2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« いわむらひなまつり Ⅱ | トップページ | 佐原の町並みと雛めぐり »

2015年3月11日 (水)

美濃 岩村城跡

大和の高取城(奈良県)備中の松山城(岡山県)と並ぶ、
日本三大山城のひとつ美濃の岩村城。
標高717mに築かれた城は霧の湧き易いことから
別名「霧ケ城」ともよばれています。

「いわむら ひなまつり」のあとはこれも久しぶりの
岩村城跡への登城でした。

Iwamuraj01

復元された太鼓櫓のある藩主邸跡から登城口へ。

Iwamuraj02

すぐにある「下田歌子勉学所」を見ると、
この先約700mの登城坂が待っています。

最初の急坂”藤坂”を200mほど行くと

Iwamuraj03

岩村城への最初の関門になる”初門”跡。
直線的に延びる登城坂が
ここで大きくカギの手に曲げられています。

一の門跡を過ぎると”土岐門”跡

Iwamuraj04

岩村城への第二の門で
内側は馬出曲輪(うまだしくるわ)跡だそうです。

この先道は地道に変わり綺麗な石垣が見え始めると

Iwamuraj05

ここが”畳橋”跡。
大手の入口になり、高石垣と枡形門、三重櫓によって、
厳重に固められていた場所です。

この辺りから岩村城の要塞が始まります。

Iwamuraj06

道は枡形になり”追手門(枡形門)”と、
”三重櫓”跡になります。

真っ直ぐ進むと”竜神の井”、そして「八幡神社」を見ると、

Iwamuraj07

”霧ケ井”です。
岩村城の別名「霧が城」の由来となった井戸で、
敵がせめて来たとき、城内秘蔵の蛇骨を井戸に投じると、
たちまち霧がわいて城を隠した守ったという。

本丸まで残り100m、見どころが続きます ^^

Iwamuraj08

菱櫓跡
建物も石垣も地形に合わせて菱形だったと。

そして目の前には

Iwamuraj09

岩村城必見の「六段壁」。
本丸の北東面に雛壇状に築かれた
六段の見事な石垣です。

Iwamuraj10

元は最上部の高石垣だけだったのが、
補強を繰り返した結果現在の姿になったと。

本丸へ入城!

Iwamuraj11

”長局埋門(ながつぼねうずみもん)”
石垣の間に門を設けた櫓門。

Iwamuraj12

本丸には入る内枡形の通路は東口門で、
岩村城の正門になります。

Iwamuraj13

そして本丸跡に到着!

Iwamuraj14

本丸跡に残る”昇龍の井戸”

Iwamuraj15

本丸跡から見る「出丸跡」
車が停まっていますが、
ここへは国道257号線から入る車道があります ^^;

出丸へといきます。

Iwamuraj16

二之丸跡への”埋門”

Iwamuraj17

石垣の間のクランクした通路は極端に狭くなっていて、
石垣の上には櫓が載せられていたようです。

Iwamuraj18

二の丸跡から出丸へと続く高石垣。

Iwamuraj19

出丸跡から望む岩村の町。

Iwamuraj20

ここから戻りましたが、
あらためて見る本丸の高石垣です。

元亀3(1572)年、城主の遠山景任(かげとう)が病死。
信長の叔母とされる夫人が”女城主”となって、
幾多の変遷を遂げてきた「岩村城」でした。

« いわむらひなまつり Ⅱ | トップページ | 佐原の町並みと雛めぐり »

お出かけ」カテゴリの記事

コメント

好好爺さん

「岩村」は豊田市から近いので何度も行きました。「女城主」で有名ですが、お写真のような綺麗なお城ということは気付きませんでした。「へえ、こんな風だったかなあ」と言う印象です。特に石垣に就いては気付きませんでしたねえ。

shuttle さん
岩村城跡は石垣が人気です。

特に六段壁の石垣は有名ですね。
歩いていくと目の前に現れる菱櫓跡と六段壁に圧倒されます。
ここは標高がありますが、
短い時間で手軽に登城できるため訪れる人も多いですね。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/136995/61243224

この記事へのトラックバック一覧です: 美濃 岩村城跡:

« いわむらひなまつり Ⅱ | トップページ | 佐原の町並みと雛めぐり »