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2018年11月23日 (金)

大洲城

紅葉めぐりもなかなかタイミングが合いませんが、ちょっと一休み。
ずいぶんと日が経ちましたが、また四国旅行で訪れたお城です ^^;

香川・松山の旅も、最終日はようやく晴れて朝から快晴!
お城めぐりも残すはひとつ、大洲市にある「大洲城(おおずじょう)」でした。
「丸亀城」や「松山城」とは違って天守は解体修理されたものですが、
解体をまぬがれた4棟の櫓(台所櫓、高欄櫓、苧綿櫓、三の丸南隅櫓)は、
国の重要文化財に指定されています。

駐車場から「下台所跡」の広場を通り登城道を行きます。

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広場の先に見える「高欄櫓」と奥に「天守」、
右にチラッと見えるのは「台所櫓」の。

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二ノ丸塀と

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「二の丸奧御殿跡」の間を抜けて

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立ちはだかる石垣に沿って行く登城道。

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Uターンするように曲がると目の前に「高欄櫓」と「天守」が現れます。

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続く道はまず「かま櫓跡」

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その先には「暗がり門跡」。
説明板には、天守にいたる最後の門で城内でも最大の櫓門だった・・・と。

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ちょっと道から離れて眺める石垣と天守に高欄櫓 ^^

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戻って「暗がり門」の先に出ると本丸広場です。

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本丸を取り巻くようにあったという「本丸回り櫓跡」から、
眺めるのは鵜飼で知られる肱川と富士山です ^^;

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振り返れば大洲城、右から「台所櫓」、「天守」に「高欄櫓」です。
天守は明治21年(1888)に取り壊されていますが、
平成16年(2004)に復元された4層4階。

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台所櫓、高欄櫓はともに安政4年(1857)の大地震で大破、
安政6年(1859)に再建、昭和45年(1970)に解体修理されています。

天守へ

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復元された木造天守
使われている柱材はすべて市民の皆さんからの提供されたものとか。

ここからの展望は小窓からですが ^^;

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高欄櫓からは大洲の町並みを眺めることができます。

他にも少し離れて二ノ丸東端に苧綿櫓(おわたやぐら)、
三の丸跡にも三の丸南隅櫓が建っているとのことでしたが、
残念ながらそちらはパス ^^;町なかの散策でした。  camera 14日

2018年11月20日 (火)

伊予松山城

旅の2日目も雨は降りませんでしたが、どんよりとした曇り空 ><;
この日は愛媛県に入って40数年ぶりの「松山城」でした。
懐かしいというより、ほとんど当時の記憶も薄いなかでの登城でしたが、
標高132mある本丸天守へは時間短縮を図り、
ロープウェイで山頂駅の長者ヶ平(ちょうじゃがなる)まで楽ちんコース ^^;

まずは大手門跡へ。

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ロープウェイ山頂駅から登城道を上っていくと、
すぐに城郭の石垣と櫓が見えます。

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石垣に沿って進むと大手門跡ですが

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曲がるとその奥、真正面に天守が見えます。
ここからがこの城の見どころ、多くの門と櫓、渡塀が現れます。

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まず道は180度折り返して「戸無門」へ

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くぐると次が大手の要になる「筒井門」、
この右手には「隠門」があり二段構えの門になります。
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どちらをくぐっても正面には石垣の上に狭間が並ぶ渡塀が。

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回り込んでいくと次が「太鼓門」
ここは筒井門から本丸腰曲輪に侵入する敵に備えた門で、
西端にある「太鼓櫓」とつながっています。

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門をくぐった先に見えるのがその櫓、
道を右に曲がると

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ようやく本丸広場、そして正面に天守です ^^

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松山城天守も現存する12天守の一つ。
三重三階地下一階の層塔型天守で、
天守・小天守・櫓を四方に配置し、渡櫓でつないだ連立式天守。

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「紫竹門」から城郭の西側に回ると、
南櫓(右から)十間廊下、北櫓と繋がる様子がよく分かります。

では、天守へ ^^

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受付を入って進むとまず「一の門」

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続いて「二の門」から「三の門」
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そして「筋鉄門(すじがねもん)」
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くぐってようやく玄関多門櫓のある小広場に出ます。
左にある玄関は立ち入り禁止で、
天守には見える「仕切門」の右にある入口から。

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天守の内部は省略しますが・・・

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天守最上階

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見下ろす本丸広場。

四国屈指の名城といわれ、21棟の重要文化財をもつ「松山城」。
このあとは黒門口登城道を下って「二ノ丸史跡庭園」でしたが、
それはまたの機会に・・・ ^^;         camera  13日 

2018年11月19日 (月)

石垣の名城・丸亀城

紅葉めぐりの途中ですが、ちょっとお休みで四国の旅を挟みます。
今回の旅の目的は初めて訪れる「丸亀城」と「大洲城」に、
40数年ぶりの「松山城」とお城めぐりの旅でもありました。
その最初に訪れた「丸亀城」でしたが、あいにくの曇り空 ><;
石垣の名城ともいわれる丸亀城だけに、
晴れたなかでその石垣を見たかったんですが・・・。

こればかりはどうしようもありません ^^;

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4段に積まれたというその石垣は、まず市街地からです。
石垣の全てを見ることはできませんが、
これだけでも十分に石垣の名城といわれる由縁ではないかと ^^

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内堀から

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正面に回ると大手「二の門」と右に「一の門」

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見返り坂を上っていきます。
築城400年という「丸亀城」は、全国に現存する『木造天守十二城』の一つ。

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打ち込みハギの石垣
内堀から天守にかけて積み重ねられた石垣は、
”扇の勾配”と呼ばれる特長的で見事な曲線を描ています。

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右に折れて、さらに坂を上って行くと

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右に二ノ丸への道があり




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正面には「三の丸」跡

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その南角にある「月見櫓跡」から眺める市街地と飯野山

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東側の石垣には雨水排水路が付けっれた石垣


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二ノ丸への虎口

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二之丸井戸
深さ31間という井戸で。まつわる伝説も多いとか ^^

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回り込むと天守へと続く道、上りきると

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本丸跡です。

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本丸北隅に建つ天守
独立式層塔型三重三階の造りで、全国に12ある現存天守のひとつで、
日本一小さい ^^ 万治3年(1660)の完成。

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本丸天守下の石垣
標高約66mの亀山に築かれた平山城で、別名亀山城と呼ばれます。

先の台風24号による影響で、南西部にある「帯曲輪石垣」が崩落。
まだ修理中のようでしたが、城郭は回ることはできたものの雨模様に ><;
まだまだある”石垣の美”でしたが、ここまででした。   camera 12日

2018年11月16日 (金)

伊予大洲 臥龍山荘

曇り空の山中で見た紅葉から、旅の3日目は快晴のなかで見る紅葉!
2拍3日の旅の最終日となるこの日、初めて青空が広がりました ^^
愛媛県大洲市大洲にある「臥龍山荘」(国重文)。
伊予の小京都と言われる大洲地区、
その肱川随一の景勝地である「臥龍淵」に臨む別荘です。

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明治の匠が残した数奇に飛んだ三建築、日本庭園、
借景美を楽しむことができるという・・・。

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臥龍院・霞月の間(かげつのま)。
建物もさることながら、今回もまずは紅葉です ^^;
ここはまだ早いだろうと期待はしていませんでしたが・・・

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建物から眺める庭園の紅葉はすでに見ごろ間近でした ^^;

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「臥龍院」から奥に向かって細長く造られた路地庭園、
歩を進めるのは手鞠石、石臼、伽藍礎石、
伊予上灘産のげんだ石が敷かれた飛び石の道。

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道沿いには”ぼたん苔(白い部分)”の石燈籠。
”ぼたん苔”の生育は通常100年余りの歳月を要するそうですが、
ここでは環境が良いので60~70年余りで生育するという珍種  ^^;

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紅葉は庭園の奥へと広がっていますが、
この辺りはまだ色づき始めたばかりで、入口周辺より遅いようです。

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知止庵(ちしあん)
当初浴室として建てられ、のちに茶室に改装されています。

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飛び石の道を奥へ進むと「不老庵」があります。

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”臥龍淵”を眼下に見る崖の上に、
懸造りで建てられた庵はそのものを船に見立てて造られているようです。

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「不老庵」から眺める臥龍淵。
現在、臥龍山荘からの道は立ち入り禁止でした。

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戻って庭園からの「臥龍院」。

40年前の回顧も兼ねて再訪した香川と松山でしたが、
今回は初めての「丸亀城」、「大洲城」を訪ねる旅でもありました。
それはまた、近隣の紅葉とともにあらためて・・・ ^^;    camera 14日

2018年11月15日 (木)

西山興隆寺・西条市

今年初めての旅行は四国の香川と愛媛県でしたが、
目的はお城めぐりと紅葉!まずは旬の紅葉からです ^^;

愛媛県西条市丹原町にある「西山興隆寺」。
旅の2日目は朝から今にも降りだしそうな曇り空でしたが、
そんななかで訪れた紅葉の名所「西山興隆寺」でした。

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入口の”赤い橋”を渡りますが、
早朝でもあり鬱蒼とした山中の参道を行きます。

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最初に出会う「仁王門」。
ここから石段のある長い参道が続きます。

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紅葉のシーズンになると周囲の山々に溶け込んだ景色が見事なことから
「もみじの西山興隆寺」と呼ばれ、多くの人が訪れるという・・・。

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宝暦6年建立の「勅使門」

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奥に客殿と庫裡、ここまでの紅葉はまだ青葉でしたが、
この辺りからは少し染まり始めていました。

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さらに石段を登って行くと

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正面の見事な石垣が現れます。
直進すれば本堂への参道ですが、この日は紅葉に目がいきました ^^;

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右に折れて石段を登ると見ごろ間近の紅葉、
ここは日差しが欲しかったところですが・・・こればっかりはねぇ ^^;

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さらに石段を登ると「本堂」の裏手に。

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右手に「聖天堂」、
左には源頼朝の供養塔ともいわれる「宝篋印塔」が建ちます。

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眺める本堂側の紅葉

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そして来た道には「銅鐘」の建物です。

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「本堂」

正式には「仏法山仏眼院興隆寺」といい、本尊は「千手千顔観世音菩薩」。
皇極天皇元年(642)に空鉢上人によって創建されたという。
その後報恩大師、空海(弘法大師)が入山し、垣武天皇の勅願寺となります。

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「大師堂」と「三重塔」

以来、千有余年、東予随一の霊地として信仰を集めた古刹は、
歴代の皇室、武将、藩主並びに地方信仰者の崇敬も厚かったと・・・。

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戻る参道、本堂下の石垣はまた見事なもので、
文化3年松山藩寺社奉行により普請された築城式の石積みという。

天気がいまひとつ冴えないなかでしたが、
東伊予の紅葉の名所「西山興隆寺」。
戻る参道では多くの人とすれ違いましたが、人気のようです^^;  camera 13日

2017年11月 9日 (木)

日光 輪王寺大猷院

紅葉の時期というのにまた雨になりなかなか出かけられません ><;
ということで、先の旅行で詳しく載せなかった日光の寺社から、
あらためて「輪王寺大猷院(たいゆういん)」です。

東照宮は徳川家康を祀る神社として超人気ですが、
こちらは3代将軍家光の廟所(びょうしょ)で日光でも静かなところ。

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最初にある仁王門からいくつかの門をくぐりますが、

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仁王門をくぐった先は立ち入り禁止で左に曲がります。
その先にあるのが二天門ですが・・・

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残念ながら修理のため工事中でした。
持国天、広目天)の二天を安置している事から二天門といわれ、
日光の境内で1番大きな門ですが、残念 ><;

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くぐって石段を上ると展望所、
下に見えるたくさんの石灯籠は大名からの献上品。

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さらに石段を上がると正面に夜叉門

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左には鼓楼、右には鐘楼です。

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四体の夜叉「阿跋摩羅(あばつまら)、毘陀羅(びだら)、
烏摩勒伽(うまろきゃ)、犍陀羅(けんだら)」が、安置された夜叉門。

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なかでも、青い「烏摩勒伽」は破魔矢の発祥とされ、
全国でもめずらしい像だそうです。(右手に矢、左手に弓を持ちます)

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そして唐門から拝殿ですが、
拝殿・相の間・本殿と連なる権現造りの独特な建物。

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門前の左右には徳川御三家からの献上という大燈籠。

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唐門をくぐった先が拝殿。
ここがまたたくさんの金彩が使われていて、
別名「金閣殿」とも呼ばれるところ。(もちろん撮影禁止です^^;)

4代将軍家綱によって建造され、
家光の死後も家康に仕えるという遺言により、
建物は東照宮に向いて建てられています。

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建物の外を回って奥の院(本廟)へと行きますが、
拝殿の先ある相の間と本殿。

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そして、御廟前に建つ皇嘉門(こうかもん)。
明朝様式の竜宮造りで竜宮門とも言われます。

家康が祀られている東照宮を凌いではならないという遺言により、
重厚で落ち着いた造りの大猷院ですが、22件の国宝・重要文化財と、
315基の灯籠が印象的な御廟でした。

2017年11月 6日 (月)

南会津 下郷町

旅は栃木県から宮城県と北上しましたが、
3日目は福島県へと南下して南会津郡下郷町の”「湯野上温泉”でした。
いちど訪れたかった「大内宿」と、「塔のへつり」のある下郷町は、
山に囲まれた渓谷沿いにある小さな温泉の里。
3日間の旅の疲れをそれぞれに極上の湯で癒して迎えた旅の最終日、
ここも見たかったところでした。

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見事な茅葺屋根の駅舎の会津鉄道 「湯野上温泉駅」です。


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駅舎内にある囲炉裏と

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足湯もあるという全国的にも珍しい駅ですが、
春には桜の名所となり、
電車とのコラボが人気で多くの人が訪れるという。

ここが大内宿への最寄り駅 ^^
道草をしましたが・・・さて、その大内宿

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駅から走ること約10分(6km)ほど。

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街道筋に建ち並ぶ茅葺屋根の建物。

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会津城下と下野の国(栃木県日光市今市)を結ぶ会津西街道は、
またの名を南山通り・下野街道とも呼ばれ、
全長32里(130km)の宿場町として整備された宿場町です。

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国選定重要伝統的建造群保存地区。
茅葺屋根の民家が建ち並ぶ珍しい景観に、特に秋の紅葉期には
多くの観光客が訪れる人気のスポット。

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定番の観光写真ですが ^^;
今はすべての家が土産店やそば処となっています。
一度は見たかった「大内宿」でした。

さて、今回の旅、最後の観光地はここから20分ほど戻り、
帰途の途中にある「塔のへつり」です。

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またまた駅舎ですが、
こちらは雑木林のなかにぽつりとある「塔のへつり駅」です。

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今回も偶然電車が来てくれましたが・・・会津鉄道!人気です ^^;
大勢の観光客が下りてきました。

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ここは見事な紅葉が楽しめました ^^;
塔のへつりはここから10分ほど歩きます。

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その「塔のへつり」です。(パノラマです ^^)
100万年にもわたる侵食と風化が生み出したという奇岩が連なり、
各岩には名前が付けられていますが・・・省略。

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つり橋を渡り奇岩の中へ ^^;

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”へつり”とは地元の言葉で断崖のことだそうで、
塔の形が立ち並ぶ断崖という意味から「塔のへつり」と。

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ここから鎖のある細い階段を上り岩の上に出ます。

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そこには「虚空蔵菩薩」が祀られていました。

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岩の上から眺める阿賀川渓谷。
正直、ここはあまり期待していなかったんですが、
旅の最後を飾るに十分なスポットでした。

日光から松島、南会津下郷と回った3泊4日の旅。
見るより走る方が長かった?そんな感もありましたが、
今回もまた我が流の気まま旅でした。  camera 2日

2017年11月 5日 (日)

松島 円通院

松島に来ればやはり「瑞巌寺」ですが、
ここも平成の大修理が終わって11月から拝観順路が変わりました。
以前には中門から入って拝観できた本堂(方丈)外観も入れず、
この日からか?庫裡から入る拝観順路で内部はすべて撮影禁止。
ただ拝観するだけということで掲載できるほどの写真はなく ><;
これでは少し寂しいと、隣接する「円通院」に立ち寄りました。

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山門
松島の名庭園といわれる円通院庭園がありますが初訪問 ^^;

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ちょうど紅葉も見ごろを迎えていました。

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石庭「天の庭」と「地の庭」

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パノラマ風ですが(拡大可)

松島湾は白砂で、周囲の山々はコケで表現されていて、
”「天の庭」は松島湾に実在する七福神の嶋を仏の庭として表し、
「地の庭」はいのちを意味した「三宝の庭」”とか。

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「天」と「地」には天水橋がかかり「天の庭」と「地の庭」を結ぶ掛け橋とも。

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庭を抜けると霊廟三慧殿への参道

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参道から見える本堂

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霊廟三慧殿
伊達政宗の嫡孫光宗の霊廟として建立され、
東北地方では数少ない 格式ある方三間霊屋の遺構とか。
その厨子には支倉常長が西洋から持ち帰ったと伝わる
バラの絵が描かれています。

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約700年前の洞窟群を見ながら、
スギ林の中の自然庭園(三慧殿禅林瞑想の庭)を抜けて行きます。

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出たところにあるバラの庭

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そして本堂・大悲亭
光宗君の江戸納涼の亭で、愛息の早逝を悼んだ忠宗公が
解体移築したもので、寄棟造萱葺の建物です。

その前にあるのが遠州の庭

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またまたパノラマ風ですが ^^;約350年前に造られ、
心字池と観音菩薩が住む補陀落山を中心にした庭園で、
小堀遠州 の作と言われています。

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今回の旅で初めて出会った紅葉らしい紅葉でした。

このあと、懐かしい「西行戻しの松」にも立ち寄りましたが、
以前とは違って素晴らしい公園に変身していました。
残念ながら展望所までは行きませんでしたが、
10年ひと昔?そんな思いの松島でした ^^;   camera 1日

2017年11月 4日 (土)

松島散策 五大堂・雄島

旅の3日目は日本三景・松島でした。
松島といえば松島遊覧と松島のシンボル五大堂・瑞巌寺ですが、
まずは遊覧船出港待ちの間に五大堂です。

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天長5年(828)、慈覚大師円仁が延福寺(現在の瑞巌寺)を開基の際、
五大明王像を安置したことから「五大堂」と呼ばれます。

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まず渡った橋のあとにあるふたつの橋が”透かし橋”。
橋げたの隙間から海が見え、五大堂へ行く際に足元を見て
気を引き締めるために造られたとも。

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現在の建物は伊達政宗が慶長9年(1604)に創建したもので,
東北地方最古の桃山式建築といわれています。

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五大堂から見える島は自然公園の福浦島。
歩いて渡る朱塗りの出会い橋は有料橋 ^^;

このあとは定番の松島湾遊覧。
松島の眺めは高台にある展望所からがよろしいようで、
遊覧では写真を撮るほどでもないんですが・・・少しだけ。

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海上からの五大堂。

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こちらは雄島、このあとのお楽しみ ^^;

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点在する島々の説明がありますが、この島は”仁王島”。

約50分の遊覧のあとは雄島散策です。

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崖が迫り、切通しの道を進んで行くと視界が開け、
周辺にある洞窟にはいくつもの卒塔婆と石仏が見られます。

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雄島に架かる赤い橋・渡月橋を渡りますが、
2011年の震災で流失したため平成25年に再建されたそうで、
以前に訪れたときとは違って綺麗になっていました ^^;

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雄島稲荷大明神

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霊場のようなこの島には多くの歌碑、句碑がありますが、
やはりここに来たのは芭蕉「奥の細道」ゆかりの地 ^^;
芭蕉句碑と、奥の細道・曽良の句碑です。

標柱が経つところを左手に下りるとある芭蕉、曽良の句碑

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左に芭蕉の「朝よさを 誰まつしまぞ 片心」(桃舐集 元禄二年(1689))、
右に同行した曾良の「松島や 鶴に身をかれ ほととぎす」(奥の細道)。
14年半ぶりの再会でした ^^;

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島の中央、高台にある雲居禅師の座禅堂跡
芭蕉「奥の細道」には、
”雲居禅師の別室の跡、座禅石など有。はた、松の木陰に
世をいとふ人もまれまれ見え侍りて、
落穂・松笠など打ち煙りたる草の庵,閑に住みなし・・・”とあります。

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座禅堂前から松越しに眺められた松島の景色も、
今は大きくなった松が邪魔になり 、その横からの眺めです ><;
見える島は双子島。

雄島にはまだまだ見どころがありますが、
この日は北側にあるその一部だけでした。  camera 11月1日

2017年11月 3日 (金)

旅の始まりは日光から

台風一過のなかでスタートした今回の旅は、日光から松島、
そして日光街道・大内宿をめぐるいつもながらの気まま旅でした。
初日こそ強風が吹き荒れ、小雪の舞う中での観光でしたが、
あとは天気にも恵まれた3泊4日。
日光、松島はもちろん、大内宿も人気スポットですが 、
そんななかから我が流に楽しんだ人気どころや穴場を載せてみます^^;

まずは初日の日光華厳の滝。
いまさら言うこともない、日光でも超人気のスポットですが、

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この日は大雨を降らしたたいふうのあとでか?
いつもより15倍という落水量とかで展望台からも大迫力。

エレベーターで100m下の観爆台へ降ります。

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高さ97m断崖を一気に落下する滝は、
その飛沫が辺りを包み込んですごい迫力です。

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まさに爆音と響かせるど迫力の滝でした。

滝のあとはやはり中禅寺湖散策ですが・・・

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こちらはまた吹き荒れる風と、舞う小雪に大荒れの湖 ><;

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さらに猛烈な寒さに先に行くのもためらうほどで、
さすがに散策は止めました。

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雪が舞う男体山。
早々に紅葉も散った(台風の影響でしょうか?)いろは坂を下ります。

さすがに市街地もときおり時雨れましたが、
このあとは「憾満ヶ淵(かんまんがふち)含満ヶ淵)」散策へ。

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旧慈雲寺山門と本堂
詳細は省きますが、いちど流失したあと再建されたもの。

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多くの石仏が立ち並ぶ散策道

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すぐ傍を流れる大谷川(だいやがわ)。
憾満ヶ淵は男体山から噴出した溶岩によってできた奇勝地。

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荒々しい流れを見せる小渓谷ですが、
この日は水量も半端ではなく迫力があります。

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霊屁閣(れいひかく)
承応3年(1654)、慈雲寺創建のとき、晃海大僧正が建立した
四阿造りの護摩壇で、対岸の不動明王石像に護摩供養をしたという。

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そして並び地蔵(化け地蔵)。
慈眼太師天海の弟子約100名が寄進したものっで、
1902年(明治35年)の大洪水でいくつかの地蔵が流され、
以降、参詣者がその数を数えてもいつも数が違うところから、
化け地蔵と呼ばれるようになったとも。

まぁ、超人気の東照宮の近くにありながら、
訪れる人も少なく静かな「憾満ヶ淵」でした。

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こちらはまた一転して大混雑のお馴染み東照宮「陽明門」。

平成大修理が完成して4年ぶりに一般公開され、
約500体の極彩色豊かな彫刻と、金箔の施された
豪華絢爛の陽明門が蘇っていました。   camera 10月30・31日

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