紀州 和歌山城
和歌山県和歌山市にある「和歌山城」。
八代将軍吉宗、十四代将軍家茂を輩出した、
徳川御三家のひとつ紀州徳川家の居城です。
初めての訪問でした。
西の丸跡(広場)から
天主と多門でつながる乾櫓。
天守閣
天正13年(1585)、羽柴秀吉が紀州を平定し、
弟・秀長に命じて虎伏山の峰に築城したのが始まり。
手がけたのは築城の名手、藤堂高虎でした。
二の丸と西の丸に架かる御橋廊下
その後、幾多の変遷を経て
元和5年(1619)、徳川家康の10男・頼宣が入城し、
以来、紀州徳川家の居城となる。
一の橋・大手門
この日はここから登城しました ^^;
大手登城道(勝手に付けた名です ><;)
見どころのたくさんあるお城ですが、
右には樟の大樹、左には井戸があります。
突き当たると
枡形に曲がる一中門跡で、
抜けると右に二の丸跡跡と虎伏像がありますが無視 ^^;
直進して行くと岡口門と表坂に向かいます。
ここからの注目は石垣群です。
表坂の石畳と石垣
石垣は切込接ぎ(きりこみはぎ)と
打込み接ぎ造り。
坂の途中から眺める岡口門。
築城当時は大手門でしたが、
途中から搦手門(裏門)になります。
現存する数少ない遺構のひとつ ^^
坂を登ると松の丸跡
こちらにもクスノキの大木があります。
右に続く石垣は自然の石をそのまま積んだ野面積み。
天主下に出ました。
道は右に登って左へと折れますが
直進して本丸御殿跡からの天守。
右に下る道は裏坂です。
天守二の門(楠門)と二之丸櫓
門をくぐると乾櫓
そして2層小天守と白亜の3層大天守です。
一時は国宝(旧国宝)に指定されていましたが、
戦災で焼失、昭和33年(1958)の再建です。
天守最上階から眺める西側。
先には和歌山港と紀の川が望め、
二之丸櫓と乾櫓が多門で繋がった
連立式天主の様子が良く分かります。
小天守内部
順路が逆になりますが
乾櫓から二之丸櫓を通って多門内を天守へ。
内部をぐるりと見学できます ^^
大天守内に戻ってきました。
天守内の見学を終えて新裏坂を下ります。
護国神社沿いを行くと
追廻門(おいまわしもん)
柱に本瓦の屋根を載せた高麗門ですが、
この門も現存する遺構のひとつ。
砂の丸跡広場の傍を戻って
裏坂に向かう道、
この辺りは”鶴の渓”と呼ばれています。
このあとは徳川頼宣が西の丸に築いた
「西之丸庭園」ですが・・・続きます。
16日
« 湖北のコハクチョウ | トップページ | 和歌山城 西之丸公園 »
「お出かけ」カテゴリの記事
- 木曽三川公園センター 冬の光物語(2022.12.16)
- ひるがのピクニックガーデン(2022.08.03)
- 納涼!びわこ箱館山(2022.07.22)
- 青山リゾートから青山高原(2022.06.30)
- 日本最大級の木製水車(2022.05.15)


好好爺さんは、北へ南へといろんな場所へお出掛けされていますね^^
この時期は見頃を迎える植物が少ないので、お出掛けする場所の
選定が難しそうです^^;
和歌山城、初めて見ましたが大きなお城ですね。
天守までかなりの距離がありそうです。
私は途中でへばってしまいそうです^^;
和歌山は暖かい事もあって、紅梅が満開ですね^^
投稿: いわし | 2016年1月18日 (月) 22時39分
いわし さん
この時期はほんとに出かけるところに悩みます><;
お城は好きで、城跡も含めてよく出かけています。
和歌山城は以前から行きたかったお城で、
大阪に出かけたついでに立ち寄ってきました ^^;
思っていたより広い城内でしたね。
紅梅
咲いているとつい撮ってしまいます ^^
投稿: 好好爺 | 2016年1月19日 (火) 08時03分