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2010年9月22日 (水)

神宮 旧林崎文庫

伊勢神宮内宮の春と秋の神楽祭にあわせて公開される施設、
昨年の神宮茶室に続いて今年は旧林崎文庫を訪れました。

宇治橋の反対側にある旧林崎文庫

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一般的にはあまり知られていないところだと思いますが?
秋は9月18日から一週間の一般公開です。

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門をくぐった先の玄関

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書庫の入口になります。

公開といっても建物の外から見るだけで
内部を見ることはできません。

ここは外宮にある豊宮崎文庫(今は門しかなく、伊勢郷土資料館
になっています)と共にわが国調査研究図書館の先駆をなすものと、
解説版にありますが、蔵書は全て神宮文庫に移されています。

多くの学者、文人から書の献納があったようで、
文庫の庭には4つの碑が建立されています。

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玄関の右手にある「栗山碑」
柴野栗山(しばのりつざん)撰文の「林崎文庫の記」の碑
だそうですが、このあたりはまったく理解できていません ><;

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文庫の中心?講堂

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Bunko007 
ここはまた内宮祠官の学問所でもあったところとか。

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建物左手にある
手前が本居宣長の「林崎ふみくらの詞」碑、

その奥には

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金森得水歌碑です。

” 以須受川 ここをせに勢む 花毛美ち 
            見王多寸 可是能神乃宮  者し ”
( いすずがわ ここをせにせむ はなもみじ
        みわたす かぜのかみにみや はし )
と刻まれているそうですが・・・><;

そして建物の裏山には

Bunko010 
Bunko011
沢田東江の「古文孝経碑文」の刻まれた
「孝経碑」がありました。

全てにまったくの未知の世界でした。

Bunko012

貞享3年(1686)に内宮文庫として創立され、
元禄3年(1690)に林崎文庫と改称される。

本居宣長をはじめ多くの学者が講義を行ったという・・・
そんな旧林崎文庫でまたひとつ、
神宮の歴史文化に触れたひとときでした。

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コメント

いつも興味深く拝見しております。
学問の小路は奥深く、碑文を読むことすら難しい・・・
この歳になるまで、何を学んできたのか・・・
先人たちの知恵は途切れ、途絶えてしまいそうですね。

旧林崎文庫の佇まいは、沼津の御用邸に良く似ています。
沼津・日枝神社内には、芭蕉翁が沼津に立ち寄られた時に読まれた句碑があります。
そのうち、写真を撮ってブログに載せてみますね。

fujibijin さん
いつもご覧いただきありがとうございます。

碑文、特にこの手の学者さんのは難解でとても無理ですね。
>沼津の御用邸、
残念ながらまだ行ったことがありませんが似ていますか?
この建物も文政年間に建てられた古いもののようです。

>沼津・日枝神社の芭蕉句碑
沼津は東海道を歩いただけで立ち寄っていません
写真、ぜひお願いします。

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