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2014年12月12日 (金)

石田三成ゆかりの地

NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」もいよいよ大詰め、
天下分け目の”関ヶ原の戦い”を迎えます。
このとき、西軍の指揮をとった石田三成のゆかりの地が、
その関ヶ原周辺にあります。
今回はちょっとその地を巡ってみました。

関が原から15kmほど西にある長浜市石田町、
ここが石田三成の出生地です。

Mitsunari01

町の中心部にある「石田会館」がその三成屋敷跡で、
敷地内には銅像と出生地の碑があります。

そこから北へ数分ほど

Mitsunari02

案内板を見て細い路地を行くとあるのが
「石田三成産湯の井戸」。
三成の産湯の水を汲んだといわれます。

戻って南に数分ほど行くと「八幡神社」があり、
その裏側が「石田神社」で
そこには「石田一族供養塔」があります。

Mitsunari03

Mitsunari04

綺麗に清掃された神社内。
昭和48年に建てられたという新しい供養塔と、
三成の辞世の歌などの歌碑が建ち並んでいます。


ここから目の前の横山城跡のある横山を
観音山トンネルでくぐると米原市朝日町。

Mitsunari05

トンネルの先で左折すると「観音寺」があります。
ここが三成と秀吉の出会いの地とされています。

その山門の左手の道を少し行くと

   Mitsunari06

「石田三成水汲みの井戸」。

三成は少年時代をこの観音寺で過ごしたと伝えられ、
あるとき、鷹狩りの途中に立ち寄った豊臣秀吉に
この水で茶を点てて献じたという・・・

Mitsunari07

本堂までは長い参道を行きます。

そのとき、秀吉の所望により3杯の茶を点てますが、
最初はぬるめのお茶、2杯目は最初よりは若干熱め、
3杯目は熱いお茶を少しだけ点てて出しました。

Mitsunari08

Mitsunari09

本堂と奥に薬師堂

そんな心遣いが秀吉の心をとらえ三成を小姓にとりたてたと、
いわゆる”三碗の才”として語り継がれています。

さて、ここまでは生誕から幼少の話でしたが、
その後の秀吉の側近としての活躍はご存じのとおり。


時代は過ぎて

Mitsunari10

こちらは「関ヶ原古戦場決戦地」跡
後方には石田三成が陣地を構えた笹尾山が見えます。

では、その「石田三成陣地」へ

Mitsunari11

「大一大万大吉」の幟(のぼり)がはためく陣跡。
その前面に陣を配していたのは
三成の側近、名将として知られた「島左近」でした。

笹尾山へは正面からでも、
右の山腹を巻く道からでも行けます。

Mitsunari12

陣地前面に張り巡らされた馬防柵(丸太夜来)。

Mitsunari13

山上にある「石田三成陣地」跡です。

Mitsunari14

陣跡からは関ヶ原合戦場が見わたせますが、
正面左手前方に見える低い山が
西軍を寝返った?「小早川秀秋」が陣を構えた「松尾山」。

そして運命のとき、慶長5年(1600年)の朝、
天下分け目の「関ヶ原の戦い」が始まります。

Mitsunari15

真下に見える「決戦場」跡

結果はご存じの通りわずか6時間で決着、
西軍の将、石田三成は北国街道を敗退していきます。

「石田三成出生の地」長浜市石田町から、
「関が原決戦の地」まで、関ヶ原周辺の
石田三成ゆかりの地を訪ねました。

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