2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 2010年12月 | トップページ | 2011年2月 »

2011年1月31日 (月)

相良梅園・牧之原市

大鐘家からすぐ近くにあります「相良梅園」
オープン初日ということで梅もまだ咲いていないかと?思いつつ、
知れば行ってしまいます ^^

今は早咲きの紅梅だけとのことでしたが入園しました。

Sagara01
左右に広がる茶畑を見ながら梅園は?と
行くその先

Sagara02
正面が出口
順路案内は左手からと

Sagara03
しばらくはこれが梅園?と思うような散策路が続きますが・・・
やがてロケーションも良くなります ^^

      Sagara04
左手に流れる細い水路に沿うように続く道を、
咲く紅梅を見ながらのんびりと散策です。

Sagara05
突き当りを折れて梅園へ

Sagara6a
まだ小さな蕾だけのたくさんの梅の木
その中をくぐるように散策路が続きます。

Sagara06
わずかに咲いている梅の花を探しながら?
ときおり咲く花を見つけての撮影。

Sagara07
ほとんど紅梅ばかりが目立ちますが、
満開になれば素晴らしいと思うような梅園です。

Sagara08 
Sagara09
園内は緩やかに上って行きますが、
途中の石段を登り詰めると最頂部。
ここもご覧の通りで花はほとんど咲いていません ><;

Sagara10_2
Sagara11
Sagara12 
下りになる路沿いには少し白梅も咲いていました。

Sagara13
ここから出口に向かいます。

Sagara14

小さな丘陵を回るように散策路が付けられていて、
花を楽しむには格好の梅園ですが今回はただの下調べ ^^
できればもう一度満開の時に来たい・・・
そんな気持ちになった「相良梅園」でした。 camera 1月29日 

2011年1月30日 (日)

大鐘家・吊るし飾り展

静岡県牧之原市片浜にあります「大鐘家」
築300年を迎える国指定重文の古民家(花屋敷)ですが、
ここで”吊るし飾り展”が開催されています。

大小70以上の帯着物・小物の人形飾りなどで、
鮮やかに飾られているという・・・。訪れました ^^

Ogane01
茅葺の長屋門(国重文)
屋根には9本の千木と、その上に笠木が置かれています。

Ogane02
母屋(国重文)
詳細は省きますが、この建物にもいささか興味がありました。

吊るし飾りとともにその建物の一部を
まずは入って

Ogane03
母屋の入り口から座敷に展示された”吊るし飾り”

      Ogane04
      そしてこの梁です。
すべてが手斧で造られたという太い梁で支えられた
江戸時代の建立様式です。

Ogane05
大きなかまど(へっつい)とこちらの座敷へっつい、
そして吊るし飾り。

Ogane06
正面から ^^

Ogane07
こちらは主座敷の正面から
この手前には手作りの干支をあしらった
たくさんの作品が並びますが撮影はできません ><;

で、奥だけを

Ogane08
部屋の右手の”吊るし飾り”

Ogane09 
最初の飾りを部屋の内部から

Ogane10
奥座敷に飾られた吊るし雛

Ogane11
床の間

Ogane12
部屋中に吊るされた飾り雛
数はそれほど多くはありませんが
部屋の広さからは凄い飾りに感じます ^^

      Ogane13
      廊下の隅にも・・・

Ogane14
母屋の奥から

吊るし飾りはこれだけですが、
ちょっとだけ見えます手作りの作品。
これがまた素晴らしいものだけに
撮れないのが残念でした。

そして中庭は小堀遠州作庭の庭

Ogane151
Ogane152
小さな庭で
出てみたい気もありましたが残念ながらガラス越しです。

大鐘家の曰くはまた機会があれば・・・ ^^
最後はこの家の裏山にある見晴らし台から

Ogane16
眺める富士山

”吊るし飾り展”で初めて訪れましたが、
ここはアジサイの名所でもあるようです。

      

2011年1月29日 (土)

鈴鹿連峰は雪模様

週末に向けてまた寒い日が続き雪の予報もありますが、
昨日の夕刻に
近くにある公園の展望台からみた鈴鹿連峰です。

すでに夕暮れが迫る先に望む鈴鹿の山々は雪雲の中。

Suzuka01
御在所岳方面

Suzuka02
右端に見えるのは藤原岳

今週末もまた雪になりますか?
山の向こうは滋賀県、そして北陸地方・・・雪は?
さて、明日はどうする?と、
思わず悩んだ風景でした。

2011年1月28日 (金)

ひなまつり展・知多市

今年も始まりました「ひなまつり展」
少し出遅れましたがいつもの「知多市歴史民族博物館」です。

各地でも”雛飾り”の便りが聞かれますが、
やはりスタートはここからです ^^

Hinaten01
このワンフロアーで毎年展示が変わりますが、
同じような展示になるのは仕方がないところ。

今年初めてのお雛さん、
左手には段飾りと御殿飾りが並びます。

Hinaten02
平成初期の段飾り
近年に寄贈されたものだそうですが、
それだけに道具なども綺麗にそろっています。

Hinaten03
こちらは昭和36年頃のもの

Hinaten04
こちらも昭和34年頃の稚児雛の段飾り

  Hinaten051Hinaten052 
その内裏雛です ^^
前にも見たことがあるような気もしますが?
記憶は定かではありません ><;

Hinaten06
そして御殿飾りです。

いつもながらその時代を反映させる御殿の造り

Hinaten07
昭和28年とありますが・・・きらびやかです。

Hinaten08
大正時代
派手さはありませんが明治、大正時代の主流の御殿でしょうか。

そしてガラスで仕切られた中には
いつものように古雛が飾られています。

Hinaten09
いつも見なれた源氏枠の御殿ですが、
飾られている内裏雛は変わっているようです。

こちらには江戸時代の古今雛が並びますが、
それぞれに以前載せたお雛さんも。

こちらも載せたか?記憶がありませんが・・・

 Hinaten101_2Hinaten102_3  
明治時代の内裏雛、
素朴な衣装が特徴の田舎雛ですか?

Hinaten11
こちらは大正時代の内裏雛
衣装の生地や造りがよく似ています。
こちらも田舎雛ですが、
田舎雛と言うと”田舎の雛”ではないと誤解を受けます ^^

京の都などで作られる優雅な衣装の雛が地方に浸透していき、
各地で衣装雛が作られるようになります。
それが田舎雛ですが、
素朴ななかにも親しみのあるお雛さんです。

変わっては

Hinaten12
大正時代の屏風飾り

 Hinaten131Hinaten132
女雛の天冠も、男雛の冠も綺麗に保存されています ^^
古雛もいいですが
こうした田舎雛もまた素晴らしいものです。

そしてこちらは新しいケース雛から

Hinaten14
可愛い決め込みの内裏雛

今年は”おひなさまと錦絵の世界”がテーマ

Hinaten15
その一部から
歌川国貞「浅草寺新庭春景」です。

今年の”ひなまつり”
また各地へ、初めてのところもどこまで行けるか?
楽しい”ひなまつり”の追っかけになりそうです。

2011年1月27日 (木)

上陸太師像と聖崎公園

菜の花の豊丘から知多半島を横断して大井の町へ、
ここは知多四国巡礼の30番から34番の5寺があります。

そして35番に向かう途中の、
聖崎の沖に浮かぶ二子島には上陸太師像が建てられています。

Hijiri01
大井漁港の南側、
国道から公園までに立ち並ぶ”南無太師遍照金剛”の幟。

Hijiri02
突端を回り込むと公園への北入り口があります。

上ります ^^

 Hijiri03 Hijiri04
公園の先端にある「稲荷大明神碑」、
その右にはなぜか「さざれ石」とその碑が。

Hijiri05_2
公園から海辺に下りる階段、
その先、海の中に見えるのが上陸太師像。

階段を下ります。

Hijiri06
海辺に建つ「空海の碑(遥拝所)」

最初の公園入り口から海岸線を来ればいいんですが 、
チョッと遠回りをして雰囲気を味わいました ^^

Hijiri07
その前の海上に建つ太師像

弘仁5年(814)に東国行脚の途中に、
三河から船路でここ聖崎に上陸されたと伝えられます。

干潮の時には島まで岩場の道が出来て傍まで行けるとか。

Hijiri08
公園に戻って展望台への散策路を上ります。

Hijiri09
高台に建つ展望台

Hijiri10
展望台から目の前に広がる三河湾の展望は絶景!

Hijiri11
リゾート施設の建物がチョッと邪魔ですが・・・これもシンボル?
その先には日間賀島でしょうか?

Hijiri12
多目的広場と”聖平和観音”

Hijiri131_2 
展望台から西入り口に散策路を下ります。

Hijiri132
こちらが西の入り口です。
ちょうど聖公園の高台を抜けてきました ^^

Hijiri14
上って来た北口へは
高台の中腹を巻く散策路で戻ります。

以前の知多四国八十八ヶ所めぐりで知った
南知多町大井の「聖崎公園」と「上陸太師像」、
ふと思い出して訪れてみました。

2011年1月26日 (水)

寒中に菜の花を

大寒に入って一段と寒い日が続きますが、
気持ちだけでも春をと南知多へと出かけてみました。

お馴染みの観光農園「花ひろば」ではすでに菜の花が咲くと、
以前に放送されたような?記憶があり期待半分でしたが・・・。

Hana001
さすがにこの寒さでは菜の花畑もパッとしません、
畑が広いだけに咲いてはいますが疎らに見えます ><;

ということで今回は見栄えのしない菜の花から少々。

Hana002

      Hana003

Hana004

一面の黄色い絨毯とはいかない菜の花畑に ><;
どう撮ればいいのかと?チョッと戸惑いながら・・・
畑のなかの菜の花を拾っていきます。

Hana005
Hana006

      Hana007

Hana008

まぁ、せめて青空で、日が照ってくれたのが救いでしたが、
見ごろはまだ先、2月に入ってからでしょうか?
今回はとても春の先取り!とはいきませんでした。 camera 25日

2011年1月25日 (火)

奈良・歴史の道

大安寺での「笹酒祭り」からそのまま戻るには時間が早く、
それならばと、そのまま歴史の道を西大寺まで歩きました。

以前に歩いた道ですが大安寺前から西へ、
今回はその一部を逆に歩きます。

Rekisimiti01
道沿いには道標が多くあり迷うことはありません ^^

次の薬師寺まで

Rekisimiti02
流れる川は佐保川、渡る橋は高橋、

Rekisimiti03
道は県道122号線「京終(きょうばて)薬師寺線」

Rekisimiti04
途中にある食事処
入り口に”ここは昔 平城京の右京五条大路一坊跡です”との
説明板があります。

( 奈良平城京は北から南に北一条から九条まで、
  朱雀大路を挟んで右京(西)に一坊から四坊、 
 左京(東)に一坊から七坊までの町割りがあったようです。)

Rekisimiti05
ここからは西に薬師寺の東西両塔が見えます。

Rekisimiti06
県道の突き当たりを左に曲がり、
すぐに薬師寺の石標を見て直進します。

Rekisimiti07
流れる川は秋篠川、渡る橋は右京橋

Rekisimiti08
薬師寺の與楽門を見て右折

Rekisimiti09
次は唐招提寺まで

Rekisimiti10
突き当りから唐招提寺の山門を見て戻り、
近鉄橿原線の踏切を渡り線路沿いを行きます。

Rekisimiti11  
次は垂仁天皇稜

Rekisimiti12
道標からすぐに見える垂仁天皇稜
正式には
「垂仁天皇菅原伏見東御陵(すがわらのふしみのひがしのみささぎ)」

Rekisimiti13 
Rekisimiti14 
濠の南東部に浮かぶ小島は、
垂仁天皇の命で常世(とこよ)の国へ不老不死の果物を探しに
行った田道間守(たじまのもり)の墓という。

歴史の道はこの濠を回るように行きます。

Rekisimiti15
このあたりは小刻みに右左折しますが、
この道標を見ながら進みます。

次は菅原神社

Rekisimiti16
以前に歩いた時はまだ工事中でしたが、
工事も終り綺麗になった道の下をくぐります。

Rekisimiti17
このあたり歴史の道を感じる趣のあるところ、
菅原神社へは少し寄り道になります。

左に少し外れます。

Rekisimiti18
菅原神社(菅原天満宮)

      Rekisimiti19_2
      境内の梅もまだ咲いていませんが一花を

歴史の道に戻って先に行きます。

Rekisimiti20 
戻ってすぐにある「菅原天満宮遺跡天神堀」
説明板には
”この池は菅原院の一部にして、相伝菅神の遺跡であり、
古くから菅原道真公の産湯の池と伝えられています。・・・”と。

このあたりから新しく住宅が立ち並び道がややこしくなります。

道標も見当たらず以前も迷ったところですが、
迷いながら何とか元の道筋に戻ります。

Rekisimiti21 
戻ってすぐに西大寺

Rekisimiti22
西大寺東門
ここから西大寺駅はすぐです。

歩いてきました「歴史の道」は奈良市内を一周する道ですが、
今回は西ノ京を中心に大安寺から西大寺へ、
その三分の一ほどでしょうか?あらためて楽しみました。

2011年1月24日 (月)

大安寺笹酒祭り・奈良市

毎年1月23日に奈良南都大安寺で行われている「笹酒祭り」。

正式には「光仁会がん封じ笹酒祭り」といわれ、
竹に入れたお酒を焚き火で暖め参拝客にふるまい、
無病息災を祈願するという。

奈良時代に光仁天皇がここ大安寺に詣で、
寺の竹で酒を飲み長寿を保ったことに由来する恒例行事です。

Daianji01
大渋滞で着いた門前、
以前に「歴史の道」を歩いたとき以来です。

Daianji02
拝観受付でもらった栞と竹筒
もちろん笹酒をいただくためです ^^

Daianji03
さすがに参拝者の多い本堂前

奥に”いななき堂”

Daianji04
ここも祈祷の方で混雑しています。

そして笹酒授与所へ

Daianji005
朝早くから始まっています笹酒の振る舞い

Daianji06 
二つの竹盃
 
      Daianji07
      竹筒で暖められているお酒です。

Daianji08
いただいたお酒をペットボトルに移す老婦人
このお酒はお変わり自由ですが ^^まぁ、凄い・・・ですね。

Daianji10
いただく笹酒、

どうも見ていると圧倒的に女性の方が多いようです ^^
女人のパワーには勝てません ><;   

Daianji11
次々と笹酒をいただくご婦人たちにただ唖然!でしたが、
さすがに常連の方が多いようです。

Daianji12
こちらは御神水

Daianji13
Daianji14
車での参拝にお酒は禁物!やはり笹水もありました。

この日は公共交通機関での訪問でしたが、
笹酒に笹水の両方をいただきました。

Daianji15
こちらは竹筒酒の販売所
これも記念にはなりますねぇ~。

Daianji16
最後は宝物殿の仏像を拝観

一度は訪れてみたかった大安寺の「笹酒まつり」
思っていたより和やかななかでの笹酒授与のでしたが、
笹酒をいただき我が身もまた無病息災を祈願しました。

2011年1月23日 (日)

東山植物園・東海の森

少し運動不足かな?と遅い時間から出かけました
名古屋市の東山植物園です。

この時期に花は何もありませんが、
この日は園内にある「東海の森」と「万葉の散歩道」の両方の
散策が目的でした。

といっても毎回歩いている道ですが、
今回は東海の森の”グリーンオリエンテーリング”です ^^

Mori001
Mori002
”奥池”の手前にある道標と一里塚
ここがグリーンオリエンテーリングの起点になります。

森の道筋にある30本の木の名が分かるか?ということですが、
この傍の箱に解答用紙が置かれています。

      Mori003
これが最初の木ですが・・・?クスノキです ^^
街で見かけていた木で何とかクリヤー、
もちろん解答用紙と周りにもいっぱいヒント(答えも)があります。

ということで、少し楽しみながら東海の森を歩いてみました。

Mori004
森の散策はここからスタート

Mori005
緩やかな坂道を行くと突き当たりには常夜灯が、
右に曲がります。

Mori006
その先には石畳
中山道の落合と馬籠の間にある十曲峠の石畳、
それを参考にして造られたそうです。

道はこの先左に折れてどんぐり広場に

 Mori0071_2 Mori0072
7番と11番の問題は左がヒメシャラ、右はタラノキですが、
これって結構難しいですよ ><;

Mori008
ロックガーデンを回って先に行きます。

Mori009
木曽五木のヒノキ、サワラ、ネズコ、アスナロ、
そしてコウヤマキ五種類の針葉樹の道。
しかし・・・枯れ木が目立ちます ><;残念!

Mori010
道筋に建つ道標を見ながら下る道
このあたりは春にはコバノミツバツツジが群生するところ。

Mori011
ここがイチイ峠
左に上がれば休憩所でここには季節にチョウジサクラが咲きます。

先を行けば椿園

Mori012
今はまだ咲いていませんが、
右の21番目の木はヤブツバキ ^^

椿園を回って行きます

Mori013
咲いていた椿の ひと花、”ベニオトメ”です。

さらに先へ

Mori014 
道はジャポニカ植物のゾーンに入りました。
いろんな野草の名札を見ますが・・・ここもこれからですね。

Mori015 
そしてシイ・タブ林の道

Mori016
そして暖帯林と続きます。

そのたびにある説明板を読み、
オリエンテーリングの木の札を探しながらの散策。

Mori017
さらにウバメガシ林

Mori018 
そしてオリエンテーリングの最後がここ「はなの木平」。
そのものずばり、ハナノキがたくさんあります。

ここでグリーンオリエンテーリングは終りですが、
「東海の森」は先に続きます。

Mori019 
道を挟んで先には「もくせい坂」の道標
ここからは地道になります。

Mori020
枯葉の積もる道を抜けると右に梅林、
この先は二次林になりますが・・・チョッと一息

Mori021 
”梅一輪 一輪ほどの・・・”
とはいかない寒い日でしたが気持ちだけは暖かく ^^

戻ります

Mori022
ここも散り積もった落ち葉を踏んで下る”もくせい坂”

Mori023
下ればここが「東海の森」の東口

この日もいつものようにこの先「万葉の散歩道」に入りましたが、
それはまた機会があればご紹介。

何もない冬場の東山植物園でしたが、
その「東海の森」で”グリーンオリエンテーリング”を楽しみながら、
いつもとは違ったひとときを過ごしてみました。

2011年1月22日 (土)

大石不動院・松阪市

三重県松阪市大石町にあります「大石不動院」
以前、伊勢本街道を歩いたときに知ったところですが、
そのときには街道歩きの途中で全容が分かりませんでした。

今回改めて訪れてみました。

Ooishi01
国道166号線沿いにありますこちらが鐘楼と本堂。

Ooishi021
Ooishi022
本堂正面

Ooishi03
本堂を左に回りこむと

 Ooishi0401 Ooishi042_2
”修験道役角行者尊神変大菩薩”と石柱のある先に石像?
よく分かりませんが・・・><;これは手彫りの菩薩像でしょうか。

そしてその左手奥にある滝

      Ooishi05
滝谷川にかかる不動滝、
川に落ちる二条の水から夫婦滝ともいわれるそうです。

さてここからが改めて訪問したところ

      Ooishi06
      本堂横から延びる石段を上ります。

Ooishi07
中段にあります、右に天満宮

そして左手には「太師堂」

Ooishi08
天保4年(1833)、住職慧照和尚(けいしょう)の時、
飯南郡深野村(現在の飯南町深野)の庄屋、
野呂一之進が先達で建立したものという。

この奥には大石稲荷がありますがそこは省いて、
堂前を右へと行きます。

Ooishi09
鹿島大明神と展望台への分岐ですが、
まずは左手の見えていない石段を登ります ^^

Ooishi10
その頂部にある「鹿島大明神」
拝して戻り、向かう展望台への150mほどの上り道。

Ooishi11
着いたその展望台

Ooishi12
ここには秋葉大権現と金毘羅大明神が鎮座されていました。

来た甲斐があったかどうか?

Ooishi131_2
Ooishi132
眼の前に広がる展望
右には真下に見える櫛田川と大石の町、
左には波多瀬大橋と波多瀬の町並みが広がります。

戻ってもうひとつ
この傍に”ほうろく岩とムカデラン群落地”があります。

      Ooishi141
      ほうろく岩、
      この岩の上にあるのが先ほどの展望台 ^^

そして下の部分が国指定天然記念物の”ムカデラン”群落です。
詳細は省きますが、
岩石や樹木、岩ひばの仮根に着生する着生ランだそうです。

Ooishi142

水苔に似た姿で、葉は短くて6~7ミリほど、
気根と交互に発生して百足虫に似て、
7、8月にピンクがかった小さな花をつけるという。
一度見てみたいですね^^

改めて訪れました松阪市大石にある「大石不動院」
これも歩いて知ったところでした。

2011年1月21日 (金)

江・浅井三姉妹博覧会

滋賀県長浜市で始まった「江・浅井三姉妹博覧会」
キャッチは”女たちが活躍した、もう一つの戦国が、
いま紐解かれる。”です ^^

三姉妹ゆかりの地長浜にオープンした3つのパビリオン、
「浅井・江のドラマ館」、「小谷・江のふるさと館」、
そして「長浜黒壁・歴史ドラマ50作館」ですが、
この日は国道365号線沿いにある2つのパビリオン回りました。

はじめは「小谷・江のふるさと館」

Azai01 
小谷城跡のある小谷山の麓に新しく造られた会場。

Azai02
会場入り口から見る小谷山
城跡への入り口番所跡まではここからバスが出ています。

「ふるさと館」に入るとまずは展示場

Azai03
後ろに甲冑がありますが撮影禁止。
何で?と思う単純なレプリカなんですが、
記念に勧める写真撮影のためでしょうか ^^

Azai031
撮影ができるこちら側にはご覧のとおり
火縄銃や弓矢が展示されています。

Azai04
次が小谷城館

Azai05
小谷山に築かれた小谷城のジオラマと、
小谷城攻防の様子がパネルで展示されています。

最後は小谷城と三姉妹を紹介した映像シアターでお終いです。

ここは会場に直接車が入れず、
少し離れた「小谷城戦国歴史資料館」に誘導されます。
あとはシャトルバスでしょうか?
この日は雪のため直接会場に駐車しました ^^

さて、次の会場へと国道を戻ります。

Azai06
こちらは以前からありました
浅井ふれあいの里・プラザふくらの森ですが、
建物全体が「浅井・江のドラマ館」として使われています。

余談ですが、
毎年ここで開催されていた「浅井盆梅展」は今年はないそうです。

Azai07
会場の前に作られている浅井一家6人の銅像?
長政、お市と三姉妹、そして長男の万福丸です。

Azai08
会場の入り口
この時点で撮影禁止と分かりました ><;

会場は大河ドラマの写真やパネル、
三姫が撮影に使った豪華衣装などが展示され、
NHK色が主体の会場となっています。

浅井長政と三姉妹ゆかりの地、
このイベントはほぼ1年続きます。

あとは市内の「長浜黒壁・歴史ドラマ50作館」、
こちらはいつかまた長浜を訪ねたときにでも立ち寄ります。

2011年1月20日 (木)

鴨の里 盆梅展・米原市

すでに1月10日(祝)から始まっています「鴨の里 盆梅展・蘭展」、
晴れてはいないだろうとは思っていましたがときおり雪が舞う会場。

米原市池下にあるグリーンパーク山東内の「スパーク山東」、
早いとは知りつつ行ってしまいました。

Kamosato01
入り口の大きな盆梅に花はまだありません ><;
こちらは最初の展示場。

まず盆梅より正面の庭?が目に入りました。

Kamosato02
”この度 奇跡の大発見となりました・・・”で始まる説明文、
平成22年11月、上板並区でさざれ石の岩盤が見つかったと。
詳しい説明は省きますが、
展示されているのはその”姉川さざれ石”だそうです。 驚き!

盆梅に戻ります ^^

Kamosato03
第一会場に咲いていたのはただひとつ ^^

多くの盆梅が展示されていますが
その中で咲いているのは盆梅展に合わせて咲かせた?
という品種のようですが、これって早咲きでしょうか。

Kamosato04
第二会場

Kamosato05 
早々とアップで撮らなければならないとは・・・
全体の様子がお分かりいただけるかと><;

Kamosato06_2
そして紅梅

このあと続く会場には約三百鉢が展示されていますが、
そのなかから咲いていた盆梅からさらに厳選 ^^

      Kamosato07
      こちらも紅梅

Kamosato08 
咲いている盆梅には素晴らしいのがあるんですが、
大きな鉢の花は下から撮るため天井の鉄骨が花に重なって、
写真にはチョッとつらいものがあります ><;

Kamosato09
こちらが最後の展示場
ここはご覧のとおり咲いている鉢が少しありました。
これって楽しみは最後に?でしょうか ^^

Kamosato10 
ここにはお茶席コーナーが設けられています。

そしてこのコーナーの盆梅です。

  Kamosato12 Kamosato13 

毎度のことながら気持ちが焦る1月の花
そんななかでの盆梅でしたが、
ここでは合わせて蘭展が開催されています。

その蘭展

Kamosato14
その中心に飾られた蘭
華やかですが・・・ただ、眺めるだけでした。

鴨の里 盆梅・蘭展
そうなんですね~^^ 鴨といえば三島池です。

Kamosato15
ハナから雪の伊吹山は期待していませんでしたが、
池は完全に凍っていました。
初めて見る貴重な三島池の光景です。

そしてカモちゃんたち

Kamosato16
遠くからですが
円陣を組むカモちゃんたちの中は水が緩んでおりました。

振りだした雪に急がされるようにさら北へと走る国道365号線。
米原市から長浜市へと、
向かうは「江・浅井三姉妹博覧会」会場の小谷城跡でした。

2011年1月19日 (水)

残雪の岐阜公園

雪の残る岐阜市内
用があって出かけ、帰り道に立ち寄った「岐阜公園」です。

こんな時期には訪れることのない公園ですが、
雪の残る公園、( camera 18日 )
今回は北の「日中友好庭園」から南へと池を巡ります。

Gifukouen01
公園の北の端にある「日中友好庭園」、
その杭州門をくぐりますが・・・
金華山山頂に見える岐阜城。

Gifukouen02
今回は登城しないためアップで ^^
天守の屋根に雪はわずかに残っていますか?

Gifukouen03
Gifukouen04
門から庭園に
中国杭州市の名所、西湖を模して造られたという池

Gifukouen05
平成元年(1989)岐阜市と中国杭州市の
友好都市提携10周年を記念して造られた庭園。

ここから滝庭園を右に見て奥にある「御手洗池」

Gifukouen061
Gifukouen062
かってこの後ろの山にあった伊奈波神社に
この池で手を洗って参拝したことからこの名があると。

その伊奈波神社跡はちょうど滝の上あたり?
”瞑想の小径”と”馬の背登山道”の分岐にあります。

公園の中心部に入ります。

Gifukouen07
Gifukouen08
”信長の庭”の南北に続く池

Gifukouen09 
Gifukouen10
北から南へと見て行きますが・・・
できればもう少し雪が残っていて欲しかったかなとも、
見ればやはり欲が出てきますね ^^

Gifukouen11
かなり雪が解けたようですが、
あちらこちらに見られる雪吊も風情があったでしょう。

Gifukouen12
三重塔

そして公園からの岐阜城です。

Gifukouen13
ここからは少し雪が残っているのが分かります。

岐阜市もここ連日の大雪が凄かったようですが、
初めて訪れた冬の岐阜公園、
その雪の残る静かな公園内を散策しました。 

2011年1月18日 (火)

長楽寺の紅梅・紀伊長島

雪で通行止めの東名阪、大渋滞の上り線を横目に見ながら、
この通行止めが帰りにまで続くとは思いもせずに><;
毎年恒例の新年伊勢参りに出かけました。

伊勢周辺ははもう載せるところもなくこの日はチョッと外れて、
三重県紀北町紀伊長島にある「長楽寺」。
先に紅梅が見ごろと新聞に載ってから少し経ちますが後追いです。

Tyorakuji01
「長楽寺」山門
傍にあります石標に、ん!?

Tyorakuji02
解説はなしでご覧のとおり、
この地はここを治めた加藤家の長島城跡とあります。

後ろにあるのが”城ノ腰山”だそうですが・・・
散策はしませんでした ><;

Tyorakuji03
まだ新しい鐘楼

Tyorakuji05
そして正面に本堂

しかし梅の木は!?・・・
庫裡のインターホンを押して案内を請います。

気さくなご住職の案内で裏庭にまわりました。

Tyorakuji06 
庫裡の内庭にある紅梅はちょうど見ごろでした。

回り込みます ^^

Tyorakuji07
高さ3m・樹齢およそ200年という紅梅の古木。

Tyorakuji08
ただ一本の梅の木ですが・・・
雪のなかを走って来た身としては嬉しい紅梅、
それも梅一輪だけではありません ^^

Tyorakuji09
直径20cmほどの幹から分かれた細い枝にも咲いています。

Tyorakuji10
こんな時期に見る地物の梅の花

Tyorakuji11
庫裡前からのほぼ全容

ご住職のおもてなしを受け、
早咲きの紅梅にしばし見惚れておりました ^^

アップも一枚

Tyorakuji12

12代住職が山号(城腰山)に因み命名したという
”城腰(じょうよう)紅梅”、
1月の中旬から1ヶ月は見頃という紅梅ですが、
今年は早く咲き始めたとのこと・・・さていつまで。  camera 17日

2011年1月17日 (月)

近江上布伝統産業会館

寒波到来!平野部でも雪との天気予報でしたが、
見事に当たって大雪となった日曜日。

当然ですがこの日予定していたお出かけは中止 ^^
ということで急遽、滋賀県愛荘町愛知川にある
「近江上布伝統産業会館」です。

Ohmiasa01

この16日(日)まで開かれていた
” 美しさと温もりあふれる秦荘紬展 ”。

美しい紬に惹かれて?柄でもなく・・・というのは冗談ですが ^^
以前に載せた”手織りの里 金剛苑”で知った
近江上布(おうみじょうふ)、その織物の世界を覗いてきました。

一階にある麻製品のショップの一画に展示されていた
近江上布と秦荘紬ですが・・・
残念ながらこちらは撮影禁止でした ><;

手ぶらで帰るのもと建物の二階にある「織物工房」を見学。

Ohmiasa02 
たくさんの手機が並びますが、
ここでは麻布織りが体験できます。(有料)

Ohmiasa03
そのときに使われる
天秤腰機(てんびんこしはた)という手機のひとつ。

Ohmiasa04
巻かれたこれはまだ糸のようですね?

Ohmiasa05 
こちらは一回り大きい高機(たかはた)、
テーブルクロスなどを織るようです。

この日は腰当を作られている方がいらっしゃいました。

Ohmiasa06
腰機で織るときに腰に当てるものだそうですが

Ohmiasa07
こちらがそれ ^^
自分で編んで自分で使う?のでしょうか。

とまぁ、肝心の秦荘紬は写真がなく寂しいので、
手元のチラシから切り取りました。

Ohmiasa08

近江上布の技法を活かして織られた秦荘紬は、
伝統的な技術に裏打ちされた品質の良さに、
多彩な色使い、軽い風合いを備えているとあります。

国の伝統工芸品に指定されている「近江上布」とともに、
日本の伝統衣装着物に触れ合ったひとときでした。

2011年1月16日 (日)

伊賀盆梅展・伊賀市豊寿庵

伊賀市大山田にある「木の館 豊寿庵」です。

四季の花木で知られる博物館と大庭園で知られますが、
この日は「伊賀盆梅展」でした。

Hojyuan01
どこに来たかと思うような入り口の門を入ります。

盆梅展は第一会場から

Hojyuan02
ここは長寿が授かるという”おさすり大杉”の木が
展示されている会場。

Hojyuan03
さすがに大杉の前で盆梅も萎縮していますか?
小さく見えます ^^

Hojyuan04
そんな大杉に負けないようにとアップから ^^

そして第二会場へ

Hojyuan05
見える建物の1階と2階が展示場

まずは1階から

Hojyuan06 
ここはさすがに見事な盆梅が並びます。
咲いている花の多いのにはチョッとビックリでした。

Hojyuan07
Hojyuan08 
まぁ、何も言うことがありませんが見事な盆梅です。

Hojyuan09 
Hojyuan10_3
金屏風の前に並ぶ慶春・慶賀の盆梅、
もうひとつの慶賀はまだつぼみのです ^^

Hojyuan11_2
毎年の開催に合わせて咲く時期を調整してはいるのでしょうが、
それにしても今年は咲くのが早いんでしょうかね?

第二会場の二階に上がります。

      Hojyuan12
本館受付廊下にある盆梅

Hojyuan13
休憩室の三方大ガラス休憩所
その窓際に展示されている盆梅です。

外の明るさに負けますが・・・><:

Hojyuan14
何とか ^^

      Hojyuan15
       二色咲分

Hojyuan16

伊賀市川北、旧大山田地区にあります「木の館 豊寿庵」
伊賀盆梅展は園内のしだれ梅が咲く3月まで。

寒波到来との予報のなかで
一足お先に梅の香を楽しみました。  camera 15日

2011年1月15日 (土)

小浜番外編・多田寺

「常高寺」からの帰りに国宝めぐりの寺へと少し寄り道で、
一番近いところにある「多田寺」に行きました。

着いた駐車場には雪が残ります。

Tadaji01
山門前に架かる赤い薬師前橋

Tadaji02
仁王門前の雪にはわずかな足跡しかありません ><;

彩色の仁王像を見て門をくぐります。

Tadaji03
真っ直ぐの参道には雪が積もっていてひと思案、
踏まれた跡のない参道の雪は手前で15cmほど、
行こうか止めようか?と思いながら・・・

結局車道を行きましたが轍の跡は凍っておりました。

Tadaji04
参道石段下
チョッと凍った石段を拝観受付まで上ります。

で、!?ん、お休み?

Tadaji05
なにやら貼り紙がありましたが、
この時期は冬期で拝観はお休みでしょうか?

これって本堂前まで行って良いのか悪いのか?
悪いよね、と
思いながら目の前にある雪を見て・・・ここから参拝。

Tadaji06
受付の向かいにある鐘楼
突けばお金に恵まれるという梵鐘だそうですが、
もちろん突けずにただ見るだけでした ^^

初めて冬の小浜を訪れて、
これまた初めて経験する小浜の番外編!
まことにおそまつさまでした・・・><;

2011年1月14日 (金)

お初ゆかりの常高寺

小浜市の後瀬山(のちせやま)山麓にある「常高寺」。

浅井三姉妹の次女”お初は夫・高次が小浜城で没後、
直ちに剃髪・出家して常高院と称します。(お初42歳)

晩年を江戸で過ごしていた常高院は、
夫・高次の菩提を弔い、また父母等の供養のため、
寛永7年(1630)忠高の領する小浜の地に一寺の建立を発願し、
開山されたのが「常高寺」です。

Jyoukouji01
参道の石階段は通行禁止
階段と山門の間をJR小浜線が通っている珍しい境内。
左側の道からガードをくぐって山門前に出ます。

Jyoukouji02
山門

Jyoukouji03
新しい本堂

明治以降次第に衰退し大正十二年には本堂焼失など、
一時は無住になり荒れるままでしたが、
平成2年より再建に着手し,山門、書院等の修復を経て、
平成13年秋、本堂が再建されたそうです。

Jyoukouji04
Jyoukouji05
鐘楼とその右側に常高院墓所への道があります。

石段を上って行くと目の前に国道27号線

Jyoukouji06
道路を渡りますが、
左側にすぐトンネルがありかなり勇気のいる横断です ><;

安全確認で横断

Jyoukouji07
渡るとさらに階段を上ります。

Jyoukouji08
墓所が見えました ^^

Jyoukouji09
常高院墓所
高さ4メートルの宝篋院塔に圧倒されます。

この墓に相対して

Jyoukouji10 
七人の侍女の墓があり、
周りを常高院で得度した尼僧の墓が取巻いています。

戻って寺内拝観

展示室には常高院肖像画、御朱印状や、
常高院自筆消息(遺言状)・「かきおきのこと」など。
そして書院には障壁画が残り、往時の盛運が偲ばれます・・・と。

しかし、こうした類の撮影禁止はいつものこと ^^
せめて書院からの庭園を。

池泉回遊式庭園、ガラス越しですが敢えて ^^;

Jyoukouji11
Jyoukouji12
普段は別途料金で庭を拝観できますが、
この日は雪のため入れません ><;

Jyoukouji13


常高院
慶長19年(1609)大阪冬の陣では大阪方の代表として
徳川方の代表阿茶の局との交渉で和平を成立させます。
しかしそんな努力もむなしく、翌年の大阪夏の陣で大阪城は落城、
姉の茶々(淀君)と甥の秀頼を亡くすことになります。

そして寛永10年(1633)
江戸にてその波乱の人生を閉じます。(享年66歳)

”お初が愛した小浜”
雪の残る小浜にゆかりの「常高寺」を訪ねました。

2011年1月13日 (木)

お初ゆかりの地・小浜

浅井三姉妹ゆかりの地、
今回は三姉妹のなかでもチョッと引き立て役の?存在ですが、
次女のお初をとりあげます。

ドラマでどう扱われるか分かりませんが ^^
関が原の戦いで最後まで姉と妹の間で奔走したお初、
そのゆかりの地が若狭の小浜です。

まずは夫の京極高次(たかつぐ)が手がけた小浜城跡から

Obamaj01
Obamaj02
城跡入り口と天守閣跡への上り口

高次は京極高吉(たかよし)と浅井長政の姉お慶(マりア)の
長男として小谷城で生まれます。

九州攻めの功績により近江国高島郡で大溝一万石の加増、
同年お初を正室に迎える。

Obamaj03
城跡南側の石垣上

その後、近江八幡から大津六万石の大名となり、
関が原の戦いでは居城大津城に籠城して、
西軍の毛利・立花軍一万余の軍勢を足止めに。

その功績によって
慶長5年(1600)に若狭国八万五千石を拝領する。

Obamaj04
天守台跡への上り口

高次は翌年
「後瀬山城」を廃して雲浜に「小浜城」の築城に着手します。

Obamaj05
雪の中の天守台跡

しかし慶長14年(1609)46歳で小浜城で没、
お初は剃髪・出家し常高院と号す。

Obamaj06_2 
天守台跡から 北の小天守跡

Obamaj07
Obamaj08 
下から見た天守台と小天守跡、
そしてその上り口


Obamaj09 
小天守跡

Obamaj10
西櫓跡石垣

Obamaj11
外から見た手前から西櫓跡と小天守、天守台跡です。

その後二代目藩主京極忠高が城の整備拡張を続けますが、
完成をみぬままに京極家が出雲国松江に転封されると、
酒井忠勝が小浜藩に封じられ入城します。

城跡の正面に出ます

Obamaj12
酒井家邸宅が移築されたという酒井会館。

Obamaj13 
そして北側の石垣です。

小浜城は酒井忠勝により三重三階の天守が造られ城は完成し、
明治維新を迎えます。
しかし、明治期に行われた工事中の際に出火し大部分を焼失。
今は本丸跡に藩祖である酒井忠勝を祀る「小浜神社」が建立され、
周囲に石垣を残すのみです。

Obamaj14 Obamaj15
小浜城跡本丸跡にある「小浜神社」

京極家はわずか二代、35年ばかりの藩領でしたが、
小浜にはその妻である”お初(常高院)”の発願で建立された
「常高寺」があります。
パンフから拝借 ^^ ”お初が愛した小浜”・・・続きます。

2011年1月12日 (水)

御在所岳・樹氷編

寝る子は育つといいますが、
年をとったのでしょうか朝が起きられません ><; ん?
出かける予定を変更して朝寝、出不精になりました ^^

で、樹氷の御在所岳をもう一度 、
今回は山上の場所ごとに見た樹氷を載せていきます。

まずは朝陽台広場から

Jyuhyo01
このあたりは霧氷じゃないかと思うような木々もありました。

我が一押しの撮影ポイント

Jyuhyo02
富士見台展望台から登山道を歩いて
遊歩道に入るところですが、
風もあってドウダンツツジに出来た綺麗な樹氷です。

Jyuhyo03
そして遊歩道
高いところは風に揺れて霧氷のように見えます ^^

Jyuhyo04
山頂へ行く遊歩道の右手
このときは晴れた青空に白い樹氷。

山頂周辺です。

Jyuhyo05
Jyuhyo06
Jyuhyo07
全体に曇っていたのが難でしたが、
山頂付近で見る樹氷はいつ以来でしょうか?

Jyuhyo08 
やや緩み始めた樹氷
やはり場所によって形が変わります。

では御嶽権現周辺

Jyuhyo09
 
Jyuhyo10_2

Jyuhyo11
雪と風の造形美です ^^

Jyuhyo12
ときおり日が差しますが
このあたりは風が強いためかしっかりと付いています。

Jyuhyo13 

Jyuhyo14
付いた樹氷はまるで海老の尻尾のようです ^^

雪の遊歩道を戻ります。

Jyuhyo15
朝陽台広場

晴れたり曇ったりの天候でしたが、
今年もまた御在所岳の樹氷を楽しみました。

2011年1月11日 (火)

樹氷の御在所岳

風が強くなんとも寒い日でしたが、
天気がよければ眺望の開ける山の好条件!  camera 10日

2日ほど荒れていた鈴鹿の山々を見ながら、
朝から様子を見ていましたがどうやら条件はバッチリ!
積雪も十分だろうと樹氷を見に出かけた御在所岳です。

Gozaisyo01
この日は上から見る6号鉄塔
下界は快晴!山は晴れたり曇ったり ^^

Gozaisyo02
まずは朝陽台広場
雪も十分、樹氷もしっかりと付いています。

Gozaisyo03
ときおり陽の差すなかでやや霧氷に近い木々もありますが、
近年にない見事な樹氷が広がります。

Gozaisyo04 
風が強いため視界が開けます ^^
厚い雲から差す光で伊勢湾が光ります。

Gozaisyo05 
富士見岩展望台
毎度おなじみのコースをたどりますが、
ここから登山道を抜けて遊歩道へ。

Gozaisyo06
もうお馴染みになりました我が撮影ポイント
今年は雪量もたっぷりで言うことなし!^^

Gozaisyo07
御在所名物の氷爆もほぼ完成しています。

今回はただ平凡に誇張もせず雪の御在所岳をご紹介 ^^
ここから山頂へと行く遊歩道へ

Gozaisyo08
途中から見る御嶽大権現も見事に雪のなかです。

Gozaisyo09
そして山頂の一等三角点
今回はその雪の広場を初めてご紹介 ^^

Gozaisyo10
山口誓子句碑

Gozaisyo11
望湖台から見る琵琶湖
この日は今まで見ることのなかった初めての琵琶湖でした。
いや~これは嬉しかったですねぇ。

そして御嶽大権現へと行きます。

Gozaisyo12
風で舞いあがる木々の雪

Gozaisyo13
人のいない雪の中の御嶽大権現

Gozaisyo14
はるかに見えるのは山頂の一等三角点

Gozaisyo15
戻る遊歩道
巻き上がる雪と風で歩いてきた足跡が消えてしまいます ><;

Gozaisyo16 
かと思えば急に晴れる山の天気、
ロープウエイの山上公園駅方面が綺麗です。

Gozaisyo17
戻った朝陽台広場下
少しでも晴れれば樹氷が映えますね~^^

やはりアップも1枚

Gozaisyo18
いつもとは違ってこんな樹氷もどうでしょうか ^^

この日の天気は正午現在晴れ、気温-7℃、
風速9m、積雪 50cmでした。
見事にはまった条件の中で楽しんだ樹氷の御在所岳でした。

2011年1月10日 (月)

ひめ盆梅展・白鳥庭園

名古屋市熱田区にあります「白鳥庭園」で開催されていた
”ひめ盆梅展”(1月10日まで)です。

新春早々からの盆梅展 ^^
この時期にあわせて咲かせたという「ひめ盆梅」だそうですが
庭園とともにご紹介します。

Siratori01
庭園のほぼ中央に位置する「清羽亭」
その母屋の一の間・二の間と渡り廊下で結ばれた
立礼席が盆梅の会場。

Siratori02
その清羽亭の一の間と二の間は
ちょうどこの日が初日のイベントが行われ、
琴と尺八の演奏の舞台となっていました。

Siratori03_2 
Siratori031_2
Siratori04
一の間には比較的大きな盆梅と、
”ひめ”の名にふさわしく小さい盆梅が並びます ^^

Siratori04
そして二の間・床の盆梅
床脇と上段はイベントに使われて今いました。

さて、白鳥庭園

そのテーマは
源流から大海までの”水の物語 ”

Siratori07 

庭園の築山を御嶽山に見立てて
その源流から流れでた水は滝に落ち

Siratori08

小滝をつくって木曽川となり

Siratori09 

渓流から渓谷へと下っていく

Siratori10

そして緑の水郷地帯から、
水はやがて伊勢湾の海原へと還って行く・・・。
これがテーマである”水の物語”です。

清羽亭 立礼席

Siratori11
こちらにも”ひめ盆梅”が並びます。

Siratori12
Siratori13
Siratori14
大きく育てられた盆梅の花は見事ですが、
こうした小さい盆梅もまたよろしい ^^

Siratori15 

冬の寒さも少し緩んだように感じたこの日、
一足早く見せてもらったウメの花 ^^

Siratori16 

” 生命の源である水の、限りない夢と浪漫を誘うここ、
 白鳥庭園・・・”とありますが、
その庭園と、”ひめ盆梅展”を楽しみました。

2011年1月 9日 (日)

大和の出雲

唐突ですが古代史の話です ^^
といっても難しい話ではなくこれもまた旅のひとつ。

今読んでいる本ですが,、
「なぜ”日本書紀”は古代史を偽装したのか」
(関裕二著・実業之日本社)、
内容はともかく序章から四章まであるなかの第三章に、
※ 三輪山のふもとに出雲の地名  という項目があります

チョッと一節を引用しますが
”・・・また、三輪山の東南にも「出雲」の地名が残されていて、
いまでも「出雲人形(ちなみに、出雲人形は長谷寺参道に、
いまでも一軒だけ売っている店がある)」という素朴な焼き物の
人形が作られているが、これも出雲国造家の遠い親族に
あたる野見宿禰(のみのすくね)が「埴輪」をつくったという
故事に通じる ” とあります。

話は※ヤマトの歴史を塗り替える纏向(まきむく)遺跡
   ※ヤマトの纏向は邪馬台国か
と続いていきますが・・・それは別として出雲人形。 
 
長谷寺参道の食事処で女将さんに訪ねました。
しかし人形が売られている店は分からず、ただ人形を作って
いる方はその出雲にいるが今はどうでしょうか?とのこと。

前置きがムチャ長くなりましたが行きます!
その桜井市出雲です。

Izumo01
長谷寺参道口から国道165号線を桜井方面に行くと
しばらくで「出雲」のバス停があります。

Izumo02
その近くにある家の玄関にかかる看板
「初瀬名産 ヤマトいずも人形 窯元 水野・・」
ということで窯元のお家は確認、出雲人形についてはこちらで。

さてその出雲の集落ですが

Izumo03
国道を少し戻って分岐する旧道に入る道筋、
ここが旧出雲村で道は初瀬街道(伊勢街道)です。

その中ほどに鎮座する「十二柱(じゅうにはしら)神社」

Izumo04
Izumo05
参道入り口とその右手にある「野見宿禰(のみのすくね)顕彰碑」、
以前に歩いたときはまったく気がつきませんでした ><;


Izumo06
境内への石段を上がりますが鳥居の左右にある狛犬、
これがまた珍しいもの!

 Izumo071 Izumo072 
 Izumo0711_2 Izumo0722_2    
狛犬の台座をそれぞれ4体の力士像が支えています ^^
いろんな狛犬を見てきましたがこれは初めてでした。

Izumo08 
拝殿

Izumo09
そしてその横には「武烈天皇社」と
「武烈天皇泊瀬列城宮趾(はつせのなみきのみや)」の碑が建ちます。

説明では、
”武烈天皇は、小泊瀬稚鷦鷯天皇(おはつせのわかさざきのすめらみこと)
と・・・中略・・・壇場(たかきみくら)を泊瀬列城に設けたとあり、
初瀬谷の中央、この出雲のあたりかと考えられている。”と。

要は武烈天皇の皇居があつたのはこの付近であったと ^^

      Izumo10
そして手水舎の後ろにある五輪塔
鎌倉時代のものとされ、野見宿禰の古墳の上に建っていた
ものを明治16年に移されたという。
野見宿禰は垂仁天皇の時代に、當麻蹴速と我が国初の
天覧相撲を取り勝者となった相撲の開祖といわれます。

説明板の最後には次のようにも。
”よってここに日本建国の功労者、相撲開祖および土師氏の祖
野見宿禰の五輪塔由来を記して・・・”とあります。

手元の書の第三章、その最後の項目が、
※ヤマト建国の歴史を抹殺した「日本書記」 ><;です。

ヤマト建国と大和の出雲との関係とは?
読むほどに難解な><;この書ですが
そんななかから初瀬街道沿いの大和出雲の地を訪ねました。

2011年1月 8日 (土)

冬の長谷寺・奈良

雪を期待して出かけました奈良の長谷寺。

残念ながら雪は無く ><;
ならばと冬牡丹に期待しながら参道を行きます。

Hase001
Hase002
行けども行けどもまったく人のいない初瀬の参道商店街と、
仁王門前の石段に、一瞬、今日は休みかいと!?
ホンとに思ったそんな寒い日でした。    camera 6日

Hase0031
Hase0032
雪がだめならばと期待した冬牡丹でしたが・・・
チョッと早すぎましたか?

Hase004
Hase005
全体に開きかけの花が多く見頃とはいえません ><;
もう1週間ほどでしょうか?

Hase006
時間が経つにつれて人も増えてきましたが、
それでもほんとに少なかったですね~。

Hase007
上廊

こうなるとここでは比較的早く咲く本坊前に期待がかかります ^^
その前に冬の長谷寺、
雪はありませんが枯れ木に花が咲きますか ><;

Hase008  
舞台から眺める境内

Hase009
紅葉の時には絶好の撮影ポイントですが、
まぁ、こんな五重塔もまたよろしいかと ^^

Hase010
本坊前
さすがにここもまだ早過ぎました。

Hase011
Hase012
昨年の大晦日には大雪と寒波があったそうですが、
もしかしたらその影響かも知れません。

Hase013

期待していました雪の長谷寺でしたが、
それは無理としても、楽しみだった冬牡丹はチョッと残念でした。

それはそれとして、
この日はもうひとつの目的がありました ^^・・・続きます。

2011年1月 7日 (金)

浅井三姉妹ゆかりの地・長浜

浅井三姉妹ゆかりの地を訪ねて、その第2弾!
今回は以前に撮った写真に加え新しく撮った写真とともに
湖北長浜市の三姉妹ゆかりの地を巡ります。

まず最初はやはり”江”誕生の小谷城跡から。
少し登った番所跡から城郭のなかに入りますが、
お茶屋敷、馬洗い池、首据石を見て最初の広場が「桜馬場」

Odani01
Odani02
広場には顕彰碑と供養搭が建っています。

Odani03
次の広場が本丸跡に続く「大広間」

Odani04
Odani05
本丸広場と僅かに残る本丸石垣、
そして一段高いところが鐘ケ丸。

戻って首据石のところから右に少し下ります。

Odani06
Odani07
「赤尾屋敷跡」とその一角に建つ「浅井長政自刃跡」の碑。

天正元年(1573)8月28日小谷城は落城
この年、三姉妹の末娘”江”はここ小谷城で生まれています。

この小谷山のふもとにあるのが「小谷寺(おだにじ)」

Odaniji01
Odaniji02
Odaniji03
説明では、
” 寺伝によると神亀5年(728)泰澄により開基、常勝寺と称し、
 小谷山に建てられた修験道場のひとつであった。
 浅井亮政(あざいすけまさ)が小谷築城後、深く帰依し、
 小谷寺と改称、以後浅井三代の祈願寺となる。・・・”

そして浅井家・長政滅亡のきっかけとなった「姉川の合戦」。

朋友の朝倉家が信長に攻められることを知った長政は、
義兄弟の関係を破り朝倉に味方し、
ここ姉川で織田・徳川軍と死闘を繰り広げます。

Anegawa01
Anegawa02 
姉川に架かる旧野村橋の袂にある「姉川古戦場」跡

元亀元年(1570)、
朝倉攻めをする信長の退路を断った長政の裏切りに、
命からがら逃れた信長は態勢を立て直しその2ヵ月後に、
ここ姉川で浅井・朝倉軍と対峙します。

そして小谷城落城へとなりますが、
そのときお市の方と三姉妹は信長に預けられる・・・
というのが通説でした。

しかしもうひとつの話がありました。
小谷城跡の南東に位置する平塚町にある「実宰院(じっさいいん)」。

小さい集落にひっそりと建つ寺院です。

Jitsaiin01
Jitseiin02
その山門と本堂
山門横には「浅井三代開基昌庵見久庵主顕彰碑」が建ちます。

浅井の二代目久政の長女阿久姫(長政の姉)が出家し、
昌安見久尼(しょうあんけんきゅうに)として住んだこの庵で
悲運の三姉妹は匿われ、浅井家終焉の際には尼自身に
養育されたと・・・。と説明にあります。
ここにはまた、淀君寄進という尼の坐像があるそうです。

長くなりますが・・・ここからさらに北へ

Shizugadake01
賤ヶ岳山頂です。

お市が再婚した柴田勝家が、
信長の後継者争いで羽柴秀吉と争った「賤ヶ岳の合戦」。

Shizugadake02
Shizugadake03

柴田勝家はこの戦いに敗れ「北の庄」に退きますが、
最後は敗れ城は落城、お市ともども自刃して果てます。

Shizugadake04
山頂からの琵琶湖と竹生島

Shizugadake05
北には余呉湖が広がります。

二度の落城という悲劇の中で、
三姉妹は最愛の母とも死別することとなります。

そして茶々、初、江の三姉妹は、
それぞれの運命のもとで生きていくことになります。

2011年1月 6日 (木)

篠島大名行列・南知多町

祭りが続きますが愛知県の知多町篠島です。

1月3日の夜、八王子社から神明神社へ渡御された
神霊(オジンジキサマ)が、明けて4日の昼頃大名行列を従えて
八王子社へ帰るという神事です。

篠島海水浴場の前浜で繰り広げられる神事と、
やっこ踊りが見ものとのこと。

Shinojima01

着いたのが遅すぎたわけではないんですが、
11時過ぎからすでに浜には大名行列が勢ぞろい。

Shinojima02
Shinojima03
祭りが始まる前のやっこ踊りや砂かけなどで
参加者はそれぞれに時間を過ごしているようです。

男衆がなぜこんな砂かけをするのか分かりませんでしたが、
それが神事で判明しました・・・のちほど ^^

今回はその神事が中心です。

Shinojima04
神霊(オジンジキサマ)が渡御された「八王子社」
前浜はこのすぐ前にあります。

Shinojima05
祭場の様子です。

焚かれている”かがり火”と「おたなぎさま」と呼ばれる御神木、
何もなくただ時間を待つひと時でした。

Shinojima06
待つこと2時間ほど、
13:00過ぎにようやく神霊(オジンジキサマ)がお出ましに ^^

Shinojima07
行列の前で二度三度とくるくると舞っていますが、
これが神霊の”オジンジキサマ”でしょうか?

Shinojima08
終えると行列を従え御神木の前にやってきます。

Shinojima09
ここでもくるくると舞いました。

そして・・・

Shinojima10
現れましたのがあの”砂かけ”をしていた男衆(厄男?)たち。

Shinojima11
後ろに控える大名行列

Shinojima12
神事が始まりました。

そして終わると

Shinojima13
男衆たちがいっせいに御神木に殺到していきます!

Shinojima14
Shinojima15
Shinojima16
激しくもみ合いながら御神木とともに海中へ、
そして御神木を海に流しますが・・・
このあと、どっとカメラマンが殺到して何も見えません><;

実は浜の祭場には注連縄が張られていまして、
関係者以外は中に入れないんはず?なんですがね~ ^^

島の方達はもちろんすべて注連縄の外から見物です。
”これも時代の流れでしょうか?”と、
我が傍にいらしたご老婆の言葉でした。

Shinojima17
で、海中から戻って暖をとる男衆たち。

Shinojima18

神事を終えてオジンジキサマは八王子社へと帰ります。

Shinojima19 
Shinojima20
あとに続く行列の一行

Shinojima21
行列と見物人で混み合う「八王子社」前

御神霊(オジンジキサマ)が前浜を通過した時間は15分ほど ^^
今回は神事を中心に紹介しましたが、
初めて見るなんとも短い神事の祭りでした。

2011年1月 5日 (水)

九鬼鰤祭り

尾鷲市九鬼町で行われた「鰤祭り」の続きは、
この日午後から始まった「賀儀取り顔見世町内一巡」です。

ようやく探し当てた”祭りの概要”ですが、
毎度のことながら解説するには難しい ><;
とにかくこの祭りは年末31日から正月3日まで行われていると。
その「本祭」が3日の”鰤祭り”だそうです。

その午後のスタート

Kuki201_2
Kuki202_2
朝とは違って薄化粧の男衆や子供たちの顔には
”エビの絵”?と”大々漁”の字が書かれています。

Kuki203_2
午前中と同じく獅子舞を先頭に町内を一巡しました。

そして戻った漁業組合の建物

Kuki204_2

ここから二巡目に入りますが・・・
様子が一変します。

Kuki205_2
獅子舞や神楽のあとに続くのは正装した人たち、
そして祭りの主役?賀儀取りの少年ふたりです。

賀儀取り(がぎとり)とは、
弓射(ゆみゆい)を務める役目の少年?のようで、
今年は小学6年生と中学1年生のふたり ^^

Kuki206_2
Kuki207_2
なんとも華やいだ行列になりましたが、
これが弓射の一行というのでしょうか?
なぜか?実はまだ弓射の的がありません><;

Kuki208_2
Kuki209_2

町内を巡って組合の建物へ戻ります。

Kuki210_2 
建物の横から路地に入るとお囃子と唄が賑やかになり、
獅子も一段とは激しく舞います!

      Kuki211_2
そしてここからその弓射の的が加わります。

Kuki212_2 
神楽囃子と唄に合わせて、
まるで的を廻すように舞いながら一行を先導して行きます。

向かいますのは弓射が行われる「真厳寺」、
少々高台にありますため先に行って待ちました。 ^^

Kuki213_2 

石段の参道下で待つ多くの見物客、
その前で舞いながら石段を上がります。

      Kuki214_2 
高台にあると言いましたが・・・
集落の家の屋根と先には海が見下ろせます。

      Kuki215_2 
急な石段がお分かりいただけるかと ^^
一行はゆっくりと上ってきます。

Kuki216_2
一行が境内に入りました ^^
そしてこの祭りのハイライトです。

Kuki217_2 

賀儀取りは古式の作法にのっとり4立弓を射ます。

Kuki218
射られた矢は天狗が取りに行くとありますが?
取りに行ったのはなんと肩車されていた幼い子たち、
何でこの子たちが一行にと思いましたが納得でした。

そして 周りからは”赤身で来い、大ナブラ(魚群)で来い”などと
囃し声がかかります とありますが、
このときは何を囃したてているのか分かりませんでした。

赤身、もちろん鰤だそうですが、
海が赤く見えるほどの大漁を願う囃しだそうです。

Kuki219

真剣そのものの賀儀取り!
的は20m先ですがこの日は2人で各1本ずつ的中!

そして

Kuki220
アオリイカの墨で描かれた的の外側が消され
中心部のひとつになります。

このあと最後の弓射が行われますが・・・
さすがにここは帰りが気になりました ^^
残念ながらここはいつものように途中で失礼しました ><;

2011年1月 4日 (火)

鰤まつり・尾鷲市九鬼町

帰りの渋滞覚悟で出かけました尾鷲市九鬼町、
九鬼水軍の郷として知られていますがこの日は祭り。

とにかく何も分からず資料もなし ><;
着いた時間も朝からの”賀儀取り迎え”という儀式に間に合わず、
いきなりの町練り?からです。

Kukiasa001
町に揚がる笹飾り

Kukiasa002
九木神社に着いたときにはすでに神事は終わり、
町練りに入るときでした。

とりあえずついて行きます ^^

Kukiasa003
Kukiasa004
Kukiasa005
これが隊列

この時点では獅子舞、囃子以外の
皆さんの役割がまったく分かっていません ><;

Kukiasa006
Kukiasa007

獅子舞を先頭に太鼓と笛の囃子、
そのあとに清め笹水?そして弓持ちが続きます。

      Kukiasa008 
神社から町内の狭い路地を練っていきます。

Kukiasa009
      Kukiasa010
      狭い路地で獅子が舞い、
      囃子と唄で祭りは盛り上がります。

Kukiasa011
Kukiasa012
この獅子舞、後ろにこども達を引き連れ、
練りながらの舞がまた良ろしい! ^^

Kukiasa013
町筋からメイン通り?に出ました。

水軍の郷 九鬼、
その漁港の通りを行きます!

Kukiasa014
ここで午前の部が終わりました。

何も資料がなく(いつものことですが ><;)
戻ったばかりで上手くまとめられていませんが、
詳しくは本番の午後の部で・・・続きます。

2011年1月 2日 (日)

初詣

正月2日は我が家の初詣、
毎年変わらぬ恒例の「多度大社」です。

いつもはコンデジを持って出かけるんですが 、
今年は何としたことかカメラを忘れました ><;
昨日のお酒は抜けたんですが・・・思わぬところでも抜けてます ^^

おかげで携帯電話での対応です。

Tado001
とは言っても何も変わらぬ多度大社の正月風景

Tado002
まだ参拝者は少ない時間ですが
ここも参道が一方通行になってから参詣し易くなりました。

Tado003
「冠木鳥居」をくぐって本宮へ

Tado004
今年も1年が無事で健康でありますように・・・と。

Tado005

今日は雲ひとつない快晴で暖かい日でしたが、
今年も”かがり火”で暖をとり初詣を終えました。

戻って開いたパソコンの高速道路情報、
早くも帰省ラッシュか?渋滞の赤いラインが各地で延びています。
さて、明日はどちらに参りましょうか?

2011年1月 1日 (土)

2011年 迎春

2011sinnen

   新年明けましておめでとうございます 

  卯年 2011年
”ぶらり旅”今年もまた各地を巡って飛び跳ねます ^^
  どうか変わらぬご愛顧のほどよろしくお願いいたします。

« 2010年12月 | トップページ | 2011年2月 »