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2017年8月21日 (月)

芭蕉を歩く  須磨

ブログ開設12周年を前に出かけた芭蕉ゆかりの地”明石・須磨”。
なぜか節目の周年になるとここが真っ先に思い出すところで、
今回は5周年以来3度目の再訪でした。
明石はまた違った角度で載せてみましたが、
須磨は2度めの再訪で詳しく載せていて、新鮮味もありませんが、
それなりに写真を変えての紹介になります ^^;

明石から山陽電車で「須磨浦公園駅」に戻ります。

Suma01

駅から鉢伏山ハイキングコースの道をしばらく行くと

Suma02

目の前が開けた場所に
蕪村の「春の海終日のたりのたりかな」の句碑があります。

その少し先、みちが大きくカーブする奥に

Suma03

”蝸牛(かたつむり)角ふりわけよ須磨明石”(笈の小文)の
芭蕉の句碑が隠れるようにあります。

さらに、少し上った斜面には

Suma04

正岡子規と高浜虚子の師弟句碑
”ことづてよ 須磨の浦わに 晝寝すと 子規”
月を思い 人を思ひて 須磨にあり  虚子”や、
他にもたくさんの碑があり、
何やら文学の散歩道かと思うほどです ^^;

この日もここまででしたが戻る道、
芭蕉句碑のあるすぐ前ですが・・・

Suma05

目の前に広がる瀬戸内海を見下ろす展望所で、
素晴らしい景色を眺めながらひとときの休憩でした。

戻って、国道2号線沿いにある「敦盛塚」へ。

Suma06

一の谷の合戦で源氏の武将熊谷直実に討たれ、
16歳で命を落とした平敦盛を供養するために
建てられたという(異説もあり)大きな五輪塔です。

ここから須磨浦公園を通り抜けて「須磨寺へと行きます。

Suma07

Suma08

公園の途中にある一の谷古戦場「源平史蹟 戦の浜」の石柱、
この辺りが源平の戦いの舞台となったところ。
芭蕉「笈の小文」でも、最大の目的地であったところだけに、
特に詳しく書かれた文にその思いが感じられます。

あとは須磨寺まで約2kmほどですが・・・
この日はまた、ムチャ暑い日になりました ><;
途中、「山陽須磨駅」の先で北に折れ、
山陽電車の線路をくぐるとすぐにある「現光寺」。

Suma09

源氏物語の主人公光源氏が住んだと伝えられ、
「源光寺」、「源氏寺」ともよばれていた・・・と。

Suma10

芭蕉も旅の途中、ここの庵に泊まっています。

Suma11

境内にある芭蕉の三段切名句
「見渡せば ながむれば見れば 須磨の秋」の句碑。

そして「須磨寺」

Suma12

龍華橋を渡って「仁王門」をくぐり、
左右の塔頭を見ながら行くとある「源平の庭」

Suma13

Suma14

一の谷の合戦で、
熊谷直実が平敦盛を呼び返す場面が再現されていますが、
三度目とはいえ、やはり記憶に残るところです。

Suma15

あとは唐門から本堂

Suma16

弁慶の鐘

Suma17

「義経腰掛の松」と「敦盛首洗池」

Suma18

三重塔

そしてその奥にある「敦盛首塚」です。

Suma19

説明板には「首と胴を別々埋葬し胴塚は一の谷にあり」とありますが、
胴塚は須磨浦公園にあった「敦盛塚」がそれ。

さて、長々と書いてきましたが、
この日の目的はやはり芭蕉句碑 ^^;

Suma20

参拝客も少なく静かな本坊前、
その左手(写真奥)の木立のなか

Suma21

「須磨寺や 吹かぬ笛きく 木下やみ」(笈の小文)。

須磨寺の木陰のなかで往時を思い出していると、
笛の名手、平敦盛が吹く笛の音が聞こえるようだ・・・
と、いうことでしょうか。
「笈の小文」の終章は平家終焉の入水の様子で結ばれています。

芭蕉ゆかりの地須磨・明石3度目の訪問でした。 camera 19日

2017年8月20日 (日)

芭蕉を歩く  明石

芭蕉紀行文集の地を追っかけて始めたブログでしたが、
今年でいつの間にか12年となり、周年記念ではありませんが、
これを機にあらためて思い出の地でも歩こうかと思い・・・
まずはと、出かけたのは明石、須磨。
7年前のブログ開設5周年以来、3度目の再訪でした。

Akashib01

明石駅から15分ほどの柿本神社へと行き、
東参道の鳥居をくぐります。

Akashib02

長~い石段の参道を登ると、
左に明石市立天文科学館の日本標準時大時計塔が高く聳え、
山門前に「蛸壺やはかなき夢を夏の月」の芭蕉句碑があります。

Akashib03

芭蕉「蛸壺塚」と句碑
”蛸壺やはかなき夢を夏の月”

Akashib04

すぐ前にある天文科学館のドーム越しには淡路島と
明石海峡大橋が見える高台の絶景の場所である。
と、まあ芭蕉関係はこれだけですが・・・あとは周辺を散策。

Akashib05

すぐ側には愛称「トンボの標識」といわれている、
東経135度の子午線の位置を示している「日本子午線標準時柱」です。

そして、句碑の後ろにある「柿本神社」

Akashib06

詳しい説明は省きますが、祭神はあの歌人柿本人麻呂。
明石城築城に際して人丸塚とともにこの地に移されたということですが、
芭蕉がここを訪れたのはその人丸塚という。

Akashib07

まぁ、あとは神社仏閣の紹介になりますが、
神社本殿よ子にあるのは”盲杖桜(もうじょうざくら)”。

Akashib08

こちらは”八房の梅”
これは隣にある「月照寺」のウメと絡むためのちほど ^^;

Akashib09

そして御神木の”筆柿”と、木が多いですが

Akashib10 Akashib11

こちらは”石造狛犬”で右が”阿形”で左が”吽形”の一対、
宝暦4年(1754)の銘があるという明石市内では最古のもの。

Akashib12

その隣にある「月照寺」
こちらも明石城の築城により、人丸社とともにこの地に移され、
文人墨客の来訪絶えることがなかったという由緒あるお寺ですが、
明治の神仏分離により人丸社が柿本神社となる。

Akashib13

本堂前にある”八房の梅”は
穂四十七士の一人、間瀬久太夫が大石内蔵助良雄と共に、
素願の成就を祈り、持参の鉢植の梅を手植したものという。

そして山門

Akashib14

伏見城の薬医門 明石城の切手(きって)門として二役を果し、
明治初年ここに移されたものとか。

門横から西参道を下ると

Akashib15

鳥居下にあるのが名水「亀の水」。
元和7年(1621)から湧き出る清水で枯れることもなく、
万病にきくといわれているそうです。

芭蕉が旅した最西端の地としての明石は、
その紀行文集「笈の小文」でも”蛸壺や・・・”の句だけと寂しいですが、
やはり須磨での思いが芭蕉には強かったようです。 camera 19日

2017年7月15日 (土)

伊吹薬草園から山室湿原

この日は「伊吹の里・旬彩の森」で買い物でしたが、
そのついでに立ち寄った「伊吹薬草園」と、
以前に訪れたばかりの「山室湿原」に再訪でした。

今はまだ、あまり花は咲いていませんが、
まずは米原市春照にある「伊吹薬草園」から。

Ibuki

「伊吹薬草の里文化センター(ジョイいぶき)から眺める
この日の伊吹山。
ここに併設されている「薬草園」にはハーブと、
伊吹山に咲く花を見ることができます。

Ibuki01

そして、伊吹山といえば今はこの花、
イブキジャコウソウ ^^;

Ibuki02

まだ咲き始めとはいえ、
山頂よりひと足早く花が楽しめます ^^;

Ibuki03

エゾフウロ

Ibuki04

ハクサンフウロ
残念ながらイブキフウロはまだ咲いていません。

Ibuki05

トモエソウ

Ibuki06

コオニユリは一輪だけ

Ibuki07

クルマバナ

他にもユウスゲ、キバナノカワラマツバ、ホタルブクロなど。
やはり夏の花はまだ咲き始めでしたが、
少しだけ山の花を楽しみました。

ここから南へ少し走って、
同じ米原市山室にある「山室湿原」。

Yamamuro01

5月に一度来ていますが、
この時期もまだ咲く花はまだ少なく

Yamamuro02

第一湿原の今はこのミカズキグサでしょうか。
ハッチョウトンボも見つけるのが大変 でしたが ^^;

Yamamuro03

Yamamuro04

何とか見つけることができました ^^;

Yamamuro05

他には可憐なモウセンゴケの花が咲きます。
これがまた小さい花で撮るのにひと苦労 、
ソフトホーカスではありませんが、ボケていい感じです ><;

Yamamuro06

ヒツジグサも少しだけ

Yamamuro07

ノギランもはまだ咲き始めです。

第四湿原から第五湿原への道

Yamamuro08

ここにカキランの群生がありました。

夏の湿原に咲く花はここもまだこれからですが、
その前に下見を兼ねた「山室湿原」。
蒸しかえるような暑さはすでに夏本番!でした。 camera 13日

2017年6月14日 (水)

坂本の棚田

「亀山公園花しょうぶ園」から向かったのはこちらも亀山市、
安坂山町にある「坂本棚田」です。
田植えが終わった後の棚田は何度か訪れていますが、
6月に訪れるのは初めてでした。

すでに早苗もかなり成長して、青々とした水田を見ながら、
この日は集落を抜けて行き、
最上部にある野登山登山口まで行きました。

Sakamoto01

久しぶりに見る登山道口(左)、
分岐の脇にあるのは二つに折れた石の道標。

Sakamoto02

すぐ傍にある棚田を見て
いつもの「坂本農村公園展望台」へと戻ります。

Sakamoto03

坂本農村公園展望台

Sakamoto04

見下ろす棚田
これまでは水が張られた水田の早苗でしたが、
いまはすっかり緑が濃くなっています。

Sakamoto05

Sakamoto06

その中心部
展望台から棚田のなかに続く道へと下ります。

Sakamoto07

道沿いに咲くアジサイはまだ咲き始め

Sakamoto08

Sakamoto09

遠くに見えるのは新名神高速道・亀山西JCTの工事現場。
今、平成30年度の開通を目指して建設が進んでいます。

棚田に目を移せば

Sakamoto10

Sakamoto11_2

水田の湾曲に沿って植えられた苗と美しい石垣に、
何度も足が止まります。

Sakamoto12

Sakamoto13

そんな棚田を見ながら下る道。

Sakamoto14

苗が植えられた棚田のいちばん下、
見える山は野登山、右端に坂本の集落です。

この日のひと花!

Sakamoto15

水路の傍に咲いていた”ウツボグサ”です ^^;

初めて緑の時期に訪れた坂本棚田でしたが、
田植えの終わったばかりの棚田とはまた違った、
初夏の棚田が楽しめました。   camera 11日

2017年6月 5日 (月)

山中城跡

静岡県三島市山中新田にある「山中城跡」。(国指定史跡)
小田原城の西方を防御する城として、
後北条氏により築城されますが、天正18年(1590)、
天下統一を目指す豊臣秀吉の大軍の前に、
わずか半日で落城したといわれる悲劇の城です。

現在は城跡公園として綺麗に整備されていますが、
旧東海道箱根越えの途中に立ち寄りました。

Yamanakac01 
駒形諏訪治神社と右に八坂神社

この日は三ノ丸にある正面の登城口からではなく、
旧東海道沿いの「駒形諏訪神社」参詣口からの登城です。
 ※ 城跡全体図はこちら から

Yamanakac02

神社の左手にあるのが「兵糧庫」。
その右手に数段の小曲輪があり、その上が本丸になります。

Yamanakac03 

本丸跡

Yamanakac04

右手の高台へ行くと

Yamanakac05

天守台跡があります。
その先を下りると

Yamanakac06

本丸と北ノ丸を結ぶ架橋

Yamanakac07

渡ると北ノ丸跡
このまま後ろにある散策道を行くと、
外周散策道から西の丸へと行けますが・・・戻って本丸へ。

Yamanakac08

あらためて、ここ本丸跡から西に続く城跡を行きます。

城は標高540mにある岱崎(だいさき)出丸から、
580mの西之丸に至る尾根上に築かれた山城で
土塁と堀で構成されており、
石垣と水堀がないというのが大きな特徴です・・・と説明に。

Yamanakac09

本丸と二ノ丸を結ぶ土橋(今は木橋)の下には
綺麗な畝掘の本丸西堀。
城跡跡は芝生が張られていて実に綺麗ですが、
ここはまだ芝も養生中でしょうか。

Yamanakac10

架かる橋を行くとその先は二ノ丸で、
先に見える小高い場所が二ノ丸櫓台。

Yamanakac11

二ノ丸櫓台から堀を挟んであるのが元西櫓、
手前左に見える架橋の手前には二ノ丸虎口があります。

Yamanakac12

二ノ丸堀もまた畝掘で造られていて


Yamanakac13

その堀を、
二ノ丸虎口から架橋を渡って元西櫓へ。

Yamanakac14

元西櫓跡

Yamanakac15

元西櫓と西ノ丸の間は深い空堀になっていて、
今は散策路で結ばれています。

Yamanakac16

その道をいったん下って上り返すと西ノ丸。
テレビで見たころの城跡はまだ土がむき出しでしたが、
今は緑の芝生が綺麗な広場?になっています。

Yamanakac17

西ノ丸見張台からは真下に西ノ丸堀の一部が見えますが、
これも畝掘のひとつ、北条流障子堀とか。
その堀を見に西ノ丸の南側を回り込みます。

Yamanakac18

その南側にある散策路から、
堀の周りに植えられたツツジはもう終わりでしたが、
季節なら堀とともに綺麗だったでしょう。

Yamanakac19

西ノ丸南側の畝掘

Yamanakac20

こちらは西側にある障子堀。
堀の中を区画するように掘り残すことで、
障子の桟に見えることからそう呼ばれているようです。

Yamanakac21

山中城跡の最西端です。
右奥に富士山が見えるはずですが・・・この日は残念 ><;

今回は三の丸跡と岱崎(だいさき)出丸は外しましたが、
見事な堀と、美しい山中城跡でした。   camera 5月31日

2017年5月31日 (水)

達目洞の自然環境保全地区

岐阜市の金華山東山麓にある達目洞(だちぼくぼら)。
里山の自然を今に残すというこの地には
金華山を水源とする湧水が逆川(さかしまがわ)となり、
その清流にヒメコウホネが自生するという・・・。

バラ園を楽しんだあとは、
少し手前にある達目洞の自然を楽しみました。

Dachibokun01

解説板と、この木道がなければ、
ただの湿地帯と思ってしまいますが

Dachibokun02

木道の先にある散策路沿いには
その清流?逆川があります。

Dachibokun03

そこに咲くヒメコウホネ
コウホネより全体的に小さいためヒメ(姫)コウホネと言われ、
絶滅危惧II類の希少品種。

Dachibokun04

茎の先から一輪の花を咲かせますが、
花弁のように見える部分はガク片で、
その中にたくさんの花弁があります。

この日はまだそれほど咲いてはいませんでしたが、
開花時期は5月から10月ごろまで。

Dachibokun05

石橋で休むのはオオカワトンボ

Dachibokun06

東側から逆川
きれいに草が刈られた散策路を回って行きます。

Dachibokun07

ノアザミとモンシロチョウ
撮りたいときはなかなか飛んでくれません ^^;

Dachibokun08

ノイバラ

Dachibokun09

テントウムシ
ナナホシでしょうか?星を数えていませんでした ^^;

Dachibokun10

野イチゴ

まぁ、らしき野の花はありませんでしたが、
それなりにフィールド遊びでした。
そのまま散策路の北の端に出ます。

Dachibokun11

そこに民家が一軒ありましたが、
咲いていたバラに思わず表に回り込みます。

Dachibokun12

玄関
見せてもらっていいものか?どうか、
思案していたら数人の見物客が。

Dachibokun13

どうやら先に見たバラ園から回ってこられたようで、
自由にご覧くださいとのこと。

Dachibokun14

遠慮なく見せていただきましたが、
こちらも小さいながら見ごたえのあるバラの庭です。

Dachibokun15

この日の目玉?
名札には”スーパーグリーン”とありました。

達目洞(だちぼくぼら)の自然を楽しみにきましたが、
最後もやはりバラの花でした。
ヒメコウホネは季節を変えて再訪です ^^;  camera 29日

2017年5月25日 (木)

山室湿原・米原市

滋賀県米原市山室にある「山室湿原(やまむろしつげん)」。
東西約90m、南北約170m、周囲約500mの小さい湿原ですが、
約2.5万年前にできたと考えられているという・・・。

以前は車で近くまで行けましたが(地道に駐車 ^^;)、
今は傍を通る新幹線南側の道に縦列駐車して、
約10分ほどを歩きます。

Yamamuro01

東に広がる田園地帯と伊吹山を眺めながら、
農道を行くとひとつめの防御柵があります。

開けてさらに行くと

Yamamuro02

山室湿原の入り口

この季節の湿原は何も期待できないか?と思いながら

Yamamuro03

整備された木道を行きます。

Yamamuro04

たくさんのニガナが咲くなかに

Yamamuro05

まだ咲き始めたばかりでしょうか、
淡い紫色のトキソウが迎えてくれました ^^;

Yamamuro06

それ以外にらしき花はありません。

いくつかに区分けされた湿原を見て行きます。

Yamamuro07

西側にある第五湿原に咲いていたカザグルマ。

戻って東側にある湿原に出ると

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捕虫葉を出し始めたモウセンゴケです。

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まだ花は咲いていませんが、
露に濡れたような捕虫葉が綺麗です。

さらに、この区域には
すでにたくさんのハッチョウトンボが飛び交っています。

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いきなり交尾中のハッチョウトンボに慌てました。
ボケボケですが・・・
このトンボ、いろんなところで見てきましたが
交尾中の撮影は初めてです ^^;

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よく見ると空中で飛び交いながら交尾しますが、
それを撮るのはとても無理で、一瞬止まったところです。
これもすぐに離れるため焦ります ><;

Yamamuro12

で、いつものように動かないハッチョウトンボ ^^;

Yamamuro13

この日は先客がひとりだけの静かな湿原でした。

ハッチョウトンボの交尾、
できればもういちど撮影に挑戦したいと思いながら引き揚げます。

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車に戻る道から傍を走る新幹線。

Yamamuro15

Yamamuro16

伊吹山に残雪が残り、桜の咲くころには、
この辺りも多くのカメラマンで賑います。

ちょっとまだ、花には時期外れかとも思いましたが、
思わぬハッチョウトンボにも出会え、貴重な写真も撮れ、
うれしい誤算の山室湿原でした。   camera 23日

2017年5月24日 (水)

蘭丸ゆかりの城下町 兼山

チョッと日が経ちましたが、
岐阜県可児市兼山に「美濃金山城跡」を訪ねたあと、
麓にある兼山地区を散策していました。

ここは森氏一族の城下町でもありますが、
特に知られているのが森蘭丸。
そのゆかりの地として町なかの散策コースが設定されています。
今回はその一部を歩いてみました ^^;

Morikane01

スタートは「兼山歴史民俗館」の裏手にある道筋からですが、
建物はその歴史民俗館。
裏から見ると3階建てで懸け造りと呼ばれる建物だそうですが、
表からは2階建て、それは最後に ^^

ここから寺の町らしく、専養寺、浄音寺、森立寺と
お寺が並びますが・・・目的はその先。

Morikane02

木曽川の流れが止まった感のある澱みの場所がありますが、
ここが「兼山湊跡」。

Morikane03

常夜灯と湊跡の名残を残す石畳

兼山は水運で栄えた町でもあり、
物資が集まる要衝の地でもあったようです。

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上流に架かる下渡橋

Morikane05

下流には東海環状道の高架橋

今は上流に今渡ダムができて静かですが、
それまでは流れの激しい急流であったという・・・。

湊跡から県道を1本渡山沿いの旧道へ。
さらにや間際に行くと「貴船神社」がありますが、
今回は旧道を東へと戻ります。

Morikane06

すぐにある「可成寺(かじょうじ)」は、
”森可成(もりよしなり)菩提寺”。

Morikane07

2代目の森長可が初代金山城主森可成の菩提寺として創建。
山門前には「森可成、長可(ながよし)公廟所」の碑。

そして

Morikane08

その前には”筆塚”と”芭蕉翁の墓”碑です。

Morikane09

本堂
その右手から裏手にある墓地へと行きます。

Morikane10

苔むす墓地を通り抜けた最奥にある廟所。
主面には、左から長可、可成、父・可行に可成長男可隆。
そして右には

Morikane11

坊丸、蘭丸、力丸兄弟の墓石でした。

可成寺からさらに東へ行くと、常照寺、西念寺があります。

Morikane12

鐘楼門のある「常照寺」は、
長可、蘭丸の母、妙向尼(みょうこうに)の菩提寺。

とにかく、ここもお寺の多い町ですが、
それぞれに見どころのあるお寺です。

Morikane13

町なかも少し紹介しますが・・・蔵です ^^;

Morikane14

この道筋は城下町らしい雰囲気が残ります。

Morikane15

歴史民俗資料館に戻ってきました。
もともとこの建物は
町民の寄付により建てられた、
兼山小学校の校舎跡だそうで、素晴らしい建物でした。

町の散策はさらに東へと続き、
さらに「六角堂」、「
戸立観音」などの見どころもありますが、
今回の城下町兼山散策はここまででした。  camera 17日 

2017年5月23日 (火)

西尾いきものふれあいの里

西尾市のバラを楽しんだあとは
歴史公園周辺でも散策しようかと思っていましたが、
ふと目にした「西尾いきものふれあいの里」の案内に。
新緑のなかで里山の自然との触れ合いもいいかと・・・、
名前に魅かれて走った「ふれあいの里」です。

Nishiof01

その拠点になる「ネイチャーセンター」。
「いきものふれあいの里」はこの傍にある
小草池周辺をめぐるセンターゾーンと、
万燈山(146m)周辺をめぐるサブゾーンがあります。

そのネイチャーセンターの前にあるのが
ビオトーブガーデン。

Nishiof02

カキツバタにキショウブはすでに終了していますが

Nishiof03

ナガバオモダカの群生

Nishiof04

そしてスイレン、
これからハナショウブも咲くようです。

ここから案内に従って里山エリアへ

Nishiof05

道を上がると”小草池”
灌漑用のため池として造られた池のようですが、
左右に分かれる道を左へ行きます。

Nishiof06

その先にあるのが里山エリアで、
整備されたこの地域は昔の里山の原風景とか。

Nishiof07

さらに行くとテーブルとイスがある中央広場。
このあたりは道が交差しますがいずれもここで合流 ^^;

Nishiof08

そして、最奥にあるのがトンボの里。
モウソウチクに囲まれた里には3つの池があり、
数種類のトンボなどがかんさつされるという・・・。

Nishiof09

トンボ池をひと回りして
ここからサブゾーンへの連絡路を行きます。

Nishiof10

いきなり、見事な竹林のなかに延びる道から

Nishiof11

トタンに囲まれた住宅街?の傍を過ぎると

Nishiof12

万燈山への案内に変わります。

Nishiof13

すぐに車の轍がある道に出ますが・・・
これは林道でしょうか?

Nishiof14

空が開けると車道のロータリーに出ました。

Nishiof15

すぐ右に万燈山150mの案内ですが、
この日はスルーしてそのまま遊歩道の周回へ。

Nishiof16

道を横切って下るのは”チョウの小径”
小径とはいえ急斜面の山道 をいっきに下ります。

Nishiof17

下りたところは墓地の中 ^^;
そのまま行くとネイチャーセンターへは戻れず ><;
案内に従って”野鳥の森”経由で山道を上り返します。

Nishiof18

林道に戻ってきた道を引き返しますが、
道沿いに咲くオカタツナミソウの群生に癒されました。

「西尾いきものふれあいの里」。
気楽に楽しむには
センターゾーンの周辺がよろしいかと ^^;  camera 21日

2017年5月18日 (木)

美濃金山城跡

岐阜県可児市兼山にある国史跡「美濃金山城跡」。
森可成(よしなり)から始まる森氏一族の居城であり、
また、本能寺の変で織田信長とともに討たれた(諸説あり)
森蘭丸生誕の城でもありますが・・・初登城です。

Kaneyamac01

標高約277mの古城山山頂に築かれた山城、
まずは麓の第一駐車場から大手道を行きます。

Kaneyamac02

山裾にある「蘭丸ふるさとの森」にある
”伝・蘭丸産湯の井戸”。
ここからはたくさんの遊歩道が整備されています。

Kaneyamac03

どの道を行くも良し!長い、短いはありますが、
いずれでも城跡下にある登城道へ合流します。

Kaneyamac04

巨岩の上に建つ「物見の櫓」

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櫓から眺める「出丸跡」。
ここに山頂の駐車場があり、車で来れます ^^;

Kaneyamac06

その車道に出ると登城口がありますが、
思っていたより城跡の真下まで車で来れます。

さて、それでは城跡へ。

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丸太の階段を少し登ると「三の丸門跡」
上りきると左に「水の手」への門跡ですが通行止め。

Kaneyamac08

右には「二之丸跡」

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奥に進むと「二之丸物見櫓跡」があります。
ただ、視界が開けず見えるところから ><;

戻って本丸跡への道

Kaneyamac10

すぐに「大手桝形」の虎口に出ます。
手前に一の門、右手に二の門があったようですが、
ここで桝形に曲がって本丸へ。

Kaneyamac11

その先には”天守台西南隅石”の石垣跡があり、
少しだけ城郭の面影を残しています。

Kaneyamac12

そして本丸跡に出ました。
奥には「史跡 金山(かねやま)城跡」の碑が建ち、
天守跡?の礎石も見ることができます。

Kaneyamac13

北側には「鳥竜(うりゅう)神社」の祠があったようですが、
盛土の部分はその跡でしょうか?
傍には天然記念物の”オオウラジロノキ(ヤマナシ)です。

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本丸跡北側からの眺め、
手前の橋は木曽川に架かる兼山橋。

Kaneyamac15

本丸跡を北側に回り込むと、
わずかですが石垣が残る「東腰曲輪跡」に出ます。

そして

Kaneyamac16

その先は小さな礎石が残る「搦手門跡」でした。
この先、下りてしまうと駐車場に戻るのが一苦労 ^^;
で、ここから戻ります。

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登城口に戻って、
ここが山頂駐車場のある「出丸跡」。

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天文6年(1537)、斎藤正義(妙春)によって築造され、
「烏峰城(うほうじょう)」と呼ばれていました。
その後、織田信長が美濃を領地としたことから、
家臣の森可成(よしなり)が城主となり
「金山城・兼山城(かねやまじょう)」と改称。

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出丸跡に残る石垣

以後、長可(ながよし)、蘭丸、忠政と35年間にわたり
森氏一族の城主が続きますが・・・
慶長5年(1600)犬山城主石川光吉領となると、
翌年、犬山城主小笠原吉次により破却されます。

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古城山と金山城跡

平成25年(2013)に国史跡に指定。
また、平成29年(2017)には
”続日本100名城”に選定されています。  camera 17日