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2014年9月 3日 (水)

奈良 大宇陀松山地区

奈良県宇陀市大宇陀区松山地区。

古くから城下町として、また商業の町として発展し、
今でも古い町並みの景観が残っています。
久しぶりにその町並みを歩いてみました。

Uda01

旧内藤家住宅を改修した
「まちづくりセンター(千軒舎)」。
ここから北へと歩きます。

Uda02

宇陀松山地区の古い建物群は、
2006年に「重要伝統的建造物群保存地区」・
重伝建地区に選定されています。

Uda03

「森野旧薬園」
吉野葛の老舗「森野吉野葛本舗」の裏山は
江戸時代から続く薬草園で知られますが、
特にカタクリの咲くころは多くの人が訪れます。

この辺りから北に続く道沿いに
古い町商家の建物が多く見られます。

Uda04

黒川家住宅

Uda05

都司家住宅

天正13年(1585、)秋山氏が追放された後、
豊臣家配下の大名によって城の大改修と
城下町の拡大整備が行われ、
町名も阿貴町から松山町へと変わります。

 Uda06 Uda07_2

元和元年(1615)に城が破却され、
宇陀松山藩となってからは織田家の支配となりますが、
その後国替えとなり町は天領に・・・。

Uda08

まちなみギャラリー(石景庵)

Uda09

旧細川家住宅
大宇陀町歴史文化館「薬の館」。

伊勢や吉野への交通の要所であった松山町は、
江戸時代から商業地として活況を呈していきます。

Uda10

途中で道を東に折れると春日神社への道。
その途中には石垣の一部が残り、
城下の建築時に町人地と城館とを分かつ
虎口として造られた春日門跡があります。


   Uda11

戻って道を西に折れます。

   Uda12

下中通りの辻にある道標。

交通の要所にあった大宇陀の道しるべ。
西面には「大峰山上」への文字もあり、
伊勢や吉野への交通の要所であったことが分かります。

Uda13

そのまま西に突き当たると「大宇陀恵比寿神社」。

Uda14

北に曲がるとすぐに町への出入り口となる枡形、
そしてその「松山西口関門」です。

Uda15

福島氏の居城松山城、
その名残をとどめる唯一の遺構。

Uda16

正面から。

松山城を居城とした江戸初期に建築され、
壁以外はすべて黒く塗られ「黒門」とも呼ばれます。

明治時代には松山地区は料理旅館や商店が軒を連ね、
昭和40年頃まで活発な経済活動が営まれていたという。
※ 記事内容は一部「宇陀松山」のHPから引用。

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コメント

こんにちは~
古い街並みが残る景観が素敵ですね。
重要伝統的建造物群保存地区があるのですね。
以前宇陀市にマンホールを収集しに行きましたが
こちらの地区は訪れていませんでした。
一度訪れてみたいですが、
少し遠いかな・・・ 
目的のマンホールは撮れなかったので何時か
かねて出かけてみたいですね。

彩 さん
ここは吉野への通り道で道の駅にはよく立ち寄ります。

ずいぶんと昔に一度載せたことがありますが、
久しぶりで散策してみました。
宇陀市には伊勢への道が多くあり、
その道沿いにはこうした古い町並みがありますね。
機会があればまたこちらも訪れてみてください ^^

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