2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

2017年3月20日 (月)

なら散策 入江泰吉旧居

奈良公園の片岡梅林から東大寺に出て奈良の散策へ。
”お水取り”の終わった「二月堂」から、
裏参道、正倉院を見て「戒壇堂」出ます。

戒壇堂から南に延びる道は「吉城園」や「依水園」へと続く、
古い建物が立ち並ぶ風情ある町筋の水門町。
その途中に写真家「入江泰吉旧居」があります。

Irie01
入口

奈良大和路を愛し、
大和路の風景、仏像、行事などを撮り続けた入江泰吉。
その旧居

Irie02

玄関
一般的な住居のように土間がなく、
直接部屋に通じるようになっています。

元は興福寺の子院正法院家住宅でしたが、
吉城園の建て替えに伴い大正8年に移築したという。

Irie03

受付のある玄関間からはすぐに客間になります。

Irie04

ここには多くの文人、墨客が訪れたという。

Irie05

次の間へと続く欄間には、
薬師寺本尊の「薬師如来台座」(国宝)から拓本をとったという
”白虎”の額が掛かっています。

Irie06

廊下から眺める景色、
まだ常緑樹の椿だけで透けて見えますが ^^;
春には新緑、秋には紅葉が楽しめるとも。

Irie07

部屋をつなぐ渡り廊下、
この辺りは公開に先立って改修されているようです。

Irie08

ちょっと変わった造りの茶室

Irie09

部屋の出入り口?

Irie10

次の間が奥様の部屋。
廊下に置かれた小さなテーブルが印象的ですが、
このテーブルが二人の語らいの場でもあったようです。

Irie11

Irie12

洋間から書斎へと続きますが、
この辺りはあとで増築された部屋。

Irie13

アトリエ

絵画、仏像彫刻などを趣味とした?
写真家入江泰吉の憩いの場でもあったようです。

この家には自身の写真は一枚もありません ^^;
この建物以前に寄贈された全写真、その一部は
「入江泰吉記念奈良市写真美術館」で見れます。

Irie14

玄関横から石段を下りて庭に出ました。

飛び石が続く庭の右手には吉城川が流れ、
建物は一段高い場所に造られています。

Irie15

石段を上り返すと先には「暗室」、
そして裏庭に出ます。

戦後から亡くなるまでを暮らした旧居は
奥様により平成12年(2000)奈良市に寄贈されます。
以後、建物の使用方法について検討され、
平成27年(2015)、3月に一般公開されました。

Irie16

移築されたというその「吉城園」と「依水園」は
旧居からすぐのところにあります。

思えばずいぶんとこの界隈に来ていませんが、
久しぶりに訪れて、
初めて知った「入江泰吉旧居」でした。  camera  17日

2017年3月15日 (水)

西国第三番札所 粉河寺

ちょっと日が経ちましたが・・・
紀州雛めぐりで最後に訪れた和歌山県紀の川市粉河。
ここには西国三十三所観音霊場第三番札所の「粉河寺」があります。
ひなまつりで訪れたとはいえ、やはりここは紹介したいところで、
あらためてその「粉河寺」です。

JR粉河駅から門前通り(とんまか通り)を行き、
中津川に架かる赤い橋を渡ると境内に入ります。

Kokawa01

朱塗りの大門
三間楼門で、和歌山県では、高野山、根来寺に次ぐ威容を誇り、
宝永4年(1706)の総欅造り。

Kokawa02

くぐると左に「不動堂」、正面に御池坊(本坊)を見て右に回ると、
左には多くの諸堂、右手に長屋川にそって門へと続く参道です。

Kokawa03

諸堂は童男大士を祀る童男堂

Kokawa04

念仏堂

Kokawa05

大子堂

Kokawa06

そして四天王が安置された中門をくぐります。

Kokawa07

目の前に広がる広場とその先に見える本堂、
広い境内の東側には

Kokawa08

丈六堂に

Kokawa09

六角堂が建ち並び

Kokawa10
Kokawa11

北側正面、石段の左右には枯山水の「粉河寺庭園」

Kokawa12

石段を上った本堂前庭へと続く庭園

Kokawa13

そして正面に本堂です。

Kokawa14

西国三十三所では最大といわれる建物は、
8世紀(770年)の創建以来、造営と改造が繰り返され、
現在の本堂は享保5年(1720)に再建されています。

Kokawa15

一重屋根の礼堂と二重屋根の正堂とが重なった
他に例を見ない複合仏堂の形式・・・見事な建物です。

最後はわが趣味の世界で恐縮ですが ><;

Kokawa16

丈六堂の右前にある芭蕉句碑
句は ”一ツぬひで 後に負ぬ 衣がへ” 
     貞享5年(1688) 笈の小文での吟でした ^^;

「粉河寺」、ここはまた桜の名所、
また桜の咲くころに訪れてみたいところでもあります。 camera 2月26日

2017年3月 7日 (火)

木曽川水園

早春とはいえ春は名のみのこのごろですが・・・
各務原市にある河川環境楽園の木曽三川公園・木曽川水園では
ようやく春の花便りがきかれるようになってきました。

この日はそんな花々に待ち遠しい春を感じられたらと、
出かけたついでにちょっと立ち寄りました。

Suien01

今は木舟遊覧も冬季休業中 ^^;

Suien02

咲き始めた菜の花を見て、
下流域から中流域の山野草が咲く道へ。

Suien03

セツブンソウはそれなりに咲いていて・・・

Suien04

Suien05

まだ少ないですが可憐な花が楽しめます。

上流域へと続く道筋

Suien06

梅林
ここは白梅が中心で

Suien07

少し寂しい咲きようですが、
その小高い丘に上っていくと・・・

Suien08

Suien09

道筋にはフクジュソウが咲きます。
まだ咲き始めで、見ごろはもう少し先でしょうか ^^;

その先の上流域に花はなく、
周辺を回って戻ります。

Suien10

ふれあい池の傍にはシナマンサクが咲いて

Suien11

道筋には淡紅色のアセビが見ごろです ^^;

Suien12

お休み中の小舟と中之島に咲く菜の花

咲き始めたとはいえ、まだ花も少ない木曽川水園。
週末とはいえ流域には人も少なく、
本格的な春の訪れもまだこれからのようです。  camera 4日

2017年3月 6日 (月)

京都 鳥羽離宮跡

京都「城南宮」の”しだれ梅”を先に載せましたが、
この日は城南宮を含む周辺一帯に広がる
「鳥羽離宮跡」の散策も目的でした。

鳥羽離宮は平安時代後期に、
白河・鳥羽・後白河上皇が造営の離宮で院政を行ったところ。
東西1.5km、南北1kmの広大な敷地に
苑池・各殿舎・堂塔が建ち並んでいたそうですが、
今は安楽寿院に各天皇陵、城南宮と秋の山(築山)を残すだけ。

散策は近鉄京都線竹田駅からスタートです。

Tobarikyu01

南に約10分ほど歩いて西に入るとあるのが「安楽寿院」。
鳥羽上皇が鳥羽殿の東殿に御堂を建立したのが起源で、
幾多の衰退のあと豊臣秀頼により復興されます。

Tobarikyu02

すぐ南側にあるのが
日本で唯一多宝塔が残る「近衛天皇 安楽寿院南陵」。

安楽寿院の西側には諸堂が建ち並び

Tobarikyu03

その一角には「三如来石仏」があります。

平安時代の貴重な遺仏といわれる三尊石仏で、
薬師三尊、釈迦三尊、阿弥陀三尊の三体が、
江戸時代に成菩提院跡から出土したと伝わります。
そのひとつ、阿弥陀三尊像は
京都国立博物館で展示されていてありません。

Tobarikyu04

その隣にある収蔵庫横には復元された庭園。
中には入れませんでしたが鉄扉の外から撮影 ^^;

この辺りは鳥羽離宮東殿になるようですが

Tobarikyu05

その角にあった「白河法皇・鳥羽法皇院政之地」石碑。
この横にある「冠石」をみて北に上がると

Tobarikyu06

「鳥羽天皇安楽寿院陵」があります。
さらに北上して「五輪塔」を見て戻り、さらに西へ行くと

Tobarikyu07

「北向不動尊」
順路で裏から入ってしまいましたが・・・こちらが正面山門 ^^;

Tobarikyu08

本堂
鳥羽天皇勅願所で、本尊の不動明王が王城鎮護のため、
北を向いていることから「北向不動」と呼ばれています。

ここからは阪神高速道をくぐり

Tobarikyu09

すぐ先にある「白河天皇 成菩提院陵」を見て北上、
途中、「西行寺跡」祠から少し西に行きます。

小刻みに曲がる道を抜けて行くと

Tobarikyu10

離宮跡の北西に位置する「田中殿跡」に出ます。

28年間法皇として専権を振るった鳥羽上皇が
離宮内に造営した最後の御所で、皇女八条院のために建立。
現在は田中殿公園となっています。

ここからは一気に南下(といってもすぐですが ^^;)して行き、
城南宮通りへと出ます。

Tobarikyu11

「城南離宮」の額がかかる鳥居をくぐり城南宮境内へ

Tobarikyu12

本殿(工事中)への鳥居をくぐって神苑めぐり ^^;

Tobarikyu13

しだれ梅満開の「春の山」から「平安の庭」

Tobarikyu14

南にある「城南離宮の庭」、「室町の庭」
そしてこの「桃山の庭」を見て行きます。

城南宮は鳥羽離宮の鎮守社であり、
この辺りは鳥羽離宮の馬場殿だったところ。

境内を通り抜けてふたたび西に向かうと

Tobarikyu15

鴨川に突き当たりますが、見える橋は「小枝橋」。
このすぐ後ろには

Tobarikyu16

”鳥羽伏見戦跡”碑があります。

明治元年(1868)正月3日、この付近にあった旧小枝橋で、
幕府軍と新政府軍が衝突、約2年にわたる戊辰戦争の
火蓋が切られたところで、南下する道は鳥羽街道(千本通り)。

街道を少し下ると「鳥羽離宮公園」

Tobarikyu17

碑が建つ小高い丘が「秋の山」。
これも離宮築山のひとつで、
城南宮の「春の山」とともに対になっています。

Tobarikyu18

この辺りは戊辰戦争勃発の地であり、
「秋の山」の下にはその顕彰碑が立てられています。

公園を通り抜けるともうひとつの広場に出ますが

Tobarikyu19

ここが「鳥羽殿跡」
鳥羽離宮で最初に造営された南殿の跡地でした。

あらためて

Tobarikyu20

鳥羽離宮公園・南殿跡

見てきました京都伏見区竹田・中島・下鳥羽に広がる、
広大な鳥羽離宮跡に、遺跡はほとんど残っていませんが、
一部の離宮跡や御陵に往時の面影を偲ぶことができます。  camera 3日

2017年2月 4日 (土)

洲本城

旅の2日目、淡路島ドライブは洲本市街の南、
標高150mの三熊(みくま)山上にある「洲本城」でした。
城はその麓に造られた下の城(御殿)との二つからなりますが、
今回は山上に残る見事な石垣の城郭です。

天守へは登山道もありますが、この日は洲本温泉街から
三熊山ドライブウエイで登城です。

Sumotoc01

途中から現れた石垣(腰曲輪)に、
山頂駐車場(紀淡海峡を望む馬屋郭跡)から少し戻りました。

Sumotoc02

大手門跡石垣から、右に二段積みの石垣を見ながら進むと

Sumotoc03

馬屋(月見台)跡に出ます。
そのまま直進すると天守閣への道。

Sumotoc04

Sumotoc05

坂道を上り、突きあたると「南の隅櫓跡」
石垣に木が生えているのはあとから石垣を継ぎ足した名残とか。

Sumotoc06

素晴らしい石垣の続く道を行くと、
右下には「日月の池」と「日月の井戸」が見える「東の丸」。

Sumotoc07

さらに続く石垣を縫って行くと「本丸大石段」下にでました。
左手に「南の丸」を見ながら石段を登ります。

Sumotoc08

登りきると「本丸虎口」です。

Sumotoc09

桝形の虎口を抜けると・・・左には「武者走り」の石垣

道を曲がると

Sumotoc10

目の前には本丸跡と天守が見えました。

Sumotoc11

本丸を横切って一段上がったところにでると、
天守台と模擬天守(鉄筋コンクリート製)の正面に出ます。
江戸時代の天守が復元されたものではありませんが、
日本最古のものだそうです。

Sumotoc12

真下に見える洲本市街地と大阪湾は”洲本八景”のひとつとか。

Sumotoc13

本丸搦手虎口

大永6年(1526)、安宅治興が築城。
以後、幾多の変遷があり脇坂安治が城主のときに、
天守とともに石垣の大改修が行われたという。

Sumotoc14_2

搦手虎口からの天守と高石垣

Sumotoc15

本丸、武者走りをまわりこんだ南西角、
左奥が通ってきた搦手口です。

Sumotoc16

あらためて梅林から、
南の丸前の見事な石垣を堪能します。

三好氏の重臣・安宅治興によって築かれ、
脇坂安治が改修したという洲本城(国史跡)。
その見事な石垣を堪能したひとときでした。

オマケ! ^^;

Sumoto_2

城から戻って立ち寄った「洲本アルチザンスクエア」。
ちょうど”冬咲きチューリップショー”が行われていましたが、
会場から眺める三熊山と「洲本城」です。  camera 1日

2016年12月28日 (水)

トリの名がつく魚たち

三重県志摩市にある「志摩マリンランド」で、
恒例の新春特別展「トリの名がつく魚たち」が開催されています。
師走も残り少なくなり、少し出遅れましたが、出かけました ^_^

昨年はパスしたため、”サルと名のつく魚”を見ていませんが、
館内の様子は少し変わっています。

Shimam01

Shimam02

”ふれあいタッチング水槽”が常設になりました。
それはともあれ、今回のイベント会場です。

Shimam03

最初は飼育員のイチオシ!エビ・カニでしたが、
トリ、との関連は・・・?

Shimam04

ヒメセミエビ・・・トリ=セミ?

Shimam05

ペンギンとフラミンゴ?

Shimam07

赤い体色がフラミンゴグッピー、
地味なのがペンギンテトラだそうですが・・・??

Shimam06

こちらはトサカ(鶏冠)とオウム(パロット)にタカノハ(鷹の羽)

Shimam08

トサカガキとイロブタイの幼魚(英名・ハロットフイッシュ)

Shimam09

タカノハダイ

Shimam10

鷹(ホーク)にこちらもトサカ

Shimam11

ゴンべ類(ホークフイッシュ)は省きますが
写真はエナガトゲトサカ

Shimam12

スズメダイ類ですが

Shimam13

ボケていますが ><;
魚が小さく、またよく動いて撮りにくい魚たちでした ^^;

Shimam14

最後はオウムにフラミンゴ

Shimam15

真っ赤なパロットファイヤーと白、
うまくタイミングが合って重なりました ^^;

他にも”クギベラ(バードフイッシュ)”という魚の展示もありましたが、
今回の”トリ(酉)”という名のつく魚は見ていても?が多く><;
やはり難しい・・・そんな気のする魚たちでした。   camera 26日

2016年12月17日 (土)

湖北町野鳥公園

チョッと伊吹へと出出かけたついでに立ち寄った、
長浜市今西町にある「湖北町野鳥公園」です。
野鳥センターの情報では
すでにコハクチョウやヒシクイの飛来を確認とのことでした。

Kohoku01

この日も寒い日でちょっと出遅れましたが、
ちょうどバードウオッチをされていた団体さんに
コハクチョウかと、期待しましたが・・・

Kohoku02

その先には、
カモちゃんたちがお昼寝中でした ^^;

Kohoku03

竹生島も曇天の中で、
寂しい琵琶湖もすっかり冬景色でした。

水鳥たちの飛来もこれからが本番でしょうか?
冷たい風に身をすくめた琵琶湖畔でした。  camera 15日

2016年12月 9日 (金)

布気皇館太神社

もうひと昔、10年ほど前のことになりますが・・・、
旧東海道歩きの途中に立ち寄ったことのある
亀山市布気町にある「布気神社」。
ちょっと出かけてから日が経ちましたが、
ボツにするには惜しく、遅まきながらの掲載です ^^;

旧東海道の亀山宿と関宿の間にある神社ですが、
そのとき、街道筋から見た紅葉が綺麗だったのを思い出し、
この日、亀山公園の紅葉を見たあとに立ち寄ってみました。

Fukej01

Fukej02

旧東海道沿いの神社脇に続く紅葉、
そのときはまだ色づいていなかったところですが・・・

Fukej03

参道入り口と一の鳥居
当時はこの参道奥に真っ赤に染まった紅葉でした。

Fukej04

参道の頭上に色づく紅葉

Fukej05

この日は鳥居の傍に駐車して正面からの参詣 ^^;

Fukej06

参道先は二の鳥居周辺

Fukej07

御手洗場
この真っ赤な紅葉は今も鮮烈に覚えていますが、
残念ながら終わっていました ><;

Fukej08

奥には旧街道と並行する道から
石段を上ったところにある鳥居があります。

Fukej09

布気神社 本殿
正式には「布気皇館太神社(ふけこうたつだいじんじゃ)」といい、
第11代垂仁天皇18年の創祀で元伊勢のひとつ。
祭神は、天照大御神、豊受大神、猿田彦大神に、
伊吹戸主神、他計二十三柱・・・と、案内板にあります。

Fukej10

Fukej11

駐車場周辺の紅葉

Fukej12

この日はすでに散りモミジでしたが、
あらためて・・・遠い昔を思い出したところでした。

亀山市にある「布気皇館太神社」。
紅葉で知られるところではないと思いますが、
我が街道歩きのなかでの記憶に残る場所でした。  camera  2日

2016年11月 9日 (水)

甲賀市 大鳥神社

滋賀県甲賀市鳥居野にある「大鳥神社」。
以前にスタンプラリーでめぐったJR草津線の甲賀駅から
北に約1.5kmほどにあり、旧大原村の氏神として信仰を集め、
社殿の多くが国登録文化財に指定されている神社です。

駅から県道を北に行き、途中から田園地帯には入ると

Ootori01

大原川に架かる赤い「祭神橋」があります。
ここから約200mほど

Ootori02

左右に石灯籠の立ち並ぶ参道?が続き

Ootori03

ふたたび県道に出ると一の鳥居?があります。

くぐってさらに行くと

Ootori04

大橋川に架かる「大鳥橋」。
正面には石造反橋(太鼓橋)がありますが、
橋は渡ることができず・・・

Ootori05

横にある橋を渡ります。

Ootori06

橋の手前にある「大原ぎおん」の碑。
7月に行われる例祭「祇園祭」は「大原ぎおん」と呼ばれ、
本祭の「花奪神事」はその華麗さと荒々しさで知られている・・・と。

Ootori07

延享元年(1744)の架設といわれる太鼓橋

Ootori08

Ootori09

その前にある石段を上ると扁額の掛かる鳥居

Ootori10

先には京都八坂神社の西門を模したという朱塗りの楼門と
左右に延びる透塀(すきべい)が目をひきます。

Ootori11

楼門をくぐると正面に「拝殿」

Ootori12

右に「神楽殿」

Ootori13

左側には「神饌所」が配され

Ootori14

「中門・祝詞(のりと)殿」に本殿
祭神は素盞鳴尊(すさのおのみこと)。

陽成天皇の元慶六年(882)平安初期に勧請され・・・と、
歴史は古いものの、大正5年に本殿を残しほとんどが焼失。
大正9年に復興され現在に至っているとも。

Ootori15

戻る境内
鳥居周辺の紅葉が少しだけ色づいていました。

滋賀県内でも有数の神社仏閣がある甲賀市。
周辺には先に紹介した「油日神社」や、「櫟野寺(らくやじ)」など、
数多くの歴史的遺産があります。   camera 10月24日

2016年11月 5日 (土)

R477 鈴鹿スカイライン

急に秋らしくなったと思ったら、もう冬の気配すら感じて、
今年は冬の到来が早いかのかもしれませんね ^^;

この日は花も紅葉も関係なくドライブでもしようかと、
久しぶりに国道477号、旧鈴鹿スカイラインから近江でした。
とはいえ、紅葉の便りも気になるところ 、
スカイラインは山岳道路、やはり山の景色に目がいきます。

R47701

鈴鹿スカイライン武平峠駐車場、
この辺りは標高800mほどですが・・・

R47702

まだ紅葉も色づいていません ><;
(御在所岳の紅葉は現在中腹あたりだそうですが?)

R47703

武平トンネル
この道には御在所岳や鎌が岳、雨乞岳への登山口があり、
休日などには多くの登山者の車で
各所にある駐車場は満車の時が多いところ。

R47704

トンネルを出た滋賀県側
こちらにもまた登山口があり、この日はほゞ満車でした。

まだ紅葉には早かったですが、
滋賀県側に下ります。

R47705

旧スカイラインのゲート近くにある「浦谷遊園地」。
現在も閉園になっていて車は入れず、一応、立ち入り禁止です。

R47706

周辺は色づき始めた紅葉ですが、
この時間は朝日が射し込む逆光で綺麗でした。

傍を流れる野洲川に沿って下って行くと、
甲賀市土山町大河原に出ます。

R47707

野洲川ダム
ダムから見下ろす大河原集落です。

R47708

集落にある「若宮八幡社」、
境内を通って行くと”大河原園地”に出ます。

R47709

野洲川に架かる「若鮎橋」

R47710

ここは甲賀の奥座敷ともいわれる大河原温泉、
温泉施設「かもしか荘」があります。
改装でしばらく工事中でしたが・・・綺麗になりました。

R47711

野洲川と大河原園地。
一応、紅葉の綺麗なところですが(自分では ^^;)
まだ色づき始めたばかりです。

R47712

園地を通って川沿いをひと回りします。

R47713

まもなくここも綺麗な紅葉が楽しめると思いますが、
今年の紅葉は少し遅れ気味でしょうか?

大河原から野洲川と離れて少し走ると平子峠、
過ぎると日野町平子には入ります。
ここからは日野川沿い、しばらく蔵王ダムに沿って走り、
蔵王を過ぎて音羽から仁本木に入ります。

R47714

突然でした!
目の前に広がるコスモス畑・・・

R47715

以前に載せた西大路のコスモス畑の東側、
まだ咲き始めだった畑がこの日は満開でした。

さすがに今回は数枚を撮ってそのまま通りすぎます ^^;
R477はさらに西へと続きますが、
この日は途中から離れて近江八幡でした。  camera 2日