ゆく年 2010年大晦日
今年も残りわずかな時間となりました。
初めてのところから知った地まで気ままに巡ったこの1年!
2010年最後の締めくくりはやはり伊勢神宮です ^^
今年は念願の伊勢本街道を歩き終えましたが、
”お伊勢参り”で参宮街道を歩いて着くのがここ外宮の「北御門」。
そして古市街道を内宮へと向かいます。
今年も”ぶらり旅” をご覧いただきありがとうございました。
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今年も残りわずかな時間となりました。
初めてのところから知った地まで気ままに巡ったこの1年!
2010年最後の締めくくりはやはり伊勢神宮です ^^
今年は念願の伊勢本街道を歩き終えましたが、
”お伊勢参り”で参宮街道を歩いて着くのがここ外宮の「北御門」。
そして古市街道を内宮へと向かいます。
今年も”ぶらり旅” をご覧いただきありがとうございました。
今年も年末恒例の伊勢神宮参拝でした。
載せる写真も宇治橋から内宮参道と毎年同じではね~><;と、
今年はあらためて外宮からの正式な参拝です ^^
第一鳥居口に用意された大かがり火の薪。
外宮の表参道は火除橋を渡って一の鳥居へ。
そして第二鳥居から正宮へ向かいます。
外宮正宮
この時期、外宮からの正式な参拝は久しぶりでした ^^
そして内宮へ
ここからは毎年お馴染みの写真ですが 、
それはお許しいただくとして・・・
今年は正式な参拝ということであらためて宇治橋から ^^
水打ちされた玉砂利の参道、
火除け橋を渡り一の鳥居をくぐります。
五十鈴川の御手洗場(みたらし)
この先で二の鳥居をくぐります。
石段下から内宮正宮
今年一年の無事を感謝し、
来年もまた無事に旅ができますように・・・と ^^
” 春や来し年や行けん小晦日 芭蕉 ”
このあとはまたいつものように年末の買い物、
そしてようやく迎春の準備に入ります。
戻る途中から雪交じりの雨になりました。
津市美里町家所の「辰水神社」で
今年も恒例の”ジャンボ干支”が奉納されました。
早くも大渋滞の高速道路で開始時間までに到着できるか!?
気にしながらどうにか間に合ったお披露目です ^^
来年の干支は”ウサギ”
今までは真っ白だったそうですが今回は白とベージュの2色、
そして耳の内側はピンクの可愛い親子のウサギです。
お披露目のあとはいつものように町中周辺を曳き回されます。
こども達に曳かれるウサギの親子
毎度の光景ですが県道から町中へ
親ウサギさんの大きさは高さが2.8m、
縦巾が2.4mで横巾が1.6mだそうです ^^
神社前に到着
台車から外された親子ウサギは神社前に設置されますが、
ここからは津リトルリーグの少年たちが出番!
方向転換してあっという間に設置されました。
このあとは式典です。
宮司さんのお祓い関係者の玉串奉奠が済んで
くぐり始めです。
宮司さんを先頭に
関係者、リトルリーグの少年たち、小学生たちと続き、
そのあとから一般の人たちがくぐって行きます。
ジャンボ干支の親子ウサギは
来年2月中旬まで参拝者を迎えます。
「辰水神社」のジャンボ干支奉納撮影、
いつの間にか我が年末の恒例行事になってしまいました。
所用があって大阪に出かけましたが、
その前に立ち寄った「生國魂神社(いくくにたまじんじゃ)」。
地元では”いくたまさん”と呼ばれ親しまれていますが、
江戸時代には上方文化の中心地でもあり、
境内には多くの摂社とともに記念碑や句碑があります。
新しくなった近鉄上本町駅周辺を見ながら西に歩いて
神社の参道に出ました。
初詣の準備が進められている参道から
鳥居をくぐって境内へ
卯年の大絵馬が置かれた拝殿
いつものことながら難しい由緒は省きますが・・・><;
本殿に参拝したあと”いくたま参りの道”と書かれた
赤い案内板のある散策路を行きます。
祈願絵馬の掲げられた摂社の案内板
順路に沿って行くと
まず「米澤彦八の碑」
この境内を舞台に上方落語を広めたといわれ、
9月に行われる「彦八まつり」で知られています。
右に「天満宮」、「住吉神社」を見て正面には
「皇大神宮」
内宮の天照皇大神の分霊をお祀りしているそうです。
ここから北側にあるエリアへ石段を下ります。
右手には”生玉の杜”
左手正面には「城方向八幡宮(きたむきはちまんぐう)」
大阪城鬼門の守護神として鎮祭されたことから城方向(北向)と。
すぐ左手にある「精鎮社」の先、
その奥には
「稲荷神社」、「源九郎稲荷神社」、「鴫野神社」が建ち並びます。
その真ん中にある「源九郎稲荷神社」
奈良県吉野郡にある源九郎稲荷神社の分祀ですが、
道頓堀中座に祀られていた八兵衛大明神が合祀されており、
歌舞伎俳優や松竹新喜劇の人達から崇められていると・・・!?
そして右には
「鞴(ふいご)神社」、「家造祖(やづくりみおや)神社」
そして奥に「浄瑠璃神社」
近松門左衛門ほか人形浄瑠璃(文楽)の成立に功のあった
「浄瑠璃七功神」をはじめ、
文楽や女義太夫の物故者が祭神として祀られているそうです。
境内の摂社から生玉の杜へ
「南坊地」の石柱の前にある「井原西鶴」像
そして杜の入り口にある芭蕉句碑 ^^
” 菊に出て 奈良と難波は 宵月夜 西香書 ”
元禄7年(1694)の9月9日(重陽の節句)に奈良を出て、
夕刻に着いた当地での吟。
芭蕉はその後病に倒れ、全快せぬまま10月12日に
大阪御堂の終の旅宿にて亡くなっています。
北門
後ろにまっすぐ下る坂が「生玉真言坂」
天王寺七坂のひとつで
この周辺に真言宗の生玉十坊があったことから呼ばれると。
「生國魂神社」
上方演芸と深い係わりのある神社ではありますが、
やはり訪れた目的は芭蕉でした。 ^^
「豊橋市二川宿本陣資料館」で開催されている常設企画展、
~寅年から卯年へ~「新春の干支と張り子の玩具展」です。
常設企画展会場の右側展示室
~寅年から卯年へ~と題して張り子の寅と卯が
たくさん展示されています。
そのなかから
やはり福島県は三春の張り子の虎
もうひとつ
滋賀県(小幡土人形)の三虎(親子虎)
そして年は卯年に
ずらりと並ぶこちらは卯の張り子と土人形
我が好みで選ぶ張り子のなかから ^^
山形県(山形張り子)の月山玉兎
各地の小さい兎も並びます。
ここからは土人形
広島県は尾道、千光寺の兎
山形県、笹野の一刀彫
他にもたくさんの張り子と土人形が並びます。
土人形
年が明ければ季節がやってきますが・・・
一足早くその前に ^^
その反対側には多くのお面が展示されていました。
鬼面、天狗面、おかめ、ひょっとこ、狐。
代表して縁起良く、大黒面と恵比寿面
新しい年への期待と願いを込めて作られている
様々な干支の張り子玩具、
そして多くの郷土玩具や土人形を楽しむことができます。
今年もまた「日本モンキーパーク」(犬山市)の冬の風物詩
”たき火にあたるサル”が始まりました。
この時期、各地ではイルミネーションが中心ですが、
これは数少ない年末から新年にかけてのイベント。
何も無いときの楽しみのひとつです ^^
遊園地から動物園へ
お昼前という時間でしょうか?少し見物客が少なかったですが、
それもまた写真を撮るには好都合 ^^
この日のモンキーバレイです。
たき火は11:30から、
焼き芋おやつの時間は14:00からですが、
いつものようにお猿さんはたき火の周りに集まってきます。
上からしか見えないんですが、
たき火にあたるお猿さん、見ていてホンと楽しいです ^^
火の近くまで寄っていますが平気なんですねぇ~。
このおサルたちは”ヤクニホンザル”
屋久島に生息するニホンザルの亜種です。
さて、”たき火にあたるサル”さんのあとは、
今年はサルではありません ^^
今まで一度も入ったことのない「わくわく動物村」
その前で行われた・・・
グリーンイグアナとのタッチタイム 、
チョッと触らせてもらいましたが老人向けではありません ><;
少しタイムラグがありますが同じところで
ケヅメリクガメ
どこかの取材クルーが入っていましたが便乗!
ヒョウモンリクガメ
そして パンケーキリクガメ です。
ともに動物村にいるようですが、
なんともタイミングよく芝生を歩きまわるカメさんに遭遇でした ^^
犬山市「日本モンキーパーク」
伊勢湾台風から50年以上続く冬の風物詩、
”たき火にあたるサルたち”を今年も楽しみました。
”寒ぼたん”の「石光寺」から南へ1キロほどの「當麻寺 奥院」
こちらは”冬ぼたん”です。
正面に本堂
左に折れて「浄土庭園」へ
境内に咲く”冬ぼたん”
こちらには葉があります。
境内の東端から見える東塔と西塔
「阿弥陀堂」前
先に見えるのは楼門です。
楼門から西に行くと右手には
石彫りの”くりから龍”を中心に現世を表現した渓流があります。
浄土庭園に咲く冬ぼたん
誰もいない広い庭園を独り占めです ^^
阿弥陀仏の姿を写す”宝池”
ちょうど阿弥陀如来像の横から見下ろす浄土庭園
ぼたんと桜 !? ><;
阿弥陀如来像
数は少ないですが、
花も今が見頃でしょうか?
春咲きのぼたんを人工的に調整して
冬に咲かせるという”冬ぼたん”。
まだ十月桜の咲く「當麻寺奥院」で楽しみました。
今年もまた奈良県葛城市の石光寺(せっこうじ) 染寺へ。
この時期に見頃の”寒ぼたん”
今年は開花が遅れているという情報でしたが・・・
朝から奈良盆地は霧が深く
二上神社口から歩く途中にみる二上山も霞んでいます。
山門と山門脇の百日紅の老木
一度はこの花が咲く頃にも来てみたい ^^
さて、この日の寒ぼたん
藁苞はたくさん並びますが
咲く花は・・・まぁぼちぼちですね ^^
まだ蕾も多く見頃はこれからでしょうか?
テレビで放映されたのを見て
わざわざ来られた方もみえましたがチョッと残念そうでした。
ここには約300株があるそうですが、
花はすべて一度に咲くのではなく順次咲いていきます。
その見頃がいつか?
そういえばマンリョウも少ない
昨年は12月中旬の訪問でしたが
他にもサザンカ、ツバキ、マンリョウも見事でした。
花もまだ咲ききっていないですね。
全体にはこれから見頃を迎えるようです。
また違う花と実
花壇の隅で見つけたスイセン
初めて見る実と花、
実はこれから赤くなると・・・調べてみましたが冬珊瑚か?
小さな白い花が目を引きました。
葛城市染野の「石光寺」
寒ぼたんを見たあとはいつものコース、
當麻寺奥院へと歩きます。 21日
今年も始まりました「志摩マリンランドの新春特別展」
今回は~海のうさぎたち~です。
この夏、建物の外壁が塗り替えられ新装、
明るくなりました。
4種類のペンギンがいるペンギン島、
後姿のキングペンギンくん?
まずは水族館を抜けてイベントホールへ
今年の新春特別展「海のうさぎたち」
書かれているうさぎにちなんだ生き物たちから・・・
最初が地方名でウサギザメと呼ばれる”ツバクロエイ”
イベントホール最初の水槽ですが、
その主役”ツバクロエイ”は砂の中 ><;
次がこちら
中国名で海兎と呼ばれる”トビハゼ”
石の上にいますが回りは干潟です。
そして英名でラビットフィッシュと呼ばれるアイゴの仲間
たくさんいますがその中から
手前が”プチアイゴ”、奥が”マジリアイゴ”
そしてウミウサギです。
チョッと判りにくいでしょか?和名が”ウミウサギガイ”
” 殻は白い卵形、殻口内は濃紫褐色で
軟体部は黒色で白い斑点が多数ある。”
説明にあった生き物たちでしたがそれ以外には
”ウサギアイナメ”
頭がまるでうさぎのよう!?とありますが・・・いかが ^^
うさぎにちなんだ魚でもこちらは異色?
魚へんに兎と書いて(漢字がありません ><;)=イシモチ
そしてこの魚は”マンジュウイシモチ”
今年もまたいろんな生き物たちが展示されています。
そして年は寅から卯へ
今年ももう残り少なく寅年を代表して?
”トラザメ”と”ハナカケトラザメ”でした。
新しい年はもうすぐ
水族館からは
名前だけでもめでたい?”エビスダイ”です。
そして人気の 海女の餌付けを楽しみます ^^
年末の恒例になりました志摩マリンランド、
今年の新春特別展「海のうさぎたち」でした。
長浜市細江町にあります「安楽寺」、
” 滋賀でも指折りの名園です・・・”とあるその庭園を訪ねました。
長浜市の国道8号線を敦賀方面に走り、
「曽根南」の交差点を左に入るとすぐ右手にあります。
この日は途中から雨になり、
雨のなかでの庭園拝観でした ^^
長い車道?の先、
石橋を渡るとすばらしい松並木の参道。
周りを畑に囲まれた一角にある「安楽寺」、
ここはまた足利尊氏ゆかりの寺でもあります。
山門
かって藤原不比等の別荘地であったところに、
鎌倉中期、九條家より無為(平和)の御願を以って
安楽精舎を建立したのが始まり・・・と。
境内
まず右側から
太師堂
観音堂でしょうか?
そして左側
藤原中期の釈迦如来石像
そして「足利尊氏爪墓」
尊氏は弟の恵源を追って北国街道を進軍中に馬が進まず、
それが”たたりの石”のためと知らされ、
その石をこの寺に納め供養したところ無地に進軍できたという。
とまぁ簡単に足利尊氏とのゆかりの一部ですが、
詳細は省略を・・・。
鐘楼
そして残るはその「名園」です ^^
雨戸の閉められた本堂
” この雨戸もまた趣があっていいでしょう ”と奥さまでしょうか。
雨の中の訪問者
たった一人のために開放してくださいます。
本堂前に広がる庭園
当時としては珍しい小山のような築山を造った琵琶湖型の池、
前衛に白川砂を配した山水廻遊式鶴亀庭園。
亀島
相対する鶴島?それとも鶴岩?
説明によれば、
チョッとつる首に見える小さな岩に、
後ろにある道がちょうど羽を広げたように見えませんか・・・と、
見えればそれで良し!見えずともまた良し ^^
築山の後ろにある老松は江戸時代からのもの、
その横には樹齢800年ともいわれる”タブノキ”と
”モッコク”が偉容をそえています。
天竜寺開山 夢窓国師の作と伝えられる庭園を堪能、
本堂脇の部屋に納められた宝物も拝観。
帰り際、”龍”を見てくださいとの案内で境内へ
” ここに立って見てください ” と・・・見た先には
雨の中に、こどもの龍を背中にした龍が!
” この場所からしかこの形に見えません ”と、
忙しい中を楽しいお話に”龍”まで案内していただきました。
冷たい雨のなか、
なんとも心温まったひととき、湖北の「安楽寺」でした。
2年前、春の”たらい舟 川下り”で訪れて以来の大垣市ですが、
その水門川に沿ってある散策路”四季の路”、
それがまた”ミニ奥の細道”として整備されています。
「奥の細道」を歩いたHPでは逆順で紹介していますが、
今回は千住の旅立ちから大垣結びの地までを歩いてみました。
駅前から左にカラー舗装の道を行きます。
すぐにある「新牛矢橋」、
その先の愛宕神社を右に折れます。
ここが「ミニ奥の細道」の始点
これが矢立初めの句 ” 行く春や 鳥啼き 魚の目ハ泪 ”
芭蕉が「奥の細道」に旅立った千住での句です。
ここから「奥の細道」に見立てた2.2キロの散策路を歩きますが、
その間奥の細道で詠んだ22の句碑があります。
句碑は我が好み、そして四季の路を紹介しながら ^^
奥の細道、
旅立ちのあとやはりこの句は外せません ><;
” あらたふと 青葉若葉の 日の光 ” 日光です。
このあたりはまだ牛屋川?
その川筋を行きますが
ここはもう水門川
どうも道の重複部分と同じで川も重複しているみたいです ^^;
この先で美濃路に突き当たりました ^^
直進すれば美濃路ですが散策路はその先で右に折れます。
角にある小公園
手前の句碑は” 夏艸や 兵共か夢の跡 ” 平泉
道はさらに南へと
とにかくこの道筋には橋が多いんです ^^;
上は新大橋手前にある句碑
” 涼しさを 我宿にして ねまる也 ” 尾花沢
下が東外側橋手前の
” 閑さや岩にしみ入る 蝉の声 ” 立石寺
さらに南へ
すぐに” さみだれを あつめて早し 最上川 ” 本合海
春の”たらい舟”舟下りの乗船場所です ^^
句碑は新潟県に入ります。
” 荒海や 佐渡によこたふ 天河 ” 越後
湧水の町大垣
右に八幡神社の湧水があります。
ここは何度も紹介したところ・・・先に行きます。
句碑も新潟の最後
振り返っていますが
” 一家に 遊女も寝たり 萩と月 ” 市振
水門川の川幅も広くなってきました。
見える句碑は
” 石山の 石より白し 秋の風 ” 那谷寺
そして「ミニ奥の細道」は敦賀に入ります。
” 名月や 北国日和 定めなき ” 敦賀
この先「奥の細道記念館」前には
” さびしさや すまに勝たる 浜の秋 ” 色の浜
での句碑がありますが、
まもなくミニ奥の細道も旅の終わり ^^です。
ここが奥の細道結びの地
句碑は” 蛤の ふたみに別 行秋そ ”
「奥の細道 結びの地」
大垣市「ミニ奥の細道」をたどって着いた芭蕉と木因二人の像。
芭蕉「奥の細道」
” 旅のものうさもいまだやまざるに、長月六日になれば、
伊勢の遷宮拝まんと、また舟に乗りて、
蛤の ふたみに 別れ 行く秋ぞ ” 本文から。
大石神社奉納行事「山科こども歌舞伎」のあとは
隣接する「岩屋寺(いわやじ)」でした。
” 創建時は天台宗に属し、比叡山三千坊の一つであったが、
現在は曹洞宗永平寺派天寧寺の末寺で神遊山金地院と号する。
古来は隣接する「大石神社」の神宮寺であったと伝えられる ”。
(岩屋寺の駒札から)
「大石神社」から南に少し行った入り口
(神社の裏手からもいけますが・・・ここは正面から ^^ )
大石良雄(内蔵助)が赤穂城明け渡しのあとここに移り、
討入りまでの1年余を隠棲したところで通称「大石寺」とも。
その参道を上っていくと右手には
十三重石塔と「大石良雄隠棲旧址碑」が建っています。
そのまま参道を行き、
山門への石段下を右に行くとある「木像堂」
堂内には「大石主税」と「大石良雄」の木像が見えます。
この右手にあるのが「大石良雄遺髪塚」
大石良雄の遺髪が埋められている?
その詳しい説明はありません ><;
「木像堂」前では
この日の”まつり”のために甘酒が振舞われていました。
戻る境内
境内に散ったモミジ葉の中にはたくさんの
歌碑に句碑があります。
本堂への石段
山門
そして本堂
本堂の右手にある「大石弁財天」
大石良雄が隠棲中に祀ったといわれています。
その奥にある茶室
” 事成って後、邸宅、田畑等一切を岩屋寺に寄進した。
その後、当寺は荒廃したが、嘉永年間に京都町奉行
浅野長祚(ながよし)等の寄付をうけて再興した。”
その時、取壊された邸宅の廃材で造られたのがこの茶室です。
その傍には手植えの梅の木もあります。
このときはまだ義士行列が到着していませんでしたが、
このあと行列の到着とともに凄い人出となります。
義士行列を迎えてから、
早々に大混雑の境内を後にしました。
「山科義士まつり義士行列」の途中から向かった「大石神社」、
ここでは大石神社奉納行事「山科こども歌舞伎」が行われます。
着いた「大石神社」はすっかりお祭りムードですが、
今回は歌舞伎が中心でこどもたちの熱演をご覧いただきます。
ところが境内に舞台がありません?
大石神社本殿
歌舞伎が行われる舞台がこの本殿でした ^^
本殿内に造られた舞台の花道
演目はもちろん「仮名手本忠臣蔵」から
口上
三段目 足利館松の間 刃傷の場
十一段目 高家表門 討入りの場
出演はそれぞれ洛東幼稚園・清水台幼稚園・寺西幼稚園の園児、
そうなんです ^^、こども歌舞伎といっても幼稚園児です!
そして舞台は本殿
開始にあたり宮司さんの祓詞とお祓いがあります。
前置きが長くなりましたが開演です ^^
まずは口上
今年が第二回ということですがはじめて見る園児の歌舞伎、
もちろん歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」も観ていません ><;
”口上”が終わると花道を戻る二人、
そして”足利館松の間 刃傷の場”へと舞台転換
観たことがないので解説なんてできませんが・・・
この場面は歌舞伎以外でも”刃傷松の廊下”で有名、
ただ、自分が知る忠臣蔵とは役名が違います。
吉良上野介は 高師直(こうのものろう)
浅野内匠頭は 塩冶判官(えんやはんがん)
役名は違えどお馴染みの場面
観客から拍手と掛け声がかかります ^^
そして十一段目”高家表門 討入りの場”
今回の見ものはその殺陣だそうです!
花道から登場する大星由良之助(大石良雄)と力弥(主税)、
そのあとに赤穂浪士が続きます。
高家表門に勢ぞろいした浪士たち、
由良之助の合図で力弥が指揮する裏門隊は
舞台の上手と下手にすばやく下がります。
由良之助の打つ山鹿流の陣太鼓で屋敷に突入!
ここから見ものの殺陣の場面、
入れ代わり、立ち代り・・・とはいけませんが、
浪士と師直の付き人たちとの立ち回り!
もっと載せたいんですが何せ枚数が多い ><;
で、その代表!
女物の打ち掛けかぶって花道から登場する人物
かぶった打ち掛けをサッとはらった高家の剣豪、小林平八郎!
大見得切って・・・拍手喝采の大うけ!!
そして竹森喜多八との長い立ち回り、
とっくみあいと雪の投げ合い、池に落下と・・・
見事な殺陣と二人の大熱演です!
最後に打たれた平八郎、そこに呼子の音が響きます。
引き出される高師直
切腹を嫌がる師直にとどめを刺す由良之助。
本懐遂げた浪士の勝どき!
引き上げる由良之助と力弥、そして浪士たち、
そして熱演の全員が続きます。
奉納こども歌舞伎
観客からの拍手が鳴り止まぬなか「仮名手本忠臣蔵」終演でした。
その大石良雄が隠棲していたという「岩屋寺」
その本堂
「大石神社」からすぐのところにありますが、
ここには大石良雄の「閑居跡」と「遺髪塚」があります。
ちょうど境内散策を終えたころ義士行列が到着しました。
行列はこのあと「大石神社」に向かいますが、
我が「山科義士まつり」の追っかけもここまで。
義士行列に、奉納こども歌舞伎と、
師走のまつりを堪能させてもらった1日でした。
「山科義士まつり義士行列」
山科駅前の商業施設での休憩が終わって行列の再開です。
その続きを追います。
義士行列は商業施設を出て外環状線を南下します。
「外環三条」の交差点
ここから子供義士行列が合流しました。
幼稚園の子どもたち
園長先生?の叩く陣太鼓にあわせて”ヤッ!”、”ヤッ!”と
手を挙げ元気な掛け声を入れます ^^
交通量の多い外環状を進む義士行列
同じ幼稚園児たちの声援を受けて
子供義士行列が行きます。
この子供義士行列は途中からバスに乗りましたが ^^
先を行く行列はさらに南下して行きます。
途中で見物する小学生たち
その前ではやはりおなじみの勝どきを上げるパフォーマンスも。
国道1号線を越えて・・・
次の休憩地は椥辻(なぎつじ)。
表門隊
椥辻に入って行列は、
これまた商業施設の駐車場へと入りました。
ここにはチョッとしたステージが造られていて、
すでに多くの方が待っています。
行列の参加者もステージ両脇に
そして途中からバスに乗った子供義士たちも
すでにステージ前にいました。
ここではパフォーマンスと踊りが行われましたが
まずは子供義士たちによる太鼓演奏があり、
そして
”連判状改め”です ^^
改めるのは山科区長さん。
改めが終わって皆で上げる勝どき、”エイ、エイ、オウ!”
続くパフォーマンスは” 刃傷松の廊下”
短い一幕でしたがお馴染の場面、
これはえらく迫力があり見事な演技でした。
さらにパフォーマンスは続きますが、
ここで次の出発まで待っているわけにはいけません ><;
「山科義士まつり」のもうひとつの見もの!
大石神社奉納行事「山科こども歌舞伎」
それが13:00の開演でした ^^・・・先を急ぎます。
平成22年12月14日、
前夜から降り続いた雨は上がりましたが、
途中ではまだ時雨れる高速道を走って向かったのは
京都山科の毘沙門堂!
すっかり散り落ちた紅葉を見ながら石段を登れば本堂境内。
時は元禄15年12月14日
折から降りしきる雪のなかを江戸は本所松阪町にある
吉良の屋敷に討ち入る赤穂の浪士47人。
時代は移り
これぞ平成赤穂47義士たちの、今まさにあがる勝どきでした!
と、馬鹿なことを書いてきましたが・・・
あまりにも有名な「忠臣蔵」
その大石蔵之助のゆかりの地、京都山科でこの日
「山科義士まつり」の義士行列が行われました。
出発の準備に向かう大石内蔵助と主税
このあと西門下から出発を待ちます ^^
まず先に
大石内蔵助、主税、遥泉院の三人です。
先に別の寺院に参詣するためだそうですが・・・?
そして定刻に義士行列が出発します。
討ち入りの際の表門隊
戸田の局、おかる、勘平、おりくを先頭に続く義士。
そのあとに裏門隊が続きます。
ここから長い「山科義士まつり」の行列が
最終地点の「大石神社」へと向かいます。
内蔵助、主税、遥泉院が先に参詣していたのは「瑞光院」
ここで3人が合流しました。
ここには浅野内匠頭の供養塔と、
赤穂浪士の遺髪が埋葬された遺髪塔があり、
浅野家の祈願寺であると・・・納得 ^^
あらためて義士行列が進みます。
先頭には”ふれ太鼓”
あとに続くのは遥泉院、戸田の局、おかると勘平
行列は旧東海道(旧三条通り)に入ります。
この行列は途中で迎える園児や小学生の前に来ると
ご覧の通り止まって勝どきを上げます ^^
義士行列は旧東海道(旧三条通り)から外環状線に入ります。
すぐにある商業施設でしばし休憩。
待たねばならぬ・・・
ここはやむなく出発まで待ちます ^^
通ってきました旧東海道の先
道筋にある新しい道標と明治天皇御遺跡の標柱
ともに山科駅前の旧三条通りの東海道沿いに建てられています ^^
休憩の合い間に思い出した東海道でした。
まつりは続きます。
「宇治市植物園」から戻る途中に立ち寄った
「鳳翔山 靖國寺」です。
宇治市観光協会のHPで神社・仏閣をチェックしていたとき、
” 天ヶ瀬の荘厳なる緑に囲まれたこの地での静かなひとときを
お過ごしください ” とあった一文に、つい・・・
宇治田原町に戻る途中で白川林道に入り、
天瀬ダムの手前500mあたりにある看板を見て左折、
山の中をしばらく走るとお寺の山門前に出ます。
急に目の前に現れた山門は昭和63年落慶と・・・
まだ新しいですが、両脇に仁王像が安置されています。
左に吽形、右に阿形
門を入ると
左手に本堂
右手にはまず「不動堂(十二支天堂)」
昭和36年の建立。
中央に「一願成就不動明王尊」が安置され、
両脇には干支の守り仏である十二支天像刺繍画があるそうです。
その横にあるのが
「仏舎利塔」
一階に永代供養堂を備えた多宝塔様式で
一点一点が手描きの十六枚の天井絵があるそうです。
そして「水子地蔵尊」
さらに境内奥には
「鐘楼堂」
” 元桃山城の遺材で建立された浄土宗の寺院・龍雲寺の建物を、
昭和28年に移転改築したもの。” だそうです。
戻りますが・・・本堂と七重の石塔、
そして由緒が刻まれた石碑。
あらためて本堂
瓦葺の檜造り
昭和16年12月起工、昭和20年4月に落慶されたという。
本堂と左に「開山堂」
まだ新しい歴史の「靖國寺」
靖国神社に対して全国の戦没英霊を仏式に合祀する
日本唯一の寺という。
小さい境内はまさに静寂そのものでした。
帰りはそのまま府道・大津南郷宇治線(府道3号線)へ、
府道との交差点で左に見えたのは
急な石段の先にある六角の塔
なんと、ここから境内「仏舎利塔」の裏側に行けました ><;
この道は平等院の前を通って来る道、
これにはチョッと・・・どころかビックリのオチでした。
今年もまた京都宇治市植物園へと。
”花と水のタベストリー”は今年の干支”卯 (雪うさぎ)”ですが、
フラワーブリッジの先にある壁泉手前からみるその” 卯 ”
ここはまだ無料区域 ^^
では園内へと入ります。
管理棟”緑の館”もクリスマス飾りで華やかです ^^
今年の”花と水のタベストリー”は
干支の”卯 (雪うさぎ)”です。
最上段から
後ろにある壁泉の前から石段を降りて行きます。
今年もまた多くの花木が使われていますが・・・
その一部
目は、オタフクナンテン
体は、ビオラとビビクリアホワイト
数字は、ハボタン”紅ハト”です。
”花と水のタベストリー”干支”卯 (雪うさぎ)”はここまで ^^
このあとは何もない園内の様子を・・・
昨年から比べるともうほとんど花も実ものも終わった公園ですが、
ここも週末はライトアップが行われています。
ということですが・・・このままではねぇ~、
で、少しだけ実と花を ^^
何の実か?
”シロヤマブキ”の実です。
ヤマブキとは別種。
ヤマブキは5弁花、シロヤマブキは4弁花、
花後黒い種子が4粒なる・・・実を見て勉強になります。
そして、花はこちら
十月桜
これもこの時期に咲く花のひとつですが・・・
エドヒガン系の園芸品種。
花は淡い紅から白色八重で1年に4月と、
10月から12月頃に2回咲く。
その淡い紅色
そして白の花
「宇治市植物公園」
見るべき花木はほとんどありませんが、
それはまたそれなりに楽しんできました。
花フェスタ記念公園の冬イベント「雪のクリスマス」
続きは地球館フラワーショウー 、
冬の温室庭園~ポインセチアとユリの庭~からです。
トンネルイルミネーションを抜けると「花の地球館」
いわゆる温室ですが・・・
1階から中段、2階へと飾られた庭園、
右側の石段を上っていきますが(もちろんスロープもあります ^^)
今回はこちらだけを。
中段(中2階?)から
クリスマスと雪をイメージしたという温室庭園。
このあとは温室になりますが・・・ここは省略して ^^;
今回は「世界のバラ園」の北側にある”ターシャの庭”です。
アメリカの人気絵本作家でガーデナーでもあった
ターシャ・テューダーさんに憧れて、
ターシャクラブの方たちが作った庭だそうです。
庭の入り口
春は緑が美しく
花の季節にはいろんな花が咲いて綺麗ですが・・・今は冬 ><;
雑然と自然のままに・・・がターシャ流でしょうか?
家を回りこむようにある園路
スローライフを実践する彼女の生き方、
そんな彼女の愛する庭を和風に再現したという
日本版「ターシャの庭」。
家の中はショップになっています。
外に出て中庭
回る園路に人は無く、
ただ一人で楽しむ冬枯れの”ターシャの庭”
これもまた良し! ^^
この時期、そして平日だからこそできる?
まさにターシャの庭を独占させてもらいました。
西エリアから東ゲートへと戻りながら、
花フェスタはやはりバラ!
東のはずれにあるバラの花壇
咲いていたバラから選んでみました ^^
「花のミュージアム ステップ3」では
”クリスマスに想う バラ写真展”も開催中!
しかし写真より実物がよろしいのでは?
四季咲きバラと聞いた記憶がありますが、
この時期でもまだ捨てたものではありません ^^;
今年もまた”トンネルイルミネーション”を見て、
冬の花フェスタ記念公園を楽しみました。
巷にはイルミのイベントばかりで他に何も無いこの時期、
やはり出かけるところは毎年同じ! ><;
今年もまた可児市にある「花フェスタ記念公園」でした。
園内にはクリスマスソングが流れてすっかりクリスマスムードです。
すでに始まっています冬のイベント「雪のクリスマス」、
メインの”トンネルイルミネーション”を見るために入った
花のミュージアムホールでは、
”美濃和紙あかりアート”の作品展が開催中。
美濃市のうだつの上る町並みで行われた
あかりアート展に出品された作品が展示されています。
平日のためか人の少ない「花のミュージアム」
久しぶりにじっくりと館内を見ながらミュージアムから外へ
テラスから見る”水とバラの庭”
先には茶室”織部庵”があります。
ここからベルベデーレ(展望デッキ)へと行きます。
途中の”ロイヤルローズガーデン”
もちろんここにバラは咲いていませんでした ><;
こちらは芝生広場の”ローンガーデン”
チョッと撮り方がまずいですが巨大クリスマスツリーの地上絵、
見えますか?昨年は気がつきませんでした ><;
そしてベルベデーレ回廊(展望デッキ)です。
トンネルイルミネーションへと向かう回廊
ここもお馴染みになりました ^^
こちらは”クリスマスリース作品展”
一般募集のリース作品がトンネル入り口まで展示されています。
そして「花の地球館」へのトンネルです ^^
今年のイルミネーションはこれでした。
長さ50mのトンネルが18,000球のLEDで
飾られています。
巷のイルミにはとても及びませんが・・・
振り返れば
これはこれで今年もまた楽しませてもらいました ^^
「花フェスタ記念公園」冬のイベント「雪のクリスマス」
まだまだたくさんのテーマイベントがありますが、
次回はもうひとつのテーマ館”冬の温室庭園”と、
そして屋外では独り占めの”ターシャの庭”へと・・・ 続きます。
京都の「安楽寺」の記事で住蓮坊、安楽坊について
少し触れましたが、
そのとき馬渕に送られて斬首に処された住蓮坊の墓が、
近江八幡市の千僧供町(せんぞくちょう)にあると書きました。
その千僧供町の住蓮坊古墳です。
その前に、
国道8号線を走り「千僧供橋」を渡って「六枚橋」交差点の
少し手前で斜め右に旧中山道へ入ります。
入ってすぐの左手にある小さな公園?
ここに「住蓮坊首洗い池」があります。
説明版の左手に回りこむと
立派な「住蓮坊首洗池」と刻まれた石碑があります。
処刑された住蓮坊の首を洗ったといわれる池、
今は枯水していますが綺麗に整備されていました。
旧道に戻って少し先に歩くと道筋にあるのがこちら
小さな「道しるべ」ですが
御墓まで是より三丁とあります。
その御墓は「道しるべ」の先、
畑の中に道はありませんから・・・迂回します ^^
旧道から1本東南側の道を行きます。
田んぼの真ん中にある「住蓮坊古墳」
この町は千僧供古墳群と言われるほど
多くの古墳が点在するところでもあるようです。
その中でも
” 墳丘径が約53m、掘を含めるとその径が約93mにもおよぶ、
県下でも屈指の大型円墳です ”とあります。
古墳頂上部にある2基の墓
江戸時代に建てられたもので、
左が住蓮房、右が安楽房と刻まれた供養搭でした。
またこれにも曰くがありますが・・・
難しいことは抜きにして ^^
忘れない時期にと訪れました「住蓮坊古墳」でした。
余分ですが、
この近くにある「易行寺(いぎょうじ)」には「御僧塚」と呼ばれる
住蓮・安楽両坊の墓と、「住蓮御房安楽御房縁起」という
二幅の掛軸とその絵解き本である「住蓮房縁起」があると、
帰って見た千僧供町のHPに・・・。 時すでに遅しでした ><;
松阪市の国道166号線を飯南方面に走りますが、
国道沿いにある「大河内城(おかわちじょう)」の看板を見ては
いつも通り過ぎていました。
今回は迷わず登城です ^^;
伊勢道をくぐる手前の郵便局が目印、
大河内城山地区市民センター傍にある案内板を見て右折、
駐車場は城跡の登り口に数台分ありますが、
国道すぐの市民センターの駐車場が広くて便利です。
小高い丘に向かい少し歩きますが、
ここが案内板のある城跡への入り口
城は標高110mほどの丘陵北端部にあり、
道は少しずつ登っていきます。
途中にある「搦手門(からめてもん)」石柱
石組みのあるらしき道を行きますが、
これが城跡の一部?かは分かりません ><;
この辺りにはたくさんの千両が植えられています。
左手にある鳥居をくぐると
小さな案内板
この左手の草叢が「二の丸跡」
右に「馬場跡」、その先が「御納戸跡」と
石柱が建つ道を行きます。
ただ1本だけですが
綺麗に染まった紅葉の木
わずかに残る石垣はちょうど本丸跡の下
その先は石段を上ります。
そして
神社が建つ本丸跡
この先の北側が大手口になりますが荒地でした。
応永22年(1415)、北畠満雅(みつまさ)が室町幕府に
反旗をひるがえしたとき備えのために築城し、
弟の顕雅(あきまさ)を入城させたという。
合戦記念碑
以降、顕雅の子孫が居城し大河内御所と称される。
永禄12年(1569)、織田信長の南伊勢攻略に際し
伊勢国司北畠具教(とものり)は本拠を多気(旧美杉村)から
ここに移し織田の大軍を迎え撃ちます。
本丸跡から西の丸へ
”マムシ谷”に架かる橋を渡ると西の丸跡の石柱
50日にも及ぶ籠城戦に耐えますが、
信長の次男信雄(のぶかつ)に家督を譲ることを条件に和睦。
天正4年(1576)、信雄は南伊勢統治の拠点を
田丸城(玉城町)に移し大河内城は廃城となります。
さらに回り込んで行きます。
本丸跡より一段と高いところにある西の丸
東に阪内川、北に矢津川、西側と南側には深い谷が入り
自然の要害であったという大河内城。
わずかに残る城跡にその歴史を知ったひとときでした。
松阪市飯南町粥見のサザンカが見頃との情報があってから、
少し日が経ちましたが出かけてみました。
昨年は遅すぎて萎んだはなでしたが今年は・・・
快晴の中で見事な大木のサザンカ
紅葉とイチョウとの競演はむりでしたが、
まさに見頃!でした。
左から回り込みます ^^
樹高約10m、幹周り約1.8m、枝張り東西11m、
南北15mという大木。
横から
茶畑に張り出した枝が
今にも地面に着きそうなまでにピンクの花を付けています。
ただ1本のサザンカですが
まるで小さなトンネルですね~ ^^
青い空にピンクの花!
茶店の傍にある白いサザンカとの共演?
大木のサザンカには及びませんが、
こちらの白いサザンカも見頃でした。
サザンカの中から・・・
風に舞って落ちるイチョウの葉 ^^
季節の風物詩として親しまれているそうですが、
この日は平日にもかかわらず多くの人が訪れて、
サザンカの花(木か?)を楽しまれていました。 6日
夜のイルミにはまったく縁のない我が身でしたが、
たまたま暗くなった名古屋駅に着いたため、
ついでにと見たのがJRセントラルタワーズの”タワーズライツ”。
初めて見ましたイルミネーション!
今年は「ライツ・プロムナード2010」と名前をかえての開催。
テーマは
「光と音の共演~森の仲間とともに~」です。
例年のタワーズビル壁面のイルミネーションは
今年から当面の間お休みだそうです ><;
タワーズ2階のテラスと1階のガーデンに設置された
街灯や人工の樹木などが光の点滅で色が変化します。
にぎやかな音楽が流れ
光に彩られた「森の仲間(動物のオブジェ)」たちも登場して
光の演出を盛り上げています ^^
近年こうしたイルミネーションが各地で行われていますが、
初めて見る身としては?ただ驚き!
1階のガーデンに下ります。
綺麗ですね~ ^^
旅から戻った途中に立ち寄った「ライツ・プロムナード2010」
ひとしきりイルミネーションを楽しんだあとは・・・
これまたネオン華やかな夜の街へと急ぎました。
各地の紅葉情報も”見頃過ぎ”が多くなってきましたが、
我が紅葉めぐりもこれが最後です。
毎年出かけています奈良の「春日山遊歩道」
奈良市内の紅葉情報はすでに”見頃過ぎから落葉”でしたが、
ここは紅葉がダメならウオーキングと気が楽です ^^
とは言いながら期待はしていましたが ^^;
「南部交番」がある遊歩道口の紅葉
この状態ではやはりウオーキングかと・・・
そんな気持ちにさせられます。
ここからほとんど撮るほどの紅葉がない道、
カメラを向けたのは遊歩道の半ば辺りからでした。
少し期待がでてきますが・・・
いまさらながらで説明すべきこともありません ><;
紅葉のスポットは毎年同じ場所ですから
色づきがどれほど違うかだけです。
この遊歩道はご覧のとおり色が多彩、
それぞれにモミジの木が楽しめます。
まさに落ち葉と散りモミジの遊歩道
これもここの楽しみ ^^
最初の思いはどこへやら・・・
見事な紅葉が続きます。
今年はベストタイミングだったようです。
毎年来ていながら見れなかったのがここ ^^
私的にはこの遊歩道で最高の紅葉スポットと思っていますが、
今年はその紅葉を見ることができました!
やや最盛期は過ぎた感はありますが
いつもは散った紅葉ばかりだったのでこれは見事!です ^^
何年ぶりでしょうか?堪能しました。
そして滝坂の道「首切り地蔵」へと分岐する地点
この辺りの紅葉はすでに終っていました。
そのまま奥山周遊道路を若草山へと歩きます。
下る北の春日山遊歩道の紅葉はすでに終り、
見どころはありません ><; れもまた初めてでした。
”初めチョロチョロ、中パッパ” ^^
最後はチョッと締りがありませんでしたが、
残りモミジを楽しんだ「春日山遊歩道」でした。 4日
長谷寺の後編は境内の東側の紅葉です。
「宗宝蔵」の上の道から東参道に出ますが、
途中の紅葉も綺麗です!
ここもいつも撮るところ ^^
この先で東参道ですが、
ここからまたいつものように「定家塚」への道を行き、
”二(ふた)もとの杉”から戻ります。
”二もとの杉”の下から
杉から戻る道筋の紅葉
東参道に戻り本堂へ向かいます。
折れ曲がる参道を紅葉を眺めながら登ります。
参道に続くというほど多くの木はありませんが、
こちらの紅葉もまた綺麗です!
多少登りがありますが、
その分見上げながら、見下ろしながら・・・
ここが中登廊と上登廊の中間にある「「蔵王堂」、
「貫之の梅」への道。
この先を少し行くと本堂に出ます。
あらためて本堂から「開山堂」へと下ります。
茶所、売店のある広場
先に見た「五重塔」への道の紅葉を下から ^^
そして帰り道を中登廊へと下ります。
登廊手前の紅葉
これが「長谷寺」の最後の紅葉です ^^
では、季節の変わり目?
紅葉が終ると秋から冬へと季節は移ろいますが、
今年もはや”寒牡丹”が咲いていました。
もう遅いかと思いながら訪ねました長谷寺の紅葉、
予想は見事に外れてまだ十分に見頃の紅葉でした。
「長谷寺もみじまつり」は12日まで開催中! 1日
「談山神社」の紅葉にチョッとこちらも遅いかな?と、
帰る途中に期待半分で向かった「長谷寺」でした。
まずは「仁王門」の右手にある「高浜虚子句碑」と紅葉です。
何で?
予想が当たって散りモミジだったら
せめてこのモミジでウップンを晴らそうかと・・・、
それは冗談ですがまずは手始めに ^^;
登廊の右手から
まずまずの紅葉に期待半分をチョッと修正
下登廊の突き当たりは帰り道になっていましたが
こちらはあらためて・・・
中登廊の右と、上登廊左の礼堂舞台下、
かなり期待が膨らみます ^^
期待が膨らむと余裕です ^^
礼堂左の登廊側に咲く寒桜
本堂内から
そして礼堂からのビュースポットですが・・・
まずまずでしょうか?
舞台から見た境内の様子です。
ここからも予想以上の紅葉が続きます。
「大黒堂」の上からと、
「弘法太師御影堂」への道、
ここはいつも見事なグラデーションが楽しめます。
その先から振り返れば真っ赤な紅葉
こちらは「本長谷寺」と「五重塔」への道沿い
五重塔
三重塔址
この辺りはあまり紅葉が映えませんが・・・それなりに
そして奥の院への道、綺麗です!
ここも定番!
「陀羅尼堂」前から紅葉越しに見る本堂ですが、
チョッと小枝とモミジの葉が邪魔に ><;
境内の西半分を回って
西参道へと下ります。
毎回ここに来ると同じコースを回って、
このあと「本坊」から西参道を行きますが、
只今西参道工事中のため通行禁止。
やむを得ず登廊に戻って途中の「宗宝蔵」から東参道に出ます。
このあとは境内の東側から本堂へと・・・続きます。
ここの紅葉を見るのは何年ぶりでしょうか?
なぜか忘れていたような紅葉の名所、奈良の「談山神社」です。
盛りは過ぎたかな?と自分では思いながら・・・
”見頃”との情報に出かけてみました。
談山神社(たんざんじんじゃ)正面入口
赤い鳥居の横から右に見える紅葉と
石段の途中から左の紅葉ですが・・・
見頃と言えば見頃でしょうか? ^^
下から見えた右側のモミジの木々を横から
140段の石段を上がると見えてくる拝殿
本堂楼門前に出ました。
左に「西宝庫」と「十三重搭」ですが、
こちらはあらためて。
本堂に参拝し、拝殿を拝観します。
拝殿の回廊から
そして拝殿の中から
外に出ます。
観音堂に向かう途中の拝殿下で ^^
「東宝庫」前ですがこの辺りは綺麗です。
奥にある「観音堂」の前はまだ色づく程度?
戻って「十三重搭」
「権殿」の石段を下ります。
定番の撮影スポット、
葉を落とした桜の木が邪魔ですがこんなもんでしょうか?
足の弱い人コースを正面入口に戻ります。
ときおり射しこむ光に透けて綺麗です ^^
「談山神社」の紅葉、
やや散り急ぐ感はありますが、あといかほどでしょうか?
境内の散りモミジもここは綺麗に掃除されています ^^;
昨年の夏に”あじさい”で訪れたときに秋には一度と・・・
そしてこの日、何年ぶりかも忘れたほどの紅葉でした。
” 談山神社紅葉まつり ”は12日まで。 1日
野洲市から隣の近江八幡市へと走ります。
混雑する「日牟礼神社」を抜けた先にある「八幡公園」、
春のサクラにツツジ・サツキの名所でもありますが秋は紅葉です。
この日は正面からではなく駐車場から山道を行きました。
広場(北脇邸跡)に石段を上り、
八幡山(村雲瑞龍寺)への道を分けて公園へ下ります。
チョッと陽が射したり曇ったりの空に悩ませられますが
どうやら紅葉は見頃でした。
まだ色づき始めのモミジ
陽が射すのを待っては道を行ったり来たりの撮影 ^^;
公園中央にある「豊臣秀次像」の裏から
正面へ回りましたが
モミジの木はここから左手(南側)に集中しています。
モミジも大木が多く山麓とはいえ町なかの公園、
とにかく圧倒されるような紅葉です!
とにかくアップは控えて、あるがままにを心がけました ^^
見事なグラデーションの紅葉!
多目的広場と八幡城跡・曲輪の間に集中するモミジの木
ときには頭上を覆うように染まります。
こちらが公園の南側
この先は城跡の曲輪地、そして大手道があります。
神社仏閣、庭園の紅葉もいいですが、
こうした自然の山麓に作られた公園のモミジもまたよしですね ^^
戻った多目的広場から・・・
紅葉はこの右手の山麓の道、散策路に沿って楽しめます。
近江八幡市の「八幡公園」
昨年の春にはツツジを見に訪れましたがこれは不発 ><;
今回は見事な紅葉を楽しみました。 11月29日
紅葉の舞台は近江に移りまして
野洲市の「兵主大社(ひょうずたいしゃ)」です。
ここは毎年期待しながらなぜか今だ訪れていません ><;
いつも話題になるライトアップには無関係ですが、
その「神秘 平成の庭」と紅葉をはじめての訪問でした。
一の鳥居から約300mの松並木の参道を来ると駐車場 ^^;
その横が火除橋と二の鳥居です。
そして
楼門です。
一間一戸、入母屋造、 桧皮葺、翼楼二棟附。
説明は省きまして境内へ ^^
参道左手の紅葉が綺麗ですが、
この石垣のなかが名勝庭園。
真っ直ぐ進むと正面に拝殿
左右に翼楼が組み合った珍しい建物
包帯で巻かれた狛犬も載せたいんですが・・・省きます ><;
この右手が庭園拝観入口、そして左手が出口です。
杜に入って
すぐにみるのが”舟入水路”、
これも説明は省きますが、
見える桟橋の下にはかっての桟橋遺構があるそうです。
杜のなかの道を庭園に向かいます。
庭園
順路に沿って行きますが紅葉は少々散りモミジの感も・・・
それもまた良し!
庭園とあわせて紅葉を楽しみましょう ^^
本殿北側より南にかけて広がる22、000㎡の庭園・・・
中央部を行く道と、左手に見える本堂
庭園の中央を流れる水路
水の流れを利用して祭祀が行なわれていたという・・・
ここが庭園の南端部
水路とともに境内を区割りする築地跡が残ります。
庭園内から楼門
最奥から見る庭園の紅葉・・・そして戻ります。
庭園中央の池に造られた島の上にある祠
本殿横に戻ってきました。
散った木もありましたが、
それもまたそれなりに素晴らしい紅葉でした。
ただ、ここの紅葉はまもなく終りのようです。
今回は庭園と紅葉だけで説明も省きましたが、
この「兵主大社」は機会があればあらためて紹介したい、
そんな神社でした。 11月29日
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