答志島・築上遊歩道
鳥羽湾に浮かぶ最大の答志島。
平安期には答志郷と呼ばれ近世には九鬼水軍の将 嘉隆が、
関ヶ原の戦いに敗れ自刃した場所です。
ここにはその胴と首が別々に葬られています。
和具漁港を見ながら集落へ入りますが、
すぐに案内板で胴塚へ。
狭い路地を入るとある祠と石碑群、
広場の奥には嘉隆が自刃した「洞泉庵跡」があります。
広場を挟んだ前にある血洗い池、
嘉隆が切腹した時に使用した刀を洗ったといわれます。
そして胴塚、
九鬼親子が分かれて戦った関ヶ原の戦い。
西軍について敗れた嘉隆がここで自刃したあと、
その子守隆が建てたものを嘉隆の孫が再建したそうです。
その首は検分のため持ち去られ、後に胴(胸部)と離れて
築上(つかげ)山頂に建てられ・・・と。
ここから首塚へ道が延びています。
行きます、これからが築上山遊歩道です。
入ってすぐは少し荒れていましたが、
登るにつれて遊歩道らしくなってきました。
こちらの遊歩道にもやはり海の見える展望台があります。
まずは見晴らし台ですが・・・。
見えるのは答志の東側、八幡神社に架かる赤い橋です。
戻ります。
こちらは首塚に向かう途中から見える和具港です。
細かいアップダウンの遊歩道は続きますが、
ここが最後の登り、登りきった小さな広場にある首塚です。
何の木か知らねども・・・塚の中にどっしりと、
その傍にある小さな塚碑。
胴塚からこんなに離れたところになぜ首塚を?と思えど、
胴と首を結ぶのはこの遊歩道・・・。
東に開ける景色は抜群!海は広いな大きいな~~♪
鳥羽に向かうのは伊勢湾フェリー。
暫しの休養をとって戻ります。
戻る途中から見る和具の町、右から左へ眺める景色。
答志も和具も遊歩道から眺める景色は予想外^^でした。
遊歩道、途中から別の道へと下りましたが、
登り口はどうやら3ケ所あるようです。
戻った和具の港、
市営定期船乗り場から歩いた遊歩道のある築上園地です。
”水軍の将 九鬼嘉隆が眠る島、歴史が息づき、
また新しくはワカメづくり風景が「かおり百選」に選ばれるなど、
新しい島の魅力も生まれはじめている・・・ ”
そんな答志島のふたつの遊歩道散策でした。
” 離島で心の深呼吸 ”
ただいま鳥羽市の離島キャンペーン実施中!^^
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この島
訪れた事が無いのですけど
面白そうな風景が広がっていそうです
離島の旅
好々爺さんの写真を拝見していたら
見に行ってみたくなりました
投稿: 雪だるま | 2009年11月 6日 (金) 06時18分
老婆心ながら好好爺さんの体力が気になりますが
御木本真珠島の目の前にある最後の離島(坂手島)にも
立寄られては如何でしょうか ?
ただいま鳥羽市の離島キャンペーン実施中!^^
キャンペーンは答志島に40名程の美男美女が集い
12月2日の夜にはいよいよクライマックスを迎えます(o^-^o)
投稿: 茶太郎 | 2009年11月 6日 (金) 13時23分
雪だるまさん
鳥羽市の訪れた離島、それぞれに楽しめる島です。
坂手はまだ訪れていませんがこの島も近く訪ねようかと。
ただ、島内の交通手段はすべて歩きで少々上り下りが難ですが。
離島の風景もいいかもしれません。
茶太郎さん
お気遣いありがとうございます。
最後の離島、
クライマックスのために残してあります。
答志島に40名もの美男美女!
その日はさぞ島が賑やかでしょうな~^^
万端整えて坂手から答志へ離島を駈けますか(笑)
投稿: 好好爺 | 2009年11月 6日 (金) 18時42分
コメント遅れました。(><);
以前 NHKの日本紀行かなにかで 答志島の寝屋子のことを知りました。
面白い 伝統で 感心しながら 興味深く記憶に 残っています。
是非 一度 訪ねてみたいです。
二日間の 詳しい 答志島 ありがたく 感謝感激です。
投稿: | 2009年11月12日 (木) 23時13分
寝屋子の風習が残る答志と、
水軍の将九鬼嘉隆が眠る和具。
ここにはまた古墳が点在します。
ふたつの集落を結ぶように遊歩道が
整備されているのがいいですね。
観光化されていませんが良き島です。
投稿: 好好爺 | 2009年11月13日 (金) 15時38分