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2010年12月18日 (土)

岩屋寺・京都山科

大石神社奉納行事「山科こども歌舞伎」のあとは
隣接する「岩屋寺(いわやじ)」でした。

” 創建時は天台宗に属し、比叡山三千坊の一つであったが、
現在は曹洞宗永平寺派天寧寺の末寺で神遊山金地院と号する。
古来は隣接する「大石神社」の神宮寺であったと伝えられる ”。
(岩屋寺の駒札から)

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「大石神社」から南に少し行った入り口
(神社の裏手からもいけますが・・・ここは正面から ^^ )

大石良雄(内蔵助)が赤穂城明け渡しのあとここに移り、
討入りまでの1年余を隠棲したところで通称「大石寺」とも。

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その参道を上っていくと右手には
十三重石塔と「大石良雄隠棲旧址碑」が建っています。

そのまま参道を行き、
山門への石段下を右に行くとある「木像堂」

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堂内には「大石主税」と「大石良雄」の木像が見えます。

この右手にあるのが「大石良雄遺髪塚」

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大石良雄の遺髪が埋められている?
その詳しい説明はありません ><;

「木像堂」前では
この日の”まつり”のために甘酒が振舞われていました。

戻る境内

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境内に散ったモミジ葉の中にはたくさんの
歌碑に句碑があります。

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本堂への石段

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山門
 
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そして本堂

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本堂の右手にある「大石弁財天」
大石良雄が隠棲中に祀ったといわれています。

その奥にある茶室

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” 事成って後、邸宅、田畑等一切を岩屋寺に寄進した。
 その後、当寺は荒廃したが、嘉永年間に京都町奉行
 浅野長祚(ながよし)等の寄付をうけて再興した。”
 
その時、取壊された邸宅の廃材で造られたのがこの茶室です。
その傍には手植えの梅の木もあります。


Iwayaji014

このときはまだ義士行列が到着していませんでしたが、
このあと行列の到着とともに凄い人出となります。
義士行列を迎えてから、
早々に大混雑の境内を後にしました。

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