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2008年9月19日 (金)

子規の庭・奈良市

般若寺から登大路に戻る途中、転害門の近くにある
日本料理店「天平倶楽部」。
この店の露地を入っていくと「子規の庭」があります。

オープンしたばかりの2006年12月25日に一度訪れて記事に
していますが、思い出して寄ってみました。

Sikinoniwa1

露地を抜けて石段を上がります。

Sikinoniwa2

池を見ながら上りきると庭への道があります。
この辺りは天平倶楽部の裏庭になりますか?

Sikinoniwa3
Sikinoniwa41

左に見える花壇の奥に子規の故郷、伊予の青石に刻まれた
句碑があります。

説明板には

  秋暮るゝ奈良の旅籠や柿の味

”子規の宿泊した封山楼はこの近辺にあったと思われ、夕食後、
月ヶ瀬出身の色白で美しい16歳の女中に剥いてもらった御所柿を
食べていると東大寺の鐘の音が聞こえてきた。その情景の余韻が
その後に立寄った法隆寺まで尾を引き、子規の代表作

  柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺

に結実したといわれている。・・・・・”と書かれています。

子規が思い描いた庭園、

Sikinoniwa5

こちらの説明には、

随筆「筆まかせ」の中で書いている
”日本風の雅趣のある野生の草花が咲き乱れたるを最上とす。”
この主旨に添って子規の好んだ草花を植え込みました。・・・と。

中央の柿の老木を保存することで、奈良の地で子規を顕彰しようと
「子規の庭保存会」のプロジェクトが発足した・・・とHPにあります。

Sikinoniwa6

その柿の木、実もたわわに実っていました。
そしてたくさんの落ち柿が・・・。

Sikinoniwa7_2

ぐる~と一回り、

Sikinoniwa8

庭にある萩の花もこちらはすでに終っていました。

以前に訪れたときはまだできたばかりでしたが、
わずか2年ですが草花も大きくなって変わるものです。

昭和28年10月、正岡子規28歳、
この4日間の奈良の滞在が子規の最後の旅でした・・・と。

そして7年後、わずか35歳の若さで没す。

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