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2008年12月31日 (水)

大晦日

今年も残すところ数時間になりました。

気の向くままに各地を飛び歩きました”ぶらり旅”ですが、
この1年間も無事に終えました。
そして気持ちはモォ~すでに新年に向かっております。

今年最後の写真は、
これも大晦日の恒例になりました内宮の宇治橋です。

Ujibasi_2

  今年も1年”ぶらり旅”をご覧いただきありがとうございました。
 

2008年12月30日 (火)

伊勢神宮・内宮

早いもんですねぇ~、今年も恒例の伊勢神宮・内宮へ。
今年1年の無事を感謝してのお礼参りでした。

内宮も今年は宇治橋の建て替えでいつもとは違います。
そのためではないんでしょうが今年はかなりの人出でした。
その仮橋です。

Ise001

午前11時、ご覧のとおりです。
いつものように宇治橋を渡ります・・・そしてお馴染の光景で、

Ise002

今年はビニールがかぶされていましたが、
何年経っても同じ写真を載せて恐縮です。^^;

Ise003

今年は少し趣向を変えてと思ったんですが、せめて二の鳥居を。

いつものように参拝をして戻りましたが、
なぜか正宮はスムースでした。

そして帰りの仮橋ですが・・・今度は渡れました。
日中のみ帰り道として渡れるようです。

Ise004
Ise005

2月1日には宇治橋の渡り納めがありその後取り壊されます。

Ise006

新しく架け替えられるまで参拝者はこの仮橋を渡ります。
新しい宇治橋架橋まで、さて何度この橋を渡りますか?

参拝を済ませていつものように迎春準備の買物でした。

食品、注連縄など買い求めていつもの”ぎゅうとら”ですが、
30日はやはり伊勢から抜けきれません。^^;

これから戻って我家の迎春準備が始まります・・・、
これも恒例になりました。

2008年12月29日 (月)

ジャンボ干支奉納

毎年恒例のジャンボ干支が奉納されるという、
津市美里町家所にある辰水神社(たつみずじんじゃ)です。

私的には初めてでしたが県内外で知られているとか・・・。><

Misato001
これが今年のジャンボ干支・ウシです。

地元の地域活性化のために有志で始められたのが、
今では「ふるさと愛好会」の方たちが引継いで今年で24作目。

ひと月近くにわたって制作されたというこのジャンボ干支が
「村社・辰水神社」に奉納されます。

Misato002

ウシ引きです。
制作に係わった愛好会の人たち、地元の方たち、子供たちが
神社まで1.5キロほどの道を引いていきます。

 Misato0031 Misato0032
その様子ですが、いろんな角度からウシをご覧ください。

 Misato0033 Misato0034

体長4m、高さ2.5m、重さ約180キロだそうですが、
その親牛の下には1mほどの子ウシが2頭います。

Misato004 
Misato005
県道から集落の道に入ります、神社まであと200m。

そして神社に着きました。

Misato006_2

ここで引かれてきた台車が外され、
鳥居前に作られた台座に置かれます。

その役目は地区の少年野球リトルリーグの少年たち、

 Misato0071 Misato0072_2 
担ぎ上げたらあっという間に台座に載せられました。

奉納される今年のジャンボ干支です。

Misato0081

このあと神事があります。

         Misato009
宮司さんのお祓いを受けたあと、
関係者の方が玉串をささげて無事に神事が済みました。

皆さんがジャンボ干支の”潜門”をくぐって本殿に参拝です。

Misato010 

関係ないんですが後に続きます。^^;

Pict0084
鳥居をくぐり、長い石段の参道を上ります。

Misato011
小高い山の上にある拝殿です。

ジャンボ干支の辰水神社。
ウシの置物は2月11日まで置かれて人々を迎えるそうです。

2008年12月28日 (日)

名古屋の飯田街道

雪の便りを続けて載せたため少し古くなりますが、
久しぶりに街道歩きで「名古屋の飯田街道」です。 camera 12月25日

かっての名古屋城下の中心、本町筋の「札の辻」。
以前に美濃街道で紹介した本町通と伝馬町通の交差点ですが、
ここから道は東に向かい、東桜で東南に向きを変えます。

新栄町からあとは吹上を通りほぼ一直線に川名、八事、植田を
通って平針に出ます。

Kaido001

地下鉄「吹上駅」出口の飯田街道、ここから東南に向かいます。

伊勢湾で採れる塩を足助を中継して信州へ運ぶ「塩の道」として、
また「中馬街道」として知られる道です。



 Kaido0021 Kaido0022
途中の川名にある「川原神社」です。
年越し準備と?迎春準備?の大掃除が行なわれていましたが、
今年も残り少なくなりました。

この街道筋、見所といえば神社仏閣しかありません!

八事に入ると、ここには有名な「八事興正寺」。

Kaido0031
広大な森が広がる境内ですが、その総門です。

その先が中門と五重塔。

Kaidou0034
          Kaido0032

境内にはいくつもの散策路がありますが、

Kaido0033
この日は不動堂(左)と奥の院を見て街道に戻ります。
雨模様の中、この後のことを考え先を急ぎました。

八事交差点を斜めに入る細い旧道を塩釜坂に入ります。
ここでまた「塩釜神社」に 途中寄りでした。

Kaido004_2

安産の神様ですが、御幸山の強烈な坂道の途中に鎮座、
小さな境内ですが綺麗な神社です。

急坂を下ると塩釜口。
手元の参考本はここで終りなんですが・・・、
たまたま見たミニ情報誌にこの続きがありました。

そのチョウ簡単な地図(というより記事)を頼りに先を行きます。

平針に入ると平針西口の交差点にある鉄製の祠の中に、
石仏の刻まれた「原の道標」があります。

Kaido005
石仏の左側に「左 みやいせ道」、
右側には「右 名古屋道」とあります。
飯田街道と熱田・宮に向かう平針街道の分起点です。

ここから街道は岡崎に向う姫街道(平針街道)に入り、
飯田街道は少し先で北に向かいます。

ここでまた寄り道です。
直進してすぐ先を南に行きます。

Kaido0061
藤棚の続く参道を行きますとあります「秋葉山滋眼寺」。

 Kaido0062 Kaido007
本堂と傍らの堂(何堂?)にあった四角い太鼓です。

四角い太鼓というのも珍しかったんですが、
凄いご利益があると(何にでも利きます^^;)書いてありました。

街道に戻って北へ、日進市の赤池に入ります。

すでに名古屋の飯田街道は終わって道は更に北に向かい、
豊田、足助を通って飯田へと延びるんですが・・・、
この日は地下鉄「赤池駅」まででした。

2008年12月27日 (土)

雪の御在所岳

すっかり雪化粧した鈴鹿の山々を見ながら御在所岳へ。

そろそろ我が身も師走モードに入らないといけないんですが、
とにかく昨日の雪で気になっていた御在所岳です。

さすがに山の天気です!

Gozaisyo001
「御在所ロープウエイ」のHPの写真ではありませんが
ゴンドラからみる旅館街。

そしてこちらは6号鉄塔手前の様子です。

Gozaisyo002
小雪の中に霞むゴンドラです。

Gozaisyo003
その6号鉄塔です。
間近にくるまでその白い威容を確認できませんでした。^^;
通り過ぎて振り返っています。
どうやら山頂は???どうか風だけはないように・・・と、
祈る気持ちでしたが見事に雪が風に舞っていました。

    Gozaisyo0051 
朝陽台広場を富士見岩展望台に行く道です。

    Gozaisyo0052
雪はたいしたことがなかったんですが、
木の雪と降り積もった上の軽い雪が入り混じって巻きあがります。

写真はご覧のように撮れるんですが、
まぁ、ただの記録写真を撮っているようなもんです。

道は途中から雪が深くて行く手を阻まれます。

    Gozaisyo0061
朝陽台広場の奥、展望台前の広場ですがここで立ち往生でした。
登山装備で行ったんですが、この先は足が太ももまで埋ります。

引き返して遊歩道を山頂広場へ向かいました。

    Gozaisyo0062 
雪の御在所岳では定番(爺の^^;)の撮影ポイントです。

    Gozaisyo0063
朝陽台広場から裏道登山道9合目口までの遊歩道です。
遊歩道は除雪されていますが雪は残っていて要注意です。

Gozaisyo007
御在所名物の「氷ばく」は只今製作途上で未完成ですが、
形は出来上がってきています。

そして山頂へ向かう遊歩道ですが、

Gozaisyo008
スキーの貸し出し小屋を回り込んだら真っ白!・・・、
誰も歩いた形跡なし、除雪もされていません。

ここから遊歩道のラッセルはしたくありません!
ここはいさぎよく撤退、山頂広場に戻りました。

Gozaisyo009

こどもたちは元気です!一緒のお父さんお母さんも若いわ。
雪遊びには天気は関係ありませんね。
御在所岳は三重県で唯一スキー場のあるところ、
開場は1月2日ですがこの雪はきっと恵みの雪になるでしょう。

2日連続で三重県菰野町から雪の便りでした。

2008年12月26日 (金)

雪景色!

今日は朝から雪が降って今年の初雪となりました。
たいした雪ではなく、陽も照りだしたのでこれ幸いと御在所岳の
雪景色を撮ろうと飛び出したんですが・・・。

菰野町に入ると猛烈な雪です!
さすが御在所岳の麓、半端じゃありません。

Komono001

国道477号線(鈴鹿スカイライン)の様子です。

Komono002
湯ノ山温泉街に向かう途中の三叉路なんですが、
この状態では山頂に行っても吹雪いて何も見えないだろうと、
この時点で山はあきらめました。

そのまま湯ノ山温泉駅への道を戻ります。

Komono003
Komono004

近鉄「湯ノ山温泉」駅前です。
山頂に行かなくても結構なもんじゃありませんか!
ついでにこちらも撮ってきました。

Komono005

別に電車が止まっているわけでもないんですが、
駅からの近鉄湯ノ山線です。

これだけ降れば山頂はしばらく雪が残るだろうと期待して、
ここはあらためて出直しです。

2008年12月25日 (木)

田丸城跡

松阪から斎宮に向かう途中に少し寄り道しました。
近くに居ながら行けなかった、遠くに居て行きたいと思いながら、
ようやく実現です。

三重県度会郡玉城町、伊勢本街道沿いにある田丸城跡、
そこには素晴らしい石垣の城跡がありました。

Tamaru001

本丸への入口の一つ、虎口(小口)です。
敵の侵入を阻むために道を屈曲させてあります。

    Tamaru002_2 

南北朝時代に北畠親房が築き、愛洲氏を城主とした城で,
当時は玉丸城と呼ばれ,城をめぐって攻防戦が展開された。

Tamaru003
本丸跡です。

天正3年(1575)北畠信雄が3層の天守閣をもつ堅固な城に改修し、
田丸城と改称した。

Tamaru004

天守閣跡の石組ですが、素晴らしい~ですね。

Tamaru005

しかし焼失し、関ケ原合戦のあと、稲葉道通が大修築を加えたが、
元和5年(1619)紀州藩領となる。

   Tamaru006
天守閣跡からの眺めです。

Tamaru007
二の丸跡。

Tamaru008

「西の丸」跡には「城山稲荷神社」があります。

Tamaru009

城跡は城山公園になっているが、石垣や、内堀が残っている。

まさにそのとおりで、
この文章は「おでかけガイド」のHPから引用させてもらいました。

城跡を一周してここが富士見門(長屋門)。です

Tamaru010

かって城内には八ケ所に門があったとされ、
この富士見門は三の丸から二の丸富士見台に向かう
門であったようです。

ちょうど一週を巡って来ました田丸城跡、
想像以上に大きく、見事な石垣にも驚かされた旧跡でした。

2008年12月24日 (水)

松阪市森林公園

三重県松阪市にある「松阪市森林公園」。
23日(祝)に行なわれたイベント、
”お正月まるごと準備会・家族餅つき”の様子です。

開始まで少し時間があったので展望台まで行きます。

Matusaka001

300段の階段を登るとご覧の眺めです。
松阪港方面の伊勢湾です。、
目の前の木々が邪魔をして素晴らしい景色とは行きませんが、
一応北は四日市から南は神島まで見えるそうです。

眺めを楽しんでイベント会場に。

Matusaka002
総合案内施設・食堂。
さすがに今日は人が多いです。

有料の家族餅つき(ひと臼ついて持ち帰り)とは別に
〆縄作りが午前と午後にありました。

その様子です。

 Matusaka003 Matusaka004
すでに満員で座るところがありません!好評です。

こちらは写真を撮るだけなので、入口で立ったまま、
ちょうど足元に座られた森林組合の方の〆縄作りを
見ることができました。

 Matusaka0051_2 Matusaka005_2
やや細めの〆縄に切り下げをしっかりと巻き締めていきます。
最後は寄り藁で先を結び固定します。

Matusaka006 
あとは仕上げです。
〆縄の端を切って揃えます。

 Matusaka007_2 Matusaka008
あとは切り下げの裾を切り揃えて形を整え出来上がりです。

簡単に作ってみえましたが・・・これが難しいようで、
周りの参加者から質問攻めにあってみえました。

さて、次は餅つきです。

 Matusaka009 Matusaka010

まずはその餅つき、
やはりつき手と返し手の呼吸の妙に見とれてしまいました。

Matusaka011 
Matusaka012
Matusaka013 Matusaka014
餅が、つきあがってくるにつれて、
返し手のお母さんがつき手の懐の中に入り込んで、
餅を丸め込むように手の動きも早くなります。

初めて見る餅つきではないんですが、
やはりベテランのこの呼吸は凄いですね~。
この方たちは素人の方にも見事な返し手の技?で
合わされていました。

Matusaka015

つきあがったお餅はのし餅や鏡餅にされて餅をつかれた方に
渡されます。

午後からは餅まきもあって盛り上がるんでしょうが、
〆縄作りと餅つきを見て次の目的地に向かいました。

2008年12月23日 (火)

追儺のまつり

今年もいろんなまつりを見てきましたが、
最後を飾るまつりは「追儺(ついな)のまつり」でした。

三重県明和町「斎宮いつきのみや歴史体験館」であった
「追儺のまつり」、
初めて知りましたが今回は第10回目だそうです。

「追儺」。
平安時代の宮中で行なわれていた大晦日の行事だそうで。

Tuina001 

古代の儺(な)のまつりでは、陰陽師が”鬼”を追い払う祭文を読み、
方相氏が楯と矛を打ち鳴らしながら侲子(しんし)を従い、
貴族たちが桃の木の弓で矢を射て、見えない鬼を追い出す・・・。

  Tuina003 Tuina004

その儀式がここ「いつきのみや歴史体験館で」再現されていました。

Tuina005

儀式の後の練り歩きです。

 Tuina006 Tuina007

陰陽師、方相氏、侲子と共に、いつきのみや歴史体験館から
斎宮跡ロマン広場まで練り歩きます。

Tuina008 
Tuina009

大晦日の宮中の夜の行事を昼間に再現です。
このお練がこのまつりのハイライトでしょうかね。

Tuina010

練り歩きが終って陰陽師、他の皆さんもホッと一息ですかね?

Tuina011

そして最後は「けじめの弓矢」として、
簡単な弓矢で畑に立てられた鬼の的を射ます。

Tuina012

これが結構難しいようで・・・皆さん四苦八苦でした!

Tuina013

第10回 「追儺のまつり」。

ここ、「いつきのみや歴史体験館」で生まれた手作りのまつりです。
まだ10年?もう10年ですか?
さて、どちらが正しいか知れませんが・・・、
我が身には初めて知った貴重な手作りの”まつり”でした。

2008年12月22日 (月)

冬の風物詩2つ

昨日は雨の予想で出かける予定もなかったんですが、
朝から気持ちのいい日になって(すぐに曇りましたが^^;)
急遽、近鉄が毎週開催しているハイキングに出かけました。

その名も「大矢知そうめん工場見学と中風封じの田村寺」。

その”大矢知そうめん工場”です。

Oyati001_2 

四日市市の朝明町にある大矢知、
ここの手延べそうめんは兵庫の揖保、奈良の三輪と並ぶ
素麺だと自分では思っています。

Oyati0012_3

こちらは屋内での乾燥。
麺がぶれているようにみえますが天井にある扇風機?の風で
細い麺が揺れています。

  Oyati0021
    Oyati0022

こうした機会がないと、とても工場見学なんて出来ないんですが、
今日はこのハイキングのための特別公開のようです。

これは見学できるだけでもうラッキーです。

0yqti003

農家の副業として始まった手延べそうめんだそうですが、
今は作られている家も20数軒とか・・・。

Oyati005
    Oyati006 
日差しのない屋外でしたがこれは見学者用にでしょうか?
「ハタゴ」と呼ばれる干し台につるされた天日干しの素麺です。

鈴鹿山脈から吹きおろす「鈴鹿おろし」、
その冷たい風が手延べそうめん作りに欠かせない一つだそうです。

初めて見るそうめん作りに感動して、次の目的地へと歩きます。

この日は冬至、そして”終い弘法”、
こちらは西富田にあります「田村寺」。

Tamuraji001 

ここではこの日が「納の大師」だそうで、
中風封じ祈祷会「かぼちゃ大師」と呼ばれ冬の風物詩とか。

Tamuraji002
Tamuraji0031 
いろんなかぼちゃがぶら下がり、置かれた飾り門柱のある境内。

Tamuraji0032

「冬至にかぼちゃを食べると中風にならない」という言い伝えに、
願いを込め大かぼちゃに触れて病気や悩みを封じ込める”という。

Tamuraji004

本堂では祈祷の真っ最中でした。
祈祷のあとは前にある大かぼちゃに触れて「かぼちゃぜんざい」が
振舞われます(もちろん祈祷を受けた方だけですよ!)。

Tamuraji005

「田村寺」では21、22日の期間中に多くの人たちが訪れて
祈祷を受けられるそうです。
この時間はまだ始まったばかりでした。

急遽参加したハイキングでしたが、
雨にも降られず冬の風物詩が二つも見れて、
実に有意義な一日になりました。      camera 12月21日

2008年12月21日 (日)

宇治市植物公園

今年も残すところ10日になりましたが、
遅まきながらの「宇治市植物公園」です。

公園名物「花と水のタペストリー」ではすでに始まっています
来年の干支「丑」の絵柄です。

Uji001

今回は第54作目だそうですが、
この時期は毎年翌年の干支が図案化されて人気です。

Uji002 

今年の絵柄は、学業の神様の天満宮には必ずいるという、
「撫で牛」を元にデザインしたそうです。

Uji003
その巾 62m、高さ 18m、使われているプランター 3675個。

絵柄の植物は、
ウシがハボタン(白はと)
絵馬がパンジー
ウシのツノがハボタン(紅はと)
文字がハボタン(ツグミ)、そして背景がボックスウッドだそうです。


この日はあまり入園者がいませんでしたが、
やはりこの時期となるとこの「花と水のタペストリー」ぐらいで、
園内屋外には見るものがありません。

まぁ、新年が近いということで縁起物の実もの葉ものでも。

Uji004
やはり多く見られるのはマンリョウです。
毎年咲いているところは一緒ですが・・・、
どうも出来の良し悪しがあるようで今年は実が少ない?ような。

Uji005
ヤブコウジ。
これも多いんですが・・・あえて一つだけを撮って見ました。

センリョウもありましたが実が付いていないのが一株だけ!

Uji006
ありふれたナンテンです。

Uji007
そして、正月といえばハボタンですね?

それにしても見るものが少ない時期です、どうしようもありません。
いつものように園内を歩き回ります。

Uji008
昨年も載せましたが「スイショウ」の木と落葉です。
今年は角度を変えてみました。

そしてここで見られる三種の桜、今年も健在でした。

  Uji009jyugatu 
     Uji010fuyu
上はジュウガツサクラ(十月桜)で、淡い紅から白色の八重。
下は冬桜ですが、群馬県鬼石町の桜山公園では
「三波川の冬桜」として天然記念物に指定されているそうです。

そしてもう一種類、
         
    Uji011kobuku 
「子福桜」です。
名前のとうりこの桜は一度見たら忘れません。^^;

桜の三種、何種類かを一度に見れるのはやはり植物園ですね。

Uji015

この干支シリーズは十一月中旬から始まっています。

今年は行くのが一週間遅れましたが、
紅葉の季節を狙って行けばまた違った公園を楽しめそうです。

2008年12月20日 (土)

パルケエスパーニヤ

志摩マリンランドの次は志摩スペイン村のテーマパーク
「パルケエスパーニヤ」でした。

まさかここに一人で来るとは思ってもいませんでしたが・・・、
孫たちと来て以来です。

Spain001

目的はフラメンコショーの「フラメンコ・フラメンコ」でした。

結論から言いますとショーは見たんですが撮影禁止で、
載せる写真が何もありません。

しかしこのフラメンコショー、
スペインフラメンコ界のホープ、ホセ・バリオスが演出・構成した
本格的なショーと謳っています。

わずか30分でしたが素人が見ても素晴らしいものでした。

と、これで終ったら何とも締まらない話ですが・・・、
ショーまでの間に歩いた園内の施設から「ハビエル城博物館」です。

Spain002 

「パルケエスパーニヤ」には何度か訪れていますが、
こんなに人が少なく、そしてゆっくりと園内の施設を見るのは
今回が初めてでした。

Spain003

第一章「採取狩猟民の世界」から始まりますが、
こちらは「アルタミラ洞窟の壁画」。
入口の先にその洞窟の一部が実物大レプリカで展示されています。

Spain004
椅子に座って上を見ろということで・・・、
合計16種の牛や馬がさまざまな姿で描かれています。
分かりますか???

この後も第二章「農耕の時代」からその変遷が続きます。

Spain0051_2
こちらはローマの水道橋(現在のセゴビヤ市)。

Spain005 
ミュージアムシアター「プラド美術館」。

そして途中の息抜き「展望台」から見る「伊雑ノ浦」、

Spain006

館内に戻って先を行くと入口の奥にあった「ドンキホーテ」の
フロアーに出ました。

Spain007

さらに一階のフロアーを回り込みます。
「装いの部屋」、「工芸の部屋」を回って最後はここ、

Spain008
ミュージアムギャラリー「ムセオ ハビエル」でした。

次の「太陽の洞窟」への通路は城壁のなかを行く感じです。

Spain010

正面の門を入ります。

  Spain011
     Spain012

入ってすぐにこのイルミネーションに迎えられました。
もちろん以前にも見ているんですが・・・、
これだけゆっくりと見ながら撮影するのは初めてです。


そして最北部にありますアドベンチャーラグーンです。

Spain013

人の居ないのもいいですが・・・、
やはりアトラクションゾーンです、何か少し寂しい気がしますね~。

ここからフラメンコショーの行なわれるカルメンホールには
サンタクルス通りを行くんですが、
チョッと寄り道で「クエントスの森」を通ります。

Kuentos_2

スペイン童話の散歩道という森の中の散策路ですが、
随所に童話をイメージした工夫が凝らされています。
数箇所では童話の一部が聞けてその舞台が造られています。

志摩スペイン村の「パルケエスパーニヤ」、
ご存知の方も多いと思いますが、
見方によってはまた違うテーマパークを体験できるところでした。
 

2008年12月19日 (金)

志摩マリンランド

今年もまたやって来ました!
賢島にある志摩マリンランドで始まりました
「新春特別展 新年丑年・海のウシ」です。

年末から始まる志摩マリンランドの恒例の企画展ですが、
あたらしく大阪海遊館から来たキングペンギンが迎えてくれます。

Marin001
Marin0011

入口のこの場所はいつも人気のところですが、
この日はちょうど餌付けの時間に重なりラッキー!

ところで本題の企画展です。

Marin002

昨年見てから楽しみな企画展で今年はどんなんかな?と期待。

内容は中国名で「牛」の字が入る「牛目鯛」だとか、
英名の「COWfish(ハコフグ)」、ウミウシの仲間などと楽しいんですが、
今年は個人的にはこれだ!と思うのがありません。

そのなかから一枚だけこちらを、

Marin003

これが何に属したか、写真に撮っていなかったというお粗末ですが、
多分「COWfish」ではなかったかと。
頭の角がウシのツノに?後ろの角が足なんですかねぇ?
可愛いくて黄色いふぐですが、初めて見ました。

ということで、今回はマリンランドの一般的なものでスルーです。

Marin004
Marin005
ちょうど始まった海女さんによるメイン水槽での餌付けです。

この日は時間的にか餌付けにハマりました。
回流する水槽のなかで魚に餌付けする海女さん!
凄いですね~!すぐ感動してしまいます。^^;

Marin006 
潜りながら丸い水槽のなかを移動して餌付けをしていきます。

Marin007
最後はバイバイ!と・・・手を振りながらのさよならでした。


で、もう一つの水槽のパホーマンスはこちら、

Marin0081
クラゲです。
かなりのボケですが・・・ブルージエリフィッシュ、

Marin008 

口腕が8本あることからタコクラゲの仲間だそうです。
クラゲもいろいろありますねぇ。

こちらはミズクラゲ。

Marin009

水槽のなかで身をくねらせて・・・なんだか怪しいまでの姿・・・、

    Marin010
このクラゲを見ているとそんな気がしてきます。

そして、カブトクラゲ。

Marin0111_2

限界のボケですがかえって光がにじみいい感じ・・・、ウソです^^;
写真は最悪でしたが、いや~これは美しかった~~~、

Marin011

日本近海で普通にみられる櫛クラゲの仲間だそうですが、
多数の櫛状の板が体表に8列に並び、
光に当たると虹色に反射するそうです。

「志摩マリンランド」。
今年の新春企画展は個人的には少し物足りなかったんですが、
初めてみたペンギンと海女さんによる餌付けも見れて・・・、
楽しいひとときでした。

2008年12月18日 (木)

人間国宝・江里佐代子展

三重県三重群菰野町のパラミラミュージアム。
開催中の「江里佐代子展~華麗なる截金(きりかね)の世界~」
に行って来ました。

残念ながら写真はこの「江里佐代子展」はすべて禁止です。

ポスターもままならず使いましたのがこの葉書です。
何とも厳しい撮影制限でしたが、


     Paramita001

しかしこれは初めて知りました・・・、凄い世界です!

こんな截金(きりかね)の世界を見たのはもちろん初めてですが、
なんといっても江里佐代子若くして人間国宝、素晴らしいものです。
(昨年フランスにて死去、享年62歳)。

言葉でしか表現できませんが・・・これがまた難しい。
会場で見た177点のその作品に思わず息きを飲みました。

繊細なその細工、ビデオを見ていて思わず頭が痛くなりましたが、
それほど巧妙な作業の作品が並びます。
ご主人は現在の仏師、その木彫りの仏像に施された截金も
凄いものでした。
じっくりとその作品を味わいながら写真を載せられないのが・・・。

で、話は変わりまして、
一階のエントランス部にありましたこちらの仏像。

Paramita006

長快作 長谷寺式十一面観音像(鎌倉時代)とあります。

         Paramita002
平成二十年、新たに発見された仏像、
それがこの十一面観音像。

説明文にはいろいろありますが、
快慶作の長谷寺本尊像と同御衣木の本尊縮尺像から、

         Pict0004
仏師快慶の高弟、長快の作だと。
なやら凄いもののようですが、ここは撮影ができました。
これだけでも垂涎のものです。

御在所岳の麓にある「パラミタミュージアム」。

截金(きりかね)の世界と、
発見された見事な観音像を堪能させてもらいました。

2008年12月17日 (水)

西国33観音霊場・長命寺

近江八幡にある「西国三十三ケ所観音霊場」の三十一番札所、
「姨綺耶山 (いきやさん)長命寺」。

以前に巡拝したときからから5年ぶりに訪れました。

Tyomei001_2
懐かしい808段の石段が迎えてくれます。

5年経つとさすがにこちらの衰えは分かるんですが、
この石段は何も変わっていません。
途中で息が上がって・・・年ですねぇ。

Tyomei002
途中にあります門?それとも鳥居?でしょうか。
山門はまだまだ上ですが、
ここには太郎坊大権現なるものもありますが?

ここまで来るとウオーミングアップになったのか少し楽になります。

ようやく山門が見えてきました。

Tyomei003
頑張って登っていきますと車で来る人たちの駐車場があります。

Tyomei004
その人たちはここからが石段の参道になります。

そして書院の横にある手水舎、
本堂は残りわずかな石段の上です。

Tyomei0051

石段を右に曲ると正面にあるのが三重塔(重文)。

          Tyomei0052 

ここを上がると左に護摩堂(重文)があります。

Tyomei0053

今度は石段を少し下りて本堂(重文)に。

Tyomei006 
正面の横を進み右に回り込みます。

Tyomei007 
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入母屋造、総檜皮葺の大建築 、
本尊は千手観音を中心に聖観音、十一面観音。

1800年ほど前、景行天皇時代に活躍した「武内宿禰」が、
この山で長寿を願ったところ、300歳以上の長寿を保ったと
いわれ、その後聖徳太子が延命長寿にあやかって長命寺と
名付けたとされているいるそうです。

Tyomei009
本堂横にある「護法権現社拝殿と渡廊下」。
長命寺の護法神として「武内宿禰」が祀られている層です。

その奥の高いところにあるのが鐘楼(重文)、

Tyomei010

とにかく大きくて立派、近くでは全景が撮れません^^;
重厚?な建物でこちらも入母屋造り、桧皮葺です。

鐘楼の場所から見た「長命寺」です。

Tyomei011

とにかく見どころの多いお寺です。
キツイ石段を歩いてくる価値があります。(もちろん車でもです)。

巡拝のときは残りがあと二つだったこともあってか、
何か特別な気持ちで参拝し、拝観した記憶があるんですが、
こうしてあらためて訪れると懐かしく感じました。

2008年12月16日 (火)

村雲御所 瑞龍寺門跡

近江八幡には何度も訪れながら立寄っていなかった場所、
それが八幡城跡のある八幡山でした。

迷った結果、付けたのがこのタイトルでしたが・・・。

Hatiman001
標高271.9mの山頂にはロープウエーでわずか4分。
上がるにつれて眼下に市の中心部が広がっています。

Hatiman002

ロープウエーを下りるとまず通るのがこの「おねがい地蔵」、
その先で「瑞龍寺」への登山道と周遊歩道に分岐します。

とりあえず時計回りに周遊歩道を行きました。

   Hatiman003 

まず目に飛び込んできたのが「西ノ丸跡」からの琵琶湖、
そして霞んでいますが奥に比良山系です。

この景色に見とれて、
うっかりと「出丸跡(斜め後ろに行く)を見逃しました。

ここから順路の指標に従い「北の丸跡」へと行きます。

Hatiman004
各所に残る 石積みがかっての八幡城を偲ばせます。

そして北の丸跡からの眺め、

   Hatiman005 
正面に見える高い山が繖山(きぬがさやま)、
手前の小高い山が安土城跡で手前に西の湖です。

城跡を一周してきて「瑞龍寺」への石段を登ります。

 Hatiman006_2 Hatiman007
山門手前の門跡石柱と山門。

そして「村雲御所瑞龍寺」本堂です。

Hatiman008

”開山は高野山で自害させられた豊臣秀次の菩提を弔うため、
生母(秀吉の姉)の瑞龍院日秀尼(にっしゅうに)が文六5年
(1596)に京都の村雲に建てたことにはじまり、
昭和36年(1961)にこの八幡山に移築された。”そうです。

門跡を拝観しました。
「接見の間」を見て廊下を行くと石の庭があります。

Hatiman009 
廊下の軒には「日蓮聖人御一代絵巻」が40枚。
そしてその廊下の前の庭です。

Hatiman010
小石で書かれた妙法、よく分かるように並べます。

 Hatiman0101Hatiman0102

細かい説明は中央の説明にあるんですがそのタイトルだけを
みますと、”妙法とは即ち是れ心なり”
この場所は戦後瓦礫の山であったのを整備された・・・と。

そして「宮御殿 雲の間」、

Hatiman0103
京都時代は「貴賓の間」として使われていたとあります。

宮御殿、しっかりと拝観して戻ります。

境内を下りて売店のあるところが「二の丸跡」、

Hatiman013

天正13年(1585)、豊臣秀次によって築城され、
八幡山最長部に本丸をもうけた一大要塞だったという「八幡城」。
秀次は秀吉の後継者をめぐって自害させられます。

その秀次を菩提するために建てられた「村雲御所瑞龍寺門跡」が
その八幡城跡にありました。 

2008年12月15日 (月)

大紀町錦漁港

三重県度会郡大紀町にあります錦漁港です。

紀伊長島に近く磯釣り・筏釣りの拠点となっている港ですが、
この日は鳥羽に行くのに(12月8日)わざわざ錦から入りました。
新しく出来た錦トンネルのおかげで一気に錦まで走れます。

漁港を回りこんで「トロピカルガーデン」に駐車したんですが、
この日は月曜日でお休み、よくあることです。><

Minamiise0011

こんな施設があるのも知らず行って初めて知ったんですが、
やはり休みとなると気になるもんです。

それは別として錦漁港ですが、

Minamiise0012 
ご覧のように正面左手の港市場から海岸通りを
ぐる~と時計周りに回り込んで来ました。

Minamiise002
思っていたより大きな港ですが、
錦湾の最奥に位置しているため海の広さは感じません。

ここで水揚げされた魚の一部は42号線沿いにある
「山海の郷・紀勢」にも出されるとか。

ところでこの町の海岸通りの海に面してあるコンクリート壁、

Minamiise003
Minamiise004

確か「西海岸通り」、「東海岸通り」と名前が付いていたように
記憶しているんですが、
海側の壁にはびっしりと絵が描かれていました。

絵は錦地区の小・中学校の子供たちが書いたようで、
学校名、学年と名前があります。

Minamiise005
Minamiise006

路上駐車であまり動き回れず同じ絵が重なりましたが、
海岸通りはすべてこんな雰囲気でした。

殺風景な漁港のイメージがあったんですが、
こういった風景を見せられると嬉しいもんです。

この後は目的地の鳥羽へ向いましたがここは大紀町。

錦峠手前で「紀勢南島トンネル」を抜けると南伊勢町、
さらに下って行くと古和浦湾が見え始めます。

Minamiise007

「古和浦トンネル」手前にあるポケットパークから見た古和浦湾。

意外とトンネルが多く山間部を走る国道260号線、
ときおり現れる海の景色を楽しみながらのドライブでした。

2008年12月14日 (日)

浄瑠璃姫伝説を歩く

朝からの雨も上がり天気が回復、
連日の忘年会で残ったアルコールを抜こうと歩きに出ました。

何か目的がなくてはと、向ったのは愛知県の岡崎市です。
岡崎観光協会のおすすめコース、
歩く岡崎観光 文化百選めぐり「浄瑠璃姫伝説コース」
~矢作の里で出会った義経と浄瑠璃姫 悲しい恋の物語~です。

まずは名鉄東岡崎駅から東へ。

     Okazaki001_2
六所神社の参道入口にあります「高宮神社」。
この石碑の礎石は義経が姫の形見の麝香を埋めたとされる
麝香塚に使われていた石だと・・・。

この先の「六所神社」へは見事な松並木の参道を行きます。

Okazaki002
まぁ、凄い山門、拝殿も見事なものでしたが浄瑠璃姫には
関係なく安産の神様です。

この後は安心院、

Okazaki003 
義経が姫の菩提を弔うために建てたという
妙大寺が始まりといわれます。

そして成就院

 Okazaki004 Okazaki0041
ここも姫の菩提を弔うために創建されたという・・・
その姫の墓(右)は裏の墓所の中にありました。

この墓の裏?にあるのが「浄瑠璃ケ淵」です。

  Okazaki005_2 Okazaki006 
瑠璃姫が菅生川(乙川)のこのあたりで身を投げたという。

ところで浄瑠璃姫伝説、
源義経が奥州平泉に落延びる途中、
矢作の里に訪れ兼高長者の家に宿をとります。
聞こえてくる浄瑠璃姫の琴の音に思わず持っていた笛で
吹き合わせ・・・いつしか二人の間に愛が芽生えます。

                   Okazaki009
川を挟んだ対岸にある「本願寺三河別院」の本堂横のある碑、
姫が観月の宴に興じたところだとか。

ここからコースは旧東海道伝馬町通りへ、

Okazaki010
この通りは道の左右にこのようなオブジェが並びます。
有名な「岡崎城下七曲」の旧道です。

そして「浄瑠璃寺」、

Okazaki011
義経と浄瑠璃姫の画像が残されているそうですが、
それは見ることができませんでした。

Okazaki012
そして岡崎公園大手門の南側にある「浄瑠璃姫供養塔」です。
手前に大きな「初代 市川団蔵碑」があります。

浄瑠璃姫伝説、
二人の間に芽生えた愛、しかし義経は奥州に旅立たねばならず、
姫に形見として名笛「薄墨」を渡し矢作を去ります。
義経を思う心が日毎に募る姫は悲しみのあまり菅生川に身を
投じて短い人生を終えます。

Okazaki013

岡崎城天守閣、
この近くに浄瑠璃姫の幽居地があると・・・
だが探しても分かりませんでした。

ここから矢作橋へ、
橋の手前で再び東海道に合流します。

そしてそのまま旧道を行き最後は誓願寺、

         Okazaki014
旧道沿いにある十王堂、その前に建つ石塔です。
台石にあります文字、
”義経像 志やうる里ごぜん像 并く 石塔” と。

開いていた門から保育園の中へ・・・
遊具の傍にあった浄瑠璃姫の墓所です。

Okazaki015

姫の親である兼高長者は、身を投げた浄瑠璃姫をここに葬り、
十王堂を建てました。
また、義経と浄瑠璃姫の木像を作り、薄墨の笛、姫の鏡とともに
安置したとされているそうです。

以前、恵美さんの「酔うて候」で紹介された「浄瑠璃姫伝説」
いつかはと思いながら・・・遅まきながら歩いてきました。

2008年12月13日 (土)

羽豆岬と羽豆神社

知多半島の最南端、その突端にある羽豆岬。

国道247号線から師崎フェリー乗り場に入る交差点が羽豆岬、
そこから遊歩道を行ったところが岬なんですが、
その角に「羽豆神社」の鳥居が建っています。

Morozaki001

いつも素通りして行くところなんですが、
この日は時間もあり寄ってみました。

九十九の石段を登っていくと遊歩道に出ます。

Morozaki002

ここはウバメガシを主とした暖地性常緑樹林からなる社叢が
国の天然記念物、まさに常緑樹林です。

Morozaki003
少し先に展望台がありましたがここは「立入禁止」の札、
そしてこの左手にあったのがこれです。

Morozaki004
「羽豆崎城址」の碑です。

調べてみましたら、
南北朝のころ、熱田神宮の大宮司であった千秋氏が築いたと
いわれているそうで、南朝方であった”と、
”そして戦国時代には千秋季忠が入るが、桶狭間の戦いで
織田側に付いたため今川勢により討たれる”とあります。

神社を見に来て城址だったと知りました。
その神社、

Morozaki005_2
Morozaki006

二の鳥居?と境内でですが、
この鳥居の左手にも石段があり、フェリーの駐車場横に出ます。

そして境内、火除橋から先に参道があり奥に拝殿が見えました。

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鳥居をくぐると左右に摂社が並びます。

Morozaki008
この赤い社は「八幡社」。

そして拝殿です。

Morozaki009

由緒は分かりませんが、
ここは神社で調べてもやたら「羽豆崎城址」がヒットします。

境内に戻って突端の上にある展望所からの伊勢湾です。

Morozaki010
こちらが篠島、少し右に振ると神島も霞の中に見えました。

そして、

Morozaki011
日間賀島の旅館街?と行き交う船、
のんびり眺めていましたがこの景色は飽きませんねぇ。

Morozaki012

こちらは境内に咲いていたツバキです・・・、

時がたつのは早いもんで、
また、いえもうですかね?ツバキめぐりの季節です。

2008年12月12日 (金)

これが冬景色?

新聞の後追い記事になってしまいましたが菜の花です。

お馴染みの南知多町豊丘にあります観光農園{花ひろば」、
今日も見事な青空でしたが菜の花が満開でした。

    Tita0011 

時期をずらせて植えられているそうですが、
今、この畑には数万本が咲くという。

Tita002

つい前まではヒマワリが話題になっていたんですが・・・、
今回はもう菜の花です。

  Tita0031 
      Tita0032 

なんぼ観光農園とはいえ、ここにはいつも驚かされます。

気分的には年が明けてさぁ、春の便りを・・・と思うのが普通。
これだけ季節感がなくなるとどうにもなりません。

Tita0041
これはもうその名残のようなもんです。

さすがにヒマワリはアップには耐えられませんでしたが・・・。

Tita0042

この菜の花は食用で、
小さいビニール袋に詰めれるだけ摘み取れます。

Tita0051
    Tita0052   

この日は少し風がありましたが暖かい陽気でした。

Tita006 

しかし、さすがにこの時期に見る菜の花は珍しいが先に立ち、
春に見るような季節感はありません!

花はめぐる季節の中で見るのが一番よろしいようで・・・。^^;

2008年12月11日 (木)

小谷城跡・本丸跡まで

湖北町と長浜市にまたがる小谷山(495m)にある小谷城跡。

いつも走る365号線からの看板を見ながら、
一度は行ってみようと思っていました。
薄幸の?お市の方と3人の娘たちが住んだその居城。

Otani001
そんな思いの小谷城へ向かう道(大手道)がこれです。><
熊には勝てませんし道が荒れていて仕方なく車道を行きます。

Otani002
途中で合流する車道と大手道にある「望笙峠え」からの眺望、
正面に竹生島が見えるんですが・・・霞んでいます。

Otani003_2
車道の終点です。
駐車場はこの後ろに少しだけあります。

ここから地道になります。

Otani004 

すぐに番所跡、馬洗い池があり、

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こちらは首据石、
罪人の首を晒したというまぁ凄いモノもあります。

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そして100mほど下ると重臣・赤尾氏の屋敷跡への道があります。

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戦に敗れた長政がこの屋敷に入って自刃した、
小谷城一の聖域とありました。

道を戻ってさらに上ると・・・、

Otani009

「浅井氏及家臣供養の碑」がある「桜馬場」に出ました。

そして「小谷城跡之碑」があります。

Otani010 

この後ろが「大広間跡」、そして「本丸跡」です。

Otani011
Otani012
本丸跡の石垣ですが・・・、ここで大失態です。

本来の小谷城はこの横から中之丸、京極丸、小丸、山王丸と
行って終りなんですが、
その後も頂上(大嶽城跡)へと続くここから1.2キロの道。

水も無く、食べ物も無し、思わず戻ってしまいました。><
これはまたいつか再挑戦としておきます。

帰りは大手道を下りましたが・・・、この道はかなりの急坂です。

Otani013_2

途中の金吾丸・間柄峠から浅井町の眺めです。

滋賀県湖北町小谷城跡、
浅井長政と小市の方の悲劇を物語る唯一の場所、
それがここにありました。

2008年12月 9日 (火)

養老天命反転地

養老公園の中にあるアート空間?「養老天命反転地」。

ここの説明をするが難しくて記事にしなかったんですが、
ネタ切れで引っ張り出しました。

何を説明したらいいのか??自分で理解が出来ていません。^^;
とにかく栞やHPに書いてあることを繋いでいきます。

Yoro001
メインパビリオンはこの「極限で似るものの家」だそうですが、
岐阜県の形をした屋根と迷路状の建物で、
天井、地上、地下にそれぞれ家具が取り付けられています。

それを分割したものが「楕円形のフィールド」にあります。
と書かれていますが、この栞初めてしっかり読みました。><

Yoro0021
北海道の知床半島?羅臼あたりですかねぇ、
駆け上るとすり鉢状の公園?が下に?あります。

Yoro0022

とにかく平らなところがありません!
”起伏のある大地に迷路のようなオブジェが点在します。”
まさにそのとおりです。

Yoro003
このふちを歩いて途中から細い溝のような通路をぐる~と
半周ほど回って、

Yoro004
正面に見えるドームの先に出ます。
これが何なのかは分からないんですが?足元はでこぼこ、
戻ってきて底の方に下りますが滑り落ちそうなんです。

Yoro005
この中には大小さまざまな日本列島が配されているそうですが、
中央の赤い部分もその一部。

Yoro006 
こちらが中央部の底にあるオブジェ。
地面も傾斜しているんですがもちろん建物もです。
写真は正常に撮っています・・・と思っているんですが。^^;

Yoro071
西側にある「運動路」の横から見たところ。

ここから左方向(東側)に回り込みます。

Yoro0072
東側から見た正面が北海道(二枚目の写真)の部分になります。

これも栞からの引用です。
”この庭は、人間の持つ遠近感や平衡感覚を狂わせ、
新しい身体感覚を得られるように設計されています。”

「心のテーマパーク・養老天命反転地」とありますが、
いつもながらただ歩きまわるだけでした。

2008年12月 8日 (月)

手おりの里・金剛苑

愛荘町愛知川「びん細工手まり」の次は、
こちらも伝統工芸品、近江上布(おうみじょうふ)・秦荘紬です。

湖東三山「金剛輪寺」の近く、国道307号から宇曾川沿いを
西に少し入ったところにあります「手おりの里・金剛苑」。

”珍しい物に触れて見て下さい”ということで、絣の染め織り・
正藍染の技術伝承資料館として設けられた施設とあります。

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地味な施設のためか、
この日は土曜日でしたが見学者は私一人だけでした。
写真は施設の一つ「織物資料館」入口です。

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館内には昔の織物に関する器具や布地、着物などが
それぞれの分野で展示されています。

こちらは伝統的な民家をそのまま残した生活資料「金剛苑」。

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茅葺の見事な家屋で、往時の生活の様子が感じられます。

そしてその裏にある「染織工房」。
ここでは糸から織物が出来るまでの過程を見ることができます。

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こちらは織られている途中の「麻・タスペトリー」。

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こちらは「近江上布」の横絣(ヨコガスリ)、
横糸に染めが入って織られています。

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そしてこちらはシルク(絹)の縦絣(タテガスリ)、
縦糸に染めが入って織られています。

他にもタテ・ヨコ両方に染の入った糸での織り方もあるそうです。

そしてこれもまた凄い!

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ここだけに伝わる櫛押し捺染といわれる手法だそうですが、
見事なプロの技法です。

そして正藍染室。

          Kongouen0081
Kongouen0082

たった一人のためにもかかわらず、
わざわざ見せて頂きましたがこれが正藍染めの瓶です。

外の空気に触れて酸化すると藍色になる・・・
泡立つていると藍が生きているといわれていました。

初めて目にする、まさに貴重なものを見せていただきました。

Kongouen009

ここで散り紅葉を見るとは思いませんでしたが、
一人では何か違和感のある「金剛苑」でした・・・、

親切な工房の方により思いもかけぬ近江上布の作られる
過程を教えてもらいました。
ここはどうも見学より体験するのがお勧めのようです。          

         

2008年12月 7日 (日)

愛知川びんてまりの館

師走もはや一週間が経ち、紅葉もどうやら終りになって
急に冬の気配が感じられるようになってきました。

この日は久しぶりの近江へ出かけました。
滋賀県愛荘町の「愛知川びんてまりの館」で開かれている、
開館8周年記念「びんてまり展(12月21日まで)」です。

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会場のアプローチから”びんてまり”の入ったガラスケースが
並びます。

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愛知川のシンボル「びん細工手まり」。

古くから伝わる伝承工芸品だそうですが、
写真はその礎をつくった青木ひろさんが好んで作ったデザインで、
35年ぶりの復活だそうです。
(ガラスへの映り込みがあるため横から撮っています)。

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細かく根気のいる”びん手まり”作りも、
昭和40年代には青木さんがたった一人となり、昭和48年、
青木さんが他界された後に保存会が結成され現在200人の
会員の方により”びん細工手まり”が伝承されているそうです。

その「びんてまり展」の会場です。

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なんだかあの”ひな祭り”の会場を思い出しました。^^;

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それぞれに刺繍やびんの違った作品が並びます。

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綺麗です!
どれも似たようなデザインはありますが同じではありません。

その工作過程を聞きました。

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写真上にある竹筒に晒しを巻き付け和紙でくるみ、
下の写真のように毛糸とミシン糸で土台を作ります。

後は写真上の左隅にある黒いミシン糸で巻かれた土台に
金色の糸で地割をして刺繍をしていくそうです。

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最後は手まりの中のさらしをすべて抜き出し、
瓶に入れて綿を詰め蓋をかぶせて仕上げるそうです。

この過程は常設館のパネルに詳しくありました。^^;

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その常設館です。
愛知川びん細工ってまり、様々なびん細工、各地の手まりなどが
正ケースの中に並びます。

Aisyo012
こちらは青木ひろさんを教えた野田操さん(左)と、
青木さんの”びん細工手まり”です。

中山道六十五番の宿場町「愛知川」、
古い歴史と伝統工芸がいきづく町でもありました。

2008年12月 6日 (土)

定光寺

紅葉めぐりも終ろうかと思いながらこの日は散りもみじをと思い
愛知県瀬戸市の「定光寺」でした。

JR中央線「定光寺駅」から一山登るような急坂の車道を行くと
参道の「直入橋」です。

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尾張家二代藩主徳川光友の命により、承応2年(1653)に
架設されたという石橋を渡り、長~い石段を上ります。

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「臨済宗妙心寺派・定光寺」と書かれた山門。
紅葉も半分ほどが散ったという情報でしたが、
この辺りはまだ綺麗でした。

そして仏殿(無為殿)です。

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「応夢山 定光寺」。
建武3年(1336)覺源禅師の創建、本尊は「延命地蔵願王菩薩」。

この日の目的は境内の”散りもみじ”でしたが・・・、
実に綺麗に掃き清められていました。 ><;

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観音堂から経蔵への道、
散ったもみじなんか何もありません。^^;

Jyokoji006
まぁ、こんなところで我慢ですかねぇ~。

ここから展望台へ行きましたが見るところも無く引き返します。

Jyokoji0061
展望台から本堂手前の紅葉ですが、こんな感じです。

ここ定光寺にはもう一つの見どころ?があります。

本堂の右横から奥に行くとあります「源敬公廟」、
尾張藩祖徳川義直候の廟所です。

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入口からすぐに続く石段を行きます。

最初にあるのが「獅子の門」、

          Jyokoji007 
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くぐると参道は直角に左へ曲がります。

そして見えるのが「龍の門」、

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見事な築地塀に囲まれた御廟に入ります。

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正面に「焼香殿」と「右に「宝蔵」を配し、
回り込みますと廟所です。

Jyokoji010
十二段の石段の上に唐門が置かれ、石塔が建っています。

説明では、”この廟は、帰化明人陳元贇の設計によるものとされ、
当時としては珍しい儒教式の配置となっている。”とありました。

散りもみじを・・・と訪れた「定光寺」、

Jyokoji011

目的とは無縁の結果でしたがこれはこれで良し!
まだ紅葉の残る境内から参道石段を下りて戻ります。

因みにこの前には「定光寺公園」があり、
近くには東海自然歩道が整備されています。 camera 12月4日

2008年12月 5日 (金)

大和民俗公園・大和郡山市

紅葉めぐりが続いているんですが、
今回は少しため込んだネタのなかから紅葉もおりまぜて・・・。

「竜田公園」の紅葉を見た後、
途中寄りしたのが大和郡山にある「大和民俗公園」でした。

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”奈良県立「大和民族博物館」を中心に、
26.6haの広大な敷地のなかに、自然との共生の場「里山」と、
昔懐かしい江戸時代の民家15棟が
「町屋」「国中(奈良盆地)」
「宇陀・東山」「吉野」の4ブロックに分けて移築復元されています。”
とHPからの抜粋です。

その公園に移築された民家。

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こちらは国中集落(奈良盆地)から移築された民家です。
もちろん各家には「・・・家」の詳しい案内板があります。

ここでは奈良に伝わる日本の旧い民家の様式がよく分かり、
とても勉強になります。

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広い公園の一角ですが・・・、
散策路を行くと宇陀集落から東山集落の旧民家、

そして吉野集落へと続きます。

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この日は紅葉も綺麗でしたが、それは添え物でしかありません。

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見事な連子格子の民家です。

奈良県下から移築された古民家の数々は、
興味がある方にはまさに垂涎の家屋群だと思います。

古民家の展示はここまでで、ここからはまた違った散策路に・・・。

外周を行くも良し、
戻って雑木林のなかを行く散策路も良しと選べます。

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今は秋!載せないと思いながら、タイサンボクの黄色・・・、
ここにも黄葉、紅葉と彩りがあります。><

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こちらはメタセコイヤの紅葉です。

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とはいってもここの紅葉も綺麗でした!やはり少しだけ。^^;

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「大和民俗公園」。
その中心は「大和民俗博物館」ですが、
園内はサクラ、ツツジ、アジサイ、花菖蒲園、みんぱく梅林と、
四季折々の花々が楽しめる素晴らしい公園です。

2008年12月 4日 (木)

紅葉盛りの養老公園

こちらも「もみじまつり」は終っていましたが紅葉は見頃でした。

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岐阜県の養老公園です。
「養老の滝」と名水「菊水泉」で有名なところですが、
観光案内所は11月30日で閉まっていました。

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知っているからいいようなもんですがこれはちょっとどうでしょう?
来てくれている人が寄らずとも、
案内所は開けておくべきだと思いますがねぇ。

気分を変えて・・・、
滝までは途中から陽も射しこまず暗くて紅葉も映えませんが、
滝が見えると皆さんから歓声があがります!

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「養老の滝」。
伝説のある滝ですが、それは省かしていただいて・・・。

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最上部から戻る道の一つ、”帰り道”を戻ります。

一応小さいですが山間にある養老渓谷、
連続する紅葉の景色を撮るには小細工はなしです。

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帰り道も見事な紅葉でした。

そして滝と共に有名な名水です。

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「養老神社」本殿の横にある「菊水霊泉」。

チョッと写真がねぇ~、
奥の左右から湧水が流れて霊泉なんですが・・・何と砂地?に
見えてしまいました>< これは失敗です。^^;

この霊水が神社参道の石段の横で汲まれます。

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しかし、多くの観光客の方は滝道の往復で、
ここにはあまり関心が無いようです。

ということで紅葉に戻ります。

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この日は見事にタイミングが合って下から上まで続く紅葉、
その中を散策しました。

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何本もある散策路の紅葉、
何所を歩いても紅葉が途絶えることがありません。

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そんな紅葉のなか、過ぎ行く秋の舞台を堪能しました。

岐阜県養老町「養老公園」、
すでに終った「もみじまつり」の後でしたが・・・。   camera 12月3日
    

2008年12月 3日 (水)

竜田公園の紅葉・斑鳩

各地の紅葉情報も”落葉”が多くなり、散り紅葉へのタイミングも
難しくなってきて、紅葉めぐりもそろそろ終ろうかと思いつつ・・・。

この日は奈良県生駒郡斑鳩町にある「竜田公園」でした。

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”ちはやぶる 神代もきかず 竜田川  からくれなゐに 水くくるとは”
                            在平業平。

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さすがに水面は ”からくれなゐにみずくくる” とはいけませんが、
”もみじまつり”が終ったとはいえ公園のモミジもまだまだ見頃です。

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ただ、公園だけに紅葉は綺麗ですが迫力はイマイチ、
それを補って余りあるほど対岸のモミジがまた綺麗でした。

とりあえず公園の紅葉から・・・。

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急に思いついて来てみましたが結構広い公園で、
中心部は「竜田大橋」の南側ですが、
橋を挟んで南北に2キロほど遊歩道が整備されています。

さて、その中心部の対岸にある雑木林の紅葉です。

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小さな雑木林の中の大半がモミジの木です。
ということはモミジ林?^^;

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公園の木とは違ってさすがに迫力があります。
二つの違った紅葉を楽しめる・・・これは嬉しかったですねぇ。

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まぁ、見事なモミジの木でしたが、
陽の移ろいによってまさに見上げても、横からでも綺麗でした。

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「もみじまつり」は11月30日までのようでしたが、
見たかぎりまだまだ見頃ではないかと思います。

「竜田公園」、
ここも初めてでしたが楽しませてもらいました。  camera 12月2日

2008年12月 2日 (火)

祖父江イチョウ黄葉まつり

赤いモミジもいいもんですがこの日は黄色いイチョウでした。

愛知県稲沢市祖父江町、有名な銀杏の産地ですが、
開催中の「そぶえイチョウ黄葉まつり」です。

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まぁ、とにかく凄いイチョウの木です。
ときおり匂うあの臭い?匂い?も・・・たまりませんなぁ。

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まぁ、イチョウのまつりなんて思いもよりませんでしたが、
先に訪れた祖父江善光寺に貼られていたパンフで知り
この日を待っていました。

しかしこの町、尋常じゃないほどのイチョウの木です。

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何所を歩いてもイチョウです!

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鈴なり?の実です。

道路にも踏み潰された実がたくさんあって・・・、
木の下には凄い数です。

まぁ、やはり実は見るより食べることですなぁ。

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 一句、
 ”こぼれ実に 積もるイチョウの 葉に日差し ” 爺^^;

黄葉、紅葉?さて、あと如何ほどか?はや師走。 camera 11月30日

2008年12月 1日 (月)

春日原始林・南遊歩道

順序が逆になりましたが午前中に歩いた(camera11月29日)
「春日原始林・南遊歩道」です。     

交番のある入口に立つといつもは頭上に紅葉が広がるんですが、
この日はまだ色付いていませんでした、早いような感じです。

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そしてご覧のように黄色が多くなにやらいつもと違います。

初めは黄葉見物かと思いながらでしたが、
それでも登るにつれて紅葉も混じってきます。

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ここに来るまでの「五色の紅葉」辺りはまだまだだったんですが、

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上がるにつれて黄葉も綺麗になってきました。

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この辺りは綺麗でした。

    
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しかしこの日はなんだか黄色が目に付きました。

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この遊歩道はコーナー一杯に散る木々の落ち葉が綺麗で、
陽が当たるともみじの葉だけが浮かび上がります。

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北遊歩道ももそうですが、
特に南遊歩道は九十九折れの道を曲がるごとに、
次々と現れる紅葉が嬉しくて毎年ついつい来てしまいます。

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山のもみじには特に添えるアクセントもなく、
ついつい差し込む陽に遊んででしまいます。^^;

この後、柳生街道・滝坂の道と並行する辺りと、
地獄谷・新池辺りはほぼ終わっていました。

今年の「春日原始林遊歩道」、
南と北の遊歩道からまた違った紅葉を楽しみました。     

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