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2018年9月14日 (金)

長光寺地蔵堂 稲沢市

稲沢市六角堂東町の美濃路沿いにある「長光寺」。
岐阜街道歩きの最初に楼門と、門前にある道標を紹介しましたが、
ここには珍しい六角円堂の「地蔵堂(国重要文化財)があります。

織田信長も遊んだともいわれるその境内とともに、ちょっとご紹介 ^^;
まずは楼門(仁王門)をくぐります。

Choukoji01

足利尊氏が将軍宣下を受けた1338年に建立(奉納)、
江戸時代中期に再建されたという。

Choukoji02

Choukoji03

門の左右には仁王像。
尾張六地蔵尊一番札所の門札がありますが、
二番札所は中区大須清浄寺の矢場地蔵(延命地蔵尊)、
三番は南区呼続の地蔵院、四番は緑区鳴海の如意寺、
五番は天白区島田の地蔵寺、六番は千種区今池の芳珠寺。

Choukoji04

門をくぐった先にある「地蔵堂(六角堂)」
仁寿元年(851)小野篁が陸奥国に下る途中、この辺りに駐杖したおり、
路傍に地蔵像を安置したのが始まりと伝えられ、
1160年に尾張守であった平頼盛が寄進したといわれます。

Choukoji05

北壁に須弥壇をおき、鉄造地蔵菩薩像が安置される。
もちろん内陣は見れませんが、外陣はすべて吹放し。
軒は二重の放射状の扇垂木、隅木下には風鐸(ふうたく)が付きます。

Choukoji06

屋根はとち葺型の銅板葺となっているが、
当初はこけら葺もしくは檜皮葺であったと考えられる・・・とも。
現在の建物は1510年に再再建されたもので、
その後は織田家、徳川家によって庇護されました。

まぁ、歴史のある地蔵堂ですが

Choukoji07

その回廊への石段です。

Choukoji08

これが何かを意味するものなのか?
それとも何の意味もないものなのかは分かりませんが、
ちょっと気になった文字でした ^^;

Choukoji09

観音堂

Choukoji10

そして奥にある本堂です。
さらにここには信長愛飲の臥松水(がしょうすい)と呼ばれる
井戸があるそうですが、確認していません ><;

周辺には信長ゆかりの「総見院」もあり、
少し南に下れば信長の居城「清須城」があります。 camera 11日 

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