少しだけ稲置街道
2回にわたって歩いた岩倉街道ですが、
犬山まで歩き終えて、この日は時間に余裕がありました ^^;
この道は来る途中で稲置街道(犬山街道)に合流しています。
以前に歩いた上街道(木曽街道)も稲置街道と重複部分があり、
その追分が犬山市の楽田(がくでん)追分でした。
犬山城下からは7kmほどで、時間的にもちょうどいい距離と、
この日はそのまま来た道を戻ります。
ふたたび岩倉街道との合流点まで来て、
ここからは初めて歩く稲置街道です。
すぐに名鉄犬山線の犬山口駅
稲置街道は江戸時代に名古屋城下と犬山城下を結んだ街道で、
当時街道沿いに稲置(いなぎ)村(現犬山市)があったことから、
そう呼ばれています。
犬山城下から来た道はこの社を見て県道27号線に合流。
しばらくは車のの多い県道を歩きます ^^;
太郎丸で国道41号線をくぐると、
名鉄小牧線に沿ってそのまま南下して行きます。
合瀬川手前にあった「史跡 五郎丸初生地」碑。
説明がないためよく分かりませんが ><;
五郎丸とは・・・人の名前だったのか?それとも地名なのか?
羽黒に入ると「大宮浅間神社」への案内石柱があり
すぐに五条川を渡ります。
お馴染みの桜並木も以前に歩いた懐かしいところ ^^;
その先で道はようやく県道から離れ旧道へ。
道沿いには祠もあり、
喧噪の中の県道とは違い静かな道にホッとする歩きです。
民家の切れ間から眺める山並み、チラッと尾張富士も見えますが、
この辺りは上街道と並行するところ ^^;
三十三観音像と、
御嶽山を中興させた先駆者「覚明行者石像」
そして、慶長3年(1598)の創建という御日塚神社を見ると、
楽田追分はすぐ。
赤い屋根の懐かしい教会
そして上街道と稲置街道(左)の追分です。
民家の庭に咲いていたソシンロウバイ。
昨年4月に歩いてから9カ月ぶり。
今回は岩倉街道とともに、その合流点から楽田追分まで、
ちょうど抜けていた部分の稲置街道でした ^^; 21日
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おはようございます。
昨日は驚きましたがお初でしたね!!
ありがとうございました。
なんと会場のある市内しかもわりと近くにお住まいで・・・
昨日はぶらり歩きを休んで(笑)お出かけくださり
感謝感激です!!
私は西国三十三所巡りが止まったままです。
春になったら活動開始します(爆)
稲置街道、名古屋城と犬山城を結ぶ街道なんですね。
尾張富士もチラリと見えました。
民家の庭とはいえ蝋梅の木立派ですね。
香りは良かったですかー?
明日は雪らしいですが次回はどこを
歩いておられるのでしょうね、まさか今日も!!
投稿: ぐーま | 2018年1月23日 (火) 07時34分
ぐーま さん
昨年のすれ違い以来でしたが、
ようやくお会いできましたね ^^
会場のあるところはいつも買い物に出かけるところで、
ギャラリーもよく知っているところす。
素晴らしい手作りの写真展で、
素敵な写真を楽しませていただきました。
今年は街道歩きでスタートしていますが、
今週は天気次第でとと、様子をみています ^^;
西国三十三所もまだまだ見どこのところが残っていますね。
このあともゆっくりと巡ってください。
投稿: 好好爺 | 2018年1月23日 (火) 13時32分
好好爺さん
その前の熊野古道に続いての「岩倉街道」、大変興味深く読ませて頂きました。私は名古屋育ちの、三河暮らしで、尾張については、ほとんど暗いです。歴史的にも重要な地域です。お写真などやはり歴史を感じさせますね。自分の足で歩くというのは本当に良いことです。
投稿: shuttle | 2018年1月25日 (木) 20時28分
shuttle さん
名古屋周辺には古道・街道がたくさんありますが、
尾張北部から市場に野菜を運ぶ道として重要だったようです。
こういう道を歩くのは初めてでした。
幹線道の街道とはまた違った感がありますね。
なかなか街道の歴史を知るのはむつかしいですが、
こうして歩いてみると少しは勉強になります。
投稿: 好好爺 | 2018年1月25日 (木) 21時42分