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2008年5月31日 (土)

中山道・福島宿

行く先の写真が多くて、福島宿を歩きながら冠木門の写真しか
載せていなかった木曽福島。
1年半前に更級紀行の句碑めぐりで来たときも途中までで終って、
なんと!木曽福島の町を一度も記事にしていませんでした。

というわけで、今回はあらためて歩いた中山道・福島宿です。

Kisofukusima001
これは中山道には関係ありませんが、駅前の小さな水車です。
ここもまた水場の多い町です。

左に見える坂道を下って旧道に入ります。
商店街を少し行って「上の段・中山道」の案内板で左折、
中八沢橋を渡ったところからが福島宿。

Kisofukusima002
宿場の雰囲気が出てきます。

Kisofukusima003
突き当たりの右手にあるのがこの古い井戸。

”江戸時代の中期に造られたものだそうで、
昭和の中頃まで町民の飲料水として用いた・・・”とあります。

井戸を見て、道を左、右にと枡形を折れると「上の段」。

Kisofukusima004
なまこ壁や卯建を上げた町家が並び、さらに宿場の雰囲気を
感じさせてくれます。

古風な水場の横からは寺門前小路が奥に延びて、
その先には武田信玄の娘「真理姫」ゆかりの「大通寺」があります。

Kisofukusima005
そして少し先、道の左にある「清明神社」横の水車です。
わずかな距離ですが、福島宿の見所が凝縮した街道筋です。

突当りを右に曲がると高札場。

Kisofukusima006

坂を少し下って今度は左に曲ると広い道の商店街、
再び右に曲がってしばらく商店街を行くと右にある町役場が本陣跡。

この道は木曽川沿いの斜面を削って造られたものだそうで、
役場の先で石段を上ります。

Kisofukusima007
上がったところが「高瀬家資料館」。

~文豪島崎藤村の姉”園”が嫁ぎ先で、作品「家」のモデルとして
  知られています。”園”は作品「家」に登場する”お種”であり、
   又、「夜明け前」の”お粂”です。・・・~ 解説板からです。

隣接するようにあるのが国史跡「福島関所跡」。

Kisofukusima008
Kisofukusima009

昭和52年に再現された御番所の建物(資料館)と、
その後に整備された東西両門と木柵、
発掘された屋敷跡のある史跡公園を過ぎると国道脇の冠木門、
中山道はこの先、国道19号で北に向かいます。

木曽福島、中山道の道筋以外にも見所が多く、
また蕎麦も、地酒も、ワインも美味い、そんな宿場町です。

2008年5月30日 (金)

芭蕉更級紀行・信濃路

中山道木曽路の奈良井から芭蕉の追っかけは更科へと、
信濃路の善光寺西街道(北国脇往還)に入ります。

善光寺街道に更級紀行の句碑がある最初の宿は会田ですが、
ここに行く交通機関はバスか、タクシーしかありません。
それが嫌なら歩け、ということで何の見所もない街道歩きです。

この日は峠を2つ越えなければならず松本のホテルを
7:30と早めの出発です。
東に少し歩き本町通りで善光寺街道に入ります。

         Matumoto1
すぐ先の指差し道標「ぜん光寺道」で右に折れると中町通り。

  Matumoto2
明治時代につくられたという塗りごめ白壁土蔵造りの家が
左右に建ち並ぶ町筋は壮観です。

見どころはここだけ、 あとはひたすら会田宿を目指します。

松本の次は岡田宿。
宿場に関するものは何も残っていません。
宿の突当りで鍵型に曲ると道標があります。

Okada
善光寺街道と江戸道(保福寺街道)の分岐で、
傍らの標柱には「狩谷原峠2.9km・四賀村役場8.8km」と。
これから向かう会田宿がその四賀村です。

まず途中にある狩谷原峠を越えます。

Inakura
峠の手前にある伊深から見る稲倉の集落ですが、
これからしばらくは山間の集落を抜けることになります。

この先で馬飼峠の道を分けて峠への荒れた道へ。

Kariyahara
これが最初の難所といわれる狩谷原峠でした。
何もない峠に長居は無用で狩谷原宿まで下ります。

下りたところが狩谷原宿。

Kariyabara
といってもまだ道はどんどん下っていきます。
ちょうど峠道の途中に宿場があるようなもんです。

ようやく目的の会田宿に入ります。
ここにくるまでがまったく余分な歩きでしたが、
それはそれでまた楽し!・・・で。

Aida1
宿場の雰囲気が残る新町から本町へ。
本町入口の道標、ここから今度はどんどん上って行きます。


Aida2
途中にある善光寺常夜燈、2基とも残るのは珍しいとか。

立峠に向けてさらに進むと無量寺太師堂、
ここに芭蕉句碑がありました。

Aida3
句は
「身丹志み亭大根からし秋乃風 者せ越」
(身にしみて大根からし秋の風 ばせを) 貞享5年(1688)吟。
更級紀行の途中に詠んだ句です。

これで目的は終ったようなもんですが先に行かないと帰れません。

少し先で左に山道?を行きますと無住の岩井堂があります。

Aida4
人の気配もまったくなくて、佇む御堂になにやら異界の雰囲気を
感じますが、それはここに来るまでの景観によるものでしょうか?

Aida5
地層が折重なった堆積岩の岩肌に圧倒されましたが、
御堂へはこの堆積岩の鎖道を少し通過します。

旧道に戻って道はさらに立峠に向かって上って行きます。
自然歩道案内板で山道に入りました。
これは久しぶりに登山です!立峠の旧道は通行不能で、
これはもちろん街道ではありませんから当然でしょうが、
まったくの山道でした。

Tatitoge2
これが立峠の山頂です。
広くはない広場にこの標柱だけが建っていました。

Tatitoge3
正面に聖高原が見渡せる峠でいざ昼食をと、
思ったらペットボトルがない!途中あまりのキツイ登りで、
一口飲んだ後で落としたようでした。

こんなの初めてです!
仕方なく昼食は止めて峠を下ります。

Tatitoge4

水を!水を!と求めて下る途中の石畳。
なぜか「芭蕉の小径」と名付けられていました。

下りた集落は「乱橋」、ここは会田宿と青柳宿の間の宿です。
我が息も乱れ気味でようやく水を手に入れて道端で昼食です。

そして最後の中峠へ。

Midarebasi
中峠から見る乱橋の集落です。

この峠は少し上るだけで、むしろ下りが長い道です。
この後、青柳宿までとも思ったんですがさすがに疲れました。
西条(にしじょう)で今回の芭蕉の追っかけは一旦終了です。

芭蕉を歩く信濃路の旅はこれから「青柳宿」、「麻績宿」、
「猿ケ馬場峠」、「姨捨」、「坂城」そして「善光寺」へと続きます。

2008年5月29日 (木)

中山道・奈良井宿

鳥居峠を下りてようやく辿り着きました。
中山道の木曽十一宿のなかでも最大の奈良井宿です。
最盛期には奈良井千軒とまで謳われるほど賑わったとも。

Narai1
南から、

Narai12
北からと宿町を見ます。

狭い道の両側に長い軒先を突き出した家屋が並びます。

Narai32
Narai2

二階をせり出した出梁造り、くぐり戸の家も多く、
今も宿場の雰囲気を色濃く残します。

Narai3

1階と2階の境に取りつけられた小さな屋根(猿頭・鎖庇)は
ここ奈良井だけのもの。

Narai4

JR中央西線の奈良井駅から鳥居峠に向かって
およそ1キロの宿場町ですが、
やはり鳥居峠を越えてくるとまた違った感慨があります。

Miyanosawa

峠から下りて来るとすぐにある水場です。
この宿場の中には六ヶ所に水場があります。

最初がこの「宮の沢」、
次が

Kaginote
「鍵の手」、

Ikenosawa
「池の沢」、

Yokomizu
「横水」、

そして「下城」ですが外しました^^;

Sitamati
最後が「下町」の水場です。
山の清水を引いたこの水場は何かにつけて宿場の人たちの
生活用水であり、交流の場でもあるようです

Narai5 
Narai41

三度目の訪問ですが、この宿場町の雰囲気は何時来ても
他では味わえない何かを?感じさせてくれます。

Narai6

もちろん歩いて来たのは初めてですが、
これはこれでまた違った旅の楽しさがありました。

中山道から次は善光寺西街道(北国脇往還)の旅へ、
信濃路に芭蕉・更級紀行の追っかけを続けます。

2008年5月28日 (水)

芭蕉を歩く・中山道木曽路

芭蕉を追って「更級紀行」の句碑めぐり、
中山道木曽路の木曽福島から再開しました。

とにかく短い紀行文で足跡(句碑)を追うといっても少ないんです。
前回の続き(といっても1年半ぶり)で寝覚の床の次に句碑が
あるのは鳥居峠でした。

木曽福島から鳥居峠を越えて奈良井宿までの追っかけです。

Kisoji01
お馴染ですが福島宿の北にある冠木門、
歩く道順としては福島関所を出てすぐの出口になります。

Kisoji02
門の傍に咲くハリエンジュ(ニセアカシア)の甘酸っぱい匂いに
むせながら次の宿・宮ノ越へとこの日の旅立ちでした。

国道19号線を歩き、
途中で右に木曽駒高原の標識を見る手前で旧道に入ります。

Kisoji03
後ろに中央アルプスの雪の山々が見えますが、
ここにあるのが「中山道東西中間の地」の案内板です。
京都へ、江戸へ67里28丁、約268キロです。

そして宮ノ越宿。

Kisoji04
芭蕉が「偖骸は木曽塚に送るべし」とまで遺言した木曽義仲の
菩提寺である「徳音寺」、像は巴御前です。

Kisoji05
徳音寺の傍にある「義仲舘」、この日は定休日でした。
奥に見えますのは右が義仲、左に巴御前の像です。

そしてさらに旧道を行くと、

Kisoji06_2
巴渕と呼ばれる急流渦巻く・・・とはいきませんが場所です。
芭蕉には関係ないんですが、ここに架かる巴橋の袂に
弟子の森川許六の句碑がありました。
”山吹も巴もいでて田植えかな” 山吹も巴も義仲の愛人とか・・・。

ここから再び国道歩きで次が薮原宿です。

Kisoji08
ここも芭蕉には関係ありませんが、
旧木祖村役場前の一里塚跡の碑と、なぜかD51です。

Kisoji09
何もない宿ですがここは「お六櫛」で知られるところですが、
今も数軒の店があって、わずかに街道宿の面影を残します。

宿をさらに行くとこの日のハイライト鳥居峠への登りが始まります。
といってもまだ町中からです。

そして峠口に出ました。

Kisoji10
Kisoji12
いきなりこれですわ!何の心配もないんですが
こちらも持っているものは使うで、一応熊よ除けの鈴を付けます。

九十九の道を登って行きます。
そしてこれがこの日の目的でした鳥居峠。

Kisoji13
峠の頂上下にある休憩所とそこに建ち並ぶ句碑・文学碑です。
そのなかに芭蕉の句碑が二つ。

    Kisoji14
更科紀行にある
「木曽の栃うき世の人の土産かな」
(木曽のとち浮世の人のみやげ哉)元禄元年(1688)吟。
もう一つの句碑は紀行には関係なく大和で詠まれた句でした。

そして鳥居峠の頂上です。

Kisoji16

この御岳遥拝所の鳥居がこの峠の名前の由来ですが、
またここは木曽川水系と犀川水系の分水嶺でもあります。

ここから一気に峠を下りますが、道はかなり荒れています。
途中の見所も見ながら下ることおよそ40分ほど、
そして見えてきたのが奈良井宿です。

Kisoji17

木曽路のなかでも最も旧宿場の面影を残す奈良井。
馬籠・妻籠のような華やかさのある?宿場町ではありません。

芭蕉を追って最後の木曽路をと選んだ場所です。
この日の目的は鳥居峠でもありましたので、
この奈良井宿は別記事で紹介します。    

2008年5月27日 (火)

京都四条川原

芭蕉を追って歩き旅から帰って来たばかりで、
予備記事、それも旬ぎりぎりのアップです。

”賀茂の河原に~千鳥が騒ぐ~~♪、
古い歌ですが、京都の四条河原です。

Kurama81

千鳥ではありませんが・・・、
この鳥を狙っていたお姉さんに聞きました。

アオサギだそうです。
鳥に疎い身にはへえ~と感心しきりで。

Kurama84
何を狙っているのか分かりませんでしたが、
止まっている鳥は撮れました。(^^;

Kurama83e

こちらはコサギの若者?だそうで??

Kurama86e

こちらは成人だそうです。
鳥なんてまったく分かりませんが、鴨川で見た鳥でした。

Kurama93

右に南座を見て四条河原を散策です。

Kurama91

”恋という名に命をか~け~て~~♪(創作です)”。

鴨川に河原はありませんが、たむろする若者たちの青春が
あの新撰組の志士たちに通じるものがあるんでしょうか?

Kurama97

出雲の阿国の銅像です。

京都南座にある碑阿国歌舞伎発祥の地の碑と、
この銅像を見ながら久しぶりの四条鴨川でした。

2008年5月26日 (月)

中山道・中津川~大井宿

「芭蕉紀行文集」を手に出かけた姨捨でしたが、
今度は気持ちが芭蕉を追っかけます。

しかしその前にしばらく歩いていない街道歩きをと、
選んだのは中津川宿から大井宿(恵那)の中山道歩きでした。

中津川から落合、馬籠・妻籠から南木曽はすでにアップ済。

こちらです → 歩く・芭蕉

今回は中津川から西に向かいます。

Nakasendo01

駅から東に少し行って中山道に入ります。
宿の中心部は脇本陣、本陣などの標柱が立つだけです。

宿場の面影を残す本町筋あたりも以前にアップしているので
さらっと流して行きます。

Nakasendo02

季節は過ぎてもまだ5月・・・、格子に鯉のぼりです。

Nakasendo023

卯建の上がる蔵元の建物も以前と変わりません。

Nakasendo03

中津川市内の街道には案内標識が整備されていて
ほとんど地図を見ることなく通過できます。

柳町から駒場を過ぎて坂を上がると

Nakasendo04

すぐに中津一里塚跡(上宿の一里塚)があります。
昭和9年に復元されたもので、往時の三分の一の大きさだとか。

Nakasendo05

途中に広がる田園風景に目を癒してもらって・・・、
これもまた歩きの楽しみです。


Nakasendo06

中津川からおよそ2時間半で大井宿の高札場に着きました。
この宿も枡形(鍵の手)の道が多い所です。

ここからその枡形を折れるとすぐに本陣跡です。

Nakasendo07

立派な門構えの表門に往時の名残りを感じます。

Nakasendo08

こちらは旧庄屋跡の屋敷ですが、見事な壁塗りの塀と門です。
このあたりも以前に大井宿でアップしています。

道は枡形を何度も折れながら阿木川に出ました。

     Nakasendo09_2 

     ここでも鯉のぼりでした。

Nakasendo10

この日歩いた中山道には芭蕉の足跡はありません。
大井橋の親柱に埋め込まれたリーフレットにあった歌です。

”心ある人に見せばや大井なる花無山の春の景色を” 西行。

芭蕉が崇拝する西行の歌がここにありました。

2008年5月25日 (日)

八日市大凧まつり

今日は東近江市の「八日市大凧まつり」でした。

朝からの雨で開催は無理かな?と思ったんですが、
念のため問い合わせたら開催するということで急いで家を出ます。
途中は雨、会場も降ったり止んだりで傘を手に見物です。
ちょうど10:00からのオープニング大凧揚げに間に合いました。

Odako1
大きさは分かりませんが・・・2畳敷ですかね。

このあと100畳敷の大凧揚げまで待つんですが、
11:30の予定が遅れに遅れて待たされます。

この間ミニ大凧コンテストなどもあるんですが、
結局、揚がったのは13:45でした。

いざ大凧が揚がってしまうと、会場の様子やミニ大凧揚げなどは
霞んでしまいました。
ということでいきなりその大凧揚げです。

Odako2
一回目というか、いきなり失敗です!又しばらく待たされます。

そして揚がりました!

     Odako31
縦13m 横12m 重さ700㎏だそうです。
一畳に付き一人の引き手が必要だそうで、
一般募集も含めてその数およそ100人です。

 Odako32_2
          Odako33
                 Odako34

この大凧、テーマは”いのち”「共生」
             ~つながり たくましく 生きる喜び~

”喜ぶ、「き」という字の下に二羽の鷹が描かれています。
鷹という字は「よう」という読み方があります。
そして朱色の「生」という字をつなげて「き・よう・せい」、
「共生」と読みます。”これが解説です。

 Odako35
          Odako36
                 Odako37_2

その「共生」のテーマを載せて大凧が空に舞います。
引き手の参加者もなるべく長く揚がっているようにと走り回ります。

Odako4  

そして100畳敷きの大凧揚げは終りました。

Odako5  
思わず喜びあう参加者たちです。
見事な大凧の飛揚でした。

国の無形民俗文化財「八日市大凧まつり」。
待たされましたが、これこそ待った甲斐がありました。

2008年5月24日 (土)

松阪農業公園ベルファーム

季節なのにしばらく遠ざかっておりました花。

5月といえば薔薇!バラといえば有名どころが多いんですが、
ここは知られていますがとてもこじんまりとしたバラ園です。

Berufam11

松阪市にある農業公園ベルファームのイングリッシュガーデン。
何時からだったか無料になりました。

Berufam01

施設の目玉としてオープンした庭園です。
いろんなバラがあって当然ですがすべて名札がついています.。
いつものことながら省略させていただきます。

  Berufam02 Berufam03

ここまでわざわざバラを見に来ることはないんですが、
バラだけではなく松阪に来ると、というより松阪ICの近くに
あるため車で来ると必ず寄る所です。

Berufam04
 Berufam05 Berufam07

今までも何度も紹介しているんですが、
このイングリッシュガーデンはもちろんバラがメインですが、
他にもたくさんの花木があります。

Berufam08

今回は旬の薔薇でしたが、
この季節の花たちがまだまだたくさん咲いていました。

花の後は地産地消の食材を使ったバイキングで、
ランチも楽しめます。

2008年5月23日 (金)

青蓮院庭園・京都

久しぶりに京都の寺院拝観でした。
東山知恩院から粟田口に向かう途中の青蓮院です。

”天台宗総本山比叡山延暦寺の三門跡の一つ(他に三千院、
妙法院)として古くより知られ、現在は天台宗の京都五ケ室の一つ
(他に妙法院、三千院、曼殊院、毘沙門堂)でもあり・・・
古くより皇室と関わり深く格式の高い門跡寺院とされています。”

その青蓮院門跡ですが、その庭園。

Syorenin1

まずは、ここは華頂殿(客殿)から眺める相阿弥作の庭です。

   Syorenin2_3   
”そうだ京都、行こう”をチョッともじってみました(^^:

建物をすべて拝観した後、境内を巡ります。
最初に観るのが主庭になる相阿弥の庭。

小御所と客殿ならびに庭裏にある好文亭の建物に囲まれた、
池を中心としたのびやかな庭・・・。

 Syorenin3
           Syorenin4
                                      Syorenin5
池の対岸南(右)に栗田山の山裾を利用して高く石組した
滝口を中心とし、東側はやわらかな曲線を描いた築山が
設けられていて、その北側には好文亭が建っています・・・。と

庭を見て回り込みます。

Syorenin6_2
Syorenin7_2

秋の紅葉には来てみたいと思うほどの庭ですが、
ここは霧島つつじを植え、クチナシと馬酔木を点植して色どりを
添える小堀遠州の作と伝えられる「霧島の庭」でした。

 Syorenin8_3 Syorenin9_2
この庭、わが愛機の広角では捉えきれません。
それ以上に何か今までの遠州作とは違う趣の庭でした。

この庭を回り込んで行きますと、

Syorenji10

先の説明にありました好文亭です。

ちょうど池の真上(ここが北側?)にありました。
ここから境内を廻って青蓮院の全域を拝観していきます。

東山の栗田山山裾を擁する青蓮院門跡。
久しぶりに京都の門跡を訪ねてのひとときでした。

2008年5月22日 (木)

姨捨・芭蕉更科紀行

棚田を巡っているうちに何故か思い出したのが千曲市姨捨。

あの名勝・田毎の月で有名なところですが、
我が身としてはやはり芭蕉の「更級紀行」の書きだしが浮かびます。

”さらしなの里、をばすて山の月見ん事、しきりにすゝむる秋風の
心に吹さわぎて、ともに風雲の情をくるはすもの又ひとり、
越人と云(いふ)・・・” 

心はすでに姨捨でした。

Obasute2
善光寺平を一望する海抜547mの姨捨駅からの眺望です。
日本三大車窓の一つに数えられるところでもありますが、
ここはまたスイッチバックの駅でもあります。

Obasute3
入って来た電車がバックして行き、

Obasute4
本線に入って長野に向かいますが、松本へは当然ですが逆に。

と、まぁこれは本題に関係ないんですが、
この駅から少し下ると「姨捨山放広院長楽寺」があります。
この地のいわゆる姨捨山がここだそうですが(冠着山との説も)、
境内にはたくさんの俳人の句碑が建ち並んでいます。

この日の目的はもちろん芭蕉句碑。

Obasute5
           Obasute6_3  
山門?左に建つ「芭蕉翁面影塚」と右面に刻まれた句です。
”於毛かげや姨ひとりなく月の友」(俤や姨ひとりなく月の友)。
元禄元年(1688)更科紀行での吟です。

芭蕉はこの姨捨の月を見たくて元禄元年8月11日岐阜を発ち、
中山道から善光寺西街道を通って更科に到着。
観月のあと善光寺に参拝して江戸に戻っています。

それだけ見たかった姨捨の月。
長楽寺の前面から東側に広がる斜面の棚田です。

 Obasute71 Obasute72_2   
名勝「姨捨(田毎の月)」、千枚を超える棚田があるそうですが、
こちらは姪石(めいし)地区、このず~と下に四十八枚地区が
あるんですが残念ながら外してしまいました。(>_<)

西行の歌
”くまもなき月の光をながむれば、まづ姨捨の山ぞ恋しき”。

西行を心酔する芭蕉の胸中にはおそらくこの歌が
あったと思われますが、
芭蕉はなぜか月を見ることに格別の思いがあるようです。

 Obasute81 Obasute82
我が身も姨捨に行きたい!そう思い立ったのはこのところの
棚田めぐりからですが、やはり更科紀行と芭蕉句碑でした。

しばらくやっていませんが、
ここに来て、また芭蕉の足跡を追ってみたくなりました。

Obasute9
駅から改めて見る棚田です。

無人駅のホームから目の前に広がる雄大な景色を見ていると
心が洗われますが、なぜか侘びしい気分も・・・。

Obasute10
振り向けば・・・。(笑)
こんな写真なんぞ久しく撮ったことはないのに。(苦

先に更科紀行のハイライト部分に来てしまったんですが、
中山道の歩き残した所からはじめようかとも。
姨捨に来て何やらやる気が出てきました。

2008年5月21日 (水)

石の芸術・深野棚田

石積の棚田といえば”石の芸術”を謳う棚田が三重県にあります。

三重県の中勢、松阪市飯南町の「深野のだんだん田」がそれ!

Fukano1

”石の芸術深野棚田、
 白猪山南側の急斜面に開けただんだん田で、城塞を思わせる
 ように幾重にも積まれた自然石が織りなす風景はまさに
 石の芸術。 石垣訳120段・・・”と続きますが、

その石積みの”だんだん田”です。

Fukano2

ここは水田だけでなく集落全体が石積みの上にあるようなもんです。

 Fukano31 Fukano32
これは集落のちょうど中間部分に位置しているところで、
案内板もこのあたりを指していました。

Fukano4

まぁ、ほんとに凄い石垣です。
石垣を縫って道が上へ上へと上がっていきます。
その道を下へ下りて行きます。

間違えて道を行くと先は田んぼ!?なんて・・・。

Fukano5
Fukano6
下まで下って駐車場に戻るとき見た道端の花たちです。

農家?当然ですね、庭先の小さな畑に咲くジャガイモの花、
そしてハコネウツギです。

駐車場が最上部だと思って下まで行ったんですが、
下から振り返ったらなんと!まだ上に石垣がありました。
当然ですが最上部を目指します・・・まるで登山みたい。(汗;)

Fukano7
まだ最上部ではありません。
途中から集落を見下ろしています。

 Fukano81 Fukano82
左が棚田の最上部から観たところですが、
写真の左上にあるのが休憩所?ですかね。
右がその休憩所から石積みを見上げたところです。

Fukano10

”石の芸術深野棚田”。
上から、横から、下から眺めて
その”石の芸術”を存分に楽しみませたもらいました。

Fukano9
トリはこの花、コアジサイです。

ここは山麓なんですね~、
それにしても早すぎる気もしますが、もう咲き始めていました。

2008年5月20日 (火)

坂本の棚田・亀山市

旬の記事の先出しが続いて遅らせていましたが、
これ以上遅らすと賞味期限切れになりそうなのでアップです。

新名神の鈴鹿トンネルを抜け安坂山トンネルが近づくと
左の山の中腹に集落が見えるんですが、以前からここが何所か
気になっていまして調べたらこれが坂本の集落でした。

坂本といえば三重県の北勢地区にある棚田のある集落ですが、
田植えも終ったその棚田を見に出かけました。 

Sakamoto3

坂本は鈴鹿山系の野登山の山麓にあり、急坂を上って
集落を抜けると登山口(鶏足山表参道コース)があります。

亀山市安坂町で、ここの棚田は石積みの水田でも知られるところ。

 Sakamoto42_2 Sakamoto11
こちらは棚田の中央にある道からですが、
いつ出来たのか最上部の農村公園に展望台が設けられていました。

 Sakamoto12 Sakamoto41
その展望台から見た棚田のほぼ全景です。
遠くにその新名神が見えますが、車から見えるのがこの集落です。

Sakamoto5 
Sakamoto7

棚田のいたるところにノアザミが咲いて春から夏へと・・・、
ここにはのどかな水田の風景が広がります。

Sakamoto8
ノリウツギの花に止まるヒメウラナミジャノメ。
蝶との格闘!もう図鑑と首っ引きです。

Sakamoto9
登山口にある最上部の棚田です。

新名神の建設で途中までの道が綺麗になったのか?
以前に来たときとはもっと山里?のようだった記憶なんですが・・・、
立派な駐車場も出来て大きく様変わりしたようです。
これも新名神建設のおかげ?だったんでしょうか。 

2008年5月19日 (月)

松阪撫子どんな花?祭りⅡ

今年もやって来ました「松阪撫子どんな花?祭り」です。

この時期に咲く松坂撫子とともに、まちの活性化を図るための
市民団体の手作りによる祭りですが今年が2回目です。

祭りのメイン、”なでしこ姫振袖道中”がスタートです。

Nadesiko01
昨年はお城周りの道中でしたが、
今年はなんと!参宮街道(伊勢街道)をパレードです。

まぁ、その分情緒がありませんがこれはまたこれで・・・。

Nadesiko02
先導の”響座”の花車の後、なでしこ花車が行きます。
乗るのはクイーン松阪とミズなでし子の三名。

Nadesiko03 
その後に振袖姿のミス、ミセス、お婆ちゃんが続きます。
昨年より倍増の凄い振袖道中。

振袖ってもしかして未婚の方が着るのでは?と思ったりして、
まぁそんなことはお構いなしで何でもありです。

Nadesiko04
Nadesiko05
昨年もそうでしたが、国際色も豊かです。
どこの国か分かりませんでしたが、聞く言葉も出ませんでした。^^;

その後は宝恵籠でした。

Nadesiko08 

今年は少し目玉を入れて工夫も見られます。

Nadesiko06
今年の新しい試みでしょうか、松阪木綿の衣装を着た花嫁花婿、
後ろに松阪木綿の着物衆。

Nadesiko07
そして、これが最後の現代舞踊団?
朝にポーズをとってくれた娘さんたちでした。

見送って先に急ぎます。

Nadesiko09
これでも少しは考えて撮っているんですが・・・、
それがどうも上手くいかなくて、まぁこんなもんです。

Nadesiko111   
行列は日野町交差点ですが、
ここは伊勢街道と和歌山街道との分岐点。

ここから松阪の中心部よいほモールを通って本町に入ります。

Nadesiko12

着いた所は「松阪商人の館」、ここが行列の解散場所でした。

昨年とはまったく変わった道をパレード。
参宮街道を使ってのまさに振袖道中でしたが、
今年はなぜか単調な祭りの感がぬぐえませんでした。

参加者も増えてまだ2回目、
松阪撫子のタイトルに負けない祭りに育つよう願うばかりです。

2008年5月18日 (日)

松阪撫子どんな花?祭りⅠ

花木に季節の移ろいを感じても、年の巡りは感じないんですが・・・。
この花を見るともうそんな時期なんだと思ってしまいます。

日本を代表する超!有名な祭りの後は、
超ローカルな手作りの祭りですが、その前にチョッと寄り道を。

Nadesiko0011
松阪撫子(伊勢撫子ですがここでは松阪撫子です)。
あれから一年たちました~~♪。

Nadesiko001
使い廻しのようなこの旗、
昨年は強風に吹きさらされていましたがその名残りが見えます。

花を見にお城近くの公民館に行きます。

Nadesiko003

途中で逢った祭りの行列に参加する舞踊団の娘さんたち、
しっかりとポーズをとってくれました。

Nadesiko002
今年は少し花が細い(小さい)かなとも思いましたが、
昨年のあのぼさぼさの花を思い出しました。

Nadesiko004
これぐらいが本来の松阪撫子なんでしょうね?
縮れた花弁が特徴です。

Nadesiko006
Nadesiko007
花にもいろいろとあって色もさまざまですが、
実物を見ると申し訳ないんですがこんなに綺麗?じゃありません。

これらはそれなりに選んだ花たちです。

Nadesiko008
まぁ、普通はこんなもんで、
とても花とは思えないほどグシャグシャです。
でも綺麗ですかね。

Nadesiko81
撫子の鉢が並ぶ展示会場、
松阪三珍花保存会の方々が保存に努力されています。

ひとしきり花を楽しんだあと祭りの会場に向かいました。

Nadesiko009
撫子と着物。

そうなんです、昨年も載せましたが、この祭りのハイライトが
”なでしこ姫振袖道中”なんです。
その道中前のひととき、着物姿の参加者を追っかけです。

Nadesiko010
二代目の”ミズなでしこ姫”(ミスじゃないのがミソで)。

Nadesiko011
初代の”ミズなでし子”(右)と今年の”ミズなでし子”です。
昨年は撫子らしい衣装で登場でしたが今年は着物でした。
後ろでは振袖道中の先頭の参加者がすでにスタンバイ。

Nadesiko012
この祭りの主役ではありませんが主賓です。
主役は公募された振袖道中参加の180名のなでし子たちです。

昨年とは違った道筋のパレードになって、
チョッと趣がなくなった感は否めませんでしたが、
その分参加者が多くなって艶やかさが増しました。

このあと本番の振袖道中がスタートします。     5月17日

2008年5月17日 (土)

葵祭・斎王代列の女官たち

せっかく行った葵祭!行列の写真だけではあまりに能がない。
かと言って、これが能あるとは思わないですが・・・。

斎王代列を彩る華麗なる女官たちです。

Aoi1
と言ってもこれは警備にあたる皇宮警察の騎馬警官、
もちろん女性ですから女警官・女官です。^^;

女官にはいろんな名前がありまして、
命婦(みょうぶ)というのが総称だそうですがこちらは高級女官、
花傘をさしかけるとあります。

 Myobu1_2 Myoubu2
  (面倒ですがクリックしていただければ少し大きくなります。)

 Myoubu3 Myoubu4

他にも食事をつかさどる女嬬(にょじゅ)や、
物品、会計をつかさどる蔵人所の、雅楽を演奏する文官で、
蔵人所陪従(くらうどどころべいしゅう)と呼ばれる女官もいて。

Jyokan1

 Jyokan2 Jyokan3
このあたりはどれがどれやらさっぱり分かりませんが、
衣装は煌びやかでございます。

そしてこちらが駒女(むなのりおんな)。
何でむなのりうまのりならまだ分かりますが・・・^^;

Munanori1
斎王付きの清浄な巫女(みかんこ)で、騎馬で参向するので
その名があると、これはやはりうまのりおんなですな~。

Munanori2
Munanori3 
しかし格好が良いですね~。
これがほんとに馬子にも衣装!?なんて・・・。大汗

Munanori4
あんちょこには6騎の女丈夫とあるんですが、
なぜか2騎を忘れてきたようです。
写真から探すのが面倒なのでとりあえず4騎の女丈夫で・・・。

葵祭。
雅や絢爛豪華の言葉が当てはまるかどうか?
それは見た人に任せるとしてまた一つ京都の祭りを体験しました。  

2008年5月16日 (金)

葵祭巡行

謳い文句は”祭のなかでも最も優雅で古趣に富んだ祭として知られ、
平安朝の優雅な古典行列は平安貴族そのままの姿で列をつくり、
京都御所を出発、下鴨神社を経て、上賀茂神社へ向かいます”と。

京都三大祭のひとつ葵祭の路頭(行列)を見に京都です。

Aoi01
Aoi02

事前に調べたあんちょこを見事に忘れて・・・、
京都御所の白洲(奉行所の取調べか!)に陣取ったんですが。
今回も人の頭越しの撮影で何が何やら分からないまま
行列の過ぎるのを見るだけです。

Aoi03
Aoi04
Aoi05

行列はまず本列(勅使を中心にした列)があって、
この辺りは牛車に風流傘ガ続く最後の隊列です。

この後が斎王代列、女人といわれる斎王代を中心にした
列が続きます。

Aoi06
Aoi07
Aoi08

御所の砂利道を行く女人官女の雅な隊列もいいんですが、
この日は天気が良すぎて!?暑いのなんの。
そのなかをこの装束で歩くのは大変だろうとついいらぬ心配も。

Aoi09
Aoi10
Aoi11

稚児が行って斎王代、そして女官と斎王代列の中心どころです。

Aoi12
Aoi13
Aoi14
斎王代列の最後は牛車でした。

この隊列、先頭から最後尾までおよそ500名以上の
人数だそうですが、通り過ぎるのに50分でした。

行列を見送ってそのまま河原町今出川の交差点に行きます。
ここでゆっくりと正面から斎王代列を見ました。

Aoi101
あらためて今出川通りを過ぎる腰輿(およよ)に乗った斎王代です。

そして下鴨神社に向かいましたが・・・、

Aoi15

神社の参道はえらいことになっていまして人!人!人で、
鳥居から中は大混雑!
とても社頭(儀式)など見れそうもなくあきらめです。

何かただ漫然と写真を並べただけになってしまいましたが、
この祭はハイライトがなく、思っていたより単調でした。
しかしこの日の人出!
京都の凄さをあらためて実感させられました。  5月15日

2008年5月15日 (木)

新緑の貴船神社

鞍馬寺の西門を出て少し行くと貴船神社です。
今は新緑の美しい石段を行きます。

Kifune01
以前来たときは確かヤマブキ咲き乱れる石段だったと
記憶しているんですが・・・新緑もいいです。

Kifune02
水占齋庭(みずうらゆにわ)。
この霊泉に水占(みずうら)みくじをうかべると文字が浮きでて
乾くと消えるというおみくじです。

ここの中宮が縁結びの神様。
奥宮に行く途中にあります結社(ゆいのやしろ)です。

貴船の本宮は御祭神は高霝龍神(たかおかみのかみ)、
水の供給を司る神だそうです。

Kifune04

周りはまさに新緑でした。

Kifune03

この辺りから陽がかげって天気がどうも怪しくなってきます。

Kifune05
往きの貴船川の床には雪洞に灯りが入っていました。

このまま奥宮まで行きます。

Kifune06
奥宮の参道入口にある「思ひ川」です。

”和泉式部が夫・橘道貞の愛を取り戻そうと貴布彌詣でのときに
この谷川で手を洗い口をすすいで身を清めたといわれ、
この谷川が禊川であったことからいつしか思ひ川と呼ばれる
ようになった・・・” と橋の袂の駒札にあります。

橋を渡り鬱蒼とした杉の大木の参道を行きます。

Kifune7_2
Kifune071_2
古い拝殿と本殿です。

ここが貴船神社の奥宮、最奥です。
こらから先は峠を越えて芹生の里へと続きます。

雨雲が低く垂れ込めて、杉木立の道がほとんど真っ暗に。
貴船の旅館街も夕闇の中のようです。

Kifune08

床に誘う提灯の灯もなぜか情緒があって・・・
いかにも貴船らしい雰囲気になっています。

神社本宮に戻って、
ポツリポツリと雨のあたるなかを道端の花を探しながら
叡電「貴船口駅」まで歩いて戻ります。

2008年5月14日 (水)

鞍馬・木の根道

久しぶりの京都でしたが
この日は鞍馬から貴船への木の根道歩きでした。

Kurama01
2年ぶりの鞍馬寺です。
叡電「鞍馬駅」前の天狗の面に迎えられて仁王門に。

Kurama02
さすがに平日で人は少ないですが、
俗界から淨域への結界。

Kurama03
最初にある由岐神社の拝殿(中に階段がある割拝殿・重文)と
奥に見えるのは神杉で大杉社(願掛け杉)。

ここから九十九折参道を本殿に向かいます。

Kurama31
花は何もありませんが新緑を見ながら一汗流します。

2年前の訪問からちょうど一週間遅れでしたが、
そのときはまだ本堂前は桜が咲いていたのに今回はすでに葉桜。

Kurama33
代わりに藤が咲いていました。

本殿金堂に参拝して奥の院に向かいます。

Kurama32

ここから山道の階段を登って行きます。
途中には牛若丸が東光坊から奥の院へ兵法の修業に通う時に
清水で喉をうるおしたという「義経息つぎの水」があります。

屏風坂の急坂を登りきって「義経背比べ石」の前に出ると
大杉権現への木の根道。

Kurama4
木の根を踏んで大杉権現へ行きます。

戻って今度は下ります。
下れば「僧正ガ谷不動堂」と「義経堂」。
さらに行くとようやく「奥の院魔王殿」です。

Kurama08

”650年前、金星より地球の霊王として天降り地上の創造と破壊を
司る護法魔王尊が奉安される・・・”と栞にはありますが。

そしてあとは貴船に向かって急坂を下りるだけ。
その山道のハイライト、木の根道です。

Kurama5
Kurama6
Kurama7

木の根道 ”岩盤が固く地下に根を張れない杉の根が見事な
アラベスクを描いています” とありますが、
ほんとに見事なまでの杉の根のまさに文様です。

わずかな距離を通り過ぎて駆け下りること500m、

Kurama09
鞍馬の西門で貴船に出ました。

鞍馬寺の仁王門から本殿、奥の院と参拝して貴船まで、
約2キロの山道駆け歩きでした。     5月13日

2008年5月13日 (火)

明日香・甘樫丘

飛鳥寺からいつものように散策路を甘樫丘にむかいました。
雨上がりの新緑が素晴らしい遊歩道です。

Asuka1
豊浦展望台から見る雨上がりの明日香村です。

Asuka2

飛鳥寺を見る手前には桐の花が満開でした。
ここは何時歩いても楽しい遊歩道で、
花の時期といっても何もないんですがただ歩くだけで癒されます。

Unebi
            Miminasi
                 Kaguyama  
豊浦展望台から見た大和三山、
左から畝傍山、耳成山、そして香具山とこのように並んでいます。

下りて来ましたらこの花が。

Kakitubata1
杜若ですが、
朝の雨が残り水滴が・・・。

 Kakitubata21 Azami_11
他の杜若とノアザミです。

水滴!ただの花も絵になりますが、
これも花?

Tumekusa1_2
シロツメクサは添え物で雨粒の葉に目がいきます。

そして最後はこの花でした。

Kisyoubu
キショウブです。
この場所は木道があって小さな菖蒲園で、
カキツバタにノショウブも植えられています。

甘樫丘の散策を終えて美味い蕎麦を食べて、
戻ればちょうど遠山氏の万葉講演の時間でした。

奈良・明日香の雨のち曇り・・・、
歯車の狂った一日、それが思わぬ収穫の日になりました。  

2008年5月12日 (月)

明日香・雨のち曇り

雨が上がったので出かけました。
気持ちでは初瀬のミニ棚田と長谷寺の最後の牡丹まつり
だったんですが、現地は雨!
しょっちゅうあることなんですがこれで歯車が狂いました。

仕方なく明日香に走ります。
いつもの奈良県立万葉文化舘に車を停めて、
イベント情報を見ましたら・・・。

天理大学雅楽部による・舞楽
~飛鳥に吹く雅の風~、残念ながら雨で中止でしたが
しかしそのあとです。
14:00からあの遠山敦子氏(元文部科学大臣)による
「詠むこと、読むこと、ー文明の黎明ー」
と題して講演があるとのこと・・・このタイトルに惹かれました。
あとの講演で聴いたんですがムチャ忙しい時にせかされて
つけたタイトルだそうですが、さすが凡人とは違います。

聞いた内容はやや万葉歌より、詠まれて伝えられる言葉から
ギリシャ・ローマに始まる世界の文明の黎明について?が
メインといった感じのでしたのでここでは省きます。

今回はその間の時間つぶしの記事になってしまいました。
ムチャ前置きが長くなりましたが、
ここからこの日が始まったようなもんです。

Manyobunka

写真は文化会館の入口に咲いていたテイカカズラ。
チョッと彩を添えてみまして本題です。

俗人のつけるタイトルはこんなもんでさまにもなりませんが、^^;
「飛鳥寺~日本最古の飛鳥大仏~」栞どうり。(苦)

Asukadera1
何度この境内を通り過ぎたか知れませんが、
実はこの飛鳥寺を拝観するのは初めてでした。(大汗

Asukadera2

「飛鳥大仏開眼1400年」だそうです。
本堂でたまたま団体の方と一緒に説明を聞きました。
聞いた後でなんと、記念写真は撮影可とのこと!?

本堂内の写真が撮れるとは・・・私にとって初めてのことです。

Asukadera3
とりあえず記念写真に便乗しまして撮らせてもらいました。

ついでにこちらは庭にあった

Asukadera5
飛鳥寺形石燈籠(南北朝時代)です。

そして

Asukadera4
宝篋院塔(室町時代)。

こんなの撮ったのはほんとに初めてでした。
もちろん正面からの飛鳥大仏(釈迦如来像)も撮りましたが、
記念撮影にはほど遠く、載せるのは遠慮しました。

飛鳥寺。
初めて本堂本尊を拝観しましたが・・・それが写真に撮らして
もらえるなんて、この日の最高の時でした。

Asukadera

最後はやはり花、境内にあったバイカウツギです。

日本最古の飛鳥大仏に初ご対面で思わぬ恩恵にあずかる。
こんなことがあるんですね~。
このあと雨もあがって甘樫丘散策です。

2008年5月11日 (日)

水生植物園みずの森

草津市志那町の藤を楽しんだ後は近くにある烏丸半島の
「草津市立水生植物園みずの森」でした。

~スプリング・フェスタ イン みずの森 2008~

Mizunomori1

その企画展「第11回 イワチドリ展」が目的だったんですが・・・。

ところが???
何所にもそんな展示などありません!
ポスターで確認したら何と9日からの開催です。
これにはガックリで、どうも最近春ボケみたいで。!?

仕方なく何もない(これは失礼でした^^;)園内を散歩します。
ないよりはましで・・・この花を。

Hanatyoji_2
ハナチョウジ(メキシコ原産・ゴマノハグサ科)。

そして、

Akigumi
エントランスホールに帰る途中にあるアキグミの木。
どれも花は終り近くで黄色に変わっていましたが、
橋の傍にあったこちらはまだ白が残っていました。

食事をして帰ろうとしたらホールの隅っこに、
明日からの用意のためでしょうか?
イワチドリの鉢が数鉢置かれていました。

これはラッキーでした。

Tidori1

イワチドリ、小さな鉢に育てられた花です。
岩場に生える小型の野生ランですが、まだ見た事がありません。

暗くて小さいのでISOを上げています。
手持ちでぶれていますが何とか見れるのを選びました。

Tidori2
Tidori3 
Tidori4 
丹精に育てられた花たちには皆名前が付いていました。
できればもう少し明るいところで撮りたかったがホンネでした。
でも見れたただけでも良しとしなけりゃいかんですね。^^;

こうなると自生のイワチドリが見たくなる。
当然なんですが・・・さて何所に咲いているのやら?悩みます。


記事にはまったく関係ありませんが。(-_-
   Dcf_0060_1   
   
大河ドラマ「篤姫」、
今日から江戸城が舞台です。
今夜は ~大奥入城

貰いものの芋焼酎ですが、
わが愛飲の蔵元の醸造です。
まだ飲んでいませんから味は
ドラマでも見ながら飲みますか!

姫!
出番が参ったようですぞ。(笑)

<NHKとはなんの関係もありません>


  

2008年5月10日 (土)

志那三郷の藤・草津市

奈良は春日大社の”砂擦りの藤”に思いを馳せながら、
訪ねたのは草津市の志那町でした。 

ここにも「砂擦りの藤」がありまして、
その藤の大宮・三大神社に行きました。  5月8日

Sandai2
曰く因縁は省きまして、この藤が”砂擦りの藤”だそうです。
名前のいわれは何所も同じで、
花穂が地面の砂につくほど長く垂れ下がるからと。

 Sandai31 Sandai32
藤を撮るにもそうそう構図的にはたくさんあるわけでもなく、
工夫だけはしているんですが・・・単調です。

樹齢400年とも言われるノダフジの老木だそうです。

Sandai41 Sandai42

ほとんど満開だと思いましたが、見頃は今週末まででしょうか?
ふと奈良の春日大社はどんな具合かと?ついそちらに思いも。

Sanndai1
見事な藤を満喫しましたが、
ここ志那町には他にも二ヶ所に神社があります。

それぞれに藤の老木があり、
ここを訪れる方は「志那町三郷の藤」として三社を廻られる
人もいるそうだとか。
当然ですが!ぶらり旅としては廻らないわけにはいけません。

その一つ志那神社です。

Sina2
ここも老木と聞いていましたが、藤棚としては小さい方ですかね。

Sina3
説明がないので何も分かりません。
見ていただくだけですが、こちらも見事な咲きぶり?でした。

三郷の藤、最後は郷社・惣社神社です。

Sousya2

境内に入ってビックリ、 思わずどうしましょう!でした。
藤棚の左側はほとんど咲いていません・・・というより
もう終わりなのか?・・・。

Sousya3
こちらの藤棚も志那神社ほどの広さでしたが、
とにかく咲いているところを中心に撮っています。

先の神社の方の話ではここも老木だとのことだったんですが、
傍らに立派な「惣社大藤の縁起」なる石標がありました。
それによると樹齢500年だそうです。

草津市志那町の「三郷の藤」、
この日は三社三様の藤棚を拝見させてもらいました。

2008年5月 9日 (金)

花紀行・岐阜西濃

お出かけの部類には入らないような場所に行って
タイトルも敢えて花紀行にしましたが、
これが花紀行かといわれるかも?(ーー

週末の天気が雨模様なので先に頓宮の茶畑で引延しを
しておりますが、こちらは  7日の様子です。

伊吹山の帰りに高速からチラッと見たレンゲ畑がありまして、
多分レンゲもこれが最後の機会だと思い、出かけてきました。

Seino003
名神高速から見たレンゲ畑の一つですがこんな状態です。

 Seino001 Seino002
ここは岐阜県養老郡養老町直江です。
といっても場所は関係ないんですが名神高速道路のすぐ傍で、
養老SAから大垣ICに少し走った辺りですが一面のレンゲ畑です。
右の写真の遠くに霞んで見えるのが伊吹山です。

   Seino004
こちらは反対側の養老山系です。

この日は明日香のレンゲ畑と思っていたんですが、
観光地とは違った里山のレンゲ畑もまた良しとゲットです。

レンゲはこれだけなんですが、これではあまりにも寂しいので
帰りにいつも行く南濃町の「月見の森」に寄りました。

「月見の森」といえば今はこれ、キリの花です。

Seino005
満開の花と、

Seino006
森の少し上にある咲き始めです。
青空のなかででキリの蕾がきりっ!としてます・・・^^;

ここには木の花が多いんですがこの日はキリに負けずに
タニウツギの群生が迎えてくれました。

Seino007
その一房です・・・。

これは見慣れた花なのでチョッとアップにしましたが、

Seino008
エニシダです。

Seino009
山(森か?)で見るツツジも絵になります。

Seino010
ヤマフジが咲いて、

Seino011
まさに新緑が我が身を癒してくれます。

この木にだけ名札がありましたが、なぜ?

Seino012
Seino013
オオシマムラサキツツジ?
知りませんでしたが凄い花です、これがツツジ?なんですと!

この森にはいろんな木があって、
散策路も整備されていて申し分ないところです。
レンゲ畑に「月見の森」の木の花を楽しんだ花紀行?
岐阜西濃南部のミニ旅でした。

2008年5月 8日 (木)

土山頓宮茶畑・甲賀市

八十八夜も終ってなにやら気が抜けたような記事ですが、
ボツにするには忍びないので急遽復活です。

滋賀県甲賀市土山町。
新名神が開通して近くなりましたが、ここは近江土山茶の
産地でもあり垂水斎王頓宮跡があって毎年3月に下旬に
「あいの土山斎王群行」が行なわれるところです。

その土山頓宮の茶畑です。

Tongu1

以前から1号線を走ると見えた「頓宮茶畑」の看板に、
一度見てみたいと思っていたんですが、
あの鎌掛のシャクナゲ見物の帰りによってみました。

Tongu2

広いんです!この茶畑。
三重の北勢(水沢)や亀山にも広大な茶畑があるんですが、
ここは広くて眺望もよく気持ちのよい場所でした。

 Tongu31 Tongu32

鈴鹿スカイラインに続く道ですが・・・、
チョッと見た目にはいったい何所に迷い込んだのか?と。

Tongu4     

1号線の頓宮交差点を北に走ればすぐなんですが、
坂を上っていくと眼の前に現れる茶畑に圧倒されます。

Tongu5

これだけ広いと歩いて回る気にはなりませんでしたが、
見たくて寄ったところだけにしばしこの眺めを楽しみました。

土山頓宮。
茶畑も歩かないと絵にならなくて少し寂しい記事になりましたが、
今度は「あいの土山斎王群行」を観たくなりました。

2008年5月 7日 (水)

赤目渓谷・遊歩道に咲く花

赤目渓谷の続きになりますが今回は遊歩道に咲く花たちです。

まだ華やかな花はありませんが、
この日に見た花たちは新緑の中で目立たず咲いていました。

といってもこの花だけは別でいたるところに咲いています。

1himerenge
昨年は「メノマンネングサ」か「ヒメレンゲ」かで悩み、
結局「メノマンネングサ」と書いてしまいましたが、
やはりこれは「ヒメレンゲ」です。

昨年の間違いついでにもう一つ先に出します。

4kourai
Pict0027e
共に「コウライテンナンショウ」ですが、
昨年はこれも間違って「ミミガタテンナンショウ」と・・・。^^;

似た花では写真で見ても特徴がよく分からないことがあり、
以来花の写真は慎重に撮るように心がけております。(汗)

あまり見映えのしない花が多いので一つだけ滝を。

2senjyu
先月の滝開きが行なわれたところの「千手滝」。
何度も撮っているんですがこの滝も好きな一つです。

ではこの日見た花を。

3kakidosi
まさにどこにでもあるカキドオシですが、
滝道で見ると花らしく見えるから不思議です。

8kiran 
そしてキランソウ。
この二つは別に人里の道端でも見られる普通の野草ですが、
少しは色艶が綺麗ですかね。

6kikeman
ミヤマキケマン。
別に深い山とは関係ありません。

6ginryo
昨年も同じ場所にありましたがギンリョウソウです。
今年はなぜか数が少なかったんですが?まだ早かったかも。

7yamaruri
ボケておりますが(汗!)ヤマルリソウ。

5mamusi
マムシグサ、帰りに見つけました。

新しく仕入れた知識では綺麗な緑のマムシグサは
関東マムシグサというそうで、
先に出したテンナンショウのような色はムラサキマムシグサだとか、
初めて知りました!

9tigoyuri
チゴユリですね~、一個だけ見つけました。

10oiwakagami
そして究極の花ですが、多分オオイワカガミではないかと。
断崖の上に咲いていまして、さすがに近づくのは無理で
やむなく切り取りましたが、細かくは確認できません。

この日はメジャーな花は少なかったんですが結構咲いていました。

最後は花ではありませんがこんなもんが出来ていました。

11maunten
赤目渓谷の新名所、マウンテン・ゴリラの岩。
いったい誰が考えるのか知りませんが???
今まであった岩ですがまだ名所がいるのって感じです。

滝を見て、新緑の木々を見て、花を探して下を見て、
なんとも忙しい遊歩道歩きでしたが、マイナスイオンたっぷりの
赤目渓谷を楽しんで来ました。

2008年5月 6日 (火)

新緑の赤目四十八滝

昨年と同じタイトルになってしまいましたが^^;
今年もまた赤目渓谷の新緑を楽しみに出ました。

Akame1
今年は「布曳滝」から入ります。

GW最後の日、”行きはよいよい♪~帰りは怖い♪”の
高速道路事情で、帰りの渋滞を避けるためとGW半額割引を
考慮したなんともセコイお出かけでした。

ということで、朝陽をまともに受けることになった滝道の撮影です。

   Akame2
この陰陽の撮影がホント!苦手なんですが・・・、
やはり新緑の森林浴ですからまぁ写真はこんなもんで、せめて
大きくして雰囲気を味わってもらえればと。

 Akame31 Akame32
しかし、夜来の雨も上がって新緑には最高の天気でした。
少しは水量が多いかと思ったんですが・・・、
あまり関係ないようで道もほとんど乾いていました。

右の写真は昨年と同じ「七色岩」なんですが、
新緑といえば定番の場所でどうしても入れてしまいます。^^;

 Akame41 Akame42
左は「姉妹滝」とその上流、右は「荷担滝」への登りの手前です。
ここも好きな場所なんです。

今年は「荷担滝」はパスさせていただいて、

Akame5
いきなり最後の「巌窟滝」です。
ここまで3.3キロの道のりです。

今日は少し早く出たこともあって昼にはまだ早く、
少し先の出合まで足を延ばします。
こちらも新緑は綺麗で、川も細くなりまた違った趣があります。

   Akame6
陽が降り注ぐというより緑の天井です。

Akame61
Akame63
滝はありませんが、
綺麗な渓流沿いの遊歩道?(というよりこちらは山道)が
続いて気持ちの良い森林浴が楽しめます。

Akame7
チョッと一枚、渓流に落ちた椿をゲット!
今日の花はこの一枚です。

赤目渓谷の花(野草)たち、やはりまだ地味な花が
多かったんですがそれでも思っていたよりは」収穫がありました。
明日はその花たちを全て紹介です。

2008年5月 5日 (月)

熱田神宮・神輿渡御神事

5月1日の「舞楽神事」に続いて行なわれた
「熱田神宮神輿渡御神事(しんよとぎょしんじ)」に
出かけたんですが、神宮前に着いたら雨になりました。

これだけは如何ともなりません!
とりあえず本宮に向かいましたが・・・。

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”雅やかな装束を着けた約百名の奉仕者が御神宝を捧持し、
神輿(みこし)を中心に行列を整え、・・・”
と神宮のHPにはあります。

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その肝心の神輿は拝殿に鎮座しております。

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すでに神事の準備に入っておりましたが、
これって雨ではどうなるの??と馬鹿なことを考えていました。

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神官の登場で儀式が始まりますが、
もちろん式次第などもなく何がどのように行なわれるのか?
さっぱり分かりません。

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ましてや遠くからの撮影で、太~~い柱の合間からチラチラ見える
様子を追っかけていくだけです。

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巫女さんの舞も入って優雅でいい感じなんですが・・・。

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ほんとに柱ばっかし!で、
思い切ってパノラマサイズに切り取ったらよかったかも。^^;

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儀式が終リますとこの後神輿の渡御になるんですが・・・、
この雨です。
祭列の後ろに神輿はありません!当然です。
雨の中、その出ない神輿を未練たらしく待つ爺でした。 

この後の様子をHPでは、
”本宮から正参道・南門を経て鎮皇門(ちんこうもん)跡の
西門まで進み、遥かに皇居を望み、皇室の御安泰と国家の隆昌を
祈念する・・・”
とあります。 

2008年5月 4日 (日)

伊吹山・春

名古屋は30度を超す真夏日だったと後で知りましたが、
最高の天気で文句なしの春の伊吹山です。  5月3日

昨年より一週間早い訪問でしたが・・・。

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遊歩道にはショウジョウバカマも咲いていてまだ早春なんです。

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伊吹の主流はヤマネコノメソウですが、
こちらはボタンネコノメソウ。
まぁ、マイナ~な花ですが、ネコノメソウでは楽しめる花です。

この日はツルキジムシロがやけに目につきました。

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そしてイブキタンポポ。

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この日は花は無理かなと承知でしたから納得なんですが、
でも予想以上の収穫です。

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セントウソウに、

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イブキハタザオです。

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ヤマエンゴサク。
他にも撮っていませんがアマナにキバナノアマナ、ニリンソウなど。

春一番の伊吹に花を求めるのは無理なんですが、
ドライブウエーの開通が始まるとどうしても行きたくなります。
それはそれでまた楽しいもんなんですね~。

山を降りて来て料金所手前で見た花です。

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上からウワミズサクラ、イブキシモツケ、ツクバネウツギです。
一ヶ所に咲く三種の花でした。

伊吹山の季節はこれからが本番です!^^;
昨年同様に、この日も花より避暑の伊吹山でした。

2008年5月 3日 (土)

花垣の八重桜・伊賀市

これがたぶん今年最後のサクラのアップになります。
伊賀市予野、花垣地区のヤエサクラです。

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小さいんですが老木です。
三重県指定の天然記念物ですが、
近い将来減失の危機を迎えているそうです。

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この老木が何時まで持つんでしょうか?
傍には苗木の後継樹が定植されていました。

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この花、雄しべが2つあり、カスミサクラの変種だそうです。

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この花はさすがにアップでしかお見せできません。
それぐらい小さい木で花も可愛いんです。

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綺麗なんですが・・・。

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朽ちるサクラを見るのも辛いもんです、
といってもすぐではありませんが・・・。

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ほんとに綺麗なんですよね~。(くどい?)
でも必死に(と思うのは自分だけです^^;)咲いていました。

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近くの花垣神社の境内にある芭蕉句碑です。
句は、
”一里は皆花守の子孫かや”。
元禄3年伊賀花垣荘のでの吟、まさにここです。

この小さいながら老木の桜が、何時までも咲いていてほしいと
思いながらここを後にしましたが・・・、
このところ涙もろく泪に霞む八重桜の 木でした。アホや!

2008年5月 2日 (金)

熱田神宮舞楽神事

舞楽神事というなんとも我が身には不似合いなお誘いでしたが、
浅く、広~い知識と教養を身上とする爺にこれはまた良い機会と
いそいそと熱田神宮にお供です。    5月1日

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本来なら神楽殿前に特設された朱塗りの欄干付き高舞台で
行なわれるところなんですが、
只今神楽殿が改築工事中で代わって祈祷殿長床での開催でした。

「舞楽神事の解説」なるものをもらって速読ですが、
本年の奉奏曲目は9曲、長くなりますが順番に一挙ご紹介です。

”舞楽を奉でるときは、国家の安泰・雅音成就を祈り、舞台を
祓い清めるためにまず最初にこの曲を舞います
”。

”・・・・・” は神事目録の解説から引用しています。


振 鉾 (えんぶ)

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上が左方(さかた)の舞人・下が右方(うかた)の舞人ですが、
ちなみに左方・右方とは曲を奏する楽器(笙や篳篥)の種類で
左・右に大分類されていてその曲で舞人が舞います。
(こんな簡単な説明でいいんかしらん?)^^;

萬 歳 楽 (まんざいらく)・左方四人舞

Manzai
”舞振りは、かろやかなリズムと、あでやかさの中に
荘重と典雅を極めています”。


舞と併せて舞振りを説明するのが本来ですが、
舞についはまだ理解できていませんので省かせてもらいます。^^;


延 喜 楽 (えんぎらく)・右方四人舞

Engi
”舞振りは、・・・柳の枝に風がそよ吹くごとく穏やかで、
荘重さを感じさせます”。


喜 春 楽 (きしゅんらく)・左方四人舞

Kisyun
”舞振りは、総体的に落ち着いた優雅なものですが、
輪を作って舞台を一周する軽快な面もあります”。


敷 手 (しきて)・右方四人舞

Sikite
”舞振りは、華麗で・・・・・袖を翻しながら輪を作って舞台を
一周して舞う姿は、まことに趣があります”。


「別曲」 胡 蝶 (こちょう)・右方四人舞

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Kotyo12
”舞振りは、あたかも蝶が花園に舞いたわむれる様を
あらわすような、可憐な童舞です”。


還 城 楽 (げんじょうらく)・左方一人舞

Genjyo
”舞振りは、蛇を見つけ喜悦し、その周りを太鼓のリズムにのって
廻り、やがてはその蛇を取り上げるという、すこぶる勇壮活発な
さまを呈しています”。


これは長かったですが(・・・ように感じた?)見応えがある
大作?でした。

抜 頭 (ばとう)・右方一人舞

Bato
”舞振りは、髪を振り乱し、同じ手振りを幾度も繰り返す活発な
もので、一種凄愴な感を抱かせます”。


長 慶 子 (ちょうげいし)

Sou
最後は舞はなく曲だけです。

”舞楽の退出音声(まかでおんじょう)として奏でられるのが
慣例の楽曲で・・・・・曲調のよく整った優雅で格式のある名曲です”
と解説にありました。 写真はこの曲とは関係ありません)^^;

以上9曲を「熱田神宮舞楽神事の解説」から舞振りの部分を
一部引用して紹介しました。

朝の10:30から15:00まで、4時間30分の長汀場でしたが、
絢爛優美の世界に時間は関係ありません!
あっという間の!?ひとときでした。 

2008年5月 1日 (木)

ほんしゃくなげの群落・鎌掛

室生寺のシャクナゲに少々消化不良・・・で、訪れましたのが、
滋賀県日野町鎌掛(かいがけ)の国指定天然記念物・
「ほんしゃくなげ群落」のしゃくなげ渓谷でした。  4月29日

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渓谷、そうなんです!山です。
少し低い山ですが、ご覧のとおり入口から歩きです。

この先で園内無料バスがありますが、
ここでバスに乗るか遊歩道を行くかどちらかに決めます。
しゃくなげ渓谷はまだ先なんですと!

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ここは当然遊歩道でしたが、この先には健脚向きもありました。
久しぶりにミニ山歩きを楽しみます。

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最終地点のしゃくなげ池です。
ここからまだまだ”しゃくなげ群落地”まで遊歩道を歩きます。

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その”ほんしゃくなげ”の群落です。
ちょっと予想外の景色に・・・どう撮るか?対処できません!
どうしましょうと・・・、ただ単純に撮ってしまいましたが。

渓谷に咲くほんしゃくなげ。

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これってアップで撮ってもただのしゃくなげの花。
山肌にへばりつく群落、
見た目には凄いんですが、写真に撮ると何があるのか全然!
アップにしないとしゃくなげにならんのですわ。

渓谷の谷沿いに咲く花もあるんですが、
どちらかとこの山肌に咲く群落にはとても及びません。

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これが渓谷沿いのしゃくなげなんですが、
花というより葉が多すぎて・・・。

 Gaigake51 Gaigake52
やはり群生の全体を撮るとかなりの大きさにしないと肝心の花が
何だか分からなくなります。
仕方なく花が分かるところまでアップにしています。

ここはさすがに自然群生で表年(花が多い年)と裏年(少ない年)が
はっきりしているようでした。

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しかしこれはどう見てもただ撮っているって感じですな~。

こちらはその典型的なもので、

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健脚向けコースの遊歩道最上部から木々の間に見えた一枚です。

まぁ、ここはしゃくなげの群生を見て楽しむところでした。
約2万本のほんしゃくなげが群生しているそうですが、
そんなもんとても分かりません。

渓谷に咲くしゃくなげ!
これも初めての体験で久しぶりの森林浴でもありました。

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