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2008年10月 5日 (日)

伊富貴山観音護国寺

米原市朝日の八幡神社で今日行なわれる予定だった
「朝日豊年太鼓踊り」、雨の中を出かけましたが中止です。

確認して行ったんですが、その時は場所を変えてあるとの事でした。

Asahi1

その八幡神社です。
地元と観光協会の連絡不備でしょうか?
テレビクルーも来ていて中止を教えてもらいました。

まぁこれだけは止むを得ません!
仕方なく朝日郷散策と車を廻しましたら何か曰くのありそうな・・・。

Asahi2
Asahi3

惣門と先に続く参道です。

案内板には 近江西国12番「観音寺・・・
伊富貴山観音護国寺(いぶきやまかんのんごこくじ)といい、
伊吹山四大護国寺のと一つとして伊吹山中にあったものを
正元年間(1259-1260)に現在地に移築されたそうです。

Asahi4

参道を行きますと左手に「玉泉院」。

すぐ先の右手に本坊があります。

Asahi5

本坊先からは階段が続き・・・上りきると、

Asahi6
Asahi8

右手にある鐘楼。

そして正面には正徳5年(1715)に再建されたという
本堂(国重文)がありました。

Asahi11

”もとは法相宗(ほっそうしゅう)に属していましたが、
弘和(永徳)3年(1383)に天台宗に改めました・・・”とあります。

本尊は行基作の十一面観音像(国重文)。

Asahi9
Asahi10

本堂横の石段を上がると薬師堂。
本堂とは渡り廊下で結ばれています。

参道を戻る途中の見落としそうな案内板につい引かれて行きますと、

Asahi12

経緯は分かりませんが、
草叢の中にあるのは「後鳥羽上皇腰掛石」だそうです。

そして入口にある蓮池を回り込みますと、

Asahi13

石田三成「水汲み井戸」がありました。

豊臣秀吉が鷹狩りで立寄った際、
寺の小僧をしていた石田三成を「三碗の才」(お茶が飲みやすい
ように三回に分けて出したこと)で見出したことで名高い寺・・・とも。

「朝日豊年太鼓踊り」の中止で何とも歴史のある?お寺を拝観、
偶然とは言え、ほんとに何があるか分からんものです。

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お出かけ」カテゴリの記事

コメント

好々爺さん 貴重な 取材ありがとうございます!
生涯目 目にすること無いと 思われるレポートで 何かラッキーな気分です。
古いお寺ですね・・・   

ビズーさん
ここに行く気がなくとも?これが縁でしょうか。

まったく知らないところでこんな寺に遇うとこれはもう
偶然だけです。
踊りがなくて意気消沈のなかでほんとラッキーでした。

長浜から関ヶ原へと抜ける途中
ここのトンネルを通って行くことがありますが

寺院の看板があってあの先に寺院があるのだな
っては思っていたのですが
訪れる事がなかった寺院

なるほど
とっても参考になりました
次回ここを通るとき
立ち寄ってみます

雪だるまさん
トンネルを出て看板がありましたか?

一度だけ通ったんですが気が付きませんでした。
この道はトンネルの手前が長浜市石田町、
石田三成生誕の地で記憶にありますが、
このお寺は知りませんでした。

少し道を入っただけですが、
山中に佇む趣のある古寺でした。

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