2022年9月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

2022年9月22日 (木)

佐々木道誉ゆかりの寺 勝楽寺

滋賀県犬上郡甲良町正楽寺。
国道307号線の東、国道沿いに建つ看板を目印に国道を離れ、
名神高速道路をくぐった先にある小さな集落。
ここがバサラ大名といわれた佐々木道誉ゆかりの郷という・・・。

Syorakuji01
高速道側にある立派な郷の記念碑と碑の建立説明版

Syorakuji02
反対側、郷の入り口には正楽寺の案内板があります。
道誉ゆかりの寺という「勝楽寺」はちょうど奥に見える山の麓にあり、
案内に従って集落を抜けていきます。

Syorakuji03
集落の突き当り、山の西麓にある「勝楽寺(道誉菩提寺)」。
山門は室町時代の六脚門で、裏山にある「勝楽寺城」の成門を移築、
信長侵攻の兵火から免れ残ったという。

Syorakuji04
門を入った左手にあるのは「道誉記念堂」
佐々木道誉の木像が安置されているそうです。

Syorakuji05
正面に本堂
足利尊氏とともに室町幕府創建に活躍した道誉が41歳の時、
雲海和尚を招いて創建、71歳で没するまで隠棲したところ。

Syorakuji06
鐘楼

Syorakuji07
その奥には収蔵庫(大日堂)
恵心僧都の作といわれる「大日如来座像」が収められているそうです。
建物の傍を通って奥に進むと墓地があり

Syorakuji08
ちょうど中央部に佐々木道誉の墓があります。
織田信長の侵攻で一山は焼失、兵火で塔身の一部が摩耗してはいますが、
高さ120cm、南北朝時代の宝篋印塔です。

Syorakuji09
境内からは山上にある「勝楽寺城址」へのハイキングコースが続いていますが、
この日は雨上がりの後で道が滑りやすく、
後日がいいとの地元の方の助言があり・・・登城は改めてに ^^;

Syorakuji10
傍にある大池
信長侵攻のおり、この池のおかげで大日如来坐像や山門が
兵火の焼失から免れたと・・・。

オマケ!

Tarusaki
隣接する多賀町樽崎一帯のソバ畑

近江には佐々木家ゆかりの地が
多くありますが、
この日は初めて訪れた道誉ゆかりの寺「勝楽寺」でした。 📷 21日

2022年9月14日 (水)

鳥羽 菅島散策

ようやく晴天の続く日が続いて近場でぶらり旅を続けていますが、
この日は久しぶりに離島でのミニハイキング ^^
目的は灯台、鳥羽市菅島にある「菅島灯台」でした。
鳥羽湾巡りでもなかなか立ち寄ることのない菅島ですが、
あの白亜の灯台が見たくて、14年ぶりの訪問です ^^;

Sugashima01
鳥羽の佐田浜マリンターミナルから出発!
この日も文句なしの快晴で絶好のハイキング日和に

Sugashima02
菅島の港までは約3km、15分ほどの船旅 ^^
この日は滞在時間の都合上、
順路は港から”しろんご浜” ー ”白髭神社” -”菅島灯台”、
そして大山への道で集落から港に戻る島内半周コースです。

Sugashima03
下船後すぐに海岸沿いの遊歩道”しろんご海道”へ。
海岸沿いの道をしばらく歩くと山道へと登って行き、
アップダウンを繰り返しながら案内で道を下ると「しろんご浜」。

Sugashima04
ここは1年を通しての禁漁区になっていて、
毎年7月に行われる”しろんご祭”の日だけに漁が解禁されます。

Sugashima05
海岸から鳥居をくぐって石段を上ると菅島の守り神「白髭神社」。
祭りの日に海女さんが最初に獲ったつがいのアワビが奉納されます。

Sugashima06
遊歩道に戻ってさらに森のなかを行き、
頭上が明けると灯台はもうすぐ ^^

Sugashima07
その「菅島灯台」

Sugashima08
現存する日本最古のレンガ造り様式灯台で、”日本の灯台百選”に選ばれています。

Sugashima09
平成21年(2009)2月に経済産業省から近代化産業遺産に、
翌年同月には文化庁から登録有形文化財指定。
かってあつた旧退息所は、「博物館明治村」に移築保存されています。

Sugashima10
灯台横から眺める伊勢湾口から太平洋、
景色を楽しんですぐに戻ります ^^

Sugashima11
復路は「監的硝跡(かんてきしょうあと)」経由の島内半周コースでしたが、
この日は滞在時間が1時間半の制約でここはパス! ><;

Sugashima12
大山山頂への道を分けて急坂の道を下り、
集落の細い道を抜けて行きます。

Sugashima13
菅島漁港に戻りました。

この日は定期船の第二便(10時20分発)で島へ渡り、
帰路は菅島発第五便(12時00分発)で戻ったため滞在時間は1時間半。
ちょっと急ぎ足での菅島散策でした。     📷 12日

2022年9月 5日 (月)

三重県上野森林公園

今年はサギソウの開花が遅れていたようで、
8月も下旬になり開花のピークを迎えたとのこと。
雨と猛暑の続いたこともあり、出かけるのをためらっていましたが、
この日の伊賀地方は”晴れ”との予報 ^^
こちらは今にも振り出しそうななかでしたが・・・出かけてみました。

現地は予報どうりの快晴!

Uenos01
上野森林公園「サギソウ園」
風があり少しは涼しいですが、やはり湿原だけにかがむと暑い!><;

Uenos02
2000~3000輪が咲くというサギソウですが

Uenos03
Uenos04
久しぶりに見事な花数 ^^その可憐な小さい花を楽しみます ^^

サギソウ園といえば”ハッチョウトンボ”ですが、
この日は残念ながら見ることができませんでした ><;

Uenos05
代わりにいたのは”シオカラトンボ” ^^

Uenos06
そして湿原の草むらを飛ぶ”キイトトンボ(オス)”です。
このトンボは止まってくれず ><;追っかけのブレブレですが 
貴重なトンボだけにあえて・・・^^;

しばしサギソウを楽しんだ後はいつものように散策路を周遊します。

Uenos07
北のエリアから南のエリアへと回って行き、
ほゞ一周したところにある「菩薩池」。

Uenos08
ちょうど時間的にもよかったのか?
たくさんの睡蓮が開いて・・・こちらも見事な咲きよう ^^

この日も暑い日でしたが、木陰の多い園路は風を受けて涼しく、
すでに9月、季節はもう秋ですね ^^;     📷 3日 

2022年8月25日 (木)

京都大原 惟喬親王御墓 

京都の洛北、比叡山の北西麓にある「大原」。
四方を山に囲まれた小さな集落をめぐるにはいくつかの散策路がありますが、
何度も訪れている大原にもまだ歩いていないところがありました ^^;
それが大原観光保勝会のHPにある”風の道”。
この日はその道筋にある「惟喬親王御墓」に興味もあって、
猛暑は承知 ^^初めて?歩く夏の大原でした。

いつものように大原バス停前の駐車場に車を止めて
「三千院」への参道を行きます。

Oharasw01
平日の夏、さすがに観光客の姿はまばらで ^^;静かな参道

Oharasw02
この日は三千院の門跡碑を見て

Oharasw03
すぐ前の廬山橋を渡り道を南下します。

Oharasw04
途中にある「出世稲荷神社」を見てさらに道を下りますが、
この道は”野村別れ”から来る車の通行が多いところ。

Oharasw05
左に仰木峠から比叡山へと続く”元三大師道”の道標を見て
さらに道を下ると国道367号線はすぐ、国道を少し南へ歩きます。

Oharasw06
左手に「惟喬親王御墓道」の案内標石があり、
ここで再び山側へと登り返していきます ^^;

Oharasw07
坂を上りきる少し手前の案内標石、案内に従い田んぼを抜けて山道へ

Oharasw08
この道でいいのか?と思うような道を行くと共同墓地に出ますが

Oharasw09
さらに鬱蒼とした林のなかへと続く道を奥へ ><;

Oharasw10
すぐに「惟喬親王御墓(宮内庁管轄)」への道がありました ^^
右にあるのは親王の御霊を祀る「小野御霊社」。

左手の石段参道を上がって

Oharasw11
さらに右、左と折れる石段を上ると御墓にでます。

第55代 文徳天皇の第一皇子である惟喬親王は不遇のまま若くして出家し、
比叡山麓の小野の里に隠棲幽居したまま五十四歳で薨去とHPにあります。
「木地師の祖」とも呼ばれ、2012年初夏に滋賀県東近江の奥永源寺山深く、
木地師(きじし)の里に惟喬親王ゆかりの地を訪ねて以来
いつかは訪れたかったところでした。 ※「木地師の里」記事は こちら 

Oharasw12
戻る途中、上野の段々畑から眺める大原の里南西部
大原”風の道”はここからコースがよく分かりません ><;

Oharasw13
おおよその見当で歩くなかで見つけた”赤しそ”畑 ^^

道しるべもないのどかな田園地帯、風を拾って気の向くままに
国道”野村別れ”交差点に戻り、このあとは
次の”春の道”に出て「寂光院」へと向かいました。  📷 24日

2022年7月28日 (木)

若狭熊川城

以前に土砂降りの雨で登城を断念した若狭町熊川にある「熊川城」。
そのときは麓にある若狭街道(鯖街道)熊川宿の散策だけにしましたが、
この日は天気を確認しての再訪でした ^^;
あらためて熊川宿を散策しながら熊川城跡の登城口へと行きます。

登城口は二か所あり、案内は中ノ町にある「白石神社」境内からですが、
この日は「熊川陣屋跡」入口から登城して「白石神社」へ下るコース。

Kumakawac01
中ノ町「宿場館」の裏手にある「熊川陣屋跡(旧熊川小学校跡)」、
広場の左奥に新しい登城口があります。

Kumakawac02
扉を開けて登城道に

Kumakawac03
すぐにテラスが設けられたところにでますが、ここが”張出郭”、
城と麓の居館を繋ぐ登り口にあり、中郭への抑えとして築かれた郭です。

Kumakawac04
少し登ると”五条の畝掘”の案内があります。
城の正面となる白石神社の背後にある五本並んだ畝掘りで、
尾根先端の下郭の両側面を守る要害堅固な構造になっていると。 

Kumakawac05
山腹を巻きながら登っていくと

Kumakawac06
7段の平坦な地が続く”中郭段”が現れます。

Kumakawac07
高低差のある中郭部を過ぎると最後が”主郭部”

Kumakawac08
案内板があるその主郭部。
先に見える一段高いところが”櫓台”でしょうか?

Kumakawac09
その先は新しい道が整備されていて、
現在は”お花見広場”へのトレイルルートになっているようです ^^;

Kumakawac10
櫓台から眺める主郭部

Kumakawac11
その右手は真下へと切れ落ちる山肌で、
こちらには畝掘りがあったようですが・・・分かりません ><;

Kumakawac12
3段になった主郭の先端には展望デッキが造られていて、
はるかに河内川ダムが望めます。

”若狭と近江の国境、西山嶽から北東に延びる標高185mの稜線上にあり、
足利将軍の側近として活躍した沼田氏が築いたという山城。
今は15分ほどで登城できる観光スポットに・・・”と、 パンフから。

戻ります ^^;

Kumakawac13
”張出郭”手前で「白石神社」の登山口へ下ります。

Kumakawac14
拝殿から

Kumakawac15
長い参道を下って行くと熊川宿の中ノ町(なかんちょ)に出ます。

今回は再訪での登城になりましたが、
鯖街道の宿町と合わせての散策が楽しめる「熊川城跡」でした。 📷 20日

2022年6月13日 (月)

”難攻不落”の山城 「国吉城」

福井県美浜町佐柿にある「国吉城址(続日本100名城)」。
若狭国守護武田氏の重臣・栗谷勝久が、若越国境の”境目の城”として、
弘治2年(1556)に古城跡を改修して築城したといわれる山城です。

この日は久しぶりの山城散策 ^^でした。

Kuniyoshic01
まずは城山の麓にある「若狭国吉城歴史資料館」に立ち寄り資料を入手 ^^
建物は江戸後期の旧田辺半大夫家を移築・再建されたもの。

Kuniyoshic02
その左手に広がる「城主居住館」の最下段にある石垣から

Kuniyoshic03
本丸への登城口へ。
左手奥に広がる屋敷跡(この日はドクダミの群生でしたが ^^;)を見ながら
途中にある獣害除けの柵を開けて山腹を登る登城道に入ります。

Kuniyoshic04
本丸までの道のりは入口から約600m。
擬木で舗装されたつづらに折れる道を急登していきますが、
ちょうど中間あたりにある「伝二ノ丸跡」(左手への案内)。

Kuniyoshic05
進むと広場への途中に高い土塁と食違虎口があり、
これは西や南からの攻撃に備えたもので、その先が広場になっています ^^

Kuniyoshic06
戻ってさらに道を登ると”本丸下帯曲輪跡”です。

この辺りから多く見られるのが石垣跡と使われていた多くの石類

Kuniyoshic07
さらに上には西(左)に延びる連郭曲輪群と東の本丸の間に堀切があり、
石垣に使われたともいわれる石仏の一部も見られます。

まずは東(右手)にある本丸跡へ ^^;

Kuniyoshic08
木の根を踏んで急坂を登りきると本丸西虎口。
天正11年(1583年)に城主となった秀吉の家臣木村常陸介定光が、
石垣造りの城に改修したともいわれている石垣群・・・。

Kuniyoshic09
本丸に建つ”国吉城址”碑
奥の南端部には櫓台とみられる土壇があります。

Kuniyoshic10
南側の真下には旧丹後街道が通る佐柿の集落ですが、
ちょうど集落を屈曲する街道の様子もよく分かります ^^

戻って西に連なる連郭曲輪群へ

Kuniyoshic11
こちらには高低差のある五つの曲輪が西へと続いていますが・・・
今回は三つ目まで ><;

Kuniyoshic12
永禄6年(1563)から10年にわたり、越前朝倉氏と激しい攻防を繰り広げるも
難攻不落を誇ったという国吉城。(続日本100名城)
信長、秀吉、家康が出陣した越前攻めの戦略を練ったのもこの城であったと。

Kuniyoshic13
曲輪跡からの若狭湾が綺麗でした ^^

Kuniyoshic14
連郭曲輪群の第二郭から見下ろす第三郭部
ロープを伝って下りるとくるぶしほどの草むらに覆われていて、
その先へは行かず引き返しました ^^;

オマケ!

Kuniyoshic15
戻った佐柿の集落と旧丹後街道
秀吉の家臣で佐柿国吉城主に命じられた木村定光により
小集落だった佐柿は城下町としての礎が築かれます。

その後、関が原の戦い後に若狭国主に命じられた京極高次が関所を設け
町を再整備。江戸時代初期に廃城となりますが、
佐柿の城下は丹後街道の宿場として繁栄したという・・・。 📷 12日

2022年5月20日 (金)

ぎふ清流里山公園のつるし飾り展

ドライブの途中に立ち寄った岐阜県美濃加茂市の「ぎふ清流里山公園」。
入口から掲げられた”つるし飾り”の幟につい立ち寄りました ^^

開催されているのは園内にある二つの学校のひとつ「双六学校」。

Turusikazari01
100人の手作り”つるし飾り”約2000点が展示されているという
その「双六学校」。

この時期に見れるつるし飾り!
Turusikazari02
入り口(学校の玄関)の飾り、会場は正面奥と左手の部屋ですが、
まずは正面奥の飾りから^^

Turusikazari03
つるし飾り”といえばやはり”雛飾り”ですが、
これはまた一段と華やかな会場にまずびっくりです ^^;

Turusikazari04
この辺りは”つるし雛”でしょうか?”傘福”もあります。

Turusikazari05
Turusikazari06
思っていた以上に色とりどりのすごい数です ^^;

会場が変わります。
Turusikazari07
廊下から旧教室の会場へ

Turusikazari08
こちらにもまた色とりどりで華やかに・・・

Turusikazari09
ひな祭りの飾りでも手作りのものを多く見ますが

Turusikazari10
このつるし飾りも教室の生徒さんたちの作品だそうです^^

思わぬつるし飾りを楽しませてもらった「ぎふ清流里山公園」
”つるし飾り展”は~5月29日(日)まで。  📷 19日

2021年11月17日 (水)

諸戸氏庭園 秋

各地からの紅葉情報も”見ごろ”のところが多くなってきました。
相変わらず遠出ができない状態が続き気持ちはやや焦り気味も ^^;
この日は地元の桑名市にある「諸戸氏庭園」です。
ここには本邸前に旧山田氏林泉と書院前に御殿庭園のふたつがあり、
春にはハナショウブやサツキが咲く本堤前庭園の
菖蒲池 が人気。
現在もまだ御殿と主屋の改修工事が行われていますが、
今は庭園をめぐるだけの秋の一般公開が行われています。

花の咲く春の公開時には何度も訪れていますが、秋は初めてでした ^^;

Morotog01
拝観は今も工事のため煉瓦蔵の臨時入口から。

Morotog02
すぐに藤棚のある茶屋(藤茶屋)へと向かいますが、
園内にある紅葉はまだ染まり始め ><;

Morotog03
「藤茶屋」前から小門をくぐると

Morotog04
目の前に広がるのが旧山田氏林泉(菖蒲池)。
東西に長く伸びる浅い池を中心とする回遊式の庭園で、
池の中央では、南岸(左)から中島、池の西端には江戸時代以来の推敲亭が建ち、
春には栽培されている多品種の花菖蒲が咲きます。

Morotog05
北に向かい石の八橋が架けられていて、奥にある蘇鉄の築山へ。

Morotog06
園内の紅葉もまだこれからだけにこの日はロケハンです ^^

Morotog07
御殿へと続く見事な切石の道、
庭園内には60以上の石灯籠が配置されこちらもまた見どころでしょうか ^^

Morotog08
北側に流れる濠の傍には「神祠(しんし)」があり、
その奥、濠沿いには染まり始めた紅葉です。

石組の道を回り込むと書院前の御殿庭園(国名勝 )。

Morotog09
琵琶湖を模したといわれる池泉庭園で使われている石は全て青石とか。
揖斐川(いびがわ)右岸にある潮入りの庭園で、当時は干満の影響を受け、
当時は池の水位が変わりゆく汐入りの池となっていたという。

池泉庭園を周って本邸(主屋)前へ

Morotog10
細い石道を抜けて行くと「推敲亭」

Morotog11
山上の部屋に障子をめぐらした小さな建物ですが、
このあたりが最も古態を留めているとか^^

Morotog12
「推敲亭」の横に出ると北側(右手)の傍に建つのが「織部燈籠」。
載せてはいませんがこの後ろには京都五条大橋の欄干を用いたという
「橋杭燈籠(擬宝珠燈籠)」もあります。

Morotog13
そして、臨時の出口へは大石の敷かれた道を戻ります。

桑名市の「諸戸氏庭園」。
初めて訪れた秋の庭園でしたが紅葉の見ごろは11月終盤頃とか。
秋の一般公開は12月5日(日)までです。   📷 16日

2021年8月11日 (水)

南宮大社奉納風鈴

岐阜県垂井町にある「南宮大社」で奉納風鈴が設置されているという。
ここでこうした催しが行われるのは初めて知りましたが、
どんなものかと?
・・・出かけてみました ^^;

Nangusan01
石輪橋から楼門

Nangusan02
楼門を入ると左手に手水舎
奉納風鈴はこちらにもあり、”風鈴手水”です ^^

Nangusan03
手水の傍には鉢植えのサギソウが咲いていました。

Nangusan04
正面
奉納風鈴が設置された”風鈴亭”と「高舞殿」、その奥に拝殿です。

Nangusan05
「南宮大社」
鉄鉱・鉱山を司る金山彦大神を主祭神として祀り、
相殿神に彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)、見野命(みののみこと)が祀られ、
現在でも金属の総本宮として全国の金属業・鉄鉱業・鍛冶の信仰を集める。

Nangusan06
第十代崇神天皇の御代に現在の地に鎮座し、
古くは「仲山金山彦神社」と称されるも、国府から南方に位置するため
「南宮大社」といわれる様になったと伝えられる。

Nangusan07
Nangusan08
この日は台風一過?でもあり、
心地よい音色というより・・・それ以上の涼音で撮影には好都合 ^^;

Nangusan09
慶長5年(1600)、関ヶ原合戦の兵火によって焼失したものの、
寛永19年(1642)三代将軍徳川家光により再建される。(HPから抜粋)

Nangusan10
境内東面の築地塀前は”願かけ絵馬垣”になっています。
中央には”天下分目難関突破”の絵馬垣も ^^;

美濃国一宮「南宮大社」、見どころはたくさんありますが、
この日は初めての(私的には)奉納風鈴を楽しみました。 📷 10日

2020年12月27日 (日)

御在所岳の樹氷は・・・

雪の御在所岳が続きますが、この日は山上の気温が̠-1℃との情報に、
もう樹氷もお終いかと?今年最後の山上雪遊びに出かけました ^^;
週末に「ちびっこそり遊び広場(第一そりゲレンデ )」がオープン。
この日が最初の日曜日だけに家族連れが多く賑うロープウエイでしたが、
山上公園は隣国の方も多くいつもとちょっと違う雰囲気です。
いつものコースを散策して行きますが、
すでに木々の雪は解けたところが多く、樹氷も限られたところだけです ><;

さすがに木々の樹氷はもうほとんどなく、
今回は比較的樹氷の残る北側の中道登山道口から

Gjyuhyo01
ちょうど裏道登山道上あたりになるところ、
この辺りはまだ綺麗な樹氷を見ることができます。

Gjyuhyo02
Gjyuhyo03
ただ、時間とともに気温が上がってくると溶け始めるのも早いです。
途中を飛ばして ^^;

Gjyuhyo04
いきなり望湖台ですが、ここも溶け始めた樹氷。
琵琶湖はこの日も霞のなかです ^^;

Gjyuhyo05
長者池への分岐にある休憩所(東屋)の樹氷と御嶽大権現

Gjyuhyo06
5日前と比べるとずいぶんと樹氷が小さくなりました。

オマケ!
Gjyuhyo07
溶けた樹氷の滴・・・これが撮りたくて歩きました ^^;

Gjyuhyo08
この日も残雪のなかで楽しんだ残り樹氷でした。

山上の気温は正午で3℃とムチャ暖かい御在所岳。
これで今年の樹氷は見納めです ^^    📷 27日

より以前の記事一覧