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2011年3月23日 (水)

松阪城跡と御城番屋敷

「松阪城梅林」から戻りながら、
御城番屋敷と見事な城跡の石垣をご紹介。

ご存知の方にはあらためてご覧いただくとして。

Matsusaka001
本丸跡への枡形虎口
戻りながら振り返って撮っています ^^

この左手が

Matsusaka002
中御門跡です。

ここから二の丸跡へ

Matsusaka003
二の丸跡の高石垣から見下ろした「御城番屋敷」
ここからの屋敷がいつ見てもいいですね。

裏門跡を下りて右に回ると本居神社への道

Matsusaka004
道の先から見た隠居丸跡の石垣
隠居丸跡には本居宣長旧宅(鈴屋)が建っていますが、
こちらが城跡の南側になります。

そして御城番屋敷に戻ります。

Matsusaka005
屋敷への入り口左手にある土蔵。

江戸時代末期に松阪城内の隠居丸に建てられていた
三棟の土蔵(米蔵一、道具蔵二)のうちの米蔵だそうです。

Matsusaka006
小路を挟んで建つ槙垣に囲まれた2棟

40石取りの紀州藩士20人とその家族が住んだ組屋敷で、
今も維持管理され普通に生活されていますが、
右手前の一棟だけが公開されています。

Matsusaka007
内玄関と奥6畳の2間

Matsusaka008 
前庭から見た奥8畳2間

Matsusaka009
内玄関を入った通り土間

Matsusaka010 
裏庭から

松阪市が1戸分を借りて復元整備し一般公開されています。

御城番屋敷から戻ります ^^

Matsusaka011
上から撮った場所は正面の二の丸跡高石垣
観光客が歩いている後ろが裏門跡です。

Matsusaka012
二の丸跡の高石垣を回っていきますが、
こちらがその東側。

Matsusaka013
北東側にある枡形道沿いの高石垣

Matsusaka014
そして表門跡に戻ってきました。

戦国の武将、蒲生氏郷が、
天正16年(1588)に四五百森(よいほのもり)に築いた平山城で、
今は現存する建物はありません。
しかし、残された城郭とその見事な石垣には圧倒されます。

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コメント

松坂城
行ったことが無いのですが
3枚目の写真の風景に惹かれます

どう撮ろうか
久しぶりにワクワクする気分にさせて頂きました

雪だるま さん
御城番屋敷のこの構図は定番の観光写真ですね ^^

多少のアングルの違いはありますが
ほとんどの方がこの位置から撮られています。
松阪城、
機会があればぜひ訪れてみてください。

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