2024年6月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 伊予 今治城 | トップページ | 旧東海道 品川から日本橋へ »

2023年9月27日 (水)

旧東海道歩き 神奈川から品川

芭蕉紀行を歩こうと芭蕉句碑をめぐり各所の旧道を歩き始め、
紀行文のひとつ、”野ざらし紀行”を追っかけて吉原から歩き始めた旧東海道。
気の向くままに歩いてきましたが、
いつの間にか箱根峠を越えて江戸は日本橋までと目的が変わり ^^;
その江戸(東京)が近くなりました。

前回は保土ヶ谷から神奈川へと入りましたが、残りは28kmとわずかになり、
東京地区は涼しい日が続くとの予報に最後の歩きに出ました。
正直横浜から日本橋まではほとんどが第一京浜(国道15号線)と
付かず離れずで見どころはあまり期待できません ><;

Tokaidoks01
今回は前回の続きで横浜駅から、
駅を出て国道に出るとすぐに跨線橋を越えた「神奈川宿」です。

Tokaidoks02
少しの間旧道らしくなりますが、その神奈川宿もわずかな区間 ^^

Tokaidoks03
ふたたび国道に合流する手前、キリンビールの敷地傍にある

Tokaidoks04
生麦の”生麦事件の碑”があります。
文久2年(1862)、薩摩藩島津久光の行列の前を横切った
イギリス人3人が、藩士により殺傷された事件でした。

生麦から鶴見へ入り”鶴見橋関門旧跡”を見ると

Tokaidoks05
すぐに鶴見川を”鶴見川橋”で渡ります。

Tokaidoks06
しばらくである「市場の一里塚跡」碑
この辺りは静かな道で旧道歩きを楽しみます ^^

この先、八丁畷の無縁塚を見ると川崎

Tokaidoks07
その入り口にあった小公園に「松尾芭蕉の句碑がありました ^^

立派な碑には ”麦の穂を たよりにつかむ わかれかな”
芭蕉が晩年故郷の伊賀に返る途中に詠んだもの。

児のsと川崎宿になりますが、町筋に見る者もなく ^^;

Tokaidoks08
宿の案内はこの「かわさき宿交流館」で・・・ ><;

Kawasaki
海道に戻ると”田中本陣跡”の解説版がありますが、
すぐに六郷の渡し・多摩川を新六郷橋で渡ります。

Tokaidoks09
この日は日曜日でもあり、多くの人たちが橋を渡っていました。
渡った先は東京と大田区、やっと東京へ入りました ^^

この先、長い国道歩きが続きますが

Tokaidoks10
大森海岸駅を過ぎて国道から離れると、すぐに「鈴ヶ森刑場跡」に出ます。

Tokaidoks11
多くの罪人が処刑されたところですが、
見せしめのために人通りのある街道筋に置かれたとか・・・。
あとは品川の商店街を抜けて行きます。

Tokaidoks12
南品川宿と北品川宿の間に流れる目黒川、
渡る橋は「品川橋」ですが、また境橋とも。

すでに夕刻 ><;

Tokaidoks13
黄昏迫る北品川宿の街道筋、
この日は工事中で何かよく分からない品川駅まででした。

歩いてきました旧東海道、残すは品川から日本橋まで、
あと8kmほど、最後の歩きは翌日に ^^   📷 24日

« 伊予 今治城 | トップページ | 旧東海道 品川から日本橋へ »

歩く・街道」カテゴリの記事

コメント

 「蕉翁」は門人苗村千里を伴って歩いたそうですが「好々爺」さんはどなたかお供の方は?
 
    花の季節になると我が家の花壇にはパンジーやビオラが豪華ですが

    道端にひっそり咲くすみれが可憐で…     …何やらゆかし 菫草

茶太郎 さん
おかげさまで悶々としたひとり旅でした ><;
最後の歩きは屈指の交通量を誇る第一京浜と巨大なビル群、
そして賑やかな商店街と草一本もない?素晴らしい道でした ^^
唯一、鈴ヶ森刑場跡が旅の疲れを慰めてくれました。

いずれには・・・  野ざらしを 心に風の しむ身哉 

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 伊予 今治城 | トップページ | 旧東海道 品川から日本橋へ »