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2019年3月 4日 (月)

コウノトリの郷公園

兵庫県豊岡市にある「コウノトリの郷公園」。
何度か傍を通りながら訪れることもなく気になっていたところですが、
今回の旅で初めて訪れることができました ^^;
この日の天気は最高!
あとはどれだけのコウノトリに会えるかでしたが・・・

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いきなり「コウノトリ文化館」の屋根にいた
2羽のコウノトリを見てチョッと興奮 ^^;

その裏手にある観察ゾーンへと会館を回っていくと

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”カタカタ・・・カタカタ”という音が聞こえました。
音は屋根の上にいるコウノトリでしたが、コウノトリは子供の時以外は
鳴かないそうで、これはクラッターリングといって、
コミニュケーションをとるための鳴き声の役割をしているそうです。

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こちらはその観察ゾーンにいたコウノトリたち ^^;

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係り員の方の説明を聞きながらもコウノトリを追いますが、
手前はアオサギ?でしょうか。

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空には舞うその数にもまたびっくり!

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空高く舞うかと思えば近づいたり・・・と。
この鳥もやはり飛ぶ姿が美しいですねぇ ^^

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上も下もと気になり ます^^;

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たまたま飛び立つたところに慌てましたが、
やはり飛ぶ姿も綺麗でしばし追っかけました。

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撮った枚数の割にはシャープな画が少く、
遠くの姿を少し切り取ったりしています ^^;

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最後は田んぼのなかに作られた巣の中の親子。 

初めて訪れた豊岡市の「コウノトリの郷公園」。
思っていた以上にたくさんのコウノトリを見ることができて、
ちょっと感動したひとときでした ^^;      2月26日

2019年3月 3日 (日)

余部鉄橋 空の駅

ちょっと旬ものの梅だよりを挟みましたが、
京都丹後半島から兵庫香美町香住の旅の続きです。
ここもまた10年ぶりの訪問でした。
2009年5月、そのときはちょうど新しい鉄橋の建て替え工事中で、
まだ旧鉄橋が残る最後のときでした。

いきなり懐かしい当時の写真からですが ^^

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平成21年(2009)5月撮影
「鋼トレッスル橋脚」の旧鉄橋は高さ41,45mの威容です。 

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工事中だった旧橋梁の横には一部新しい橋脚も建ち始めていました。

”この旧余部鉄橋の歴史を残すとともに、人々の交流の場・観光拠点として、
平成25年(2013)5月に鉄橋の一部を展望施設とした「空の駅」が完成”。

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こちらが橋脚の一部を残して整備された公園広場で、
ここは道の駅に併設されています。

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反対側の国道側にある旧鉄橋”主桁モニュメント”

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そして、成22年8月に新しくコンクリート橋に架け替えられた橋脚と、
駅側に保存されている3本の旧橋脚。

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そして、展望施設への急な上り坂を避けるためにと、
平成29(2017)年11月にエレベーター(愛称・余部クリスタルタワー)が
整備されたそうです ^^ 確かに急坂でしたが、まずは乗ります。

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展望施設の鉄橋側、ここまでの線路が残されていました。

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こちらは平成21年(2009)5月撮影した、
その先の旧線路、ここが展望施設となっています。

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現在の線路は新しいホームの山側に施設されています。

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待合所側から眺める旧線路。
左下に見えるのが集落から上ってくる坂道ですが

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いったんエレベーターで下りて、
新しく整備された坂道を上ってみました ^^;

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途中で新旧の両橋脚を見ることができます。

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眺める景色はもちろん変わりませんが・・・
すっかり綺麗になってまた違った観光スポットになっていました ^^;

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当時は工事中で立ち入り禁止でした山側の展望所からです。

ここでしばらく待って列車の通過を見たかったんですが、
残念ながら時間切れ ^^; ここまででした。    2月26日

2019年3月 1日 (金)

山陰海岸ジオパーク

京都府与謝群伊根町から丹後半島を北上して最先端にある経ヶ岬から、
半島を西へと京丹後市の久美浜まで下ります。
そのまま鳥取県の長尾鼻まで続く海岸線と内陸部は、京都府(京丹後市)、
兵庫県(豊岡市・香美町・新温泉町)、鳥取県(岩美町・鳥取市)にまたがる
広大なエリアを有する「山陰海岸ジオパーク」として、
「世界ジオパーク」に加盟認定されているという。

経ヶ岬灯台は前回訪れていて今回はパス ^^;途中の”袖志の棚田”、
”丹後松島”、”屏風岩”などは車窓から眺め通過。
最初の立ち寄りは道の駅「てんきてんき丹後」の近くにある「立岩」でした。

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垂直に延びた柱状節理が美しい立岩は、
高さ約20m、周囲1kmに及ぶ巨大な1枚岩で、
鬼退治伝説に関わる伝承が残されているという・・・・

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これから走る先の眺めですが、
次が少し走ると鳴き砂で知られる「琴引浜」があります。

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その琴引浜、全国に数ある鳴き砂浜のなかでも
有数の”鳴き砂”で知らるところです。

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ただ、これが鳴かすのがなかなか難しく・・・
ここでは鳴くところに白いポールが立てられています ^^

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鳴かせようと歩いた跡 ですが、鳴きません ><;
悪戦苦闘していたら、係りの方がやってきて教えてくれました。

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あらためてポールの傍で再挑戦!
かかとに少し力を入れて摺り足で歩くとキュッ、キュッと音がして、
これが鳴き砂という・・・。

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オマケでこの方にしかできない特技”笑い砂”とか。
手で砂を集めて器用に揉むと、これがまさに笑う砂でした ^^

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何度も繰り返して摺り足を覚えながら、
初めて鳴いてくれた琴引浜の”鳴き砂”体験でした。

このあとはこの日の目的地香住までただ走るだけ ^^;
途中から海岸線を外れましたが、着いた兵庫県の香美町の香住です。

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ここでは宿に入る前に立ち寄った「岡見公園」。
香住漁港西港と、東港の中間にある丘の上の公園ですが

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もともとは離島であったものが、
間に砂がたまって地続きになったという陸繫島。

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ここでも形状節理の断崖を見ることができます。

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丘からの眺望は日本の夕日百景にも選定されているそうですが、
こちらは東側の眺めです。

この日は丹後半島先端部を走り兵庫県香美町香住まで、
「山陰海岸ジオパーク」のドライブでした。    25日

2019年2月28日 (木)

海の京都 伊根の舟屋

10年ぶりに丹後半島から香住へと、ドライブを兼ねた旅をしてきました。
前回は日帰りドライブでの「経ヶ岬灯台」まででしたが、
今回はその先、半島の先端をめぐってみようかと・・・。
香住といえば冬の味覚”カニ”も目的 ^^;
相方を連れてののんびりと行く1泊2日の旅でした。

丹後半島めぐり、その最初はやはり「伊根の舟屋」からです。

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京都府与謝郡伊根町の舟屋群、
細かいことは省きますが、江戸時代末期から昭和初期にかけて、
伊根湾沿いに建てられた多くの舟屋が残る漁村です。

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”海の京都”ともいわれるそうですが、
その建物群は海上から見るのがベスト ^^;

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伊根湾めぐりの観光船は、
集落の西側にある日出の港から出港して湾の西口へ。

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神が宿る神聖な島といわれる「青島」を見て湾内へ。

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群れ飛びカモメ・・・とはいかず、 飛ぶのはトンビばかり ><;
こんなはずではなかったんですが。

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東側先端にある赤灯台が若狭湾から伊根湾へと入る目印。

季節と時間によって日差しが違うため、
この日は10時30分と早い時間で舟屋群はもろに逆光です ^^;

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少々見ずらいですが 、これもまたご愛嬌で・・・ ><;

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湾内をぐるりと取り囲むように建ち並ぶ舟屋群

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船が向きを変えるころ、ようやくカモメたちが飛んでくれましたが、
まだ大半は生簀の上でお休み中です ^^;

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舟屋は海に向かって船の出入り口がある船小屋のこと。

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その数230軒とのことですが、主屋は道を挟んだ山側にあり、
集落の中には観光客用のお店もあり、
散策しながら山の中腹にある道の駅「舟屋の里 伊根」へと行けます。

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その道の駅にある展望所からは、
伊根湾と建ち並ぶ舟屋群を見ることができます。

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この時期、順光での撮影はお昼からがよろしいかと ^^

懐かしい景色を楽しんだあとは、丹後半島の経ヶ岬から、
西へと続く「山陰海岸ジオパーク 」のドライブです ^^   25日

2018年11月23日 (金)

大洲城

紅葉めぐりもなかなかタイミングが合いませんが、ちょっと一休み。
ずいぶんと日が経ちましたが、また四国旅行で訪れたお城です ^^;

香川・松山の旅も、最終日はようやく晴れて朝から快晴!
お城めぐりも残すはひとつ、大洲市にある「大洲城(おおずじょう)」でした。
「丸亀城」や「松山城」とは違って天守は解体修理されたものですが、
解体をまぬがれた4棟の櫓(台所櫓、高欄櫓、苧綿櫓、三の丸南隅櫓)は、
国の重要文化財に指定されています。

駐車場から「下台所跡」の広場を通り登城道を行きます。

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広場の先に見える「高欄櫓」と奥に「天守」、
右にチラッと見えるのは「台所櫓」の。

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二ノ丸塀と

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「二の丸奧御殿跡」の間を抜けて

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立ちはだかる石垣に沿って行く登城道。

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Uターンするように曲がると目の前に「高欄櫓」と「天守」が現れます。

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続く道はまず「かま櫓跡」

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その先には「暗がり門跡」。
説明板には、天守にいたる最後の門で城内でも最大の櫓門だった・・・と。

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ちょっと道から離れて眺める石垣と天守に高欄櫓 ^^

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戻って「暗がり門」の先に出ると本丸広場です。

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本丸を取り巻くようにあったという「本丸回り櫓跡」から、
眺めるのは鵜飼で知られる肱川と富士山です ^^;

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振り返れば大洲城、右から「台所櫓」、「天守」に「高欄櫓」です。
天守は明治21年(1888)に取り壊されていますが、
平成16年(2004)に復元された4層4階。

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台所櫓、高欄櫓はともに安政4年(1857)の大地震で大破、
安政6年(1859)に再建、昭和45年(1970)に解体修理されています。

天守へ

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復元された木造天守
使われている柱材はすべて市民の皆さんからの提供されたものとか。

ここからの展望は小窓からですが ^^;

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高欄櫓からは大洲の町並みを眺めることができます。

他にも少し離れて二ノ丸東端に苧綿櫓(おわたやぐら)、
三の丸跡にも三の丸南隅櫓が建っているとのことでしたが、
残念ながらそちらはパス ^^;町なかの散策でした。   14日

2018年11月20日 (火)

伊予松山城

旅の2日目も雨は降りませんでしたが、どんよりとした曇り空 ><;
この日は愛媛県に入って40数年ぶりの「松山城」でした。
懐かしいというより、ほとんど当時の記憶も薄いなかでの登城でしたが、
標高132mある本丸天守へは時間短縮を図り、
ロープウェイで山頂駅の長者ヶ平(ちょうじゃがなる)まで楽ちんコース ^^;

まずは大手門跡へ。

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ロープウェイ山頂駅から登城道を上っていくと、
すぐに城郭の石垣と櫓が見えます。

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石垣に沿って進むと大手門跡ですが

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曲がるとその奥、真正面に天守が見えます。
ここからがこの城の見どころ、多くの門と櫓、渡塀が現れます。

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まず道は180度折り返して「戸無門」へ

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くぐると次が大手の要になる「筒井門」、
この右手には「隠門」があり二段構えの門になります。
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どちらをくぐっても正面には石垣の上に狭間が並ぶ渡塀が。

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回り込んでいくと次が「太鼓門」
ここは筒井門から本丸腰曲輪に侵入する敵に備えた門で、
西端にある「太鼓櫓」とつながっています。

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門をくぐった先に見えるのがその櫓、
道を右に曲がると

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ようやく本丸広場、そして正面に天守です ^^

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松山城天守も現存する12天守の一つ。
三重三階地下一階の層塔型天守で、
天守・小天守・櫓を四方に配置し、渡櫓でつないだ連立式天守。

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「紫竹門」から城郭の西側に回ると、
南櫓(右から)十間廊下、北櫓と繋がる様子がよく分かります。

では、天守へ ^^

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受付を入って進むとまず「一の門」

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続いて「二の門」から「三の門」
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そして「筋鉄門(すじがねもん)」
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くぐってようやく玄関多門櫓のある小広場に出ます。
左にある玄関は立ち入り禁止で、
天守には見える「仕切門」の右にある入口から。

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天守の内部は省略しますが・・・

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天守最上階

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見下ろす本丸広場。

四国屈指の名城といわれ、21棟の重要文化財をもつ「松山城」。
このあとは黒門口登城道を下って「二ノ丸史跡庭園」でしたが、
それはまたの機会に・・・ ^^;           13日 

2018年11月19日 (月)

石垣の名城・丸亀城

紅葉めぐりの途中ですが、ちょっとお休みで四国の旅を挟みます。
今回の旅の目的は初めて訪れる「丸亀城」と「大洲城」に、
40数年ぶりの「松山城」とお城めぐりの旅でもありました。
その最初に訪れた「丸亀城」でしたが、あいにくの曇り空 ><;
石垣の名城ともいわれる丸亀城だけに、
晴れたなかでその石垣を見たかったんですが・・・。

こればかりはどうしようもありません ^^;

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4段に積まれたというその石垣は、まず市街地からです。
石垣の全てを見ることはできませんが、
これだけでも十分に石垣の名城といわれる由縁ではないかと ^^

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内堀から

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正面に回ると大手「二の門」と右に「一の門」

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見返り坂を上っていきます。
築城400年という「丸亀城」は、全国に現存する『木造天守十二城』の一つ。

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打ち込みハギの石垣
内堀から天守にかけて積み重ねられた石垣は、
”扇の勾配”と呼ばれる特長的で見事な曲線を描ています。

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右に折れて、さらに坂を上って行くと

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右に二ノ丸への道があり




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正面には「三の丸」跡

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その南角にある「月見櫓跡」から眺める市街地と飯野山

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東側の石垣には雨水排水路が付けっれた石垣


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二ノ丸への虎口

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二之丸井戸
深さ31間という井戸で。まつわる伝説も多いとか ^^

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回り込むと天守へと続く道、上りきると

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本丸跡です。

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本丸北隅に建つ天守
独立式層塔型三重三階の造りで、全国に12ある現存天守のひとつで、
日本一小さい ^^ 万治3年(1660)の完成。

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本丸天守下の石垣
標高約66mの亀山に築かれた平山城で、別名亀山城と呼ばれます。

先の台風24号による影響で、南西部にある「帯曲輪石垣」が崩落。
まだ修理中のようでしたが、城郭は回ることはできたものの雨模様に ><;
まだまだある”石垣の美”でしたが、ここまででした。    12日

2018年11月16日 (金)

伊予大洲 臥龍山荘

曇り空の山中で見た紅葉から、旅の3日目は快晴のなかで見る紅葉!
2拍3日の旅の最終日となるこの日、初めて青空が広がりました ^^
愛媛県大洲市大洲にある「臥龍山荘」(国重文)。
伊予の小京都と言われる大洲地区、
その肱川随一の景勝地である「臥龍淵」に臨む別荘です。

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明治の匠が残した数奇に飛んだ三建築、日本庭園、
借景美を楽しむことができるという・・・。

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臥龍院・霞月の間(かげつのま)。
建物もさることながら、今回もまずは紅葉です ^^;
ここはまだ早いだろうと期待はしていませんでしたが・・・

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建物から眺める庭園の紅葉はすでに見ごろ間近でした ^^;

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「臥龍院」から奥に向かって細長く造られた路地庭園、
歩を進めるのは手鞠石、石臼、伽藍礎石、
伊予上灘産のげんだ石が敷かれた飛び石の道。

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道沿いには”ぼたん苔(白い部分)”の石燈籠。
”ぼたん苔”の生育は通常100年余りの歳月を要するそうですが、
ここでは環境が良いので60~70年余りで生育するという珍種  ^^;

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紅葉は庭園の奥へと広がっていますが、
この辺りはまだ色づき始めたばかりで、入口周辺より遅いようです。

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知止庵(ちしあん)
当初浴室として建てられ、のちに茶室に改装されています。

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飛び石の道を奥へ進むと「不老庵」があります。

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”臥龍淵”を眼下に見る崖の上に、
懸造りで建てられた庵はそのものを船に見立てて造られているようです。

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「不老庵」から眺める臥龍淵。
現在、臥龍山荘からの道は立ち入り禁止でした。

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戻って庭園からの「臥龍院」。

40年前の回顧も兼ねて再訪した香川と松山でしたが、
今回は初めての「丸亀城」、「大洲城」を訪ねる旅でもありました。
それはまた、近隣の紅葉とともにあらためて・・・ ^^;     14日

2018年11月15日 (木)

西山興隆寺・西条市

今年初めての旅行は四国の香川と愛媛県でしたが、
目的はお城めぐりと紅葉!まずは旬の紅葉からです ^^;

愛媛県西条市丹原町にある「西山興隆寺」。
旅の2日目は朝から今にも降りだしそうな曇り空でしたが、
そんななかで訪れた紅葉の名所「西山興隆寺」でした。

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入口の”赤い橋”を渡りますが、
早朝でもあり鬱蒼とした山中の参道を行きます。

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最初に出会う「仁王門」。
ここから石段のある長い参道が続きます。

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紅葉のシーズンになると周囲の山々に溶け込んだ景色が見事なことから
「もみじの西山興隆寺」と呼ばれ、多くの人が訪れるという・・・。

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宝暦6年建立の「勅使門」

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奥に客殿と庫裡、ここまでの紅葉はまだ青葉でしたが、
この辺りからは少し染まり始めていました。

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さらに石段を登って行くと

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正面の見事な石垣が現れます。
直進すれば本堂への参道ですが、この日は紅葉に目がいきました ^^;

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右に折れて石段を登ると見ごろ間近の紅葉、
ここは日差しが欲しかったところですが・・・こればっかりはねぇ ^^;

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さらに石段を登ると「本堂」の裏手に。

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右手に「聖天堂」、
左には源頼朝の供養塔ともいわれる「宝篋印塔」が建ちます。

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眺める本堂側の紅葉

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そして来た道には「銅鐘」の建物です。

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「本堂」

正式には「仏法山仏眼院興隆寺」といい、本尊は「千手千顔観世音菩薩」。
皇極天皇元年(642)に空鉢上人によって創建されたという。
その後報恩大師、空海(弘法大師)が入山し、垣武天皇の勅願寺となります。

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「大師堂」と「三重塔」

以来、千有余年、東予随一の霊地として信仰を集めた古刹は、
歴代の皇室、武将、藩主並びに地方信仰者の崇敬も厚かったと・・・。

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戻る参道、本堂下の石垣はまた見事なもので、
文化3年松山藩寺社奉行により普請された築城式の石積みという。

天気がいまひとつ冴えないなかでしたが、
東伊予の紅葉の名所「西山興隆寺」。
戻る参道では多くの人とすれ違いましたが、人気のようです^^;   13日

2017年11月 9日 (木)

日光 輪王寺大猷院

紅葉の時期というのにまた雨になりなかなか出かけられません ><;
ということで、先の旅行で詳しく載せなかった日光の寺社から、
あらためて「輪王寺大猷院(たいゆういん)」です。

東照宮は徳川家康を祀る神社として超人気ですが、
こちらは3代将軍家光の廟所(びょうしょ)で日光でも静かなところ。

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最初にある仁王門からいくつかの門をくぐりますが、

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仁王門をくぐった先は立ち入り禁止で左に曲がります。
その先にあるのが二天門ですが・・・

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残念ながら修理のため工事中でした。
持国天、広目天)の二天を安置している事から二天門といわれ、
日光の境内で1番大きな門ですが、残念 ><;

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くぐって石段を上ると展望所、
下に見えるたくさんの石灯籠は大名からの献上品。

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さらに石段を上がると正面に夜叉門

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左には鼓楼、右には鐘楼です。

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四体の夜叉「阿跋摩羅(あばつまら)、毘陀羅(びだら)、
烏摩勒伽(うまろきゃ)、犍陀羅(けんだら)」が、安置された夜叉門。

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なかでも、青い「烏摩勒伽」は破魔矢の発祥とされ、
全国でもめずらしい像だそうです。(右手に矢、左手に弓を持ちます)

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そして唐門から拝殿ですが、
拝殿・相の間・本殿と連なる権現造りの独特な建物。

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門前の左右には徳川御三家からの献上という大燈籠。

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唐門をくぐった先が拝殿。
ここがまたたくさんの金彩が使われていて、
別名「金閣殿」とも呼ばれるところ。(もちろん撮影禁止です^^;)

4代将軍家綱によって建造され、
家光の死後も家康に仕えるという遺言により、
建物は東照宮に向いて建てられています。

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建物の外を回って奥の院(本廟)へと行きますが、
拝殿の先ある相の間と本殿。

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そして、御廟前に建つ皇嘉門(こうかもん)。
明朝様式の竜宮造りで竜宮門とも言われます。

家康が祀られている東照宮を凌いではならないという遺言により、
重厚で落ち着いた造りの大猷院ですが、22件の国宝・重要文化財と、
315基の灯籠が印象的な御廟でした。

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