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2007年9月30日 (日)

ノリタケの森・名古屋

久しぶりの雨にぶらりと出られません!・・・
で、一週間前のネタです。

名古屋に出たついでに・・・といったら失礼か、
ノリタケの森に寄りました。
知る人は知る所でしょうが初めて訪れます。

  Pict0001

都会?の空間にこんな場所があるんですね~。
赤レンガに会うのは半田の町以来ですが、
都市空間を利用したこのノリタケの森は
次の100年にむかって誕生したと・・・。

  Pict0004_1 Pict0009

「森村・大倉記念キャンバス」では
セラミックスの歴史や無限に広がる可能性が紹介されています。

その入口と、展示されていたザウルスのセラミックの歯です。

 Pict0013 Pict0014

「ウエルカムセンター」ではノリタケの製品にため息をついて、
「クラフトセンター(1・2F)ノリタケミュージアム(3・4F)」へ。
ここは有料ですが陶磁器の製造工程や画付けを参観し
(申し込めば体験も)、ミュージアムでは世界を魅了した
オールドノリタケの美に触れる。

残念ながら写真撮影禁止で何もお見せできません。
我が知識では
とてもその美の真髄を確かめるすべもありませでしたが、
ただ素人目にも凄いとこれが陶器・磁器なんだと感嘆です。

チョイ寄りのつもりでしたが
どうしてどうして時間をかけてしまいました。

 Pict0017

外はフリーに開放されたゆとりの空間です。
巨大な6本煙突のシンボルモニュメントが
ノリタケの面影を偲ばせます。

 Pict0019e

 Pict0021
古い単独窯、ビオトーブなど、貴重な建造物と自然の共存でした。

名古屋駅の近くにもこんな場所があるんですねぇ。
再発見ではありませんが、存分に楽しませてもらいました。

2007年9月29日 (土)

羽島田園街道・コスモス畑

以前紹介した岐阜県羽島市の田園街道沿いにあったひまわり畑。
その西側にあるコスモス畑が見頃です(9月28日撮影)。

 Pict0005_2 

名神高速岐阜羽島IC(写真中央辺り)を右に、
通称田園街道を南へ走ると広大なコスモス畑が目に入ってきます。

 Pict0008
 
羽島浄化センター・浄水公園の北側に広がる
休耕田に植えられたものですが広いんです!
見渡す限りコスモスです。

 Pict0010

かなりの広さですが・・・といっても、
ただ綺麗!と見ているのと写真に撮るのとは大違いで・・・。
数があってもアクセントになるものがなにもありません。

 Pict0017_2
 Pict0026

花だけのアップにも限度がありますわなぁ・・・。

すぐ傍にある浄水公園に行ってみました。
公園にはキバナコスモスと彼岸花が咲いています。

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なんとも贅沢なコスモス三昧ですが・・・。

 Pict0004_2

やはりこういった休耕地に植えられたコスモスは
見て楽しむのが一番?でしょうかねぇ。

2007年9月28日 (金)

明日香・花逍遥

この時期、明日香の花?といえば当然彼岸花なんでしょうが、
この日は歩きが目的でした(27日撮影です)。

万葉文化会館に車を駐車して
「飛鳥寺」から「飛鳥周遊歩道」へ入ります。
やはり彼岸花は避けて通れません。

 Pict0006
遊歩道沿いに咲く彼岸花ですが、
さすがに色あせているのが目立ちます。
一年ぶりに秋の花咲く明日香ですがやはり彼岸花ですねぇ~。

「周遊歩道」を橘寺へと向う途中、
飛鳥橋を渡った左手になんと蕎麦畑がありました。

 Pict0015
 Pict0017_1_2
これは予想外で、
あの桜井市の笠で見たのとは違って真っ白です。
花が多いから?でしょうか、
それとも見る場所?って事はないでしょうね。

蕎麦の花と彼岸花を見て橘寺へ向いましたが、
今年はなぜか花が少なく見所はありません・・・で拝観をしました。
実は何度も前を通っているんですが、拝観は初めてでした。

 Pict0027
境内の鐘楼の周りにはシオン(紫苑)が、
そしていたるところに芙蓉が咲いています。

 Pict0035
ここには「往生院」の横に芙蓉園があります。

もう一つ興味があったのは、
奈良の「歴史の道」を歩いたとき「垂仁天皇陵」で
「田道間守(たじまもり)」の墓と伝わる小島を見ましたが、
この寺にその像があったことです(栞を読むとなるほどですが)。 

それは余分でここから石舞台へ、
石舞台の白い彼岸花もいいんですが、
ここは公園の萩が楽しみでした。

少し遅かったようですがそんななかから見頃のところを・・・。

 Pict0042_1_2

そしてここにはこれがあります。

 Pict0048_2
ススキです。
構図は別にして、写真で見ると綺麗ですねぇ・・・と
これは自画自賛で。

ここで終ろうとしたんですが、歩き足りない?
いえ、彼岸花を少しは・・・。
ということで石舞台からすぐ先の都橋を渡って左手へ、
坂田の集落へと上がってみました。

 Pict0059_1
 Pict0061_1 

撮らないと思っていても・・・やはりねぇ、
見せられると撮ってしまいます。

そしてこれも。

 Pict0045

最後は極め付きのこの花。

 Pict0052

よく咲いていてくれました、ナンバンギセル(南蛮煙管)です。
ススキや茗荷の根に寄生する植物だそうで、
そのとおりススキの根元に。
私も初めてのご対面で手が傷だらけに・・・。

長くなりましたが秋の明日香・花逍遥。
最後は珍しい花で締めましたが、
ここは何度歩いても飽きないところです。

2007年9月27日 (木)

大にぎわい城下町名古屋

名古屋市博物館開館30周年記念・特別展
「大にぎわい城下町名古屋」。
長いタイトルですが、
関連イベントは別として本展を観に行ってきました。

 Cimg0393
 Cimg0394
入口に獅子の籠細工が展示されていました。
今までとはちょっと違った雰囲気で会場へ入ります。

一部を除いて(撮影ポイントが設けられています)当然撮影禁止です。
入るとすぐに時を知らせる梵鐘と櫓時計があります。

第一会場は城下町の様子がテーマ。

見ものは名古屋の城下を描いた「堀川屏風図」。
北は名古屋城から日置橋、
そして南は伊勢湾に至る堀川の沿岸が見事に描かれてます。
昨年発見された屏風一双の初公開です。

もう一つは東海道と中山道を結ぶ「美濃路見取会図」です。
熱田の宮の「一の鳥居」から古渡、広小路、伝馬町から
江川への道が詳細に描かれていて当時の様子がよく分かります。

以前歩いた時は伝馬町から伝馬橋を渡り江川に歩きましたが、
この絵図にはもうひと筋北の本町通りから五条橋で堀川を渡り
江川に抜ける道が描かれていてます、
思わず見入ってしまいました。

第二会場は国宝「古事記」の展示と、東京泉岳寺から出開帳の
「忠臣蔵」関連資料の展示です。
江戸時代の泉岳寺出開帳の様子を伝えた「泉岳寺開帳」や
「義士の肖像画」が展示されています。

こちらには撮影ポイントがありました。
まずは巨大籠細工による「三国志」の英雄、関羽の像?

 Cimg0396

そして龍と

 Cimg0395

雷車ですが、このあたりの関連はよく分かりません。

 Cimg0398
写真だけ撮って流して観てしまいましたが、
やはり名古屋の城下町といえば宗春でしょう!

7代宗春の頃の名古屋の繁華街、大須観音、七ツ寺、
遊郭が描かれた「享元絵巻」に当時のにぎわいと
風俗を見ることができます。

他にも傾いた天守閣大改修、名古屋の俳諧人など、
展示物はまさにてんこ盛りの
「大にぎわい城下町名古屋」特別展でした。

関連イベントは今週末から始まります。
30日(日)は「花魁道中とお鍬祭り」、こちらもまた楽しみですが
・・・さて。

2007年9月26日 (水)

路傍のコスモス・都祁吐山

彼岸花が続きましたので趣向を変えます。
今日は奈良市都祁吐山(つげはやま)で見た路傍に咲くコスモスです。

仏隆寺へ行く途中で見たんですが、
これはぜひ帰りにと思っていました。

 Pict0048

吐山は「すずらん」が自生する地で知られてますが(知っています?)
名阪国道の針インターから榛原へ向って5キロほどです。

造られたコスモス園もいいんですが、
やはり自然のこうしたコスモスを見るとつい車を停めてしまいます。

 Pict0053
路傍のコスモス。
ついつい散策してしまいました。

 Pict0060
 Pict0062

ここは国道沿いで山里ではありませんがそれに近い場所です。
少し国道をそれるとまわりは田園風景で里の雰囲気がたっぷりです。

 Pict0067
 Pict0075
田園とコスモス。

身近なところで里の風景を楽しみましたが、
ここはもうすっかり秋でした。

2007年9月25日 (火)

彼岸花・奈良仏隆寺

彼岸花の寺で知られる奈良の仏隆寺へ出かけてきました。
家を出るのがちょっと遅かったのでどうかな?
と思っていたんですが、やはり駐車場は満杯!

そして参道の石段下には三脚が並びます。

 Pict0007
一番下から撮ると中段にいる客が邪魔に、
かといって私は悠長に待っておれませんので
邪魔を承知で中段まで上って一枚。

 Pict0010

石段を挟んだ左右に咲く彼岸花!とにかく凄い数です。

 Pict0012

山門下からと山門横からですが、
 
 Pict0017_2
階段の様子が分かりにくいかと・・・
女性の方の脚をば入れてみました。

とにかくこれだけまとまって咲いていると
素人にはどう撮っても一緒です。

 Pict0022
こちらが仏隆寺本堂です。

真言宗室生寺派末寺で室生寺の南門に位置し、
ご本尊は「十一面観音像」です。

山門を入ると白と黄色の彼岸花が咲いていました。

 Pict0026
こちらも数がありましたが、
今日は白と黄色のアップです、
黄色はこの一本だけが残っていました。

Pict0030 Pict0031  

榛原の高井からここ仏隆寺前を通り
カトラ峠を越えて室生の里に至る「室生古道」は、
室生口大野からの東海自然歩道とともに
人気のハイキングコースで、
今日も多くのハイカーに出会いました。

帰りは撮影の邪魔にならないように古道の一部へ出ます。

Pict0036_1 Pict0044

造られた山里のひとコマですが、
これも「ふるさと創生」ですか・・・。
関係ないですが陽に映える花を一枚入れてみました。

 Pict0046

群生もいいですが、これだけの花を見せられと
やはり楚々と咲く花もいいなぁ~と思うのは私だけ?・・・
でしょうか。 

とにかく花にも、人にもとびっくりさせられた仏隆寺でした。

2007年9月24日 (月)

彼岸花・京都大原の里

萩がダメなら彼岸花を・・・と
上賀茂神社から大原へ向いました。

少し雨のぱらつくなか、
花尻橋から大原街道に入ります。

 Pict0073_2

道沿いに咲く彼岸花と稲穂に里山の秋を感じます。
これが日本の原風景?はちょっと大げさですが・・・
癒されます。

大原街道(鯖街道)は二度目ですが
前は酷暑で何もないときでした。

Pict0054_1_3 Pict0058_2

この日も暑かったんですが、
道のいたるところに咲く彼岸花が暑さを忘れさせてくれます。
少々色あせたのもありましたがそれはご愛嬌で・・・、
蕾みもまだまだ多くこれからではないでしょうか。

Pict0078_1_2 Pict0083_2

南北に細長い大原盆地ですが、
少しずつ上っているのが分かります。

右に三千院側の集落が見え始めると、
ちょうど高野川を挟んでV字になっているのが分かります。
「乙が森」を過ぎると左側が高くなって土手が続きます。

 Pict0077_2

咲く花が目線より高くなってきました。

 Pict0084_2
(これは草生川沿いを寂光院方面に行った先で撮っています。)

すぐに寂光院への分岐に出ます。
道標が建つ辻を左にとると「寂光院」へ、
右にとると「三千院」です。

観光地の大原とは違って
この道筋には観光客の姿もほとんどなく、
まさに静かな里の秋?でした。

2007年9月23日 (日)

京都・梨木神社萩まつりは?

久しぶりの京都ですが、
「梨木神社」の萩まつりに行って来ました。

 Pict0010

残念ながら萩はまだ少々です。

 Pict0032

参道に咲く萩の木にか献詠された俳句や
短歌の短冊が吊るされて祭りの雰囲気は十分なんですが、
いかんせん主役の萩がいま一つで・・・。

 Pict0020

今日は祭りの中日で
ちょうど池坊京都支部の方に寄る献華の最中でした。

 Pict0025  

萩の花ではない華の儀式をしばらく見ておりましたが、
これは主旨が違います。
少し欲求不満で向ったのが上賀茂神社です。

京都観光情報の花だよりのトップに上賀茂神社の萩が載っています。

これがまた曲者で、

 Pict0041

萩はありましたが・・・・・何!これ、の世界です。

 Pict0049
小川に沿って咲く萩が・・・とありますが。

ここは我慢で!じっと堪えます。
萩がダメならと今年から始まった
「国宝本殿の特別参拝と重文高倉殿ご神宝拝観」をしてきました。

今年から始まったんでしょうか?上賀茂神社のたすきを首に、
長~~い神職の説明を聞いて本殿と権殿を参拝します。
桧皮葺流れ造りの同じものですが、
ここも遷宮がありその仮殿になるのが権殿だそうです。

この後高倉殿の神宝を拝観しました。

Pict0033

二の鳥居を入った細殿の前にある立砂です。
ご神体山の神山をかたちどったものだそうですが、
花より綺麗?なんて。

梨木神社、上賀茂神社とまわりましたが、
萩には少々欲求不満でした。

このうっぷんを晴らすべく!
彼岸花を求めて大原の里へと向います。
続きはまた次に。

2007年9月22日 (土)

奈良薬師寺・酷暑のなかで

奈良「歴史の道」の後半部を歩いたこの日は(20日で2日遅れです)、
奈良は32℃だったとか。
確かに暑かったんですが、
この辺りまではまだ持ちこたえておりました。

西の京の薬師寺です。

 Pict0046_2

 Pict0048_2 Pict0047_1_2 

ちょっとサイズが合いませんが、
お馴染みの中門と東塔に西塔です。
それがなんだといわれると困るんですが、
ただ綺麗だなぁ~と。

それはそれとして、
今日の主役は萩とコムラサキシキブです。

 Pict0064e_2
まずは玄奘三蔵院伽藍の西側に咲いていた萩です。

 Pict0059_1_2 Pict0066

ここにこれだけの群生があるとは知りませんでした。

もっともこの時期に来ていなかったからかも知れませんが、
出入口はこの萩が咲く右手にあり、
私も手洗いに行って気がつきました。

 Pict0067_1_2

写真的には撮りづらかったんですが、
ほぼ満開に近く見頃でした。

もう一つは
ここから白鳳伽藍に行った與楽門の東筋に咲く萩です。

 Pict0027e
 Pict0029

いやぁ~、前の秋篠寺では萩だ!と喜んだんですが、
その比ではありません。

そしてトドメはこちら、

 Pict0034
北入口からの道筋に咲くコムラサキと
シロシキブ(コシロシキブ)です。

初めはこれも萩かと思いましたが・・・・・。

 Pict0032_1 Pict0033_1

驚きました、今まで気にもしていなかった道ですが・・・!

 Pict0036

まだ少し色は薄いのもありましたが、
コムラサキの群生もまた見事です。

花に実に堪能した薬師寺の秋。
酷暑のなかでも花は秋を感じさせてくれました。

2007年9月21日 (金)

奈良歴史の道・続編

西大寺で終えた奈良「歴史の道」。
後半は西の京から大安寺を通り、
奈良市街地を横断して白毫寺・新薬師寺を結ぶ道です。

 Pict0001

西大寺の東門を見て一路南下して行きます。
途中の突当りで道を外しました・・・道が入組んで
単純な観光地図では分かり難い無理な道筋です。

例によって勘で道を拾って行きます。
住宅街の細い道を行くと「菅原天満宮遺跡天神掘」がありました。

 Pict0002
この辺りは菅原道真の生地と伝わる菅原の集落ですが、
この池は道真の産湯を使ったといわれているそうです。

ここで「歴史の道」に戻りましたが、
少し先の「菅原天満宮」と「喜光寺」に途中寄りしていきます。

 Pict0004
菅原天満宮。

 Pict0009

喜光寺です。
本堂は行基が東大寺を造るときに参考にした
「試みの大仏殿」として有名だそうで、重層寄棟造です。

「歴史の道」に戻ります。

 Pict0012
阪奈道路をくぐり奈良街道(暗がり越)から
垂仁天皇陵に沿って南下。
堀の中には、天皇のために不老不死の果物を探した
田道間守(たじまもり)の墓と伝わる小島があります。

突当りの道を左に近鉄の踏切を越えると
「唐招提寺」の南大門です。

 Pict0019

ここはまだ金堂の修理中で、何度も来ているので拝観はパス。
そのまま南下して薬師寺へ。

 Pict0049
見事な竜宮造の金堂には何時来ても圧倒されます。
萩とコムラサキが咲くなか、東院堂・大講堂、
そして玄奘三蔵院伽藍(平山郁夫画伯の大唐西域壁画公開中)を
じっくりと拝観しました。

薬師寺拝観の後は一気に東に奈良の市街地を横断します。

 Pict0070
途中の大安寺、
南都七大寺ですがあまり見る所がありません。

道は真直ぐ東に行くんですが、
南京終(みなみきょばて)の辺りでまた道が分からなくなりました。
とにかくJR桜井線の線路を越えます。

なんと、この道はかって歩いた上ツ道でした。
京終駅の手前の常夜灯を見て右折、
あとはただ東に進むだけです。
いつも通る県道80号線(水間名張線)を横断すると
白毫寺への登りです。

ここから歴史の道は白毫寺の裏を通って
新薬師寺への道に出ますが、
ここはやはり白毫寺に寄らねば!ということで、
鹿除けの鉄柵を開けて畑の中の自然歩道を行きます。

 Pict0073

今はこの道ではなく横を通る舗装路が使われているようです。

 Pict0074
白毫寺の萩はまだちらほらでした。

ここから「歴史の道」に戻る気力はありませんでした!
自然歩道(北山の辺の道)を通ってショートカットです。

途中の東山緑地で見た蝶です。

  Pict0076e
アオスジアゲハ。

 Pict0083e
クロアゲハでしょうか?
花はセイヨウニンジンボク(知りませんだ)です。

ここから西に下り歴史の道に戻りました。

 Pict0090 東門
後は新薬師寺から

 Pict0091
春日大社の「上の禰宜通」まで、
これで出発地点に戻りました。

奈良をぐるっと一周する「歴史の道」。
一度は歩いてみようと思っていましたが、歩き終ってみると
あまりお勧め出来るような道ではないと感じました。

やはり見所のエリアを区切って歩くのがよろしいようです。

2007年9月20日 (木)

奈良・秋篠寺

奈良の「秋篠寺」。
大阪在住の時に一度だけ拝観した以来、
実に30年ぶりに訪れました。

「歴史の道」のハイキング途中で東門から入りました。
萩の花が迎えてくれます。

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Pict0071

全体にはまだ咲き初めですがこれは予想外でした。

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金堂跡の苔の緑が静かななかでなんともいえぬ雰囲気です。

一度しか見ていない本堂(元講堂)ですが、
均整のとれた建物は今でも目に焼き付いて忘れられません・・・。

 Pict0079

堂内には「薬師如来」を中心に、両脇に日光・月光の両菩薩、
そして十二神蒋、不動明王に地蔵菩薩、一番右に帝釈天立像、
左には伎芸天立像が並んでいます。

「天平の美女」として有名な伎芸天は、
天平時代の乾漆の頭部と鎌倉時代の寄木の体部が
一体となった像で、我国唯一のものだそうです。

また、本堂右には愛染明王、
左には五大力菩薩が安置されています。

さすがにこの記憶はありませんでした。

 Pict0090 
 Pict0083  

萩の花は拝観入口、本堂前にも咲いていました。

天女の像・伎芸天と萩の花、
ひと足お先に奈良の秋を楽しみました。

2007年9月19日 (水)

奈良歴史の道・佐保佐紀路

残暑が厳しかった18日、奈良歴史の道をハイキングです。

奈良市街を一周するように設定されている
全長72キロ(これ間違いました27キロです!)の道を、
この日は奈良公園から佐和佐紀路を中心に
西大寺までの北部を歩いてきました。

出発地はここ「上の禰宜道」入口です。

 Pict0003

道のいたるところに設置されている道標を拾って行きますが、
手元には観光協会で手に入れた全体マップと、
別途佐保佐紀路の詳細マップを準備しました。

「上の禰宜道」に入り「若宮神社」にまず参拝、
ここは何故か撮影禁止です。

 Pict0007
参道脇の大クスを見て春日大社本殿へ。

本殿から車の祈祷所脇を抜けて「水谷道」を抜けて行きます。

 Pict0017 水谷道で

若草山の麓を通り「手向山八幡宮」の表参道に入ります。
東大寺前から西側を北に向うと「正倉院」です。
 Pict0021

正倉院脇を進んで左に少し回り込み、
道標に従って再び北へ向います。
中心部から離れて般若寺へと向う道ですが、
途中の左折の標柱は見落しやすく、
また国道369号の辺りは道しるべがなく要注意です。

国道から一本西の道(奈良街道かな?)を行くと般若寺です。

 Pict0024
コスモス寺ですが、
花はまだちらほらとしか咲いていませんでした。

少し先で左折して佐保山に入ります。

 Pict0030
史蹟「佐保山西陵七ツ石」と書かれた看板がありましたが?

ここから県道を陸橋で渡ると「奈良ドリームランド」に突き当たります。
道は左に折れて南に向います。
「奈良青少年会館」の先で右折すると右に「興福院」がありました。

 Pict0032
拝観出来るような雰囲気もなく先に行きます。

この辺りから道は住宅街のなかをクネクネとぬうように行きますが、
要所には道標や石標があるので迷うことはありませんが気を遣います。

途中にある「狭岡神社」の拝殿と社殿(見えませんが春日造)です。

 Pict0038

細い路地道を抜けると「不退寺」に出ました。
ここは以前紹介したんですが、
そのときと同じように門前に車が一台。
変りませんなぁ~。

北に少し行ってJR関西本線の陸橋と国道24号線を渡ると
「ウワナベ古墳」が目の前に現われました。

 Pict0042

堀沿いを行き、航空自衛隊の正門を通り右に回り込むと
左に「コナベ古墳」が現われます。

 Pict0043

いずれも被葬者は分かりません。
その先の「磐之媛命陵」を回り込んで
今度は一気に南下して行きます。

ここで道を外しました。

 Pict0046
右上から歩いてきたんですが、
この道標で読み間違います。
道は後(南)なんですが左(西)に行ってしまいました。
観光用の地図では分からないところで、
詳細地図で確認して戻ります。

後は一気に平城宮跡まで南下します。

 Pict0047
 Pict0051
道端に咲くトケイソウとムラサキシキブです。

平城宮跡手前で、
一本北側の道を右折し道なりに西から北へと進みます。

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「成務天皇陵」に沿って進んで行くと
近鉄京都線の「平城」駅に出ました。

駅の北側で線路を渡り広い道に出ると「神功皇后陵」があります。

 Pict0061
チョッと薄暗い石段を登って行きますと、
明るく綺麗なお墓がありました。

広い道に戻ったらすぐに左の細い道に入りますが、
ここでも分からず先に行ってしまいました。
気がついて戻りましたが、
この辺りから道が分からなくなってきます。

奈良競輪場の駐車場に出たら道が確認できません。
およその勘で秋篠寺を目指して行ったら
途中で歴史の道に出ました。

すぐに「秋篠寺」の東門です。

 Pict0064

「歴史の道」は寺の塀際を通って南門に出ますが、
ここは「秋篠寺」拝観で東門から境内へ入ります。

 ※「秋篠寺」は明日アップします。

拝観の後、南門からこの日の目的地西大寺へ向いました。
ここからは迷うことはありません。
途中道らしからぬ道を通りますが南に一本道です。

近鉄奈良線の踏切を越えると細い四つ角、
右に西大寺奥の院への道ですが、
左に曲るとすぐに西大寺北門です。

直進すると近鉄「大和西大寺」駅南口です。

長くなりましたが奈良「歴史の道」の北部を歩いてみました。
「西大寺」から先、
南部の道は「唐招提寺」から「白毫寺」を結んでいます。
こちらもぜひ歩いてみたいところです。

2007年9月18日 (火)

小浜市内ちょこっと散策

「放生祭」まで時間があったので小浜市の西部、
旧小浜地区の町並みを少し散策しました。

八幡神社の前を右にとると丹後街道だそうで、これはびっくり。
すぐの突き当たりに
「八百比丘尼(はっぴゃくびくに)入定岩窟所」があります。

 Pict0027
説明はむちゃくちゃ長くなりますので省きますが、
八百歳まで生きた姫のお墓で、
どうも不老長寿の伝説の物語でした。

ここは「空印寺」境内で、
旧若狭藩主酒井侯菩提寺の大きな石柱と、
旧若狭武田氏館地などの書かれた案内板が立っていました。

旧道沿いには連子格子の家も見られ往時の名残りがあります。

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突当りで細い道に入ると、「町並みと職の館」がありました。

 Pict0041
まだ新しい建物に見えましたが、
見越しの松が粋な建物です。

このすぐ先が小浜の古い町並み三丁町です。

 Pict0042
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ここはかっての遊郭街、
連子格子の風情ある町並みを見ていると、
何か華やいだ昔の様子が目に浮かんできそうです。

この日は祭りが主で散策は時間つなぎで残念でしたが、
この次はゆっくりと散策してみたいところでした。

2007年9月17日 (月)

若狭小浜・放生祭本番

さて、祭り本番の様子です。

昨日紹介したとおり神楽・獅子・大太鼓・山車の演じ物が披露され、
最後は八幡神社に宮入するんですが、
昼の奉納はこの仮御社の前です。

 Obama009  

12:50 渡御の儀が開始・・・ですが。
昼食に入った料理屋で海鮮どんぶりを頼んだら
待たされること40分!(これって普通ですかね~?)
魚は美味かったが
祭りの開始には間に合いませんでした。

で、途中からになりますが、飛鳥区の山車が曳き出されます。

 Obama001
この山車だけが1階造りで舞台型だそうです。

 Obama002
小学校低学年の子供たちが踊りを披露します。

続いて獅子の奉納です。

 Obama003
玉前区の獅子。

老若2匹の雄獅子と1匹の雌獅子が、
笛と歌に合わせて、胸に付けた締太鼓を打ちながら舞います。

 Pict0096
こちらは日吉区の獅子。

三匹獅子舞は西日本では珍しいものそうです。

そして大太鼓です。
予定では住吉・広峰・大宮区が順に披露となっていましたが、
いきなり打ち方の競演となりました。

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太鼓と鉦の囃子に合わせて棒振りが勇壮に立ち回ります。

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この後太鼓の曲打ちも披露され祭りが盛り上がります。
やはり祭りには鉦・太鼓ですね~!
やかましいですがその気になります。

そして、山車です。

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まずは今宮区の見事な山車が奉納されます。

続いて竜田区(上)の山車と、
清滝区の山車がすれ違って相対します。

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まずは子供たちの競演となりました。

この後も競演が続くんですが、
残念ながら時間でここまでです。

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我が子の晴れ舞台に親も暑く地元一色!
まさにおらが祭りです。

これぞ日本の祭りだ!を感じるときです。

それぞれに違った地区の味があり、
見応え?というより一緒に楽しませてもらった、
「若狭おばま・放生祭」でした。

2007年9月16日 (日)

若狭小浜・放生祭

今日は久しぶりにぶらり旅、福井県は若狭小浜市です。

小浜でも名所旧跡ではありません、祭りです。
「若狭おばま・放生祭(ほうぜまつり)に行ってきました。

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記事を自力で書く時間的な余裕がありませんので、
ここはとりあえずチラシから引用をさせてもらって
祭りの概要を紹介します。

”旧小浜町内の八幡神社の例祭で、古くは放生会(ほうじょうえ)、
(殺生を戒め、捕らえられた魚や鳥を山野に放つ儀式)が
行われていたので「放生祭」の名で親しまれている。”
 そうです。

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大太鼓。

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神楽。

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獅子。


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山車。

”それぞれの演じ物が、旧小浜町内を巡行し、芸や囃子を披露する。
演じ物は江戸時代に小浜城下の町人町の居住区であった24区が
担当し隔年で12区ずつが出ている”
 とあります。

300年以上の歴史を持つ若狭地方最大の秋祭りだそうです。

まあ~、規模的にはそれほど大きなものではないと思いましたが、
地元の方の思い入れようはさすがに凄いものでした。

祭りの様子は明日改めて紹介したいと思います・・・。

2007年9月14日 (金)

花と蝶・コスモス

昨日、秋の花物語が開催中の木曽三川公園センター
(岐阜県海津市)にコスモスの開花状況を見に行きました。

大花壇のコスモスはまだこれからのようですが、
花絵花壇はご覧のように結構咲いています。

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 Pict0005

全体にはこの週末はまだ早いかもしれません。

この日はここ以外見るところもなく、
コスモスに戯れる蝶を撮ってみました。

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アゲハ?だと思うんですが、
なにアゲハ(孫がキアゲハだと)ほんとかなあ。

名前を調べていてこれは迂闊に断定できないと反省しました。
蝶は捕まえてみないとよく分からないですねぇ。

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ガ?か、セセリか。

 Pict0026e
これは多分イチモンジセセリだと思います。

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アゲハ(ナミアゲハ)ですねぇ。いや断定は出来ません!
チョッと慎重すぎるか?

シロチョウ、キチョウなど
たくさんのチョウがコスモスの周りを舞っていて、
ここはもうすっかり秋の気配です。

2007年9月13日 (木)

ツクツクボウシだ、桜だ!

散歩がてらに出かけた公園でツクツクボウシをゲット!

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このところの蝉しぐれもすっかりこの蝉が主役で秋近しです。
背後からだと木にへばり付いて見つけにくいんですが・・・。

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シルエットで見ると透けた羽がまたいいですねぇ。

 Cimg0380e

普通に撮るとこうなります。
今は泣き止んでいるので羽の動きもないんですが、
泣き出すと微妙に羽が震えて見ていても飽きないです。

ところが、
蝉で秋を感じる時期なのになんと!桜が咲いていました。

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子福桜(コブクサクラ)か、冬桜、それとも何なんでしょう?
10月辺りから咲き出す二季咲き桜でしょうが、
9月とはちょっとびっくりです。

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新しく記念植樹されたうちの一本ですが
この木だけが咲いていました。

やっと酷暑から開放されてホッとしたところに
また粋なことでをしてくれます。

2007年9月12日 (水)

桜井市・笠から初瀬の棚田

そば畑を見た後、笠山荒神社(笠山三宝荒神社)に寄りました。  
 
先のそば畑からも、参道からも車ですぐの道です、・・・
が歩いてみました。
しかし山に登る感じ、いや登っているんです。
鳥居の建つ参道前に来たら駐車場に車が数台止まっていました。

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何が日本第一か?
よく分かりませんが・・・古いんですかねぇ?

”日本三大荒神の一つ。古くから「笠の荒神さん」として親しまれ、
カマドの神様として信仰があつい。”
と桜井市の観光サイトにありました。

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参道(後で分かりましたがこちらは裏参道でした)を行きます。

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拝殿下の鳥居です。

表参道は右手に行く道のようです(これも後で分かりましたが)
県道50号のJAの傍に入口がありました。

  0911sakurai046_2
拝殿のようです、本殿は見えません。

よく分からないまま車に戻り、
県道50号を桜井に下りていきました。
この道もまた狭い山道(林道)です。

山道を出たらなんと、
あの「山の辺の道」の青垣大和の道に出ました。
そのまま走り巻向で国道169号線に、
そして国道165号に入ります。

途中の初瀬の西峠口で小さな棚田を見ます。
いつもは車窓から見る棚田ですが、
こちらは国道からの棚田です。

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上から見下ろすところまで行く余裕がありませんでした。

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ならばと・・・電車を待ちます(大阪線は本数が多いんです)。

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急行電車が先に来ます、
すぐに伊勢志摩ライナーがすれ違いました。

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予想外のすれ違いにスキをつかれた格好で少々ボケてます。

この日は天気がめまぐるしく変わりイマイチでしたが、
そばの花も棚田も見れて、
何より涼しくて・・・すっかり秋を感じました。

2007年9月11日 (火)

そばの花咲く里・桜井市笠

何時になったらこの暑さが和らぐんだと思っていたら、
一気に涼しくなって今度はいったいどうなってるの?なんて・・・。

そんななか久しぶりに奈良県へ、
桜井市の山里・笠地区のそば畑です。

 0911kasa007_1   

ここも大和高原になるんでしょうか?
針から初瀬へ向う途中から右に入り、しばし山道を走ります。
高度が上がって視界があけると
ほとんど山のてっぺん辺りにそば畑が!

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以前、飛騨古川の帰りにせせらぎ街道沿いで少し見たんですが、
まったく規模が違います。

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中部圏では長野県の開田高原が有名ですが、
行ったことがないので比較できません、
ここもかなりのものだと思います。

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遠くから真っ白なそば畑を見るのもいいですが、
近くで見るとまたピンクのしべがなんともいえない
可愛いい花です。

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この15日にはこの傍の多目的広場で
「そばピクニック」なる催しがあるとのことで
道筋にはその案内看板がありました。

 0911kasa011_2

ここはまた、「笠山荒神社」という日本一古い神社があって、
里自体が「荒神の里」と呼ばれているようです。

同じ名前のそば処が一軒、神社の前にありました。 

2007年9月10日 (月)

近江母の郷を歩く・坂田

8日の朝、
オニバスの花を見てから再び米原市へ出かけました。
山内一豊の母「法秀院」の墓がある坂田に
「功名が辻」関連史跡を訪ねます。
いまさら「功名が辻」ではないんですが、なぜか?近江なんです。

湖岸道路の道の駅「近江母の郷」に車を入れて歩き始めました。
のどかな田園風景の中から宇賀野の集落に入ると
すぐに「法秀院の墓」がありました。

 Pict0017_2 Pict0018_2   
拡大するまでもない写真ですがバランスの都合上、
サムネイルです。

明治26年(1893)に2度目の改修がされたようで
横に当時の古い石扉、玉垣、墓石台座が残されています。
現在の墓は新しく平成9年の竣工したものです。

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説明板に明治の改修後の写真がありましたので
切り撮ってみました。

 Pict0023

結構広いものです。
新しい墓の隣にほぼ同じ大きさの土地があり、
柱の台石と見られるものや、祠がありましたから
多分この新しい墓は半分の大きさではないかと?

お墓の横に、母「法秀院」から皆様へという大きな看板がありました。
長いので時間が許す方は読んでみてください。
私も書くのが大変なので写真を載せます(クリックでどうぞ)。

   Pict0026e_1

山内一豊の母「法秀院」顕彰会が建てたものですが、
こういう語り調で書かれものはちょっと珍しいなぁと思って
ご紹介します。

さて、これで今日の目的は終ったようなもんですが、
せっかくなのでウオーキングを楽しんできました。

”一豊の父盛豊は尾張岩倉城の家老で信長に攻められ落城、
城と運命を共にしますが、一豊は母と逃げ延びここ宇賀野の
長野家に落着きます。”

これも諸説あって真偽は分かりませんがそれはそれとして・・・。

JR北陸線の坂田駅前にある一豊と千代の像「なでしこ」です。

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これも「功名が辻」のブームの賜物でしょうか。

ここから更に南に1キロほど行きますと、
千代の生まれたという若宮氏舘の跡があります。
小公園に「若宮氏顕彰碑」が建っていました。

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”千代(まつ)は近江浅井氏家臣であった
若宮喜助友興(米原市飯)の娘として生まれ・・・”となるんですが、
千代自身や生誕地も謎が多く、また諸説ありますので
ここが若宮氏の館跡だということにしておきます。

ちなみにこのウオーキングコースは
駅から更に高溝をめぐりますが、
この日は半分だけで止めました。

やはり暑かったです!
楽しんで歩くのも限度というもんがありますわ・・・。

さて、私事で恐縮ですが
本日9月10日はブログ開始2周年になる節目の日でした。
(実は17日と勘違いしていまして、
おかげで無理やり記事を関連付けてしまいました)。(-_-;)

なぜか?近江・・・。
ブログの最初の記事が「近江を歩く」でした。

奥の細道歩き旅を終えて次の目的とした「芭蕉紀行を歩く」・・・。
その1回目が芭蕉の墓がある大津膳所と周辺の記事でした。

振り返るとまあ~よく続いていると自分で感心しています。
見ていただいている皆様、ありがとうございます。
「ぶらり旅」、まだまだ続けて行きます。
これからもなにとぞご贔屓に!よろしくお願いいたします。m(__)m 

2007年9月 9日 (日)

オニバス開花

木曽三川公園アクワワールド水郷パークセンターです。

 Pict0014_2

オニバスが開花したとの事で
昨日朝早く米原に行く途中に寄りました。

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初めて見るオニバスの花。
8月中旬から通っていたんですが、
ようやく念願がかないました。

今年はかなり遅い開花(9月6日)だそうです。

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冒頭の風車前の池に咲いていますが、
いつごろまで見れるのかはよく分かりません。

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公園のHPにも、
いつもは8月初旬から9月下旬までだそうですが、
今年は成長も咲くのも遅く、
いつまで見れるか分からないとあります。

絶滅危惧Ⅱ種に指定されているオニバスだけに
これは貴重なものです。

2007年9月 8日 (土)

清瀧寺徳源院・米原市清滝

またまた佐々木京極氏にまつわるお寺なんですが・・・
これが最後です。

中山道・柏原宿から北に1キロほど行くと清滝の集落があります。
といってもここが清滝とは来て知りましたが、
その清滝の山麓に「清滝寺徳源院」があります。

正式には「霊通山清瀧寺徳源院」、
ここが佐々木京極氏の菩提寺です。

”京極家初代氏信の草創(弘安6年・1283)で寺号も
氏信の法号・清瀧寺殿から称したものである”とあります。

 Pict0073_2 
長い桜並木を抜けると見事な石垣に白壁の土蔵と塀がありました。
今は緑の紅葉が色付くと・・・これは綺麗だろうなあ~とつい・・・。

山門はありません、
本堂も新しく平成14年に新築されたものだそうです。
ご本尊は
木造「如意輪聖観世音菩薩坐像」(恵心僧都作)で秘仏です。

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 Pict0046

そういえば鐘楼は桜並木の参道入口にありましたか?

境内左手に三重の塔(県指定文化財)があります。

   Pict0050
正面からですが、
本堂前からみると萩の花が咲く木越しになり、
これもまた見てみたい所です。

 Pict0072
そして右手には樹齢300年とありますが
見事な「道誉桜」(二代目)です。
えぞひがんの一種だそうで県の名木指定、
あの京極道誉が植えたと伝えられ
「どうよさくら」と呼ばれているそうです。

さてその墓所ですが、
境内の裏手の山裾に上下段に分かれてありました。

上段にあるのがこちら。

 Pict0066
手前から始祖の氏信の古塔、
先に18代高吉までの歴代当主の墓18基が並びます。
あの第5代高氏(道誉)の塔は4番目です。

墓所から見た「三重の塔」ですが、こうして見ると・・ん、
風情があります。

 Pict0064

こちらは下の墓所です。

 Pict0061
一番左端の石廟が中興の祖と崇め(あがめ)られた
第19代高次の墓です。

こうしてみると京極家は初代氏信、5代道誉、
そして江戸時代に京極家を再興した19代高次が
その時代を代表した当主のようであります。

長いイントロになりましたが、本当はここの庭園が目的でした。
しかしここは今でも改築中です。
大工さんの入っている書院から
裏庭の庭園を見せてもらいました。

 Pict0054 Pict0059
清滝山を借景に
四季折々の変化を取り入れた池泉回遊式庭園です・・・と。

県指定名勝ですが残念ながら少し荒れて見えました・・・
と思いませんか?
なにやら池を表す中央の部分が草叢に見えましたが。

 Pict0058
いつものように少し遊んでみました。

僅かの空間からの撮影です、障子が!
開けて欲しかったんですが、
実はここは大工さんの仕事場でかんなくずの中でした。

近江の佐々木京極氏。
いろんな所で出会いました、いやまた逢うでしょう。
中山道・番場の蓮華寺から京極氏関連のお寺を巡りましたが、

明日からはまたどんなぶらりといきますか・・・・・。

2007年9月 7日 (金)

北国街道米原宿

青岸寺の名勝庭園を観た後は
北国街道の米原宿を散策です。

お寺の駐車場横には
「旧米原尋常高等小学校」の校舎がありました。

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時代を感じる建物です。
時計は止まっておりますので念のため。

この辺りは街道から一筋東寄りで稲荷社や湯谷神社などがあります。
北国街道に出ますとちょうど米原宿の中心部で真直ぐ進めば米原駅、
かっての米原湊で湖上交通の要衝であったところです。

右に街道を進みます。
しばらくいくと道は二股に分かれ、
中央に立派な道標が建っていました。

  Pict0038
「左 北陸道 なかはま きのもと 右 中山道 はん八 さめかゐ」
東面には弘化三年(1846)再建の文字が読めます。

北国街道は左にとりますが、
右に行くと「深坂越」で中山道番場宿です。

ちなみにその番場宿にはこんな道標が建っています。

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指差標で 「米原 汽車 汽船 道」(以前歩いた時に撮影)。
米原駅が設置されたのは明治22年(1889)ですから
それ以降のものではないかと思いますが、
ここから米原まではわずか3キロ程です。

北国街道は中山道鳥居本から摺鉢峠入口で分岐、
米原から長浜、木之本、中河内を経て栃ノ木峠を越え、
越前から加賀に至る道です。
米原はその一番目の宿になります。

さて、分岐から街道を戻りますが町の様子です。

 Pict0040
ところどころに連子格子の家が見られますが、
町にはあまり古い趣は感じられませんでした
(道が工事中でもあったからか・・・な?)。

短い宿道で中心部を過ぎるとすぐに国道8号に出ます。

国道から引き返す途中で湯谷神社に参拝しました。

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毎年10月初旬に米原曳山祭りの祭礼が行われる神社です。

「山を見るなら長浜、芸を見るなら米原」といわれているそうですが、
舞台の付く曳山で子供歌舞伎が演じられるという・・・。
見たいですね~!

もう一つ、
神社横にかっての米原宿本陣がありました。

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「明治天皇小休所」の説明があり、
昭和6年近江鉄道の開通により
米原湊から建物が移築されたとあります。

米原湊と番場宿への深坂道を開いた
北村源十郎家の書院だそうです。

北国街道と米原宿。
ほんの少しだけ街道を楽しみました。

 Pict0043

道筋に咲いていた萩です。
(注: コメントにてご指摘を受けましたが
萩でもアレチヌスビトハギで、北米産の帰化植物です)。

ひと足早い秋を・・・と思ったんですが、
いや~この日も暑かった~。

2007年9月 6日 (木)

名勝青岸寺庭園・米原市

昨日の記事で名前が出ました
京極道誉によって開基された寺があります。

米原市内にある青岸寺(吸湖山青岸寺)です。

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現在の寺は関が原の戦の後に再興されたものだそうですが、
南北朝の中期に近江の守護職であった
佐々木京極道誉によって創められた寺で、
古くは不動山米泉寺と称したそうです。

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こちらが本堂です。
御本尊の聖観世音菩薩は内部が暗くて拝観できませんでした。 
残念!

今日の目的は枯山水の庭園で、
再興されて19年後に造られたもので、
昭和九年、国の名勝に指定されています。

庭園の解説は10分ばかりのテープで聞きました・・・
よく分かります。
しかし書くとなると・・・例によって栞からと思ったんですが、
これがなが~いんですわ。

要点だけを抜粋しますが、
何で栞の言葉は難しいんですかねぇ。

”山畔を利用した地割に空池を掘り中央に中島を浮かべ
築山の上に三尊石を組み下に枯滝を設けている。
品のよい反橋を入口に架け園路を回遊させている・・・・・
全庭石だらけの感があるが軽量、大小、強弱の妙があって
見る目をあきさせない。・・・・・”
 とまあこんなもんです。

不足分は写真でカバーできますかどうか?
まずは全景から。

 Pict0009_2_2 Pict0015_1_2
白砂の代りに杉苔を使って水の流れを表現し、
苔の緑が石の荒々しさと反してやわらかな雰囲気を
生み出しています。
少し角度を変えていますが・・・(クリックでどうぞ)。

写真に入っていないんですが、こちらも一役かっています。

 Pict0022_2
本堂縁先にある六角燈篭、
品のいいという反橋は正面から見ています。

 Pict0024_2
こちらは降り井戸形式の蹲(つくばい)、
珍しいものだそうですが・・・?
この辺りも価値っちゅうもんがよく分かりません。

そして庭園の左手にある書院です。

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「六湛庵(ろくたんあん)」と呼ばれているそうで額が掛かります。
もちろん名前に曰くはあるんですが省きます。

ここは太尾山の麓にありますがこの山は山城です。
今でも南北に城址の土塁や堀切、
曲輪跡が残されているそうで登山道が整備されています。

今日は登りませんでしたが、ここは北国街道の米原宿。
昨日の中山道番場宿とも街道によって繋がっています。

こちらの方が私的には興味がありました・・・
街道?なぜか惹かれます。

2007年9月 5日 (水)

中山道番場宿・蓮華寺

中山道の番場宿(米原市)に蓮華寺というお寺があります。

以前に歩いたときは、街道筋に建っていた”南北朝の古戦場、
瞼の母番場の忠太郎地蔵尊”と書かれた柱を見ただけで
先を急ぎ通り過ぎたんですが、
他にも”聖徳太子ゆかりの寺”というなんとも仰々しいお寺です。

奥浜名湖の寺めぐりをして思い出し、
一年ぶりにその番場宿に蓮華寺を訪ねてみました。

旧街道からわずか100mほど入った所にあります。

 Pict0004
名神高速道をくぐるといきなりこの勅使門があります。
思わず・・・ん?。

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菊の御紋です!
歴代天皇の帰依厚く、花園天皇より勅願寺院としての勅許を賜り、
寺院紋として下賜された・・・と案内にあります。

寺の縁起は省きますが、この寺は南北朝の古戦場跡で
案内によると

”元弘3年(1335)5月7日の京都合戦に敗れた六波羅探題
北條仲時公が北朝の天皇、上皇を奉じて中山道を下り
番場の宿に着いたとき、南朝軍の重囲にここ蓮華寺で戦うも敗れ、
本堂前庭にて仲時以下430余名が自刃した・・・”
 
とあります・・・かなり省略していますが・・・。

ようは”足利尊氏の寝返りにあって鎌倉へ落ち延びる途中、
京極道誉に阻まれて進退極まって自刃”ということだそうで
(滋賀県観光情報の解説は分かり易い)、
その亡骸を弔った寺であるということであります

その墓碑が山腹にありました。

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さて、お寺の方ですが、
当山は今より1300年昔聖徳太子が創建されて
法隆寺と称していたと・・・。
なにやら凄いところではありませんか?

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本堂と寺号額ですが、
後水尾天皇御宸筆の勅額だそうです。

本堂内部はこれまた見事なもので、
こちらの檀家の人たちが毎日手入れをされていて、
この日の当番の方に詳しく説明をして頂きました。

 Pict0013
ミツバツツジの木と樹齢500年の高野槙
(右上片隅にチラッと見えます)がある庭園です。

本堂裏の宝物舘には
自刃した全員の名が書かれた過去帳がありました。

 Pict0022
こちらは国宝重文の銅鐘です。

小さい境内には「聖徳太子叡願の紅梅」、
「東伏見宮殿下お手植えの松」、
49代和尚の門弟である斉藤茂吉の歌碑などもあって、
これはもう並みの寺ではないようです。

しかしここは番場の宿、
となるとやはり長谷川伸の小説「瞼の母」でしょう。

本堂横から山の手に行くと、樹齢700年の「一向杉」とともに、
作者である長谷川伸氏が建立した
「番場忠太郎地蔵尊」がありました。

 Pict0036_1_3 Pict0034_1
記念碑((番場史跡顕彰碑)を囲む石柱には
長谷川伸の名前と、忠太郎を演じた?
役者さんたちの名前が刻まれています(クリックでどうぞ)。

架空の人物ですが、
さすがに番場は忠太郎の舞台であり故郷なんです。

正直、番場宿の見所はここだけですが、
それにしても凝縮されていました。
街道歩き本番で見過ごした身としてはひと言、
”来てよかった!”でした。

2007年9月 4日 (火)

姫街道・氣賀の関所

三ヶ日から引佐に向う途中で
ここが姫街道だと分かっていたんですが・・・
何も出来ません、こんなとき車は不便ですねぇ。

帰りに気賀の町をうろうろと走っていたら
「氣賀の関所」に出ました。

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これは冠木門で相対する西に町への入口、
町木戸門があります。

ここは移築されたもので
本来は国道362号線の気賀四つ角交差点に
かっての関所跡標があるそうですが・・・
残念ながら見てません。

姫街道は東海道の脇往還で本来の名前は本坂道(本坂越え)、
浜松宿より一つ手前の見付から分岐して市野から三方原、
氣賀、三ヶ日を経由して本坂峠を越え豊川から御油に至る道です。

東海道の今切渡し(いまぎれーえんぎれ)の名前が敬遠されたのと、
新居関所の厳しい取締りを嫌った婦女子が
この脇道を歩いたことから後に姫街道といわれたとも?
車で走りながら思わず歩きたいと・・・そうですねぇ、
いつか歩きますぞ。

今日はこの関所だけ見て帰りました。 Pict0082
こちらが本番所で、旅人を取り締まります。

ここも新居の関所と同じような造りで人形でその様を再現しています。

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こちらは向番所、女改めが行われ牢屋が設けられています。
この裏に遠見番所があります。

別棟には姫様館がありました。
資料館ですが、年代の籠と街道手形など展示されています。

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ここ気賀は毎年姫様道中の催しが行われるようで、
特に姫街道の面影が随所に見られました。

いいですねぇ、
こういうのを見せられるとまた姫街道を歩くぞ!と
思うではありませんか。
この日はつまらんドライブをしてしまいましたが
ここを散策すべきでした。

姫街道、いつか?必ず歩いてみます。
といってもまだ京街道が終っていません、
ああ~、これから忙しいですわ。

2007年9月 3日 (月)

大本山方広寺・半僧坊本殿

引佐町寺めぐりは更に奥へと走って、
その名も奥山方広寺です。

正式には「深奥山方広寺万寿禅寺」、
六十ヘクタールの境内には、本堂、半増坊真殿、
三重塔など六十余棟の伽藍を擁する古刹とありますが。
正直、どうなっているの?がホンネでした。

 Pict0032

いきなり山頂の駐車場に誘導されます。

真新しい三重塔が迎えてくれました・・・、
本来は下から黒門、山門、らかん坂を登って参拝するのが
順路のようですが、
拝観コースの地図も駐車場がスタートになっていますから、
車で行くとこうなるんでしょうね。
地図に従って観ていきましたが、
思った以上に山深いところです。

坂を下っていくと
最初に見るのが応永8年(1401)建立の重文・七尊堂
(七つの神様が祀られている鎮守堂)だそうで、
なかには伊勢大神宮も。

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小さな橋を渡ると正面には勅使門があります。

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そして半増坊大権現へ、
明治14年の大火直後に建てられた権現造りの建物
だそうですがこれも一つの伽藍になります。

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大提灯が掛かります。

戻って勅使門を回りますと
方広寺大本堂(間口32m、奥行27m)です。

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建物は明治38年から大正8年にかけて
竣工されたものだそうですが、東海屈指だそうで
中央の大額は山岡鉄舟の書とありました。

堂内を拝観しますが広いです!
本堂、半増坊は渡廊下で結ばれていました。

 Pict0058
いたるところに羅漢像が置かれて見応えがあります。

初めのうちは方広寺と本僧坊の関係が
よく理解できていなかったんです。
が、いただいた栞はしっかりと読まなければいけないと
反省しきりでした。

開山堂の前庭です、
小さい庭ですがつい見とれてしまいました。

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堂内拝観のあとは黒門まで坂道(らかん坂)の参道を下ります。

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途中の参道脇にはいたるところに羅漢像があって、
ここは山全体が老杉と羅漢と、
自然美の景観が見どころのようです。

朱の山門、そして黒門まで下りて来ました。

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 Pict0070
本来は門前町からこの黒門、そして山門をくぐり、
帰りに歩いた表参道を行くのが正式な参拝順路のようです。
写真は逆順で載せています、念のため。

帰りは表参道と書かれた哲学の道を通りました。
こちらはなぜか鳥居でしたが、
こちらも羅漢像が迎えてくれます。

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いろんな寺社を見てきましたが、
所変わればでしょうか?ありますね~!

どうなってるの?・・・も、
回ってみれば見事な古刹でありました。

2007年9月 2日 (日)

遠州名刹・龍潭寺

天気があまり良くなかったんですが久しぶりのぶらり旅です。
気のむくままに高速道路通勤割引の100キロ圏三ヶ日インターです。

目指したのは奥浜名湖の浜松市引佐(いなさ)町寺めぐりでした。
以前から一度は行ってみたかった龍潭寺(りょうたんじ)です。
小堀遠州作の国指定文化財である名勝庭園、
あの遠州の庭が楽しみでした。

少し小雨がぱらつきましたがそれもまた好し!

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四脚造りの山門をくぐりますと緑のなかに石畳の参道が続きます。

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庫裡からすぐに本堂の鶯張りの廊下です。
踏んでみたらキュッキュッと鳴りました、
本物です!・・・当たり前です。

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本堂です、間近でそれも写真が撮れました!・・・
が撮りませんでした。

本尊は虚空蔵大菩薩。

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廊下の先には左甚五郎作の龍の彫刻です。

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ここから本堂裏の庭園に出ます。
これがその国指定文化財・名勝記念物の庭園です。

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本堂左からと右・庫裡から見た写真です(クリックでどうぞ)。

栞には 
”東峰・中峰・西峰の三つの築山を設け、東西に心字池が流れ、
数多くの石組みによる枯滝を配している”
 とあります。

正面の写真はさすがに28ミリでは撮りきれませんので
載せませんでした。

帰りの仁王門から見た本堂です。
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そして仁王門ですが、
こちらはなぜか新しく昭和62年の寄進とありました。

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遠州の名刹・龍潭寺、
ここは井伊家の菩提寺でもあります。
遠江国守として500年間も当地を治めた井伊家は、
24代の井伊直政の時に彦根に移ります。

ご存知のとうり彦根和田山の麓には
そのとき移築された龍潭寺があります。

遠江と近江の龍潭寺、
それぞれにまた趣のある名刹でした。

2007年9月 1日 (土)

ぶらり旅ままならず

このところ気まぐれな天気と私事も重なって旅もままならず、
ブログの更新も訳の分からない記事でお茶を濁していますが、
もう9月になってしまいました。

今日は姪っこの病気見舞いに大阪に行って
返ってきたのが夕方です。

 Cimg0359

せめて月初めぐらいブログの更新をと思っていたんですが・・・。

何も記事ネタがなく更新はあきらめていたら、
桑名駅の連絡通路で鳴っていた風鈴!
ご覧のとうり蛤の風鈴でした。

さすが桑名です。 

 Cimg0361

これを撮るにはかなりの勇気がいりました。

こんなものだれも写真に撮っていません!
多分何所の田舎者と・・・?
でも気にせず平気でカメラを向けられるのも
年なんでしょうかねぇ。
・・・で、不本意ですが無理やり記事にしてしまいました。

明日は日曜日、夏休みもこれで終りです。
まだ天気が不安定ですが
子供はママに任せて”ぶらり旅”再開です。

足のむくまま気の向くままに・・・
解き放たれた爺はさて何所へ?

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