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2007年12月31日 (月)

2007年大晦日

年の過ぎるのは早いもので今年もあと数時間となりました。
振り返れば・・・
この1年もあちらこちらと気の向くままに”ぶらり旅”でしたが、
何はともあれ 無事に1年間各地を旅することができました。

伊勢神宮に晦日参りもすませて、
今年も締めくくりはやはりこの写真です。

Ujibasi 

この1年、
”ぶらり旅”にお付き合いをいただきありがとうございました。
    

2007年12月30日 (日)

晦日参り・伊勢神宮

早いもので明日はもう大晦日。
今年もまた晦日参りと迎春準備の買物に
お決まりの伊勢に行きました。

1230ise006
いつもの伊勢神宮内宮参道の
”どんど焚き(大かがり火)”の丸太です。
もう毎年毎年、
同じ写真でひんしゅくをかいそうですがどうしてもこれしか。

そして今年はこの先にあります「一の鳥居」です。

1230ise007
朝から小雨模様でしたが、
このときは晴れて陽が差し込んできました。

1230ise011
雨に濡れた「五十鈴川御手洗所場」、
雨のためかやはり水量も多いです。

今年一年の無事を感謝して正宮に参拝、
今年も無事に晦日参りをすませました。

おはらい町も迎春準備たけなわです。

    1230ise017   

神宮参拝の後はいつものように迎春の準備で、
お馴染のスーパー”ぎゅうとら”です。
これも毎年変わらずまずは横綱の伊勢うどんの玉。
そして中西の蒲鉾と、
何年同じことばかり書くなと怒られそうですが・・・。
好きなんです伊勢のこの二つ。そして注連縄と。
後はどうでもいいんですが、

これが恒例になってしまって我が家ではこの後からが
迎春準備本番です。

明日は大晦日。
今年もいつのまにかそんな日になってしまいました。

2007年12月29日 (土)

忙中閑なし・年の瀬モード

さすがに今日はのんびりと飛び出して行く余裕もなく
年の瀬モード。
とはいっても予定していた大掃除も
朝からぐずつく空模様にお手上げで、
仕方なく新年から使うつもりの”得々切符”を買いに出ました。

じゃ~ん!これです。

Dcf_0008
近鉄電車新春全線フリーパス・3日間連続乗り放題4000円。
特急券200円割引き2枚と、
葛城山ロープウエイ半額券付き(乗りませんが)です。

ぶらっと出かけるには結構重宝する切符です。
車もいいんですが、たまには電車でGOもいいもんです。
暇が無ければなんともなりませんが、
来年からは少し時間に余裕ができそうなので
思い切って購入してみました。

この切符でどこに行くか?
ぶらり近鉄沿線の旅・・・
何やら聞いたようなフレーズですが・・・。

切符を手にして戻れば当たる天気予報、午後から晴れて、
この後はしっかりと予定どうりの大掃除でした。

2007年12月28日 (金)

横山展望台・志摩鵜方

志摩マリンランドで「海のネズミ展」を楽しんだ後は
ミニハイキングです。
賢島駅から志摩横山駅へ戻って
目指したのは横山展望台でした。

Simav
駅からすぐに横山登山口のバス停、
そこからなだらかな坂道を20分ほど行くと
横山ビジターセンターに着きます。

立派な建物ですが今年の4月に省エネを目的に
リニューアルしたばかりだとか。
ここで観察マップを貰い説明を聞きました。

標高203メートルの横山には
尾根筋に第1から第3へと3つの展望台があり、
そこからは光輝くリアス式の英虞湾が見渡せる・・・と。

Simay
ビジターセンター横から遊歩道が延びています。
もちろん並行した車道を行くこともできます。
ただし車は第一展望台駐車場までです。
(展望台へは車椅子可です)。

落ち葉の遊歩道をゆっくりと10分ほど登っていくと
第一展望台に着きます。

Simat1
Sima1r
この日は天気が好すぎてか逆に視界が好くありません。
低くてもここは山です、
もう少し風があればねぇ~といってもさ、残念!でした。

Sima1
中心部のちょこっとアップです。
光に輝くリアス式の英虞湾のはずでしたが・・・。

ここから見るのが一番眺めがいいとのことですが、
この先に第二、第三が。
距離はすぐなので、
眺めはほとんど変わらないみたいですが敢えて行きます。

Simat2
その第二展望台からです。

Sima2
確かにほとんど変わりませんなぁ~。

ここで教えてもらった見晴台へ行きます。
第三への道を右に50メートルほど登りますと
「御木本幸吉登頂記念碑」があります。

Simam
この右横にある見晴台からは英虞湾の反対側、
的矢の方向が見えます。

Simak
正面の白い建物は「伊勢志摩ロイヤルホテル」でしょうか、
その右下に「志摩スペイン村」があります。

戻って第三展望台です。

Sima3_2
Sima3t
ここはもう展望台というか、
見晴らし場に近い小さな広場でした。
ここからはちょっと右サイドからの展望になりますか?

この先さらに行くと横山頂上三角点から一気に下って
迫子(はざこ)の集落に行くハイキングコースですが、
この日はここから戻りました。

志摩の名所、英虞湾を見下ろす横山展望台。
霞んで展望はカメラで撮るには今ひとつでしたが、
確かにここから見るリアス式海岸の美しさは
素晴らしいものでした。

ここも山、今度は少し風のある晴れた日に
再度訪れて見たいところです。

2007年12月27日 (木)

志摩マリンランド

今日はちょっと志摩市阿児町の
「志摩マリンランド」へ行ってきました。

近鉄賢島駅から徒歩2分?ちょっとです。

Pict0002
何で今頃こんなところ?へとお思いでしょうが、
それはそれとしてまずはここに来たらやはりこれ、
マンボウでしょう。

Marin002
ゆうゆうと、のどかに泳ぐ姿はここの一番の人気者です。

そして、今日の目的はこちらでした。

Marin003
イベントホールで開催中のこの特別展。

海のネズミたちとありますが・・・、
中央のミッキーマウスプラティって?なに。

興味があったんですが、
海のネズミといえば、海鼠(なまこ)じゃないか、
そんなもんと思いながらの見学です。

Marin004
これ、説明は「英名 Mouse loach (マウスローチ)」
魚の名はスカンクローチ。
意味合いがよく分かりませんが、あなたはお分かり?

この催し、趣旨は”平成20年の干支は子(ね)、
新春を迎えるにあたり・・(中省略)・・ネズミにちなんだ
名のついた海の生き物たちを展示して新年を祝います” 
と説明にありました。

趣旨が分かったものもあったんですが、
海鼠以外はなにがネズミに繋がるのか
よく分からないものも多かった・・・、それがまず感想でした。

Marin005
これを初めに出すと後が面白くないんですが順番です。
ミッキマウスプラティ、まぁ、マウスですからいいんですが、
卵胎生メダカの一種だそうで、
尾柄部分にミッキーマウスの頭を横にした黒色斑があります。
そのように見えますか?
見えれば撮影成功です!面白いですねぇこれ。

Marin
これは当然ですが、ふぐ。
しかしあたしの大好きな”とらふぐ”ではなく、
ネズミふぐだそうです。

ほんとはふぐなら何でも食べるんですが、
これはちょっと・・・考えますわ。

Marinnn
これも分かりにくいんですが、中国名「老鼠」・・・
もしかしてラオチュウ?まさか。
なんと読むんでしょうか読めません?

名前はコウワンテグリだそうです。
正面の顔、ネズミに見えますでしょうか。

全体がそうですが、
粒子のあれとボケはいつものようにご愛嬌でお許しを。

Marin007
これは古称「老海鼠(ほや)」で、写真はマボヤだそうです。
この辺りになりますともう説明も古典そのものみたいなものです。

Marin008
これなんぞはもう海のネズミの象徴!
海鼠そのものに見えますが、海鼠です。
それでも海鼠の仲間だそうで名前はトラフナマコだそうです。
他にも黒海鼠などありましたが、趣味外で外しています。

いろいろありますなぁ、そしてこれ。

Marin009
究極の蛸?ミックオクトパス(擬態するタコ)だそうで、
いろいろ危険な生き物に変身する・・・
もう多羅尾伴内みたい。(古すぎた?m(__)m)

いや~、企画が面白そうで出かけたんですが、
他にもたくさんありました。考えますねぇ~。
是非とはいいませんがまぁ、何かのついでがありましたら
チラッと見てみるのもいいかと・・・そんな企画展でした。

2007年12月26日 (水)

縁起物・吉祥木です

探し求めていたアリドウシですが、
名古屋東山植物園のガイドさんに聞いたあと
すぐに桑名に取って返しました。

そのまま桑名市多度町柚井にある「宇賀神社」へ。

Uga_2

多度山上公園の入口にありますが、
この鳥居をくぐると境内は木立の中。
鬱蒼と生い茂る木々にさえぎられて陽も当たりません。

アリドウシは本殿横の境内にありましたが、
なんと周りはサルの大集団です。

猿の中でしゃがみ込んでの撮影は勇気がいります。
撮っていてもやはり気もそぞろで、
この時だけはサルが正直怖かった。

Saru2_2
このサル、カメラを向けると威嚇してくるんですわ。
手ぶれ補正をONにしたつもりなんですが・・・?
こっちはもうビビりまくりです。

サルの右手が神社の境内で、そ
こにアリドウシの木があるんですがねぇ。

ここってすぐ横が住宅地です。

Saru_2
その民家の屋根にも猿が。
庭の柿の木も、
もちろん畑も猿の無法地帯でしたがこれはひど過ぎた。
そんな訳でこの日の写真はまったく使い物になりませんでした、
と弁解(-_-;)・・・・・。

3日後です。
新聞の地方版に「猿害に悲鳴・住民団結」の見出しで
記事になりました。
サルを山上に追いやる作戦が行われたそうです。

気を取り直して出かけました。

Aridousi2
曇り空でもあったんですが、
暗い境内でサルを警戒しながらの撮影でした。

どこでも撮影は手持ちなんですが、
さすがにこの日は簡易三脚で対応です。

しかしこの木、
実も多くなく綺麗なのが少ないんですねぇ、難しい木です。
もう二度と、いや三度も行きたくないので
ボケ写真のなかからチョイスしました。


という訳でやっと揃いました万両から一両の縁起物・吉祥木です。
ご存知の方も多いでしょうが改めてどうぞ。

やはりマンリョウ(万両)からでしょうか、
別名ヤブタチバナとも言うそうです。

Manryo
赤と白(シロミノマンリョウ)の揃い咲きです。

Sennryo 
そしてセンリョウ(千両)、こちらはクササンゴとか。

Karatati 
そしてカラタチバナ(百両)。

Yabukoji 
ヤブコウジ(十両)と、
ここまでは過去の記事でも紹介したものです。

Aridosi 
そしてようやく出会えたアリドウシ(一両)。

アリドウシ、その名前については諸説あります。
通説はその鋭い棘が蟻をも刺すということからだそうですが、
関西では「千両、万両有り通し」といわれ
縁起花とされているところもあるそうです。

とにかく今年も追っかけましたこの実、いや木ですか。
最後はこんな地元で、
それもサルに脅されての出会いで決着でした。

2007年12月25日 (火)

アリドウシ・東山植物園

今年も探し続けてきましたアリドウシ(一両)ですが、
無いとは分かっていてもついつい出かけてしまった
名古屋東山植物園です。(12月20日)

少し時間が経ってしまいましたが、

1220higasiyamai001
兼松家屋敷門にはすでに門松が・・・
といってもヨシの門松です。
兼松家は先祖代々から毎年ヨシの門松を飾るのが習わしとか。

1220higasiyamai011
合掌造りの家も華やかな正月飾りで迎春準備がされています。

アリドウシを探しながらですが、やはりここは植物園。
いろいろと目を楽しませてくれます。

1220higasiyamai015
過ぎた秋の名残りもちょこっと。

   1220higasiyamai021
1220higasiyamai022
これから冬なのに・・・もうここは春なのか?

1220higasiyamai046 
これはまた、オギが陽のなかで綺麗です。
いったい冬はどうなっているんでしょう。

しかし、
肝心のアリドウシは園内隈なく探しましたがありません。
この日はちょうどボランティアガイドの方が見えたので
最後に思わず聞いてしまいました。

結論から言うとあったんですが・・・、
なんと、ご覧のとうりです。

1220higasiyamai051
取り払った落葉のなかから出てきたのは
ほとんど若芽でした。

ガイドの方も苦笑い、
見るまではもう少し大きい話だったんですが、
ちゃんと名札(半分折れていましたが)もありましたから
どうなったのか?なんとも不思議です。

しかし、案内してもらう途中で聞いた話では
三重の北勢地区では桑名市多度町の「宇賀神社」に
たくさんあるとのことです。
これはもう、聞いて見なければ分からない・・・
まさにそのとおりでした。

2007年12月24日 (月)

伊勢大神楽・桑名市

今日はクリスマスイブなんですが、
夜の灯りに弱い身?としてはこちらでした。

Kagura001
国指定重要無形文化財「伊勢大神楽」が行われた増田神社。
三重県桑名市です。

Kagura002 
開始は12:30からですが、12:00、すでに凄い人・・・
というより境内が小さいんです。
冒頭の写真は始まりの挨拶?でしょうか、舞がありました。

いつものことながら飛び出したまま、
帰ってきて調べながらの記事です。

Kagura003
細かいことはHPに詳しくありますので→こちら にまかせますが。

伊勢神宮に参拝できない人々のために
神宮のお札を配布しながら全国を回る(回壇する)6組の太夫が、
23日にここ増田神社に戻って例大祭が行われたた後、
24日に境内で総舞(そうまわし)の神楽が奉納されると・・・。

その神楽です。

Kagura004
Kagura005
こちらが最初の「鈴の舞」。
八舞八曲の獅子舞と曲芸が披露されるそうですが、
そのトップがこちらでした。

Kagura006
こちらは「四方の舞」だそうです。
そんなのはどうでもいいんですが初めて見る伊勢太神楽でした。

これが伝統文化なんでしょうか。

Kagura007
少々のぶれはご愛嬌!
あたしの腕ではこの雰囲気をとても伝えきれません。
静止画でというよりほとんど連写に近い状態でした。

Kagura008
これは「跳の舞」。
この猿田彦、跳んでいるんです!念のため。

舞が続きますが次は「扇の舞」。

Kagura009
Kagura011
猿田彦(右)と獅子が扇の奪い合いをユーモラスに演じます。
最後は獅子に扇を与えます。

Kagura012
その扇を口にくわえて見事な芸を見せますが、
これは難しい・・・が見事でした。

そして「綾採(あやとり)の曲」です。

Kagura013  Kagura014 
あやとり糸のようにバイ(木棒)をあやつる放下芸。
舞と曲と、その間合いに入るチャリと呼ばれる道化師と
放下師が万歳を演じる。

これが伊勢本神楽の総舞ですが、
ここまででまだ前半の一部です。

この後、まだまだ続きます。

最後は「魁曲(らんぎょく)」で、
この伊勢大神楽を締めくくる曲だそうですが時間はここまで、
残念ながら引き上げです。

Pict0118

帰るときにもまだまだ人が集まっていました。

初めての伊勢大神楽。
ほんの少し見ただけでしたが、
初めての伝統芸能に納得のひとときでした。

2007年12月23日 (日)

岩内瑞岩寺・松阪市岩内町

多気町丹生からの帰りは松阪に出ました。
ここで遠~い昔に行ったことのあるお寺を思い出し、
伊勢道松阪インターの手前を左に折れます。

場所は松阪市岩内(ヨウチ)、
細い道を走るとUターンするように道が行き止まりますが、
こに岩内瑞岩寺があります。

Youti008
ここが入口、「名勝 瑞岩寺庭園」の石柱ですが、
名勝庭園は今いずこ?

かっての庭園と思われるなかの参道を行きます。

Youti007
鏡池にある弁財天への参道。
ここも弘法大師ゆかりの寺です。

Youti006
弘法大師像の祠がありました。

この辺りはいろんな石群が点在していて
主なものには名前がついています。

Pict0128
これもその一つ、寺号を刻んだ鉦石。

他にも足の裏石、籠目石などがありますが、
その先にはこの太鼓橋。

Youti001
なんともいえない可愛い?というか・・・
太鼓橋が二つ並んでいます。

石畳の参道から渡り廊下をくぐって本堂へ。

Youti002
ちらっと見えます「小町石」の木札、
下の石がそうなのか分かりませんがこれも石群の一つ、
しかし石の意味も定かでありません。

Youti003
まったくの山中で、この先は山道になります。
そんななかにある本堂、本堂裏は谷川が流れます。

Youti009
”川の崖上に建てられた本堂内には仏さまの姿はなく、
この小さい小窓から覗くと丸い丸い窓が開いており、
その対岸の崖にお顔だけが浮き出て、これが弘法大師作の
十一面観音” と入り口の案内板に説明がありました。

この日は残念ながら窓に障子が閉まっていて
そのお顔は見れません。

その昔はこちらでお昼に
「紫蘇ご飯定食」を食べさせてくれました。

もちろん予約制でしたが・・・、
今は本坊もこんな状態でした。

Youti004

ここも歴史のある寺ですが、
その歴史も時代の流れには勝てませんか?
残念と思いつつ山を下りましたが、
この周りには
三重塔、金比羅宮などが周囲の山中に点在しています。

Pict0109_2
これは駐車場近くにある虚空菩薩の三重塔ですが、
本堂からは離れた山中にあります。
古い塔?といってしまえばそうなんですが・・・
なんとも言葉がありません。
 
街道も同じですが、人が歩かなければ廃れます。
この場合は人が行かなければでしょうか?
手が入らないとでしょうか。

何十年ぶり?に訪れてみて、
そんな危惧を感じたひと時でした。

2007年12月22日 (土)

丹生の里・和歌山別街道

さて続きです、多気町丹生の和歌山別街道。
「本楽寺」から戻りましていよいよ丹生の宿場へと入ります。

Nyu014
Nyu006_2

宿場の入り口から民家に掛かるこの木札。
かっての商売や屋号が書かれています。

   Nyu007
そして「旧・長井家屋敷跡」と書かれたところにあった道標です。
「右 いせさんぐう  左 よしのこうや」の文字が
はっきりと読めました。

この辺りから道は南に折れてその先細かく曲がります。

Nyu008
こちらは「立梅用水」を完成させた
西村彦左衛門の生家(酒造業)です。

隣に記念公園があり銅像が建っていました。

Nyu009
さすが、丹生村の地士、
記念碑には「水と土の先駆者」とあります。

まだ新しくて平成17年に建てられたものだそうです。

Nyu010
宿場に残る古い家。
庇のついた出格子窓と、木瓜(もっこう)形かな?に
鉄格子のこれは虫籠窓というのでしょうか?
それともただの窓?いずれにしても珍しい。

説明では左が旧柏屋(豆腐屋)、
右が旧大和屋(味噌・しょう油屋)だそうです。
この辺りはこうした建物が他にも見られました。

旧街道はこの先で一旦大きく右に回りこんで
再びこの道に合流します。

そこが宿場の出口です。
丹生の里・和歌山別街道歩きはここまで。

Nyu015
最後は正面に仁王門を見る大師道を戻ります。

三重県多気郡多気町丹生。
丹生水銀の里、そして和歌山と
藩領田丸を結ぶ和歌山別街道の道筋。

今なお残る切妻屋根と格子戸の家並みに
往時の面影を偲びました。

丹生大師の里

丹生大師(神宮寺)、境内に建ち並ぶお堂、神社や
隣接の「丹生神社」などを回った後は丹生の里の散策でした。

丹生は古代、水銀の産地として知られていた。
その頃日本で使われていた水銀のほとんどが、
丹生で採掘されたものと考えられている” だそうです。

・・・で、いきなりですがその水銀杭跡です。

Nyu002
この手のものは当然山中にあるんですが、
意外と綺麗に整備されていました。

左が古い時代のもの、右が昭和30年頃のもので
400年ぶりに水銀産出に成功したと言われる
新しい水銀坑跡だそうです。

Nyu001
その近くにあった水銀製錬装置。
昭和20年頃にできた日本で唯一の手製のものだそうです。

他にも散策路の途中にはこんな水銀坑跡もありました。

Nyu011

ここはもう一つ、
立梅用水(たちばいようすい)なるものがあります。

近隣諸村の窮乏にあえぐ農民を救うため、
文政6年(1823)に丹生の地士西村彦左衛門の尽力によって、
櫛田川から取水する用水が完成しました。

Nyu012
その苦労は大変だったようで、
この素掘りのトンネルもその一つ。
ノミ一本で掘ったと説明にあります。

ここ丹生ではその用水路に沿って散策路が整備され、
水を生かしたいろんな取り組みもされています。

Pict0058
これはホテイアオイの群生するビオトープ、
そしてメダカ池もありました。

さて散策路を一回りして丹生大師に戻ります。
もう一つの道、それが和歌山別街道です。

マップでは丹生大師の正面が大師道、
一本南側を並行するように行くのが旧街道となっています。
(三重の歴史街道マップでは大師道が旧街道に)。

暫くは何もありませんので途中寄り道です。

Nyu003
Nyu004
街道から少し外れますがここ「本楽寺」。
境内に見事なオオイチョウがありましたが
これが目的ではありません。

ここに「快楽園」という庭園があります。

Nyu005
本楽寺第六世住職尼子合明が本堂・庫裏を再建したときに、
本堂裏に回遊式庭園を築造し偕楽園と称したそうです。

池は近くの丹生川から取水していたそうですが、
今は取水されずご覧のとうり。
ちょっと綺麗とはいえませんが・・・。
庭を一周して撮った中から一番らしきところを載せています。

さて、街道に戻りますが・・・少々長くなってきました。
久しぶりに二部構成に分けてアップすることにいたします。
続きはすぐに。

2007年12月21日 (金)

丹生大師(丹生山神宮寺)

京都・東寺では”終い弘法”で賑っていると思いますが、
こちらは三重県の多気町丹生にある
丹生大師(神宮寺)に出かけました。

Nyu001

見事な山門(仁王門)に思わず圧倒されます。

Nyu002

毎月21日は弘法大師の月命日ですが、
ここでも例祭が行われています。

今日は今年最後の”しまい大師”でした。

Nyu010

弘法大師・空海ゆかりのお寺で歴史は古く、
女子の参拝が許されたことから
「女人高野」と呼ばれ多くの信仰を集めているそうです。

Nyu003

境内には多くの御堂がありますが、まずは太師堂へ。
50段の石段と併行して県下唯一という回廊がありますが
これは珍しい。
他で見た記憶が・・・う~んん思いつかないんですが?

登り切ると大師堂です。

Nyu004
Nyu005

大師堂の本尊である弘法大師像は、
大師42歳の自画像で、衆生の厄除と未来結縁のために、
自ら刻んで安置されたと伝えられているそうです。

Nyu008
上から見た石段と回廊です。

Nyu007
その回廊内部ですが、
さすが地元の方、結構暗いんですが下りていかれました。

Nyu009

・・・で、今日は”しまい大師”です。

鍋は用意された振舞いの甘酒ですが、
時間が早いせいか人も少なく、
あまり手をつける人もいませんでした。

Pict0049

こんな写真より他の見所を載せろと言われそうですが、
載せだすと途中で止められないぐらい社、お堂があって・・・、
まぁ、ここはこれで許していただくとして、
しかしここの雰囲気は実に好かった!

この後はまた悪い癖が出まして、丹生の散策となりました。

2007年12月20日 (木)

四日市市楠町北五味塚

月に一回の四日市ですが、
この日は何年ぶりかで楠町北五味塚に行きました。

ここに何があるかって?いわれると困るんですが。
紹介します、
まずはここ「楠緑地公園」です。(12月19日撮影)。

Kusu001
多目的施設がある自然公園ですが、
ここはほんの小さな町です。
何でこんな立派な施設があるのかと思うほどの公園です。

この町、見所はたくさんあるんですが駐車場がありません。
そのくせ散策コースが設定されています。
何でや!と思うんですが
そんな町で、ここがメインの駐車場になります。

この日は無視して車で移動しましたが、
その散策コースは歴史コース、古い町並みコースと、
「ハマヒルガオ」で知られる吉崎海岸コースの
散策路があります。

その一つ、
吉崎海岸コースの途中にある磯津漁港です。

Kusu004

ここから吉崎海岸に出ますが、
浜辺はこの時期何もありません。

Kusu002
ご覧のとおりです。

Kusu003

初夏にはここを埋めつくすハマヒルガオが、
そして
県鳥のシロチドリが見られる海浜植物と野鳥の宝庫となります。

この日はそのまま戻りまして
古い街並コースの一部を散策しました。

Kusu005
楠町五味塚といえば、
ここ酒造会社の「宮崎本店」。

鈴鹿川の清流を使った多くの蔵元があったそうですが
今はここのみ。
といっても・・・あまり知る人はいないかも知れません。
しかしあの清酒「宮の雪」と「キッコウミヤ」の焼酎といえば
お分かりの方も?

国の文化財建造物に登録されている
昭和初期の酒蔵と倉庫が建ち並ぶちょっとした・・・
というよりこの地の代名詞といえる露地です。

Kusu006
黒壁に亀甲宮の商標が映えます。

ここに限らず楠町は元々醸造の町。
そういう我が身も若い頃はここの焼酎
「キッコウミヤ(キンミヤ)」を愛飲しておりました。
ひと月飲めば死ぬ・・・、冗談です!
飲みすぎるほど美味い焼酎なんです。

もちろん個人差ありですが。

Kusu007

よろしいなぁ、この黒塀の貯蔵倉庫、
もうこの雰囲気に飲まれ?てしまいます。

Kusu008

さりげなくあります杉玉にも酒造元蔵の雰囲気が充分です。

四日市市楠町。
他にも見所は多くあるんですが、
この日はそのメインどころを散策しました。

2007年12月19日 (水)

西国十三番札所「石山寺」

旬を優先した奈良の「おん祭」でアップが遅れました。

ふと、行ってみたくなり出かけてしまった大津市「石山寺」。
幾度ともなく車で通り過ぎるところですが、
この日は電車での訪問でした。

拝観したのは2年ぶりです。 (12月16日撮影)

Pict0011
東大門、当たり前ですが変わりません。

Pict0019
くぐり岩を見て本堂へ参道を行きます。

Pict0030
Pict0035

「石山寺」の由来となった硅灰石と多宝塔。
これが石山寺の最大の見所でしょうか。

Pict0038

本堂手前の八曲一双の「源氏物語図屏風」複製を見て本堂へ。

Pict0044
Pict0045
西国三十三ケ所第十三番札所です。
何度目の訪問か?・・・で、やはりここでした。

Pict0047
左、紫式部供養塔と、右に芭蕉句碑です。
芭蕉の句は ”あけぼのはまだむらさきにほととぎす” 
元禄3年(1690)吟。

後はこの多宝塔を見て、
幾重にも重なる散策路を行きます。

Pict0052

しかし何時見ても見事な塔です。
そして見所も多いんです・・・といってもまぁ、冬です。

あとは適当ですが・・・。

Pict0064
これは外せませんか?紫式部像です。

紫式部の色気には勝てませんが?こちら。
色気のないこの時期はどうしようもないんですが、
何とか色物をと・・・。

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Pict0067

花の違いがお分かりになるでしょうか?
上が山茶花、下が寒椿です。
まぁ~こんな遊びしかできませんが、
これが冬の難しいところでしょうか。

境内散策の後はJR石山駅まで戻ります。

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今、石山は「源氏物語千年in湖都大津」開催中。
そういえば石山駅前のあの芭蕉像は?どこに、
これは迂闊でした。

まったく確認もせず後にしました m(__)m。
しかしなんも変わらない石山寺でしたなぁ。

2007年12月18日 (火)

若宮おん祭・お渡り式続編

さて、お渡り式の続編です。

”このおん祭はご神霊の行列ではなく、
すでに行宮(あんぐう)へ遷られた若宮神のもとへ、
芸能集団や祭礼に加わる人々が社参する行列”
だそうです。

場所を移した興福寺南大門跡で再び行列を見てみます。

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その南大門跡に先頭が来ました。

ここは少し坂になっていて、
三条通りをびっしりと埋めた見物人のなかを
これまた長~~い行列が続きます。

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なんと!先頭は稚児行列でした。

これは出発式の列には無かったもので、
どうやら「おん祭保存会」の会員たち参加による
稚児行列のようです。

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ここからが本来の行列です。
最初のこの御車が何か分かりません?
続くのはお供の女人のようです。

隊列は12の部分に別れているそうですが
すべては捉えきれません。
第一番の日使(ひのつかい)、第二番神子(みこ)と続き、
相撲、猿楽、田楽、馬長児(ばちょうのちご)、競馬、
流鏑馬児(やぶさめのちご)、将馬(いさせうま)、野太刀、
大和士(やまとさむらい)、大名行列と続いています。

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その第一番・日使、
騎乗するのはいずれも奈良市や祭関係のお偉方。

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この辺りは何かさっぱり解りませんが・・・、
まぁ行列の雰囲気で?

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神子の前を行く十列児(おつらのちご)。
こんなの説明に無いんですが・・・。

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そして神子の列が続きます。

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馬長児(ばちょうのちご)が南大門跡を通過します。

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流鏑馬児(やぶさめのちご)。

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将馬(いさせうま)と騎馬の行列が続きまして、
後は最後の大名行列まで。

延々と続く行列を
ここでは最後まで見ることが出来ませんでしたが、
この後、行列はお旅所に練りこむそうです。

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戻る途中、
一の鳥居の傍にある「影向の松(ようごのまつ)」の前に造られた
「松の下式」の会場には、
奉納される伝統芸能の準備が始まっていました。

とにかく何も解らぬままに行きました
奈良「春日若宮おん祭・お渡り式」。

帰って調べながら書いてます。
間違っているかもしれませんがそこはご愛嬌・・・笑って許して!

お渡り式の後はこの参道で競馬や、稚児流鏑馬が行われ、

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御旅所では猿楽や田楽などの
伝統芸能が演じられるそうですが・・・残念ながら時間切れ!
今年の「おん祭・お渡り式」はここまででした。

2007年12月17日 (月)

春日若宮おん祭・お渡り式

今年最後の祭は奈良の「春日若宮おん祭」。
毎年12月15日から18日まで行われていて、
その「お渡り式」が今日でした。

何も詳しいことも調べずに飛び出したんですが、
その「お渡り式」は正午出発!
とりあえずその若宮神社へ参詣です。

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残念ながらここは本殿撮影は厳禁、
実はこれ始めて知りました。
というか参拝所(左端)から正式お参りしたのが初めてで・・・。
いつもは本殿前を通って大社本殿に行くもんですから。

仕方なく石段下から撮っていますが?
これもだめなんでしょううかねぇ。

正午の出発まで時間がありましたので、
逆順でコースを下調べです。

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いつもは何もない御旅所もご覧のとおりです。
ここから一の鳥居に向かう参道は砂が敷かれて
祭事の準備も万全です。

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ここは午後の奉納で競馬が執り行われるところ。

この先、
一の鳥居(今は改修中でありません)から興福寺・南大門跡へ。

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ここでは「南大門交名の儀」が行われるそうです。

お渡りは登大路から油阪、JR奈良駅前から
三条通りを真直ぐにここにやってきますが、
ここから出発点の県庁前奈良公園広場へと行きます。

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すでにそれぞれの衣装を着けた人たちや、

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式の主役?お馬さんも続々と集まってきました。

そして正午、
興福寺の鐘の音と同時に「お渡り式」の出発です。

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とにかく何の準備もなく、
これが何か解らないまま載せていますが、
この出発地点で陣取った場所が良くなかったんですわ。

あまりにも真正面過ぎて、隊列の様子がうまく撮れません。

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これは大失敗でした!
何の資料もなく、
いったい何がなんだか解らないまま出発を見送りました。

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これが最後の大名行列なんですが、
見送っておいてから場所移動です。

すぐに朝見た興福寺南大門跡へ。
すでに人垣で入れませんでしたが、
そこはいつもの要領で潜り込みます。

とにかく今日は記事の用意も、
写真の選別もできないままアップしました。

明日はその「お渡り式」について、
そして行列のなかからこれといったのを
紹介してみたいと思っています・・・。

2007年12月16日 (日)

人形の里吉浜「人形小路」

三州瓦の三河「高浜」のお隣が「吉浜」、もちろん高浜市です。
吉浜といえば人形の里、吉浜人形で知られるところですが、
ここに新しく整備された散策路
「人形小路(こみち)」というのがありました。

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名鉄三河線「吉浜駅」から柳池院、宝満寺、
紫峰人形美術館を巡る約800mの散策コースとあります。

最初にあったのがこれ、
「一豊と千代」、何やら期待させられます。

Yosijama001

伝統文化である
「吉浜細工人形」を吉浜地区の空店舗などに展示して、
伝統文化の保存・活用と、
商店街の賑わいを呼び起こそうというもの。

人形美術館は別にして、
駅前から商店街?を行く小路のところどころに展示された
その「細工人形」を見ていきました。

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これは歌舞伎「菅原伝授手習鑑」の三段車曳きの場面。
といってもよく分かりませんがもちろん解説ありです。

小路に展示されているのは歌舞伎の名場面や伝説、
おとぎ話など12作品ですが、
平日でもあってか閉じられていたところもありました。

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吉浜音頭を踊る娘人形。

こんなのもありました。

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それらしいものを載せていますが、
お店の中でガラス越しというものも・・・。

しかしこの人形、さすが愛知県無形文化財指定です、
本当に細かい作業で作られているのがわかります。

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最後は風林火山でした、
「川中島の戦」の名勝負、考えますなぁ。

メインは人形のお寺「宝満寺」と「柳池院」で
毎年5月に開催される花の塔なるもので
一般公開されているそうです。

その「宝満寺」です。

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山門にもびっくりしましたが、この本堂、
そして本堂軒下の鐘(鐘楼?)、
いや・・・なんて言えば・・・凄いお寺でした。

びっくりついで・・・というか???もうびっくりもしませんが、

Yosijama002
季節が分からなくなりそうですが、
この日は間違いなく冬でした。

三州瓦と人形の里、愛知県高浜市に伝統の文化を訪ねて、
その「鬼みち」と「人形小路」を散策した一日でした。

2007年12月15日 (土)

三州瓦の町”鬼みち”散策

何やら本格的な冬空のなかを(12月14日)
訪ねたのは愛知県高浜市。
三州瓦の生産で全国トップの生産量を誇る町ですが、
ここに「鬼みち」という散策路があります。

それがいったい何?と思われるでしょうが、そうなんです。
いったいどんな道なんでしょうか・・・で、歩いてきました。
歩き始めは名鉄三河線の高浜港駅です。

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改札を出るとすぐに「ニコニコ鬼広場」、
瓦製のこの鬼の顔が迎えてくれます。

ここから「鬼みち」がスタートです。

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すぐに鬼パーク。
「鬼みち」のガイドがありました。

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土管の坂を見て行くと
「やきものの里・かわら美術館」に出ます。

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玄関先の巨大な鯱、
大きいですよこれ!当然ですが瓦です。
ここでは少々時間をとって拝観、
ちょこっとだけ瓦の文化にふれました。

”みち”は美術館横の森前公園から
衣浦観音寺へと小高い丘を登ります。

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観音寺にあるふっくら美形の観音さま、
高さ8mの陶管焼で日本一の大きさだとか。

ここからはお寺めぐりになって面白くないんですが、
見所はその屋根瓦だそうですのでそこを。

最初のお寺は塩前寺(えんぜんじ)。

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屋根の飾り瓦はカラス天狗でした。
実に凝っています。

次の恩任寺は本瓦葺屋根の山門と本堂です。

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本堂は文明13年(1481)に再建されたもので、
ここは三河の名刹だとか。
こんなもんどこでもあるんですが・・・飾り瓦は???
単なる獅子みたい。

そして最後は蓮乗院。

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ここの飾り瓦は”おとぎ話”にまつわるの天女や、
仙人、竜宮城の亀など。
これはまぁ面白いか。

何やらこのお寺めぐり、
無理やり屋根瓦を見せようという魂胆?
いやそれが”鬼みち”たる所以でしょう。

4キロほどの散策路に瓦のオブジェがいっぱいです。

お寺の後は大山緑地で、
ここには高浜の総氏神・春日神社があります。

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境内には旧高浜町の氏神13社が遷されています。

また、緑地には瓦の遊歩道や瓦庭、
そして神社裏手にはこんなものも、

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胴回り8mのユーモラスな陶菅焼の大だぬきです。

ここから”鬼みち”のゴール「三河高浜」駅は南へすぐです。

駅前のいきいき広場には
瓦の庭「海」というのがあるそうですが、
そこはパスして次の目的地「吉浜」へ向って北へと
歩きました。

2007年12月14日 (金)

かくれ古寺・禅定寺

宇治市植物公園から戻る途中、
宇治田原町の国道307号線にあった「禅定寺」の案内板に
思わず国道を離れました。

天ヶ瀬ダムに向かう県道を2キロほど行きますと禅定寺庄地。

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国道沿いの参道入口です。
ここは京都府禅定寺歴史的自然環境保全地域だそうで、
京都の自然200選でもあります。

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正式には「百華補陀落山観音明智院禅定寺」。
田舎の(失礼!)お寺と侮るなかれ、歴史があります。
細かいことはムチャ長くなりますので省きますが、
旧国宝の十一面観音立像(重文・鎌倉時代)を初め
多くの仏像があります。

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草鞋のある仁王門。

入るとすぐ左にある五輪塔。

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そして茅葺の本堂です。

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いずれも歴史を感じます、本堂はもちろん拝観しました。
しないと見れないものがあります。

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こんなもん(失礼!)あるとは知りませんでしたが、
平成の大涅槃図と仏さんの大壁画だそうです。

そして、磨りガラスのこの窓。

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どこかにもありましたなぁ、こんなのが。

左が此岸(しがん)迷いの窓、
右が彼岸(ひがん)悟りの窓だそうです。

欲望渦巻く現世と、悟りの世界を現す窓だそうで、
その意味合いをここでじっくりと勉強させて頂きました。

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境内の弁財天と鐘楼です。

田舎と言いましたが、
ここは宇治田原町でも少し山間の集落で、
決して町ではありません。
この雰囲気、これがあたしの好きな田舎なんです~~。

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”皇太子(浩宮殿下)が行啓され、
一千年の寺歴を今に伝える”とありますが、
それは別にして
この山里に佇む古刹に確かに歴史を感じました。

2007年12月13日 (木)

続・宇治市植物公園

京都府宇治市の植物公園。
今は花の季節ではないんでですが、
それでもいろんな花実が見れました。

これが植物公園たるところなんでしょうか?
トップは桜ですが、この時期に咲く桜が三種ありました。

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まずはジュウガツサクラ、よく見るサクラです。
そして、

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冬桜と名札にありましたが、ん~ん、花びらが違いますか?

もうひとつは子福桜です。

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こちらは八重でよく分かります。

名札が無かったらその違いが分かったかどうか?
まぁ、この時期には他にも四季桜に不断桜など、
暇がありませんが花の名前は分かりません。

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これはコダチダリアだそうです。

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もちろん名札に助けられますが、
メキシコ以南に自生するそうです。
近年はコウテイ(皇帝)ダリアともいわれ流通しているとか。

次はバラですが、
名前はありましたが無視してきました。

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バラにもいろいろと楽しませてもらいました。

これだけは名前を控えてきました。

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”荒城の月”だそうですが、
いいですねぇ、こういうのが好きなんです。

そして冬といえば実ものでしょうか。

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すっかり葉を落としたサンシュウの木に赤い実が鈴なりでした。

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縁起物の筆頭、水滴が雰囲気をかもし出す万両の実です。
千両から十両までは確認しているんですが、
残念ながら
今年もまだ一両(アリドウシ)の実を捜し当てられません。

最後はこれです、

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まゆみ(檀)です。
この木は見事な実をたくさん付けていました。Pict0032

宇治市植物公園。
市街地の中にありますが、隣接して山城総合運動公園があります。
ここから東は山一つ、
白川峠を越えて宇治田原町になります。
自然散策路も設けられていて一味違った公園でした。

2007年12月12日 (水)

宇治市植物公園

これが見たくてと思いながら・・・
ようやく実現です。

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近くて遠きは??か・・・ではないんですが、
ここも一度は来たかったところ。

公園の中央にありましたが、
「花と水のタペストリー」と言うそうです。
細かいことは別にして、この時期は来年の干支でした。
これが50作目だそうで、9種類の草花で描かれています。

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そのタペストリーの上にある見晴台から見たところです。

そんなに大きくない公園ですが、
温室(緑の休息所)と花檀、花木園、修景池、ハーブ園、
コナラ・モミジ林などを散策路で楽しめます。

では、まずここから。

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駐車場からこのフラワーブリッジを渡って入口へ行きます。

温室は別にして、この時期は花ものは期待できません・・・
で、まずは、やはり落葉?といえばモミジ?・・・もありましたが
まずはこれ。

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初めはモミか?と思いましたが、
なんと!「スイショウ(水松)」だそうです。
こんな木、まったく知りませんでしたなぁ、
しかしこれが綺麗なんです。

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いやぁ、びっくりしました、
こんな木があったんですねぇ・・・。
と、一応驚きましたが、
そこはやはりここにもモミジ林があります。

しかしここは公園、散りもみじも少々苦しかったので、
いつもながら趣味の世界でございます。

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まぁ、こういう場所が結構あってそれなりに楽しめます。

この時期ですからもっと寂しいかと思っていたんですが、
そこは植物公園ですね、
ほんの少しですが花も、実も見せてくれました・・・
それは続きで。

2007年12月11日 (火)

治水神社・岐阜県海津市

平田町の「千代保稲荷神社」から
帰りは木曽三川公園に出ましたが、
この日は第二月曜日で休園日でした。

もっとも開園していても
この時期は週末のライトアップだけで何もありません。

そういえば公園の記事は何度もアップしていますが、
この傍にある「治水神社」は一度も記事にしていませんでした・・・
で、その「治水神社」です。

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公園の駐車場に行く交差点から、
堤防を南に歩くと神社の入り口です。
もちろん神社の境内裏手には公園からすぐに下りられます。

入り口堤防脇に建つ「史蹟油島千本松締切堤」の石標。

ここはかっての暴れ三川から、
揖斐川と長良川を分断するために流れを堤防で締切った場所で、
治水工事でも最大の難工事だったところだそうです。

ここから南に続くのが千本松原。

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神社へは堤防の右を斜め下に行きます。

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「治水神社」の石標(東郷平八郎の揮毫ですがあり、
参道が延びています。

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鳥居をくぐると左手に手水舎。

参道を行くと右手に大きな薩摩義士追悼記念碑があります。
そして左手の建物は資料館?でしょうか(確認していません)。

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窓越しに見えるのは治水工事の様子を描いた屏風画です。
この画は本殿右の板看板複写されたものが掲げられています。

そして本殿です。

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宝暦治水工事の責任者であった、
薩摩藩家老平田靭負(ひらたゆきえ)を祭神として、
地元有志の尽力により昭和2年に着工。

10年後の13年に完成したそうです。

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この日は屋根に積もった銀杏の葉がひときわ日に映えて綺麗でした。

また、本殿の左手前には偉大な薩摩義士の当時の姿を、
桜島溶岩の上に建立された薩摩義士之像があります。


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この像から境内の左手を行くと、ちょうど神社裏手に出ます。
そこには治水観音堂があります


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御堂には治水観音大菩薩と、
工事の犠牲となった薩摩義士80余名の位牌が祀られているそうです。


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死者87名、うち、自刃した者54名とか。

洪水による工事部分の被災や、
幕命による度重なる工事変更などの過酷な条件を乗り越え、
宝暦5年5月、工事は完成したそうです。


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多額の借財と、
多くの犠牲を藩に負わせた責任をとって平田靭負は自害。
彼はこの藩命を受けたときからすでに死を覚悟していた?・・・とも。

えらく長い記事になってしまいましたが、
因みに平田靭負以下24名の墓は桑名の「海蔵寺」にあります。

治水神社、久しぶりにゆっくりと参拝しましたが、
薩摩義士にまつわる場所がかなりあるのを改めて思い出しました。
それは改めて紹介したいと・・・。

2007年12月10日 (月)

お千代保稲荷

師走に入って何故かこの時期になると
不思議と行きたくなる場所がここ、
「お千代保稲荷」・岐阜県平田町です。

何てことはないんですが、
昔は参道の店にある自然薯目当てでした。

今はこの時期になるとつい、足を運んでしまいます。

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さすがに休みの後の平日、
それも朝早いこともあって人出はまばらです。

こちらは南口からの参道。
この道に並ぶ店は何でもありきで、
それ目当ての客も多いんですが、
それにまた答えてくれるところがいいんです。

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さて、その稲荷本殿に参拝です。

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お馴染、油揚げにローソクのセット(30円)、を買いまして、
石段をあがると燈明場、
ローソクに火を灯してお供えします。

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風防の扉を閉めて本殿へ。

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ありますなぁ、平日の朝一ですがお神酒も供えられて、
これも油揚げと一緒に買って供えます。

ここはこの本殿を囲むようにいろんなお参りする場所があります。

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こちらは本殿ですが、一回りすると結構小銭がいります。(笑)

でも、ここは伏見稲荷、
豊川稲荷とともに日本三大稲荷なんですと。

稲荷といえばこちら、

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やはり外せませんねぇ。
でもお狐さんはそう多くはありません。

ここの楽しみの一つは
冒頭に書きましたが何でもありきの参道、
その参道に並ぶ店です。

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こちらは東口からの参道です。

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そのなかの筆頭はこれ、
どて煮と串かつの立ち食い、これが楽しみで!
まぁ、言ってしまえば毎日が縁日みたいなもんですわ。

どて串を喰って、草もちを買って、
ぶらりと参道の店を覗けばこんなものも。

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人が知らんうちに秋が終ってしまって、
急に冬やんかと思ったばかりでっせ!
なんやもう正月気分にさせてくれますがな。

しかし気がつけば・・・で、もう今年もわずかなんですねぇ。
過ぎる季節は人にお構いなくその時を刻んでいる・・・
ほんと知らされます。

2007年12月 9日 (日)

柳生街道・滝坂の道

春日原始林遊歩道の紅葉がダメな時は
ハイキングと決めていたんですが、
見事にハマりまして急遽、
柳生街道を峠の茶屋まで行くことにしました。

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本来はここが遊歩道最大の紅葉の見せ場なんですが、
ご覧のとおりです。

左に行くと春日奥山ドライブウエーから若草山へ。
柳生街道は右の細い道を下りて一旦休憩所に出ます。

ここが「首切り地蔵」のある滝坂道の終点地です。

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首のところで割れた地蔵菩薩像で、
あの荒木又右エ門が試し切りをしたという石像で、
首切り地蔵と・・・。

ここから道は二手に分かれ、
右に行くと新池から地獄谷石崖仏へ出る山道。

この日は左に本道を行きます。
ここから茶屋のある石切峠までは軽い上りですが、そこは峠道。
息が切れそうなころ、
右から来る地獄谷の道と合流しすぐに峠の茶屋です。

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さすがに行き交う人も少なく、
ひとしきり休憩して戻りますが、
ここから柳生までは10数キロです。

今度は下ります。
首切り地蔵の広場を過ぎて、
能登川の渓流に沿っていっきに下ります。

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すぐに「朝日観音」、
岩に彫られた三体の石仏が見えます。
高円山から昇る朝日に照らされることから
その名が付いたそうですが?

ここから道は急降下していきますが、
原始林遊歩道が九十九に折れて行くのに反して、
滝坂道は短いんですが直線的で一気に下ります。

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これは途中の石畳を振り返って撮っていますが、
この辺りは結構上りが続く道で、
この日のように石畳が濡れていると下りは要注意です。

すぐに「夕日観音」に出ます。

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ここは下から見上げなければならず遠目になります。
こちらは夕日が当たって見えることから
その名が付いていますが、さて?

すぐに寝仏です。

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石面には一体の大日如来が横向けで彫られていますが?
お分かりいただけましたでしょうか。
いつのころか上から落ちてきたそうですが・・・。

柳生街道・滝坂の道、見所はこれだけです。
すぐに「妙見宮」の分岐です。

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朝に通った遊歩道の途中にある妙見宮への分岐をみると、
すぐに滝坂道の入口に出ます。

この日は柳生街道・滝坂道を逆に下りて来ました。
入口から2キロほどの道ですが、
江戸時代からの石畳が続く素晴らしい街道、
かって剣豪が歩いた道です。

ほんの少しその雰囲気を体験するには
格好のハイキングコースです。

2007年12月 8日 (土)

奈良・春日山原始林遊歩道

今年の紅葉の見納めはここと決めていたんですが、
あまりにも遅すぎました。

もちろんある程度は覚悟していたんですが・・・
見事な散りもみじです。

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この「春日山原始林遊歩道」は入口が二ヶ所あり、
一つは若草山の南麓から、
もう一箇所が破石バス停の高畑から東に行き、
突当りの柳生街道・滝坂道分岐を左にとって入ります。

今日も毎年通っている、
その滝坂道の上を行く九十九折れの遊歩道を行ったんですが、
いつもは遅い紅葉もこれはあまりにも遅すぎました。

    Pict0014
わずかにらしい紅葉もあるんですが、
ほとんどはすっかり葉が落ちて、
夜来の雨で水を含んだ濡れ落ち葉の絨毯でした。

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途中にある「妙見宮」の入口もご覧のとおりです。

今日は曇っていて陽もなく、紅葉を撮るには最悪の条件で、
散りもみじ?いや、散り落ち葉の遊歩道です。

  Pict0032e_1 Pict0035e

こんな写真しかないんですが、
まぁ、これだけの落葉が枝にあったらと想像していただいて・・・。
しかしこれだけの落葉を踏みしめて行く遊歩道なんて
そうはないですよ。

約4キロの遊歩道が
ほとんど落葉に埋めつくされた状態なんですが、
我が経験では多分ここだけではないかと・・。

これはこれで楽しいんですが。

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とはいっても落葉だけじゃつまらんですわね・・・
やはり紅葉なんですが。

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今日はすっかり透かれたもみじですが、
見頃の時期にハマるとここの紅葉はほんと!半端じゃありません。
九十九に折れる度に、その都度違う景色が飛込んできます。
それが楽しみで来るんですが・・・、今日は残念でした!。

Pict0046

まぁ、こんな遅く来たんじゃなんぼなんでも仕方ないでしょう。

今年最後の紅葉はスカでしたが、
そこは気分一新で柳生街道です。

久しぶりに奈良の春日山原始林から、
柳生街道・峠の茶屋まで行き、帰りは滝坂の道を戻りました。

2007年12月 7日 (金)

江戸川乱歩の散歩道・鳥羽市

昨日、今日と高校時代の忘年会で鳥羽に居りまして、
何もネタがないんです。
しかしあまりにも天気が良かったので、
鳥羽市のHPから鳥羽ウォーキングマップなるものを
ダウンロードして鳥羽を散策しました。

題して「江戸川乱歩の散歩道コース」。

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何てことはないんですが、お馴染の観光名所は別にして、
見所のない鳥羽の旧市街、いや市街か?を歩くと思いきや・・・。
最初は「日和山」、といってもご存知ない?でしょうねぇ。

かってはエレベーターなんぞがあったような記憶があるんですが、
遠~~い昔の名所でございます。
載せていませんがここには芭蕉の句碑、方位石、
無線電話発祥記念碑などありまして、
ウリは鳥羽湾を一望できる・・・さてどうでしょう。

通り抜けるように賀田神社に下ります。
次はもう一つのビューポイント「樋の山」です。

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ここにも鐘がありました。
「扇野の鐘~幸福を呼ぶ鐘~」だそうです。

この扇野は山本周五郎の中編小説で
鳥羽を舞台にした「扇野」で知られるところでもあります。

もう少し先に金刀比羅宮鳥羽分社があるんですが、
そこからの眺めは鳥羽十景の一つだそうですが、
ここからの眺めがまだ良かったのでこちらを。

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鳥羽湾の景色を眺めて市街地に戻ります。

江戸川乱歩はどうなったと言われそうですが、
戻ってすぐにあります「鳥羽みなとまち文学館」。

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いかにも旧家と思える家屋が、
ここの画家・作家でもあります岩田準一の生家で、
その準一と交流のあった江戸川乱歩の書簡をなどが
展示されている無料の博物館です。

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各地を転々としている乱歩ですが、
彼はまたここ鳥羽に一年半ほど働いていたそうで、
その住まいはこの家の前にあります。

しかしこの博物館?いや資料館か、
何ともなく見せてくれますが、
凄い内容で充実していますよ!

もっとも爺はこんなもんばかり撮っていましたが、

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こんな紙芝居なんて、なんとも郷愁をそそられますなぁ。
そして、無造作に張られています広告のブリキ板。

そしてこれです。

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何だか分かります?
店先のガラス戸の上部にあった透し磨りガラスです。

上手く撮れていないのが残念ですが、
外から左の一部を撮ってみました。

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この店は雑貨屋だったようで、
商品の一部を磨りガラスに透かしで入れてありました。
こういったものも今は懐かしくなってしまいました。

鳥羽市といえば「御木本真珠島」に「鳥羽水族舘」、
だけではありません!
ちょっと歩けば、
また違った見所がほらそこにありますよ・・・なんて。
そんな鳥羽の町歩きでした。

2007年12月 6日 (木)

中山道の楓並木

米原市清滝の源徳院から帰る道を柏原から中山道に入りました。
いつもは国道21号線で関ヶ原に出るんですが、
一本北側の旧道を走ります。

目的は中山道長久寺集落手前にある楓並木です。

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柏原宿を抜けてJRの踏切を渡ると旧長久寺村へ、
すぐに楓並木です。

立派な道標がありましたが・・・、
これは以前に歩いたときは無かったから、
比較的最近に建てられたようです。

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まぁ、道端にあるだけの楓の木ですから、
何ってことはないんですが、
歩いて見たときは見事な楓で、
紅葉の季節に一度は来ようと思っていました。

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2年ぶりに思い出して寄りましたが、
時期的にはこんなものでしょうか。

撮ってる角度が違いますが、
その歩いた2年前の写真です(05年4月撮影)。

枝の張り出しをよくご覧になっておいてください。

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普通は街道といえば松並木なんですが、
楓並木なんぞ聞いたことも無く、
それだけにここは印象に残っていたところです。

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しかし、気が付かれたかどうか・・・、
楓の道路側がすべて切られております。

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これはちょっとねぇ。
はみ出した枝が車の走行に邪魔になるんでしょうが、無残です。
傍らの立て看板がいかにも白々しく見えますよ!

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他方では松並木が枯れて問題化しているというのに残念です。

ところで、ここ長久寺村は美濃と近江の国境で「寝物語の里」。

国境(今の県境)を挟んで、
美濃側に「両国屋」、近江側に「かめや」という旅籠があり、
旅人たちは狭い国境の溝一つ隔てて、
寝ながら話ができたことからそう呼ばれている・・・そうです。

つまらない話になり失礼しました、中山道の楓並木でした。

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で、その楓ですが、
傍の立て看板にも「・・大切にしましょう」と書いていながら、
これはないよ!ねぇ、山東町、いや今は米原市か。

どちらでもいいけど教育委員会さん、
この看板は知っていた!と怒りつつも、
私的ながら懐かしく街道歩きに思いを馳せた爺でした。

2007年12月 5日 (水)

清瀧寺源徳院・米原市

風は少々強かったんですが、
天気が良かったので久しぶりに車です。

場所は9月に行った、佐々木京極氏の菩提寺「清瀧寺徳源院」。

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入り口からご覧のとおりの様子です。

緑の楓に、
紅葉の頃はぜひきてみたいと決めていたところですが、
なんと関が原に入ったら小雨、そしてムチャ寒い!
雪にこそなりませんだがさすが
豪雪地帯の寒さが身に凍みます。

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当然、期待はしていなかったんですが・・・、
見事な散りもみじでした。
しばし雨の残してくれたもみじの感触を楽しみます。

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まぁ、見事な紅葉もいいんですが、
たまにはこんな寂れた(失礼か?)古刹を訪れるのもいいかと・・・。

この日は残念ながら人の気配もなく、
庭園は拝観できません。

しかたなく寺院周りの散りもみじと、
清滝神社の散った銀杏です。
雨に湿って柔らかな散ったもみじ葉はまるで絨緞のよう。

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こちらは清瀧神社の参道広場?に散った銀杏です。

紅葉とのコラボとはほど遠いですが・・・、
薄暗い山麓の木立の中で、
ここだけがやけに明るく輝いていました。

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とにかく小雨がぱらつき、
寒くて撮影どころではなかったんですが、
ターゲットがあれば撮るだけです、
止めるわけには!・・・でもやめました。

あまりにも条件が悪すぎました。
雨の散りもみじなんて初めてでしたが、
それ以上に冬を実感しました。

2007年12月 4日 (火)

奈良・長谷寺

名阪自動車道の集中工事がやっと終って、
奈良方面にもようやく動けると思ったんですが、
イマイチ体調がシャキッとしません。

おかげでこの日は電車です。
まぁ、ゆっくり寝ていけますが行動範囲が絞られて・・・。

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手っとり早く行けて無理もせず、紅葉も楽しめそう?なところと、
やけに注文の多い場所・・・、ということで長谷寺です。

さすがに12月でした(12月2日)、
そんな虫がいい話はありませんわね。
とても正面からは見れませんがそこは紅葉、裏があります。

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チョコッと登廊を外しますとあるんですねぇ。
東参道に少し下がった辺りはまだ綺麗でした。

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でもこんなところまでは観光客は来やしません!
カメラを担いだ?人はまぁ見ましたが、
なんや、同じ穴の・・・でんがな。

登廊からも捨てたもんではありません。

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本堂下など、まだ十分いけますが・・・、
これが紅葉のいいところ。

それにしても、
ここはいま「もみじまつり(12月9日まで)」の真っ最中ですよ。
こんなんでいいんかいな?と、逆に心配になってしまいました。

本堂周辺の紅葉ですが、解説なしです。

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これはこれから来る人にはチョッとかわいそうな状況かも?
それでも何とか見せ場はないのかと探しました。

本堂から御影堂への道、
ここだけ?は見せてくれました。

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まぁ、これだけ見ていると捨てたもんでもないんですが、

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このあたりは栞にもありますがビューポイントです。
綺麗で当然と、言ってしまえばお終いですが・・・、
まだ見れました。

後はここから奥の院です。
毎度のことながら木々の隙間を縫って本堂を狙います。

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これも趣味の範囲で、
結構この構図を狙う人が多くてまるで陣取りです。

本坊まで下りてきましたら、
ここにも季節を感じる花がありました。

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登廊の入口にも一つだけありましたが、
もう寒牡丹のコモ屋根が作られて花が咲いていました。
これから、この藁帽子が増えていきます。

秋から冬へ、
季節は人の思いとは関係なく過ぎているようです。

2007年12月 3日 (月)

鷹峯散策・しょうざん

吟松寺から紙屋川の渓谷に沿って下っていくと、
左手の壁から延びたカエデの木が最初は黄色、
そして赤色とグラデーションのように道を覆ってきます。

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正面の突当りを右に取れば金閣寺、左に入ると「しょうざん」へ、
川は真直ぐに流れていきます。

ここは「雪だるま」さんのブログ ⇒ こちら で、
まだ紅葉する前の庭園を拝見して、
紅葉の時期には絶対に行こうと決めていました。

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庭園受付の傍にある苔むした
檜皮葺きの屋根(何故か屋根だけ?)に映えるカエデを見て、
庭園受付にお金を払っていました。

鷹ケ峰三山を借景にひろがる三万五千坪の土地に、
自然と人工とが見事に調和した
複合施設「しょうざん光悦芸術村」があります。

なかでも北庭は
”北山台杉と紀州石を贅沢に使って楓と梅林を巧に配してある” 
とあります。

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入るといきなり北山杉の古木が迎えてくれました。

ここから庭園を縫うように続く道は、
今、まさに紅葉の秋を楽しませてくれます。

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どの写真を載せるか迷った時は意外と平凡な写真になる!
それってほんと?と疑うんですが・・・。
実践しちゃったかな。

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まぁ、撮るとなると画になるところに集中してしまうものですが。

庭を流れるせせらぎも、趣向をいっそう盛り上げてくれます。
何よりも人がいないのがいいですねぇ。

誰にも邪魔されないなんて、
この時期の京都では考えられませんが・・・。

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まぁ、観光スポットではないといえ、
こうして紅葉を堪能させてもらえる・・・
そんな場所があってもいいじゃないですか。

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最後は酒樽茶室です。
珍しい茶室を見てようやく北庭を出ました。

この後は「しょうざん」の
南庭(料亭施設が中心です)へ向かいます。

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この先の料亭「千寿閣」に、もう一つの庭園があります。

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小さい庭園ですが、
細い渓流が庭の石組みを縫って小さな池に落ちます。

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それにしてもここには紙屋川が流れていて渓流床まであります。
このあたりはもう京都の料亭の庭・・・というより、
「しょうざん」自体が自然を配した大庭園になっています。

そしてこれはびっくり!
おまけじゃないでしょうが御土居跡がありました。

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料亭を出た左側に続く石垣の土塁、御土居跡です。

秀吉が京都の中心部を囲うように土塁と堀を築いた
といわれる御土居。
残存するのはわずか13ケ所、その一つ?でしょうね。
そういえばあの長坂口は御土居から出る口の一つ、
迂闊でした。

京都鷹峯散、最後は「しょうざん」でしたが、
ここはボーリング場やガーデンチャペルもある複合施設です。
それにしてもなんでこんなに人が少ないの?

これが正直な感想でした。  (11月30日撮影)。

2007年12月 2日 (日)

京都鷹峯散策・其のニ

忙しく駆け巡りますが源光庵、常照寺から西に少し行くと光悦寺。
ここも鷹峯の定番の観光スポットです。

あの本阿弥光悦の旧跡ですが、この辺りは鷹ケ峯光悦町と呼ばれ、
元和元年(1615)に徳川家康が本阿弥光悦に
野屋敷として与えた土地だそうです。

そんなことはまぁいいんですが。

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わずかな時間差攻撃で最小限の人出の時を狙いますが・・・。
やはり少ないとはいえ時間が経つにつれて人は増えてきます、
これだけはどうしようもありませんね~。

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ここも紅葉はもう終ったと書いたんですが、
どうしてどうして実に見事です。

言葉には困ります・・・、
ただ、見せてくれたのはこの入口だけで、
後はほとんど見るところはありませんでした。

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さて、ここの見所も多々あるようですが、
紅葉に関していえばこの日は少々寂しいという・・・
感じでしたが。

光悦寺といえば有名な光悦垣、その周辺の紅葉です。

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彩のあるところをアップしましたが、どう感じられるでしょうか?
まだ見れる?もう終わり? 
みな様々に感じていただければと・・・。

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散りもみじもそれはそれなりに情緒があるんですが・・・、

帰りの参道入口もまぁ綺麗だったんですが、
敢えてボツにしました。

ここからさらに西に行きます。

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なにやら気になる木標ではありませんか?

これから行く場所は決まっているんですが、
ここは京の七口の一つ長坂口、京に入る(出る?)街道の一つ、
長坂丹波道の入口でした。
もちろんほんの少々ですが
車道をシヨートカットして道を歩きました。

下りきって南に切り返します・・・、すぐにこの紅葉でした。

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「しょうざん」に向かって緩やかに下っていく途中の光景です。

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隠れたる紅葉の名所?! 
そのままの素晴らしい紅葉がありました。

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名前は「吟松寺」。
少々荒れた境内に足を踏み入れます。

もちろん自由拝観ですが
あくまでも個人の責任に於いて行動してください。

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紙屋川沿いにひっそりと佇むお寺を、
まるで覆い隠すように萌えるカエデがほんとに燃えていました。

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観光スポットが喧騒な京都の一角に、
こんな隠れ場所がありました。

この道をまっすぐ南に下ると
「しょうざん」から金閣寺へと続く道です。
明日はこの日のもう一つの目的地でありました
「しょうざん」を訪ねます。

2007年12月 1日 (土)

京都鷹峯散策・其の一

京都に何度も来ていながらまだ訪れたことのない鷹峯地区です。
ここに来れば当然源光庵と光悦寺でしょうが、
今年の紅葉は残念ながら終っていました(私的にです)。

しかし初めての訪問ですから、
紅葉なんぞ関係なく拝観していきます。

まずは源光庵です。

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まずは本堂にある丸窓の「悟りの窓」と角窓の「迷いの窓」です。

いろんな方のブログで紹介されている有名どころ。
ある程度の混雑は覚悟していたんですが、
そこは平日なのかまずまず。

それでもねぇ・・・まともに撮れるわけがありません。

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なんぼ人が少ないといっても隙間を縫っての撮影ですが、
これはきついわ!。
まぁ、適当に撮っていますがじっくりとはとてもいきませんなぁ。

由緒、や縁起は省かしていただいて、
とにかくこの日の紅葉をご覧ください。

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紅葉はご覧のとうりで、
とにかくそれらしいところを載せていますが・・・。
ほぼ終ったって感じでした。

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出口から振り返ったところですが、
やはりひと足違いのようでした。

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入るときは気が付かなかった山門横のカエデの木ですが、
光の当たり具合で綺麗に見えます。

ここはもう一度シーズンを避けて訪れたいと
改めて思いながら・・・次へ、

バス停を降りた時に気になっていた、
すぐ東にある常照寺を拝観です。

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この紅葉がバス停から見えて、やけに気になっていました。
鷹峯檀林旧跡「常照寺」。

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「吉野太夫」が寄進したといわれる山門をくぐると
正面に本堂があります。

こちらの紅葉はまだ見頃で、
本堂左手から諸堂、茶席をめぐるように参拝路が続いています。

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諸堂を抱くように色付いたカエデの木が見事です。

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ここの山門(吉野門)は別名赤門です。
路のひときわ、
赤いもみじ葉に吉野太夫を思い重ねては失礼でしょうか?
桜の季節には島原の太夫による太夫道中が営まれるという・・・。

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そんな旧跡常照寺に秋を見ました。

何か急ぎ足で駆け回っていると思われるでしょうが、
細かく記事を書いていますと、
おそらく一週間分はあるんじゃないかと・・・。
何とか賞味期限があるうちに載せたいと、
紅葉だけを端折っています。

明日は当然光悦寺。
そして京の七口、長坂古道をほんの少し歩いて吟松寺です。   

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