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2010年11月27日 (土)

住蓮山 安楽寺・京都鹿ヶ谷

久しぶりの京都でしたがやはりこの時期は凄い人です。
今回は紅葉もさることながら・・・
まずは特別公開中の鹿ヶ谷にある「住蓮山 安楽寺」へ。

平日とはいえ賑わう南禅寺から永観堂、哲学の道の
紅葉を眺めながら、
少しは静かな1本東側の道へと入ります。

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静かといっても人は多く、
人ごみを避けながら石段途中から上の山門。

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紅葉は目的ではないといえば嘘になりますが ^^
今の京都はどこも紅葉だらけです。

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山門を入った境内左手、
今回の目的はこの右手にありました。

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法然上人の弟子、住蓮上人と安楽上人の墓、
五輪供養搭です。

この先には悲劇の発端となった二人の女人

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松虫・鈴虫姫の供養搭があります。

戻って本堂へ

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堂内でお寺の由来や木像の説明を聞きます。

法然上人の弟子であった住蓮坊と安楽坊が1キロほど東の地に
「鹿ヶ谷草庵」を結んだのがこの寺の始まり。

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本堂から書院へ

後鳥羽上皇に仕える女官であった松虫と鈴虫姫は、
法然上人の説法を聞き住蓮・安楽両坊の教えに感化されて、
上皇の留守の間に御所を抜け出し鹿ヶ谷の草庵を訪ねます。

両姫は住蓮・安楽坊に懇願して剃髪出家してしまいます。

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書院から眺める庭園の右と左

このことを知った上皇は激怒し、
これを口実として専修念仏教団を弾圧していきます。
そして住蓮は近江の国馬渕(現近江八幡市)に送られ、
安楽は京都六条河原でともに斬首に処されます。

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庭園の紅葉

また法然と親鸞もそれぞれ讃岐国(現香川県高松市)と
越後国(新潟県直江津市)に流罪となります。
これが「建永の法難」ですが、
その後松虫、鈴虫両姫は瀬戸内海の生口島に移り
念仏三昧の余生を送り、
それぞれに往生を遂げたと伝えられている・・・と。

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本堂と書院の中庭

その後、草庵は荒廃していきますが、
流罪地から帰京した法然上人が両上人の菩提を弔うために
一寺を建立し「住蓮山 安楽寺」と名付けられたという・・・。

今なぜこの寺か?・・・こちら

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以前、中山道を歩いたときに、
守山市の街道沿いの民家の庭で見た「住蓮坊母公の墓」です。

我が子が捕らえられた悲しみで盲目となり、死罪の前に一目逢い
たいと中山道を馬渕に急ぐ途中ですでに首を打たれたと聞き、
もはや生きながらえる望みもなしと池に身を投げて自殺します。
哀れに思った村人が母の霊を祀ったといわれるその供養搭です。

街道歩きにはなぜか多くみられるこうした遺跡、
ここも知って以来なぜか気になっていました。

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残念ながらこの寺の存在は紅葉情報を見るまで知らず・・・
たまたま開いた「安楽寺」の情報に結ばれます!
そしてこの日の「住蓮山 安楽寺」でした。

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あらためて石段上から

そして入口から

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歩いて知った情報が結びつく楽しみ。

住蓮坊の墓(住蓮坊古墳)は近江八幡市千僧供町にありますが、
今だ訪れたことはありません。
いずれは訪れることになるでしょう・・・。

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