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2007年4月12日 (木)

近江のお兼・マキノ町海津

ひょんなことから長唄「近江のお兼」の話になり、
その経緯がマキノ町にある
とのことで急遽リサーチに出かけることに。
4年ぶりのマキノ町です。

マキノ町といえば海津大崎の桜!
駅前に車を止めるとすでに人だかりです。
時期だもんね~、しかし今日はすぐ観光案内所へ。
”「近江のお兼」の資料あります?”、
”これに載っていると思います”と頂いたのが
海津物語という冊子でした。

菩提寺「福禅寺」の場所を聞いて湖岸通を海津大崎方面に歩きます。

 Pict0003_5
通りから遠望する大崎の桜ですが、今日はこちらは関係なし。
しかし歩く人、海上バスの人、遊覧船の人となんでこんなに多いの?

西浜から海津に入るとその菩提寺「福善寺」がありますが、
ここはまた石積みの町でもあります。

Pict0006_3 Pict0011_2
村を水害から守るために
湖岸沿いを石積みしたのは西与一左衛門さん。
その碑は西浜の「連光寺」にありました。
右は福善寺山門、立派です。

Pict0016_1Pict0017_3 
こちらは「福禅寺」本堂と、
左手にある「海津のお金(お兼)」の墓です。

 Pict0012_2
駒札には
” 約千年前、マキノ町海津にお金という遊女がおり、東国の武士が
 馬の足を湖畔で洗う際に何か物に驚いて暴れはじめたのを、
 通りがかったお金が下駄のままで馬の手綱を踏まえてとりしずめた。
 この美談が「古今著聞集」に記されています。この大力女に材をとり
 長唄「近江のお兼」が 舞踊化された” 
と書かれていますが、この文章はチョッと端折りすぎでは?

冊子にはかなり細かく表現されています。
引用しますと、
” しかしこのお金が、どこの生まれの者でまたその後 どうして
 生涯を終えたものかは知る由もありませんが、いつのころからか、
 お金の菩提寺として中小路町福禅寺の駒札に書き残されて
 今日に伝えられる・・・” と。

”日本舞踊や歌舞伎の世界では有名な「近江のお兼」はこの海津に
 伝わる伝説「海津のお金(怪力お金)」がモデルになっったと
 言われており、七世市川団十郎が江戸時代後期に上演したのが
 始まりとされています。”
と結ばれています。

長くなりましたがマキノ町海津、桜だけではありませんぞ!
他にも寺社文化財など多々、
歴史と文化と景勝が織りなすロマンのまち。

今日は「海津のお金」を探りましたが? 
んん~んやっぱり桜がいいわ。

大崎の桜並木もいいが、
他の人のブログで知った「清水(しょうず)の桜」。
帰り道の国道161沿いにありました。

Pict0021_2
樹齢300年、見事な古木桜です。

昨日、今日と
2日連続で素晴らしい桜を堪能させてもらいました。

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コメント

おぉっ、清水の桜をご覧になられましたか。

海津も見事なんですが、いつもいつも人が多すぎますね。
海津の町から湖岸に出て、サクラを湖面越しに遠望するのもいいですよ。

すばらしい!桜もすばらしい!!
お墓の向こうの黄色いのはレンギョウ?お墓の前のゴソゴソしたのはフッキソウ?
掲載いただいた写真に向かって、これから朝晩(笑)拝ませていただきます。
ありがとうございました。

Igaさん

何で平日からこんなに人が多いのでしょうね~。
車も入口から大渋滞でしたから、土・日は凄いことになるのでは?
この日はおっしゃるとおり湖岸からの遠望だけでした。

恵美さん

「海津のお金」さん、なかなかのものでありました。
チョッと駒札が気に入らなかったですが、お墓はかなり古いものです。
後のレンギョウは彩を添えるために、前のゴソゴソは南天と・・・?
海津散策、おかげで有名な桜を見せてもらいました。

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