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2023年9月29日 (金)

旧東海道 品川から日本橋へ

旧東海道歩きも最終章、歩き旅の2日目は距離が短く余裕旅 ^^
まずは宿の近く泉岳寺に立ち寄り拝観後のスタートでした。

Tokaidoksn00
今回の道筋は国道15号線をひたすら歩くのみ、
大都会東京の真ん中、立ち並ぶビル群のなかをひたすら行きます。

Tokaidoksn01
すぐに通り抜ける”高輪大木戸跡”
普通なら道を渡って近くで獲りますが、何せ幹線道路 
横断歩道が前後ともはるか先だけに道路越しです ><;

あとはもうひたすらビル群のなかを進むだけ

Tokaidoksn02
田町駅の近くで偶然見つけましたが、
工事柵の中にあった「西郷・勝会見の地碑」です。

観光ならば見たいところはいくつかありますが、
とにかく東海道を歩き終えてからと先を急ぎます ^^;

浜松町、新橋と過ぎて銀座へ

Tokaidoksn03
新橋近くの銀座口にある「銀座柳之碑」
お馴染み東京行進曲の”むかし恋しい銀座の柳・・・”ではなく、
植えてうれしい 銀座の柳・・・”と銀座に特化した歌詞という
ただ、今はもう柳並木を見ることはありません。
 
Tokaidoksn04
銀座八丁目から銀座通り
実に半世紀ぶりの銀ブラで日本橋を目指します ^^

Tokaidoksn05
時計のない(修復中?)四丁目の服部ビル(現和光ビル)

Tokaidoksn06
銀座通りを過ぎると京橋、
高速道路下の草むらに隠れるようにある”京橋の擬宝珠”

Tokaidoksn07
京橋を過ぎると日本橋はすぐ

Tokaidoksn08
首都高の壁面にかかる「日本橋」の文字
高速道路の建設で往時の面影はないといわれる「日本橋」

Tokaidoksn09
橋の中央にある麒麟(きりん)像の電飾灯、
日本橋到着!です ^^
これにて京都三条大橋からの旧東海道歩きは完歩です。

Tokaidoksn10
日本橋船着き場

Nihonnbasi
橋の袂、北東角にある乙姫広場の乙姫像と「日本橋魚市場発祥の地」碑

Tokaidoksn11
そして橋の西側にある日本国道路元標のレプリカ、
道路元標は道路の中央に埋め込まれていますが撮っていません ^^;

芭蕉を追って歩き始めた旧東海道、
目的は芭蕉紀行の句碑巡りでしたが、これにて全行程を歩き終えました。
次なる目標は・・・また気の向くままに ^^;    📷 25日

2023年9月27日 (水)

旧東海道歩き 神奈川から品川

芭蕉紀行を歩こうと芭蕉句碑をめぐり各所の旧道を歩き始め、
紀行文のひとつ、”野ざらし紀行”を追っかけて吉原から歩き始めた旧東海道。
気の向くままに歩いてきましたが、
いつの間にか箱根峠を越えて江戸は日本橋までと目的が変わり ^^;
その江戸(東京)が近くなりました。

前回は保土ヶ谷から神奈川へと入りましたが、残りは28kmとわずかになり、
東京地区は涼しい日が続くとの予報に最後の歩きに出ました。
正直横浜から日本橋まではほとんどが第一京浜(国道15号線)と
付かず離れずで見どころはあまり期待できません ><;

Tokaidoks01
今回は前回の続きで横浜駅から、
駅を出て国道に出るとすぐに跨線橋を越えた「神奈川宿」です。

Tokaidoks02
少しの間旧道らしくなりますが、その神奈川宿もわずかな区間 ^^

Tokaidoks03
ふたたび国道に合流する手前、キリンビールの敷地傍にある

Tokaidoks04
生麦の”生麦事件の碑”があります。
文久2年(1862)、薩摩藩島津久光の行列の前を横切った
イギリス人3人が、藩士により殺傷された事件でした。

生麦から鶴見へ入り”鶴見橋関門旧跡”を見ると

Tokaidoks05
すぐに鶴見川を”鶴見川橋”で渡ります。

Tokaidoks06
しばらくである「市場の一里塚跡」碑
この辺りは静かな道で旧道歩きを楽しみます ^^

この先、八丁畷の無縁塚を見ると川崎

Tokaidoks07
その入り口にあった小公園に「松尾芭蕉の句碑がありました ^^

立派な碑には ”麦の穂を たよりにつかむ わかれかな”
芭蕉が晩年故郷の伊賀に返る途中に詠んだもの。

児のsと川崎宿になりますが、町筋に見る者もなく ^^;

Tokaidoks08
宿の案内はこの「かわさき宿交流館」で・・・ ><;

Kawasaki
海道に戻ると”田中本陣跡”の解説版がありますが、
すぐに六郷の渡し・多摩川を新六郷橋で渡ります。

Tokaidoks09
この日は日曜日でもあり、多くの人たちが橋を渡っていました。
渡った先は東京と大田区、やっと東京へ入りました ^^

この先、長い国道歩きが続きますが

Tokaidoks10
大森海岸駅を過ぎて国道から離れると、すぐに「鈴ヶ森刑場跡」に出ます。

Tokaidoks11
多くの罪人が処刑されたところですが、
見せしめのために人通りのある街道筋に置かれたとか・・・。
あとは品川の商店街を抜けて行きます。

Tokaidoks12
南品川宿と北品川宿の間に流れる目黒川、
渡る橋は「品川橋」ですが、また境橋とも。

すでに夕刻 ><;

Tokaidoks13
黄昏迫る北品川宿の街道筋、
この日は工事中で何かよく分からない品川駅まででした。

歩いてきました旧東海道、残すは品川から日本橋まで、
あと8kmほど、最後の歩きは翌日に ^^   📷 24日

2023年9月23日 (土)

伊予 今治城

愛媛県今治市にある「今治城」
築城の名手、藤堂高虎が瀬戸内海に面した海岸に築いた大規模な平城で、
別名を吹揚城(ふきあげじょう)とも
 。
かっては外堀、中堀、内堀と三重の堀で囲まれ、
北側は海に面した輪郭式の城だったそうですが、
現在内堀以内を残すのみ。

まずは江戸時代から残るその内堀と石垣

Imabaric01
この美しさにはちょっと予想外でしたが ^^
見える隅櫓は再建された御金櫓で、その先に天守が見えます。

Imabaric02
正面入り口に回り大手門から、
渡る橋はかっては土橋だったという
正面には鉄御門(くろがねもん)と右手に鉄御門・武具櫓(再建)。

Imabaric03
突き当りを右に折れると鉄御門
桝形に折れる典型的な枡形虎口で入城します ^^

Imabaric04
入った先はすぐに二の丸跡
手前に建つ”藤堂高虎像”、奥にすぐ天守が見えます。
現在残る城址はほゞ資格の内郭だけにシンプルです ^^;

Imabaric05
二の丸を進むと右手に本丸跡と天守ですが、
現在の本丸跡には「吹揚神社」が建てられていて、
天守へはその手前の門をくぐります ^^

Imabaric06
今治城天守
1980年(昭和55年)に再建された5層6階の模擬天守。
この時期に内郭の櫓群や主要建物が再建されているそうです。

天守内は撮影禁止のため最上部から ^^

Imabaric07
360度の眺めが楽しめますが、ここは瀬戸内科に面した海城!
チョイスしたのは北に見える

Imabaric08
今治港としまなみ海道です ^^;
この内堀は海水が引かれているので知られますが、
その取水水路は今治港からとか。

跡は再建された隅櫓群

Imabaric09
こちらは山里櫓ですが、北隅の鉄御門・武具櫓、東隅の御金櫓、も必見 ^^

Imabaric10
西の山里 口から眺める天守

Imabaric11
山里側からの山里櫓と天守もやはり現存する石垣と相まって綺麗です。

Imabaric12
最後は北西側に出て眺める城郭!
二本三大水城に選ばれている今治城ですが、
何とも美しい城を楽しませてもらいました 。

四国の名城も数ありますが、この「今治城」もまたそのひとつ。
まだまだ見たいお城がありますが、さて次はどこへ? ^^   📷 19日

2023年9月21日 (木)

金比羅宮

香川県琴平町にある「金刀比羅宮(ことひらぐう)」。
象頭山(ぞうずさん)の中腹に鎮座し「こんぴらさん」の愛称で親しまれ、

参道口から御本宮まで785段、奥社までは1,368段の石段もまた有名 ^^;

15年ぶりの参拝でしたが、後期高齢者となっての石段道に挑戦?でした。


ちょうど113段目の石段から始まる”一の坂”参道に入り

Konpiras01
ここが294段目の大門下
前回はここでカメラが故障して、この先はスマホでの撮影でした ><;
今回はしっかりと確認しておりました ^^;

Konpiras02
すぐに大門到着、365段目 本宮まではあと420段 ^^;
しばらくはまっすぐな平坦道を行きますが、すぐに石段です ><;

Konpiras03
表書院前で477段目、
目の前の石段を登って500段、さらに右に曲がって
「祓戸社」前に出ると595段目 ^^

Konpiras04
628段目を数えるとようやく?「旭社」です。

あの”森の石松”が代参でご御本宮と間違え刀を納めたという御社、
総欅二重入母屋造で、天保八年に建立されたものだけに
気持ちがわかります ^^; こちらは下向時に参拝するそうです。

ここで一休みされる方も多いですが、石段は最後の急登に

Konpiras05
御本宮直下の石段は4段坂、この133段先が御本宮、
いちばんの急階段だけに
ここはゆっくりと行きます ^^
(15年前には感じませんでしたが・・・しんどかった ><;)

Konpiras06
そして「金比羅宮本宮」に到着、ここで785段目クリアです ^^

Konpiras07
参拝の後はやはり展望台からの景色を楽しみます。
琴平の町と左手には”讃岐富士(飯野山・422m)、

ひと息入れた後は「奥社」へ

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ここからさらに583段の石段道が続きますが、
最初は急な石段坂はありません ^^;

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せいぜいこうしただんだん坂ですが・・・

Konpiras10
途中923段目の石段先にある「白峰神社」、
奥社まではあと445段の石段です。

Konpiras11
奥社があるところは標高421m ^^;
この辺りはもう山登りの感じになってきます。

Konpiras12
奥社直下の最後の石段道

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登りきると奥社の「厳魂神社(いずたまじんじゃ)」到着
参道入口から1368段の石段道でした。

Konpiras14
御宮左手の断崖にある”天狗”と”烏天狗”の石面
奥社の御守りは”天狗御守”、
白色の四ッ目紐と赤色の四ッ目紐の2種類があるそうです。

15年ぶりに訪れた「こんぴらさん」。
懐かしい石段の参道参詣もしっかりと撮影してきました ^^; 📷 18日

2023年9月20日 (水)

備中高松城址

天正10年(1582)織田信長配下の羽柴秀吉による
”高松城水攻め”で知られる「備中高松城」。
今は城址公園として整備されていて往時の面影はりませんが、
一度は訪れたいと思っていたところ ^^;
以前に「備中松山城」を訪れて以来の岡山は備中城址です ^^

備中高松駅から城址公園には徒歩ですぐですが、
まずは水攻めのときに造られた築堤の東端がある”蛙ヶ鼻”へ。

Bithyutakamatuc01
あいにくの雨に中、駅から東に歩いて日本三大稲荷という
「最上稲荷(さいじょういなり)」の大きな鳥居をくぐります ^^

ここから農業用水の傍を東へ1kmほど歩くとある公園

Bithyutakamatuc02
ここが築堤された堤防の東端で唯一残る場所とか
備中高松城址公園は見える鳥居のはるか先、住宅のあるあたりが
かってあった城辺りになり、水攻めの広さが思い浮かびます。

その城址へと向かいます ^^

Bithyutakamatuc03
その備中高松城址公園

Bithyutakamatuc04
入口にあるモニュメントは
中央に城と、その周りを取り囲む秀吉軍の布陣を表しているようです。

Bithyutakamatuc05
まずは二の丸跡から反時計回りで
途中、左手に広大な蓮池、右手の城址資料館を見て

Bithyutakamatuc06
本丸跡への橋を渡ります。

Bithyutakamatuc07
本丸跡はやや高くなった平地のみ

Bithyutakamatuc08
左手にある”清水宗治の首塚”
秀吉が宗治切腹後に家臣につくらせたという供養塔で、
秀吉の本陣があった石井山から移されたものよいう。

Bithyutakamatuc09
本丸から南へと回って行きますが、
沼に囲まれていたという備中高松城はその要害を攻めあぐねた秀吉により、
逆に沼を利用した築堤により水攻めにされることになります ><;

Bithyutakamatuc10
城址の南端

Bithyutakamatuc11
ハス池に咲き残っていた”宗治蓮”
沼の復元により自然に開花したという・・・

”備中高松城水攻め”は本能寺の変による信長の死により急変、
和睦を急ぐ秀吉との間で城内五千の命と引き替えに・・・と、
城主宗治は城を出た小舟の上で切腹します。

Bithyutakamatuc12
第一駐車場から東へ少し行くとある「妙玄寺」。
境内には「清水宗治自刃の地」供養塔があります。

駅へと戻る途中にある「舟橋」

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沼地に造られた備中高松城は、周辺と城をつなぐ道には
川舟を並べ、その上に橋を変えた舟橋が多くあったという。

和睦を成立させた秀吉は、この後あの”中国大返し”を行い、
山崎の合戦で明智光秀を討ち天下統一へと突き進みます。
その大きな転機となった「備中高松城址」を訪ねました。  📷18日

2023年9月11日 (月)

越前海岸ドライブ!越前岬から東尋坊

残暑が厳しく秋の気配すら感じない初秋ですが、
季節外れ(私的には)の越前海岸もまたよろしいかと ^^
いつもは冬の水仙とカニが目当てで走る越前海岸のドライブでした。
敦賀から河野しおかぜラインに入り、漁火街道へ。

少し不安定な天気が心配でしたが、
最初の目的地”越前岬・越前灯台”がある水仙ランドです。

Echizen01
いちばんの高台にある第一展望台まで行き見下ろす越前岬灯台(二代目)。

天気は雨上がりでちょっと冬を思わせる日本海ですが、
ここであまり晴れた海を見た記憶がありません ><;
ここから水仙ランド内の散策路を下ります ^^

Echizen02
冬にはたくさんの水仙が迎えてくれる水仙ランドは岬にある施設

Echizen03
今回は何もなく灯台を見て海岸沿いをさらに北へと走るだけ ^^;

Echizen04
少し走って呼鳥門トンネルを抜けると
風と波の侵食で岩に穴がぽっかり開いた洞穴があります。

Echizen05
今は綺麗に整備された「呼鳥門園地」ですが、
かっては国道305号線が通った自然のトンネルでした。

Echizen06
何度もくぐった旧国道の自然のトンネル ^^
ひさしぶりの立ち寄りでした。

いつもはここから海岸線を離れて内陸部へと入りますが、
この日は長居をする事もなく時間に余裕があったためさらに北へと走ります。
この先は坂井の三国港ですが、こちらもカニはまだ時期外れ ^^;

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漁港から先へと走ると「東尋坊」です。

約1kmにもおよぶ大規模な柱状節理は国の天然記念物指定^^

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いまさらながらの定番写真になりますが 

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もう何十年ぶりか?の訪問 ><;
懐かしさを越えた新鮮味がありました。

Echizen10Echizen11
各所にある柱状節理の名勝地はたくさん見ていますが、
あらためてその形状を楽しみました。

この日は遊覧船は欠航、岩場からの観光だけでした ^^;

Echizen12
東尋坊から見る「雄島」
今回も立ち寄ることができませんでしたが、
ここもいつかはと思いながら・・・ ^^

敦賀から走った越前海岸ドライブ!
懐かしい沿線の景勝地をめぐった1日でした。  📠 9日

2023年9月 5日 (火)

越中八尾 おわら風の盆

夜に出かけることが少なく、祭りやイベントにはご無沙汰でしたが、
この日は念願でもあった伝統行事の祭りへ。
富山県の八尾で開催されていた「越中おわら風の盆」です ^^
いつかは見てみたいと思っていた”風の盆”は超人気だけに、
なかなか機会がなかったんですが、昼の出発、夜行で早朝の帰着という、
ただ祭りだけを見るだけの企画に参加しました。

踊りが始める30分前に到着ということで、
すぐに町なかへ出て祭り見物・・・載せるのは順不同です ^^

Yathuikaze01
道筋には雪洞が灯り何とも雰囲気がある町なか ^^
撮影はなるべくその雰囲気を出そうと、
素人なりに考えすぎた感もありますが ><;

そこはご愛敬で ^^

Yathuikaze02
まずは”女踊り”の町流しから

Yathuikaze03
人気の祭りだけに道の両脇にはすでに観客でいっぱいでした ><;
予想はしていましたがそれにしても撮るのに苦労します。

一応フラッシュ禁止ですがスマフォでの撮影も多くそこは、ね^^

Yathuikaze04
”男踊り”も混じった踊り手の後には地方(囃子方)が続きます。

八尾には11の町があり、各町で踊りが行われ、
その踊りを見て回ることになりますが・・・最終時間は午後11時 ^^;

Yathuikaze05
何せ初めてのため町間を移動するにしても下調べは役立たず、
どうしても行き当たりばったりになります ><;

Yathuikaze06
こちらは人気の「おたや階段下」という錦町の舞台

Yathuikaze07
すでに超満員で ><;高台からの撮影
終わるとすぐに移動しますが、次の町へも足の向くままになりがち。

”日本の道百選通り”がある諏訪町

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その百選の道を町流しが通ります。

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哀調を帯びた胡弓と三味線の音色に唄が合わさり、
まさに”唄は楽器に応え、楽器は唄に応える”というコピーどおり ^^

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やはりこの町には似合いの受け継がれた伝統の踊りでしょうか?

この日の最後は東町でした。

Yathuikaze11
「八尾ふらっと館」で見物しましたが、
この踊りにはまたビックリ!これも舞台形式だそうですが、
二階のベランダを使った総踊り(輪踊り?)でしょうか。

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ちょっとシルエット調になりましたが、これもまた良しか ><;

「越中八尾 おわら風の盆」!
この日は3時間半という観賞時間が短く感じるほどでしたが、
足の向くままに楽しんだ念願の踊りでした。    📷 3日

2023年9月 2日 (土)

琵琶湖周航の歌 歌碑めぐり完了!

ちょうど3年前に「琵琶湖周航の歌」が作られて100周年ということで、
その歌碑を巡って琵琶湖を周回 ^^;
そのときは残念ながらコロナ禍のため
竹生島にある4番の歌碑を載せることができませんでした ><;
忘れていたわけではありませんが、
その記事を見ていただいていた方から”竹生島は?”とのごコメントに。

この日は「竹生島」の歌碑を訪ねました ^^

Kahimeguri01
竹生島クルーズの船上から
♪~遠くかすむは 彥根城 

Kahimeguri02
♪~波に暮れゆく 竹生島 (暮れる前です ><;)

これは”琵琶湖哀歌”の歌詞ですが・・・
目指すは「びわ湖周航の歌」の歌碑がある「竹生島」

Kahimeguri03
その竹生島到着

Kahimeguri04
竹生島桟橋を下りたすぐのところでこの歌碑が出迎えてくれます ^^
♪ 瑠璃の花園 珊瑚の宮 古い傳への竹生島
  佛の御手に抱かれて ねむれ乙女子やすらけく

ようやく?4番の歌碑を載せることができましたが、
久しぶりに訪れた竹生島です ^^少し散策をしました。

Kahimeguri05
ここは西国33所の30番札所
最初に訪れたその札所めぐりの時、御朱印をもらうために
この長い階段をダッシュしたのが思い出されます ^^;

Kahimeguri06
宝厳寺本堂から

Kahimeguri07
唐門・観音堂

Kahimeguri08
舟廊下と回って竜神拝所(かわらけ投げ)へと
懐かしの諸堂はお決まりのコースでした ^^  

これを機に改めて1番からの歌碑をおさらいしてきます ^^;
まず1番歌碑は大津市観音崎の三保ヶ崎、観音寺交差点のすぐ近く
橋を渡った右側

草叢に覆われた ><;小公園の奥にその碑があります。

Kahimeguri09
碑面には最初の一節  ♪ われは湖の子 とありますが、
この後は さすらいの 旅にしあればしみじみと・・・と続きます ^^

ここから琵琶湖を北上していきます。
続く2番は 
雄松崎(近江舞子・小松) です。

Kahimeguri10
名勝「月見浜」の道を行き、ホテルの前にある歌碑
松は緑に砂白き 雄松が里の乙女子は
  赤い椿の森陰に
 はかない恋に泣くとかや

続いて3番歌碑は今津の港!

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桟橋の傍にあるこの歌碑
♪ 波のまにまに漂えば 赤い泊火(とまりび)懐かしみ
   行方定めぬ波枕 今日は今津か長浜か 

さらに琵琶湖の最北を回って長浜へ
かっては豊公園の湖畔にも歌碑がありましたが、今はありません 。

竹生島の後は彦根港の突端にある5番の歌碑

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♪ 矢の根は深く埋(うず)もれて 夏草茂きしげき堀のあと 
   古城にひとり佇めば 比良も伊吹も 夢のごと

そして最後の6番歌碑は琵琶湖の東岸を南下して
近江八幡市の長命寺町です。

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長命寺港への道筋に建つ歌碑には
歌詞の後半部 ”黄金の波に いざこがん”が刻まれた碑と、
もうひとつ
は長い階段を上がつた「長命寺」境内です。

Kahimeguri14
♪ 西国十番 長命寺 汚れの現世(うつしよ) 遠くさりて
   黄金の波に いざ漕がん 語れ我が友 熱き心  
ここは西国33所の31番札所ですが、歌詞は”西国十番長命寺・・・”と。
作詞した小口はメロディに合わせて歌いやすいようにしたともいわれます。

これで「琵琶湖周航の歌」1番から6番までの歌碑が揃いました ^^
コメントをいただいた茶太郎さんありがとうございました。

Kahimeguri15
この日は凪の湖で穏やかな日^^
目的の「琵琶湖周航の歌」の歌碑とともに楽しんだ
久しぶりの竹生島でした。     📷 2日

歌碑の1・2・3・5・6番は2020年8月末での撮影です。

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