2021年10月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 赤目四十八滝・’08秋 | トップページ | 霧島神宮・霧島市 »

2008年11月27日 (木)

知覧・南九州市

ちょっとばかり見たいところがあって南九州へ行っておりました。
今回の目的は2ヶ所、その一つが知覧でした。

知覧!どうしても来たかったところ、2日目に訪れました。

Chiran001
アプローチの広場に立つ特効像「とこしえに」と、
その像をまるで見守るように立つ母の像”やすらかに”です。

石碑に刻まれた言葉からその一部を抜粋します。

 「とこしえに」像、
”・・・み霊のとこしえに安らかならんことを祈りつゝ りりしい姿を
   永久に伝えたい心をこめて あゝ 開聞の南に消えた勇士よ ”

 「やすらかに」像、
”・・・とこしえに母と共に安らかに 母の温かいみ胸で 
   御霊の安らかならんことを 世界・平和を祈念して ”

共に”とこしえに”と”安らかならんことを”が刻まれていました・・・、
思いは一つ、ですね。

観音堂の参道?を行きますと、

Chiran0022 
「特攻平和観音堂」
横に再現された「三角兵舎(特攻隊員の宿舎)」の中を抜けて、
戦闘機の展示されている展示室を見ながら道を回り込みます。

Chiran002
「知覧特攻平和会館」です。

館内順路はいきなり若き特攻隊員の英霊コーナーでした。
第一次総攻撃から第九次、それ以降の遺影がびっしりと貼られ、
下には隊員の遺書や絶筆などが並びます。

館内は撮影禁止、もちろん撮る気などありません。
こういうのほんとに弱いんです、><
もう目がうるうるで・・・鼻をすすりながらの見学です。

館内は他に歴史資料室、戦闘機展示室など・・・、
映像コーナーもありましたが、詳しい説明は省きます。


気持ちを切り替えてこのあとは知覧の散策でした。
ここは薩摩の小京都?見どころは「武家屋敷とその庭園」です。

町の中心部に約700mほどの「武家屋敷群」があります。

Chiran003
7つの屋敷で現在のお住まいとは別に庭園が開放されています。

なかからいくつか紹介します。

    Chiran0041
    西郷恵一郎氏庭園

Chiran005
屋敷を出たところの見事な区割り(本場場通り)です。

そしてこれはちょうど中間部にあった「二ツ家」の家。

Chiran006
Chiran007_2
「二ツ家」
主屋(おもて)と付属屋(なかえ)を小さな棟でつないだ
知覧独特の民家の造りだそうです。
ちょっと彩を添えてみました^^;

庭園見学に戻ります。

    Chiran0081
    佐多美舟氏庭園
    寛延4年(1751)に造られたそうで、
    知覧庭園では最も豪華で広いそうです。

    Chiran0091
    森重堅氏庭園
    唯一の池泉式庭園でした。    


武家屋敷と庭園を見て駐車場に戻ります。

Chiran010

戻る県道沿いには鯉の泳ぐ清流溝が続きます。

          Chiran011_2
          綺麗な清流の水路です。

薩摩藩が領内に造った113の外城の一つ、
260余年もの歳月を経て歴史の息吹を今に伝えるという・・・。

特攻の基地「知覧」と、江戸時代の薩藩「知覧」、
まったく違った2つの知覧を見せてもらいました。

« 赤目四十八滝・’08秋 | トップページ | 霧島神宮・霧島市 »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

江戸時代の薩藩「知覧」だからこそ、特攻の基地「知覧」となったのでしょうけど、
この地名を聞いただけでウルウルしちゃいます TT 。
はぁ~~~。
とこしえに安らかならんことを、いつの時代も忘れないように「知覧」があるのですね。

恵美さん
行きたかったところで必死にこらえて泣いてきました。

涙は隠せても鼻だけはねぇ、どうにもなりません。
しかし凄いところです。
>いつの時代も忘れないように知覧」がある
そうですねぇ、ほんとにそう思いました。
ここにあるすべてが現実にあったことと思うと
何かむなしさも感じましたが・・・。
行って良かったとあらためて感じています。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 知覧・南九州市:

« 赤目四十八滝・’08秋 | トップページ | 霧島神宮・霧島市 »