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2008年1月31日 (木)

今年初のひなまつり展

地味な記事が続きましたがお待たせいたしました。

始まりました「ひなまつり展」。
今年もまた各地の「ひなまつり展」を駆け巡ります。

さて、今年のトップは知多市の「歴史民族博物館」。
テーマは”おひなさまと祝いの膳”です。

Tita01

飾り付けの違いでしょうか?
昨年とはかなり趣が変わっております。

Tita06

今年はメインが御殿飾りでしょうか?
奥に昭和30年時代の御殿飾りが並びます。

目玉はガラス窓の向こうにあったこの親王飾りです。

  Tita08Tita07
ちょうどガラスのつなぎ目に並んでいたので正面から撮れず、
こんな形でしか撮影できません・・・
片方ずつアップでご覧下さい。

無料で、写真も撮れて文句は言えないんですが、
もう少し配置を考えてくれれば
苦労してはいないんですが。(>_<)

江戸時代後期とありました、古今雛でしょうか。
一年たつとまた一からやり直し、(汗;) いやだねぇ。

あとはいつものようにお雛さまを見ていきます。

  Tita03Tita02
今年もまた私の好みで選んでいきます。
お好きなお雛様があればクリックでぞうぞ。

  Tita04Tita05_2

まぁ、ここはそう期待するところではなく、
今年のひなまつり展の感触を確かめに訪れた、
そんな場所でした。

しかし、毎年同じではつまらないので今年は何かをと思い、

Tita09

この日飾られていた段飾りの三人官女のなかから
選んだ一人です。
・・・どうしてもお姐さんっぽいのになってしまいます。
これは昨年から変わりませんわ。

今年も各地で始まる「ひなまつり展」。
昨年とは違った切り口で紹介しようかと
思ってはいますが・・・さて如何なりますか。

2008年1月30日 (水)

石切劒箭神社

近鉄沿線紀行、
最後は「石切劒箭(つるぎや)神社」・東大阪市です。

近鉄石切駅を出て南に鳥居くぐり、
西に細い坂を下り始めるとそこはもう参道の門前商店街。


Isikiri01

「でもの・腫れ物」を治す神様としてしられる神社だそうですが、
ここの参道は凄い!何がって。

  Isikiri21 Isikiri02
だらだら坂の両側に建ち並ぶ店がおよそ120軒。

そのうち占い・霊感師の店が約28軒だそうで
(ある食堂にあった新聞の切抜きによる)、
それだけではなくこんなものも。

  Isikiri03_2 Isikiri04
商店街の中に更に大仏や不動明王、
更に何やら不可思議な像など、
ありとあらゆる神様仏様が占い師の提灯・看板とともに
摩訶不思議な雰囲気をかもし出しております。

Isikiri06

これが大阪の民間信仰の象徴なのでしょうか?
とにかく何でもあり気の世界、
言ってみれば何所でもそうなんですが。

しかしここはまさに徹底しています。

Isikiri062

坂を下りきりますと右手に石切神社の鳥居と本殿。

ここで何気なく左手を見て絶句!
凄い建物がありました。

Isikiri07
Isikiri08

屋根に、天を貫く剣を頂く仁王門?とは言わんでしょうが・・・。
では、山門・・・?なら、こちらが表参道になる。
それにしては下りてきた門前町の参道とは
比較にならないほど短く、
まして駐車場から大鳥居とこの建物だけで神社に直結です。

この建物、あとで商店街のチラシを見たら絵馬堂とありました。

  Isikiri10 Isikiri11

本殿前の「百度石」を撫でながら
忙しくお百度まいりをする人たち、
そしてご祈祷を待つ人たちのなが~い列にただ驚くだけ。

皆さんの真剣な様子に
ただ小銭を投げて手を合すのが精一杯!
本殿も、
ご神木の写真も撮らずに駅に戻ってしまった爺でした。

2008年1月29日 (火)

玉造稲荷神社

近鉄新春フリー切符の最終日は
まず大阪「玉造稲荷神社」です。

Tamatukuri1

特に神社を見たいとか・・・
という訳ではなくただの買い物でした。

Tamatukuri2

境内本殿右前にあります石柱です。
ここは年に一度?暮れに行われています伊勢本街道を歩く
「伊勢講」の起点になっています。

”昔、お伊勢参りには玉造稲荷神社に参り、
道中安全の祈願をして旅立ったといわれ、” とあります。
本来は高麗橋がその起点で、
そこからこの稲荷神社に立ち寄ったものと思われます。

この日の目的であります買い物。
それはここにしかない「伊勢参宮本街道行程図」でした。

しかしこの神社、
小さな境内におおくの末社や石碑など
いろんな碑が建ち並びます。

   Tamatukuri3
本殿の左前にある「利休井」です。
豊臣時代、この地で千利休が屋敷を構えていたといわれ、
その顕彰碑は境内片隅に。

その横にはこの鳥居。

Tamatukuri6
”400年の歴史を刻む。
大阪での石製鳥居としては、四天王寺正門の鳥居と共に
古いといわれている。” とありますが、

あの阪神淡路大震災で倒壊の恐れがでたため、
こんな形で保存されているようです。

Taatukuri5
こちらは小野小町の歌碑。
昔は江湾地帯で、生駒混合連山を見渡す景勝の地であったと。

この地を訪れた小野小町が詠んだもの。

そしてこの碑です。

Tamatukuri4

神社の近くで生まれたという漫才作家「秋田実」。
上方漫才師たちによってここ「玉造稲荷神社」境内に建てられたと。

来て、見るもんですね~。

Tamatukuri67

このあとは「歴史の道」散歩と思ったんですが、
この日は「大阪女子マラソン」が行われていたため
交通規制があり、
ちょこっと散歩して鶴橋まで戻りました。

2008年1月28日 (月)

まちかど散策・鈴鹿市白子

白子と言えば、子安観音と伊勢型紙、そして鈴鹿墨。
それと春先の小女子漁の白子港です。

町の中心部を伊勢街道が南北に通ります。

二年ぶりに歩く伊勢街道ですが、
白子駅から東に歩いてその伊勢街道(参宮街道)に入ります。

Siroko01
和田家の角にある街道の道標ですが、
個人の建立に寄るものです。

街道を少し行きますと子安観音があります。

Siroko02

見事な仁王門に驚かせますが、
ここは国指定の「不断桜」が有名。
 Siroko03 Siroko04
本堂と銅灯籠、そして三重塔です。

本尊はその昔、鼓ヶ浦の海の中から
赤ん坊に背負われて現れたという「白衣観世音」。

ここからその海よりの堤防に出ます。

Siroko05
海浜の手前にある鈴鹿産業伝統会館。

Siroko06
鈴鹿墨と伊勢型紙の造られる行程を紹介しています。

  Siroko71 Siroko07
その伊勢型紙。
左は「突彫り」、左は「錐彫り」というそうで、
掘り方は他にも数種類がありました。
これぞ伝統工芸なんでしょう、まぁ~見事なものです。

ここからすぐの白子新港緑地に大黒光太夫のモニュメントと
井上靖の文学碑が建っていました。

  Siroko08_2 Siroko09

光太夫が出帆したという白子浜(鼓が浦)です。

Siroko10_1

このあと白子漁港、
江島八幡神社と歩いて伊勢街道を戻ります。

最後はここ、

Siroko12

伊勢型紙資料館、寺尾家住宅です。

残念ながらここは撮影禁止でしたが、
伊勢型紙の彫刻技法をあますことなく見せてくれます。

鈴鹿市白子、伊勢参宮街道と伊勢型紙、
そして鈴鹿墨の町でした。

2008年1月27日 (日)

鳥羽湾めぐりとイルカ島

まるで童心に帰ったようでありますが・・・。

ムチャ寒い寒風の中、
よりによって鳥羽湾めぐりとイルカ島です。

Toba1

実はこの日は菅島灯台を見に行くつもりでした。
いつも思うんですが、
下調べもせずに動きまわることの馬鹿馬鹿しさ。
今回も十分知らされました。

渡船時間まで1時間半、戻りは島で2時間です。
あほらしくて何年ぶりかの鳥羽湾めぐりとイルカ島でした。

Toba2
こんな日は私一人だと思ったんですが・・・。
いいえ、やはり観光客はいるんです。

だから馬鹿は取り消します。

Toba3
お馴染のアスカショー。

Toba4
そしてイルカショーです。

定番ですが、大の大人がと笑わんでください。
近鉄のチケットを使うためのミミッチイ考えではございません。
多少はありますが(-_-;)、

まぁ久しぶりに子供にかえりました。
しかし寒かった・・・。
少々風邪気味っす。

それでも展望台へ。

 Toba5 Toba6  
やはりここに来たら展望台からの海は外せません。

帰りはもう当てつけですが、

Toba7
登志島・桃取地区の無人灯台です。
何の意味もありませんが、いえ・・、
湾内を守る大事な灯台です。

ぶつぶついいながらも、結構楽しんだ鳥羽湾めぐりでした。
どうやらここで本格的な風邪をひいたようです。

2008年1月26日 (土)

生駒宝山寺・生駒聖天さん

難波から次に向かったのは生駒でした。
生駒ケーブルで6分、
宝山寺駅から石段の続く門前町を上ります。

Ikoma1

あの「男はつらいよ」
第27作「浪花の恋の寅次郎」(1981夏封切)で、
寅次郎とふみ(松阪慶子)がここを上るシーンがありました。

 Ikoma11 Ikoma02
上り詰めると更に長い参道の先に大鳥居。
駐車場兼車のお祓い所を見てまた石段を上がりますと惣門です。

くぐりますと左に地蔵堂、右に七福神をみて

Ikoma03_2
中門です。
ようやく本堂境内に入ります。

Ikoma04_1 
ツララの下がる手水舎で手と口を清め本堂へ。

Ikoma05_2 
Ikoma06

延宝6年(1678)に湛海律師によって開かれました。
本尊は不動明王。
隣にあります聖天拝殿、こちらは秘仏で大聖天歓喜自在天。
それゆえ、
宝山寺はまた「生駒の聖天さん」とも呼ばれて親しまれています。

  Ikoma08 Ikoma09_3
更に先に行きます・・・上へ上へと上って行きます。

文殊堂があって、般若窟の前には観音堂。
この般若窟、巌頭には湛海律師が自ら彫った虚空菩薩像が
安置されています。

そして多宝塔ですが、大方の方はまずここまででしょうか。

更に奥に参道を進みますと左に太子堂が・・・そしてまだ先です。

 Ikoma11_2 Ikoma12
最後の参道石段を上り詰めますと、
ようやく奥の院がありました。

ちょっとオーバーに書いていますが、
参拝しながらここまで30分ほど。
最後は結構鬱蒼とした中を行きます。

 Ikoma13 Ikoma14_2

戻りまして本堂境内からみる宝塔と般若窟、
そして多宝塔です。
初めて訪れました生駒宝山寺・生駒の聖天さん。

山腹に造られたお寺にはいつもびっくりさせられますが、
ここもやはりそうでした。

2008年1月25日 (金)

富田林寺内町から難波へ

昨年末に買った三日間乗り放題の「近鉄新春全線フリーパス」。
今日から三日間は近鉄沿線紀行となりますが
どうかお付合いのほどを。

Oosaka01
いきなりこんな写真で恐縮ですが。
今日の夜のニュースで織田作之助の未発表の
原稿が見つかったとか。

ということで、ここはかって織田作之助が滞在したという
大阪府富田林寺内町(じないちょう)」です。

Oosaka06
この写真を出しますと後は何もないんですが、
「日本の道百選」に選ばれているみち、
「あてまげのみち」と書かれた石標が建ちます。

 Oosaka11_2 Oosaka07_2
寺内町の核として重要な役割をはたしてきた興正寺を中心に、
石川の水運、東高野街道・千早街道が交差する陸運に恵まれ、
商業の町として発展した・・・と。

Oosaka05 

人の屋敷を見てなんだと思われるでしょうが
とにかく絶句でした。
いろんな旧家の町並み、家の造りを見てきましたが・・・。
我が趣味の世界とはいえ凄い町です。

 Oosaka02 Oosaka10
家並み。

 Oosaka03 Oosaka08
格子窓。

Oosaka12
当たり前ですが塀です。

これだけは関心ない方も見えると思い
ほんの少しを載せましたが、
興味のあるか方にはたまらない町、というより建物群でしょう。

そんな町並みを散策して大阪は難波に向かいます。

ブログ仲間の~「酔うて候」恵美さん~の情報をいただきまして、
行ったのはJR難波駅、大阪シティエアーターミナル(OCAT)4Fの
「世界 旅の情報ステーション」へ。

Oosaka13
開催中の「旅の写真コンテスト」。
旅と付くイベントには何でも行ってしまいます。

この写真展、
思ったよりこじんまりとしていて数はあるんですが
写真のサイズがバラバラ。
これはせめて統一してほしかった。

Oosaka14

”写真撮っていいですか”
「応募された方ですか」
”友達の写真を・・・”「どうぞ」

さて、その友達?の写真は載せていいんでしょうか。
左端二つ。

Oosaka15
    Oosakan_2
我が友達の友達。
頑張れよ!

ということでこの後は再び近鉄沿線の旅に出ました。

2008年1月24日 (木)

建部大社・大津市

Takebetaisya01
瀬田の唐橋ですが、
目的はここではありません。

大津市散策の最後はここから東約500mにあります
「建部大社」。

Takebetaisya02

近江一之宮といわれ、
その歴史と由緒は全国屈指だそうですが。

  Takebetaisya03 Takebetaisya04
境内入口の鳥居をくぐって
深く敷かれた砂利道の参道を行きますと、
左手にどっしりした構えの手水舎です。

Takebetaisya05
神門をくぐると

Takebetaisya06
Takebetaisya08
拝殿と、奥には日本武尊を祀る正殿と、
大己貴命(おおなむちのみこと)を祀る権殿が並び建ち、

  Takebetaisya07 Takebetaisya10
拝殿左右の境内には小振りですが美しい末社が並びます。

    Takebetaisya09
神木の三本杉。

Takebetaisya11
そして重文の石燈籠(大燈籠)。
池に張り出しているのは寄進によるただの雪見燈籠です。

石橋を渡って右に回り込みますと檜山神社遥拝所。

Takebetaisya12
その前にあるのが対の小燈籠です。
同型の燈籠が
京都「北野天満宮」の三光門脇に建立されているとか。

知っていながら訪れる機会のなかった「建部大社」でしたが、
ようやく参拝することができました。  

2008年1月23日 (水)

義仲寺・大津市

大津市の芭蕉句碑めぐりのあと、
二年半ぶりに訪れた「義仲寺」です。

Gityuji13
もちろん何も変わっていないんですが、
芭蕉句碑をめぐっているとやはり訪れてみたくなります。

Gityuji01
ここではやはりこの句碑です。
”行く春をあふミの人とおしみける”。

近江を愛した芭蕉のここにふさわしい句です。

芭蕉が”木曽殿と一緒に・・・”と遺言した義仲寺。

Gityuji03

その義仲寺本堂、「朝日堂」。

   Gityuji04
芭蕉がなんども身を寄せた「無名庵」の前にある句碑。
”木曽殿と背中合せの寒さかな”は
伊勢の俳人又玄(ゆうげん)が詠んだ句。

  Gityuji07_2 Gityuji09
その義仲公墓(左)と芭蕉翁墓です。
 
Gityuji11
Otuo

そして翁堂。
天井絵はあの伊藤若冲筆の四季花卉の図だそうですが類焼。
正面壁上に「正風宗師」(暗くて見えません)の額があります。

   Gityuji05
ここにある芭蕉句碑は三つ。
冒頭に紹介した他にはこちら、”古池や蛙飛び込む水の音”。

そして、

Gityuji10
ひときわ大きな石に。
”旅に病んで夢は枯野をかけ廻(めぐ)る”。

芭蕉を中心に紹介しましたが、
ここには多くの句碑、歌碑、塚があります。

Otuhana

近江を愛した芭蕉が
最後に義仲寺無名庵に滞在したのは
元禄七年(1694)六月十五日から七月五日まででした。

2008年1月22日 (火)

大津の芭蕉句碑めぐり

坂本は終ったんですが、
ここ滋賀院門跡に芭蕉句碑があります。

0119sakamoto131
滋賀院門跡の境内、
勅使門の左手にある芭蕉句碑です。

    0119sakamoto132_1

” 叡慮にて賑ふ民や庭かまど ばせを ”
貞享5年(1688)の吟ですが、
坂本ロープウェイの傍からここ滋賀院に移築されました。

今日は私の趣味の世界で恐縮なんですが。

我がブログの始まりは芭蕉の「奥の細道」を歩き終えたあと、
「芭蕉紀行」を追って
大津市義仲寺から始めた句碑めぐりでした。

大津市にはおよそ20近い句碑があります。
というわけでそのまま、膳所城址公園に向かいます。

0119sakamoto176_1

ここに比較的新しい句碑があります。

0119sakamoto179
公園内の三等三角点を見て湖に。

0119sakamoto180
正面に近江大橋を見ます。
その橋の左手が見える場所に句碑がありました。

0119sakamoto188

” 湖や暑さを惜しむ雲の峰 ” 
元禄七年(1694)膳所にての吟です。

実は忘れていましてが近くにもう一つ、
御殿浜にありました。

日にちが変わります。
今日は市街に残る句碑めぐりに大津市です。

膳所城址に続く「なぎさ公園」の中ほど、
中之庄一丁目交差点近くです。

Otu5

   Otu6

”四方より花吹き入れてにほの波 はせを”
元禄三年(1690)、
膳所・洒落堂から「鳰(にお・にほ)の海」(琵琶湖)の
大観を呼んだものだそうで。

その洒落堂へと向かいました。

京阪・膳所本町から山の手へ。
国道一号線秋葉台の交差点を少し上がると茶臼山古墳公園。
その一角に「芭蕉会館」があります。

Otu7

想像していたのとは・・・これが芭蕉会館?って絶句です。
鍵がかかって入れません。

その玄関脇に句碑がありました。

Otu8
”大津絵の筆のはじめは何佛 はせを”
元禄四年(1691)の吟ですが、しかしねぇ~。

気を取り直してこの公園にあるとありました「洒落堂」・・・?
見つけられませんでした。

そこから見たという「鳰(にお・にほ)の海」、琵琶湖ですが。

Otu11
今は琵琶湖もこんな感じでしか見えません。

このあと句碑めぐりを続けたんですが徒労に終りました。
よくあることですが、まぁこんなもんです。

しかし久しぶりの大津の芭蕉句碑めぐり。
何やらまた
「芭蕉紀行」を追ってみたくなったひとときでした。

2008年1月21日 (月)

日吉大社と日吉東照宮

旧竹林院、滋賀院門跡と観てきましたが、
坂本といえばやはり「山王総本宮 日吉大社」ですか。

拝観受付から大宮橋を渡って参道を行くと山王鳥居です。

0119sakamoto10

”東に向かって伊勢の神宮を始め東の神々を、
西に向かっては西の神々をそれぞれ拝することができる”
と、書かれてあります。

鳥居をくぐって右に白山社と宇佐宮の参道をみて行くと、
突き当たりにこれ、

0119sakamoto11
石造りの珍しい手水舎。

そして右手に、

0119sakamoto01
西本宮の楼門です。

境内には山王七社がありますが、西本宮から宇佐宮、
白山社を参拝して、東本宮に向かいます。

途中、三宮宮、牛尾宮遥拝所を過ぎると東本宮の楼門です。

0119sakamoto02
こちらも見事なものです。
ともに入母屋造り桧皮葺ですが、
こちらはやや小さいそうです。

拝殿左に樹下宮があって、これで山王七社です。

八王子山(牛尾山)を含む13万坪(40万㎡)の境内に、
国宝二棟(東西両本宮)、重文十七棟を有するそうです。
やはり坂本と言えば日吉大社ですか?・・・。

そして坂本散策最後は日吉東照宮です。
大社から南に300mほど行った高台に参道の階段を上ります。

0119sakamoto03
0119sakamoto04
拝殿の扉が開かれ、
本日は本殿は特別公開でした。

0119sakamoto05
御祭神は山柱で、中央に徳川家康・向かって右が日吉大神・
左が豊臣秀吉が祀られているそうです。

  0119sakamoto06 0119sakamoto07
ただ観るだけと行ったんですが、
本殿の内部が観れるとは・・・。

Sakamoto
日光東照宮の雛形として造られたという・・・、
小さいながら実に絢爛豪華です。

その権現造り。
手前が向拝、中間に石の間があって奥が本殿です。

いやぁ~思わぬ拝観をさせてもらいました。
おかげで少し長くなりましたが一挙掲載してしまいました。

0119sakamoto09

石積の門前町・大津市坂本。
この日はなんども記事にしている西教寺に寄らなかったこともあり、
これだけゆっくりと散策したのは初めてでした。

2008年1月20日 (日)

滋賀院門跡

旧竹林院の盆梅展のあとは滋賀院門跡です。

Sigain1
Sigain2
穴太衆(あのおしゅう)積みの石垣の上に
白壁をめぐらせた外観を行くと、
桧皮葺き唐破風の勅使門があります。

延暦寺の本坊で、
江戸時代末まで天台座主の居所であったため
滋賀院門跡と呼ばれています。

拝観をお願いすると一階主要所の案内を受けます。

  Sigain3 Sigain4

それぞれの襖絵から左は羅漢の間、右が梅の間と呼ばれ、
大額の文字は法華経よりの法語だそうです。

左の伽藍灯籠は
延暦寺根本中堂に掛けられているものと同じもの、
扉を開いて中の様子を見せてくれます(クリックでどうぞ)。

Sigain5
こちらは「天上輿」。

何十年か?に一回の・・・何だったか?儀式のときに、
今でも天台座主が実際に輿に乗られると。

襖絵は火災で焼失後移築再建されたときに、
延暦寺から下ろされたものだそうで
両方が不揃いなのはそのため。

Sigaink
二階書院に面した「蹴鞠の庭」を一階から見ます。

ここまで一階主要部分についての説明でした。
写真撮影は自由なんですが(三脚不可)、
聞きながら撮るのも失礼でつい移動する間に一枚づつ。

このあとは自由拝観に無罪放免でした。
まず二階書院を拝観。

  Sigain6 Sigain7
左は天海大僧正の鎧兜ですが、
兜が僧正の被る?何かに似ています。
右は黒松の襖絵の一部で、
ふすまの引き手が目になって龍に見えます。

書院のあとは内仏殿(本堂)へ。
本尊はふっくらとしたお顔の、
小さい(・・くみえた)薬師如来でした。

そして一階寝殿からの庭園です。

  Sigain8 Sigain9
南北に細長く作庭された池泉鑑賞式庭園で、
南から(左)と北から見たところです。

左手(南)に亀島を、右手(中央)の滝に巨石で鶴石組によって
鶴の羽石を構成しているそうです。

Sigain10
その中央の滝と鶴石組。

そして、
Sigain11
池中央に架けられた切石橋です。

Sigainn

江戸時代初期のもので、
小堀遠州の作庭と伝えられます。

これだけの院内を
自由に撮影拝観させてもらえるなんて嬉しい限り。
なんとも太っ腹の「滋賀院門跡」でした。

2008年1月19日 (土)

大津坂本盆梅展

早くも始まりました盆梅展、
大津市坂本は旧竹林院です。

PRの肩には~第二回坂本盆梅展~、
タイトルは「大津坂本に咲く」。

Tikurin1
昨年は2月28日、
雨の日でしたが今年は初日、雪が残っておりました。

ちょうどオープニングのセレモニーでこの間は無料、
おまけに紅白饅頭までいただくなど、
こんなのいいんかしら?でした。

ただ、盆梅は予想していましたが・・・、
この時期ではやはり早すぎです。

Tikurin2

    Tikurin3
早咲きのものを展示されているようですが
(ここは個人の方のものを借りられています)、
大半がこんな状態です。

Tikurin4

    Tikurin5
セレモニーのあとは有料になりましたがさて?
この状態ではどうでしょう。

  Tikurin7e Tikurin7
もともとここは大鉢はありません。

Tikurin8
小さい盆梅は咲いてはいるんですが、
やはり見頃は2月に入ってからでしょう。

しかしここには坂本に数ある里坊(延暦寺僧侶の隠居所)の
なかでも、名勝庭園と2棟の茶室、四阿(あずまや)がある
旧邸です。

  Tikurin11 Tikurin11e_2
その庭園・・・といっても正面から撮っていません。

Tikurin
この角度がいいんですが、
はて?雪で何かよく分かりませんですねぇ。
腕も悪いわ!m(__)m

  Tikurin12 Tikurin12e
2棟の茶室のうちの1つ、入母屋造り茅葺の茶室。
「天の川席」と呼ばれる珍しい間取りで、二つの出入り口を設け、
主人の両脇に客人が並びます・・・と。
こんな様式は全国でも2つしかないそうです。

Tikurin10_1

元里坊旧竹林院の盆梅展、開花はまだですが。
1月19日(土)から3月2日(日)の案内に
思わず出かけてしまいました。

2008年1月18日 (金)

まちかど散策・尾張大野町

まちかど散策今回は尾張大野町です。

「やきものの町」で有名な常滑市、
その最北端に位置する大野町。

来たのはいいんですがどこにも散歩マップがない。
参りました!
仕方なく駅の近くにあった大まかなイラストでスタートです。

まず行ったのは市見堂の傍にある芭蕉句碑。

Basyou

句は
”青柳の泥にしたたる汐干哉” 
元禄七年(1694)の吟ですが、
ここに芭蕉の句碑があるとは知りませんでした。

さて、このあと行く場所が定まりません。
・・・で、
大野城跡を思い浮かべてついそちらに歩きます。

Oono
検討つけたところへと歩いていましたら
ちょうど駐車場がありました。
少々石段を上りましたが、
誰もいない公園の上にこの大野城址です。

ここは大野佐治氏一族の居城だったところとか。

Jyousi
天主展望台から見る鈴鹿山系の山々です。

このあと町へ戻り、
まちなか散策となりましたが、地図なし何もなし。
何が何か分からないまま歩いていました。

HPで調べたのがこれ、

”鎌倉時代から三河と伊勢の中継点として、
海運・軍事の両面で重要な位置を占め、栄えた町。
古い寺や格子のある町家が軒を連ねて当時をしのばせます。”

このキャッチについ来てしまった・・・、その町並みです。

Oonok
ここが開いていれば・・・苦労はしなかったんですが。
定休日でした。

Pict0022
珍しい建物、はて?これは。

Oonoi
黒壁と格子に往時を偲ばせる建物が並びます。

右は手前から明治、大正、昭和と三代の建物だそうです。
この家の当主に聞いた話ですからこれは本物。
左は料理料亭の跡だそうですが窓にその面影が残ります。

Pict0032

しかしこの町、神社仏閣がムチャ多いんです。
その当主が言うには8寺4神社があるとのことでした。

この奥に金比羅宮と一緒に、
この地区唯一の天台宗のお寺がありました。

Tenndai
寺号は「松栄寺」、瓦に”金”の字が・・・。

そしてここが「大野不動閣」。

Oonosen
「曹洞宗斉年寺」、大野城主佐治駿河守の菩提寺。

さすがに重厚な山門と総門に圧倒されました。
おそらく数ある大野町の寺のなかでも
別格ではないでしょうか。

何も分からず歩き廻りましたが、
この日はほとんどの店がお休みで少々寂しいまち歩きでした。
まぁ、それはまたそれなりに楽しんだひとときでしたが。
おことわり: (1月14日・日曜日の散策です)。

2008年1月17日 (木)

越前岬水仙ランド

Etizen1

”春を待ちます~~春を待ちます~~越前岬~~~♪ ”

灯台が出ますと歌です、それも歌謡曲。
お馴染の越前岬に行ってきましたが、
日本海は暗く大荒れでした。

    Etizen2
越前岬灯台です。
場所は「越前岬水仙ランド」。

何もこんな日にわざわざ行かなくてもと、
よく分かっております。
雪の水仙もまたいいのでは・・・
などと馬鹿なことを考えまして。

行って見ましたら雪だけではなく
突風のおまけ付きでございました。

Etizen3

ましてここは岬で、
この「越前岬水仙ランド」はかなり高いところにあります。
一応上まで行ったのですが・・・。
冬用タイヤとはいえ、
シャーベット状の雪が残る急坂はいやなもんです。
下りをを考えると雪道に慣れていない都会人?の
爺としてはなるべく下の駐車場にと戻ります。

この時点ですでに散策の意欲を無くしておりました。

Etizen

この建物が一番下にある「自然文学資料館」。
この上が水仙の館「ナルシス舘」。

Etizen11
そして最上部が「ハーブ栽培展示ハウス」で、
この上は展望台です。

雪で近寄れませんでした。

  Etizen5e Etizen6 

この三つの建物を結んで遊歩道がありますが、
その斜面にびっしりと水仙が植えられています。

Etizen8

”雪は下から舞い上がり~~♪ ”ではありませんが、
とにかく体が揺れて、花も揺れて・・・手は冷たくてこんな写真しか。

撮った写真はすべて雪が止んだり、小降りの時です。

Etizen7
こちらは文学資料館裏の「文学の道」広場。
水仙と一緒にいろんな文学碑が建ち並びます。

Etizen9

今日はたまに陽が射す変り目の早い天候でした。
風が舞って雪が舞って、まさに北陸の海を感じます。


Etizen10

この先には越廼村の「水仙ドーム」があるんですが、
さすがに今日は止めました。
ここは改めてチャレンジと・・・そんな気もする場所でした。

そしてもう一つ、越前といえばもう越前ガニしかありません。
帰りには昨日揚がったというカニを買って家路を急ぎます。

2008年1月16日 (水)

法華寺から海龍王寺

西大寺大茶盛式のあとは久しぶりに
佐保・佐紀路を奈良市街に歩きます。
目的は途中にある、
まだ行っていなかった法華寺と海龍王寺でした。

Safoji001
Safoji002
法華寺。
光明皇后が日本総国分寺尼寺として創建した名刹です。

Safoji003

滝口入道との恋に破れた横笛が出家した寺でもあります。

本尊の十一面観音立像は秘仏。
御分身像は白檀の一本作で、
日本では只一つの観音立像だそうです

残念ながら史跡名勝庭園と
名宝絹本着色阿弥陀三尊及童子像は
春・秋の慈光院公開にしか見れません。
3月からの公開。

Safoji006
こちらは境内の東に建つ浴室で「からふろ」、
いわゆる蒸し風呂ですが内部は非公開です。

Safoji007
右手にある東庭園、
花木が植えられているだけですが・・・。
季節になると綺麗だろうと想像するだけでした。

そして浴室裏手にある光月亭です。

Safoji008
月ヶ瀬から移築されたという茅葺の民家、
これって何・・・?です。

法華寺を後に少し東に歩くと海龍王寺があります。

Safoji011

ここも光明皇后の創建になるそうで、
平城宮の東北隅に位置することから「隅寺」とも。

入るかどうか?
迷うほどの朽ちそうな?南門(四脚門)に驚き。
入ってまた何もない境内にびっくり。
本堂と西金堂がひっそりと建っています。

しかし本尊の十一面観音立像には
思わず見入ってしまいました。
なんと表現すれば・・・
その表現が上手くできないんですよねぇ。

これではいかんと反省し、
今年は仏像解説の会得をしたいと・・・。(ーー;)

Safoji009
こちらが本堂です。

Safoji010
本堂西に建つ西金堂。

Safojik

ここには高さ4mほどの五重小塔(国宝です)がありました。
開扉されていて外から拝観ですが、
私のカメラではこれが目一杯。

何とも侘しい・・と思った境内でしたが・・・。
どうしてどうして、素晴らしい観音立像と、
五重小塔には感激でした。

見残していた佐保・佐紀路の2寺も拝観できて大満足!
あとは佐保路を高畑の駐車場に戻りました。

2008年1月15日 (火)

初釜大茶盛式

奈良西大寺で行われた新年恒例の大茶盛式。
一度見たいと思っていたんですが行ってしまいました。
これは見るというより参加することのようで仕方なく
まずは一服いただくことに。

Tyamori1
これは茶席が終った後の写真です。
この方丈上段に飾られたのは、右に八幡宮、
そして仮山を営み松枝に綿で雪景になぞらえ
白布で川をあらわすそうですが。

この大茶盛式由来は書くと長くなります。
きょうは写真が多いので詳しくはこちらの JRのHP でどうぞ。
何故か?式のはじめに説明をされていた僧侶の方の話が、
ほとんどそのまま書かれていて一番分かりやすいとおもいます。

では抜き撮りですが写真を並べます。

 Tyamori21 Tyamori22
お茶の知識がありません!
どの写真を載せるがいいのか分かりませんので比較的ピントの
合った写真を載せています。

 Tyamori23 Tyamori2
大きくご覧になりたい写真がありましたらクリックでどうぞ。 
とにかく報道陣が多くて近寄れません。
撮影条件が悪くて、こんな近くでも望遠を多用してます。
まして構図など考えていませんのでただの写真ですがご勘弁を。

Tyamori3_2 Tyamori5 
頂いた茶菓子?です・・・、
そしてお茶が点てられました。

それではその茶盛式の様子をどうぞ。

Tyamori6
Tyamori7

初めて自分が撮られる身になりましたが・・・。

一服いただいた感じです。
大茶碗は7キロ程とありましたがそれほど重いとは感じません。
一人で持って飲めますが、
抹茶を口の中へ入れるのが難しいんですわ。
口径が広いので口の周りからこぼれ落ちそうになり
思わず隣の人に支えてもらって口にします。

ん~ん、なるほど微妙なバランスが必要かな。

Tyamori8

あとは報道陣に負けじと写真の撮りまくりです。
仲間同士の写真の撮りっこや
報道陣の注文と大忙しの参加者です。

Tyamori9
入れていませんが上部の茶碗の底を隣の方が支えています。

Tyamori10

このあとはなんと言うのでしたか・・・、
結構なお手前?ですか。

そんな作法なんどとてもとても、
茶碗を置くのにどっこらしょ!です。

Tyamori11
とにかくご覧のとおりでもう作法も何もない状態、
これが大茶盛だそうです。
報道陣と参加者が入り混じってくしゃくしゃです。

Tyamori12
これがその茶席に使われた茶道具の一式です。

お茶で宴会をしたので「酒盛」に代わり「茶盛」だそうですが、
まさに「大酒盛」そして、「大茶盛」。
僧侶の説明に改めて納得の楽しい「大茶盛」を経験した、
奈良の西大寺でした。

念のため、これは朝一番の茶席です。
このあと報道陣がいたかどうかは確認していません。

2008年1月14日 (月)

大王崎灯台から麦崎灯台

昨日は安乗崎灯台から入ったんですが、
道順から最初にいったのがここ大王崎でした。

Nakiri_3   

安乗が人形浄瑠璃とふぐの町
なら、ここは絵かきの町。
どこが絵かきかよく分かりませ
んが、共通していえるのは道が
細く入り組んでいます。

Nakiri1









石畳の商店街を抜けて・・・。
八幡さん公園なるところから見る灯台が良いとお勧めと
いうことで。

Daiou
その八幡さん公園からですが、
普通に撮ると観光写真そのもの。

・・・で、こんなことで自分を納得させております。

Daiou2

ここも灯台公開中です。

Daiou3
同じように灯火下ですがこちらは広く感じます。

ここはまだ時間が早かったからか
風の影響は少なかったようにも思いましたが、
と言っても凄い強風で。

 Daiou5 Daiou6

何ですねぇ、
灯台の一閃光は海上約18海里(33キロほど)まで
達するそうですが凄い距離、
まさにご覧のとうり正面は遥か海原です。
見晴らしが良いんですが・・・とにかく寒いの何のって。

ここは波切の灯台ともいっていたところですが、
こちらは反対側に降りたところからです。

Daiou10

波切はあの九鬼水軍の拠点の一つでもあります。
ざぁっと岬を巡って戻りましたが、
さすがに安乗とは違って漁港も近く
少しは観光地の雰囲気がありました。

さて、この後はお約束のおまけです。

ここから南西に5キロ程行くと片田地区になりますが、
その集落の最奥からさらに先に麦崎灯台があると知りました。
当然行ってきました。

最奥の集落を更に突端に向かいます。
やけに趣のある木々のトンネルを抜けて、
道が切れると麦崎の先端です。

Mugisaki 
ありました! 
最後まで姿を見せませんでしたがこの灯台です。

Mugisakie 
崎の先端は小公園になっていて東屋もあります。

その先は当然海ですが海面が近くちょっとびっくりです。
小さな灯台ですが、しかしこういうのは何か親しみがあります。

まぁおまけで見てもらいましたが、
こんなおまけもありました。

Mugisaki5
ここに残る海女さん伝説として曰くがあるようですが・・・。
さて、ここに灯台を見に来る人は何人いる?

Mugisaki3

この日の伊勢志摩灯台めぐり、
南へ北へと走りましたが。
最後は麦崎灯台から見た大王崎灯台です。

強風と海では条件が悪すぎましたが、
その海だけの景色は抜群でした。

2008年1月13日 (日)

喜びも悲しみも幾年月

Anori

おいら岬の~~~灯台守は~~♪ 
知らない方にはすみません。 
主題歌です m(__)m

タイトルで気が付かれた方がいられるかと思いますが。
志摩市阿児町安乗の安乗岬灯台です。

映画と言っても古すぎますが・・・映画「喜びも悲しみも幾年月」、
昭和32年(1957)に公開された
高峰秀子・佐田啓示演じる燈台守夫婦の物語で、
舞台の一部になったのがここ安乗崎の灯台です。

    Anori1

伊勢神宮に古い御札を納めた帰りに
志摩の灯台めぐりに行きました。
順番は違いますが、
やはりここはトップで載せたいところということで。

灯台内見学公開中です。

Anori2
最頂部の灯火下です。

外に出ました。

  Anori3 Anori5

今日は物凄い風で・・・。
灯台ってのは当たり前ですが周りに何もありません。
風をモロに受けます。寒いし、怖いんですわ。

この灯台はまっ四角で、
方向によってはカメラを向けられないほどです。

Anori6
こちらは比較的風の影響を受けない安乗園地です。

    Anori8
これは園地内にあった
初代安乗崎灯台を地元の方が造られたもの。

初代は現存する最古の木造灯台で、
今は復元されて東京は品川の「船の科学館」あるそうです。

明治6年(1873)に洋式灯台として
全国で20番目に設置されたもので、
ミニチュアは園内の資料館にあります。

その資料館にあったもう一つがこちら。

Anori9
第4等閃光レンズと水銀槽式回転機械でした。
光をレンズを通してこの回転機械で回す、
その最初の機械だそうです。

Anori10
安乗崎園地と灯台。

今日は風に震えながらも伊勢志摩にある灯台を巡ったんですが、
本来なら一挙に掲載をと思いながら、
書いているうちになにやらいい気分に。(*^_^*)

ということで後は明日に・・・。
と言ってしまえば後はもうあそこしかとお思いでしょうが。
それではつまらないので当然おまけがつきます、
お楽しみに。

2008年1月12日 (土)

當麻寺中之坊

當麻寺 
今度は「奥院」からぼたんの名所「中之坊」です。

Naka
中将姫を手引きした「導き観音」として信仰をあつめる。
本尊は十一面観音、その本堂 中将姫剃髪堂です。

ここの目的は大和三名園といわれる「香藕園(こうぐうえん)」でした。
「中将姫誓いの石」を見ながらくぐり戸から中へ。

Naka1 
咲き乱れる?千両・万両に迎えられてまずは正面に三重塔。

Naka2
三重塔が借景として映え、
心字池にその影を落とす名勝・史跡・・・。

Naka3
茶室「双塔庵」から見たところ。
これが正面でしょうか。

Naka5 その茶室と
Naka6 丸窓席です。

池に架かる石橋でさらに奥へ。

Naka7
そして最奥から書院と庭園。

江戸初期に片桐石州によって改修されたという、
池泉回遊式兼観賞式庭園です。

見事というか・・・、
凄い数の千両・万両の中を牡丹園へと続きます。
当然ですが、今はぼたんはありません。

一回りしてら客殿(写経道場)の「絵天井」を拝見。
写経はしなかったのでガラス戸をあけて外からです。

Naka8
もちろんほんの一部です。
昭和初期から平成に亘るさまざまな画家が奉納したとあります。

後は霊宝舘の「大和七福神八方まつり」で、
特別展示公開されている布袋尊百童子屏風、繕い布袋尊像、
弥勒菩薩坐像(根本本尊)や宝物を拝観、
中之坊をちょうど一周しました。

寒牡丹の石光寺から當麻寺へ、
いつものコースで當麻散策の一日でした。

2008年1月11日 (金)

當麻寺 奥院

石光寺の寒牡丹は残念でしたが、
ここに来たら次に行くのは當麻寺。

この日はその奥院、今回が初訪問ですが、
ここは冬牡丹と浄土庭園です。

Okunoin001
境内から見る西塔(右)と東塔です。
両方の塔を見れるベストポジションです。

楼門です。

Okunoin

Okunoin002
構図的には少々無理がありますが敢えて・・・。

ここは冬牡丹と呼ぶようですが?
中之坊の春ぼたんに対してでしょうか。
(これ訂正です。葉があるのが冬牡丹、
ないのが寒牡丹でしたm(__)m)

石光寺と違ってこちらは見頃です。

Okunoin004
その冬牡丹と浄土庭園。

石積みの庭園にいわれがいろいろありますが、
花か?庭園か?・・・。

Okunoin003
やはりまずは花でしょう。

Okunoin007
Okunoin008
まだしっかりと咲いておりました。

Okunoin009
花と浄土庭園、どうしても花に目がいきます。
訪れている人のうち
カメラを手にしている人はほとんどが冬牡丹狙いです。

この庭園、
ゆっくり見れば浄土の世界が目前に広がるとありますが・・・。

Okunoin005
ちょっと難しい庭園ですが、如何でしょう。

Okunoin006
浄土庭園に点々と配置された冬牡丹。
庭と花とを楽しみながらさて、
どう処理するか考えさせられます。

Okunoin010
戻りまして、楼門下から東塔を。

Okunoin011
最後は冒頭の写真とはちょっと角度を変えてみました。

当麻寺・奥院の冬牡丹、
また違った雰囲気で楽しませてもらいました。

2008年1月10日 (木)

石光寺の寒牡丹

このところ地味な記事を続けてきましたが、
少しくつろいでもらおうと今日はここ、
奈良県葛城市染野の石光寺・染寺の寒牡丹です。

0110toma032e_2
昨年は1月末の訪問で遅すぎましたが、
それでも他にいろんな花を楽しみました。

HPでは 10日頃までとありましたが・・・、
残念ながらほとんど終っていました。

0110toma006_2
0110toma018

そんななかから少しでも見れる寒牡丹を載せていますが、

0110toma026
大半はこんな状態です。

Toma001
何とも寂しい石光寺でしたが、
他の花もあまり咲いていません。

関西では新聞の紹介も15日頃まで見頃とのことで、
来られたからはかなり
不満の声も聞かれました。

まだ咲いていない花の中から、

0110toma013
この寺の花といえばこの寒咲アヤメ、
健在ですがやはり少なかったです。

0110toma011
ロウバイです。これは道筋にどこでも咲いていました。

0110toma010
こちらは寒紅梅です。

0110toma016
寒ボケもちらほらですが咲き始めています。

0110toma034
そして椿です。

何度も思いますが、花の時期は本当に難しい・・・。
しかし今年のこの寺はさすが見所がありませんでした。

残念のひと言でしたが、
それはそれで気を取り直して次に向かいます。

2008年1月 9日 (水)

高田本山専修寺・お七夜

今日から始まる津市の真宗高田派本山専修寺「お七夜」。
どんな雰囲気なのか見たくて初めて出かけました。

”十年の歳月を掛け修理修復完了した御影堂で修行します”が
キャッチです。

その御影堂。

Pict0012_2
何度も行っているので感慨がないんですが
平凡な写真で恐縮です。

中ではすでに構(信者さん)の方たちが
12:30の開始を待ってみえます。
お七夜、
一日数回(難しい名前があります)の報恩講のお勤めと御説教です。

難しいことはこちらで見ていただくとして、
その専修寺をざっとご紹介。

Pict0010
こちらが山門なんですが、とにかく早く来すぎました。
門前に露店のトラックで邪魔、で、こんな写真です。

こちらは廊下で繋がれた如意堂。

Pict0016
とにかく広大です。

Pict0021e
こちらは如意堂前の唐門ですが、
これもトラックが邪魔でこんな画に。

まぁ、
少しどころではなくムチャ早すぎましてとても画にはなりません。

で、後は境内です。

Pict0020
確かに広いですねぇ。

Pict0030
こちらは鐘楼。

Pict0040e
これは御廟の唐門と透かし塀です。

ここから納骨堂に行くところに、
名勝庭園「安楽園」のほんの一部が見れます。

Pict0041
これは南庭の一部、そして入れませんが。

Pict0044
1万平方メートルにおよぶ深い森で、
池泉回遊式の庭園になっていると。
池泉回遊式の庭園で、
残念ながらこの日は14時から見学受付でした。

奥に江戸初期の有名な茶席、
安楽庵があることから庭園そのものを安楽園とも呼ぶと。

津市、高田本山専修寺・お七夜。
この後寺内町を散策しましたが、
帰る頃ようやくその雰囲気が出てました。

2008年1月 8日 (火)

米原市西円寺

いつも国道21号線を走る時に目にする「西円寺」の案内看板。
一度寄ってみようと思っていたんですが行ってみました。

米原市の国道21号線と8号線の分岐が西円寺交差点、
岐阜から走るとその手前で左に入ります。

Saienji1
その米原市西円寺の集落の一角です。
ややこやしいんですがが、
この集落の最奥に「大雄山西園寺」があります。

Saienji2
龍が門の左右で睨みを効かせます。
本来なら仁王門?ですが・・・。

Saienji2e
想像していた山門とは違って
びっくり!まさに想像外でした。

Saienji3_2 
こういう仏閣の由緒は要約するのが難しいので、
いつものように後で調べたHPの解説を借用します。

”山号を大雄山と称し、南北時代に仁空にて建てられたという
天台宗のお寺でしたが江戸時代に黄檗宗になりました。
本尊である木造聖観世菩薩(秘仏)”

とありますが付け加えますと
中国風の門は「双龍閣・通称双龍門」と呼ばれ、
建築業者をいれず護持会と檀信徒の手によって
造られたそうです。

”境内には江戸時代前期の作で琵琶湖形といわれる
池庭式庭園や樹齢600年になるモッコクがあります。” 
とも。

     Saienji5_2
そのモッコクと、

池庭式庭園です。
これも自然美をそのまま借景した江戸時代の庭園とありますが。

Sqaienji6
Saienji7
Saienji8
上から、左斜め、ほぼ正面、右端から撮ったものです。
水はありませんがかっては当然あつたでしょう庭はこの状態です。
今は池庭?とはチトいえませんが。

もちろん自由拝見ですが、一応300円の拝観料とありました。
この庭園がその価値があるかどうかは?見た人の価値観です。

庭の上に見えます赤い祠は、

Saienji9
この近江稲荷社。
これも曰くがありますが・・・。省かせていただきます。

そしてこれです。

Saienji10
「龍目井(りゅうもくせい)」といわれる聖水だそうで、
甘みがありマイルドな水。
そんなの飲んでみましたが、分かりませんでぇ~。
これは結構飲むのに勇気がいりました。

いや~、新年早々から
ローカルを(地区の皆さんm(__)m)訪問していますが、
ここはその最たるもんでございました。これもm(__)m

どうか写真には惑わされないように
くれぐれもおねがいします。

2008年1月 7日 (月)

堀尾跡公園と裁断橋物語

江南市から五条川を遡りますこと約2キロ、
着きましたのがここ丹羽郡大口町の堀尾跡公園でした。

中心部に架かる裁断橋です。

Horiokouen002

お気付きだと思いますが、
裁断橋は熱田の宮の精進川に架かる橋。
何でここにと・・・。
説明するとムチャ長くなりますからその一部を。

”平成8年、金助の母が2回目に建立した裁断橋が、
橋に取り付けられた四つの擬宝珠とともに、
母子の出生地・大口に三百年以上を経て忠実に再現された” 
とあります。

Saidanhasi
Horiokouen003
橋の正面と、袂にある堀尾金助と母の透かし絵(銅版)。
そして擬宝珠の一つ。

           Horiokouen013
唯一かなで書かれたものです(アップで文字が分かりますか?)。

堀尾金助と母、そして裁断橋。
これも”大口町のみどころ”からを要約すると。

”堀尾金助は、病気の父に代わり従兄の堀尾吉晴(後の松江城主)
に従い小田原征伐に加わります。 金助の母は祈願をかねて、
当時熱田神宮付近にあった裁断橋まで見送りましたが、
その願いもむなしく金助は18才で戦死してしまいます。
天涯孤独となった母は金助の供養にもなると古くなった裁断橋を
改修する決意をする・・・” と
まぁ、この後も続くんですがそれはこちらで

  Horiokouen008_2 Horiokouen009_2 Horiokouen010 Horiokouen012
橋の前の広場に埋め込まれています「裁断橋物語」。
8枚のうちの4枚です。

この公園、他にも石舞台や野点広場などもあり広い公園でした。
最後はこれ、やはり咲いていました。

  Horiokouen015 Horiokouen014_2 
島根県広瀬町から寄贈とあります「巌倉寺四季桜」です。
余聞ですが
広瀬町巌倉寺には堀尾吉晴の墓があるそうです。

2008年1月 6日 (日)

信長・吉乃の史跡を訪ねて

まち歩きが続きますが、今日は愛知県江南市です。
「ふるさと江南歴史散策道」、
タイトルのスタートは名鉄犬山線の布袋駅ですが、
折角なので布袋の町を散策します。

駅を出てそのまま西に行くと「布袋ふれあい会館」があります。
その前にはなんと、

Hoteia
     Hotei  Hoteib
町の名前ではないですが、
たくさんの布袋さんの像です。

Hoteic
つい昨日の円空像を思いだしました。

ここから懐かしい雰囲気のある商店街を一周しますが、
いきなりこんな門がありました。

Ikoma
生駒家の典医であった広間家の門だそうで、
廃藩置県のおりに
生駒屋敷の中門を貰いうけ移築したものとあります。

そして、格子造りの町屋や商家の建つ家並みが見られます。

Sakaya
寛政2年(1790)から続く酒蔵、
やはり年代を感じます。

Hei
こちらは民家でしょうか?見事な黒板塀、
手前に蔵があるんですが・・・。

いや~わずかな距離の散策でしたが趣がありました。
さて、タイトルの信長と吉乃(きつの)の史跡めぐりですが、
布袋から小折町に南下します。

まず最初は常観寺。

Jyoukanji
見事な山門(仁王門)に驚きです。

通称「お釜地蔵」と言われて親しまれているそうで
尾張六地蔵の一つ。
生駒家とのかかわりが深い寺だそうです。

Ikomake
すぐ傍にあります「生駒屋敷跡」に建つ碑です。

かってこの地を治めた生駒氏の居館跡(小折城址)です。
生駒氏三代目の娘「吉乃」はここで
織田信長と出会い側室となります。

織田信忠、信雄、五徳を産みますが、
29歳の若さでこの世を去ります。

その墓があるのが久昌寺。

Kyusyoji
前庭は小公園となっていて奥に見えるのが本堂です。
その左手奥にある生駒家の墓地の中に
「吉乃の方」の墓碑がありました。
 Kituno_2         


  




号は「久庵桂昌大禅定尼」。
信長は信雄に命じ、香華料として
五明村六百六十石を付したと
いわれているそうです。






そして最後がこの龍神社。

Ryujinn
生駒氏の氏神、
そして織田信雄(吉乃の次男)の守護神でもあるそうです。

信長と吉乃の史跡めぐり、
まだまだあるんですが外しました。

ここから東に道を行きます。
目指すは五条川の堤防沿いにある「尾北自然道」でした。
犬山から岩倉まで27キロの整備された歩道とありますが・・・。

Ohoku
これがその自然道、ここから五条川を北に遡ります。

約2キロほど行くと、丹羽郡大口町。
そこに東海道熱田の宮、
精進川に架かっていた裁断橋がありました。
・・・続きます。   

2008年1月 5日 (土)

新春まち歩き・美濃竹鼻

新春最初のぶらり旅は岐阜県羽島市竹鼻町の散策です。

Takehana001
Takehana002
名鉄竹鼻線の竹鼻駅を出て県道を西に、
逆川の平成橋を渡るとご覧のとおり、
円空像が建ち並ぶ円空通りです。

Takehana003
素人の方か?
新しいものには市民や名古屋の方の名札があります。

竹鼻は円空の出生地とも言われているところ・・・。
いきなり楽しい歩きになりました。

Takehana004
竹鼻商店街の通りですが新春なのか静かです。

ここは竹鼻街道で、美濃路の起宿(尾西市)から分岐して、
大垣とを最短で結ぶ脇道でもあり、
木曽川と長良川を繋ぐ逆川を利用した
商家の町として栄えた町でもあります

竹鼻といえば、
竹鼻別院と樹齢300年の藤の古木(県指定天然記念物)、
そして山車が出る「竹鼻まつ」りで知られるところ。

今日は町の中心部を回りました。
その竹鼻別院です。

Takehana005
Takehana006
唐破風造りの見事な山門と大正期に再建された本堂です。
昔は御坊専福寺といわれていたそうです。

その御坊瀬戸通りを戻りますと、
羽島市歴史民俗資料館と映画資料館がありました。

Takehana007
これは凄い!昔の映画館の映写機が並びます。
そして古いポスターが展示されています。

Takehana008
今でも毎月第二土曜日に
映画の上映が行われているそうです。

この後は町の見所をいただいた
”ふれあいマップ”で散策していきました。

Takehana009
この地方では有名な造り酒屋「千代菊酒造店」です。

  Takehana
銅版葺の美しい鐘楼門の「聞得寺」。

Takehana011
こちらは佐吉堂。
舎内の大仏は撮りませんでしたが、
佐吉仏という丈六の大仏が 鎮座します。

Takehana012
街道筋の町屋、格子戸のある家並みが昔の面影を偲ばせます。

ここから中心部を離れ北へ。

Takehana013_2
名鉄の線路を越えると「本覚寺」。
県重要文化財の絵天井「雲龍」や、
永田佐吉(佐吉仏)の墓があります。

そして最後はここ

Takehana014
美濃竹鼻の氏神で、
かっての竹鼻城の鬼門に位置するという「八剱神社」。

5月に催行される「竹鼻まつり」、
13輌の山車のうち隔年で半数の山車による
奉芸がある総社だそうです。

新春のまち歩きもやはり街道筋でした。
美濃竹鼻、戦国時代は竹ケ鼻城の城下町だったところ。

今はその面影はありませんが、
美濃街道の脇道としての竹鼻街道としても
パンフレットには一行も載っていません。
なぜでしょうか・・・?不思議です。

2008年1月 4日 (金)

パラミタミュージアム

御在所岳の帰りは、
同じ菰野町にあるパラミタミュージアムでした。

目的はこれ、

Paramita

      ~ 熊野古道 巡礼の道 ~ 
超大判カメラ「ディアドルフ8×20」が捉えた日本の美

吉野・大峯・高野山・熊野三山/大峯奥駈道、中辺路、小辺路、
大辺路、伊勢路などを、通常(24×36ミリ)の120倍もある
超大判フイルム(200×505ミリ)で撮った写真が100点以上
展示されています。

Paramitao

Kamera

熊野古道に興味があったので寄ったんですが、
展示されていた世界に3台しか作られなかったという
現物のカメラ(もちろん手が加えられています)と、
その原版写真にびっくりでした。

これって、撮っちゃったけど・・・
まぁいいか(いつもは撮影可だったはず?)。

ということですが、これだけじゃ面白くもなんとも無いので、
ちょうど小ギャラリーで展示されていた
杉野圭子(陶人形)・米田瑞泉(書)二人展から、
杉野圭子さんの創作雛人形です。

これは撮影許可を得てます、念のため。

Paramita001
Paramita002
座り雛に立ち雛、
名前はありましたがメモっていません。

Paramita003
一年ぶりの”おひなさま”ですが、
なかなかいいお顔でございます。

Paramita004
   Paramita005_2 Paramita006_2 

正月早々に雛人形で恐縮ですが、
少しは目の保養になりましたでしょうか。

今年もまた各地で行われる”ひなまつり展”がもうすぐです。
早いところでは今月末から始まりますが、
何とも気の早い話で・・・。

2008年1月 3日 (木)

雪の御在所岳

Gozaisyo6
御在所岳、雪の6号鉄塔です。
鈴鹿連峰も新年から雪化粧となりました・・・
これはもう行かなくてはと。

今日も登山道ではなく、
あっという間のロープウェイでした。

Gozaisyokama
写真は朝陽台広場からの鎌ケ岳、定番です。

天候状況。
曇り時々晴れ、風速5m、気温-5度、積雪20cm。
まずまずの天気でしょうか。

 Gozaisyoki Gozaisyomiti_2 
青空を待って撮りますが、
この日は雲の流れ早く晴天と曇天が激しく変わります。

Gozaisyobaku
山上広場の氷ばくもこんな状態で
まだ完成まで時間がかかりそうです。

Gozaisyoki2
これを樹氷というのか?
どうかはご覧頂いている方にお任せするとして・・・。
綺麗と言うより皆さん感嘆の声をあげてみえました。

こんな冬の風物詩が
手軽に楽しめる御在所岳(三重県菰野町)。
鈴鹿連峰の主峰であり、
登山者と観光客の入り混じる山でございます。

大半の家族連れはこちらのそり遊びに。

Gozaisyosori

他の方も朝陽台広場までで、
雪深いところはあまり行かれません。

 Gozaisyomiti2 Gozaisyoyama

今日は観光客として山頂を訪れましたが、
一応軽アイゼンは携帯しておりました。

年寄りが転ぶとまず骨が折れます
(洒落じゃありませんが)。(-_-;)
観光客の方が行かないところでは必需品です・・・
といってもそんなの関係ねぇ!か。

Gozaisyosya
今日は近くまで行けませんでしたが、
雪のためか権現社も遠くに見えました。

雪の御在所岳、
国土地理院の地図では御在所山だそうで、
これが正式名称だとか。

まぁ、これもそんなの関係ねぇ!で、
ひと時の楽しい雪山散歩でした。

2008年1月 2日 (水)

初詣 多度大社

朝から恒例の初詣に多度大社(桑名市多度町)です。

Tado001
葉牡丹で飾られた鳥居下です。
明け方まで雨模様(雪?)だったからか参拝者が少ない。

Tado002
神橋を渡ると「本宮」と「別宮」です。
”今年も良き一年でありますように・・・
”パンパン!とお願いを。

Tadokuhi
芭蕉句碑にも新しい注連縄がかけられていました。

Sirouma
多度大社といえば”白馬伝説”・・・、 
神馬「錦山号」です。

そして、

Tadodondo

”どんど焚き”で温まる、
今年もお決まりの初詣でした。

2008年1月 1日 (火)

2008年 迎春

Iwaiki2 


      新年あけましておめでとうございます
   今年も皆様にはよき年でありますようお祈りいたします。


  新しい年、今年も行きます”ぶらり旅”。
  新たなるスポットを探して足の向くまま気の向くままに・・・
  
今年も1年、変わらぬお付き合いをいただきますようお願いいたします。

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