中山道・醒井宿
季節になると訪れる醒ヶ井ですが、
ここはまた中山道61番目の宿場でもあります。
宿場の中心部はほとんどが梅花藻を見る通りですが、
この日は醒ヶ井の中山道を散策してみました。
地蔵川の水源地「居醒の清水」から東に200mほど行くと
中山道「鶯の端跡」があります。
その坂を少し上ったところからの眺めです。
柏原宿から来た旧道は国道21号線から離れて醒ヶ井に
入ってきます。
その最後の坂を上がるとあるのが「佛心水」の井戸、
ここから西に1キロほどの中山道を歩きました。
中山道の馬頭観音近くにあり、
旅人の喉を潤し旅の安全を祈願したという「佛心水」、
そして坂を下って行くと途中にあるのが「鶯の端跡」。
” ここからは西方の眺めがよく、はるか山間には京都の
空が望めたという・・・ ”とありますが今は何も見えません。
で、冒頭の写真です。
この「鶯の端跡」の先が醒ヶ井宿の「東の見附跡」。
道はここで右に、左にと折れる枡形ですが、
その角にある「中山道分間延絵図・醒ヶ井宿部」です。
絵図には枡形から居醒の清水、宿の町並みが描かれています。
枡形を曲がって来ると醒井宿、その中心部に入ります。
ここから道はカラー舗装になります。
加茂神社の境内から見る醒ヶ井と居醒の清水、
横から撮っています。
絵図に描かれている町並みです。
地蔵川の川沿いには時期でしょうか?緑が多いです。
そして宿場ではお馴染みの本陣跡と問屋場。
特に問屋場前は梅花藻の観賞ポイントになる資料館です・・・^^
江戸時代の問屋場の建物が現存している貴重なもの。
チョッと寄り道は「了徳寺の御葉附銀杏」です。
露地を少し入ったところにあるお寺の境内、
見事な大銀杏の木です。
葉が付いたままの銀杏・・・国指定天然記念物です。
街道に戻ります。
中心部の最後は「十王水」、
そして醒ヶ井大橋を渡って中山道は左に行きます。
すぐ先にある「西行水」
「居醒の清水」、「十王水」、「西行水」。
醒ヶ井には七湧水と名付けられた湧水がありますが、
そのうちの醒ヶ井三水です。
ここはまた「胞子塚」が建てられており、
西行法師に因む伝説のある場所でもあります。
名神高速の傍を行くと道はT字路になりますが角に立つ石柱、
次の番場宿へ一里とあります。
この辺りが醒ヶ井宿の西口になるのでしょうか?
醒ヶ井養鱒場への道を渡ると「六軒茶屋跡」、
” 享保9年(1724)醒ヶ井宿は大和郡山藩の飛地領となり、
藩主・柳沢候は彦根藩・枝折との境界を明示するため、
中山道の北側に同じ茶屋を6軒建てた・・・ ”とあります。
その一軒の茶屋があります(今でも土・日は現役とか・・・?)。
その中山道の北側・・・枝折。
かって彦根藩との境界であったのはこの辺り?枝折の交差点。
醒ヶ井宿を出た中山道はここで国道21号線に合流、
この先一里、次の番場宿へと向かいます。
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醒ヶ井は行ったことがあるので興味深く拝見しました。
その時は、梅花藻やコスモスばかり見ていましたが、
中山道として歩くとまた違いますね。
加茂神社や胞子塚は行きましたよ。
昔ながらの建物が並び、古い街道なのに、
すぐ裏側が高速道路なので、びっくりしましたが。
投稿: フデ | 2009年8月 8日 (土) 20時29分
フデさん
醒ヶ井はどうしても梅花藻になってしまいます^^
>中山道として歩くとまた違いますね。
古い建物も、神社や地蔵堂も旧街道だと思って歩くと
また違った見方もあるのかな~と思って載せたんですが。
そう感じていただければ嬉しいです。
高速道路!
加茂神社の手水舎の傍の防音壁には驚きました。
投稿: 好好爺 | 2009年8月 9日 (日) 18時40分