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2015年12月15日 (火)

安土城跡 百々橋口道

長い石段の大手道を本丸跡まで登ってきましたが、
さらに上にあるのが安土城、その天主跡です。

Azuchi201

本丸跡からさらに一段上へ

Azuchi202

少し開けたところからさらに上へと延びる石段、
ここが最後の登りです。

そして天主跡(安土城では天守ではなく天主)。

Azuchi203

背丈ほどの石垣に囲まれた台地に整然と礎石が並びますが、
ここは天主の地下部分。
天正4年(1576)から3年有余をかけ完成した五層七階の、
壮大な天主閣であったという。

Azuchi204

Azuchi205

その石垣から眺める景色。
当時は四方を琵琶湖と沼でで囲まれていたそうです。

Azuchi206

西側には二の丸跡の「信長公本廟」。

本能寺の変で信長が倒れたのちに焼き払われ、
天下の名城もわずか3年にして灰燼と化します。

Azuchi207

戻る本丸跡から二之丸跡に続く天主台の石垣に
当時の面影が偲ばれます。

戻ります。

Azuchi208

帰路への分岐で百々橋口道(どどばしぐちみち)へ。

Azuchi209_2

この道もまた石段の連続ですが、
登りはここだけであとは急な下りです ^^;

Azuchi210

登りきると三重塔が見えます。

Azuchi211

その手前にある 摠見寺本堂跡 。
安土城築城の際に信長が他所より移築し、
自らの菩提寺にしたと伝えられます。

安政元年(1654)焼失、
現在は大手道沿いの伝徳川家康邸跡に建てられている。

Azuchi212

その南に建つ「三重塔」
天正3~4年に信長が甲賀の長寿寺(湖南三山)から
移築したとされ、長寿寺にはその礎石が残っています。

Azuchi213

本堂跡から眺める西の湖の眺め

Azuchi214

下り道から、
このあとは長い下りの石段が続きます。

Azuchi215

当時はこの道が百々橋口から城内へと、
家臣たちが登城したといわれる道。

Azuchi216_2

Azuchi217

その途中にある「二王門」、
これも天正年間に信長が甲賀から移したもの・・・と。

Azuchi218

安土城にはいくつかの登城道がありますが、
今は大手道とこの百々橋口道だけが通行可能。

Azuchi219

ただ、以前は通れた百々橋口周辺は、
有料化によって?通行できません ><;

Azuchi220

今は山麓の道を案内受付まで戻るだけです。

とにかくひも解けば謎の多い安土城ですが、
今回は難しいことは無しで ^^;
ただひたすら城跡の散策だけでした。

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