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2017年10月25日 (水)

桑名城跡(九華公園)

台風一過で秋らしくなりそうですが、お出かけはしばしお休みで、
今回は地元、「桑名城跡(九華公園)」です ^^;
花の時期にはつれづれに紹介したことがありますが、
城跡としてここを紹介するのは初めてかも知れません ?
いつものように旧東海道「桑名七里の渡し跡」から城跡をめぐります。

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「七里の渡し跡」と揖斐川の川湊に臨む蟠龍櫓(ばんりゅやぐら)。
右手を真っ直ぐ行けば旧東海道ですが、

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並行する堀川東岸(旧三之丸)の石垣はかつての桑名城城壁の一部。

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揖斐川に面する川口樋門(七里の渡し跡の東)から、
南大手橋に至る500mが現存していて市の文化財に指定されています。

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ここから三の丸公園を通って

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吉之丸コミニュティーパーク(三の丸跡)沿いの
内堀(三の丸堀)沿いを行きます。

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本多忠勝像
桑名城は慶長6年(1601)に本多忠勝が城主となり10万石を領する。

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元和3年(1617)、2代藩主忠政は姫路城に移封、
代わって松平定勝が入城。

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扇橋から城内へ

その後、幾多の変遷があり、文政6年(1823)に松平定永が
11万3千石の城主となって幕末を迎えます。

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吉之丸堀

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二之丸堀

慶応4年(1868)の戊辰戦争で新政府軍に敗北、
幕府軍についた桑名藩は城を無血開城。

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二之丸跡

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吉之丸堀の先には朝日丸跡(九華公園グランド)

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橋を渡った左手にある「辰巳櫓」

元禄14年(1701)に城下で起こった火災により焼失した
天守の代わりとして唯一残っていたいましたが、
戊辰戦争後無血開城、その証しとして新政府軍により焼き払われます。

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櫓跡にはなぜか大砲が・・・

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本丸跡

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本丸跡に鎮座する「鎮国守国神社」

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その本殿横にある「天守台」跡。
元禄14年(1701)に天守焼失以来、天守閣は再建されていません。

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横から

「扇城」と呼ばれ「海道の名城」とたたえられた城は明治になって廃城、
昭和3年(1928)には松平定信の没後百年祭をきっかけに、
本丸、二之丸跡は現在の九華公園として整備されます。

2017年9月16日 (土)

戸田川緑地

残暑は厳しいものの朝晩はすっかり涼しくなり、
どうやら秋らしくなってきた・・・と思ったら、
この週末はまた、思わぬ台風の接近予報です ><;
秋の花も見頃を迎えるころと、予定をいくつか考えていましたが、
どうもまた予定は未定?になりました ^^;

この日は台風接近前でしたが、秋晴れのるなか、
名古屋市港区にある「戸田川緑地」で散歩でした。
とはいえ、これといった花はありません。

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”こもれ日の小径”には
咲き始めたシュウメイギクに、シロバナヒガンバナ。

いつものように園内を一周しますが、
途中で見かけた花とともに、この日の公園の様子です。

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中央地区左岸の「体験水田」
案山子の先に見えるヒガンバナ!

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ほんの少しでしたが咲いていました。

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ただ、主役はこちら ^^;

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左岸から中央地区右岸へと渡る連絡橋

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芝生広場は芝刈り中!

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園路沿いのハギ(ミヤギノハギ?)は見ごろです。
ここから大外を回って行きますが

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周ってきた「なごや西の森」管理棟前にはキバナコスモスが少し。
このあとは桜の道を公園入口へと戻るだけ ^^;

南地区にある芝生広場を抜けると

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花の丘花壇ですが、咲く花は園芸種ばかり。
その東側(左手)にはヒマワリ花壇がありますが・・・

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ミニヒマワリでしたがすでに花はお終い。
ただ、なぜか下の花だけがまだ咲いています ^^;

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その咲き残っていたミニヒマワリ!

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パンパスグラスが綺麗です。

この時期に咲く花は少ない「戸田川緑地」でしたが、
久しぶりにのんびりと散歩を楽しみました。  camera 14日

2017年8月28日 (月)

佐屋街道 佐屋

愛知県愛西市佐屋町は旧佐屋街道(佐屋路)の宿場町ですが、
残念ながら今はその面影は何もありません。
佐屋街道もブログを開設したすぐに歩いたところで、
ここも芭蕉ゆかりの地といえば・・・ゆかりの地。
さすがにこの暑さで通し歩きは止めましたが ^^;
芭蕉「水鶏塚」と、わずかな宿場の名残りを訪ねてみました。

名鉄「日比野駅」から南に少し歩き、
旧街道に出て西に向かうとすぐに内佐屋交差点。

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交差点を南へ折れるとある「佐屋海道址」碑です。

ここから佐屋宿までは約1kmほど、
須依の交差点で右折すると旧佐屋宿です。

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集落の途中にある「水鶏塚(くいなづか)」への道標。
先を急ぐと見落としてしまいそうですが、
もちろんここは立ち寄ります ^^;

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細い道を100mほど行くとある「水鶏塚」。
少々落ち葉があって荒れてはいますが ><;

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奥に「水鶏鳴と人の云へばや佐屋泊 芭蕉翁」の碑があります。
元禄7年(1694)5月、江戸から故郷伊賀の国へ帰る途中に、
佐屋の門人、山田庄佐衛門邸に泊まったときに詠んだ句。

旧街道に戻って

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さらに西へと行き、次の交差点に出る手前に

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「左 さや舟場道」の石柱があります。
この辺りが元舟場所前で旅籠屋があったところ。

この後ろは民家のブロック塀ですが
そこには”きこくの生垣”の案内板があります。

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案内によるとこの生垣は
「尾張名所図絵」にも描かれているもので

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”いこく”とはカラタチのことだそうです。

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道を挟んだ北側には「佐屋代官所址」がありますが、
代官制度が出来たとき、
その最初の代官所がここ「佐屋代官所」であったとも。

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さらに交差点を挟んで小さな公園がありますが、
その横を西(見える右側)に行けば木曽川へ。
南(左側)の道を行けば弥富から桑名へ続きます。

その公園の南端にあるのが「佐屋三里之渡址」碑。

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昔はここまでが川だったため、ここが佐屋街道の終点。
ここから桑名までは水路3里の船旅でした。

「佐屋街道」(佐屋路、東海道佐屋廻りとも)。
熱田の宮宿から岩塚、番場、神守宿(津島市)を通って、
佐屋宿までの陸路6里と、桑名までの水路3里の合わせて9里。
東海道の海上7里(28km)より2里ほど長い道程ですが、
荒天による船止めや、船酔いを避けた旅人で賑ったという・・・。

2017年8月23日 (水)

霧の御在所岳

下界?は晴れても、山は雨!
スマホのレーダーをみると雨雲は30分ほどで抜けるようで、
ならばと・・・乗ったロープウェイでした。
雨と、霧の山頂朝陽台広場でしたが、
まもなく雨は上がったものの、霧は晴れません ^^;

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この日の御在所岳は遅まきながらの赤トンボ!でしたが・・・
どうみてもこれは無理 ><;
それではと、霧の山頂散策にいつものコースです。

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「富士見岩展望台」に出て、
中道登山道から遊歩道へと抜けます。

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その遊歩道は見事に霧の中!
雪のトンネルは何度も見ていますが・・・これが初めて ^^;

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裏道登山道9合目口、
幽玄の世界?とまではいきませんが・・・
なかなかの雰囲気です。

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道を下った「ございしょしぜん学校」前、
少しだけ明るくなって霧が晴れてきましたが・・・
こんなかでも”アカトンボふる里さがし大作戦”実施中 ^^;

そのアカトンボ

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さすがに群れ飛ぶ、とはいきませんでしたが、
何とか止まっていたところが撮れました。

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山頂へと着いた頃にはまた霧がかかります。

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望湖台
霧のなかで初めて気が付いた亀のような岩 ^^;(亀に見えませんか?)。

あとはただ御岳大権現まで歩くだけでしたが

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戻った朝陽台広場広場への遊歩道は視界不良!

久しぶりに霧の御在所岳でしたが、
こんな山歩き?もまた趣があっていいもんです。
ただ、肌につく湿気には往生しました ><;  camera 21日

2016年8月13日 (土)

宮田宿本陣 旧新井家住宅

伊那から木祖へと向かう途中でしたが、
広域農道(中央アルプス花の道)を走っていて、
目に入った看板に思わず立ち寄りました。

長野県上伊那郡宮田村新田にある
「旧新井家住宅(宮田宿本陣)」です。

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「宮田村ふれあい広場」の東にあるその建物。

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南側にある門と

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こちらは母屋の入口ですが、
開館中は無料で内部を見学できます。

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その母屋の内部
入口を入ると馬屋のある土間があり

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入口側には「しもでい」と、
奥に「おもてざしき」と呼ばれる部屋

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次の間は囲炉裏のある「だいどころ」と、
奥に「なかのへや」とあります。

裏戸を開けてでると

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なまこかべの土蔵があります。

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裏庭からの母屋。
板葺き屋根の上に置かれた石が特徴的な建物ですが

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裏門でしょうか?

水路には赤い橋が架かっています。

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母屋に続くのは主客が泊まる本陣(座敷棟)。
内部でつながっていますが裏側から回り込みます ^^;

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座敷棟前に引かれた水路

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座敷棟の玄関は
母屋から渡り廊下で結ばれています。

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正面

江戸時代の宿場町のほぼ中央にあった建物を、
創建当時の姿に移築復元したもの。
母屋が18世紀後半、座敷棟が19世紀初めに
建てられたものと推定され、伊那街道では唯一、
江戸時代の姿のままに残された本陣建物という。

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玄関から見る座敷

京極高知(たかとも)が整備したといわれる伊那街道。
飯田から6番目になる宮田宿は、
伊那街道の中でも重要な宿場であった・・・と。

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新井家は本陣と、母屋の部分がお茶屋を兼ね、
さらに、一時期は問屋も兼ねていたという・・・。
(宮田村HPから抜粋)

思わぬところで思わぬ建物、
復元とはいえ、伊那街道に現存した
貴重な本陣建物が見学できました。  camera 9日

2016年7月 9日 (土)

ハッチョウトンボ

「おふさ観音 風鈴まつり」を楽しんだあとは飛鳥を散策。
藤原宮のハス、本薬師寺跡のホテイアオイもまだ咲き始め、
花のない明日香をめぐって戻る途中でした。

少し時間が遅く、また一番暑い時間だけに、
無駄足になるかな?と思いながらも
ハッチョウトンボが見たくなり、
急遽立ち寄った「三重県上野森林公園」です。

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園内にあるこの日の「サギソウ園」

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ヌマトラノオが咲き始めたばかりの湿地

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この湿地の中にいる、
体長2cmほどの小さなハッチョウトンボを探します。

見つけたハッチョウトンボ

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距離は3mほど先でしょうか。
手元の望遠レンズは300mm、これが精一杯でしたが、
別々に撮影して切り取ります ^^;

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手前にいたのがオス

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奥にいたのはメスと思っていたんですが・・・

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飛び出す寸前のそのハッチョウトンボ

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ブレブレですが ><; そうは撮れない飛行の様子、
あえて載せましたが、この色を見ると
もしかした羽化したばかりのオスか?とも、
だとすればこれから赤くなっていきます ^^;

もう少し近くにいないかと見つけたのがこちら

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木道の傍にいたオス。

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尻尾を立ち上げるのは暑さをしのぐためだとか ^^;
こうしてジッとしています。

サギソウ園のハッチョウトンボを確認して、
園路の帯水域にもいるかな?と移動。

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園路に残された帯水域

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いました!
こちらは間近で観察できます。

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2匹のハッチョウトンボ

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それぞれが縄張りを持っているため、
ほとんど動かずにいます。
だから撮りやすいんですが・・・とにかく小さい ^^;

今年も確認したハッチョウトンボ、
このあとはいつものように園内散策でした。

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この日は七夕の前日、
戻った「ビジターコテージ」の七夕飾りです。

三重県上野森林公園のサギソウ園には、
これからそのサギソウが咲き始めます。  camera 6日

2016年6月 6日 (月)

名古屋城本丸御殿 対面所

名古屋城で復元工事中の本丸御殿。
1日、表書院に続いてあらたに完成した対面所と
下御膳所の一般公開が始まりました。

あらためて表書院からの観覧になりますが、
その対面所と御膳所です。

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ここからが新しく公開された対面所

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次之間
見どころはたくさんありますが、
やはり復元模写された障壁画でしょうか。

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次の間から上段之間へと続く各部屋の障壁画は、
それぞれに趣のある風俗画が描かれています。

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藩主や身内らとの対面や宴席の場として用いられ、
初代藩主・義直と春姫の婚儀にも使われたという対面所

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上段之間

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風俗画は「賀茂競馬(かもくらべうま)」

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納戸一之間

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納戸二之間と見て

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下御膳所
料理の配膳などに使われた下御膳所には
囲炉裏が備えられ、
天井には煙出しがあります。

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名古屋城天守と本丸御殿

残るは上洛殿等(平成30年度完成予定)の
復元工事を待つだけです。    camera 5日

2016年2月15日 (月)

堀田家住宅 津島市

愛知県津島市南門前町にある「堀田家住宅」。
江戸時代中期(1711~1716)に建てられたといわれ、
修理・増築を重ねたあと
昭和53年(1978)に国の重要文化財に指定されています。

この時期には堀田家ゆかりの御殿雛が展示されている
とのことで出かけてみました。

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受付の横にある前庭を見て、
建物を主屋の玄関へと回り込みます。

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長い板塀の続く主屋の東側

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主屋の居室部は、切妻造の平入り、
瓦葺二階建てという江戸時代の町屋様式。
両妻に卯建をあげ、片方には忍び返しがついています。

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玄関になる大戸口
入ると左手には「こみせ(待合の間)」があり、

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右手には営業空間の「みせ」、
その奥には一段高くなった
「みせざしき(客間座敷)」になっています。

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内玄関の広い土間には、
かまどの上に荒神が祀られた「荒神かまど」があり、


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さらに奥には「おくどさん」のある台所

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土間の西側、奥に向かっては生活の場となる
居間・寝室・仏間が配置されていますが、

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その寝室に居間、隣には仏間

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箱階段を上がると二階には二間の座敷

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さらに座敷を行くと
”茶ざしき”から”なかのま”と続き奥に書院です。

廊下に出ると”坪の内露地”に「茶室」が建ちます。

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その茶室内部

そして、
この日の目的でしたお雛さんは

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この書院にありました ^^

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約100年前の白木造り御殿飾りで、
大正初期のお雛さんです。

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あまり撮ったことがありませんが横からです ^^;

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書院の奥庭からは当時の西蔵がみえますが、
その横に小蔵、東蔵が建っています。

この住宅、本来は東向きでしたが、
道路の拡幅で方位を45度北に振って曳屋されたため、
現在はほゞ北が正面になっています。

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こちらは出口の近くに飾られていたお雛さん。
昭和初期の御殿七段飾りの内裏雛だそうですが、
このお雛さんの御殿を見たかったですね ^^;

津島市の「堀田家住宅」
開館日は土・日曜・祝日のみです。  camera 13日

2016年2月11日 (木)

東山動植物園・植物園

久しぶりに名古屋に出たついでに立ち寄った
「東山動植物園」です。

目的は植物園でしたが、
いつものことながらこの時期は散策が中心で
途中に咲く花はオマケ・・・ではありません ^^;

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武家屋敷門
やはり花のあるところからスタート!
門の傍にはソシンロウバイが咲き、
その下には

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フクジュソウが開き始めています。

門をくぐり「也楽園」を回り込むと、
小さな畑には

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唐辛子

植物園の散策はいつも「東海の森」からですが、
今は散策路の整備工事中で立入り禁止区域があり、
椿園は途中までしか入れません。

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合掌の家の軒下には唐辛子

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この日はちょうど囲炉裏炊きの日

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客間には”福よせ雛”
8日から始まった福よせ雛プロジェクトのPRでしょうか?

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咲いていたツバキからは有楽
いったん椿園に戻り”東海の森”から”万葉の散歩道”へ。
この日も気の向くままの散策です ^^;

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カンアオイ

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星ヶ丘門口で出会ったジョウビタキ

万葉の散歩道から早春の小道

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咲く花はソシンローバイとローバイ

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梅の谷の梅はまだ咲き始め、
その先はこちらも工事中で立入禁止 ><;
お花畑への道はかなり迂回させられます。

お花畑周辺も花はなく、
梅の丘の小径も花はちらほら ^^;

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万葉の散策路に戻れば、
センダン(あふち)の実と万葉歌碑

”妹(いも)が見し 楝(あふち)の花は散りぬべし
我が泣く涙 いまだ干(ひ)なくに”  山上憶良 (万葉集)


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春を思わす日差しのなかで、
ほんの少し花を愛でたものの
この日も風が強く寒い日でした。 camera  10日

2015年1月20日 (火)

明治村・坐漁荘

明治村の非公開建物が時間限定で見学できる建物ガイド。
先出しした「呉服座(重文)」は偶然の参加でしたが、
この日はここが目的でした。

3丁目27番地にある西園寺公望別邸「坐漁荘」です。

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この「坐漁荘(ざぎょそう)」は
西園寺公望が政治の第一線から退いたあと、
大正9年(1920)に駿河湾奥、清水港近くの
興津の海岸に建てた別邸。

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門(通用口)を入って前庭を行くと

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玄関

西園寺公望亡き後、幾多の変遷を経て、
昭和43年(1968)に明治村への移設話がまとまり、
昭和45年(1970)、移設公開が始まる。

この時間の見学は我が身ひとり ><;

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玄関の間から畳廊下を通り次の間へ。

随所に竹が使われているとの説明を聞きながら、
撮影を待ってくださるガイドさんにはあまりにも失礼と、
あとは説明箇所をメモ代わりに撮るだけ ^^;

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広縁を挟んだガラス戸越しに見える入鹿池は、
興津の別邸から見える駿河湾がイメージされています。

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建物には強い海風に耐えられるよう工夫がされていて、
これは鉄筋の水平筋違いで補強されている壁の様子。
(その説明用に造られた壁です)

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昭和4年(1929)、座敷の横に洋間が、
また、その奥には脱衣室を兼ねた化粧室や
風呂場などが増築されました。

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その脱衣室

ここは普通の畳とは違って
畳縁(たたみべり)と呼ばれる帯状の布がなく、
また、浴室や洗面台の間には滑り止めのため
波紋様の板が敷かれています。

2階へ

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鶯張りの廊下を通って座敷へ、

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ここからは入鹿池がはっきりと望めます。
興津に建てられた当時は右手に清水港から久能山が、
左手に伊豆半島が遠望されたという。

実は、以前に旧東海道を歩いたとき、
静岡県清水市興津でこの「坐漁荘」を見ていました。
その復元された興津の建物がこちらです。

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興津の「坐漁荘」門(通用門)。
(2007年2月撮影、以下同)

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玄関

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1階広縁

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増築された洋間

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興津「坐漁荘」建物(座敷側の外観)。
平成16年(2004)に復元されたもので、
「興津坐漁荘」の名称で一般に公開される。

ちなみに明治村の「坐漁荘」を
同じように切り取ってみました ^^

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懐かしい興津「坐漁荘」を思い出しながら、
明治村でその「坐漁荘」の見学でした。

細部の写真は省きましたが、
最後の元老といわれた西園寺公望別邸ならではの、
工夫された建物の造りを知ることができます。