伏見桃山城
「伏見城」は豊臣秀吉の築城した指月伏見城から始まり、
伏見地震で倒壊したあと、すぐ傍の木幡山に再築された
木幡山伏見城も豊臣期と徳川期に3度築城されています。
その木幡山伏見城城は、現在の桃山地域であり、
本丸天守跡は「明治天皇伏見桃山陵」となっています。
新春まち歩きで、伏見桃山城を少しだけ載せましたが、
この城はあくまでも観光のための城として造られたものです。
さて、今回はその伏見桃山城をあらためて ^^;
まずは模擬城門からですが
扉には桐紋(五三桐)
そして模擬小天守と大天守と見事な城跡・・・ですが、
現在の模擬天守は、昭和39年(1964)に近鉄が遊園地の
「伏見桃山城キャッスルランド」として、洛中洛外図に描かれた
伏見城を参考に鉄筋コンクリートで造ったもの。
正面虎口を上がると5重6階の大天守
左手には3重4階の小天守
現在は耐震基準に満たないため入城できませんが、
当時は資料館にもなっていたとか。
歴史的価値観の無い観光模擬天守とはいえ、
外観を見ると当時のものかとも思いそうです ^^;
裏手に出て側面を回り込んでいますが
この天守も桜の咲くころに見ると、
また違った太閤城を思い出させる情景ではないでしょうか。
城門口(南面)からの大天守と小天守。
遊園地閉園後は市民の運動により保存されたまゝ京都市に贈与。
同市により敷地は伏見桃山城運動公園として整備されました。
また、本丸跡などの主郭部分は、
現在明治天皇の陵墓(伏見桃山陵)となっています。
あらためて
その明治天皇伏見桃山陵前から眺める向島方面(南面)ですが、
往時の伏見城天守から眺める景色はどんなものだったんでしょうね。
”伏見城の後には元禄時代ごろまでに桃の木が植えられ、
桃山と呼ばれるようになり、やがて伏見城は桃山城、
あるい伏見桃山城と呼ばれるようになった・・・” とも。
7日
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