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2008年6月17日 (火)

ヤマトタケル白鳥伝説

以前にスーパー歌舞伎「ヤマトタケル」の記事でタケルの陵墓、
三重県亀山市能褒野神社の白鳥陵を紹介しました。

大和へ辿りつきたい一心からか、
三重の能褒野御陵からタケルは白鳥となって天を翔けます。
そして念願の大和に降り立ったのがここ琴弾原(ことひきはら)、
奈良県御所市富田でした。

Takeru1

何かそんな雰囲気の漂うなかを案内板に導かれていきます。

こんなところに陵墓があるのかと・・・?

Takeru2
Takeru3

決してあじさいロードではありません!
花の先にチラッと見えますがまだ新しい?階段、
少し上るとそのヤマトタケルが思い焦がれたであろう
大和の地「琴弾原」の「日本武尊白鳥陵」がありました。

Takeru4

想像していたのとはかなり違った御陵で、
わざわざ来たわりには(交通の便はありません、車か歩きです)、
寂しい限りでしたがこれがヤマトタケルにふさわしいお墓かも?

ここから再び天を翔けたタケル白鳥は旧市邑(ふるいちのむら)・
大阪府羽曳野市古市に舞い降ります。
なぜか古墳群の多い?いたるところに御陵のある町です。

Takeru51
Takeru52

そのなかの一つ、こちらは素晴らしい「日本武尊白鳥陵」でした。
まさに「前方後円墳」の陵墓です。

Takeru53

父、景行天皇がヤマトタケルのために造ったといわれる、
琴弾原白鳥陵、そしてこの羽曳野の白鳥御陵。

タケルの魂が白鳥になって天を翔けたといわれている
三重の「能褒野陵」。
そして最初に降りたった大和、御所市富田の「琴弾原白鳥陵」、
そして、最後に降りたった羽曳野市古市(旧市邑)の「白鳥陵」。
ここを最後に白鳥は天高く飛立ったと言われています。

スーパー歌舞伎「ヤマトタケル」からタケルの白鳥伝説を追って、
三重から少し間が開きましたが大和、河内の旅でした。  

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お出かけ」カテゴリの記事

コメント

ヤマトタケルの歌舞伎を見た後に伝説にちなんだ場所を回られたんですね。
雄大な旅だと思いました。
私は前に伊吹山頂上で、ヤマトタケルの像を見たことがあります。最初、遠くから見た時は「なぜこんなところにインディアンの像があるのか?」と思いましたがよく見ると、日本武尊とあり納得。
あちこちにヤマトタケルは足跡を残しているのですね。

フデさん
おはようございます。

初体験の歌舞伎「ヤマトタケル」に思わず力が入って。^^;
タケルの足跡を追うのはチョッと大変ですが、
身近な亀山が終焉の地・・・ということで、
ついその陵墓を見たくての旅でした。
伊吹山、泉神社の湧水、醒ヶ井の居醒清水と、
この辺りもヤマトタケルに絡む場所が多いですね。

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