2025年2月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28  

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 阿下喜八幡祭・町練り | トップページ | 奥の細道懐古・最上川 »

2009年7月28日 (火)

元祖大須観音・羽島市

さすがに梅雨!動けぬもどかしさも”忙中閑あり”と・・・
いうのも冗談ですが、撮り溜めた写真の整理などしていて、
温存しておりました写真の復活です。

いつかは載せようと思っていました元祖「大須観音」。

Oosu001

岐阜県羽島市桑原町大須にあります「北野山 真福寺」、
近くの大須交差点には「元祖大須観音」の看板があります。

Oosu002

旧名鉄竹鼻線の終着駅、大須駅の北側に位置する小さなお寺。

寛元の頃(1240年代)、土地の人たちによって尾張の国
長岡庄大須(現在地)に「中島観音堂」が建てられたのが始まり。

Oosu003

その百年後、対岸の真光寺に入った能信上人によって、
「北野山 真福寺」と号する真言宗の寺院が創立され「宝生院」と
改名されます。

Oosu004

その後幾多の変遷があり、
戦国の世の紛乱と木曽長良両川の水害によって寺は荒廃、
慶弔10年(1605)の大洪水で堂塔はすべて流失、
本尊と貴重な宝物、古文書だけを残すのみとなります。

Oosu0051

時代は移って慶長17年(1612)、
徳川家康は真福寺の由緒と貴重な蔵経があることを知り、
元和元年(1615)、自ら僧天海とともに真福寺に来て
その蔵経を見ると、名古屋城下に真福寺を移させます。

それが現在名古屋市にある「大須観音・(真福寺 宝生院)」です。

Oosu0052

移転したこの場所には村民が寺を建立し真福寺と称したが、
洪水によって幾度も場所が変わり現在に至っている。

以上はすべて境内の案内板から引用、
これ以上省略できないほどに要約したものです^^;

Oosu006

本尊は「聖観音立像」(市有形文化財)。

奥之院の前立であったもので、
徳川家康が真福寺を名古屋に移すときに信者の懇願により
残したものと伝えられるそうです。

Oosukannon_2

一度は載せようと思いながら埋もれていましたが
ようやく実現の「元祖大須観音」でした。

おまけです^^

Oosu007 
こちらは隣接する円空仏(不動明王坐像)がある「徳林寺」。

美濃新四国八十八ケ所の33番札所です。
因みに真福寺は34番札所になります。

岐阜県羽島市、近くには円空仏のあるお寺が点在しますが、
元祖大須観音・真福寺と円空ゆかりの寺「徳林寺」でした。

« 阿下喜八幡祭・町練り | トップページ | 奥の細道懐古・最上川 »

お出かけ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 元祖大須観音・羽島市:

« 阿下喜八幡祭・町練り | トップページ | 奥の細道懐古・最上川 »