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2019年5月23日 (木)

ぶらり松江・松江城

ぶらり松江、旅の様子を長々と続けてきましたが、
最後はやはりここ、国宝「松江城」です ^^;
昭和25年(1950)、国宝から重要文化財と呼称が変わったものの、
平成27年(2015)ふたたび国宝に指定されました。
何度か訪れてはいるものの、これまでは城の周りをうろうろするだけで、
じっくりと場内を見るのは初めてです。

Matsuec01 
登城します ^^

Matsuec02
いきなり二之丸下の馬溜?広場ですが、
正面には復元された右に太鼓櫓、左に中櫓を繋ぐ石垣で

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右に進むと二之丸下の段跡広場(米蔵跡)

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案内に導かれて石段を上がると三ノ門跡から二ノ門跡があり、
その左手には広い二之丸御広間跡です。

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二之丸広間跡から眺める松江城天守、右にあるのが太鼓櫓の一部 ^^;

Matsuec06 
一ノ門跡から受付を通って本丸へ入ります。

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松江城
国宝指定の天守を持つ5城(犬山城、松本城、彦根城、姫路城)のひとつ。
外観4重、内部5階、地下1階の望楼型天守で、
築城は関ケ原の戦い後、出雲・隠岐2カ国を所領した堀尾吉晴・忠氏。

入口になっているのは付櫓
Matsuec08 
ここでは守りのための石打棚がまず目に入りますが、
他にも井戸や塩蔵などがある地下様式になっています。

Matsuec09
1階は天守最大柱という柱群が見どころ、
敵の侵入の際には落としやすい軽い桐材で造られた階段が特徴。

Matsuec10
その階段を上がって最上階の望楼天守へ。
その名のとおり、360度が見わたせる天守最上階

Matsuec11
南側には宍道湖を望む絶景が楽しめます ^^
天守から出て城内に設けられた散策路を行きます。

Matsuec12
本丸西側から

Matsuec13
乾櫓跡
ここからは裏手(北側)になりますが

Matsuec14
見事な本丸の石垣をみながら行くと馬洗池、
さらに護国神社前を進んで行くと

Matsuec15 
松江城山稲荷神社。
式年神幸祭ホーランエンヤが執り行われる神社ですが、
境内にはたくさんの石狐が奉納されています。

Matsuec16
この先で松江城北西地にある搦手虎口跡に出ます。
堀に架かる稲荷橋から堀川を行く遊覧船 ^^

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堀を東側へと回って行くと塩見縄手(旧武家町)に。
北堀川周辺の この辺りは松江藩家老の塩見家の屋敷があったところで、
お城とともに人気の観光スポットになっています。

Matsuec18
松江城東側の堀川

山陰地方で唯一の天守が今に残る国宝松江城。
国宝に再指定されて以来、初めての登城でした。 📷 17日

2019年5月22日 (水)

ぶらり松江・八重垣神社

松江市初日の旅、美保関を散策した後は松江市中心部へと向かいます。
メインはやはり国宝「松江城」と周辺の散策でしたが、
ちょっと気になっていたのがやはり出雲の国の神話の世界 ^^;
八岐大蛇退治(やまたのおろち)にまつわる素盞嗚尊(すさのおのみこと)と、
櫛稲田姫(くしなだひめ)のお話で知られる「八重垣神社」でした。

ここは外せないと思っていたところ
Yaegakis01
神社正面、道路を挟んだ向かいにあるのが連理玉椿(夫婦椿)。
その昔、稲田姫命が立てた二本の椿が芽吹き、一体となったことから
縁結びの木とされ、境内にある3本の夫婦椿のうちのひとつ。

Yaegakis02
正面鳥居と奥に隋神門

   Yaegakis04  Yaegakis03
隋神門をくぐった左右にある狛犬
この地方に見られる「出雲構え型」とも違う珍しいものだそうで、
製作年代は不明とか。

Yaegakis05 
右に社務所、正面に拝殿・本殿 、左右に摂社・末社が並びます。

Yaegakis06
本殿左手にある
「八雲立つ出雲八重垣妻込みに八重垣造る其の八重垣を」の碑
八岐大蛇退治を退治した素盞嗚尊は櫛稲田姫と結ばれたあと、
須賀(現在の雲南市須賀)の地で詠んだ和歌で神社の名の由来とも。

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傍にある「山神神社」と夫婦椿(乙女椿)

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社殿後方にある「奥の院」へと行きます。

Yaegakis09
佐久佐女の森への入り口
その左手にあるのが3本目の夫婦椿(子宝椿)

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途中にある大杉の跡を見て最奥にある「鏡の池」に

Yaegakis11
八岐大蛇を御退治するときにこの森に身を隠した櫛稲田姫が、
鏡代わりに姿を映したと伝えられ、
現在では良縁占い(銭占い)が行われる池ということです。

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説明が長くなるので説明文はこちらで ^^;

Yaegakis13
その縁結びの占いというのがこちら

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社務所で売られている薄い半紙の中央に小銭を乗せて池に浮かべると、
文字が浮かび上がりますが・・・さて、こちらの方の結果は。

オマケ!
Yaegakis15 

本殿横の八重垣の歌碑に並んで建てられていた芭蕉句碑 
” 和歌の跡とふや出雲の八重霞 ”
HPには、”芭蕉は当地は訪れていませんが、この地を遠くから思い
詠まれたと伝わり・・・昭和十一年建立経緯不明です”とありました。
我が手引書、芭蕉全句集にも無く、??です ^^;  📷 17日

2019年5月21日 (火)

ぶらり松江・美保関

島根県松江市の旅、今回は「ホーランエンヤ」が目的でしたが、
他にも行きたかったところがたくさんあり、そのひとつが美保関地区でした。
松江市の東端にある美保関(みほのせき)は小さな漁師町ですが、
島根半島の先端には美保関灯台、中心部には美保神社があります。
祭りの前日にめぐった松江市のぶらり旅!まずは美保関町美保関からです。

美保関中心部から南の海岸線に沿って5分ほど走ると地蔵岬に着きます。

Mihonoseki01
その北側展望台から眺める日本海と、
岬の先端、海面から83mの高さに建つ美保関灯台です。

Mihonoseki02 
散策路を行くと灯台に出ますが、
隣接する旧事務所や宿舎は、現在「ビュッフェ」に改築され、
日本海を眺めながら軽食が楽しむことができます ^^

Mihonoseki03 
その裏側(東側)に続くウッドデッキ

Mihonoseki04
中ほどにはこの案内板がありましたが・・・
隠岐の島を確認することはできませんでした ><;

Mihonoseki05
道を回り込むと小さな鳥居が建っています。

Mihonoseki06
その先、はるか海上に見える島は「沖の御前」だそうで、
美保神社の祭神「事代主神(ことしろぬしのみこと・えべっさん)が
魚(鯛)つりをした島として伝えられているそうです。

Mihonoseki07
美保関灯台 
明治31年(1898年)11月8日に初点灯された山陰最古の灯台。

Mihonoseki08 
高さ14m、 明治の面影をとどめた風格ある石造りで、
「世界の歴史的灯台100選」、「日本の灯台50選」に選ばれています。

Mihonoseki09
戻った駐車場から南側の眺め、
美保湾を挟んで彼方に見える大山は残念ながら霞んでいました ><;
ここから来た道を戻ります。

Mihonoseki10 
美保関漁港
このすぐ傍に「美保神社」があります。

Mihonoseki11
第二鳥居からですが 

Mihonoseki12 
隋神門をくぐると

Mihonoseki13
拝殿と、奥に見えるのが本殿で、事代主神系えびす社の総本山。
美保造りと呼ばれる大社造りのお社が2つ並びますが、
向かって右側に三穂津姫命、左側に事代主神が祀られています。

門前に戻るとすぐ左にある小路が「青石畳通り」

Mihonoseki14
仏谷寺に至る約250mの通りは江戸時代の参拝道の遺構とか。
凝灰岩が敷かれた素晴らしい小路ですが、
多くの文人墨客も訪れているという情緒ある通りです。

Mihonoseki15
その突き当りにある「仏谷寺」。
門前に建つ標柱にちょっとびっくりしましたが・・・

Mihonoseki16
山門をくぐった横のこの地蔵さんにまたびっくり ^^;
あの”八百屋お七”の恋人吉三の墓だそうです。

後はオマケ!ですが・・・

Mihonoseki18
道沿いで見かけた案内板につられて登った丘?(150mほど)にある
「関の五本松公園」でした。

Mihonoseki17 
入口から10分ほどで「関の五本松節発祥の地」の碑がある場所に着きます。
あの唄 ”関の五本松一本切りや四本あとは切られぬ夫婦松” という
民謡「関の五本松」の由来になったという場所でした ><;

Mihonoseki19
枯れて斬られた初代松から、二代目、三代目の松を見て、
さらに登って行くと公園の広場に出ました。

Mihonoseki20
眼下?に眺める美保関漁港と、美保湾を挟んではるかに大山が、
一帯には約5,000本のツツジが咲く県下で有数のツツジどころとか 。
すでに花は終わっていましたが、独り占めの公園でした ^^;

北は日本海、南には美保湾と中海。3つの海に抱かれた松江市美保関町、
その漁業と海の玄関口として栄えた美保関のぶらり旅でした。 📷17日

2019年3月 4日 (月)

コウノトリの郷公園

兵庫県豊岡市にある「コウノトリの郷公園」。
何度か傍を通りながら訪れることもなく気になっていたところですが、
今回の旅で初めて訪れることができました ^^;
この日の天気は最高!
あとはどれだけのコウノトリに会えるかでしたが・・・

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いきなり「コウノトリ文化館」の屋根にいた
2羽のコウノトリを見てチョッと興奮 ^^;

その裏手にある観察ゾーンへと会館を回っていくと

Storkuh02

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”カタカタ・・・カタカタ”という音が聞こえました。
音は屋根の上にいるコウノトリでしたが、コウノトリは子供の時以外は
鳴かないそうで、これはクラッターリングといって、
コミニュケーションをとるための鳴き声の役割をしているそうです。

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こちらはその観察ゾーンにいたコウノトリたち ^^;

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係り員の方の説明を聞きながらもコウノトリを追いますが、
手前はアオサギ?でしょうか。

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空には舞うその数にもまたびっくり!

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空高く舞うかと思えば近づいたり・・・と。
この鳥もやはり飛ぶ姿が美しいですねぇ ^^

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上も下もと気になり ます^^;

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たまたま飛び立つたところに慌てましたが、
やはり飛ぶ姿も綺麗でしばし追っかけました。

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撮った枚数の割にはシャープな画が少く、
遠くの姿を少し切り取ったりしています ^^;

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最後は田んぼのなかに作られた巣の中の親子。 

初めて訪れた豊岡市の「コウノトリの郷公園」。
思っていた以上にたくさんのコウノトリを見ることができて、
ちょっと感動したひとときでした ^^;      2月26日

2019年3月 3日 (日)

余部鉄橋 空の駅

ちょっと旬ものの梅だよりを挟みましたが、
京都丹後半島から兵庫香美町香住の旅の続きです。
ここもまた10年ぶりの訪問でした。
2009年5月、そのときはちょうど新しい鉄橋の建て替え工事中で、
まだ旧鉄橋が残る最後のときでした。

いきなり懐かしい当時の写真からですが ^^

 Amarube091  
               
平成21年(2009)5月撮影
「鋼トレッスル橋脚」の旧鉄橋は高さ41,45mの威容です。 

 Amarube092

工事中だった旧橋梁の横には一部新しい橋脚も建ち始めていました。

”この旧余部鉄橋の歴史を残すとともに、人々の交流の場・観光拠点として、
平成25年(2013)5月に鉄橋の一部を展望施設とした「空の駅」が完成”。

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こちらが橋脚の一部を残して整備された公園広場で、
ここは道の駅に併設されています。

Amaruben02

反対側の国道側にある旧鉄橋”主桁モニュメント”

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そして、成22年8月に新しくコンクリート橋に架け替えられた橋脚と、
駅側に保存されている3本の旧橋脚。

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そして、展望施設への急な上り坂を避けるためにと、
平成29(2017)年11月にエレベーター(愛称・余部クリスタルタワー)が
整備されたそうです ^^ 確かに急坂でしたが、まずは乗ります。

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展望施設の鉄橋側、ここまでの線路が残されていました。

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こちらは平成21年(2009)5月撮影した、
その先の旧線路、ここが展望施設となっています。

Amaruben06

現在の線路は新しいホームの山側に施設されています。

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待合所側から眺める旧線路。
左下に見えるのが集落から上ってくる坂道ですが

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いったんエレベーターで下りて、
新しく整備された坂道を上ってみました ^^;

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途中で新旧の両橋脚を見ることができます。

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眺める景色はもちろん変わりませんが・・・
すっかり綺麗になってまた違った観光スポットになっていました ^^;

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当時は工事中で立ち入り禁止でした山側の展望所からです。

ここでしばらく待って列車の通過を見たかったんですが、
残念ながら時間切れ ^^; ここまででした。    2月26日

2019年3月 1日 (金)

山陰海岸ジオパーク

京都府与謝群伊根町から丹後半島を北上して最先端にある経ヶ岬から、
半島を西へと京丹後市の久美浜まで下ります。
そのまま鳥取県の長尾鼻まで続く海岸線と内陸部は、京都府(京丹後市)、
兵庫県(豊岡市・香美町・新温泉町)、鳥取県(岩美町・鳥取市)にまたがる
広大なエリアを有する「山陰海岸ジオパーク」として、
「世界ジオパーク」に加盟認定されているという。

経ヶ岬灯台は前回訪れていて今回はパス ^^;途中の”袖志の棚田”、
”丹後松島”、”屏風岩”などは車窓から眺め通過。
最初の立ち寄りは道の駅「てんきてんき丹後」の近くにある「立岩」でした。

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垂直に延びた柱状節理が美しい立岩は、
高さ約20m、周囲1kmに及ぶ巨大な1枚岩で、
鬼退治伝説に関わる伝承が残されているという・・・・

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これから走る先の眺めですが、
次が少し走ると鳴き砂で知られる「琴引浜」があります。

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その琴引浜、全国に数ある鳴き砂浜のなかでも
有数の”鳴き砂”で知らるところです。

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ただ、これが鳴かすのがなかなか難しく・・・
ここでは鳴くところに白いポールが立てられています ^^

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鳴かせようと歩いた跡 ですが、鳴きません ><;
悪戦苦闘していたら、係りの方がやってきて教えてくれました。

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あらためてポールの傍で再挑戦!
かかとに少し力を入れて摺り足で歩くとキュッ、キュッと音がして、
これが鳴き砂という・・・。

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オマケでこの方にしかできない特技”笑い砂”とか。
手で砂を集めて器用に揉むと、これがまさに笑う砂でした ^^

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何度も繰り返して摺り足を覚えながら、
初めて鳴いてくれた琴引浜の”鳴き砂”体験でした。

このあとはこの日の目的地香住までただ走るだけ ^^;
途中から海岸線を外れましたが、着いた兵庫県の香美町の香住です。

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ここでは宿に入る前に立ち寄った「岡見公園」。
香住漁港西港と、東港の中間にある丘の上の公園ですが

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もともとは離島であったものが、
間に砂がたまって地続きになったという陸繫島。

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ここでも形状節理の断崖を見ることができます。

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丘からの眺望は日本の夕日百景にも選定されているそうですが、
こちらは東側の眺めです。

この日は丹後半島先端部を走り兵庫県香美町香住まで、
「山陰海岸ジオパーク」のドライブでした。    25日

2019年2月28日 (木)

海の京都 伊根の舟屋

10年ぶりに丹後半島から香住へと、ドライブを兼ねた旅をしてきました。
前回は日帰りドライブでの「経ヶ岬灯台」まででしたが、
今回はその先、半島の先端をめぐってみようかと・・・。
香住といえば冬の味覚”カニ”も目的 ^^;
相方を連れてののんびりと行く1泊2日の旅でした。

丹後半島めぐり、その最初はやはり「伊根の舟屋」からです。

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京都府与謝郡伊根町の舟屋群、
細かいことは省きますが、江戸時代末期から昭和初期にかけて、
伊根湾沿いに建てられた多くの舟屋が残る漁村です。

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”海の京都”ともいわれるそうですが、
その建物群は海上から見るのがベスト ^^;

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伊根湾めぐりの観光船は、
集落の西側にある日出の港から出港して湾の西口へ。

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神が宿る神聖な島といわれる「青島」を見て湾内へ。

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群れ飛びカモメ・・・とはいかず、 飛ぶのはトンビばかり ><;
こんなはずではなかったんですが。

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東側先端にある赤灯台が若狭湾から伊根湾へと入る目印。

季節と時間によって日差しが違うため、
この日は10時30分と早い時間で舟屋群はもろに逆光です ^^;

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少々見ずらいですが 、これもまたご愛嬌で・・・ ><;

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湾内をぐるりと取り囲むように建ち並ぶ舟屋群

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船が向きを変えるころ、ようやくカモメたちが飛んでくれましたが、
まだ大半は生簀の上でお休み中です ^^;

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舟屋は海に向かって船の出入り口がある船小屋のこと。

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その数230軒とのことですが、主屋は道を挟んだ山側にあり、
集落の中には観光客用のお店もあり、
散策しながら山の中腹にある道の駅「舟屋の里 伊根」へと行けます。

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その道の駅にある展望所からは、
伊根湾と建ち並ぶ舟屋群を見ることができます。

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この時期、順光での撮影はお昼からがよろしいかと ^^

懐かしい景色を楽しんだあとは、丹後半島の経ヶ岬から、
西へと続く「山陰海岸ジオパーク 」のドライブです ^^   25日

2018年11月23日 (金)

大洲城

紅葉めぐりもなかなかタイミングが合いませんが、ちょっと一休み。
ずいぶんと日が経ちましたが、また四国旅行で訪れたお城です ^^;

香川・松山の旅も、最終日はようやく晴れて朝から快晴!
お城めぐりも残すはひとつ、大洲市にある「大洲城(おおずじょう)」でした。
「丸亀城」や「松山城」とは違って天守は解体修理されたものですが、
解体をまぬがれた4棟の櫓(台所櫓、高欄櫓、苧綿櫓、三の丸南隅櫓)は、
国の重要文化財に指定されています。

駐車場から「下台所跡」の広場を通り登城道を行きます。

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広場の先に見える「高欄櫓」と奥に「天守」、
右にチラッと見えるのは「台所櫓」の。

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二ノ丸塀と

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「二の丸奧御殿跡」の間を抜けて

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立ちはだかる石垣に沿って行く登城道。

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Uターンするように曲がると目の前に「高欄櫓」と「天守」が現れます。

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続く道はまず「かま櫓跡」

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その先には「暗がり門跡」。
説明板には、天守にいたる最後の門で城内でも最大の櫓門だった・・・と。

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ちょっと道から離れて眺める石垣と天守に高欄櫓 ^^

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戻って「暗がり門」の先に出ると本丸広場です。

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本丸を取り巻くようにあったという「本丸回り櫓跡」から、
眺めるのは鵜飼で知られる肱川と富士山です ^^;

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振り返れば大洲城、右から「台所櫓」、「天守」に「高欄櫓」です。
天守は明治21年(1888)に取り壊されていますが、
平成16年(2004)に復元された4層4階。

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台所櫓、高欄櫓はともに安政4年(1857)の大地震で大破、
安政6年(1859)に再建、昭和45年(1970)に解体修理されています。

天守へ

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復元された木造天守
使われている柱材はすべて市民の皆さんからの提供されたものとか。

ここからの展望は小窓からですが ^^;

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高欄櫓からは大洲の町並みを眺めることができます。

他にも少し離れて二ノ丸東端に苧綿櫓(おわたやぐら)、
三の丸跡にも三の丸南隅櫓が建っているとのことでしたが、
残念ながらそちらはパス ^^;町なかの散策でした。   14日

2018年11月20日 (火)

伊予松山城

旅の2日目も雨は降りませんでしたが、どんよりとした曇り空 ><;
この日は愛媛県に入って40数年ぶりの「松山城」でした。
懐かしいというより、ほとんど当時の記憶も薄いなかでの登城でしたが、
標高132mある本丸天守へは時間短縮を図り、
ロープウェイで山頂駅の長者ヶ平(ちょうじゃがなる)まで楽ちんコース ^^;

まずは大手門跡へ。

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ロープウェイ山頂駅から登城道を上っていくと、
すぐに城郭の石垣と櫓が見えます。

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石垣に沿って進むと大手門跡ですが

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曲がるとその奥、真正面に天守が見えます。
ここからがこの城の見どころ、多くの門と櫓、渡塀が現れます。

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まず道は180度折り返して「戸無門」へ

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くぐると次が大手の要になる「筒井門」、
この右手には「隠門」があり二段構えの門になります。
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どちらをくぐっても正面には石垣の上に狭間が並ぶ渡塀が。

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回り込んでいくと次が「太鼓門」
ここは筒井門から本丸腰曲輪に侵入する敵に備えた門で、
西端にある「太鼓櫓」とつながっています。

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門をくぐった先に見えるのがその櫓、
道を右に曲がると

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ようやく本丸広場、そして正面に天守です ^^

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松山城天守も現存する12天守の一つ。
三重三階地下一階の層塔型天守で、
天守・小天守・櫓を四方に配置し、渡櫓でつないだ連立式天守。

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「紫竹門」から城郭の西側に回ると、
南櫓(右から)十間廊下、北櫓と繋がる様子がよく分かります。

では、天守へ ^^

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受付を入って進むとまず「一の門」

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続いて「二の門」から「三の門」
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そして「筋鉄門(すじがねもん)」
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くぐってようやく玄関多門櫓のある小広場に出ます。
左にある玄関は立ち入り禁止で、
天守には見える「仕切門」の右にある入口から。

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天守の内部は省略しますが・・・

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天守最上階

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見下ろす本丸広場。

四国屈指の名城といわれ、21棟の重要文化財をもつ「松山城」。
このあとは黒門口登城道を下って「二ノ丸史跡庭園」でしたが、
それはまたの機会に・・・ ^^;           13日 

2018年11月19日 (月)

石垣の名城・丸亀城

紅葉めぐりの途中ですが、ちょっとお休みで四国の旅を挟みます。
今回の旅の目的は初めて訪れる「丸亀城」と「大洲城」に、
40数年ぶりの「松山城」とお城めぐりの旅でもありました。
その最初に訪れた「丸亀城」でしたが、あいにくの曇り空 ><;
石垣の名城ともいわれる丸亀城だけに、
晴れたなかでその石垣を見たかったんですが・・・。

こればかりはどうしようもありません ^^;

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4段に積まれたというその石垣は、まず市街地からです。
石垣の全てを見ることはできませんが、
これだけでも十分に石垣の名城といわれる由縁ではないかと ^^

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内堀から

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正面に回ると大手「二の門」と右に「一の門」

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見返り坂を上っていきます。
築城400年という「丸亀城」は、全国に現存する『木造天守十二城』の一つ。

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打ち込みハギの石垣
内堀から天守にかけて積み重ねられた石垣は、
”扇の勾配”と呼ばれる特長的で見事な曲線を描ています。

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右に折れて、さらに坂を上って行くと

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右に二ノ丸への道があり




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正面には「三の丸」跡

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その南角にある「月見櫓跡」から眺める市街地と飯野山

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東側の石垣には雨水排水路が付けっれた石垣


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二ノ丸への虎口

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二之丸井戸
深さ31間という井戸で。まつわる伝説も多いとか ^^

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回り込むと天守へと続く道、上りきると

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本丸跡です。

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本丸北隅に建つ天守
独立式層塔型三重三階の造りで、全国に12ある現存天守のひとつで、
日本一小さい ^^ 万治3年(1660)の完成。

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本丸天守下の石垣
標高約66mの亀山に築かれた平山城で、別名亀山城と呼ばれます。

先の台風24号による影響で、南西部にある「帯曲輪石垣」が崩落。
まだ修理中のようでしたが、城郭は回ることはできたものの雨模様に ><;
まだまだある”石垣の美”でしたが、ここまででした。    12日

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