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2010年9月25日 (土)

世界遺産の旅・原爆ドーム

世界遺産の旅、厳島神社の次は原爆ドームでした。

いまさら・・・というほど、いろんな意味で知られているところ、
何も書くことはありません。

Hirosima01

左回りに撮った写真を載せていきます。

Hirosima02
Hirosima03

Hirosima04

原爆ドーム、元は産業奨励館という建物でした。
爆心地の島病院から150mの距離にあり、爆風がほぼ垂直に
吹いたために中央部だけが倒壊を免れたという。

Hirosima05

Hirosima06

今まで写真やテレビ中継などで見てきた原爆ドームですが、
実際に目の前にするとただただ黙するばかりでした。

一回りして慰霊碑に祈りをささげ、
元安橋を渡り平和記念公園へと行きます。

Hirosima07
橋を渡ったすぐ右にある「原爆の子の像」と「折り鶴記載台」。

いろんな慰霊碑や記念碑がある平和記念公園。

Hirosima08
やはりここだけは・・・
多くの人々が祈りを捧げる原爆慰霊碑。
子供たちも世界の平和を祈っているのでしょうか?

Hirosima09
中央には燃え尽きることのない”平和の灯り”。
あの宮島の弥山霊火堂の”きえずの火”ですね。

Hirosima10
平和を祈る親子の像

平和を祈る象徴、原爆ドーム
世界遺産の正式登録名は、ヒロシマ・ピース・メモリアルです。

~~~~~

場所が変わります^^
平和記念公園から北へ歩いて行くとある広島城跡。

Hirosima11
復元された二の丸御門橋・表御門そして平櫓。

Hirosima12
門を入ると右手に二の丸多門櫓と奥に太鼓櫓、
左手広場が二の丸跡。

二の丸多門櫓は無料公開されています。

Hirosima13
その内部の一部です。
いろんな資料や復元時の様子が見れます。

Hirosima14
Hirosima15
中御門跡から左に本丸下段を見て裏御門へ。

Hirosima16
裏御門から本丸上段の広島大本営跡、
ここにも戦争の傷跡があります。

Hirosima17
右に回り込みますと見える天守閣上部。

Hirosima18
天守への石段右下には、
天守閣復元のときに天守台から移動した礎石が置かれ、
かっての天守を偲ぶことができます。

Hirosima19
その礎石の上に復元された天守閣

毛利輝元が築城、関ヶ原の合戦後福島正則が入城し、
広島城を完成。
その後は浅野長晟が入り、以後明治の版籍奉還まで
浅野氏が城主を務める。

昭和20年(1945)8月6日原爆で倒壊
昭和33年(1958)3月26日竣工。

未だ訪れていなかった「厳島神社」と「原爆ドーム」、
広島県にある世界遺産2ヶ所を訪ねた旅でした。

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コメント

我が故郷を 歩いて下さり有り難うございます。
今でも 時々帰ります。
川を挟んで 原爆ドームの向の方に 住んでおりましたのに
今も こうして生かされております。
産業物産館には 母と 時々 散歩がてら行っておりました。

ビズー さん
故郷は広島市でしたか、それも原爆ドームの向いとは。

現地で当時の写真を見ましたが・・・そこがねぇ。
初めて目にした原爆ドーム、
多くの外国人の方の姿に” ヒロシマ・ピース・メモリアル”
あらためて平和の意味をかみしめてきました。

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