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2021年2月 4日 (木)

伊賀上野・芭蕉故郷塚

伊賀上野での芭蕉ゆかりの地めぐりは「蓑虫庵」から町なかを周るように、
次の目的地「芭蕉生家」と、松尾家の菩提寺でもある愛染院(あいぜんいん)の
「芭蕉故郷塚(こきょうづか)」へと行きます。

蓑虫庵から東へと歩くと上野恵美須町、その角にある芭蕉句碑

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”みのむしのねを聞きにこよくさの庵 ばせを”を見て、
茅町から寺町へと入り、綺麗に整備された寺町通りを北上して行きます。

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この道筋は藤堂高虎が城下町づくりを手がけた折りに寺院を集め、
城下町の守りに備えたといわれます。今も7つの寺院が建ち並び、
通りの中ほどには、鍵屋の辻の仇討ちで討たれた河合又五郎の墓がある
「萬福寺」など、それぞれに由緒や文化財を宝蔵しています。

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こちらはいちばん北の端(上野市中心部側)にある 「上行寺」。

伊賀上野藩主藤堂家の菩提寺で、天正16年(1588)藤堂高虎によって、
紀州粉河に創建
されましたが、伊予国を経てここに移築されます。

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境内に建ち並ぶ歴代藩主の碑のなか、
こちらが高虎公の墓碑。

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この先で横切るのが伊賀鉄道、お馴染みの忍者列車が通過! ^^
踏切を越えると上野中央通り。右折して東に進むと「芭蕉生家」ですが

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残念ながら現在耐震工事中で今は公開されていません ><;
通りすぎて次の濃人町交差点を右折すると目的の「愛染院」があります。

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松尾家代々の菩提寺でもある「愛染院(あいぜんいん)」。
山門と、山門前に建つのは「芭蕉翁故郷塚」の碑。

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本堂
正式には遍光山願成寺といいますが、本尊の愛染明王から「愛染院」とも。 

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本堂手前、左手角にある芭蕉句碑には、
”家はみな杖にしら髪の墓参り”が刻まれています。
大津に滞在していた芭蕉が兄の招きで帰郷し、盂蘭盆会に
家族で墓参りをした元禄7年(1694)51歳の時の吟。

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先にある紫門を開けて入ると

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左手に「瓢竹庵」
庵内には芭蕉の木像が祀られているそうですが、まだ見ていません ><;

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進んで右に曲がると奥に「故郷塚」があります。周辺には芭蕉のもうひとつ
”数ならぬ身となおもひそ玉祭り”の句碑(元禄7年(1694)吟)と、
他にも芭蕉ゆかりの俳人たちのたくさんの句碑、記念碑が建ち並びます。

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その「芭蕉故郷塚」。
碑面は磨耗していてほとんど読めませんが ><;
資料によると、中央に「芭蕉桃青法師」、右に「元禄七 甲戌 年」、
左に「十月十二日」と刻まれているそうです。
大阪市南御堂で没した芭蕉(51歳)の遺骸は遺言により、
大津市の義仲寺に葬られましたが、伊賀の門人服部土芳と貝増卓袋が遺髪を
持ち帰り、ここ愛染院の藪かげに埋め、碑を建て故郷塚としたという。

12年ぶりにめぐった伊賀上野・芭蕉ゆかりの地でした。 📷 1月29日

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