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2014年8月 3日 (日)

東海道・岡崎二十七曲り

チョッとお出かけは休憩で ^^;
以前に歩いた旧東海道の「岡崎城下二十七曲り」です。

過去に東海道歩きでこの二十七曲りに失敗し、
その後、2度挑戦しましたがいまだに完全に歩けたのと?
そんな疑問のままでした。
過日「伊賀八幡宮」にハスを見に行ったときに、
新しい案内標柱が立てられているのを知り、
その日に4度目の挑戦をしてみました。

今回は「伊賀八幡宮」から近い西の出入り口になる
「松葉総門」に行き、そこから東へと歩いてみました。

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矢作川を渡ってきた旧東海道はいったん南に下り、
「往還通り」に入るとこの道標で東(岡崎城)へと向かいます。

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この辺りは味噌蔵の建ち並ぶ「八丁蔵通り」と交差するところ。

通り抜けると国道248号線です

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ここが岡崎城下の西出入口「松葉総門」があったところ。
以前は手前の石柱しかありませんでしたが、
今は傍に建つ標柱が詳しく案内してくれます。

国道を横断して付き当たると

   27magari05

「板屋町角」の石柱があり、
ここから東海道の二十七曲りが始まります。

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国道1号線を高架橋で迂回して少し戻ると「田町角」。
右から来て曲がったところですが、
ここは絶対に迷うところでした。

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道が突き当りと右に小さなポケットパークがあり、
その公園を見ながら伊賀川を渡り北へ行きます。

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次の「柿田橋」で右に折れると材木町の「木まち通り」。
ここで東へ向かいますが、
この新しい案内標柱でもう間違えることはありません ^^;

ここから道は小刻みに南へ、東へと曲がります。
今はすべて標柱が案内してくれます ^^;

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「連尺通り」に出ると角にある石柱。
直進していくと「岡崎城」に出ますが、
石柱には「岡崎城対面所前角」とあります。

この辺りは何度も迷ったところですが、
ずいぶんと分かりやすくなりました。

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今はこうしたカラー舗装道までできています ^^

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「連尺通り」をしばらく歩くと「龍田公園」に出ます。
ここに石柱はありますがさすがに案内標柱はありません。
ここは公園の中を南へと歩きますが、
西から来ると今でもまず迷うところでしょう><;

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公園の南側にある「龍田総門跡」碑。
東から来るとここで案内があり道が分かります。

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傍に建つのは「岡崎信金資料館(旧商工会議所跡)」です。

ここから少し東に歩くと

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「きらみち」分岐の道標があり、
ここで60mほど北に行くと「伝馬(てんま)通り」。
再び道を東にとりますが、
この辺りがかっての「岡崎宿」になります。

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道を挟んだところに建つ「西本陣跡」の石柱。

この伝馬通りには多くの石像があります。

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これもそのひとつ。
岡崎宿の面影を残すものは何もありませんが、
こうした石像を楽しみながら歩きます ^^;

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「伝馬通り」を過ぎて右に曲がると次の「両町角」へは80m。

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すぐに左へ折れると「あとは若宮町角」まで、
二十七曲りもあと少しです。

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ここが若宮町角にある「岡崎城東入口」です。
以前にはなかった綺麗な小公園になっていました。

ここで南へ折れると最後の角を曲がります。

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欠町(かけまち)の「冠木門」に着きました。
旧東海道はこのあと国道1号線を沿うように行き、
岡崎インターを左に見て次の「藤川宿」へと続きます。

何度も挑戦しながら完璧ではなかった道でした。
新しい案内標柱で初めて完全制覇ができた?
そんな約4キロの「岡崎城下二十七曲り」でした。

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コメント

好好爺さん

私は、岡崎の大学を出て、岡崎の高校にも勤務しました。合わせて20年近くを岡崎で過ごしましたが、「岡崎城下二十七曲り」に着いては殆ど知りませんでした。お恥ずかしい限りです。ただ、この中に出てくる地名に就いては、知っているところが多いです。家庭教師をした家の所在地。k帝訪問で訪ねた生徒の家。岡崎の町、道は大抵歩いています。もしかしたら「27曲がり」の道を歩いていたのかも知れませんね。本当に懐かしいです。

shuttle さん
こればっかりは興味がないと解りませんね。

旧道歩きでも町中では迷うことがありますが、
この二十七曲りは特別です。
岡崎城下を通すために造られた道で防御的な意味もあり、
意図的に付けられた道でもあったようですから迷いますね。
しかし、現在でも大半は市の中心部にある主要道路ですから、
岡崎在住のころは当然歩かれていると思います。

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