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2010年2月12日 (金)

野洲市行畑・街道界隈

街道の番外編です。

朝鮮人街道と中山道の分岐する野洲市行畑地区、
街道の分岐地点から中山道を少し西に行った交差点の角に、
小さな公園「行合ふれあい広場」があります。

Yukihata01
その片隅(奥に)にある「背比べ地蔵」。

Yukihata02
鎌倉時代のもので、
解説によると”東山道(のちの中山道)を旅行く人の道中を守った
地蔵である。” と。

Yukihata03

また、”子を持つ親たちが「わが子もこの背の低い地蔵さんくらいに
なれば一人前」と背くらべさせるようになりいつしか背くらべ地蔵と
呼ばれるようになった。” とも。

Yukihata04
大きな地蔵さんは「阿弥陀如来立像」。

中山道沿いに整備されている小さな公園、
ここはまた憩いの場所でもあるようです。

その裏手?というより 傍にあります「行事神社」
街道には関係ありませんが・・・

Yukihata051
Yukihata052
掛かる注連縄に思わずこれは何?と。
村の出入り口や神社境内に飾るもので 村の外を異界として 悪霊や疫病・災害が村へ
調べてみました
勧請縄、または勧請吊りと呼ばれ、村に悪霊や疫病神などが
入ってこないようにと縄を吊り境を守る民俗行事だそうです。

中山道を戻ります。

Yukihata06
街道の分岐地点から朝鮮人街道と中山道に挟まれた、
ちょうどデルタ地にある野洲小学校の南門から校舎沿いに
造られたポケットパーク。

Yukihata07
こちらも休憩処になっていますが
「中山道・外和木の標(そとわきのしるべ)」です。

詳細はこの説明版を拡大してご覧ください^^

 Yukihata08_2 

街道の持つ歴史的な役割が忘れられていく今日ですが、
その意義を将来に伝えたいと願う人たちの思いが
こうした形で残されています。

Yukihata09

街道を歩く、
道端の道標や常夜燈、そして小さな野仏に昔を思うとき、
なんとも贅沢な、そして至福の喜びを感じてしまいます。
歩き出すと止められない?それが街道歩きの悩みでしょうか。

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コメント

朝鮮人街道
この道
一度歩いてみたいと思っていたんですよ

地図で見ていると
撮影スポットになりそうな場所もちらほら
好々爺さんの写真で事前学習させて頂きました

雪だるまさん
全体を通して見ると撮影スポットは多いですね。

街道筋そのものは至ってシンプルですが、
彦根、安土、近江八幡などは観光地です。
道筋の神社仏閣も面白いですよ。
是非歩いてみてください。

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