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2007年11月17日 (土)

名古屋の善光寺街道

寺社めぐりが続きましたが、今日は少し息抜きで・・・。
先週歩いた名古屋の「善光寺街道」を紹介します。

「なごやの古道・街道を歩く」・池田誠一著(風媒社)。
紹介されている22本の街道から、すでに歩いた東海道、
美濃路、佐屋路は別にして残り19本の街道から
善光寺街道を歩いてみました。

街道のスタートはここです。

 Dcf_0069
以前歩いた美濃街道で紹介した
本町通と伝馬町筋の「札の辻」です。

道を西にとると美濃路で伝馬橋へ、
善光寺街道は北に行きます。

京町通りの東南角に新しい道標がありました。

    Dcf_0070
京町筋を東に向かうのが善光寺街道。
ここから西に向かうと「五條橋」から美濃路、南に戻ると熱田の
宮宿です。・・・で東にひたすら歩きます。

途中にあった「西明寺」の鐘楼を見てつい、

 Dcf_0075_1  
これは陶器?なんでしょうか、石鐘のようですが。
一瞬あの瀬戸の寺で見た陶器の鐘を思いました。
解説がないと・・・ほとんど解りません!。
これが素人の悲しさです。

国道19号線に出ました。
代官町交差点の西南角に道標があります。

    Dcf_0077
指差し道標で、「西側に善光寺道 北側に京大阪道」とあります。

この先大曽根、勝川から坂下を通り、
内津峠を越えて多治見から釜戸へ出ると槙ケ根の追分で
中山道に合流します。
小牧から犬山を通って今渡で中山道に出る木曽街道(上街道)
に対して別名下街道と呼ばれる街道です。

道標の指差しに従って北に折れます。
ここから国道19号線の一本西側を北に進みます。
途中、平田町交差点、赤塚交差点で迂回しながら
再び赤塚交差点で国道を渡り、赤塚の新明社で右、左と
小刻みに折れ曲がります。

しばらく北上して国道に戻る手前を右に入ると
「了義院」があります。

    Dcf_0083
ここには芭蕉の句碑がありました。

    Dcf_0082
こちらが戦災で破壊された碑を繋ぎ合わせた旧碑。
そして新しく建てられた碑です。

    Dcf_0084   
句は 「有とある たとえにも似ず 三日月」。
    「何事の 見たてにも似ず 三かの月」の異形句(初案)で、
元禄元年(1688)に詠まれたものです。
実はこれを見るのがもう一つの歩く目的でした。

ここから旧道に戻って国道に出ます。
この後大曽根駅前から矢田川を渡り、
庄内川の堤防まで続きますが、
長くなりますので見所だけをご紹介していきます。

大曾根の国道脇にある「山田天満宮」と、

 Dcf_0089

同じ境内にある「金神社の銭洗い」です。
 
 Dcf_0090  
右の柄杓で正面の大黒天さんに水をかけ、
その流れた水で銭や宝くじなどを洗うとご利益がある
とされているそうで、
実際に娘さんがお母さんに教えられながら
五千円札を二枚洗っていたのには思わず??
いやぁ~たまげました。

すいません街道でした。
矢田川を渡り守山区瀬古の集落に入りますと、
街道の面影が残ります。

少し先で寄り道すると石山寺がありました。

 Dcf_0096
二層の山門が建つこの寺は、
本尊が近江の石山寺と同木で彫られたことに寄るそうです。

旧道に戻って更に北に行き、
小学校を迂回すると道を挟んで「東春酒造」のお店があります。

    Dcf_0106  
幕末からの古い造り酒屋のようですが、
店の北側に回りますとご覧の水屋造りの蔵がありました。

すぐ北側が庄内川で、その洪水に備えたものだそうです。

そしてすぐに庄内川の堤防に突き当たります。
街道は川を渡って更に北に行きますが、
名古屋の「善光寺街道」はここまででした。

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