竹内街道 堺から上ノ太子
大阪府と奈良県を東西に結ぶ竹内街道と横大路は
「日本書紀」にもある日本最古の官道と呼ばれます。
今年はその「大道(おおじ)」が敷設されてから、
1400年の節目を迎えるという。
以前に「竹内街道(たけのうちかいどう)」のハイライト部分、
「上ノ太子」から「長尾神社」までを歩いていますが、
これはやはり全部を歩かなければと残りを歩きました。
大阪府堺市の南海本線「堺駅前」、
街道の起点はもう少し先ですがここからスタートです。
ここから東へ1.5キロ続く
堺市役所までの大小路プロムナードを行きます。
大小路交差点に建つ新しい道標
ここが竹内街道の起点になります。
ここからほゞ一直線に東へと続く道、
ほとんど道筋に建てられた道標を見ての街道歩きです。
堺東駅南の踏切を越えて榎元町にある道標。
右に 西高野道との分岐で左に行きます。
この先県道2号(大阪中央環状線)に出ると
右に「仁徳天皇陵」がありますがスルーして行きます ^^;
途中の街道筋にはほとんど見どころはありません。
金岡町に入ると「金岡神社」。
平安時代初期に創建されたという神社で、
日本画の始祖、巨勢金岡(こせのかなおか)が祭神。
この辺りは道もかカラー舗装されて感じがいいですが
すぐに環状線で分断されます。
正面に見えるのは「大泉緑地」ですが、
竹内街道は中央の軽トラがいる道を緑地に沿って行きます。
車の多い狭い道を淡々と歩くのみ ><;
堺市から松原市に入ってすぐの「岡公園」
ここに詳しい説明版がありました。
そしてすぐ先の交差点にあった岡の道標。
伊勢講の人たちが建立したもので
正面には「右 ひらの 大阪道」、
右面には「左 さやま 三日市 こうや道」
左面には「左 さかい道」とあります。
中高野道と竹内街道が交差する要所でした。
松原市から近畿自動車道をくぐると羽曳野市に入り、
「丹治(たじ)はやプラザ」の前に建つ道標。
この街道、ほんとに見どころがありません ><;
そんななかで野々上にある「野中寺(やちゅうじ)」です。
聖徳太子と蘇我馬子の建立と伝えられ、
浄瑠璃で知られるお染・久松の墓があるそうですがパス ^^;
ここからすぐの角にあった常夜灯と道標。
この街道で初めて見る”大神宮”の文字、
道標には「右 大阪 左 さかい」とあります。
道は左に「仁賢天皇陵」を見て「峯ヶ塚古墳」に出ます。
軽里北で高架橋を渡って斜めの道へ入ると
”はびきのウオーキングルート”で
カラー舗装が綺麗な道をを少し歩きます。
すぐに「日本武尊白鳥陵」
片側だけを見ながら ^^;古市の市街地へ。
国道166号線で
近鉄南大阪線「古市駅」の南を抜けて行くと
古市 蓑の辻
嘉永元年(1848)の道標があり
「左 大和路 上の太子 たえま / つぼ坂 大峯山」
下には「すぐ高野山 金剛山」、「右 大阪 すぐ さかい」。
このすぐは真っ直ぐの意。
そして石川を「臥龍橋」で渡り駒ヶ谷へ。
趣のある集落を行きながら飛鳥川を渡り返すと
「上ノ太子駅」はもうすぐ。
これが国道か?と思う道を行きながら
飛鳥の集落を抜けます。
そして懐かしい「上ノ太子駅」前の竹内街道
近鉄南大阪線「上ノ太子駅」到着です。
ここから先、上ノ太子から長尾神社までは、
すでに芭蕉の「綿弓塚」を追って歩いたところ ^^;
残すはもうひとつの官道「横大路」、
葛城市「長尾神社」から桜井市の「初瀬街道」までです。
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