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2009年7月28日 (火)

元祖大須観音・羽島市

さすがに梅雨!動けぬもどかしさも”忙中閑あり”と・・・
いうのも冗談ですが、撮り溜めた写真の整理などしていて、
温存しておりました写真の復活です。

いつかは載せようと思っていました元祖「大須観音」。

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岐阜県羽島市桑原町大須にあります「北野山 真福寺」、
近くの大須交差点には「元祖大須観音」の看板があります。

Oosu002

旧名鉄竹鼻線の終着駅、大須駅の北側に位置する小さなお寺。

寛元の頃(1240年代)、土地の人たちによって尾張の国
長岡庄大須(現在地)に「中島観音堂」が建てられたのが始まり。

Oosu003

その百年後、対岸の真光寺に入った能信上人によって、
「北野山 真福寺」と号する真言宗の寺院が創立され「宝生院」と
改名されます。

Oosu004

その後幾多の変遷があり、
戦国の世の紛乱と木曽長良両川の水害によって寺は荒廃、
慶弔10年(1605)の大洪水で堂塔はすべて流失、
本尊と貴重な宝物、古文書だけを残すのみとなります。

Oosu0051

時代は移って慶長17年(1612)、
徳川家康は真福寺の由緒と貴重な蔵経があることを知り、
元和元年(1615)、自ら僧天海とともに真福寺に来て
その蔵経を見ると、名古屋城下に真福寺を移させます。

それが現在名古屋市にある「大須観音・(真福寺 宝生院)」です。

Oosu0052

移転したこの場所には村民が寺を建立し真福寺と称したが、
洪水によって幾度も場所が変わり現在に至っている。

以上はすべて境内の案内板から引用、
これ以上省略できないほどに要約したものです^^;

Oosu006

本尊は「聖観音立像」(市有形文化財)。

奥之院の前立であったもので、
徳川家康が真福寺を名古屋に移すときに信者の懇願により
残したものと伝えられるそうです。

Oosukannon_2

一度は載せようと思いながら埋もれていましたが
ようやく実現の「元祖大須観音」でした。

おまけです^^

Oosu007 
こちらは隣接する円空仏(不動明王坐像)がある「徳林寺」。

美濃新四国八十八ケ所の33番札所です。
因みに真福寺は34番札所になります。

岐阜県羽島市、近くには円空仏のあるお寺が点在しますが、
元祖大須観音・真福寺と円空ゆかりの寺「徳林寺」でした。

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