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2008年5月28日 (水)

芭蕉を歩く・中山道木曽路

芭蕉を追って「更級紀行」の句碑めぐり、
中山道木曽路の木曽福島から再開しました。

とにかく短い紀行文で足跡(句碑)を追うといっても少ないんです。
前回の続き(といっても1年半ぶり)で寝覚の床の次に句碑が
あるのは鳥居峠でした。

木曽福島から鳥居峠を越えて奈良井宿までの追っかけです。

Kisoji01
お馴染ですが福島宿の北にある冠木門、
歩く道順としては福島関所を出てすぐの出口になります。

Kisoji02
門の傍に咲くハリエンジュ(ニセアカシア)の甘酸っぱい匂いに
むせながら次の宿・宮ノ越へとこの日の旅立ちでした。

国道19号線を歩き、
途中で右に木曽駒高原の標識を見る手前で旧道に入ります。

Kisoji03
後ろに中央アルプスの雪の山々が見えますが、
ここにあるのが「中山道東西中間の地」の案内板です。
京都へ、江戸へ67里28丁、約268キロです。

そして宮ノ越宿。

Kisoji04
芭蕉が「偖骸は木曽塚に送るべし」とまで遺言した木曽義仲の
菩提寺である「徳音寺」、像は巴御前です。

Kisoji05
徳音寺の傍にある「義仲舘」、この日は定休日でした。
奥に見えますのは右が義仲、左に巴御前の像です。

そしてさらに旧道を行くと、

Kisoji06_2
巴渕と呼ばれる急流渦巻く・・・とはいきませんが場所です。
芭蕉には関係ないんですが、ここに架かる巴橋の袂に
弟子の森川許六の句碑がありました。
”山吹も巴もいでて田植えかな” 山吹も巴も義仲の愛人とか・・・。

ここから再び国道歩きで次が薮原宿です。

Kisoji08
ここも芭蕉には関係ありませんが、
旧木祖村役場前の一里塚跡の碑と、なぜかD51です。

Kisoji09
何もない宿ですがここは「お六櫛」で知られるところですが、
今も数軒の店があって、わずかに街道宿の面影を残します。

宿をさらに行くとこの日のハイライト鳥居峠への登りが始まります。
といってもまだ町中からです。

そして峠口に出ました。

Kisoji10
Kisoji12
いきなりこれですわ!何の心配もないんですが
こちらも持っているものは使うで、一応熊よ除けの鈴を付けます。

九十九の道を登って行きます。
そしてこれがこの日の目的でした鳥居峠。

Kisoji13
峠の頂上下にある休憩所とそこに建ち並ぶ句碑・文学碑です。
そのなかに芭蕉の句碑が二つ。

    Kisoji14
更科紀行にある
「木曽の栃うき世の人の土産かな」
(木曽のとち浮世の人のみやげ哉)元禄元年(1688)吟。
もう一つの句碑は紀行には関係なく大和で詠まれた句でした。

そして鳥居峠の頂上です。

Kisoji16

この御岳遥拝所の鳥居がこの峠の名前の由来ですが、
またここは木曽川水系と犀川水系の分水嶺でもあります。

ここから一気に峠を下りますが、道はかなり荒れています。
途中の見所も見ながら下ることおよそ40分ほど、
そして見えてきたのが奈良井宿です。

Kisoji17

木曽路のなかでも最も旧宿場の面影を残す奈良井。
馬籠・妻籠のような華やかさのある?宿場町ではありません。

芭蕉を追って最後の木曽路をと選んだ場所です。
この日の目的は鳥居峠でもありましたので、
この奈良井宿は別記事で紹介します。    

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歩く・芭蕉」カテゴリの記事

コメント

薮原~鳥居峠~奈良井、なつかしい~!!
木曽路はどこを歩いても、よい景色ですね。
また行ってみたくもなりました。

恵美さん
薮原~鳥居峠~奈良井、もしかしてこのルートを歩かれた?

それなら大先輩!ではないですか。
>木曽路はどこを歩いても
はい!そのとおりで、木曽路はすべて山のなか。
マイナスイオンに癒され、見所が一杯の宿場町を散策。
何度行ってもいいところです。

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