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2010年9月15日 (水)

高野山・壇上伽藍

長くなりました高野山ですがこれで終章、「壇上伽藍」です。

正式には正面の中門跡から見る順路があるようですが、
散策してきました都合上、東の蛇腹道から入りました。

見た順で写真を載せています。

Garan001 
「六時の鐘」からすぐにあります蛇腹道
なぜ蛇腹道かは省きますが、ちょうどこの辺りがお腹の部分とか?
紅葉の季節はそのスポットのひとつ。

途中にいくつかある町石(ちょういし)を見ながら行くと

      Garan002
      東塔です。

河上皇の御願によって大治2年(1127)建立されたものですが、
天保14年(1843)の大火災により焼失した後、
長い時を経て
昭和59年(1984)、再建されたものだそうです。

その左に建ち並ぶのは

Garan003
伽藍の中でで一番小さいお堂で「三昧堂」。
西行法師もここで修行したといわれ、
前には西行お手植えの袈裟懸桜があります。

Garan004
その横には手前に「大会堂」、
その奥に「愛染堂」です。

Garan005
「愛染堂」の前に建つこの町石、
町石道への180本と奥の院へ36本の町石の中心です。

振り返りますと

Garan006_2
国宝 「不動堂」
建久9年(1198)の建立、鎌倉時代の書院造り様式。
桧皮葺の緩やかな屋根がなんとも言えません。

Garan007_2
「大塔の鐘・高野四郎」
白い鐘楼にチョッと驚きますが、
天文16年(1547)に完成した、直径2,12mの大鐘で、
日本で四番目に大きな鐘であったことから高野四郎と。

そして、若い僧の祈りの先には

Garan008_2
「大塔」です。

弘法太師は高野山開創に当たり、この大塔を真言密教の
根本道場として建立したことから根本大塔と言いいます。
昭和12年((1937)の再建、高さ約48.5m、約23.5mの
四面の偉容を誇り、まさに高野山を象徴する塔です。

このあたりは伽藍の中心部

Garan009_2
左手には「金堂」

Garan010_2
こちらが中門跡から見た正面

高野山開創当時は講堂と呼ばれていましたが、
平安時代半ばから高野山の総本堂に。
建物は7度目の再建で昭和7年(1932)に完成したもの。

左に行きます。

Garan011_2 
「六角経堂」

      Garan012 
      「三鈷の松」
      松の後ろに見えるのが「御影堂」

Garan013
その建物群
手前が「御影堂」、真ん中に「准胝堂」、最奥が「孔雀堂」です。

見て行くと左手には

Garan014
「鐘楼」

そして西端にあるのが

Garan015
「西塔」でした。

仁和2年(886)に建立されましたが、現在の塔は、
天保5年(1834)の再建。
擬宝珠高欄付多宝塔で、高さは27.277メートルだそうです。

ここから戻りますがまだ見残しが

Garan016
右に「御社」。
三社が並列し、右から丹生明神、高野明神、
十二王子・百二十伴神が祀られています。

Garan017
その左には「山王院」
両側面向拝付入母屋造りの珍しい建物。
御社の拝殿として建立されたそうですが、
ちょうどお社と拝殿の間を戻って来てしまいました ><;

そして最後はここ

Garan018
蓮池です。
これが全てではありませんがほぼ壇上伽藍の全容です。

芭蕉を追っかけて・・・ぶらり高野山。
” 海抜820メートルの山上にある。東西5キロ、南北1キロの
 平地となり八葉の峰々で囲まれている。”

今回はじっくりと5時間をかけての散策でしたが、
次は紅葉の季節!もうすぐです。

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