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2015年5月20日 (水)

チョッとだけ東海道

愛知県知立市にある「無量寿寺(むりょうじゅじ)」。
カキツバタを見に出かけてから日が経ちましたが、
この日は電車で三河八橋駅まで行き歩きでした。

電車のときにはいつも帰りに旧東海道を歩いて
名鉄知立駅まで戻ることにしています。
この日も久しぶりに旧東海道を歩きました。

「無量寿寺」から南へ500mほど歩くと旧東海道に出ます。

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来迎寺町の交差点に建つ「元禄の道標」。
”従是四丁半北 八橋 業平作観音有”と記されており、
元禄9年(1696)に建てられたもので
在原業平ゆかりの八橋無量寿寺への道しるべです。

Tokaidoc02

ここからすぐに来迎寺の一里塚があります。

Tokaidoc03

一里塚の上の木はふつう榎ですが、
この一里塚は松。

Tokaidoc04

そして両側に現存する一里塚は珍しく、
愛知県下の東海道ではここと豊明市の”阿野一里塚”のみ。

Tokaidoc05

一部がカラー舗装された道を行くと、
衣浦豊田有料道路の傍にもうひとつの道標があります。

Tokaidoc06

こちらも八橋業平観音への道しるべ。

Tokaidoc07

横断歩道のない道を高架橋で越えますが、
この先が知立の松並木です。

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Tokaidoc09

約500mにわたって約170本の松が残る見事な松並木と、
道筋に建てられた
「旧東海道参拾九番目の宿 池鯉鮒」の石柱。

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車道の傍の整備された道を行くと、
「馬市之跡」碑と「万葉歌碑」があります。

歌碑には、
”大宝2年(702)持統天皇が三河行幸の際詠まれた歌
「引馬野爾 仁保布榛原 入乱 衣爾保波勢多鼻能 
知師爾  (ひくまのに におふはりばら いりみだれ 
ころもにほわせ たびのしるしに )」が刻まれていることから、
この辺りは引馬野(ひくまの)と呼ばれ、
浜松市・宝飯郡御津町と共に
天皇行幸の推定地とされている”とあります。

この先で松並木は終わり
旧街道は国道1号線によって分断されます。

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Tokaidoc13

地下道で国道をくぐり旧道に戻ると「池鯉鮒宿」の碑が建ち、
ここから池鯉鮒宿の中心部に入って行きます。

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名鉄三河線の踏切を越えると変則5差路に出ますが、
旧道は右斜めの細い道へと続きます。

Tokaidoc15

すぐに名鉄知立駅への分岐の交差点に出て、
道は真っ直ぐ本町を通り「知立神社」へと向かいます。
この日の街道歩きはここまででした ^^;

「無量寿寺」から名鉄知立駅まで約4kmほど、
チョッとだけ歩いた旧東海道でした。

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コメント

好好爺さん

無量寿寺から知立神社まで、車ではいくらも掛からず行けます。その寒の「旧東海道」には見事な松並木もあって、昔からの面影が強く残っています。学生時代から見慣れた道筋を、詳しく解説いただき、有り難く思います。古い道標とか一里塚など、貴重なものですね。

shuttle さん
短い東海道ですがこの道は街道筋を凝縮しています。

愛知県では豊川市にある御油の松並木が有名ですが、
この知立の松並木も見事なものです。
道標も無量寿寺に関連したもの、
一里塚も両方が現存していて見どころのある道ですね。

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