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2008年6月 5日 (木)

芭蕉更科紀行・善光寺

芭蕉の更科紀行を追っかけてきました善光寺街道、
最後は善光寺詣でと「刈萱山往生寺」の句碑です。

長野駅前の善光寺参道アーケードの先で右折して、
左からくる北国街道(善光寺街道)に入ります。

善光寺まではここから真直ぐに1.8km、
近代的なビルが建ち並ぶ中央通りを抜けていきます。
大門交差点の先で善光寺境内に突き当たると善光寺街道は
終りですが、北国街道は右に折れて越後へと続きます。

Zenkoji0011
仁王門から仲見世通りを進むと山門(三門)です。

Zenkoji12
只今山門特別拝観中でした。

Zenkoji0013
そしてお馴染の本堂です。
参拝して善光寺詣では終りなんですが、
芭蕉の句碑はここ善光寺境内にはありません。

ここから西方の高台にある「刈萱山往生寺」が芭蕉追っかけの
最終地でした。

境内を回って細い道を西に向かいます。

Karukaya1
途中にある道標を見て道は上り始めます。

Karukaya2
道端に咲く黄色い「ツルマンネングサ」を見て気を紛らわせながら
長い坂道を行きます。

Ojyoji1
坂道のどん詰まりにあります「往生寺」。
境内の本堂左手前にその句碑がありました。

Ojyoji2
奥が本堂、そして左端の石柱がその句碑です。

    Ojyoji3
句は「月影や四門四宗も只一ツ」
   貞享5年(1688)更科紀行・善光寺での吟です。

姨捨駅に降りたときから思い出したようにその気になって、
慌ただしく駆けめぐった中山道・木曽路から更科の地へ、
そして善光寺でした。

振り返れば、
今回は山の中ばかり歩いて来たような芭蕉の追っかけでした。

Karukaya3
最後もこんな高台まで歩かされるとは・・・。

芭蕉は善光寺に詣でた後、北国街道から信濃追分(軽井沢)で
中山道に入り、浅間山麓を碓氷峠越えで江戸に向かっています。

「更科紀行」にある最後の句が、
「吹きとばす石はあさまの野分哉」でした。

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コメント

善光寺は、青春時代の特別な思い入れがあるところなんです。
今でも写真なんかを見ると、当時の甘酸っぱいというか、辛いと言うか・・・
そんな想い出が蘇ります。
芭蕉と言えば、野尻湖を想い出しますし・・・
また行きたいなあ。

善光寺
一昨年前の初詣に訪れて以来ご無沙汰

と思い出したら
そういえばグリーンシーズンに訪れた事がありませんでした

芭蕉を追いかけ
さすが好々爺さん
脱帽です

Iga さん
青春時代の”甘酸っぱい、辛い・・・”との言葉は
もしやして?

多分その想い出はIgaさんにとって
”と~っても大事”なものなんですねぇ。
いいじゃないですか!善光寺で青春の想い出なんて。
私なんかにゃなかなか出来ません。
>芭蕉と言えば、野尻湖
はて?ここへはバス釣りじゃないですか。
    
    
雪だるま さん
>芭蕉を追いかけ
これも我が道楽の一つ、いや!最大の道楽ですが、
よく続いています。

雨の善光寺も人でいっぱいでした。
ここはほんとに人気がありますね。

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