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2014年1月15日 (水)

新春初歩き・下街道Ⅰ

ずいぶんと前に”名古屋の善光寺街道”と題して、
名古屋市伝馬町の”札の辻”からその善光寺街道ともいう
下街道(したかいどう)を歩いて載せたことがります。
いつかその続きをと思っていましたが、
今年の初歩きはその下街道を選びました。

スタートは以前に歩き終えた名古屋市から春日井市へ入った、
ここ庄内川に架かる「勝川橋」からです。

Shita01

ここから下街道は春日井市を抜けて行きます。

歩き始めた勝川は宿場町や街道の面影はなく、
賑やかな大通りを行くだけですが、
柏井町から静かな道へ入ると鳥居松町。

Shita02

鳥居松商店街の「鳥居松観音」。

この辺りは風格のある店構えの家屋や、
「明治天皇下原新田御小休所」の建つ
「春日井市立資料館」などもあり少し街道の面影を残します。

毎度のことながら街道歩きは常夜灯や、
神社仏閣ばかりですが、
そんななかからこんな地蔵尊もあります ^^;

Shita03_2

Shita032

東名高速をくぐり中部大学キャンパス沿いに入ると、
「尻冷やし地蔵」があります。
お堂の中には「浮彫石地蔵」があり、
台石の下から湧く清水で尻を濡らしていたことから、
尻冷やし地蔵と呼ばれるようになった・・・と。

こういうのは楽しいですね ^^;

この先で国道19号線に合流、
国道に沿った歩道を下って行くと坂下の町へ入ります。

     Shita04

ここも宿場のひとつですが、
昔は養蚕が盛んなところだったそうで、
道筋の家屋には「・・・製糸工場跡」などの木札があり、
宿場町らしい雰囲気があるところです。

このあとは神屋、明知、西尾(さいおちょう)と、
日本武尊の伝承が残る地を歩いて行きます。

このあとは内津峠ですが、
周囲にはそんな山を思わすものは何もありません。
国道19号線と付かず離れずして行き山側へ。


Shita05

先で秋葉山常夜灯を見ると内津町です。

ここも宿場町のひとつですが、
内津峠西の拠点として賑ったところで、
人馬が行き交う地を表わす「津」の文字が用いられ
「内津」と書き表させるようになった・・・と。

ここは見どころが続きます ^^;
峠にかかる手前に集中する神社仏閣。

Shita06

まずは「見性寺」
尾張の俳人「横井也有(やゆう)」がここを訪れて、
「鶉衣(うずらごろも)」”内津草”を記したところ。
境内には数多くの詩歌碑や句碑があります。

そしてその先には

Shita07

内々神社(うつつじんじゃ)

Shita08

拝殿

創建については日本武尊の東征と深い関係をもちますが、
長くなるため境内に書かれた由緒を ^^;

Shita09

興味のある方は拡大してお読みください。

そして本殿裏にある庭園(県指定・名勝)。

Shita10

夢窓国師の作庭によるものと伝えられる庭園で、
京都西芳寺庭園と同じ回遊式林泉型だそうです。

下街道歩きの目的はもうひとつ芭蕉句碑でした ^^;
この庭園の右の道を登ったところにある「すみれ塚」。

  Shita11 Shita12_2

多くの句碑が建ち並ぶ山腹の広場中央にある”すみれ塚”、
その後ろに隠れていますが芭蕉句碑があります。

 碑面は
”山路来て なにやらゆかし すみれ草” 芭蕉翁 也有書
     ( 貞享年(1685) 大津にて 野ざらし紀行 吟) 

Shita13

そして神社横にある「内津妙見寺」です。

あとは内津峠を越えて多治見まで・・・。

Shita14

国道19号線を高架橋で渡り少し行くと峠ですが、
その手前の国道上り線上にある峠の説明版。

Shita15

そして峠の最頂部でここからあとは下るのみ。

Shita16

愛知県春日井市から岐阜県多治見市の市境です。

遠くに雪の恵那山を見ながら峠道を下りて
多治見の市街地へと入ります。

Shita17

池田町家郷土資料館

富士見町から美濃西端の宿場町池田を抜けて行き、
市の中心部へと県道で大原川を渡ります。
そのまま進むと「栄町2丁目」交差点、
下街道は真っ直ぐ行きますがこの日はここまででした。

この続きは次の機会に・・・
多治見、土岐、瑞浪と行き槇ヶ根追分までです。

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コメント

好好爺さん

私は大学時代「上飯田」に下宿していましたから、庄内川堤をよく自転車で散策しました。最初のお写真など懐かしいです。今では春日井市ですが当時は、町で、一面田畑が広がっていましたね。鳥居松は中でも一番繁華街です。ここから、私の次男はお嫁さんを貰いました。街育ちのお嬢さんです。しかし、後のお写真には、余り記憶がありません。

shuttle さん
鳥居松は昔はたくさんの店があり賑わったようですね。

観音堂の前にある駒札に詳しく書かれていて、
街道筋の面影も色濃く残っています。
後の写真は春日井市でも裏道ばかりです。
最後の内津峠まではただ歩くだけでした。

好好爺さんは、健脚ですね。
どのくらいの距離があるか見てみたら25kmほどありました。
内々神社へは一度行った事がありますが、結構な坂だった記憶があります。
今日、長谷寺の冬牡丹を見に行って来ましたが、登廊の最後の方で
既に息が切れ始めていました^^;
好好爺さんにはいろいろ見習う事が多いです^^
長谷寺、本坊にも冬牡丹が展示されていたんですね・・・

いわし さん
そうですね、枝道を入れると27キロほどだと思います。
内々神社へは名古屋からだと長い上りになりますね。

長谷寺へ行かれましたか ^^
399段の登廊、長谷寺ならではの参詣廊です。
本坊の牡丹は一緒に外舞台が撮れる場所で人気のスポットです ^^

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