安土城跡
「石の寺教林坊」の紅葉を見て
このあたりの紅葉は無理と予定を変更。
とはいえ何所へ行くあてもなく、同じ安土町ならばと・・・、
行ったのはここしかなかった、やはり「安土城跡」でした。
「教林坊」からは観音寺城址を挟んで
北西にすぐのところになりますが、
道は一旦西に走り、北へと回り込みます。
大手門跡に立って・・・ん? なにやら建物が。
受付(料金所)です。何で~~!の世界です。
自動券売機に一瞬途惑いましたが、
聞けば昨年の9月から有料だと。
以前に来られている方は、皆さんここで考えられています。
この長~~い石段を登って、
同じ城跡を見るのに有料とは?当然でしょう。
しかし戻る人は少ない・・・。
料金を払います。
A4三つ折のガイドブックをもらいます。
別になくても途中の見所には案内板があるんですが・・・、
と思いながらそこはいさぎよく大手道の石段を登ります。
登り始めてすぐ右手に「元前田利家邸跡」の案内板と広場が、
左手に「元羽柴秀吉邸跡」があります。
秀吉邸跡に色付いたモミジがあったので一枚。
更に登って「伝徳川家康邸跡」に建てられたという
「摠見寺仮本堂」を見ると石段の道は左、右と
小刻みに折れていきます。
この石段に所々で見られるのが「石仏(せきぶつ)」です。
築城のときに石材として使われたものがそのまま残されていて・・・、
その趣旨説明盤が一番最初の傍らに埋め込まれています。
この後も登りが続き、黒金門跡、仏足石を見ると、
ようやく「二の丸跡」に。
この二の丸跡の奥には「信長公本廟」があります。
”羽柴秀吉が太刀、烏帽子、直垂(ひたたれ)などの遺品を、
ここ二の丸跡に埋葬して本廟とした” とあります。
ここから戻ると目の前が開けますが、
天主の下にある本丸御殿跡です。
ようやく天主下まで来ました。
そして左奥の最後の石段を登ると、
標高199mの天主跡に出ました。
”背丈ほどの石垣に囲まれた東西、南北それぞれ28mの台地。
今は礎石が1.2mおきに整然と並ぶだけであるが、
この部分は天主の穴蔵(地階の部分)にあたり・・・”
と続きますが、ここに五層七階(地上6階地下1階)の
天主がそびえていたのであります。
しばし伊勢戦国村の天守閣(関係ない?)を思い出しました。
帰りは途中から摠見寺本堂跡と、傍に建つ三重塔を見て
石段下に見えるニ王門へ急降下していきます。
その仁王門、
元亀2年(1571)建立だそうですが、
左右に安置されている金剛力士像とともに
国指定の重文だそうです。
天承4年(1576)重臣の丹羽長秀を総普請奉行に、
標高199メートルの安土山に築城させた平山城の安土城ですが、
完成からわずか3年で焼失、落城したと・・・。
歴史上でも話題の安土城ですが、
ここから更に急な石段を下り、
安土山を巻くように入口まで戻りました。
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安土城跡のことは、名前も場所も知っているのに、未だ訪れたことがないんです。
しかし・・・有料ですか。
影も形も無い城跡見るのに、金を払わねばならんとは!
さすが滋賀県、この時代でも水利の権利を主張すとこだけに、やることがせこい。
投稿: Iga | 2007年11月20日 (火) 00時29分
Igaさん なんでここが有料かと一瞬驚きました。
もちろんまだ発掘調査中ですが、もしかしたら調査費が資金難?
それならほんとせこいぜ!ですが、まぁ見る方にも問題があるかなと。
以前は自由勝手に見放題で、これもまた信長の城らしくて
よかったんですが(笑)
何せ特別史跡ですからそれなりの維持費がいるんでしょうかね。
投稿: 好好爺 | 2007年11月20日 (火) 20時51分