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2010年9月30日 (木)

松平郷園地の萩

豊田市宮上町から市街地を抜けて東へ10キロほど、
国道310号線沿いにある松平郷へと向かいます。

ここは以前に紹介していますが、
今回は「松平郷園地」に咲く萩でした。

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松平氏発祥の地、その代表ともいえる「松平東照宮」。
ここから「高月院」にかけて「松平郷園地」が整備されています。

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その入口にある「松平氏八代」を象徴する七対の石柱と
正面には初代親氏の銅像。

今回は萩の花が咲く室町塀沿いを行き、
親水緑道「あやめ恋路」(園内遊歩道)を戻ります^^

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およそ250mほどの遊歩道、
その室町塀際に植えられた見事な萩の木。

ちょうど見頃でした!

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萩の花に覆われた室町塀

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   Go0052
道の途中から・・・これから行く道、そして来た道。

ちょうど幟の見えているところがお休み処兼食事処「天下茶屋」

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その入口に建つ冠木門
この辺りがちょうど中間ぐらいでしょうか?

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少し先で見える高月院の白壁と門の一部。

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塀と萩はさらに続きます。

そして高月院前の花しょうぶ園下

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中段に咲く萩と下に彼岸花

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高月院
門は家光寄進の将軍門

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さらに上にはハッチョウトンボも生息するトンボ沼、
咲いているのはサワギキョウ。

戻ります。

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あらためて、室町塀と萩の花!

ここから親水緑道へと入ります。

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流れる小川に沿って右に”あやめ恋路”
曰くは省きますが男と女の物語・・・^^

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左に続く親水緑道
これは”あやめ恋路”と合わせて遊歩道の総称、
また違った趣のある遊歩道です^^

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遊歩道の道端に咲く彼岸花
こちらは雨に濡れたそのままに・・・綺麗です。

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せせらぎの音を聞きながらの散策

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園地の入口に戻ってきました。

萩の花を求めて訪ねた松平郷園地

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萩の花と一滴・・・

またひとしきり秋の花を求めて彷徨いますか?
そんな気にさせられたひとときでした。  

2010年9月29日 (水)

逢妻女川の彼岸花・豊田市

今年は開花情報でもまだ見頃のところが少ない彼岸花、
人には1週間から10日は遅いね、と言っておきながら・・・
朝からの雨も上がって雨に濡れた彼岸花をと出かけました。

豊田市の南西部を流れる逢妻女川(あいづまめがわ)、
宮上町の男橋から丸根町の天王橋間、
約450mの両岸の土手に彼岸花が咲きます。

Aidumame01
やはり、早すぎました?というか遅過ぎますね、
宮上橋から男橋の短いところ、右手の花はまもなく終り?
ここから天王橋まではまだ3分咲きぐらいでしょうか?

ご覧のとおりです。

Aidumame02
ここの花は逢妻女川彼岸花育成会の方たちによって
管理されています。

案内板はこちら

Aidumame03
説明文には60万本とありますが、
昨年の豊田市のプレスリリースでは75万本とあります。

年々増えているようですが、
この日の咲きようでは見頃はまだ、さていつ頃になりますか。

Aidumame04
両岸の彼岸花、左岸から右岸へと一周してみました。

いいとこ撮りから全容までどうぞ^^

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この辺りから天王橋までが比較的咲いているところ。

  Aidumame091 
  Aidumame092_2

上の写真の青い橋が天王橋
   
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橋の上から振り返ります。

戻る右岸

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着いたときは厚い雲に覆われていましたが・・・
どうやら晴れてきました。

Aidumame14

少し寂しい彼岸花の群生でしたが、
この土手も満開になると見事でしょうね。

ただし、ここはどうも下からは見れないようです^^
土手を下りると花を傷めそうで、
それだけビッシリと植栽されています。

その満開の彼岸花!
見れるのはやはり10月に入ってからでしょうか。  camera 28日

2010年9月28日 (火)

伊勢まつり

伊勢市のJR伊勢市駅前から宮町交差点までの
県道一帯で行われた「伊勢まつり」です。 camera 26日

よさこいパレードや交通安全パレード、神輿、古市歌舞伎など、
多彩なパレードが次々と繰り出しました。
4車線の県道を通行止めにして片側2車線をパレードするため、
見物には余裕があります。

途中からです。

Ise001
坂東流三鷹会おどりの和

Ise002 
よさこいパレード「皇學館」

 Ise0031 Ise0032 
ゆたか幼稚園児の交通安全パレード 

Ise005
大世古神輿
やっぱり祭りには神輿です。

Ise006
県道の尼辻特設会場
こちらは伊勢まつりよさこい連合のよさこいソーラン。
踊りもさることながら各連の大旗がまた見もの。

まつりのパレードが行われる県道以外にも特設会場が設けられ、
そちらでもいろんな踊りやイベントが開催されていました。

パレードが続きます。

Ise007
八房流日本南京玉すだれ協会三重支部と、
三重マジッククラブの合同玉すだれパレード。

この辺りから雨がポツリポツリと・・・

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早く~~~と際焦れどもようやく伊勢古市翔龍太鼓

Ise009
そしてこの日楽しみにしていた「伊勢古市歌舞伎」です。
演目は書いてありませんが
「白波五人男・稲瀬川勢揃いの場」でしょうか?
口上が演じられます。

左から日本駄右衛門、弁天小僧菊之助、忠信利平、
赤星十三、そして南郷力丸。

Ise010 
拍子木が入って・・・

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こちらは下座ですかね?

始まりです!

Ise012
この場面は弁天小僧菊之助

” ・・・八幡様の氏子にて鎌倉無宿と肩書きも、
 島に育ってその名さえ、弁天小僧~~菊の助 ”

もちろん拍子木での<ツケ(効果音?)>が入ります!
トラックの舞台ですが、この口上はよろしいな~。

Ise013
五人の口上が終ってこれからパレードとなります。

ちょうど雨が降り出しました。

Ise014
会場にはお木曳車も
こちらは10月15日に行われる外宮「初穂曳」で登場です。
その日は神宮奉祝際「祭のまつり」
初穂曳・外宮領陸曳、奉祝際饗宴です。

戻った伊勢市駅前でもイベントが行われていましたが、
そのまま駅から電車でGO
!でした。

2010年9月27日 (月)

御鮨街道ウオーク

以前にも岐阜市と笠松町の一部を歩いたことのある「御鮨街道」、
今回は街道歩きといっても市民ウオークのイベントに参加、
岐阜市岐阜公園から笠松町・笠松湊までの街道歩きです。

スケジュールでは9キロの道のりを5時間半で歩きます^^
この距離でこの時間?初めての経験ですが・・・さて。

岐阜公園で行われた出立式でスタートです。

Osusi001
このイベントの特徴は宰領と鮎鮨荷が先導、
その後を参加者が歩きますが、
追い抜いて先に行っても、途中で自由に帰ってもいいところ。

Osusi002

江戸時代、岐阜町を支配していた尾張藩が、
長良川で捕れた鮎をなれ鮨に加工して
江戸の将軍に献上するために整備したという街道。

Osusi003

岐阜町から加納、笠松、一宮、さらに四ツ家(稲沢市)で合流する
美濃路までを結ぶ26キロほどの街道。
御鮨街道(笠松では鮎鮨街道とも)、また尾張街道ともいわれる。

すぐに?白木町公園で最初のお茶接待、ありがたくいただきます^^

Osusi004
道筋の景観を楽しむことも少ないですが・・・
途中で見たカフェの軒灯。

Osusi005 
こちらは金屋町にある岡本太右衛門宅、
うだつのあがる見事な家は岐阜市都市景観重要建築物です。

この後、粕森公園で2回目の休憩があり、
さらに南に下って昼食タイムは溝旗公園。

Osusi006
このイベントではここが加納問屋への宿次(引継ぎ所)になります。

実際には加納新町にある中山道沿いの岐阜問屋場跡が
最初の中継地点であったようです。

ここで”加納ふるさと太鼓”の歓迎を受け1時間以上のお昼休憩、
これは時間がかかります。

Osusi007
ここで宰領と鮨荷の担ぎ手が変わり、
昼食後に出立!です。

この後は加納宿で中山道の一部を通り茶所で中山道と別れ、
旧八丁畷。

Osusi008
境川の土手に咲く彼岸花!

もうそろそろと・・・思っているうちに終るかも?
勝手に歩いたために道筋が分からず><;
この後道を外して(よくあること^^;)次の宿次場所に先に到着。

Osusi009
一行を待ちます。

笠松町の手前が最後の宿次場所でした。

Osusi010
ここからは笠松町の小学6年生が担ぎ手を担当

引継ぎ口上の後出立!

Osusi011
二人で担ぐ鮎鮨荷、
笠松湊まで2.5キロほど、頑張れ!

笠松町は以前に少し紹介したところ、
ここは鮎鮨街道?趣のある街道筋を通って笠松湊へ。

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この日の街道ウオークはここがゴールです。

無事笠松湊に到着した鮨荷はここから船で対岸の渡し場へ、
そして一宮の宿へと運ばれます。

Osusi013
子供たちを乗せた船が対岸へ?
いえ、ここは子供たちへのご褒美でしょうか^^
木曽川をぐるりと回ってチョッと再現です。

御鮨街道、今回は街道ウオークのイベントに参加、
最後に鮎雑炊をいただいて時間通りの楽しい街道歩きでした。

2010年9月26日 (日)

城下町岩国・錦帯橋

秋の宮島・厳島神社といえばもうここは切り離せません!
必ずセットになっている観光地、岩国・錦帯橋です。

世界遺産の旅の途中でチョッと順序が逆になりましたが、
広島・原爆ドームの先に訪れていました。

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清流錦川に架かる臥竜橋から眺める錦帯橋です。

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まぁ、ここもすっかりお馴染みで、
載せる写真も新鮮味がありませんが。

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せめて下流から一枚

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そして下から見上げる橋の構造部。

巻き金とカスガイを使用した「木組の技法」は
300年も前から使われていたという凄いものです。

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幅5m、長さ193.3m、橋面に沿って210mという五連の名橋。

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渡りきって槍倒し(やりこかし)の松越えで

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傍にある巌流ゆかりの柳。

佐々木小次郎が、この辺りの柳とつばめを相手に、
「つばめ返し」の術を編み出したという・・・。

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その佐々木小次郎の像が少し離れたところにありました。

ここから城山(横山)に建つ白亜の岩国城に行きます。

Iwakuni09
白壁の続く道をロープウェーのりばへと向かいます。

この辺りは見どころがたくさんありますが、
今回は錦帯橋と岩国城です。

ロープウェーで山上駅を降りるとお城に続く2本の道、
車道と山道ですが、当然ですね^^山道です。

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5分ほど歩くだけ、すぐに石垣が見え始めます。
この辺りは二の丸跡の石垣のようです。

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石垣をコの字に折れると模擬冠木門のある大手門

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そして、その天守閣です。

慶長13年(1608)「吉川広家」によって築かれた岩国城ですが、
元和元年(1615)、幕府の「1国1城令」により、
わずか7年で取り壊されます。

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天守閣から見る「錦帯橋」

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天守閣の北に面して残る旧天守台

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本丸と北の丸の間に残る空掘

北の丸跡広場を見て2本の道の車道を戻ります。

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大手口前にある大釣井

戻ったロープウェーのりばの山頂駅

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展望所から眺める錦帯橋

昭和25年(1950)9月14日、岩国地方を襲った「キジア台風」、
錦川の異常な増水で橋は崩壊、流失する。
しかしその3年後には早くも再建され名橋が甦えっています。
そして平成16年3月、「平成の架け替え」が完了、現在に至る。

東京・日本橋、長崎・眼鏡橋とともに日本三名橋の一つ
岩国・錦帯橋、やはりここに来てしまいました。

2010年9月25日 (土)

世界遺産の旅・原爆ドーム

世界遺産の旅、厳島神社の次は原爆ドームでした。

いまさら・・・というほど、いろんな意味で知られているところ、
何も書くことはありません。

Hirosima01

左回りに撮った写真を載せていきます。

Hirosima02
Hirosima03

Hirosima04

原爆ドーム、元は産業奨励館という建物でした。
爆心地の島病院から150mの距離にあり、爆風がほぼ垂直に
吹いたために中央部だけが倒壊を免れたという。

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今まで写真やテレビ中継などで見てきた原爆ドームですが、
実際に目の前にするとただただ黙するばかりでした。

一回りして慰霊碑に祈りをささげ、
元安橋を渡り平和記念公園へと行きます。

Hirosima07
橋を渡ったすぐ右にある「原爆の子の像」と「折り鶴記載台」。

いろんな慰霊碑や記念碑がある平和記念公園。

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やはりここだけは・・・
多くの人々が祈りを捧げる原爆慰霊碑。
子供たちも世界の平和を祈っているのでしょうか?

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中央には燃え尽きることのない”平和の灯り”。
あの宮島の弥山霊火堂の”きえずの火”ですね。

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平和を祈る親子の像

平和を祈る象徴、原爆ドーム
世界遺産の正式登録名は、ヒロシマ・ピース・メモリアルです。

~~~~~

場所が変わります^^
平和記念公園から北へ歩いて行くとある広島城跡。

Hirosima11
復元された二の丸御門橋・表御門そして平櫓。

Hirosima12
門を入ると右手に二の丸多門櫓と奥に太鼓櫓、
左手広場が二の丸跡。

二の丸多門櫓は無料公開されています。

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その内部の一部です。
いろんな資料や復元時の様子が見れます。

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中御門跡から左に本丸下段を見て裏御門へ。

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裏御門から本丸上段の広島大本営跡、
ここにも戦争の傷跡があります。

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右に回り込みますと見える天守閣上部。

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天守への石段右下には、
天守閣復元のときに天守台から移動した礎石が置かれ、
かっての天守を偲ぶことができます。

Hirosima19
その礎石の上に復元された天守閣

毛利輝元が築城、関ヶ原の合戦後福島正則が入城し、
広島城を完成。
その後は浅野長晟が入り、以後明治の版籍奉還まで
浅野氏が城主を務める。

昭和20年(1945)8月6日原爆で倒壊
昭和33年(1958)3月26日竣工。

未だ訪れていなかった「厳島神社」と「原爆ドーム」、
広島県にある世界遺産2ヶ所を訪ねた旅でした。

2010年9月24日 (金)

弥山山頂史跡めぐり

安芸の宮島、厳島神社のあとは弥山山頂めぐりです。

山頂へは大元公園、大聖寺、紅葉谷公園の3ヶ所から
登山道が整備されているようですが、
この日はロープウェーでの山頂めぐりでした。

Misen01
途中で乗り換えのある2種類のロープウェーを楽しみますが、
こちらは最初の循環式。
かや谷駅で交走式に乗り換えて獅子岩駅へ。

Misen02
駅前から見上げる山頂展望台はここから約30分ほど。

最初から下りの登山道?
下りがあれば当然上りが待っています^^;

Misen03
下る途中で紅葉谷公園から来る登山道に合流、
「弥山原始林」の石碑が建ちます。

少し下ってから上り返します。

Misen04
初めに目にする「閼伽井堂」
弘法大師修法を行った時に用いられたという、
清浄水(アカ水)と云われているそうです。

Misen05 
突然現れる鹿にビックリ!さすがここは神域です^^

そして

Misen06
巨大な石に挟まれた狭い石段を登ると

Misen07
弥山本堂前に出しました。

806年、唐から帰った弘法大師が弥山を開基、
100日間の求聞持(ぐもんじ)の修法を行ったのが始まりという。

Misen08
このとき使われた火を一度も消すこともなく今に伝えるのが、
霊火堂の「きえずの火」(弥山七不思議)であると。
また、この火は広島平和記念公園の「平和の灯火」の
元火になったそうです。

もう一つ、ここ(霊火堂)はあの?”恋人の聖地”でもあるようです^^
ありますね~恋人の聖地、こんな山の上にまで。

右に石段を上ります。

Misen09 
三鬼堂
全国でも珍しい鬼の神を祀る古刹。

ここから大小の奇岩怪石を見ながら山頂へ向かいます。

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まぁ、とにかく 巨大石、奇岩の多い道です。

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岩に挟まれて建つ?手前が観音堂

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その先には文殊堂

Misen13
そして岩室のなかには不動明王が安置されている
(知らずに通り過ぎました><;)不動岩を見て

Misen14
横にあるくぐり岩をくぐります。

よくまぁ、こんな道を見つけた?いや、付けたもんですわ。

Misen16
さらに小刻みに続く巨岩の間の細い道を行くと、
少し開けた山頂下、そしてようやく山頂に出ました。

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巨岩の中の広場にまたビックリ!で、しばし休憩
下に見えるロープウェー獅子岩駅、
視界を遮るものもない360度のパノラマ。
吹き抜ける風は涼しいですが、しかし暑い山頂でした。

帰りは山頂を巻くように下ります。

Misen181
弥山七不思議のひとつ、干満岩
岩穴は満潮の時は溢れ、干潮のときは乾く、
オマケに塩分を含んでいるという?・・・500mの山ですよ!?

ところで撮っていてどれがその穴?か分からなかったんですが、
上の写真を拡大しました。

Misen182_2 
中央に奇跡的に?撮れていた小さな岩穴、
もう少しずれていたら手前の岩に隠れて・・・ボツでした。

この周りは巨岩奇岩がわんさかとあります。

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まだ本堂へと下る途中にある大日堂、
正面から撮っていますが、後は急な、長~い石段です。

石段を下りて本堂前に戻って来ました。
本堂右隅にあります梅の木

      Misen20
      弥山七不思議のひとつ、錫杖の梅
弘法大師が立てかけた錫杖が梅の木になったと云われていると。

山頂周辺史跡めぐり、
これは確かに史跡とともに奇岩巨石めぐりでもありました。

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戻った獅子岩駅の傍にある 獅子岩展望台
ここも巨岩の上にあります。

標高約535mの弥山
ロープウェーで気楽に山頂めぐりもいいですが、
やはりここは登山道でもう一度。

満潮時の厳島神社とともにあらためて・・・
今度訪れるのは紅葉か?桜の頃ですね~。

2010年9月23日 (木)

世界遺産の旅・厳島神社

数ある日本の世界遺産のなかでなぜか?訪れたことのない場所、
念願でもあったその世界遺産をめぐってきました。

あまりにも有名すぎて?いつも見ている・・・
そんな気持ちもあったためか初訪問とは思えぬ旅でした。

まずは安芸の宮島・厳島神社です。

Miyajima01
超、が付く観光スポット!どう載せるか?
宮島といえば厳島神社、厳島神社と言えば海中の大鳥居。

この日はあいにくと干潮時で、
海中に浮かぶ朱の廻廊は見ることができません ><;

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入口から見る海水のない朱の廻廊と本殿。

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本殿拝殿前から・・・
平日というのに観光客の多いこと、
なぜか外国人の方が多いのには驚きました。

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高舞台越しに見る大鳥居ですが・・・?
人の過ぎるのを待っていましたが無理ですね~。
左右にあるのは左門客神社と右門客神社。

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本殿
左後方には千畳閣と五重搭。

Miyajima06
まだわずかに海中に建つ大鳥居。

贅沢は言えませんが・・・
こうなるとやはり海中に浮かぶ厳島神社が見たい!
しかし次の満潮は20時ごろ ><;

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廻廊の中を行きますが先に見えるのは西廻廊。

Miyajima08
西廻廊から反橋
祭事の際には勅使がこの橋を渡って本社内に入ったことから、
別名・勅使橋とも呼ばれる。

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右には国内でも唯一海に浮かぶ能舞台。
現在、重要文化財に指定されている
国内5つの能舞台のうちのひとつでもあるそうです。

Miyajima09
出口へと向かう廻廊
幅4m、長さ275m。床板の間に目透しという隙間があり、
高潮の時に下から押し上がる海水の圧力を弱め、
水を海に流す役目をしているという。

廻廊を出ると後は宮島の散策ですが、
すぐ右にあるのが「大願寺」。

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その仁王門
境内を通って西松原へ出ます。

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「清盛神社」へ行く途中から大鳥居の真横です。

宮島、
見どころは多過ぎて全部載せれば5回ほどになりますが、
そうはいきません >< 
今回は島内を散策しながら各所で見た大鳥居?景です。

「清盛神社」から水族館(只今工事中)前を通り「大元神社」へ。

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大元公園から自然散策路”あせび歩道”を行きます。

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途中の「多宝塔」横から

ここから「大聖院」を観て仁王門に出ます。

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真言宗御室派(総本山仁和寺)の大本山
空海が宮島に渡り、弥山の上で修行をし開基したという。
ここは機会があれば改めて紹介したいところです


この後は”もみじ歩道”からモミジ谷公園を抜けて
ロープウェーで弥山山頂へ行きますが

Miyajima15   
途中のお茶屋からの大鳥居
すでに干潮で人が大鳥居の傍まで近付いています。

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こちらは千畳閣と五重塔

そして中略になりますが・・・

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弥山山頂展望台からです。
少々身を乗り出しての撮影で鳥居の眺望はよくありません。

弥山の様子は次回に紹介するとして、戻ります。

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こちらが近付いた大鳥居の柱
見上げるとその大きさが実感できました。

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振り返れば本殿です。
これは干潮時だからこそですね。

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ここに来た目的は厳島神社でしたが、
もう一つ、やはり訪ねたかった霊山「弥山」山頂。

弥山本堂から頂上周辺の堂社をめぐります・・・続きます。

2010年9月22日 (水)

神宮 旧林崎文庫

伊勢神宮内宮の春と秋の神楽祭にあわせて公開される施設、
昨年の神宮茶室に続いて今年は旧林崎文庫を訪れました。

宇治橋の反対側にある旧林崎文庫

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一般的にはあまり知られていないところだと思いますが?
秋は9月18日から一週間の一般公開です。

Bunko002_2 
門をくぐった先の玄関

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書庫の入口になります。

公開といっても建物の外から見るだけで
内部を見ることはできません。

ここは外宮にある豊宮崎文庫(今は門しかなく、伊勢郷土資料館
になっています)と共にわが国調査研究図書館の先駆をなすものと、
解説版にありますが、蔵書は全て神宮文庫に移されています。

多くの学者、文人から書の献納があったようで、
文庫の庭には4つの碑が建立されています。

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玄関の右手にある「栗山碑」
柴野栗山(しばのりつざん)撰文の「林崎文庫の記」の碑
だそうですが、このあたりはまったく理解できていません ><;

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文庫の中心?講堂

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Bunko007 
ここはまた内宮祠官の学問所でもあったところとか。

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建物左手にある
手前が本居宣長の「林崎ふみくらの詞」碑、

その奥には

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金森得水歌碑です。

” 以須受川 ここをせに勢む 花毛美ち 
            見王多寸 可是能神乃宮  者し ”
( いすずがわ ここをせにせむ はなもみじ
        みわたす かぜのかみにみや はし )
と刻まれているそうですが・・・><;

そして建物の裏山には

Bunko010 
Bunko011
沢田東江の「古文孝経碑文」の刻まれた
「孝経碑」がありました。

全てにまったくの未知の世界でした。

Bunko012

貞享3年(1686)に内宮文庫として創立され、
元禄3年(1690)に林崎文庫と改称される。

本居宣長をはじめ多くの学者が講義を行ったという・・・
そんな旧林崎文庫でまたひとつ、
神宮の歴史文化に触れたひとときでした。

2010年9月21日 (火)

岐阜市川原町通り

岐阜市の長良橋南にある鵜飼観覧船乗り場から西へと続く、
湊町・玉井町・元浜町は通称「川原町」といわれ,
格子戸や袖うだつの上がる古い町並みが残っています。

以前に2度ほど訪れていますが、その頃は道路や、
電線地中化の工事などが行われており記事にはしていません。

今回、新しくなった?川原町通りを訪れました。

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鵜飼観覧船のりば、ここも新しくなっています。

ここから西に町並みが続きます。

Kawara02
この大きな建物は老舗旅館・十八楼。

余分ですが^^;この旅館の中庭に芭蕉の句碑があります。

      Kuhi
ロビーのガラス越しですが、
以前に撮らせてもらったものがこんな形で日の目を見ました。

貞享5年(1688)、松尾芭蕉がこの地に招かれ、
水楼から見た長良川の景色を十八楼と命名し、
その謂れを書いた一文が”十八楼ノ記”、そのとき詠んだ句が、

      ”このあたり めにみゆるものは 皆涼し”

Kawara03 
そういえばその句碑を見に訪れたとき、
このあたりはまだ工事中でしたがここも綺麗になっています。

そして町並みも

Kawara04 
電柱がなくなり、地上から電線が消えて、
まるで美観地区のようです。

Kawara051 
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かって和紙問屋だった町屋を改修した和風カフェの「川原町屋」
格子造りに粋な軒行灯?そして赤いポスト・・・よろしいなぁ^^

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この辺りは格子造りの民家が続きます。

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軒屋根に設けられている屋根神様は
町内を火災から守る秋葉様。

Kawara07
趣のある小路
多くの建物は入口が小さく奥に広い町屋造り?ですね。

Kawara08
通りの西端にある”ギャラリー 木楽”
ここも空き家になっていた民家を改装した店舗。

この町並みは「川原町まちづくり会」によって、
住みやすい魅力あるまちづくりを目指して再生されたもの。

Kawara09
ここで通りは西詰め、
先で右に折れ、裏通りに回ります。

Kawara101
Kawara102
昭和初期の古民家を改装したというレトロなお店「文化屋」
粋なくりぬき壁が目を引きます。

裏通りから駐車場を抜けて来た道に戻ります。

Kawara11
駐車場の傍にあるレストランカフェ。
蔵を改造したんでしょうか和洋折衷?のシックな造りです。

秋の気配を感じるとはいえまだ暑い日のひととき、
金華山の麓にある「川原町」をそぞろ歩きでした。

2010年9月20日 (月)

岐阜・戦国の大道から

雨の中山道歩きの時にもらった岐阜市の町なか歩きマップ、
ほとんど歩いているところでしたが、
織田信長が岐阜に移った際に菩提寺として保護したという・・・
「崇福寺」があるという。

お寺だけではもの足りません!関連の道を歩きました。

Gifu01
「戦国の大道」
ここがどこか?よく分かりませんでしたが、

下りたバス停は歴史博物館前、一本南に下がり、
国道256号線の上大久和交差点から東に延びる道です。

ここから信長ゆかりの崇徳寺まで、約2キロの道です。

Gifu02
カラー舗装された綺麗な道、
この道の存在をどれだけの人が知っているのでしょうか?

Gifu03
道沿いに建てられた石標
それぞれに家紋と花押があります。

Gifu04
道の途中にあるこの玉石舗装はかっての梶川堀跡、
ここを境に東が信長の家臣団の武家屋敷、
西が町人が住んだ岐阜町があったそうです。

Gifu05
お馴染みの名前が続く「戦国の大通」

少し行くとお鮨街道と交差、

      Gifu06
      すぐ右に 大仏殿参道の石柱

Gifu07
岐阜を代表する武将ふたりの名をみて、
道は岐阜公園へ続きますがこちらは「大仏殿」へと寄り道。

Gifu08
Gifu09
あまり撮ったことのない仏様ですが・・・
正式には「黄檗宗金鳳山 正法寺」
曰くは省きますが日本三大仏だそうです。

ここから先ほど見た大仏殿参道を戻り、
長良橋で長良川を渡ります。

Gifu10
Gifu11
長良川鵜飼船のりばと金華山、山頂の岐阜城
見ながら先へ、長良丘1丁目を左折、
国際会議場北の交差点傍にあるのが「崇福寺」。

Gifu12
門前の軽トラが雰囲気を壊しますが・・・これも止む無し><

Gifu13
山門をくぐると玄関への参道、左に前庭が広がります。

見て行きます^^

Gifu15 
Gifu16_2
Gifu17
正面が玄関、右に書院でしょうか?
ここを左に折れます。

Gifu18
少し通り過ぎて撮っていますが、
”関白一条華良”の寄贈という中門と土塀。

境内の庭を回ります。

Gifu19
庭の裏側?
そして元の参道に戻ります。

Gifu20
参道右にあります鐘楼
”(元)稲葉一鉄(良道)寄贈の梵鐘”とあります。

この日は拝観はしませんでしたが、
本堂裏には信長・信忠の父子廟が残されているそうです。

岐阜市まちなか散歩道、、
”戦国の大道”から信長ゆかりの「崇福寺」まで、
この日はこの道が本命ではなかったんですが楽しみました。

2010年9月19日 (日)

京都府立植物園

久しぶりの京都へ、
そしてこちらも久しぶりの京都植物園でした。

今、観覧温室の冷房室で珍しい花?が咲いているという・・・

Kyo001
この日水車をみながら温室へ。

まずはその花

      Kyo0021  
      ディモルフォルキス・ロウィ (ラン科)

一つの花茎に形態が異なる花が咲くラン。

黄色と赤褐色の斑点がある2種類の花

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花茎の基部には甘い香りを放つ(嗅げません><)
鮮やかな黄色の花が。

Kyo0023
下部には赤褐色の斑点がある無香の花が咲いています。

      Kyo0024 
      ボルネオ島が原産

温度の高い熱帯林に自生し樹木の大きな枝に下垂して着生する。
一つの花茎に2つの形態の花が咲くのは
ディモルフォルキス属の2種だけだそうです。

温室の中、珍しい花が多いですがその中から

Kyo006
キソウテンガイ(奇想天外)、そのものズバリ!です。

そしてもうひとつ

      Kyo007 
      アアソウカイ

Kyo008
凄い棘ですね^^

温室の中の珍しい花木ですが、
やはりこの季節にふさわしい花!

Kyo009
鈴虫の鳴き始める頃に咲くという・・・スズムシバナです。
まだたくさん咲いていました。

Kyo010
暑い日ざしも西に傾き、
鴨川の川床の灯りはまだ灯っていませんが、
夕涼みのカップルが増えてきます。

Kyo011
戻る先斗町
これから納涼川床が店開きです。

まだまだ暑かったですが、
吹く風は涼しく秋の気配が感じられる京都でした。

2010年9月18日 (土)

雨の中山道・琵琶峠

一雨降って朝晩はすっかり秋らしくなりましたが、
何の因果かそんな雨の日に歩いた中山道。

前回の御嵩宿から細久手宿、石畳の琵琶峠を越えて大湫宿まで、
ちょうど歩き残しているところ・・・、
今回は雨でも歩かなければならないバスツアーでした。

Nakasendo01
本降りの中を出発した中山道歩き、
この御嵩宿から大井宿間はおよそ30キロほどですが、
交通が不便で悩んでいたところ。
たまたま見つけた中山道をシリーズで歩くツアーに便乗でした。

御嵩からは途中、牛の鼻かけ坂、謡坂(うとうさか)の石畳、
物見峠など山道に残る見どころを拾いながらの歩きです。

津橋の集落を抜け再び山道を登ると「鴨之巣の一里塚」

Nakasendo02 
左側、

Nakasendo03 
少しずれて先にある右側
ほぼ当時のままで残る一里塚ですが、
左右の塚の位置がずれているの珍しいもの。

この日はコンデジで対応しています、
雨でもあり、かなり画像が悪いですがご愛嬌で^^

ここから3キロほどで細久手宿

Nakasendo04
その中心にあります旅籠屋「大黒屋」
古い建物もないなかでひときわ目を引く建物です。

降り止まぬ雨の中、ここからさらに山道へ、
「奥之田の一里塚」、「弁財天の池」など見て今回のハイライト!
「琵琶峠」に入ります。

Nakasendo051
濡れる「琵琶峠」の石畳
中山道の他の石畳とは違って一つ一つの石が大きいのが特徴。

途中の「八瀬沢の一里塚」を見ると頂上はすぐ

Nakasendo052
峠の頂上にある「馬頭様」と「皇女和宮の歌碑」。

石畳は下りにかかります。

Nakasendo053
長さ約600m、日本一長いといわれる石畳の道。

明治以降、長く埋もれていたのが昭和45年に発見され、
現在の形に復元されたものです。

Nakasendo06
東の出口

ここから大湫宿はもうすぐ

Nakasendo07
大鍬宿入口にある「高札場」

Nakasendo08
宿場の面影を残す静かな町並みを行くと「神明神社」。

      Nakasendo09
      境内にある大杉は樹齢1200年とも。

そして

Nakasendo10
本陣跡の碑が建つ広場の右奥
小学校の校庭がその本陣跡、ここには「和宮の歌碑」があります。

      Nakasendo11 
     和宮降嫁の際にここが宿泊地になっています。

雨の中を歩いた中山道、後は大井の宿まで12キロほどです。

バスの中山道シリーズツアーは日本橋まで続きますが、
この後の大井宿まではまた単独で歩きたいところ。
早い機会に歩いてしまいたいと思いながら迎えのバスに・・・
らくちんなバスツアーのいいところでもあります。

2010年9月17日 (金)

鞍馬奥の院から貴船

義経祭の後は御馴染みの鞍馬奥の院から貴船でした。

過去の記事をみても木の根道ばかりで、
あまり鞍馬の奥の院を紹介していない?そんな気がして、
今回は少し奥の院を。

鞍寺「金堂」左手から沖の院霊宝殿への入口を入ります。

Oku001
石段を上りますと右上に鐘楼があります。

途中寄りですが

Oku002 
見てから戻ります。

ここから霊宝殿、与謝野晶子冬柏亭を見て奥の院道へ。

Oku003
ここが奥の院への入口

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途中には牛若丸(義経)ゆかりのスポットがありますが、
ここは義経息つぎの水。

道を上ります。

Oku005
お馴染みの大杉権現への木の根道。

行って回ってもよし、このまま石段を下ってもよし、
行くところは同じ。

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ちょうどその分岐にあります「牛若丸背比べ石」
奥州に下る牛若丸が名残りを惜しんだという石。

この後は

Oku007_2 
木の根道を下り ます。

Oku008
不動堂

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右に義経堂を見て

Oku010
奥の院です。
説明は省きますが・・・石灰岩の重なる柵内は見どころのひとつ。

ここからは貴船まで下りの道、
下りると貴船の川床が待っています^^

ここも何度か紹介していますが・・・

Kifune01
この日の貴船神社参道の花は”秋海棠”

この花が終ると・・・秋?紅葉ですね^^

Kifune02
Kifune03
秋先取り?ではチョッとまだ緑が綺麗ですが、
もうまもなくここも紅く染まりますか。

Kifune04
貴船
やはりこの季節は川床ですね。

Kifune05
店先にも工夫がされています。

Kifune06
この流れを見ていますと・・・
さすがに今年は川床料理を食して見たくなりました^^

清水の舞台から飛び降りたつもりで食べた昼食?

Kifune07
湯のみ茶碗だけで失礼します ><;

一人で食べる川床料理、我が身にはこれだけで、
いえ、ちゃんと昼食はいただきましたが・・・それは何か?
ご想像にお任せします^^

Kifune08

久しぶりにのんびりと過ごした貴船でしたが、
さすがに夏の貴船ですね、
平日とはいえ人での多さにはあらためてビックリ!
鞍馬・貴船に今年はひと夏の経験でした。

2010年9月16日 (木)

義経祭・鞍馬寺

隔年で訪れている京都の鞍馬寺ですがいつも春?
で、今回は毎年秋に行われる「義経祭」に出かけました。

しかしこの祭り、後ほど少し紹介しますが金堂内での法要と、
奉納の舞がメインで載せる写真がありません ><;
ということであらためて鞍馬寺から貴船まで、その鞍馬寺です。

Kurama01
仁王門
ここからケーブルでも良し、九十九折れのもちを行くも良し。

われは行く・・・九十九の道を ^^

Kurama02
もう少しすれば紅葉の参道ですね。

      Kurama021 
由岐神社の山門をくぐると「大杉社」
その大杉です。

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由岐神社 拝殿

九十九の道を行くと

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源義経供養搭
この日は義経祭、ここは外せません。

Kurama03
すぐに勅使門(中門)、

Kurama04 
さらに九十九折れの参道が続きます。

清少納言が「枕草子」の「近うて遠きもの」のなかで、
”くらまの九十九折れという道”と記したのがこの道。

Kurama05
ケーブルから来る道に合流。

さらに道はもう一息登ります。

Kurama06
ここが最後の踏ん張りどころ

Kurama07
金堂です。

お嬢さんが立たれているところが「六芒星」の中心、
ここがパワースポット!だそうです^^

さて、この日の祭り「義経祭」この金堂のなかで行われました。
何かというと、義経の単なる法要です。
ただ、一般の方の参列ができるためもちろん参加しました。

40分ほどの法要のあと金堂内で舞が奉納されました。
静御前が吉野で捕われ鎌倉の頼朝の前で舞ったといわれる
”賤の小田巻”金堂内での舞い、初めて拝見でした。

この後、金堂前での合気道奉納です。

Kurama08
いただいた資料には4歳の牛若丸から・・・とありますから、
多分4歳でしょうね、凛々しい合気道です^^

Kurama09
合気道奉納は続きます。

そしてこの後は

Kurama10   
「天狗舞鼓」の奉納ですがこの間休憩を挟みます。

「義経祭」、チョッと思惑が外れた祭り?でしたがまぁそれはそれ、
いつものことながら・・・途中の切り上げです。
で、このまま貴船へと鞍馬道を駆け下ります。

2010年9月15日 (水)

高野山・壇上伽藍

長くなりました高野山ですがこれで終章、「壇上伽藍」です。

正式には正面の中門跡から見る順路があるようですが、
散策してきました都合上、東の蛇腹道から入りました。

見た順で写真を載せています。

Garan001 
「六時の鐘」からすぐにあります蛇腹道
なぜ蛇腹道かは省きますが、ちょうどこの辺りがお腹の部分とか?
紅葉の季節はそのスポットのひとつ。

途中にいくつかある町石(ちょういし)を見ながら行くと

      Garan002
      東塔です。

河上皇の御願によって大治2年(1127)建立されたものですが、
天保14年(1843)の大火災により焼失した後、
長い時を経て
昭和59年(1984)、再建されたものだそうです。

その左に建ち並ぶのは

Garan003
伽藍の中でで一番小さいお堂で「三昧堂」。
西行法師もここで修行したといわれ、
前には西行お手植えの袈裟懸桜があります。

Garan004
その横には手前に「大会堂」、
その奥に「愛染堂」です。

Garan005
「愛染堂」の前に建つこの町石、
町石道への180本と奥の院へ36本の町石の中心です。

振り返りますと

Garan006_2
国宝 「不動堂」
建久9年(1198)の建立、鎌倉時代の書院造り様式。
桧皮葺の緩やかな屋根がなんとも言えません。

Garan007_2
「大塔の鐘・高野四郎」
白い鐘楼にチョッと驚きますが、
天文16年(1547)に完成した、直径2,12mの大鐘で、
日本で四番目に大きな鐘であったことから高野四郎と。

そして、若い僧の祈りの先には

Garan008_2
「大塔」です。

弘法太師は高野山開創に当たり、この大塔を真言密教の
根本道場として建立したことから根本大塔と言いいます。
昭和12年((1937)の再建、高さ約48.5m、約23.5mの
四面の偉容を誇り、まさに高野山を象徴する塔です。

このあたりは伽藍の中心部

Garan009_2
左手には「金堂」

Garan010_2
こちらが中門跡から見た正面

高野山開創当時は講堂と呼ばれていましたが、
平安時代半ばから高野山の総本堂に。
建物は7度目の再建で昭和7年(1932)に完成したもの。

左に行きます。

Garan011_2 
「六角経堂」

      Garan012 
      「三鈷の松」
      松の後ろに見えるのが「御影堂」

Garan013
その建物群
手前が「御影堂」、真ん中に「准胝堂」、最奥が「孔雀堂」です。

見て行くと左手には

Garan014
「鐘楼」

そして西端にあるのが

Garan015
「西塔」でした。

仁和2年(886)に建立されましたが、現在の塔は、
天保5年(1834)の再建。
擬宝珠高欄付多宝塔で、高さは27.277メートルだそうです。

ここから戻りますがまだ見残しが

Garan016
右に「御社」。
三社が並列し、右から丹生明神、高野明神、
十二王子・百二十伴神が祀られています。

Garan017
その左には「山王院」
両側面向拝付入母屋造りの珍しい建物。
御社の拝殿として建立されたそうですが、
ちょうどお社と拝殿の間を戻って来てしまいました ><;

そして最後はここ

Garan018
蓮池です。
これが全てではありませんがほぼ壇上伽藍の全容です。

芭蕉を追っかけて・・・ぶらり高野山。
” 海抜820メートルの山上にある。東西5キロ、南北1キロの
 平地となり八葉の峰々で囲まれている。”

今回はじっくりと5時間をかけての散策でしたが、
次は紅葉の季節!もうすぐです。

2010年9月14日 (火)

高野山・ぶらり散策

高野山・奥の院から一の橋に戻り高野山を散策です。

一山境内地に117の塔頭寺院が建ち並ぶ中心部を歩きましたが、
今回はその中から主な見どころを歩いた順に載せます。

まるで観光パンフみたいですが・・・そこは割り切って^^
まずは一の橋から西へ、

Koya01
最初にあるのが「刈萱堂」

刈萱道心(等阿法師)が出家して実の子石童丸(信性法師)と、
父子を名乗りあえぬまま仏道修行にあけくれたと伝えられるお堂、
そんな悲しい物語がここにはあります。

右に「摩尼宝塔」を見て郵便局の手前を左に入ります。

Koya02
何やら趣のある道を上り詰めるとある「金剛三昧院」
北条正子が夫源頼朝のために創建したという・・・

Koya03
その国宝 多宝塔
貞応2年(1223)、頼朝・実朝菩提のため北条正子が建立、
大津石山寺の多宝塔に次いで日本で2番目に古い多宝塔、
そんな素晴らしい搭を拝見しました。

戻って金剛峰寺の手前を右折し女人堂へ向かいます。

途中の「浪切不動尊」を見ると

Koya04 
その横にあるのが「徳川家霊台」
3代将軍家光によって建立されたという。
右に家康、左に秀忠の霊屋が並びます。

さらに先へ緩やかな坂道を行きます。

Koya05
登りきると(振り返っています^^)高野山駅からの入口、
この左にあるのが「女人堂」。

Koya06
かって女人禁制だった高野山
女性のために設けられていた参籠所が高野七口にあった?
そのひとつで一番大きかったという不動坂口「女人堂」です。

ちなみに不動坂は極楽橋(駅)からこの女人堂を結ぶコース、
約1時間ほどのハイキングを楽しむことができるようです。
また、この前から弁天岳を越え大門に通じる女人道があります。

来た道を引き返します。

Koya07
金剛峰寺東門?を見て正面に回ります。

Koya08 
正門をくぐり

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屋根に天水桶のある建物には大玄関と小玄関が、
他にも経堂、鐘楼と内部拝観もできますが先へ。

境内を出て右に

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「六時の鐘」
朝の6時から夜10時まで、2時間おきに時を告げます。

そして

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壇上伽藍への道、蛇腹道。

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境内にある多くの建物を見て

Koya13
中門跡に出ました。

壇上伽藍
今回は通り抜けましたがここは別に紹介したいところ、
記事を変えて載せます^^

中門跡前から高野山の西の入口「大門」です。

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大門(だいもん)
重層の五間三尺、入母屋造銅瓦葺の楼門。
昔はここから天野(かつらぎ町)、慈尊院(九度山町)に通じる
町石道と、西高野街道が紀ノ川流域に向かったとあります。

その町石道は大門の道を挟んだ前にあります。

Koya16 
九度山町の慈尊院から高野山までの24キロの参詣道で、
高さ2mの石造卒塔婆の町石(ちょういし)が壇上伽藍まで180本、
一町(109m)ごとに建っているそうです。

高野山、ここが西端で戻ります。

ちょうど一周?して来ました高野山

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Koya18

金剛峰寺駐車場手前の「霊宝館」とその周辺、
まもなく紅葉の季節ですが、
ここもまた紅葉のスポットが多いところ。

高野山ぶらり散策、
この日は下調べを兼ねて多くの寺院をめぐりました・・・続きます。

2010年9月13日 (月)

高野山・奥の院

芭蕉紀行「笈の小文」を引きずっています。
吉野の”蜻蛉の滝”を訪ねて衝動的に出かけたのは「高野山」。

紀行文では、
吉野から高野、和歌(和歌の浦)、紀三井寺と続きますが、
この日はやはり我が家から一番近い高野山です。

Kouya001
高野山やはり奥の院はここから訪れます「一の橋」。

いまさらと思いますが、
何度訪れても身の引き締まる・・・・というか、
この参道にはなんともいえぬ聖地?を感じます。

Kouya002
樹齢どれほどか?
分からぬほどの杉木立が続く参道。

Kouya003
いつもながらこの雰囲気には圧倒されます。

諸大名の墓所や、祈念碑、慰霊碑が建ち並びますが、
数知れぬその中から

Kouya004
個人的にはなぜか?石田三成の墓所。

天下分け目の合戦で悲運にも破れた敗軍の将ですが、
なぜか惹かれます。

Kouya005_2
「中の橋」に来ました。

まだまだ墓所、墓石が続きますが

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傍にある「汗かき地蔵」

      Kouya007 
見事な杉の巨木を左右に見ながらが行きますが、
この日の目的はこれでした。

      Kouya008_2 
参道のと途中にあります芭蕉句碑
「父母のしきりにこひし雉子の声」(笈の小文)。

同行した万菊(杜国)は
「ちる花にたぶさはづかし奥の院」と詠んでいます。

Kouya010
先に進むと道の分かれる中央に基角の句碑がありますが、
これはまぁ、省かしていただいて・・・。

Kouya011
着いたところが「御廟橋」
ここから先は撮影禁止です>< で、奥の院を拝観し戻ります。

芭蕉紀行を追っかける身としては芭蕉句碑を見たところで、
高野山に来た目的は終ったんですが・・・、
やはり来た以上この高野山をくまなく巡りました。

2010年9月12日 (日)

蜻蛉の滝・奈良川上村

芭蕉紀行「笈の小文」で須磨・明石を再訪したばかりですが、
気になっていた場所がありました。

奈良県吉野郡川上村西河にある「蜻蛉の滝(せいれいのたき)」です。
いずれは吉野・宮滝から奥千本経由でハイキングコースを
歩こうかと思っていたところでしたが、
思わぬ「笈の小文」の追っかけ旅で急遽出かけました。

Seirei01
「笈の小文」には龍門、西河(にじつかう)、蜻螐が滝と
前書きが書かれていますが、その西河にあるのが「蜻蛉の滝」。

ここが入口ですが、

Seirei02
Seirei03
こんな綺麗な公園に整備されています。

太鼓橋を渡って

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鳥居をくぐり、梵字岩やお堂を見ながら

Seirei05 
石段の散策路を登ります。

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5分ほどで現れた滝

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右に不動堂、
さらに上に遊歩道が延びていますが・・・

Seirei08
蜻蛉とは名だけか?思わぬ滝の規模に唖然!
詳しい説明は別にしてまずは虹、なぜか?

説明版には
”高さ約50メートル。飛沫は太陽に映じて常に虹をつくって
いることから、この付近は一名虹光(にじっこう)といわれている。” 

      Seirei09
      滝の展望所は2ヶ所、
      こちらがまず目にする中間からの滝の眺め。

ここから遊歩道を滝の上に行きます。

Seirei10
ここは展望所ではありません、
柵の外から覗く滝壷ですが、強烈です!
名前とは想像もできない滝でした。

Seirei11
滝の最上部
小滝と滝壷からさらに下に流れ落ちています。

Seirei12
中間部に戻ってこの東屋から螺旋階段を下ります。
下りたところには基角の「三尺の身をにしかうの時雨かな」の
句碑がありますが、ここに芭蕉の句碑はありません><;

      Seirei13
     下部の展望所から滝の上部、下に虹が懸かります。

Seirei14_2            
その虹の部分です。

実は、虹ばかり気にしていてこの下にまだ滝壷があるのに
まったくに気が付きませんでした。

      Seirei15   
      これが虹の下の滝壷
      正直、ビックリしました「蜻蛉の滝」!
      これは思っていた以上の滝でした。

   そして、この展望所の左にはもう一条の滝があります。

      Seirei17
   名前が分かりませんが・・・
   滝はまるで身をよじるかのように流れ落ちます。

吉野を旅した芭蕉と万菊丸(杜国)、
二つの滝に思わず二人の姿が重なりました^^

「笈の小文」本文から

     西 河
 ほろほろと山吹ちるか滝の音

この句碑がどこにあるのか?と、探し回わりましたが、
どうしても見つけることができなかった。・・・残念!

2010年9月11日 (土)

須磨浦公園から須磨寺

芭蕉紀行「笈の小文」、
芭蕉の旅を追って歩いた須磨・明石を再訪の続編です。

明石から山陽電車で須磨浦公園へ。

Suma001
須磨浦ロープウェイと共用になっている?駅前を右に、
鉢伏山ハイキングコースの緩やかな道を登っていくと、

Suma002
道が右にカーブする手前に
蕪村の「春の海終日のたりのたりかな」の句碑がある。

Suma003
海を背景にした絶好のロケーションにある句碑の横は?
展望所でしょうか記憶にあまり無い ><;

このカーブした道の角に(写真の右手です^^)
こちらは海を眺めるように芭蕉の句碑があります。

Suma004
少し木が大きくなって下部が隠れていますが、
「蝸牛(かたつむり)角ふりわけよ須磨明石」(笈の小文)。
そしてさらに坂を行くと子規・虚子の句碑もあります。

戻る途中、国道2号線の傍にある敦盛塚へ

Suma005
一の谷の合戦で源氏の武将熊谷直実に討たれ、
16歳で命を落とした平敦盛を供養するために
建てられたという(異説もあり)大きな五輪塔です。

ここから須磨浦公園を通って須磨寺へ

Suma006
海と国道に沿った500メートルほどの公園ですが、
”阪神淡路震災モニュメント”や”みどりの塔”などを見ながら、
心地よい浜風を受けて行くと・・・

Suma007
一の谷古戦場「源平史蹟 戦の浜」の石柱。
この辺りが源平の戦いの舞台となったところだそうです。

芭蕉が「笈の小文」で、
”一の内裏やしき、めの下に見ゆ” と書いているのは、
ここから少し山側に上ったところにある「安徳天皇内裏跡伝説地」
ではないかと?思いますが今回もパスしました。

ここから須磨寺までは前回はバスでしたが今回は歩きます。

「山陽須磨駅」の先で北に折れ(左へ)、
山陽電車の線路をくぐるとすぐにある「現光寺」

Suma008_2
入口にある「源氏寺」の碑には
源氏物語の須磨の巻の一説が書かれています。

光源氏が住居跡とも伝えられるこの寺ですが、

Suma009_2
境内には芭蕉の三段切名句
「見渡せば ながむれば見れば 須磨の秋」(笈の小文)
の句碑と、ここにもやはり子規の句碑があります。

さらに北へと行くと須磨寺駅から商店街を通ってくる
須磨寺(福祥寺)の参道に合流。

Suma010
その「須磨寺」
前回はバス停を間違えて裏からの参拝でしたが^^
今回は正面から龍華橋を渡って・・・

Suma0111
仁王門

くぐって左右に建つ塔頭を見ながら境内参道を行くと、
左手にある「源平の庭」

Suma012
一の谷の合戦で熊谷直実が平敦盛を呼び返す場面の再現、
二度目ですがこれは以前の記憶が鮮烈にあります^^

Suma013
見どころはたくさんありますが、
あまりにも多いので省いて行きます^^;

石段を登り唐門をくぐると

Suma014
正面に本堂

そして境内右奥に

Suma015
弁慶の鐘

左手には

Suma016
義経腰掛の松

さらに

Suma017 
奥の院参道へと続きます。

ここは途中まで行きます

      Suma018
      三重塔
さらに奥へと

Suma019
ここです。
これは見逃すわけには行きません 、 「敦盛塚」。

謡曲”敦盛”と話は絡みますがこの「敦盛首塚」、
説明板には「首と胴を別々埋葬し胴塚は一の谷にあり」と、
先ほどの「敦盛塚」がそれです。

これでほぼ須磨寺は終わりですが、

Suma020
戻る途中の本堂前、
左横にチラッと見えるんですが、見えない?
今回再訪の目的でした芭蕉句碑があります。

Suma021
5年ぶりです^^
「須磨寺や 吹かぬ笛きく 木下やみ」(笈の小文)。

芭蕉はこの須磨寺の木陰で往時を懐古し、
笛の名手、平敦盛が吹く笛の音を聞いたような気がした・・・
一の谷合戦の美しくも悲しい物語です。

敦盛遺愛の「青葉の笛」はこの須磨寺にあります。

Suma022 
戻る駅から眺める海。

5年前に芭蕉紀行を追っかけた須磨・明石を再訪、
「笈の小文」の終章は平家終焉の入水の様 がつづられ、
” 千歳のかなしび此浦にとゞまり、素波(しらなみ)の音にさへ
 愁(うれひ)多く 侍るぞや。” と結ばれています。

2010年9月10日 (金)

須磨・明石 再訪

2005年9月10日、
我がブログの開設第1ページめが”近江を歩く”でした。

芭蕉の旅紀行を追っかけて始めたブログ、
そのゆかりの地、街道歩きと続けてきましたが、
何時の間にかこの日でちょうど5年目になりました。

当初の記事を見ながら、
芭蕉の句碑だけを追っかけていた見事な芭蕉オタクの自分を
懐かしく振り返りながら・・・、
ここはと思いのある須磨・明石(笈の小文)を再訪です。

今回は芭蕉もさることながら観光を優先、
まずは明石編です。

Akasi01
明石公園から天文科学館を結ぶ”時の道”を歩いていきますと
「柿本神社」の鳥居下に出ます。
傍にある「亀の水」、多くの方が水を汲みに来てみえます。

鳥居をくぐって坂を上って行くと子午線標柱がありますが、
それは後にして柿本神社の前に出ます。

Akasi02
本殿、
由緒は省きますがあの万葉歌人、柿本人麻呂を祀る神社。

この前にある人丸山公園?

      Akasi03 
天文科学館と公園広場にある芭蕉句碑(右)、
句は ”蛸壷やはかなき夢を夏の月”(笈の小文)、
そして左には水平日時計があります。

この傍にある「日本子午線標準時柱」、
東経135度子午線の位置を示していますがただいま工事中。

 Akasi051_2 Akasi052 
で、右に5年前に訪れた時の写真を並べました。

この「時の道」には多くの寺社があります。

Akasi06
Akasi062
そのひとつ柿本神社と並んである「月照寺」。
弘法太師の創建、
その山門は伏見城から移築したもので国の重文です。

この道は県立明石公園へと続きます。

Akasi07
公園(明石城)への東の入口。

広い公園にはいろんな施設がありますが、
今回はその中心にあります明石城が目的でした。

Akasi08_4
この城については白紙状態でただ見て行きます。
この石段は二の丸への道。

Akasi09
後に二の丸跡を見て通り抜ける巽櫓(たつみやぐら)。

Akasi10
その先にある坤櫓(ひつじさるやぐら)

Akasi11_3
坤櫓(ひつじさるやぐら)の横にある天守台

Akasi12
天守台から見る坤櫓(ひつじさるやぐら)。

Akasi13
本丸跡、稲荷曲輪を回って、
城郭の外から坤櫓(ひつじさるやぐら)を見上げます。

思った以上に広く、石垣も残る明石城です。

  Akasi141 Akasi142 
こちらは公園内にある”武蔵の庭園”だそうですが、
あの宮本武蔵が造ったという庭園は、
先の「時の道」にあった「本松寺」にもありました。

芭蕉に夢中で何所も見なかった前回の明石の旅

 Akasi15
あらためて訪れましたが、
今回は芭蕉以外の見どころも堪能しました。

この後は5年前の足どりをそのままに、
須磨浦公園から須磨寺へと向かいます ・・・続きます。

2010年9月 9日 (木)

虎渓山・続編

北陸の日本海沿岸を台風9号が通過中で、
久しぶりに朝から雨のためこの日は休養日でした。

で、ネタ無しのため、
先日行きました岐阜県多治見市にある「虎渓山」の続編、
今回はその塔頭寺院の紹介です。

あらてめて・・・
駐車場から歩いて行くと最初にあるのが「続芳院」

Kokeizan001
正称は「虎渓山東雲峰 続芳院」

Kokeizan002 
境内左手には虎渓西国33観音の第32番目となる
「千手観音石像」があります。

Kokeizan003
その右手に広がる芝生の本堂前庭

Kokeizan004
右手には庫裡と書院でしょうか。

外に出て坂を下れば「永保寺」正面入口に行きますが、
少し戻って鍵型に道を曲がります。


Kokeizan005
両側に白壁の続く道

突き当たり手前の右にありますのが「徳林院」

Kokeizan006
正称は「虎渓山慈雲峰 徳林院」

Kokeizan007
本堂
見事な松に石灯籠と石組みの配置された小さな庭、
右には切妻造りの立派な庫裡があります。

そして突き当りを左に折れます。

Kokeizan008 
左手に続く白壁
突き当たりの道を右に下りると「永保寺・開山堂」へ。

白壁に沿って行きます。

Kokeizan009 
途中に見える僊霊塔(せんれいとう)と本堂

もう一度左に回りこみます。

Kokeizan010
朱塗りの三門が美しい「保壽院」
「虎渓山登僊嶺(とうせんれい) 保壽院」が正称。

境内には枝垂れ桜と百日紅が見えます。

Kokeizan011
正面に本堂 

左右にハスの植えられた鉢が並ぶ本堂前。

Kokeizan012
「三門」左手にある「枝垂れ桜」
そして手前には百日紅が咲いて春夏と花木が楽しめます。

Kokeizan013
歴代住職を祀る
僊霊塔
その手前右手が路地庭園だそうですが、撮っていません ><;


こちらが気になっていました

Kokeizan014
本堂右手、庫裏前の庭園
昭和60年頃に庫裡の改修とともに築庭されたそうです。

まだ新しい庭園

Kokeizan015
大方玄関前の水盤を見て・・・
庭の正面に回り込んで行きます。

Kokeizan016
Kokeizan017

蓬莱山を中心に置き、
杉苔と白河砂の砂紋で構成された贅沢な庭園です。

三門を出ると以前に紹介した「永保寺・名勝庭園」へ。
多治見市にあります虎渓山、
「永保寺」の北側に建ち並ぶ塔頭寺院も、
またそれぞれに趣のある寺院でした。

2010年9月 8日 (水)

三重県上野森林公園

「青山リゾート」からの帰りはいつも「三重県上野森林公園」です。

駐車場で、すでに滴り落ちる汗 ><;
やはり暑くても青山リゾートがまだ涼しいいことがよく分かります。

この日の目的はここの”サギソウ園”のサギソウでした。

Sinrin001
いきなり入口の「花のテラス」に咲くコスモス!
これは予定外のお出向い^^

Sinrin002
”サギソウ”の前にまずはコスモスでした。

Sinrin003 
蝶を引きずっているわけではありませんが、
”モンキチョウ”
この蝶がおとなしく撮れるのは珍しいんですよ。

Sinrin004
ここでも”アゲハ”
この時期どこでも撮れるワンシーン?

ひとしきりコスモスと蝶を楽しんで・・・サギソウ園です。

Sinrin005 
咲いてはいるんですが遠いんです ><
我が望遠では少し遠すぎまして一部は切り抜いています。

どうしてもピントが甘い写真もありますがご容赦を

Sinrin006
Sinrin007
好きな花ですが・・・
ほんと、いつ見てもよろしいなぁ^^

Sinrin008
この時期にここに来ることは少ないんですが、
この日は特別でした。

しかし暑つ~~~い!!!!!

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ハッチョウトンボも一休み?

      Sinrin010
      サワギキョウ

Sinrin011
ミズギボウシ

他にもワレモコウ、サワヒヨドリ、ヒヨドリバナなど、
多くの花が見られる「サギソウ園」です。

しかしほんとに暑い!
しゃがみ込んでの撮影で汗が木道を濡らします。
たまらず引き上げました。

最後にもう一枚

Sinrin012
さらば猛暑よ、早く秋が来てくれ!
そんな気持ちで。

帰って聞いたニュースでは
この日の伊賀地方は過去最高の暑さだったと、
そんなこととは知らず・・・
大汗掻いた「上野森林公園・サギソウ園」でした。 camera 6日

2010年9月 7日 (火)

青山リゾート・花と蝶

三重県伊賀市霧生にありますメナード青山リゾート、
今年二度目のハーブガーデンでした。

ラベンダーで訪れてから・・・今回は”セージフェスタ”
花は期待していませんでしたがこの暑さ!
とにかく高いところへと!そんな気持ちがついここに^^

Aoyama01
まぁ、この時期ですからご覧のとおり、
花はこの左側、セージもその一画にしかありません。

今回は左回りです。

Aoyama02
御馴染みの4本杉”マザーツリー”
そしてこの時期の見どころになりますセージ畑です。

左へ、左へと回り込みます。

 Aoyama03_2
  Aoyama04
今はこのセージだけ、何セージか?分かりませんが、
セージ畑はもう一画にもあります。

それは後ほどとして、
ところどころに咲く花(ハーブ?)を見ながら、
この日は蝶と戯れました^^

A051kiageha
蝶は”キアゲハ”、花はオカトラノオ?HPでは”カクトラノオ”
もちろん園芸種ですね。

花と蝶!
花の名前も蝶の名もまた違っているかも知れませんが?
違っていればご指摘を^^

A052ageha
こちらは”アゲハ” 、花は”ラベンダーセージ”

Aoyama06
クレマチスの実ですねぇ。

A07itimonji
花は”ペチュニア”
花芯に突っ込んでる蝶?は”イチモンジセセリ”、
この蝶はまたあとで登場・・・。

A08uragomadara
”クコ”?に戯れるのは・・・”ウラゴマダラシジミ”

この日はハーブより蝶が相手をしてくれました^^

A091tumaguro
A092tumaguro
”ツマグロヒョウモン”のオス、そして下がメスです。

園を回ってちょうど中間部です。

Aoyama10_3 
ここが”ラベンダーセージ”の咲く一画です。

A111itimonji
園路に咲く花に戯れる”イチモンジセセリ”

A112itimonji
花が違いますが羽を広げてくれました。
初めて撮る”イチモンジセセリ”です^^

それだけ花が無い ><;

Aoyama12
入口に戻ってきました。
レインボー畑にさく花は”フレンチマリーゴールド”と
”サルビア”の赤花。

Aoyama13
ラベンダーの咲いていた畑には
”ラベンダーセージ”が植えられているそうです。

10月中旬にはあの紫と紺碧の空が帰ってきますか?

Aoyama15 

やはり涼を求めて訪れた
メナード青山リゾート ハーブガーデン。

花は少なかったですがこの日は花に戯れる蝶!
蜜に溺れる蝶になぜか我が身を重ねて・・・冗談ですが^^
しばしの時を楽しみました。

2010年9月 6日 (月)

続・伊吹秋の花物語

伊吹・秋の花物語、
続編は登山道に群生する”クサボタン”です。

昨年も見たんですがそのときはそれが何か分からず1年経過、
今年、初めてその正体?を知りました。

この時期、花と実を同時に見ることができる”クサボタン”

Ibuki01
それで分かったんですが、
これもまたはじめての経験でした。

長い毛をつける実がキラキラと光って、
なんと綺麗なんだろうと思っていたんですが、
この日その名前が判明です。

Ibuki02
小さな花の周りには、
びっしりと綿毛にもみえる実が・・・

Ibuki03
Ibuki041
花から実へ変わる時でしょうね ^^

Ibuki042
その実と長い毛

Ibuki05
こちらが花^^

Ibuki06
今はまだ花の方が多いですが、
もうすぐ登山道は長い毛を付けた実で覆われます。

初めて知ったクサボタンの実、
名前が分かるとまた花を見る楽しみが増します。
今回の登山での収穫でした。

Ibuki07
登山道脇に揺れるススキにも秋の気配を感じます。

猛暑の中の伊吹山歩きでしたが、
今年もまたススキと白い毛が輝くクサボタンの実を楽しみに、
あらためて訪れますか?
その頃には猛暑も終っていることを願いたいもんです。

2010年9月 5日 (日)

伊吹・秋の花物語

なにやらどこかのタイトルとよく似ていますが^^
猛暑の治まるのを待って出かけるには花が終ってしまう?
そんな気持ちが我が身を伊吹山へと駆り立てました。

よりによってこの日に限って快晴の伊吹山!
何の因果か太陽がまぶしい・・・登ります ><;

1合目から3合目までの暑さは格別、
さすがに大汗で手も汗だらけ、カメラを出すことができません。
やはりこんなときはコンデジでした。反省 ><

Ibuki01
カメラを出したのは涼しくなった五合目、
この後も休憩地点だけでした。

いつもはガスる山頂もご覧のとおり。

Ibuki02

今年はなぜかゴンドラが稼動しており、
三合目までは気楽にこれるようです。

この日も多くの方がゴンドラを利用されていましたが、
特にこんな猛暑の日は賢明かも知れませんねぇ。

Ibuki04
ようやく九合目下、
体感的には涼しい登山道ですが、
強烈な太陽の下で汗が滴り落ちます。

この日は登山道に”イブキトリカブト”はまったく見ませんでした。
ここからはカメラを出します。

Ibuki05
山頂登山道から花を見て行きますが、
まずは”タムラソウ”。

Ibuki06
”アキノキリンソウ”
今回は全て団体戦です^^

Ibuki07
”イブキトリカブト”が登山道脇に咲いていました。

Ibuki08
山頂登山道奥に群生する”フジテンニンソウ”

そして山頂お花畑

Ibuki09
ここにもありましたトリカブト。

Ibuki10
こちらは”キンミズヒキ”

そして東遊歩道に入ります。

Ibuki101
Ibuki102
”サラシナショウマ”の群生です^^

Ibuki11
”フジテンニンソウ”と”イブキトリカブト”

昨年より3日前ですがまだ少し早かったか?
それとも天候異変か。
イブキトリカブト、今年は数が少ないですねぇ!

Ibuki12
”フジテンニンソウ”の花穂もまだ全開ではないようです。

なぜか全体に花の数は少なく感じましたが、
花とは別に、
この日もいろんな蝶や虫?にあいました。

Ibuki13
その中から”アゲハチョウ”。

この日はさすがに長時間の休憩で下山しました。

Ibuki14
九合目下の登山道
ほんとに暑い日でしたが多くの方たちが登っていました。

この日はさすがに登りでは花を撮れませんでしたが、
下りで撮った登山道の花からひとつだけ・・・続きます。

2010年9月 4日 (土)

虎渓山永保寺庭園

まぁ、この暑さには往生していますが><;
だからといって涼を求めるのもさすがに限界です。
こうなればもうその猛暑の中へと突入!
暑さではここしかないでしょうと岐阜県多治見市です。

今回は涼より久しぶり?の庭園、
「虎渓山永保寺」の名勝庭園を訪ねました。

この虎渓山
「永保寺」の周りには多くの寺院があります。

Kokeizan01
観光駐車場から行くと最初にある「続芳院」

永保寺に向かう参道から右に折れると

Kokeizan02
「徳林院」

Kokeizan03
そして朱塗りの三門が見事な「保寿院」
ここの前庭も紹介したいところですが、
今回は門前だけで通り抜けます。

「永保寺」へは直接向う参道がありますが、
この日はこの前から続く参道を下ります。

途中にある「六角堂」

Kokeizan04 
この時点ではここが何か分かっていません。

そして「永保寺」の庭園を上から眺めます。

Eihoji01
池の中央に架かる橋、右手の岩山など、
いったいどんな庭園が現れるのか・・・楽しみでした^^;

Eihoji02
この右側に本堂、大玄関がありますが、
2003年9月に火災で焼失し、ただいま再建工事中。

で、今回はこの名勝庭園の周りを紹介します。
ここから左に回りこんで行きます。

Eihoji03 
後にはこちらも工事中の「鐘つき堂」

そして少し進んで振り返れば

Eihoji04
正面が庫裏、その前に樹齢700年といわれるイチョウの木、
手前の建物が僧堂・座禅堂です。

Eihoji05
庭園の池を回っていきますが、
見えるのは国宝「観音堂」と「無際橋」。

池の周りには松とカエデの木が植えられ、
木々の間からの撮影。

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虎渓山の仏殿で「水月場」と正称され、
本尊の「聖観世音菩薩坐像」が祀られているそうです。

Eihoji07 

中央には美しい「無際橋」が架かり

Eihoji081
Eihoji082
正面から「観音堂」へと導きます。

Eihoji09
庭園の左手に来ました。

ひと際高い岩の上には先ほど見た建物

      Eihoji10
      六角堂(霊擁殿)梵音岩

” 梵音岩上の六角堂には千体地蔵が祀られており・・・、
 滝の水は虎渓山北西にある”しでこぶし”群生地付近の湧水を
 集めたものです。”とあります。

ここは国宝建造物、庭園ともに無料で拝観できます。

Eihoji11
庭園から「勅使門跡」の石柱を見て行くと・・・

Eihoji12
すぐに土岐川です。
川の流れがわずかな涼をくれました。

「虎渓山永保寺」
本堂、大玄関の工事は平成23年に完成予定。
その前に今年の紅葉の季節がすぐですが、
ここも紅葉の名所見たいですね~。^^

2010年9月 3日 (金)

安八町牧のひまわり畑

岐阜県安八町牧のひまわり畑が見頃との情報をいただきました。

遅咲きでしょうか?それとも遅くまで見れるように蒔かれたか?
いずれにしてもいただいた情報!早速出かけました。

「ひまわりフェスティバル 2010」の看板

Himawari01
安八町の牧地区
揖斐川に架かる新幹線の鉄橋の南、
揖斐川左岸堤防沿いにある10haというひまわり畑です。

傍には”自由にお持ち帰りください”の看板とハサミまで、
これはムチャ親切ですね。

Himawari02
ひまわり畑の南西部
朝からの雨で花も少し元気がありませんか?

Himawari03
北側には民家がありますが、その手前から・・・
なるべく余分な物が入らないように撮っています^^
見える山は養老山系でしょうか?

  Himawari04 
  Himawari05
花に余分な言葉はいりません!
と、いつも言いながら・・・。

      Himawari06
      ひまわり畑の縦撮りは初めてです^^

Himawari07
いろいろいますね~。
ひまわりに戯れるのは”アゲハチョウ”、
アゲハにもたくさんありますがさて、何アゲハでしょうか?

Himawari08
やっぱりこの花は夏の花です!
日差しが戻ると元気になってきました。

まさに今が見頃のひまわりですがもう1画、

Himawari09
一番北端にあるひまわり畑、
こちらが遅咲き?のひまわり畑でしょうか。
かなりの広さですがまだ全て蕾でした。

情報をいただきました ”kanabu”さん、ありがとうございました。
安八町牧のひまわり畑、
どうやら秋になっても、もう一度楽しめそうです。   camera 2日

2010年9月 2日 (木)

岩屋堂・まさかの展望台

岩屋堂公園で瀬戸大滝から戻る途中の出来事ですが、
まさか!?こんな展開になるとは思いもしませんでした。

後から来られたウオーキング中のご老公に話しかけられ、
しばし話をしながら歩いていましたがこの場所で立ち止まり、
”これから展望台まで行くがどうですか?”と。

Iwaya001
ここが何処か?といいますと展望台へのもう一方の登り口。

”どれぐらいかかります?” 
”いつもは早足で8分ほどですが今日は二度目ですから・・・”!?
誘われたら断れませんわなぁ!思わず言ってしまいました
”行きます!”と ><;
チョッと前に止めたと決めた矢先にこれです^^

普通に歩いて15分から20分ほどかかるそうですが、
時計をセットされているご老公をみて、
これは本格的だと敬意を表して先に出ます。

Iwaya002
正直、山歩きです!かなりキツイ上りでしたが、
あとで聞けばこちらの方が緩やかで楽だとのこと。

Iwaya003
その展望台です!

目の前に広がる景色ですが、
まず眼下から。

Iwaya004
入口のプールですねぇ、
ここの高さは360メートルだそうですが、
岩巣山の途中に造られているようです。

見えるのは

Iwaya005
正面に「瀬戸デジタルタワー」
かなり霞んでいますが、
その奥に東山タワーと右に名古屋駅ツインタワーです。

Iwaya006
絶景とはいえませんがこんなもんでしょうか?
実際よりヌケの悪い写真です^^;

しかし、まぁ、汗まみれになりました。
しばし涼をとりますが・・・
日差しが強く汗は引きません ><;

下ります。

Iwaya007 
こちらがそのご老公、
毎日ここを歩かれているようですが、おん年80歳だそうです。
帰りは後を追いかけましたが・・・速いです!

下りてひとしきり休憩、カキ氷で体を冷やしました。

このあとは公園の入口にある「浄源寺」へ。

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「三蔵門」

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本堂

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こちらは瀬戸の名木でウメの木、
樹齢約600年という「天先梅」だそうです。

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鐘楼

何とも趣のあるお寺でした。

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ボタンクサギに戯れるモンキアゲハ。

涼を求めて行きました瀬戸の「岩屋堂」
思わぬハプニングに大汗掻いた展望台への上り下り、
全ては結果良しの思い出となった一幕でした。

2010年9月 1日 (水)

岩屋堂・瀬戸市

愛知県瀬戸市の山間部にある「岩屋堂」。
「岩屋堂公園」ともいわれていますが夏はプールに水遊びと
家族連れに大人気のスポットだそうです。

ホントかウソか?・・・冗談ですが^^出かけました。
すでに無料駐車場は満車!
止む無く有料駐車場に車を止めて歩いて行くと。

Iwaya01
一瞬、何か場違いなところに来てしまった><と、
思いましたがこれがそのプール。

我が身には関係なく、
こちらの目的は「岩屋堂」に「滝」に「展望台」、
左に少し見える東海自然歩道へと入ります。

Iwaya02
すぐにそれらしいムードになって来ました。^^

Iwaya03
これですねぇ、
名前の由来となった天然の大きな岩の祠です。

” 紳亀2年(725)名僧行基が当地で草案を結び、この岩窟内で
三体の仏像を彫刻し、時の聖武天皇の病気平癒を祈願した・・・
一体の薬師瑠璃光如来を本尊として、岩屋山薬師堂が建立され
諸堂が建立され信仰をあつめている。・・・”とあります。

Iwaya04 
横の石段を登ると「毘沙門天王」の石柱と「遊行庵」。

      Iwaya05
左に入ると「暁明ケ滝」。

そして右の道を行くと・・・

Iwaya06
この先に展望台があります。

ここから約500メートル、
ちょうど下りてこられた方に”行く価値はありますか?”
なんて、馬鹿なことを聞いてしまいました。><;

”途中で戻って来ました”の答えにまたビックリ!
この意味は?道がキツイか、荒れているか?多分前者でしょう。
この日は風も無く暑かったんです!!ここは止めました。

Iwaya07

こんな涼しいところに来て大汗を掻くこともない、
当然でしたが・・・実はこの後話があります。^^

それはまたあらためて紹介しますがまずは川めぐりから滝へ。

Iwaya08
岩屋堂公園の人気が分かります。

さらに奥へ

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川?もう渓谷ですね。

流れる川に

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落ちる小さな滝

Iwaya11 
見飽きることがありません。^^

そして最奥にやってきましたが、この間20分ほどです。

Iwaya12 
滝と川の瀬音に涼しさが漂いますよ・・・。

      Iwaya13
       瀬戸大滝です。

意外と水量が少ないのにはビックリしましたが、
この周りは涼しいです。
しばし涼を楽しみます、最高でした!

戻ります途中、思わぬ人に声を掛けられました。
ウオーキング中のご老公?おかげでここから思わぬ展開に・・・。
それはあらためてご紹介!

Iwaya14
その後戻った公園口、咲いているのは萩ですね~。

しかしほんとに暑い日でした。
この写真は思わぬ出来事の後で撮った一コマ、
しばし涼をもらったときでしたが、・・・続きます。

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