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2019年5月 6日 (月)

ぶらり設楽 山里散策

大型連休も後半に入って、帰省による高速道路の渋滞を気にしながら、
この日は愛知県設楽町へとドライブを兼ねた山里散策でした。
コースは新東名高速道の新城ICから稲武へと走る予定でしたが、
いきなり新東名の事故渋滞で途中から東海環状道へとコースを変更、
国道153号線で稲武から入った設楽町です。
一般道も足助付近は断続的な渋滞で大幅な時間のロスでしたが ><;
稲武からは国道257号線をのんびりと走ります。

名倉川沿いを走って行くとたくさんの鯉のぼりを見つけて途中寄り ^^

Shitara01 

Shitara02
場所は”設楽福祉村キラリンとーぷ”、
そよ風?に泳ぐ鯉のぼりを楽しみながらしばしの休憩。

ふたたび国道を南下し、設楽の中心部田口を過ぎると清崎です。
すでにお昼近くになっていたため、見つけたコンビニで昼食休憩でしたが、
そこで目に入ったのが「伊那街道」の案内板。

これは見ておかなければと ^^;

Shitara03 
少し戻って清崎の伊那街道、野々瀬川に架かる大橋の袂にあった駒札

Shitara04 
川の少し上流に常夜灯がありますが(中央やや左 ^^;)
そこにはかって伊那街道の板橋が架かっていたという。

Shitara05
現在の大橋を渡って清崎の集落を行きます。

伊那街道は江戸期の三河と信濃を結ぶ物流の重要な幹線道路で
すが、
この道はどうやら根羽から分岐し南下してきた道で、津具・田口(設楽町)を経て
吉田(豊橋市)に至る道だということがあとから分かりました。
もう一つは西南に向かい、足助から岡崎・名古屋に至る飯田街道(三州街道)です。


Shitara06 
集落の外れにあった「高札場跡」の駒札。
まぁ、あるのは街道筋に残るこうした”・・・跡”の駒札だけですが、
清崎の集落に少しだけ街道の面影を見ることができます。

このあとは国道に戻り、すぐのトンネルを抜けて「田峯観音」へ。

Shitara07 
先に歴史の里「田峯城」を紹介しましたが、
ここはやはり田峯観音にもお参りしなければとの立ち寄り ^^;

Shitara08 
石段を上った先の鳥居杉をくぐると

Shitara09
正面に本堂
戦国時代の戦いで亡くなった人々の菩提を弔うために創建されたともいわれ、
三河三田楽のひとつである田峯田楽や、
奉納狂言(歌舞伎)などが行われることで知られています。

Shitara10
本堂横にあるのは絵馬堂でしょうか?
軒下や堂内には狂言の写真や、演目札が掛かっています。

Shitara11
歌舞伎が行われる舞台
文久3年(1863)の築、県指定有形民俗文化財だそうです。

田峯の里を散策した後は新東名の新城ICに向かいますが、すぐに新城市。
県道の稲目トンネルを抜けると「四谷の千枚田」の案内板があります。
距離的には約3kmほど、日は長く、まだ立ち寄るだけの時間がありました ^^

下の駐車場は満杯 ><;さらに上の駐車場へ。

Shitara12 
下から眺める千枚田はお馴染みの風景 ^^;ならば上からでしょうか。

Shitara13
千枚田の最上部は右上ですが・・・
さすがにそこまで行く余裕もなく咲いていたレンゲを撮って ^^;

Shitara14
駐車場から少し棚田を下ります。

Shitara15 

Shitara16
戻る時間も考えながらでしたが 、
さすがに人気の千枚田もこの時間はもう静かでした ^^;

Shitara17
すでに一部では田植えも始まっていましたが、
これからが最盛期、もうすぐ苗の植わった水田が見れるでしょう。

この日は一応目的があったんですが、そこはきままなぶらり旅 ^^;
行けなかったところはまたの楽しみにして・・・
戻る新東名高速道は渋滞もなく走ることができました。  📷 3日 

2019年5月 5日 (日)

設楽歴史の里 田峯城

大型連休のなか、時代は平成から令和へと変わって最初のぶらり旅は
近場から花めぐりのスタートでしたが・・・
この日は当初から予定していた愛知県設楽町の山里散策でした。
特に目的はなく、設楽の東部地区を縦断するドライブ でしたが、
ただ、ここだけは立ち寄りたかった歴史の里「田峯城(だみねじょう)」です。

田峯の散策拠点になるのは特産物直売所のある「田峯観音」。
その駐車場から1kmほど、もちろん車でも行けますが、この日は散策 ^^;

Taminec01 
田峯城駐車場の傍にある城の入口、
空堀に架かる橋を渡った大手門跡から城跡へと入ります。

Taminec02
まず最初に見るのが”表曲輪”
その奥が裏曲輪のようですがよく分かりません ^^;

Taminec03
すぐ右に”無名曲輪”とありますが、
狭い地にあり特に名のある曲輪ではないようです。

Taminec04
”井戸曲輪”
井戸跡はなく、雨水などを貯めたところでしょうか。

Taminec05
すぐ上にあるのが”蔵屋敷”跡

Taminec06
ここですぐ上に本丸が見えます。

Taminec07
その下にある”畷曲輪(あぜくるわ)”
田峯では”なわて”を”あぜ”と言う・・・とも ^^;

Taminec08 
石段を登るとここが本丸裏門になる”搦手門”
この先は本丸有料施設) になります。

Taminec09
復元された御殿の西側

Taminec10
その左手には”厩”の建物と右手に城祉碑

Taminec11
御殿を回り込むと左に”本丸大手門”と奥に”物見台”。
厩と本丸大手門は本来あった場所とは違います ^^;

Taminec12
御殿南側からの全景
田峯菅沼氏累代の本城で、文明2年(1470)定信が築城、
奥三河における代表的な山城です。

Taminec13 
御殿西側
城の遺構は残っているものの資料は極めて少ないため、
他の中世城郭を参考にしてこれらの建物が再建されたようです。

Taminec14
御殿の内部、東にある「鍵の間」

Taminec15
西側の部屋は、手前が「二の間」、奥が「上段の間」です。

Taminec16 
物見台からの眺めは急峻な山並みの続く西南部。
麓に流れる寒狭川(豊川)と、
城をいただく山並みがまさに大蛇のようであることから、
別称「蛇頭城(じゃずがじょう)」とも呼ばれていたという・・・。

設楽町田峯の里散策。
そのひとつ、戦国時代の歴史を残す「田峯城」でした。  📷 3日

2019年3月25日 (月)

足助城(城跡公園足助城)

急な寒の戻りのなかで、つぼみと傷んだ花ばかりの香嵐渓のカタクリでしたが、
午後までの時間つぶし?にとハイキングを兼て訪れた「城跡公園 足助城」です。
カタクリ群生地から徒歩40分程とのことで歩きましたが、
城跡公園は標高310mの山頂にあり、途中は少々キツイ坂道もあります。
城址ではハイカーも多くみかけましたが、やはり車がよろしいかと ^^;

その城跡公園 足助城は

Asukec01
案内所のある入口で入城料300円を払って登城します。

Asukec02
登城道を行くとすぐに復元された城郭の南面が現れました。

Asukec03
案内順路に従って西(左)へと行きます。

Asukec04
まず巨石の下にある南の丸腰曲輪1と、さらにその下に腰曲輪2があります。

Asukec05
その間を回り込んだ先には”井戸跡”。
さらにその先で西の丸と西の丸腰曲輪の道を分けますが

Asukec06
先に西の丸腰曲跡に寄り道、
綺麗に整備された城郭のなかの道を戻って行くと・・・

Asukec07
曲輪の上にある西の丸です。
その先に見えるのは”西物見櫓”と南の丸への道

Asukec08
道を突き当ったところの跳ね上げ戸をくぐると南の丸

Asukec09
この曲輪は厨(台所)の役割を持ち、数棟の建物が復元されています。

Asukec10
本丸への道に戻って”南物見櫓”

Asukec11
ここからは本丸に建つ高櫓が正面に見えます。

Asukec12
本丸東側に付けられた道を上がって行くと本丸東側

Asukec13
本丸
飯盛山城を本城に、真弓山城(足助城)、臼木ヶ峯城、大観音城、城山城、成瀬城、
黍生(きびゅう)城の6支城を含めて、足助七屋敷と呼ばれていますが、
足助城の復元に関しては、当初カタクリで有名な飯盛山にとの構想もあったとか。
その後の諸事情により、戦国期の築城になるここ真弓山城に決定。

Asukec14
本丸高櫓と長屋
本格的な山城の整備は全国でも初めての試みという足助城。
足助町制施行100周年を記念して、
平成2年の発掘調査から3年後の平成5年に城跡公園として開園。

Asukec15
高櫓内部の2階部
標高301メートルの真弓山に復元されたその2階からの眺めは360度。


Asukec16
こちらはその西側から眺める足助の町並みです。

Asukec17
本丸をあとに、東側の堀切に付けられた道を戻ります。

Asukec18
最初の案内場所に戻って振り返った本丸東側城郭部。

戦国時代に西三河の山間部に勢力をもっていた鈴木氏が、
15世紀以降に築城した跡と考えられるという足助城。
山城では珍しく、発掘調査に基づいて忠実に復元された建物と、
素晴らしいその縄張りを堪能しました。  📷 23日

2019年1月31日 (木)

雪山散策 御在所岳

このところ少し荒れ気味だった鈴鹿の山々でしたが、
この日は朝から快晴、すでに3度目ですが雪の御在所岳散策です。
山頂は 天候晴れ 気温3℃  積雪50cm 風弱い(6m)  樹氷なし
ということで・・・何も見どころのない山上公園でしたが、
このところあまり出かけることもなく、運動にはちょうどいい雪上歩き。

いつものコースを行きますが、この日は途中からです ^^

Gozaishos01

中道登山道下山口から散策路へと出たところですが、
この日は積雪が残ったままで、木々に樹氷はありません。

Gozaishos02

スキー場です。
すでに上級者用ゲレンデも滑走可でしたが、
この日は初級者用にもスキーヤーの姿はありません。

Gozaishos03

山頂への散策路、新しく降った雪のため積雪はかなりありますが、
この日も途中からは未整備のままです ^^;

Gozaishos04

この日は登山者よりもスノーシューで歩かれる方が多く、
雪の深いところではやはり効果があるようです ^^;

Gozaishos05

「国定公園記念広場」から「長者が池」へと下る人たち、
歩かれているところはもちろん遊歩道(見えませんが)外。
この日の散策路にはスノーシューやワカンの跡が多くありましたが、
その上を歩けば多少は足の運びが楽になります ^^;

Gozaishos06

御嶽大権現への道筋に出来ていた雪紋(風紋)、
ここは風の通り道だけによく見かけますが、まだ紋も浅いです。

Gozaishos07

この日の「御嶽大権現」、周りにはまだ足跡が少ないですが、
ここまで来る人はやはりスノーシューを履いた人たちでした。

Gozaishos08

雪紋

Gozaishos09

戻る道からこの日の山上、望湖台から一等三角点、

Gozaishos10

正面に雨量レーダーとロープウエイ山上駅です。

Gozaishos11

いつもは先に立ち寄る「一等三角点」と奥に「望湖台」、
この日は御嶽大権現からの帰りでした。

Gozaishos12

望湖台

ここに来るまでは雪が多く少々苦労しましたが、
谷側に雪は少ないのは風で飛ばされたためでしょうか?
ここにはわずかに溶け残った樹氷があります。

Gozaishos13

これは望湖台の岩にできた氷柱。
樹氷ならぬ岩氷?でしょうか ^^;
吹き上げてくる北風に向かってできたエビの尻尾です。

Gozaishos14

溶け始めていて、もう樹氷とはいえませんが・・・一枚!

Gozaishos15

こちらはちょっと鳥にも見えた面白い雪の造形?でした。


この日もただ歩くだけの御在所岳でしたが、
スノーシューでのスノーウオークをされる人たちを見ていると、
できればいつかやってみたくなりました  ^^;     30日

2019年1月28日 (月)

花めぐり

週末は思わぬ寒波到来で久しぶりに雪になりましたが、
年齢でしょうか? 雪景色を撮りに遠出をする意欲もなく ><;
とはいえ、晴れるとやはり出かけたくなります。

この日は快晴の天気!久しぶりに菜の花でも見に行こうかと、
出かけた愛知県日進市にある「愛知牧場」です。

Aichib01

晴れた日の菜の花

Aichib02

愛知牧場の花畑に、新年最初に咲く花ですが

Aichib03

Aichib04

満開の菜の花を見ていると
寒さも忘れて気持ちも暖かくなります。    27日

  ~~~~~

ここからは最近出かけた花どころ?^^;
まだまだ咲き始めでしたが、情報として載せる花だよりです ^^

Sansenp01

こちらは岐阜県海津市にある「木曽三川公園センター」

Sansenp02

26日(土)から始まった冬のイベント”春こいフェス”ですが、
アイスチューリップはまだ咲き始めたばかりで花は少ないです。

ここにはスイセンも咲きますが

Sansenp03

季節的には待ち遠しい梅の花

Sansenp04

芝生広場の久し側にある紅梅が見ごろでした ^^    24日 

  ~~~~~

変わって滋賀県米原市大久保地区に咲くセツブンソウです。
今年は雪が少なかったのか、里に残雪はありません。

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セツブンソウが最初に咲くのは「長尾護国寺の毘沙門堂」裏

Okubo02

まだ自由見学になる「ふれあい月間」の前ですが、ちらほらと・・・

Okubo03

Okubo04

やはりこの花は節分のころから咲きだすようで、
メインの自生地にはつぼみもありませんでした。    25日 

満開の菜の花を見て、少し撮りためた花のなかから、
これから見ごろを迎える花だより!でした ^^; 

2019年1月26日 (土)

湖北のコハクチョウ

今年もまた琵琶湖に冬の使者コハクチョウがやってきたとの情報に、
何度か出かけてはいるものの、なかなか見る機会がありませんでした。
どうも出かける時間が遅いこともあるようですが、
この日も同じ時間、長浜から湖岸道路を湖北へと走ります。
やはり早崎ビオトープにはそれらしき姿がありません。
着いた「湖北野鳥センター」、
湖岸でカメラをセットしたした人たちを見て、チョッと期待しながらでした ^^;

Kohokuh01

この日の竹生島
湖面も静かで風もほとんどなく、条件は良し!^^
少し南に下ったところに・・・

Kohokuh02

いました!
それほど多くはないですが、約10羽ほどのコハクチョウ。

Kohokuh03

今季初めてのご対面!です ^^; 子供もいます。

Kohokuh04

飛ぶ鳥はカモたちですが、
こうなるとあとは飛ぶコハクチョウが撮りたいと

Kohokuh05

こればっかりはただ待つしかないんですが・・・
皆さんみたいにじっくりと構えるほどの気力もなく、
湖岸を行ったり来たりするばかり。

Kohokuh06

突然でしたが、いきなりヨシの中から飛び出した2羽です。

これは最短距離で撮れるチャンスでしたが、
残念ながらカメラのスタンバイできていなくて、まずはボケ写真から。

Kohokuh07

だんだんと遠くなるコハクチョウ。

いつもながら我が望遠レンズではもう限界の距離 ><;
とにかく後処理のことを考えながらあとは追っか撮りまくりです。

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ここからは切り取りで処理していますが

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コハクチョウの飛翔!

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真上を通過!

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去ってゆくコハクチョウ。
今季初の出会いでしたが、飛行も撮れてラッキーな日でした。

まだまだ数も少ないコハクチョウでしたが、
次回は集団の飛行を見てみたい・・・欲が出ました  ^^;    25日 

2019年1月17日 (木)

西国三十三所 31番長命寺

この日は滋賀県近江八幡市の琵琶湖に浮かぶ「沖島」でしたが、
ちょっと予定していた通船時間に間に合わず、次の便までは1時間半ほど。
時間を待つ間に立ち寄ったのは近くにある「長命寺」です。
もう何度も訪れているところですが・・・、
沖島での散策に備えて?ちょっとウオーミングアップも兼ねていました ^^;

長命寺は西国三十三所の第31番札所で、
30番札所の竹生島宝厳寺から船で港に着くと、808段の石段を登って
山腹にある各諸堂へと参拝することになります。

Chomeiji01

それがこの石段登り ^^;
今は近くまで車で行くことができますが、
健康のためにとわざわざこの急階段を登って参拝する方も多く、
片道約20分、参拝も含めてちょうどいい時間になります^^

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途中にある石造りの冠木門

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登り始めてから15分ほどで山門下に出ますが、
ここが車で来る駐車場のところ、ここからの石段は残り100段ほど。

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すぐに山門

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くぐると右手に手水舎

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最後の石段を上ると目の前に三重塔

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その左手には護摩堂があります。

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戻れば本堂南面下

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そして、奥に建ち並ぶ諸堂は手前から三仏堂 、
渡り廊下を挟んで
護法権現社拝殿、一段高いところに鐘楼です。

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まずは本堂に参拝して奥にある諸堂を巡拝していきますが

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境内から眺める琵琶湖。

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石段を少し登ったところの妙法行堂と鐘楼

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さらに西に行くと太郎坊権現社に出ます。

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ここは諸堂以外にも境内各所にいくつかの巨岩があり、
かつての巨石信仰の名残と考えられている・・・とも。

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今回は境内から眺める琵琶湖の景観を楽しみましたが 、
特にこの太郎坊権現からの眺めは抜群です ^^;

808段の石段は、その数以上に急な登りでかなりきついですが、
この眺めを見ると疲れも癒されます。

戻る石段、その途中から分かれる道がりますが

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この道は次の32番札所「観音正寺」へと続く西国古道で、
今でも歩いて巡拝される方々への道しるべがあります。

この日はちょっと急ぎ足で参拝した「長命寺」でした。 
 14日

2019年1月 3日 (木)

雪が舞う新春の御在所岳

例年は年末に出かけていた雪の「御在所岳」でしたが、
昨年は雪が降るのが遅くて出かけられず ><;
今年は年明けに積雪を確認して新年早々から御在所岳です^^;

出かける前の情報では、すでに山頂は雪!との情報でしたが、
菰野の町に近づくにつれて小雪混じりになります。
ロープウェイ駅から眺める山町周辺はすでに霧のなかで、
午前9:00現在の山頂の天候は
” 雪 視界不良  気温-3℃ 積雪30cm 風やや強い”でした。

Gozaisho01

小雪混じりの霧で霞む6号鉄塔

それでも山頂を目指す家族連れが多いのは、
2日にオープンしたスキー場が目当ての人たちでしょうか?

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この日の「朝陽台広場」
雪はたいしたことはありませんが・・・風があります。

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「富士見岩展望台」
周りはな~~んにも見えません ><;

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登山道から散策路に戻って樹氷のトンネルですが・・・
この辺りには誰もいません。

Gozaisho05

スキー場は初級ゲレンデ

Gozaisho06

そしてちびっこソリ広場、
やはりスキー場がオープンすればこちらがメインでしょうか ^^;

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今年の「氷瀑」は場所が変わっていて、
ちびっこソリ広場の東側、展望レストラン”ナチュール”の下です。
ここまでは足元も気にすることなく散策できます。

Gozaisho08

ここからは山頂への散策路、積雪は30cm。
踏み跡を行けば歩くには問題ありません。

Gozaisho09

山頂
動き回ると膝下まで足が埋まるところもあります。

このあとは新雪の道を行くため、
ここで念のため軽アイゼン(4本爪)を付けました。

Gozaisho10

「望湖台」も小雪が吹雪き、濃い霧の中で何も見えません。

Gozaisho11

山頂からの道は新雪が積もっていて、踏まれていても要注意です^^;
山頂まで戻って

Gozaisho12

「鈴鹿国定公園記念碑広場」へと行きますが・・・
この先、積雪わずか30cmの雪ですが新雪はまた別、
ラッセルする力もなく挫折しました  ><;

散策路に戻って「御嶽大権現」へと行きます。

Gozaisho13

ところがここもまた途中まで ><;
残念ながら神社をすぐ目にして先に進めず、また挫折。

ここは風の通り道だけに吹雪いていたこともありますが、
それにしても体力の衰えを痛感です。
雪の御在所岳、晴れた日にあらためて訪れます ^^;    3日 

2018年12月29日 (土)

伊勢市有滝町

伊勢市有滝町。伊勢市の北部、伊勢湾海岸沿いの外城田川左岸にあり、
右岸にある東豊浜町の土路、西条の港区からなる
広範囲の漁港のひとつで、有滝漁港(豊北漁港)があります。

また、ここは「山田奉行所」発祥の地でもありました。

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有滝町民会館の一画にあるその案内板

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外城田川河口部と有滝漁港(豊北漁港)

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本能寺の変に遭い、白子から脱出した徳川家康が
一番感じていたのは伊勢湾入り口での海上警備だったのでしょうか。

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そのため慶長11年(1606)、徳川家康はその遠国奉行として、
取り締まりに適したここ有滝に山田奉行所を開きます。

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江戸より支配御組頭4人、与力6騎、同心20人、
四日市より水主40人が派遣され

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軍船2隻、関船7隻を擁したという。(一部山田記念館HPから抜粋)

その後、災害による被害もあり、
奉行所は現在の伊勢市御薗町小林に移されます。


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その御園村にある「山田奉行所記念館「(平成11年2月撮影)

思い出したように訪れた伊勢市有滝町。
初めて知った「山田奉行所」発祥の地でしたが、
有滝堤防はファミリーフィッシングでも人気だそうです ^^

2018年12月26日 (水)

小牧山(小牧山城跡)

久しぶりにお城めぐり・・・、と言っても市街地にある城跡公園、
小牧市の中心部にある小牧山(小牧山城)」です ^^;
この日は小牧から犬山へと名鉄小牧線の沿線旅で電車でGO!

小牧駅から西へと真っ直ぐに延びる観光道路?
”信長公 夢・チャレンジ街道”を行きます。

Komakip01

途中から見る小牧山山頂(85.9m)の天守閣風建物は
昭和42年(1967)に建てられた小牧市歴史館。

Komakip02

道は小牧山城跡東側にある山北橋口で、
城跡(小牧山緑地)の帯曲輪群跡が広がる虎口跡に。
登城道は北の搦手口と南にある大手口がありますが、
今回も大手口から登城するため帯曲輪跡を南へと回り込みます。

Komakip03   
咲くサクラはシキザクラ ^^;
今は小牧山緑地として公園整備された小牧山、
春には桜の名所として知られています。

Komakip04

帯曲輪の南詰にあるこの場所は「織田信長公居館跡」。
小牧山城は桶狭間の戦いで勝利した織田信長が、
その後、美濃平定の拠点として永禄6年(1563)に築城。
後の小牧・長久手の戦いでは徳川家康軍が本陣を置いて、
犬山城の豊臣秀吉軍と対峙しすることになります。

Komakip05

周囲を取り囲むようにある塀と土塁は、
その徳川家康軍が小牧・長久手の戦いのときに築いたもの。

Komakip06   
大手口から延びる大手道

この日は11年ぶりの訪問でしたが・・・
以前は市役所の建物の一部があった記憶がありますが、
その場所は綺麗に整備されています。

Komakip07   
右手には土塁と塀
東口から入る道からも”桜の馬場”から大手道に合流しますが、
桜の馬場跡は遊園地になっています ^^

Komakip08

道を直進しても山頂に出ますが、大手道は途中で右に折れ、
九十九に折れる道を少し登ると主郭跡の下に出て

Komakip09

ここで初めて天守?を見ることになります。

Komakip10

主郭部周辺ある多くの裏込石や、石垣の転落石、
石垣の一部は発掘調査で出土したもの。

Komakip11

戦国時時代の城郭は土塁や空堀を主に築城されていて、
こうした石垣での築城は織田信長によるもの。

Komakip12

山頂に建つ「小牧市歴史館」

Komakip13

下る道にも”裏込石”がありましたが、
これらの石は石垣が復元されるときに戻されるとか。

Komakip14

天守を巻くように搦手口への道を下ります。

Komakip15

途中、表口に出る「観音洞」への道を分けると

Komakip16

すぐに搦手口
この先”井戸跡”を見ながら帯曲輪群の道を山北橋口へと戻ります。

信長はこの城を拠点に美濃の稲葉山城(岐阜城)を攻め落とし、
岐阜に移住したため小牧山城は約4年間で廃城。
その後、小牧・長久手の戦いで家康によって改修されます。
小牧山、次はサクラ咲く春に訪れたいところです ^^;    24日   

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