩きにくい道で、かなり体力を消耗します ><;

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坂を登りきると間の宿「畑宿」。

郷土の伝統工芸箱根細工(寄木細工)で知られますが、
町並みを見ながら通り抜けると

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「畑宿一里塚」がありますが、
これは平成10年(1998)に完全復元されたもの。

この手前にある峠の茶屋で昼食兼ひと休み。
この日の暑さには少々閉口気味 ><;でしたが、
ここからまた急坂が続く石畳、元箱根までは残り2時間ほど。

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いきなりの急坂は西海子坂(さいかちさか)。
登りきると県道に出ますが・・・ここからは箱根七曲りの急坂で、
なかなか休ませてくれません ><;

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七曲の途中から、今は石段になった橿木坂(かしのき)を登ると、
新緑のなかの自然探勝歩道に出て
見晴らし茶屋の下を通過していきます。

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新緑の中を行くのもつかの間、次が猿滑坂
上りきると、県道を横断して

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すぐに追込坂と続きます。
このゆるい坂を上りきると箱根旧街道資料館(休憩所)、
並ぶように「甘酒茶屋」があります。

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一杯400円の冷たい甘酒を飲んでひと休み ^^;
ここは芦ノ湖も近いためかハイカーや観光客も多くすごい人、
特に青い目の外人さんが多いのにびっくり。

少し元気をもらって最後の追い込みです ^^;

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元箱根まで40分とありますが・・・
このあとも続く石畳の坂、まず於玉坂から

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白石坂と続きますが、
次第に足が重たくなり動きが鈍ります ><;

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ようやく開けた場所に出ると二子山眺望所?
”箱根八里は馬でも越すが越すに越されぬ大井川”の
箱根馬子唄の歌詞が刻まれた大きな石碑があります。

この先、湯坂道との合流点を過ぎると道はようやく下り坂に。

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石畳は権現坂ですが、石畳の下りはさらに要注意!

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下り終えると元箱根の杉並木が迎えてくれました。
そのまま行けば箱根の関所ですが・・・ひとまず芦ノ湖畔へ。

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見えるはずの富士山も、
夕暮れ時とあいまって雲のなかで見えません ><;

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戻って最後の踏ん張り、
見事な杉並木の中の道を行くと「恩賜箱根公園」に出ます。

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駐車場を回り込んで着いた「箱根の関所」、
この日の歩きはここまででした。

小田原から約16km、ちょうど7時間の箱根路でしたが、
思っていた以上に長い石畳の道と坂の多さに、
あらためて難所箱根越えの苦しみを味わった1日目でした。
2日目は箱根峠を越えて三島宿までです ^^;  camera 30日

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