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2007年6月29日 (金)

小浜・鵜の瀬

27日の美山から帰る途中に小浜で寄り道です。

小浜といえば多くの寺社めぐりで有名ですが、
そんな時間も無かったのでここだけは外せないと行ったのが
「鵜の瀬」です。

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東大寺二月堂の「お水取り」が行われる10日前の3月2日に、
お香水の閼加水(あかみず)を二月堂の若狭井に送る
「お水送り」が行われるのがここ、鵜の瀬です。

ここもまた「名水百選」の一つですが、
ここはすごい変わり様でした。

こちらの記憶も定かではありませんが、
細い道をくねくねと入っていくと川のほとりに小さな鳥居と
祠があったような気がしていたんですが・・・。

いきなり立派な道路が現われ、
周辺は綺麗な広場になっていました。

 Pict0061_3

何より明るい!!これはもう驚きでした。

 Pict0059_2
「鵜の瀬」の祠と御神水(川)です。

ここの名水はこの川で(川縁も綺麗に整備されてます!)
湧水ではなかったはずですが?

 Pict0060_5

なぜか橋を渡った傍に立派な給水所があります?・・・。

 Pict0063_3
以前に来たときは水呑場があったかどうか?も
記憶に無いんですが、とにかくあまりいい印象はなく
急いで帰ったのを覚えています。

白山神社の前には小公園があり、
「資料館」や「山口誓子の句碑」、「良辨和辯生誕の地」碑などが
建っていましたが、これも新しいですね。

 Pict0062_2

とにかく実に見事な変身・・・というより
まったく違った所のようで、
あらためてじっくりと拝見させていただきました。

2007年6月28日 (木)

若狭・瓜割の滝

京都の美山町へ行く途中に福井県若狭町にある「瓜割の滝」に寄る。
ここも「名水百選」で知られる名だたる名水だが、
なぜか以前に来た時とはかなり様変わりしていた(・・・ように思う?)。

駐車場に車を入れたらいきなり傍に水汲み場があった。

 Pict0013_12
朝の8時ですが、すでに水を汲んでいる人たちがいます。
以前はこんなスタンドじゃなかったようにも思ったんですが?
変わったんでしょうね。
変わらないのは容器へ貼るシールを買うお金だけかも。
それにしても水道の水をひねるように水を汲まねばならぬとは?
なにやら湧水のイメージが程遠いが
これも致しかたなしってとこかな。

・・・まあそんなことはどうでもいいとして、

Pict0002_16 Pict0010_6
ここから天徳寺の前を通って木立のなかを少し行くと、
整備された広場の先に「瓜割の滝」がある。

こちらは以前来たときのままで、
湧水から流れる滝は変わっていない。

 Pict0004_13 
まだ朝が早かったこともあるが昼なお暗きの感があり、
注連縄が張られた湧水の前に立つと、
一段と霊水の趣が感じられる。

 Pict0003_10

この日はまだ先があり、滝を見てすぐに戻りましたが、
ここもなにやらイメージが違いました。

名水はやはり名水!
それだけに大切にされているんでしょうが、
もう少し自然のままであってほしいなあ~と
思うのは自分だけかな?・・・。

2007年6月27日 (水)

美山・かやぶきの里

いつ行くか、いつ行くかと悩んでいましたが、
行ってきました美山町。
京都は南丹市美山町北の「かやぶきの里」です。

ひたすら赤いポストと萱葺きの家を目指して美山を走りました。

 Pict0053_4
この風景が目に入ったときは思わず”ああ~~ここだ!”と、
まずは見つかってホッ!としました。

紫陽花と赤いポストに萱葺き屋根、
この一枚を撮りたいために機を狙っていたんですが~~~。

 Pict0016_4
構図的にちょっと無理がありますが、
どうしてもポストを入れたくて・・・。

 Pict0024_5

ポストを外してもう一枚、
そしてしつこく紫陽花と萱葺き屋根です。

 Pict0048_5

萱葺きの家と紫陽花、
撮りたいと思って来ましたが?そう上手くはね~。

 Pict0046_9
これはもう遊びです!

 Pict0054_4 
水田と萱葺き家が建ち並ぶ山里の風景ですが、
これぞ日本の原風景!
いつまでも残してほしいものです。

しかしここは山深い・・・、いいえ本当に山奥でした。

2007年6月26日 (火)

伊吹・泉神社の湧水

昨日は大垣の湧水を紹介しましたが、
これは地元の人たちによって掘削されたもので
自然の湧水?ではありません。

大垣の近くには「日本百名水」に選ばれた湧水が二ヶ所あります。

一つはあまりにも有名な”水がお酒に・・・”の「養老の滝」にある
養老神社の「菊水霊泉」ですが、
もう一つは伊吹の山麓にある小さな村・大清水の
「泉神社の湧水」です。

 0601ibuki017_1

神社の「名水縁起」によりますと 
”・・・この湧水の辺りは縄文中期の頃から人々が住みついた模様で 、
天知天皇の頃には御領所となり、天泉所と名付けて伊吹の大神を
水の神として祀りました。伊吹山系から湧出する豊かな水は天地を潤し、
古代寺院の甍を、中世には城舘の威容を整え、村名も大泉から大清水
と移りました。ミネラルを含む湧水は以来千数百年、長寿のの水と呼ば
れて村人の・・・・・”
とあり、
昭和60年環境庁の「日本名水百選」の指定を受けたとあります。

別に能書きはどうでもいいんですが、
何年ぶりか?記憶がありませんが、
先日の薬草の里「ジョイ伊吹」の帰りに寄ってみました。

 0601ibuki015_1
以前はこの流れから直接パイプで水を引き入れて、
パイプの先の穴から落ちる水を受けていました。

 0601ibuki020_1_1 
なんと、
今はこんなに綺麗になって様変わりです。

 0601ibuki019

ここは村の傍ですが車は入れません。
国道365号の大野木交差点から直接神社に入っていきます。
少し不便なところですが
この湧水を汲みに来る人は本当に多いんです。

綺麗になっていいんですが、
これはちょっとやり過ぎ?の気もしました。

2007年6月25日 (月)

美濃路・大垣湧水物語

先日歩いた美濃路の最終地点は垂井の中山道との追分ですが、
水門川に架かる「高橋」から先の大垣~垂井間は、
すでに「奥の細道」の最終日に歩いているので
今回はここ「奥の細道結びの地」までとしました。

 Pict0102

ところで大垣といえば水の都!
この水門川に沿った「ミニ奥の細道」(芭蕉結びの地から愛宕神社
までの2.2キロに奥の細道で詠まれた芭蕉句碑が22句あります

を歩くと、散策路に沿っていくつかの湧水があります。

もちろん掘削されたものですが、いずれも水に対する
大垣市民の方たちのこだわりが感じられるものです。

 Pict0108
まずはここ八幡神社の境内にある大垣の湧水です。

芭蕉句碑が建つ傍に湧き出る水は有名なのでしょうか、
今回三度目の訪問でしたが水を汲む人が絶えません。

大垣城東総門跡から稲荷神社に沿って回ると、
栗屋公園にも自噴水があります。
ここにはれっきとした水質検査表が貼ってあります。

Pict0112 Pict0110

「奥の細道結びの地」の「蛤塚」から21の句碑を詠みながら
水門川を遡りますと、最後は「千住の矢立初めの碑」が建つ
愛宕神社前です。

 Pict0115_1
矢立初めの碑(句は~行く春や鳥啼き魚の目は泪~)と、
すぐ傍にある湧水です。

 Pict0114

そのすぐ北側の休憩所にはご覧のように
大量の水が湧き出ています。

 Pict0113

冷たい水で汗まみれの顔を洗い、
ペットボトルにも一杯いただき、
今回の美濃路歩きを終えました。

2007年6月24日 (日)

形原温泉~あじさいの里~

雨になるとなぜかアジサイが見たくなる?
今日は蒲郡の形原温泉へ。

毎年行きたいと思いながら行っていなかった形原の「あじさいの里」、
植裁された5万本のアジサイが見頃で、
ちょうど「あじさい祭り」が開かれていて雨のなかを出かけてきました。


Pict0001_18 Pict0002_15 
降りしきる雨もなんのその、
アジサイに負けずと傘の花が開きます。

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とにかくいきなり驚かされました!

 Pict0015_8
斜面一杯にところ狭しとアジサイが咲き乱れています。

 Pict0049_7
この入口の斜面が第一のハイライトでしょうか?
これはもう小手先のアップには無い迫力があります。

斜面を上がると目の前には「補陀ケ池」が広がり、
池を取り囲むようにアジサイの散策路があります。

 Pict0012_11
そして第二のハイライトは
ちょうど奥にある「アジサイガーデン」です。

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 Pict0037_6
こちらも山の斜面を利用した造りで見事なものです。
おかげで一汗かかせてもらいましたが、
汗と雨でびしょ濡れです。

ロングで挑戦してみましたが、これだけ載せるのは初めてです。
やはり少しはアップも見てもらいたいなあ~~と!思って。

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 Pict0022_9
タテじゃないの?といわんでくださいね、
雨の重さで垂れてます。

 Pict0046_8
たくさん撮ったんですが、
選んだのはどうもイマイチですねえ~~。

さすがに東海のアジサイの名所です!
雨が降りしきるなかでしたが、
次から次にと人波が絶えませんでした。 

2007年6月23日 (土)

美濃路・墨俣一夜城

天気に誘われ美濃路歩きの最終にと
須賀から大垣へと歩きました。

何もない街道歩き、今日のハイライトは「墨俣一夜城」です。

 Pict0025_3

須賀から墨俣へと行き、
長良川を渡ると北に墨俣宿に入ります。
宿入口から北に行くと
天守に金のシャチをいただいた墨俣城があります。

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木下藤吉郎が一夜にして築いたと伝えられる城ですが、
天守のシャチは当時大阪国税局で造られた本物で
大騒ぎされたもの?すごいね~。

一階は墨俣の歴史。
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二階は墨俣築城の巻。
 Pict0032_7
これは木下須股城ノ一夜建築之図です。

 Pict0031_6
右下に一夜城より出土した兜があります。

三階は立身出世之巻。
 Pict0034_7
墨俣城築城から天下統一までが年譜でみれます。

四階は私の一夜城で、著名人が語る一夜城ギャラリー。

五階は展望階になっています。
 Pict0038_3
はるか北には岐阜城も見わたせます。

本当に藤吉郎が一夜で築いたかどうかは知りませんが、
この城は実にコンパクトな造りで、
それも史実にもとずいて造られたとか、
なるほどと納得できる城でした。

 Pict0042_5
こちらはなんでしょうか?太閤出世にちなんでか。
出世ひょうたんに込められた文字が妙に現実的です。

墨俣城を後に美濃路に戻りましたが、
このあと墨俣宿の寺町を散策、
久しぶりにのんびりと旧街道を楽しみ大垣へと向いました。

2007年6月22日 (金)

木の館豊寿庵のあじさい

三重県伊賀市(旧大山田村)の川北にある「木の館 豊寿庵」。
「日本しゃくなげ」で有名なところですが、
最近は「あじさい」が話題に。

朝から雨になったが、雨には紫陽花と懲りもせず出かけてみた。

 Pict0057_4  
         庭園展望室から

ここは「木の館」というだけあって樹齢6~700年の
大杉の原木が展示されているが、
これは次の機会に紹介するとしてまずは「あじさい」です。

 Pict0036_11  
聞くところに寄るとこのあじさい庭園は一昨年から公開されていて、
しゃくなげ庭園への入口から一周1200mの8の字コースの
上部(山の斜面)に造園され、あじさい園の「中の千本」と
「奥の千本」を回る散策路が付けられている。
(まるで吉野山だね~~)
 
 Pict0049_6  
散策路を行くうちに雨が本降りになってきた!
ご覧のような山道で、張り出した「あじさい」が雨に濡れ
て頭を垂れると歩くのに大変。

 Pict0027_1_5
確かに雨のアジサイもまた良し!ではあるが、
こう本降りになるとさすがにこちらもびしょ濡れである。

 Pict0047_8
植栽されているとはいえ山の斜面だけに、
これはこれで撮るのに一苦労する・・・、
雨よ止んでくれ~~はちょっと虫が良すぎるか?

 Pict0051_7
一周しましたが足元も悪く、
やはり晴れた日がよろしいようで・・・。

雨になったら?
冒頭の庭園展望室(三方が一枚ガラスです)から
最下部の庭園を見るのが無難のようです。

2007年6月21日 (木)

獨道中五十三驛

Dcf_0032_3今日は「獨道中五十三驛」を観に中日
劇場にいってきました。
載せる写真もなく、なんとも冴えない
ポスター写真ですが(買うと500円?)
とりあえずこれで幕開けでございます。

お家相続に必要な二つのお宝を
めぐって、東海道五十三宿を舞台に
まさに奇想天外なストーリーが
展開します。



序幕は京都三条大橋での右近丈と、狂言回し?的な
弥次・喜多の女房、おやえ(笑三郎)・おきち(春遠)の
顔見世?そして旅のスタートです。

舞台は「大津・石山寺」から「草津・野路の玉川」のお宝探しの後、
これが歌舞伎かとも思うようなスピーディーな展開で
石部、水口、土山、鈴鹿、亀山、石薬師、四日市追分へ。

「桑名・七里の渡」からは、
ファンタジックな海中での立ち回りから海上への見事な転換で
熱田の宮へと息もつかせず舞台は回ります・・・。

そして第一幕のクライマックス、岡崎・無量寺でございます。
この舞台のハイライト、
右近丈演じる「化け猫」が十二単をまとって客席の頭上を
舞台の端から二階席の奥まで斜めに宙を飛びます。
まさに役者根性!
我が頭の上を汗を散らして飛んでいきました。

舞台転換の間にはおやえ・おきちが客席を回っての
大サービスですか?
さすがに客席から差し出される手には触りません。
軽やかに笑いをとる汗びっしょりの笑三郎、春遠丈に
思わず拍手です。
一度はためらった席でしたが、”この席はなかなかよろしおしたえ”。

休憩30分。残念ながら「竹かご弁当」は売り切れ!でした。

さてニ幕の見せ場は「箱根大滝」の場。
歌舞伎らしい大立ち回りもあり見応え十分で、
御簾?の中の義太夫と三味線も見れて、
歌舞伎鑑賞教室が約に立っています。

休憩20分。手頃な時間でございます。

そして三幕は右近丈の独壇場でございます。
小田原から品川までの各宿に合わせて幕間なしの12役早替わり、
この辺りはもう”楽しんでいけ~~!”みたいで
ストーリーはさっぱりです。
そして最後はめでたくお江戸日本橋での大団円と相成りまする。

初めての歌舞伎の世界でしたが、
これを本物の歌舞伎とみていいんでしょうか? 
ストーリー、スピード、スペクタクル、
まさにそのものを実感した舞台でございました。

2007年6月20日 (水)

美濃路に咲く花たち

梅雨とはいえ天気も良さそうなので街道歩き「美濃路」の続編です。

前回の清洲から再開し、稲葉・・・萩原・・・起(おこし)宿と行き、
その先の名鉄須賀駅まで行って戻りました。

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           国府宮一の鳥居

この間の美濃路は、ただお寺や往時を偲ばせる
古い家並みが残る旧街道を堪能するだけで、
ブログでは長くなるだけです。
こちらはまたHPに詳細をUPするつもりですので、
そちらをご覧いただければ・・・と。

で、今日は美濃路の道筋で見つけた花たち?を紹介してみます。

 Pict0020_9
稲沢市高御堂で見た早咲き?のコスモスです。

 Pict0021_12
この辺りでも早咲きがあるんですね~。
これは以外でした。

ここから先を行きますと国道155号線を横断し石橋に入ります。

 Pict0037_5
石橋の街道筋ですが、なぜか一本だけ見事な向日葵でした。

この先で道はすぐに一宮市へと入っていきます。

萩原宿の手前、
高木集落の民家の道沿いにはこの木?花です。

 Pict0041ee_1
 Pict0043_7
この時期咲くのはヤマハギ?でしょうね、
紅紫色の蝶形花です。
ミヤギノハギと違って枝がほとんど垂れません。

そして、最後はこれです。

 Pict0095e
子供の水遊びをちょっと後から撮ってみました。

 Pict0096_2
その先にはお馴染のノウゼンカズラです。

すぐに名鉄須賀駅に着きます。
約20キロ、6時間の歩きでした。
やはり暑い日でしたが、花は気持ちを和ませてくれます。
美濃路の街道歩きを、
今回は少し違ったかたちで紹介してみました。

2007年6月19日 (火)

稲沢大塚性海寺の紫陽花

”朝のうち曇り昼から雨・・・”の予報に、
待ってましたと紫陽花見物。
愛知県稲沢市大塚にある大塚性海寺歴史公園に出かけました。

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大塚性海寺=国指定の銅板葺三間多宝塔と、
一重杮葺入母屋造唐破風向拝の本堂が見事なお寺であります。

歴史公園は山門を入った右手から寺の建物を巻くようにあり、
境内の一郭を公園にしたものです。

Pict0022_8 Pict0021_1_1   
アジサイの植え込みを山に見立て、
丸瓦を使って川とし、せせらぎを造りだし水は流れて海に出る。
白と黒の玉石で波頭を表し、
大石を配して島に波が打ち寄せる様を表す・・・と。

 Pict0044_1_1
庭の中央には池を配して橋を架け、
傍らには小高い塚(弘法大師が造ったという)があり、
これが地名の大塚の由来だそうである。

  Pict0061_2

なかなか手の込んだ庭ですが、
前もって下調べをしていなかったらとてもこうは書けませんし、
思いもよりません。

ところで肝心のアジサイですが、
まあそこそこの咲いておりました。

 Pict0040_1_1
むしろ咲き終わった葉が邪魔で、
これはやはり刈り取ってもらったほうがいいんですが?
自然のままではそうもいかんのでしょうね。

その邪魔な葉を避けながら・・・。 

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何よりも曇りから雨になると期待した?天気が
だんだん好くなるというおまけ付きで、
雨に濡れた紫陽花も撮れず・・・。

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こうなるとあとは仕方なく!手を変え・・・。

 Pict0077_1
品を変えて・・・の紫陽花をご覧いただきます。

 Pict0035_11
今、気が付きましたが
何やらブルー系ばかりではありませんか?

撮影したのを確認しましたら他の色が数枚しかありません。
なんということを!
天気がいいからって何も青ばかり撮らなくても・・・・。
仕方がないのでまことにありふれたこのてんこ盛りを。

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少し青みがかっていますがそれはご愛嬌で・・・。

初めて行った大塚性海寺歴史公園の紫陽花でしたが、
お寺の境内とは思えない小公園で
花を楽しませてもらいました。 

2007年6月18日 (月)

関の小万と関宿

我が師のブログに「関の小万」のコメントを書きながら、
以前歩いた東海道の亀山宿から鈴鹿峠の記事を思い出して
HPで記事を探したんですがない!
その詳細をHPにUPしていないことに気付きました。

この間の東海道が抜けている!・・・で、
HPの作成にとりかかったんですが、
ならば「関の小万」の墓も追加しようかと写真を撮りに関宿へ。

「関の小万」の説明はこちらでみていただくとして、
関の案内図には”関の小万は孝女の仇討で知られ、
鈴鹿馬子唄にもうたわれています。
その墓と記念碑が福蔵寺境内にあります”と書かれています。

 Pict0036ee
前置きが長くなりましたが、いきなりその墓と記念碑です。

 Pict0043_6 
Pict0046_1_1 Pict0044_5
山門を入った境内の右奥、大刈込みのサツキの奥に
小さな墓と大きな記念碑が建っていました。
墓を見て戻ります。

 Pict0034_6
関宿の中心部ですが、
日曜日にしてはえらく人が少なかった。

 Pict0054_3
地蔵院の前にある会津屋は小万が育った旧山田屋ですが、
今は「街道そば」の看板が立つ食事処になっています。

また、宿の東口には「小万のもたれ松」があります。
当時亀山城下まで武術修行に通った小万が若者の戯れを
避けるために、姿をかくしてもたれたと伝えられる松があった
ところから「小万のもたれ松」と呼ばれるようになったそうで、
今は「小万の碑」と案内板が建っています。

 Pict0002_14

「関の小万」と関宿、
意外と知られていないのではないかとつい思う話ですが、
知っていてもそこは観光コース外?なんですね。

詳細はHPの東海道・亀山宿から鈴鹿峠にUPしました。

    詳細=東海道亀山宿から鈴鹿峠(関の小万と関宿)

2007年6月17日 (日)

ササユリに思い叶わず!

何度通い続けたか?その思いもままならず可憐な姿を見せてくれない!
今日は通うのもこれが最後と月見の森「ささゆり園」です。

いきなりですが!やはりダメです、ほとんど咲いていませんでした。
ただこれまでと違って少しはそれらしいのが見れました・・・しかし、
これが遠くて!我がカメラではどうにも捉えきれません。

 Pict0005e_1
比較的近いところのをと思うとどうしても上からになり後ろ向きです。

やはり先日聞いた猪の被害なんでしょうか?これはもう「ささゆり園」では
なく「ささ園」で、まったくササばかり。

「ささゆり園」で唯一つ正面からお目にかかれたのがこれ。

 Pict0007e
通い続けた褒美なんでしょうか?これはまだ近くで見れた方です。
本来ならこういうのが咲き乱れているはずなのに・・・。

こちらは「ささゆり園」以外に咲いていたのです。

 Pict0021e
結構多く咲いていたんですが、それでもかなり距離があります。

 Pict0026e
 Pict0027e
もう少し近くで撮れればいんですがね~。

 Pict0028e

通いました月見の森の「ささゆり園」ですが、思いは叶わず!
繚乱にはほど遠い貴重な?数本を見させてもらってお終いでした。

2007年6月16日 (土)

キササゲ(木ささげ)

「菩提樹」を見に行った鈴鹿の「光明寺」にあったもう一つの木。
「キササゲ(木ささげ)」・ノウゼンカズラ科が花を咲かせていました。

 Pict0014_15
あまり聞きなれない名で、花も初めてでしたが、
秋に細長い30cmぐらいの実をつけ、
その実がササゲ(大角豆)に似ていることからきているそうです。

 Pict0015_6
こちらの花は散り始めていて、
奥さんがその実を教えてくれました。

 Pict0015e_1
見ればその細長い実がすでに出てきています。

鐘楼の前に「菩提樹」と並んで咲いていたんですが、
こちらはあまり感心がなそうで
だれもカメラを向けていませんでした。

2007年6月15日 (金)

菩提樹

朝刊の三重県版に
鈴鹿のお寺で「菩提樹」の花が満開との記事が載る。
このての情報はやはり報道関係の記事が頼りで、
それもすぐ動かないと新鮮さを失うことになる・・・と、
屁理屈をつけて出かけることになる。

場所は鈴鹿市木田町の「光明寺」というぐらいで
とても道案内はできないほどの場所にありました。

Pict0001_17 Pict0004_12  
真宗高田派のお寺で、
境内ではお茶とお抹茶のご接待である。
奥さんと娘さん?が接客(人は少々)されていましたが
もちろん無料です。

 Pict0012_9
聞くとこの花は短い期間しか咲いていないそうで、
この月曜日から咲き出して今日が満開?もう散り始めるそうな。

いつもは自分たちが見るだけだそうですが、
今年は近くの障害者通所施設の方たちが毎日花見に見えるそうです。

  Pict0019_9
樹齢200年ともいわれるこの木は、
真ん中から折れたため土とコンクリで補修されていて、
その分、枝が横に広がり見事な樹形となっている。

 Pict0017_6
「菩提樹」・・・調べてみました。

”釈迦がこの木の下で「悟りを開いた」といわれ、
そのため寺院の庭などに植えられたそうだが、
実際に釈迦が悟りを開いたのは
熱帯樹の「インド菩提樹」である”・・・とありました。

ちなみに釈迦が亡くなったとき、
周りにあったのは沙羅双樹だそうです。

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境内に先代住職と親交のあったといわれる
山口誓子の句碑があります。

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句は、「菩提樹の緑有縁(みどりうえんに)に蔭(かげ)与う」。

なんとも開放的で親しみのあるお寺でした。

2007年6月14日 (木)

ご対面!伊勢誉

昨日、奈良・田原の里からの帰りに亀山市の亀山公園に寄った。
目当てはもちろん花菖蒲の「伊勢誉」であります。

 Pict0033_4
「花菖蒲まつり」が開かれている菖蒲園は今がちょうど見頃でした。
その中からひたすら目当ての伊勢誉を探していきます。

ありました!今年は昨年より一週間早かったんですが、
綺麗に咲いていました。その特徴のある花をどうぞ。

 Pict0050_1
”青色を含む紫に白筋の三英垂れ咲き中輪”で花弁は縮緬地・・・。
ただ、これだけではよく似たのが他にもあります。

その最大の特徴だといわれるのがこちら、

 Pict0044_4
”雄蕊の先端にトサカ状の切れ込み、
そして雌蕊の先にも細かい切れ込みがあります”・・・確かに。
伊勢系でも「伊勢誉」の決定的な特徴だそうです。

 Pict0052_2
やっとご対面でしたが、もういいですわ!
こんなことしてたら他の花が楽しめません。

 Pict0043_5
結局最後は昨年の亀山公園でした。 
ここには百種近くの花菖蒲がありますが、
やはり名前なんか気にせず綺麗な花を好き勝手に
観るのが一番でございます。

で、この花を選んでみました。

 Pict0036_8
名前は・・・、おっと!やめときましょう。
綺麗な花は花だけでよろしいかと?
これが今年の花菖蒲の見納め。

「伊勢撫子」、「伊勢誉」、
あとは「伊勢菊」で伊勢三名品が揃います。
さて、何所で見れるのか?・・・先は長い。

2007年6月13日 (水)

奈良市・田原の里

あの、映画「殯(もがり)の森」の撮影が行われた茶畑の場所に
行ってみたいと探していたら、奈良の市街地から東に少し行った
山間の田原の里だと分かりました。

公式HPの予告編で見る茶畑が、この地区の日笠だということを
あるブログで知ったんですが、それがどこかは分からない。
・・・ということで探しに行きました。

奈良の市街地からは近いんですが、三重県からのアプローチと
なると名阪国道の山添インターから県道80号(奈良名張線)で
十数分、水間トンネルを抜けて下るとすぐに日笠のバス停です。

道路脇に車を止めて周りを見渡しそれらしき茶畑を探しますと、
どうも山手に見えるのが一番高く、大きそうで感じで道を登ります。
山村を見下ろす山の斜面に見事な茶畑が広がります。

 Pict0020_8
これは期待がひろがりますが。
いいですね~、こういう山里は、まさに心の洗濯になります。

 Pict0015_5
すでに新茶は摘まれていて次は二番茶のようです。

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茶畑を上へ上へと登っていきますが、さてあの予告編の場面は・・・?

すでに記憶は薄れてしまってどんな場面だったかと?
それらしきところを思い出しながら撮っていきます。

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しかし見事な茶畑です、それだけに手入れも大変なようです。

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この茶畑であの映画は撮影された?
そう思うと何か夢があるではないですか!
また、そんな山里です。

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茶畑と水田の田原の里、映画の一コマには遇えなかったけど
一応「殯の森」の茶畑(だと・・・思っていますが?)を
撮ってきたことで良しとしておこう。

2007年6月11日 (月)

歌舞伎鑑賞教室

初めて歌舞伎を観ました・・・
といっても初心者のための鑑賞教室です。

橿原市橿原文化会館で行われた教室に、
歌舞伎の大ベテランである我が師匠にお供しました。
「歌舞伎鑑賞教室」~歌舞伎・その美と歴史への招待~。
演目は「恋飛脚大和往来~新口村の場~」でございます。

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前半は上村吉弥による歌舞伎の解説と、
「恋飛脚大和往来」の~新町井筒屋の場~のさわり。

吉弥丈が大勢の中学生を相手に解りやすく歌舞伎を紹介します。
その後、舞台は忠兵衛が遊女の梅川を身請けするために、
人様から預かった金子を封印切りするという、新町井筒屋の場です。

後半は逃避行の忠兵衛と梅川が、
忠兵衛の故郷である大和新口村での、
実父である孫右衛門と交わす雪のなかの別れの場面。
一番の見せ場ですが、さすがにイイデスねえ~!

これが歌舞伎なんでしょうか?
舞台の色彩美、衣装、そして役者の立居、振舞い、間の呼吸。
そのせりふの間に入る竹本の義太夫、全てが実に絶妙にからんで
ただただ粛々と見入るだけでございました。
 ※掲載写真は冊子からのコピーです。

初めて観た歌舞伎のさわりですが、なかなか感動ものです。
だから続くかというと?これはまた別ですが、
でも一度は本格的に見てみたいという気がした
歌舞伎鑑賞教室でした。

ところで、
ここ大和八木駅のすぐ北にはその新口町があるんですが、
そこの善福寺に梅川忠兵衛の墓所があります。
近鉄・新ノ口駅前には真新しい碑が建てられていました。

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そして寺には墓碑があります。

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歌舞伎フアンでどれだけの人がこの墓をご存知か知りませんが、
ここはまさしく大和の国新口村でありました。

ということですでに歌舞伎の世界に入っておりまする???。

2007年6月10日 (日)

花菖蒲・伊勢誉

雨が小降りになるのを待って花を見に出る。
もちろん雨といえば紫陽花と花菖蒲ですが、
目当ては探している花菖蒲の「伊勢誉」です。

先日はまだ咲いてなくて見れなかった桑名の「九華公園」ですが、
もうそろそろ咲き始めたのではと期待して行きました。
しかし咲いているのはほとんど肥後系の花のようです。

そんな中に、なんと白い「伊勢誉」が二つ咲いてました。

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しかし白い花とは?一瞬、ほんとに伊勢誉?と疑ってしまいましたが、
なぜか前にはなかった名札が立っています?これは信用するしかない
でしょうね・・・、しかしどうもイマイチなんです。

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もうひとつの花?なんですが。当然一緒ですわ。
花弁のたれた縮緬地の三英咲き(これは六英咲き?)、
くも手の切れ込みもどうもはっきりしません。
さらっとして縮緬地には見えませんよね!
んん~~ん。悩みます。

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ちょっと蕾も入れてちょっと見栄えよくしてみましたが?
白は難しい。

この後、また「なばなの里」に寄ったんですが、
ここも菖蒲の開花は肥後系が圧倒的に多く、
他はまだ蕾で今はむしろ紫陽花が人気です。
相変わらず人が多いですわ!

ここに伊勢誉と非常に似ている花菖蒲の松阪司あるんですが、
これはまったく咲いていませんでした。

いったいいつ咲くのやら気を揉みますが、
これはもう一回ですね。
もっと咲いてから近くで確認、後は亀山公園に期待します。

2007年6月 8日 (金)

豊川稲荷門前通り

豊橋の賀茂菖蒲園に行くつもりが、何をボケたか?時間のヨミ違え
手順のミスが重なり尻切れトンボ、仕方なく豊川散策となりました。

郊外の農村風景を楽しみながら結局は豊川稲荷です。
今日は初めて表参道の門前通りをぶらつきました。
表参道のアーチがあるすぐ傍になにやら賑やかしい「お休み処」が?
築80年の旧金物屋を改築してオープンしたという「いっぷく亭」。

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ちょっと寄せてもらいました。
中はちょうどオープニング記念の「つるし飾りとパッチワーク」の
展示中でした。

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新城の「つるし飾り」とパッチワークが館内に飾られています。

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少し時期外れのようですが、このオープンに合わせて新城から
出張中とのことで、それはそれで楽しいものです。

新城のつるし飾りは、もともとあった雛人形の端切れを使って
作り始めたとのことで、まだ五年程しかたっていないとのことです。
これも22日までだそうです。

ここから帰るわけにはいけません。豊川稲荷によりました。

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お願いすることはお願いして、戻ろうとしたら庭園のさつきが綺麗!

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ここの名勝庭園はなぜ公開されないんでしょうか?傍の駒札には
文部省の説明がありますが、聞くと高廊下から見てくれと。
そりゃあんまりな・・・と思ったんですがそれしか手はありません。

見ました。「名勝妙厳寺庭園」の碑、と「築山泉水庭園」の説明の
駒札が建つ脇から覗き見ます。
なんぼぼやいても無理なんですが、ほんと見てみたい庭園です。

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この左側にあるサツキがまた凄いんですが、悔しいけど見れない!
見れないから余計見たくなる・・・そんな庭園でした。

何をしに行ったか分からない豊川でしたが、それなりに楽しめた?
いや、楽しんだひとときでした。

2007年6月 7日 (木)

清洲城天守閣

昨日歩いた美濃路の清洲宿からの帰りに「清洲城」に寄りました。
いつも東海道線や新幹線の車窓からしか見てないんですが、
なにかミニチュアのように思えた城、どうしてどうして!見事です。

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いつもの車窓から見える風景に近いところからの全景です。

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こちらは朱塗りの大手橋から見た大手門と天守閣。

弘治元年(1555)に織田信長が那古野城から入城、桶狭間で
今川勢と戦ったとき、この清洲城から出陣し大勝したという。
その後徳川家康の清洲廃都、名古屋遷都の命により「清洲越し」
が行われ、「東海の巨鎮」といわれた清洲城は姿を消します。

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それから・・・年、清洲町の町制100周年記念事業として、
ここに清洲城天守閣が再現されたそうであります。

1階は特別展示コーナー。
2階にはあの、桶狭間出陣コーナーがありました。

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”人生五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり・・・・・”。

桶狭間の戦を前に決死の覚悟を秘めて、謡曲”敦盛”を謡い舞う
信長の出陣を再現しています。
濃姫の鼓で謡い舞う信長、左に森蘭丸、右に柴田勝家が控えます。

3階は郷土歴史コーナー。そして4階が展望室。

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西側大手橋の傍を走る新幹線、手前が東海道線。
走る新幹線の下、左に清洲公園、右に清洲古城跡公園があります。

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左に振ると東にJRツインタワーとミッドランドスクエアが小さく
霞んで見えます。

帰りは清洲駅からわずか1駅で名古屋駅に戻りました。

         詳細=美濃路佐屋街道分岐から清洲宿

2007年6月 6日 (水)

古地図で歩く四間道

「名古屋城下デジタル復元地図」というのがある。
「白兎」さんのブログで教えてもらって名古屋市博物館のHPから
ダウンロードしました。

弘仁から明治の頃の拝領屋敷に残る藩士名や江戸期の寺社、橋、
幹線道名が細かく載っている名古屋城下の古地図と、現在の地図
を重ねて見ることができて実際に重ねてみるとその変遷がよく分かり、
個々の藩士名や禄高、名前までポップアップされる優れものです。

さっそくこの重ね地図を持って、四間道(しけみち)と円頓寺界隈を
歩こうと思ったんですが、四間道の横は旧美濃街道です。
ならばいっそう前に歩いた金山の佐屋街道分岐から美濃路を歩こう
と金山からスタートしました。

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佐屋街道分岐から国道19号金山新橋を渡って北上します。
古渡町交差点を越えると国道19号線から右に本町通へ。
大須観音をかすめて白川から広小路、錦本町を過ぎると伝馬町本通。
すぐ北にある「札の辻モニュメント」が「名古屋宿」の中心です。

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ここから伝馬町通りを西へ、伏見通りを歩道橋で迂回し伝馬橋を渡り
堀川筋を北にとると美濃路で、四間道は一本西側です。
この辺りは古地図もあまり関係ありません。


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古い家並が少し残る先を行き、五條橋で一旦戻ってここはあえて
四間道を歩きます。

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四間道(しけみち)の角にある村社「浅間神社」から北に延びる道の
両側に古い家並みや土蔵がが建ち並びます。
江戸の大火の教訓から道幅を四間(約7m)に広げたことから
その名が付いたとか?浅間神社とその道筋です。

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それなりの趣はあるんですが?なぜか思っていたほどではない。
道を通る車が多く、今日は工事の車両が止まっていたこともあってか、
往時の面影や雰囲気はあまり感じませんでした。

ここから円頓寺商店街に寄り道です。

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古地図にある「長久山園頓寺」。
これは当然この地の名の由来ですから現存します。
「慶栄寺」は慶栄寺太子堂としてこれも現存していますが、
「専修寺高田本山」(これってここにあったの?)は確認できずです。

ここから北に美濃路は続きますが、ここから北は古地図と現在の地図
を重ねて見ると実にはっきりとその変遷が分かります。

美濃路と四間道、円頓寺を歩いて古地図とにらめっこ。
これは面白いですよ。地図の重なりが現在と過去を語ってくれます。

このあと美濃路を清須宿まで歩いてきました。
                   
           詳細=美濃路佐屋街道分岐から清洲宿

2007年6月 5日 (火)

桑名・九華公園と六華苑

三重県桑名市の九華公園で開かれている 「花菖蒲まつり」・・・、
といっても今は何のイベントはなくただ菖蒲園を覗いてみました。

桑名城址の本丸及び二之丸跡を利用した公園に
三つの菖蒲園があって、
ここにあの伊勢誉(伊勢ナデシコ・伊勢菊で伊勢三名品)
がある・・・はずなんですが?

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菖蒲園の一つはまだほとんど咲いていません。
残りの二つも半分ぐらいで
これはまつりの終わるごろ(~15日)が最盛期になるのではと?
ちょっと同情したい状態です。

さて、問題の伊勢誉ですが?
特徴である花弁の垂れた縮緬地の三英咲き、
そしてくも手といわれる雌蕊の先の細かい切れ込みが
ある花を探すんですが?これがさっぱり分かりません。
色はやや濃い紫!・・・
よく似たのはあるんですが?自信がない。

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似ているが花弁がさらりとし過ぎ?
でもこれが一番近いんですが。

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花弁は縮れているんですがくも手の色と形がちょっと違う?
やはり自分で見つけてこれだ!というのは難しいですね~。

昨年見た花の写真は頭に叩き込んでるんですが役にたちません。
その写真紹介します。

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これが伊勢誉です、(撮影06年6月20日、亀山公園にて)。

このときはただ百種ほどの花を撮りまくっただけで、
何の意識もなく花アルバムの感じでした。
今年は何とか菖蒲らしい伊勢誉をと思っているんですが、・・・さて。
 
で、花菖蒲は置いといて、
近くにある六華苑(旧諸戸清六邸)に寄ってみました。
桑名市が諸戸家から建物の寄贈を受けて整備し、
平成5年に一般公開されたものです。

現役時代に訪れて以来、
ちょうど14年ぶりの再訪になりました。
 
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あの鹿鳴館を設計したジョサイア・コンドル氏による洋館は、
地方に残る唯一の作品として知られています。

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併設されている和舘も大規模なもので、
これが山林王と呼ばれた桑名の実業家の邸宅なんでしょうが、
和と洋の贅沢な部屋はもう現実とかけ離れすぎていて、
驚きも何もありません。

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ちょっと写真的に遊びごころで。

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あとはただ漫然と見て回るだけでした。

隣接する「諸戸氏庭園」も公開中で、
ここの菖蒲池・八橋の花菖蒲は今がちょうど見頃でしたが、
残念ながら伊勢誉はありませんでした。

2007年6月 4日 (月)

月見の森・ささゆり園

前にも紹介した岐阜県海津市南濃町の「月見の森」ですが、
ここの森?の中腹に「ささゆり園」があります。

数年前に球根業者が宮内庁に納める「サクユリ」と
南濃町(当時)に納める「ササユリ」を間違えて納入、
ここに幻の?「サクユリ」があると判明した経緯がある
そんな「ささゆり園」です。

その月見の森ささゆり園、開花は6月中旬以降ではないかと?
思いながらも、毎年失敗するのでつい様子を見に出かけました。

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いこいの広場への石段登り口には紫陽花が咲き始めています。

ささゆり園は月見の広場への登り道を200mほど行くとありますが、
やはりそれらしきものは何にもありません!

仕方なく258段の急階段を下りますが、
上から見るとかなりの急勾配にスリルさえ感じます。
(別にここを下りなくてもいいんです)。

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下に見える陸の灯台広場で作業中のおじさん(自分もや)との話。

”ささゆりはまだ早いんですかね?”
”あそこはダメや、前に猪に荒らされて電流柵にしたが
それ以来花つきが悪い、(これっていつの話???)、
すぐそこに蕾がある”、”何所に?”、”そこや!”、
ということで温泉への道沿いを案内してもらいます・・・ありました。

ささゆり園とはまったく関係のないところですが確かに蕾です。
”ほらあそこに2つ、あっちは、あっ咲いてる!”、と早いこと。
”えっ咲いてる!何所?あっほんとだ”と、
まあ子供みたいですわ。

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今日唯一の収穫、それもささゆり園ではありませんでした。

”昨日は咲いていた”とのことで、あらためてささゆり園を見に行き、
三段のゆり園を全て確認したんすが、2、3の蕾を見たただけで
やはり花はありません、無駄骨でした。

これだけではね~・・・で、仕方なくこちらを。

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照りつける太陽の下で紫陽花も眩しそう・・・。 

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もうすぐ雨に濡れる花が見れるそんな季節なんですね~。

「ささゆり」の変わりに
咲いていた紫陽花で我慢の月見の森でした。

2007年6月 3日 (日)

斎王まつり・斎王群行

三重県多気郡明和町の斎宮一帯で行われている「斎王まつり」。
最終日の今日はメインイベントの「斎王群行」が行われた。

以前、大津皇女と大津皇子姉弟のことで訪れて以来、
これだけは一度見てみたいと思っていたので出かけた。

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13:00 花火の打上げで鎮魂の儀が開始。
ここから延々とセレモニーが続き、待つ方(斎王も)も大変ですわ。

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ようやく斎王が動いたら、ここからまた群行出発まで何十分・・・?

14:10 ようやく20分遅れで出発です。
さて、この隊列、順番がどうなっているのか?もらったパンフにも
説明はなくどうなっているのか全然分かりません。

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これは斎王の前の隊列ですが、内待?命婦(みょうぶ)?後は何?

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行列に付きものですが 、アマチャカメラマンが離れません!
(そういう私めもアマカメm(__)m)。

群行は伊勢街道(参宮街道)に入ります。

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旧街道の古い屋敷前を行く先頭の「子供斎王」隊です。
この辺りはさすがに絵になるんですが、
肝心の斎王隊が撮れない!

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なかなか近寄れず上手く撮れなかった斎王の輿でしたが、
参宮街道でようやく斎王の表情を捕らえることができて、
ほっ!と。

最後は久しぶりに趣味の世界で、群行の様子を別の視点から。

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初めて見た斎王群行でしたが、いつきのみや斎宮の「斎王まつり」、
それなりに華やかなものでした。 

2007年6月 1日 (金)

不退寺・業平軸絵御開扉

大和小泉の「慈光院」を拝観した後、JR奈良駅から佐保路へ歩き、
南都の花の寺「不退寺」を訪れた。

平城(へいぜい)天皇が入御の「萱の御所」を業平朝臣が寺にした
南都花の古寺、と言っても今は何の花もないただの寺?である。

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本来なら重文の南門(切妻造本瓦葺四脚門)がトップにくるんですが。
なんと、門の前に車が止まっていてとても撮る気にならず・・・で、無し。

寺の関係者の車だと?思うんですが(他に観光客はいない)、
拝観料を取っているんならこんなところへ車を止めるな!責任者!

その責任者が本堂で案内をしてくれました。
本尊の「聖観世音菩薩立像」(重文)は木彫一本造りで胡粉地に
極彩色の花文装飾が施された端整なお姿です。
業平朝臣自信の作だそうです。
その左右には「五大明王像」と「地蔵菩薩立像」が並びます。

そして今回の目玉は「在原業平画像」の御開扉で今日が最終日。
一幅の軸絵が諸仏の並ぶ左奥にありました。

拝観している後で住職が説明してくれるんですが、
その話し方が早いこと!途中からさっぱり聞き取れません。
本人はどうも気持ちよく説明しているようなんですが・・・、
これってリズムなんでしょうね、本人だけが分かっている?感じです。

さて境内ですが、右手の池の奥に「多宝塔」が建っていました。

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最初は上層があって桧皮葺だったそうですが、今はありません。

その右手に碑が二つ。

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左が「伊勢物語」第八十八段の一部が刻まれた碑ですが碑文は略。
右は「百人一首」第十七段で碑文は、
”ちはやぶる神代もきかず竜田川からくれないに水くくるとは”です。

そして余分ですが、庫裏の庭に「石棺」(五世紀)がありました。

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なんでここにこんなものが?と・・・。
この付近は古墳がたくさんあって、おそらくそこから運ばれたもの
だろうと説明にありましたが・・・。

思っていたよりこじんまりとしていて奈良らしい?お寺でした。

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