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2007年9月 5日 (水)

中山道番場宿・蓮華寺

中山道の番場宿(米原市)に蓮華寺というお寺があります。

以前に歩いたときは、街道筋に建っていた”南北朝の古戦場、
瞼の母番場の忠太郎地蔵尊”と書かれた柱を見ただけで
先を急ぎ通り過ぎたんですが、
他にも”聖徳太子ゆかりの寺”というなんとも仰々しいお寺です。

奥浜名湖の寺めぐりをして思い出し、
一年ぶりにその番場宿に蓮華寺を訪ねてみました。

旧街道からわずか100mほど入った所にあります。

 Pict0004
名神高速道をくぐるといきなりこの勅使門があります。
思わず・・・ん?。

 Pict0006_1

菊の御紋です!
歴代天皇の帰依厚く、花園天皇より勅願寺院としての勅許を賜り、
寺院紋として下賜された・・・と案内にあります。

寺の縁起は省きますが、この寺は南北朝の古戦場跡で
案内によると

”元弘3年(1335)5月7日の京都合戦に敗れた六波羅探題
北條仲時公が北朝の天皇、上皇を奉じて中山道を下り
番場の宿に着いたとき、南朝軍の重囲にここ蓮華寺で戦うも敗れ、
本堂前庭にて仲時以下430余名が自刃した・・・”
 
とあります・・・かなり省略していますが・・・。

ようは”足利尊氏の寝返りにあって鎌倉へ落ち延びる途中、
京極道誉に阻まれて進退極まって自刃”ということだそうで
(滋賀県観光情報の解説は分かり易い)、
その亡骸を弔った寺であるということであります

その墓碑が山腹にありました。

 Pict0025_2

さて、お寺の方ですが、
当山は今より1300年昔聖徳太子が創建されて
法隆寺と称していたと・・・。
なにやら凄いところではありませんか?

 Pict0015
 Pict0016
本堂と寺号額ですが、
後水尾天皇御宸筆の勅額だそうです。

本堂内部はこれまた見事なもので、
こちらの檀家の人たちが毎日手入れをされていて、
この日の当番の方に詳しく説明をして頂きました。

 Pict0013
ミツバツツジの木と樹齢500年の高野槙
(右上片隅にチラッと見えます)がある庭園です。

本堂裏の宝物舘には
自刃した全員の名が書かれた過去帳がありました。

 Pict0022
こちらは国宝重文の銅鐘です。

小さい境内には「聖徳太子叡願の紅梅」、
「東伏見宮殿下お手植えの松」、
49代和尚の門弟である斉藤茂吉の歌碑などもあって、
これはもう並みの寺ではないようです。

しかしここは番場の宿、
となるとやはり長谷川伸の小説「瞼の母」でしょう。

本堂横から山の手に行くと、樹齢700年の「一向杉」とともに、
作者である長谷川伸氏が建立した
「番場忠太郎地蔵尊」がありました。

 Pict0036_1_3 Pict0034_1
記念碑((番場史跡顕彰碑)を囲む石柱には
長谷川伸の名前と、忠太郎を演じた?
役者さんたちの名前が刻まれています(クリックでどうぞ)。

架空の人物ですが、
さすがに番場は忠太郎の舞台であり故郷なんです。

正直、番場宿の見所はここだけですが、
それにしても凝縮されていました。
街道歩き本番で見過ごした身としてはひと言、
”来てよかった!”でした。

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コメント

番場の忠太郎・・・といっても、
あと30年もすれば、99パーセントの人は知らない、ということになるのでしょうね。
そういう私も、落語や文楽、歌舞伎、狂言、能は実際の舞台を鑑賞したことがありますけど、
浪曲とか、説教節、浪花節などはナマの舞台に接したことがありませんから・・・。

それはともかく、
「蓮華寺」・・・チェックポイントですね。
これもまた、行ってみたいです。

きみこさん  いきなりのコメントありがとうございます。

そうですね~。番場の忠太郎なんて今でも知らない人が多でしょうね。
たしかに古いです、ここを歩いたとき思わずああ~番場だと
感慨がありましたが今の人には関係ないですよね。
>「蓮華寺」・・・チェックポイントですね。
はい!、ぜひ行ってみてください。
本当に何もありませんが秋の紅葉がいいそうです。

北條仲時公の末裔の方は横井姓ですが、後南朝の戦いで尾張赤目の横井党は南朝側に付きました。
 横井党も北條の末裔とされています。このことから北朝側でないとおかしいと思います。
 蓮花寺の前に京都で尊氏と戦ったことで、後南朝の戦いのとき足利憎しで南朝側に味方したのでしょうか?
 蓮花寺で自刃された武士の墓は、以前訪れた時に見学できるような案内は見つけることは出来ませんでした。非公開でしょうか。

鎌倉街道さん
コメントありがとうございます。

北條一族についてや南朝の戦についてお詳しいようですね。
記事はお寺で頂いた栞から一部を引用し要約しています。
南朝の戦も北條一族についても詳しい知識がなく、
多くは分かりません。ごめんなさい。
足利仲時公以下自刃された方の墓碑は本堂横から坂道を
上がるとあります。
特に案内はありませんが非公開ではなく、
本堂以外は自由に拝観できたと記憶しています。

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